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■オープニング本文 天儀の中心都市たる神楽の都。 様々な人が行き交うこの都に、開拓者ギルドは存在する。 はてさて、今日はどんな依頼が舞い込むやら――― 「もう我慢ならねぇ! 親父をなんとかしてくれ!」 「そ、そう言われましても‥‥」 ある日の開拓者ギルド。 残暑厳しい今日この頃、一人の青年が職員の亜理紗のもとに依頼を出しにやってきた。 ざんばら髪で着流しという、チンピラとまでは言わないが放蕩息子といった風体の男である。 名を元真 進太郎(がんま しんたろう)。黙っていれば二枚目といったところか。 「俺もう25だぜ!? それなのに『やっほー進ちゃん! 今日はパパ特製のオムライスだよ!』とか抜かしやがって、ベタベタベタベタ鬱陶しいんだよ!」 「うわぁ‥‥」 「それだよ! 普通『うわぁ‥‥』ってなるだろ!? これでも元真道場ナンバーワンの実力者なんだぜ? そろそろ子離れして師範の座を譲って隠居すりゃいいんだ!」 「え。普通に家業を継ぐ気あるんですか?」 「あんだよ。悪いか?」 「いや、格好からして『こんなつまんねぇ家出てってやるぜー!』とか言い出しそうかなって」 「じゃかーしぃ! 格好くらい歌舞いたっていいだろォが!」 要は過保護な親の子離れを手伝ってくれということである。 方法は問わないが、剣術道場の師範というだけあり進太郎の父親はかなりの腕前らしい。 それよりも何よりも、相手は何も悪いことをしていないというのがネックである。父親が子供の心配をして何が悪いのかと言われてしまうと返す言葉も少ないだろう。 「ちなみに、ご自身で説得は?」 「何度もしたよ。けど親父はまだまだ俺より強い。『進ちゃんがパパに勝ったら考えてあげるよ♪』なんて言ってやがったが、ありゃいざとなったら反則かましてでも負ける気ねぇな」 「はは‥‥勝っても『考えてあげたけどやっぱりダーメ』とか言われそうですね」 「ぐぁぁ、言いそうだ! ダメを伸ばす辺り脳内再生余裕だぞ! つーかだな、自分の部屋に俺の肖像画を飾りまくったりお手製のぬいぐるみ作って頬ずりしてたりってーのはどうなんだ?」 「通報しましょう」 「したいのは山々だが相手にされないだろ‥‥家庭内でなんとかしろとか言われて終いだ。だから頼んでんだろーが」 子を思う親。子離れしろという子。親の心子知らずとは言うが、成人してまでべったりは流石にどうだろう。 家庭の問題に他人が首をつっこむのは難があるが、当事者からの依頼となれば問題はあるまい。 元真 真軸(がんま まじく)。通称、真軸師範との戦い(?)が今始まる――― |
■参加者一覧
風雅 哲心(ia0135)
22歳・男・魔
ラシュディア(ib0112)
23歳・男・騎
クラウス・サヴィオラ(ib0261)
21歳・男・騎
将門(ib1770)
25歳・男・サ
アムルタート(ib6632)
16歳・女・ジ
山羊座(ib6903)
23歳・男・騎 |
■リプレイ本文 ●親と子 9月も半ばとなりながら、未だ残暑の厳しい神楽の都。 その一角に位置するとある道場に、開拓者六人と依頼人の元真 進太郎は鎮座していた。 その真正面には、依頼対象の親馬鹿親父、元真 真軸。見た目はロマンスグレイの渋いオジサマであるが、話を聞いている開拓者たちはその異常性をしっかり認識している。 こうやって向い合ってかれこれ十分になるが、誰も言葉を発しない。格闘術の師範ということで真軸に隙がなく、無言の圧力があるのは確かなのだが。 しかし、その沈黙を真軸が破った。 「まぁ皆さん、リラックスして。足を崩していただいてかまいませんよ」 ふっ、と微笑む真軸。ダンディでいい声である。 緊張感は解かないまま、開拓者たちは議題を切り出す。 「とりあえずはあんたの意図を知りたいな。いくらなんでも25歳の息子にすることじゃないだろう。見たところ聡明そうな雰囲気だ‥‥過保護だと気づいてないわけじゃあるまい」 歯に衣着させても仕方がない。そう判断したのか、風雅 哲心(ia0135)は真正面からそう切り出した。 まずは真軸の真意を聞きたい。それは進太郎も同じだろう。 「ふっふっふ‥‥心地いいくらいの真っ直ぐさだね。いかにも、私が進太郎に対してちょっぴり過保護であるというのは理解している」 「ちょっぴりじゃないだろ」 「しかしそれも進ちゃんを思えばこそ。25歳と言っても私から見ればまだまだ子供だからね」 「無視したな‥‥」 風雅のツッコミをまるでスルーし、独自の理論を告げる真軸。 「そりゃあまぁ父親からしてみりゃ子供なんていつでも子供だからなぁ。でもそれじゃ永遠に親離れも子離れもできないだろ」 「ふむ‥‥まずはその前提がおかしくはないかな。