適度な静寂
マスター名:西川一純
シナリオ形態: ショート
相棒
難易度: 普通
参加人数: 8人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2011/08/26 18:34



■オープニング本文

 天儀の中心都市たる神楽の都。
 様々な人が行き交うこの都に、開拓者ギルドは存在する。
 はてさて、今日はどんな依頼が舞い込むやら―――

「ねぇ亜理紗、前に担当してもらった遺跡の話、覚えてる?」
「遺跡ですか? えっと‥‥部屋中がとんでもない光を発してたっていうアレですか?」
「そうそれ。調査隊が進むうち、また厄介な空間に辿り着いちゃったみたいなの」
「‥‥試練か何かなんですか‥‥?」
 ある日の開拓者ギルド。
 先輩職員の西沢 一葉が振ったのは、遺跡と呼ばれる迷宮の補助依頼。
 この遺跡は以前にも調査隊が難儀し、助けた経緯がある。もしかしたらまた未知の宝珠の力で行く手を遮られているのかも知れない。
 まぁ、こういう地道な調査があってこそ宝珠の産出があり、現在の天儀の暮らしがあるわけなのだが。
「で、状況はどんな感じなんですか?」
 一葉によると、また広めの空間に到達した調査隊は、すぐさま辺りを調べに入った。
 今度は周りに異常はない。ついでに言えばアヤカシも発生しない。これは楽勝だろうと思われたその数分後、調査隊の一人が不意にばたりと倒れ、そのまま意識不明になってしまったのである。
 何者かの襲撃かと思われたが、調査隊以外の気配はない。
 静まり返る空間。すると数分後にまた一人、隊員が倒れた。外傷はおろか、何の前触れも無しに‥‥である。
「慌てた隊長たちは、すぐさまその空間を離脱。様子を見たけれど、空間内に居なければ被害者はでないことが判明したわ。でも、今も三人の隊員が意識不明のままその場に放置されてるの。今回はその救出と、空間の突破ね」
「じゃあ急がないといけませんね。あんまり放置したら隊員さんたちが死んじゃいますもん」
「そういうこと。ちなみにその遺跡に関係すると思われる文献があって、『王は適度な静寂を好む。過ぎた静寂は退屈を生む。王を退屈させぬようにしつつ、減り続ける戦力を最後の一兵まで戦うべし』なんて言葉があるんだって」
「意味がわかりません」
「そんなに簡単にわかったら調査隊が突破してるわよ! ‥‥空間に入った人が最後の一人になるまでいろ、ってことなのかしら」
「そんなに簡単にわかったら苦労はありませんよぅ」
「言ってみただけよ、意地が悪いわね! あなたもきちんと推理しなさい、担当なんだから!」
「はーい。えっと‥‥まず注目すべきは、数分置きに意識不明者が出ること。これって等間隔ですか?」
「正確に計ったわけじゃないだろうけど、およそ同じくらいって証言があるわね」
「ふむふむ。倒れなかった人たちって、ずっと喋ってたんじゃありませんかね?」
「残念。三人が意識不明で放置されてるって言ったでしょ? 最初の二人はともかく、三人目は喋ってる最中に突然倒れたの」
「‥‥‥‥あれぇ?」
「喋っていれば安全っていうわけじゃないのよ。ただ、三人目は二人目が倒れてあまり時間を置かず倒れたっていうのは気になるわね。『何だ、返事をしろ! ンだよ、何なんだよここは! 隊長、一旦離脱を―――』一字一句間違えずに、倒れる前の台詞を再現してもらったわ」
「そういうのは先に言ってくださいよう。‥‥わかりました、私も作戦卓で参加者の皆さんと悩んでみます」
「お願い。また珍しい宝珠が発見されるかも知れないわけだから、力を尽くしてほしいわ」
 天儀の繁栄を語る上で欠かせない存在、宝珠。そしてその宝珠を抱く遺跡。
 未だに多くの謎を秘めるこれらに、開拓者はどう立ち向かのだろうか―――


