味を開拓せよ!
マスター名:西川一純
シナリオ形態: ショート
相棒
難易度: 普通
参加人数: 8人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2011/09/11 07:30



■オープニング本文

 天儀の中心都市たる神楽の都。
 様々な人が行き交うこの都に、開拓者ギルドは存在する。
 はてさて、今日はどんな依頼が舞い込むやら―――

「というわけで、未知なる食材を求めてレッツらゴーですよ!」
「‥‥‥‥あぁ、あれ本気だったの」
「リアクションが冷たいっ!?」
 ある日の開拓者ギルド。
 依頼の申請書を片手にテンションを上げていたのは、ギルドの職員である十七夜 亜理紗である。
 どうやら自ら依頼を出すつもりらしく、その申請書はまだ白紙のまま。
 そんな後輩の姿を『何言ってんだこいつ』的な目で見ていた西沢 一葉であったが、ようやく思い当たり手をぽんと打った。
 亜理紗は至って普通の身長体重の少女である。しかしその食欲は旺盛で、大の男も顔負けなくらいよく食べる。ただ食べるだけではなく、味もしっかり吟味している当たりは本物と言えよう。
 そんな亜理紗は、とあるきっかけで未知なる食材の探求を始めることを決意したようなのだ。幸いというかなんというか、天儀にはアヤカシ以外にも『ケモノ』と呼ばれる生物も多種多様に生息しており、それらにはまだ見ぬ種も数多く居ることだろう。
 要は開拓者に手伝ってもらいながらケモノを狩り、美味しければ情報を売って次の依頼の足しにしようということだ。試食もできて一石二鳥である。
「いいけど‥‥狩ったケモノがまずかったらどうするのよ?」
「はい? とりあえず食べきって、次回から食べないようにするだけですけど」
「一応食べる努力はするんだ‥‥」
「命を奪ったなら食べます。食べないなら‥‥なるべく殺しません。キャッチアンドリリースみたいなものです!」
「絶対違うと思う。‥‥まぁ、事前にきちんと手続きすれば法に触れるわけでもないでしょうし‥‥好きにすれば?」
「はいです。今回はですね、石鏡中央部の草原地帯に棲むというケモノ、『馬鹿』を捕獲しようと思います!」
「‥‥ばか?」
「違います。うまか、です。体型は馬で、頭に鹿のようなツノが生えているんだそうですよ。味は馬と鹿のイイトコどりらしくて、肉の常識が変わっちゃうくらい美味しいらしいんです。どんな調理をしようか今からドッキドキですね♪」
「聞いたこと無いけどね、そんなケモノ‥‥」
「そりゃそうですよ。凄く臆病で、滅多に人前に姿を現さないっていう話ですから。頭も良くて、会うだけでも困難、その逃げ足から捕まえるのも困難と言われる幻の食材です」
 ケモノ。アヤカシと違って、天儀土着のきちんとした命を持った生態系の一部である。
 その姿も能力も、勿論味も千差万別。食べてみたら意外と美味だったなどという話も珍しくない。
 人の基本、食事。その食欲を満たすため、今一人の少女が動き出す―――


■参加者一覧
羅喉丸(ia0347
22歳・男・泰
鷲尾天斗(ia0371
25歳・男・砂
真亡・雫(ia0432
16歳・男・志
志藤 久遠(ia0597
26歳・女・志
ハイドランジア(ia8642
21歳・女・弓
雪切・透夜(ib0135
16歳・男・騎
ジークリンデ(ib0258
20歳・女・魔
不破 颯(ib0495
25歳・男・弓