親離れ・子離れしなければいけないというのは世間の勝手な認識だ。一生親の下で生きることは罪悪ではないよ」 「いいから解放しろよクソ親父!」 「はっはっは、またまた進ちゃんたらテレ屋さんなんだから」 「照れてねぇよ!」 クラウス・サヴィオラ(ib0261)の指摘も、もう何度も受けてきたものなのだろう。殆ど間をおかずにぶっ飛んだ理論を展開する。 言っていることは間違ってはいないが、合っているとも言いがたい。 そもそも進太郎は、道場を継ぐ気はあるが真軸のベタベタぶりに辟易していただけなのだ。別に真軸と縁を切りたいわけではない。 同居したままならしたままでいいから、もう少し普通の家庭のように距離をおいてくれということだ。 「‥‥おい、真軸さんには目上の人はいなかったのか?」 「それが、進太郎に聞いてもいないって言うんだよな。兄弟もいないそうだから手が出ないよ」 後ろのほうでこそこそと話すのは、将門(ib1770)とラシュディア(ib0112)。 二人は真軸が頭の上がらない人物に彼を諭してもらおうと考えたのだが、真軸の両親は他界し、格闘術の師匠も真軸の父親であるため不可能。 一人っ子であり親戚とも疎遠ということで、外堀から攻めるのは難しそうというのが事前調査からの結論である。 「でもこれで分かったこともある。真軸さん自身が孤独だったから、子供の進太郎さんには孤独を味合わせたくないっていうのもあるんじゃないかな」 「なるほどな。まぁ独り立ちすることが孤独に繋がるとは限らんのだが、そういうこともあるか」 進太郎は早くに母親を亡くしている。真軸はそれを自分に重ねたのかも知れない。 もしくは、亡き妻と約束でもしたか。どちらにせよ息子のことを思っているのは間違いない。 「ねぇねぇおじさん、進太郎のぬいぐるみ作ってるってホント?」 「ん? あぁ本当だよ、お嬢ちゃん」 話が途切れてしまっていたので、今度はアムルタート(ib6632)が話を切り出す。 真軸は子ども全般が好きなのか、礼儀などは特に気にせず笑顔で応えた。 「見せてみせてー!」 「はっはっは、しょうがないな」 言いつつ、懐からお手製のぬいぐるみを取り出す真軸。 「どこから出しとんだ!」 「進ちゃんといつでも一緒にいたいという親心じゃないか」 「じゃかーしゃー!」 「‥‥ネタじゃないのか‥‥」 将門もドン引きの真軸と進太郎のやりとり。 しかしアムルタートは気にした様子もなく、無邪気に続けた。 「上手いね、おじさん! これが進太郎で‥‥おじさんは進太郎の?」 「うん? パパだよ?」 「そしてこれはパンダだよぉぉぉっ!」 真軸の答えを待ってましたとばかりに、パンダのぬいぐるみを突きつけるアムルタート。 真軸は少しびっくりしたような表情をしていたが、すぐに気を取りなおしてアムルタートの頭を優しくなでる。 「はっはっは、それじゃ『パ』しか共通点がないよ、お嬢ちゃん」 「えへー。軽くあしらわれちゃった♪」 「どうせならパンダよりパンのほうが良かったね。字数的に」 「それも『パ』しか共通点無いぞ親父‥‥」 もう進太郎もどうツッコんでいいか分からない様子である。 「よーしそれじゃ、これで決めよ! 真軸が勝ったら進太郎はこのまま、私が勝ったら進太郎を一人前として見る。どーかな!?」 そう言って一枚のコインを取り出すアムルタート。ヴィヌ・イシュタルという術の効果もあってか、真軸は少し考え込んだものの了承する。 表がアムルタートの勝ち、裏が真軸の勝ちと取り決める。しかし、いざ投げようとした時だ。 「お嬢ちゃん、使うならこっちのコインにしてくれないかな。進太郎の母親が好きだった一枚なんだ」 「いーよー。運の女神は常に私の味方だよ♪」 コインを受け取り、元気よく投げる。そして勝負の時。 アムルタートはモイライという術を使っている。一日一回だけだが、勝負事に負けはない。 緊張の中、アムルタートの手が開かれる。そこには‥‥ 「えっ、嘘、なんでっ!?」 コインは裏。見慣れたデザインなので間違えようがない。 モイライの効果が発揮されているのに何故? 驚くアムルタートの手から、そっとコインが取り上げられた。 「すまないね、これは両方共裏のいわゆるエラーコインなんだ。お嬢ちゃんの噂は聞いているからね‥‥ジプシーの技を使われた時ための保険だよ」 「ば、バレてたー!?」 有名人は辛いと言ったところだろうか。流石のモイライも両方裏のコインで表は出せないようだ。 小細工は通用しない。真軸本人もイカサマだとバラしたからにはこれで決着する気はないようだが。 アムルタートが席に戻ったところで、ずっと黙ったままだった男が大きなため息をついた。 これみよがしの大きなため息。それは山羊座(ib6903)のものである。 「いい加減にしろ。