■参加者一覧
水鏡 絵梨乃(ia0191
20歳・女・泰
ルオウ(ia2445
14歳・男・サ
菊池 志郎(ia5584
23歳・男・シ
ジークリンデ(ib0258
20歳・女・魔
羽喰 琥珀(ib3263
12歳・男・志
アーニー・フェイト(ib5822
15歳・女・シ
各務 英流(ib6372
20歳・女・シ
闇野 ハヤテ(ib6970
20歳・男・砲


■リプレイ本文

●静寂と喧騒の境界
 件の遺跡に到着した開拓者たちは、襲い来るアヤカシをなぎ倒しながら目的の場所まで進む。
 遺跡内部は倒しても倒しても、次に入ったときにはアヤカシが復活する。大して強くない連中ばかりだったのが救いだ。
 途中、かつて光り輝いていた空間を抜け、例の意識不明者が倒れている場所まで到着した。
 空間の外から中を覗くと、確かに三人の人間が倒れている。生きているか死んでいるかはここからではわからないが、生きていたとしても日数的にだいぶ衰弱しているはずである。
「皆様の安全は私にお任せ下さいな!」
 そういってずらっとロープを並べたのは各務 英流(ib6372)。彼女は空間の外に待機し、被害者の救出や緊急時の仲間の保護を行う役目だ。
「‥‥三人寄れば文殊の知恵、と言うじゃないですか。三人どころか八人が寄って知恵を出したんです。遺跡に負けるハズないでしょう」
 そう言って他のメンバーの背中を押した闇野 ハヤテ(ib6970)。彼もまた待機組であるが、人を引っ張るという作業の都合上、男ではどうしても要るので仕方がない。
「いきなり全員で向かうこともないでしょう。保険の意味も込めて、私は一旦外でお待ちします」
「おっけー。そんじゃこいつでジカン測っといてよ。言いだしっぺからいくぜ」
「お供しましょう。俺も違ったアプローチをしてみたいですしね」
 ジークリンデ(ib0258)の言葉に、アーニー・フェイト(ib5822)と菊池 志郎(ia5584)が先鋒を志願する。
 確かに、考えが間違っていた時のために違う回答パターンもあった方がいい。一時待機も同時進行も必要だ。
「ならボクは意識不明者の救出に従事する。黙りすぎない程度にな」
「うし、俺も手伝うぜ。戦うわけじゃないから暇はあるだろーしなー」
 水鏡 絵梨乃(ia0191)と羽喰 琥珀(ib3263)は救出班として動くようだ。もっとも、最悪の場合足に縄でもくくりつけて引っ張ってもらえばいいのだからさして時間はかかるまい。
 戦闘がないと確定している分、気楽であるがポロッと禁句を言ってしまわないよう注意だ。
 突入すると決めた五人は頷き合い、歩を進めようとする‥‥が。
「‥‥あり? ヒトリ足りないんじゃないかねぇ?」
「病欠らしいですわ」
「仕方ないね。フェイトちゃんは気にせず頑張って」
「フェイトちゃん言うな! 別人と間違えられっちまうよ!」
 ふと気になったことを口にしたアーニー。各務がしっかり答えてくれたが、闇野の言葉にツッコミを入れざるを得なかった。闇野自身は悪気も作為も何もなく苗字で呼んだだけなのだが。
「さぁ、この推理ゲーム‥‥遺跡と開拓者、どちらが勝つかな」
 アーニーたちを送り出した闇野は、ぽつりとそう呟いたという―――