■リプレイ本文

●ステップ1
 空は突き抜けるように青く、雲一つない晴天が広がっている。
 夏の暑さも一段落し、草原には涼やかな風が吹き抜け草木を揺らしていた。
 ここは石鏡中央部の草原地帯。その中でも木や岩などの遮蔽物が多めの地域である。
 この地域に隠れ住むケモノ、馬鹿(うまか)を捕獲し、食すのが今回の目的だ。
 開拓者たちは風下からこの一帯に侵入し、慎重に辺りを探っていく。
 同行もしている亜理紗によると、馬鹿は小型の馬くらいの大きさで、頭に鹿のような角を生やしているという。
 また、馬のスタミナ、鹿の跳躍力・瞬発力を兼ね備えており、逃げ足は天下一品だと言われている。
「幻の食材で、馬鹿(うまか)か。そんないもしないケモノを作り話につられて探し回る者は馬鹿(ばか)に違いないとかいうオチだったらいやだな」
「それはないないだろ。食べた人間が存在してるらしいんだからな」
 身を乗り出しすぎないように注意しつつ、羅喉丸(ia0347)と不破 颯(ib0495)はアメトリンの望遠鏡で遠方を索敵している。
 気配に敏感でかなりの距離から接近を察知されるという前情報があるため、こういう道具は非常に役に立つ。
「狩りをする依頼だなんて‥‥何だかちょっぴり、わくわくするね。童心に帰る気持ちと同じかも」
「ボク、狩猟ってあまりそういう経験もないからなぁ。よくわかんないんだよね、正直な所」
「こういうのは慣れですからね。人間は自然から命をもらって生きていると実感できるいい機会になるかも知れませんよ?」
 真亡・雫(ia0432)と雪切・透夜(ib0135)は旧知の仲であり、連携の確認を行っている。狩りの経験もあるようで、頼もしい限りである。
 一方、ハイドランジア(ia8642)は狩りの経験に乏しいらしく、気配の消し方も真亡や雪切にレクチャーしてもらっている。そういう意味合いでは、良い経験になるかも知れない。
「ケモノの捕食‥‥まあ、ケモノも家畜も同じ命、そこに差異がないといえばその通りではありますね」
「養殖か天然かの違いですわね。食べるということは、時に勝ち取るべきものですから」
 頷き合う志藤 久遠(ia0597)とジークリンデ(ib0258)。
 自分たちは他の動物の命を奪い、食している。それを自覚するためにも、一度は自らの手を汚しておいたほうがいい。
 店で食材を調達したり、食事処で済ますだけの日常生活では忘れがちなことだが、大切な心理だ。
 と、そこに。
「ふぅ、ようやく追いつきました。遅れてすいません」
 依頼主である亜理紗が、大荷物を背負って現れる。
 出発時や移動時は一緒だったのだが、この大荷物のせいで亜理紗の足が遅れたのである。
「亜理紗さん‥‥気になってたんですけれど、その荷物は何なんですか?」
「そうですよ。持ちますよって言ったのに」
「えへへ‥‥すいません。これ、携行用の調理器具なんです。持ってこないわけには行きませんし、依頼出しておいて荷物持ちまでさせるわけには行きませんから」
 真亡と雪切が荷物を降ろすのを手伝いながら言うと、苦笑いしながら亜理紗は謝罪する。
 確かに、獲ったはいいが料理ができないでは話にならない。どうせなら新鮮なうちに食べたいのが人情である。
 と、その時だ。
「いいタイミングだな。感動的だ」
「だが無意味だ‥‥ってか。獲物のご登場かい?」
 不破の問いに、羅喉丸は小さく頷いてみせる。
 望遠鏡の先には、立派な角を生やした馬のような生物‥‥馬鹿が、優雅に草を食んでいた。
「いよっしゃ。前置きが長くなったが行動開始だな。ステップ1、終了だぜ」
「はいです! ‥‥ところで、その左手‥‥大丈夫なんですか?」
「そんなに心配そうな顔すんな。大丈夫だからよォ」
 いつものように軽快に笑う鷲尾天斗(ia0371)。しかしその左腕に巻かれた包帯を見て、亜理紗は不安そうに呟いたのだ。
 しかし、その事にこだわってはいられない。馬鹿がいつまでもそこにいるとは限らないのだから。
 ステップ1、『発見しよう』は終了。ステップ2へと続く―――