進太郎よ、父親に甘やかされているクセに過保護が嫌だとか贅沢抜かすな。いい年こいて自立出来ない男なんて傍から見れば気持ち悪いんだよ」 「何だと!? 俺だって自立しようと努力したっつったろォが!」 「足りないな。本当に自立する気があるなら黙って家を出ることだって出来るはずだ。甘えなんだよ、お前の」 「てめぇ‥‥!」 急に進太郎の方を口撃し始めた山羊座。しかしこれは事前に打ち合わせた芝居である。 しかし、真軸にしてみればこれは面白くない。 束縛しているのは自分であり、進太郎はそれに仕方なく従っているだけ。それを息子のせいであるというように悪く言われるのも何だか腹立たしい。 「こほん‥‥ちょっと、言い過ぎではないかね、君」 「どうだろうな。普通25とか6にもなれば、嫁や子供がいてもおかしくない歳だろ。まぁこんな風に親に付き纏われたら誰だって寄ってこないし、他人からはそう見えるだろ」 「む‥‥」 抗議しようとした真軸に、風雅がツッコミを入れる。 真軸はそういう常識もきちんと理解はしている。それでも息子を溺愛すると、ある意味覚悟のようなものを決めて今までの行為に及んでいるのだ。 しかし、現実に息子が誤解され悪く言われるのを目の当たりにすると流石に堪えるようだ。 「聞けば進太郎は炊事洗濯掃除となんでもできるらしいじゃないか。進太郎、お前はどうなんだ。どうしたい。もう一度しっかり思いをぶつけてみろ」 将門に促され、進太郎は真軸の目を真っ直ぐ見て言う。 「‥‥俺は、この道場が好きだ。継ぐつもりでいる。親父のことだって嫌いじゃない。けどもう子供じゃないんだ。心配かもしれないが、一人前と認めてくれよ‥‥父さん」 「進太郎‥‥」 「よく見るんだ。子供は親が考えてるより立派に育ってるもんだよ。これでもまだ心配だってんなら、それは余計な心配だ」 「自分で何でもできるのに、今まで家にいたのが不思議じゃないかな? たぶん‥‥親父さんの寂しい気持ちも分かってるから、今まで側にいてくれたんだと思うぜ」 「そうだね。勝手にいなくなって真軸さんを心配させたくない‥‥いい息子さんだと思うよ」 風雅、クラウス、ラシュディアも後押しする。ここで畳み掛けなくていつ援護するというのか。 実際、そういうところはあったのだろう。進太郎が出ていけばそれこそ真軸は天涯孤独になってしまう。 そして、真軸は悟る。進太郎のことが心配だったのは確かだが、心のどこかに『自分が孤独になりたくない』という一念があったかもしれないということを。 「‥‥息子のことばかりで自分のことが疎かになっていたというわけか。私もまだまだ未熟だな‥‥」 「じゃあ‥‥!」 「あぁ。好きにしなさい。‥‥開拓者の諸君、ありがとう。君たちのおかげで大切なことに気づけたよ」 長年の習慣をすぐにはなくせないかも知れないが、一人暮らしまでしなくとも大丈夫だろう。 近くて遠かった親子は、今日の出来事でようやく普通の距離になれるのかも知れない。 「良かったね〜♪」 くるくると回り、元気に踊るアムルタート。その様子に、進太郎も真軸も自然と笑顔になっていた――― ●それぞれの‥‥ 道場を後にした一行は、帰路に着きながらそれぞれ思いを巡らせていた。 不器用で‥‥でも優しい親子の物語。進太郎がチンピラっぽくなければもっと美談だったかも知れない。 「しかし、親子仲がいいってのはいいもんだね。俺もそろそろ一度は顔を見に戻ってみるかな‥‥?」 「家族っていいよね! みんなも家族一緒に踊れば大概の事は解決できるよ!」 「それはおまえさんのところだけだろう。ま、子供の心配をしない親はそうそういないだろうがな」 「‥‥父親ってのはそういうものなのか? 俺にはわからん」 ラシュディア、アムルタート、将門は楽しそうに語るが、山羊座は真剣に理解出来ない様子。 彼の父親は彼をすぐさま施設に放り出してしまったらしい。そういう意味合いで、山羊座には真軸のような父親像というのが珍しいのかも知れない。 確かに、親が我が子を無碍に扱うという話も聞かないではない。しかし‥‥ 「嫌な親なら離れればいいだけの話だ。お前が芝居で言っていたようにな。それに、今のお前には親など無くても生きていけるだけの力があるだろう」 「駄目な親がいることは否定できないけどさ‥‥そうでない親のほうが多いんだ」 「‥‥そうか。まぁ、悪役に親の話などは無縁か。詮無いことを言ったな」 風雅とクラウスの言葉を受け、山羊座はぶっきらぼうに言うとすたすたと先を急いでしまう。 しかし、全員なんとなく理解していた。その口元が、確かに笑んでいたことを。 「こーらー、まてー! なにが悪役だーい!」 くるくる踊りながら山羊座の後を追うアムルタート。 残暑厳しい9月の空に、爽やかな声が響いたのであった――― |