●減り続ける戦力
 開拓者たちは事前に知恵を出し合い、それぞれのプランを持ってこの場に臨んでいる。
 しかし間違えれば一気に意識不明となると流石に緊張もする。迂闊な一言を警戒してか、自然と口数も少なくなってしまう。
「いきなり使えるコトバが減ってるってコトはねぇよな?」
 ‥‥アーニーを除いては、だが。いきなり響き渡った彼女の言葉に、仲間の方がぎょっとする。
「お、言える言える。今のうちにいをいっぱい言っちまったほーがいーんじゃね?」
 かと言って黙りこくったままでも意識不明になるというのは確定事項。外に待機しているジークリンデが指で『1』を形作ったのを見て、一分が経ったのを確認し、それぞれ気を引き締める。
「縄にするー?」
「だな。感嘆符で触れたく‥‥。まず‥‥。‥‥‥‥駄目だ」
 羽喰と水鏡の会話。長い言葉になるとそれだけ危険度は増す。まだ一分だが、今も念のため『い』を言わないよう大分言葉を選んだ。
 テキパキと意識不明者の足に縄をくくりつけた二人。そして各務と闇野に合図し、自分たちも手伝って救出作業を続行した。
 もともとそんなに時間がかかる作業ではない。五分も経たないうちに終了するだろう。
 やがて、ジークリンデが指を三本立てる。三分が経過したということだ。
 全員黙ってはおらず、NGワードも言っていないのか意識不明者は出ない。
「次はなに喋る?」
 とりあえず順調。誰もがそう思っていた。
 だから、アーニーがそう言った直後にいきなり倒れたことが一瞬理解できなかった。
 彼女があえてNGワードを言おうと言っていたのは六分が経過した時点のはず。つまり、これは予定外のアウト‥‥!
 一瞬で意識が刈り取られたのだろう。その表情は信じられないという顔ですらなかった。
 その様子を見て思わず手を止めてしまった水鏡と羽喰だったが、すぐに思い直して救出作業を完了させる。
 調査隊員たちを各務と闇野に任せ、今度はアーニーの命綱を引っ張って外へ連れ出していく。
「今のはどういう‥‥。やはりいろは順‥‥?」
 ジークリンデは冷静に状況を分析する。外にいる特権で、言葉を口にし放題だ。
 次はなに喋る? この中に確実に現時点のNGワードがある。
 アーニーはあいうえお順だと考えていたようだが、ジークリンデはいろは順であると考えていた。それが実証されたということになるのだろうか?
 だが、それでは三人目に倒れた調査隊員の件で矛盾が生じる。彼は台詞の冒頭で『何だ、返事をしろ!』と言っており、その時点で二人が倒れている、つまり六分が経過している。
 使える言葉が減るのが一分にしろ三分にしろ、二番目に消える『ろ』を言ってまだ言葉が二言三言継続できるのはおかしい。それだけアーニーが倒れるのは早かったのだ。
「しかし彼女はあいうえお順はおろか、『せんりょく』に含まれる言葉も言っていません。全く別の条件なのでしょうか‥‥?」
 各務はアーニーの体を引き寄せながら呟く。
 地面は舗装されているわけではないので、多少傷ができてしまうかも知れないが我慢してもらおう。
「‥‥菊池さん、例の『せんりょく』、言ってみていただけませんか?」
 闇野が外から菊池に声をかける。
 確かに菊池は当初から『せんりょく』の五文字がNGワードではないかと踏んでいた。アーニーが倒れたごたごたの中でもきちんと時間を見ていたジークリンデが、五分が経過したことを知らせる。
 菊池は神妙な面持ちで頷き、一旦座る。倒れて顔面を打ったりしないようにするためだ。
 そして‥‥。
「‥‥せんりょく」
 すると、菊池は座ったままかくんと脱力し動かなくなる。一応羽喰が確認に行ったが、首を横に振った。
「‥‥ふむ。これはまさか、使える文字がランダムで減っていくという可能性も考えないといけませんかね」
「怖いよ! ンなの無理ー! ‥‥あ!」
 闇野の言葉に思わずツッコミを入れてしまった羽喰。思わず口を抑えるが、彼が意識を失う気配はない。
 五分以上経った状態で『あ』まで言っているのに? 本当にランダムだとでもいうのか。
 まるで正解が見えなくなってしまった状況下で、水鏡の脳裏にピーンと閃くものがあった。
「‥‥あ・い・う・え・お」
 水鏡は倒れない。
「か・き・く・け・こ」
 同じく倒れない。彼女としては倒れるならそれでもいいと思っているようだが、半ば確信じみたものがあるようだ。続けざまに、『わ・を・ん』『ら・り・る・れ・ろ』と続けるが、水鏡に変化はなかった。
 八分経過。流石にこれだけ言ってアウトにならないということは、ランダムという可能性は低いか。
 すると筆記用具を持ち込んでいた水鏡は、さらさらっと文字を認め待機組に見せに行った。
『アーニーの考え方は間違ってはいなかったんだ。ただ、減っていく行の開始がランダムなんだと思う』
「‥‥つまり、今回の開始行は『さ行』ということでしょうか。アーニーさんは『しゃべる』でひっかかり、菊池さんは『せ』で引っかかったと。ということは、文字が減るのは一分ごとで確定ですわね」
 仮に三分毎に文字が減るなら、『せ』で引っかかるには十二分必要ということになる。
 調査隊の時はたまたま『あ行』からスタートしたのだろうか。問題なのは、二つ目以降の行。これもランダムと言われたら流石に洒落にならないというか頭数が足りない。
 すると羽喰がくいくいと自分を指さし、俺がやるというアクションを見せた。
 そして水鏡と同じ要領で、あ行、か行、わ行、ら行、ま行、は行と言葉を紡いでいく。
 そしてな行を言い終わる頃には九分が経過していた。
 この時点で使えなくなったのはさ行とた行であることが確定。まだランダムの危険性は消えないが、順番に文字が消えていっているのがわかる。
 似たようなことを繰り返した結果、やはり開始行はランダムでも減っていくのはあいうえお順であることが判明し、開拓者たちは危なげなく時を経過していく。最初の五分の緊張感が嘘のようである。
 仕組みさえ分かってしまえば、三分黙らないようにするだけ。やがて最後の『こ』まで到達した時、空間が鈍く発光し、ズズズという音と共に先へと続く扉が開いた。
「あー、やっと普通に喋れるー! 喋れるっていいなー! あ・え・い・う・え・お・あ・お・ジョ・ル・ジュ・の・ア・ホー!」
「誰だジョルジュってのは」
「気にしない気にしない。でも絵梨乃、頭いいんだなー!」
「みんなの推理あってこそだ。ボクのは勘に従っただけだからな。毎回同じあ行から始まったら『退屈』するんじゃないかと思ったんだ」
「あれっ、オワッタの? いつ気を失ったのかもわからなかったじゃんよー‥‥」
 アーニーや菊池を始め、調査隊の面々も無事に意識を回復した。しかし調査隊三人の衰弱が激しく、無理は止めて帰還することとなる。
 元々空間の突破までが依頼だ。この先はまた調査隊が進むことになるのだろう。
 兎にも角にも、謎めいた空間の突破、完了である―――