●ステップ2
 二番目の行程は至ってシンプル。『捕まえよう』である。シンプルであるが故に難しいという意見もあるが。
 開拓者のうち、機動力のある追立班は素早く移動し、風下に待機している待ち伏せ班のところまで追い立てるという作戦で行くことになっている。
 追い立て班に所属するのは、羅喉丸、鷲尾、真亡、志藤、雪切、そして亜理紗である。
 本来、体力に自身のない亜理紗はこちらに所属するべきではないのだろうが、知識などを買われてか追い立て班所属となっていた。
 羅喉丸が望遠鏡で馬鹿の位置を補足しながら五人を誘導。しかし風上に立った時点で、まだ百メートル以上離れているのに馬鹿は顔を上げひくひくと鼻を鳴らし始める。
「こちらに気づき始めていますね‥‥話以上ということですか」
「ギリギリまで近づいて、逃げ出したら全力で追う。これしかないだろうな」
「そうですね。なるべく身を低くすれば、少しなりと近づけると思います」
 志藤も舌を巻く気配察知能力。これが、馬鹿が自然の中で生きるために獲得した能力か。
 亜理紗の補足に全員が頷き、遮蔽物も利用し慎重に近づいていく。
 やがて距離が六十メートルを切ろうという時、馬鹿は左方向へ走り出す!
「まずい!」
 羅喉丸が叫んだのも無理は無い。開拓者たちは挟みこむような布陣で接近していたため、左右に逃げられると目算が水の泡なのである。
 瞬脚で一気に移動した後、予め番えていた矢を引き絞り、羅喉丸は素早く馬鹿の進行方向を狙って放つ!
 風を切り、馬鹿の行く手に突き刺さる矢。馬鹿は危険を察知し、進行方向を右斜め‥‥つまり、待ち伏せ班がいる方向へと変えた。
 その間にも、羅喉丸以外の五人は真っ直ぐ進んでいた。少しでも距離を稼げるように、と。
「んー、軽い。普段の重さが嘘みたいだね」
「まったくだよ。透夜くん、もう少し右方向から追える?」
「お任せ!」
 前衛に分類される開拓者たちは、普段鎧や盾などの重装備で身を固めていることが多い。
 しかし今回、参加者の殆どは最低限の身軽な装備で臨んでいる。依頼の趣旨をよく理解した良い判断であろう。
 もし金属製の鎧などでカチャカチャ音を立てていたら、もっと早く逃げられていたかも知れないのだから。
 なるべくあらぬ方向へ逃げられないよう、広がりつつ追い立てる開拓者たち。しかし‥‥
「野っ郎、なんて速さだ! とても追いつけねェ!」
 馬鹿の足は想像以上に速く、あっと言う間に引き離されてしまう。
 言うなれば長距離ランナーの特性と短距離ランナーの特性を併せ持っているのだから当然か。あれでは龍でもなければ追いつけまい。
 しかし、こういう時のために待ち伏せ班がいるのだ。その距離がすぐさま縮まっていき、ハイドランジアたちが攻撃に移ろうとした矢先‥‥!
「気づかれた!? 逃げるのに必死なはずなのに、もー!」
「‥‥フロストマインもしっかり避けてますわね。直感なのでしょうか」
「どうでもいいから撃て! 逃げられっぞ!」
 待ち伏せ班のハイドランジアと不破、ジークリンデは弓矢で攻撃する。
 ジークリンデとしてはフロストマインを回避されているのに納得が行かないようだが、危機察知能力の賜だと思うことにする。
 放たれた矢を回避するため、身を翻す馬鹿。矢の連携によりどちらに逃げようか右往左往させられている。
 ジークリンデにはアイシスケイラルという必中魔法があるのだが、彼女の知覚力でそれをやってしまうと馬鹿を食べられなくレベルまで抹殺してしまう可能性があるのでNGである。
 そうこうしているうちに追い立て班が追いついてくる‥‥!
「ッたくよォ‥‥足が追いつかねェ!」
 鷲尾は宝珠銃で馬鹿を狙うが、走りながらでは上手く当てられない。だが、それでもいい。その一発が馬鹿にさらなる動揺と足止めを与えられるなら。
「追い込みます! 久遠さん!」
「承りました!」
 雪切がクナイで牽制し、志藤が地断撃を仕掛ける。
 それをギリギリで回避した馬鹿。しかし、志藤にとってはそれさえも計算の内だ。
「そこに僕がいる‥‥と」
 馬鹿が逃げるしかなかった先。そこには真亡が待ち受けていた。
 今から進路を変えるか? 駄目だ、右にも左にも矢が飛んできている。背後にはさっきの人間が二人。
 こうなれば前方を強行突破するしか無い。馬鹿がそう考えたかどうかは定かではないが‥‥疾風のように駆けるケモノはそのまま直進し、二つの影が交差する。
「‥‥ごめんね。‥‥頂きます」
 真亡が刀を振り、血を払い落とした背後で‥‥馬鹿は静かに倒れ伏した。
 俊足のケモノ。幻の食材と言われる馬鹿は、苦労の末捕獲されたのである。
 ステップ2、『捕まえよう』。これにて完了―――と?
「ぜぇっ、ぜぇっ、お、遅れ、ました! お手伝い、を‥‥!」
「もう終わったぜ?」
「ふぇぇぇっ!? そ、そんなぁ‥‥!」
 へたりと地面に沈む亜理紗。体力がないせいでまるで役に立てなかったわけだ。
 今日は遅れっぱなしだな‥‥と、上がった息のまま自己嫌悪に陥る亜理紗であった―――

●ステップ3
 地元の猟師も滅多に捕まえられない幻の食材、馬鹿。
 準備、作戦、実力、連携。それらを最大限駆使し、開拓者たちはその捕獲に成功した。
 二度にもわたり遅れをとったお詫びとして、持ち込んだ携行調理器具を使い亜理紗は専ら調理に専念する。
「凄いな‥‥ほら、足の部分。形は鹿なんだけど、筋肉のつき方が馬に似てる」
 解体前にスケッチをしていた雪切は、その生態に興味が出たようである。角の切り離しに協力しつつ、馬鹿の身体のあちこちを入念に調べていた。
「しかし意外だな。線の細そうなお嬢ちゃんのわりに、しっかり自分で解体するとは」
「中々手際がイイじゃねェか。コレだけ出来りゃ立派な嫁になるな」
「家でケモノを解体する嫁ってどうなんだよ?」
 羅喉丸の目の前で、手際よく馬鹿が解体されていく。
 悪友という鷲尾と不破もそれを見守るだけ。手伝おうとしても亜理紗に拒否されてしまったのだ。
 やがて飯盒でご飯が炊きあがり、準備が完了する。
 火を通さないのはさすがにまずいので、鉄板で馬鹿の肉をそのまま焼く。
 まずは素材そのままの味を楽しみたい。そういう意図からである。
「はーい、焼けましたよー! どうぞ!」
 配られた熱々の肉。皿に乗せられたそれを、一同同時に口に入れる。
『いただきます!』
 噛んだ瞬間、口の中にジュワッと肉汁が広がる。香ばしく焼かれた表面が肉汁を閉じ込め、旨みを引き立たせる。
「うまかー! 馬と鹿の良いトコ取りとは聞いてたが、これほどなのかよ! 獣臭くないのに脂はしっかりと乗ってるな!」
「上品な味わいですわね。馬鹿のしなやかな筋肉が絶妙な歯応えですわ」
「ほォ‥‥こりゃ確かに『ウマカー』だなァ。‥‥亜理紗、食べさせてくれ」
「うぇぇ!? そ、その‥‥いいですけど‥‥。あ、あーん?」
「あーん。んー、亜理紗が喰わせてくれるとまた一段と美味い気がするな!」
「うぅぅ、恥ずかしいです‥‥! と、とりあえず皆さん、まだまだありますからドンドン食べてくださいね。なんならお土産にもできますよ♪」
 歯でシャクシャクとあっさり噛み切れるのに、噛めばしっかり押し返し肉汁を溢れさせる。
 脂はあるのにあっさり風味なので飽きが来ず、いくらでも食べられそうな気がした。
 そこには塩や醤油さえも邪道に思えてしまう。素材そのままで充分美味い。
「これは‥‥まさに自然の味ですね。この草原で駆け回った自然体の馬鹿だからこそこの味が出せるのでしょう」
「そうですね。きっと家畜として飼ったとしてもこの味は出せませんよ。‥‥うん、こういう味と出会うための狩りか‥‥探求したがる人がいるのもわかる気がする」
「食べて美味しいならそれに越したこと無いけど、僕は未知のケモノそのものに興味が有るかな。学術調査的な意味合いでも意義があるよ」
 志藤、真亡、雪切も味を堪能しているようである。その横で、言葉少なに食べているのはハイドランジアだ。
「お口に合いませんでした? 醤油ダレくらいならすぐに作りますけど」
「ううん、そんなことないよ。このままでもすっごく美味しい。ただ、ジビエとか狩りとか、大変だけど達成感あるなぁ‥‥って」
「はい。普段何気なく食べてるものも、色んな経緯があって口に入ってるんですもん。自分たちの手で狩って、捌いて、食べる。命への責任を感じられます♪」
「ふふ‥‥亜理紗ちゃん、本当に食べるの好きなんだね。見てるだけでボクもお腹空いちゃう」
 和気藹々と食事は続く。いただいた食材と、命そのものに感謝しつつ。
「よし、せっかくだからこの一言言っておこうじゃないか」
 羅喉丸の音頭に反対するものは誰もいない。
 馬鹿に敬意を払い、せーので唱和。
『うまかー!』
 ステップ3、『食べてみよう』。未知なる味の開拓、これにて完了である―――