「というわけで、無事に完遂して参りました。お姉様‥‥ご褒美、下さいますわよね♪」
 ギルドに報告に来た各務。満面の笑みで亜理紗に向かう。
 すると意外にも亜理紗も笑みで迎えていた。
「ご苦労さまです。じゃあ、今から五分間『おねえさま』って言わず、かつ今から出すクイズに三問正解したらご褒美差し上げます」
「本当ですか、お‥‥‥‥こほん。わかりました、五分とクイズですわね!」
「じゃあいきますよ。山にある、水場が豊富な地帯って何だか分かります?」
「‥‥尾根?」
「正解。じゃあ、キャンパスを使って描くのは?」
「‥‥絵?」
「正解。夏を違う言い方すると?」
「サマー?」
「全問正解です。でもお姉様って言ったのでご褒美は無しです♪」
「はい!? 私、答えていただけですけれども!?」
「おね、え、さまー。ほら」
「ひ、酷い‥‥最初から詰んでるじゃありませんの!?」
「五分以上経ってから答えれば良かったんです。クイズに時間制限はありませんから」
「お姉様‥‥そんなに私のことがお嫌いですか!? うぅぅ‥‥!」
「じょ、冗談ですよう。毎回は無理ですけど、今日はこれから一緒に食事にでも行きましょう」
「お姉様‥‥おねぇさまぁぁぁん!」
 抱きついてくる各務。それを受け止めながら、こんなんだから諦めて貰えないんだろうな、と苦笑いをする亜理紗であった―――