|
■オープニング本文 天儀の中心都市たる神楽の都。 様々な人が行き交うこの都に、開拓者ギルドは存在する。 はてさて、今日はどんな依頼が舞い込むやら――― ある日の開拓者ギルド。 夏も終わり、冷たい風が目立ってきた神楽の都‥‥そして天儀。にもかかわらず、夏の怪談のような話が再び舞い込んだ。 僵屍。この夏、天儀で発生報告がもたらされた泰国発祥のはずの存在。 人間の遺体が瘴気によって変化する、アヤカシとは別種の存在。その耐久性や防御性はかなりのもので、無理矢理焼却したという以外の方法で倒せた記録はない。 「一葉さん、またキョンシーみたいなんですが‥‥今回はちょっと毛色が違うみたいです」 「というと?」 「ほら、前に一葉さんが説明してくれたじゃないですか。キョンシーはキョンシーになったときに凶暴化するかどうかが決まって、後で変化しないって」 「原則的にはね」 「どうやら今回のキョンシーは凶暴化していないようなんです。夜になると森や村をふらつくだけで、人を襲ったりはしないそうです」 「‥‥‥‥」 ギルド職員、十七夜 亜理紗と西沢 一葉。 亜理紗は開拓者でもあり、陰陽師である。一方、一葉は志体は持っていないが、泰国でも珍しい道士の家系であり、自身も幼少の頃にその技を教え込まれた存在である。 まぁ、才能がなかったということでそれが後の人生に大きな影響を与えたのだが‥‥。 「で、いくら人を襲わないと言ってもあまり良い感じはしないじゃないですか? かと言って家族の方からしてみれば退治してしまうというのも可哀想だということで、一葉さん宛に何とかして欲しいという話が来てます」 「何とかって言われても‥‥知ってるでしょ、私には才能が‥‥」 「でも、この人達には一葉さんしか頼れる人がいないんです。この天儀にどれだけ道士がいるのか‥‥というかむしろ一葉さん以外に居るのかどうかすら怪しいじゃないですか? わざわざ泰国から呼ぶのも色々物入りでしょうし」 「‥‥泰国でも多分そんなに数いないわよ。探し当てるのも苦労すると思うわ」 「だったら尚更‥‥!」 一葉は迷っていた。道士の知識を提供し開拓者たちをサポートするだけならまだしも、今回の場合は自分が直接赴いて道士の技を用いるしか無い。 キョンシーと戦った経験はある。しかしそれは子供の頃、しかも天才的な道士だった父親と一緒だったから成せたことであり、一人で道士として戦ったことなど無い。 一葉の実力で本当にキョンシーを封じれるのか。凶暴化していないとはいえ、確証はない。 それでも‥‥求めている人が、いる。 「‥‥わかったわ。開拓者の人たちにサポートしてもらえればなんとかなるかも知れないし。ただ、駄目だったら‥‥ごめんなさい」 「もう、始まる前から駄目だった時のこと考えてどうするんですかぁ。らしくないです!」 「‥‥‥‥。とりあえず、上手く封じられたら安置所は私が何とかするわ。やるからには全力でやらないとね」 実害はないとはいえ、放置するにはキョンシーはまだまだ特異過ぎる存在だ。封じられるならそれに越したことはない。 道士を守りながらのキョンシー捕獲作戦が、今始まる――― |
■参加者一覧
カンタータ(ia0489)
16歳・女・陰
佐久間 一(ia0503)
22歳・男・志
リーゼロッテ・ヴェルト(ib5386)
14歳・女・陰
マハ シャンク(ib6351)
10歳・女・泰
獅炎(ib7794)
25歳・男・シ
熾弦(ib7860)
17歳・女・巫 |
■リプレイ本文 ●義務と決意と 件の村に到着した一行は早速聴きこみを開始し、キョンシーの出没地点などの調査にあたった。 また、キョンシー化した青年の遺族と面会し遺体を攻撃することの詫びと安息をもたらすことを約束。胸を痛めていた遺族にとっても安心することができただろう。 後は細々としたことの情報収集と、落とし穴などの罠の設置。いくら凶暴化していないとはいえ、参加者の中にはキョンシーとやりあった者もおり、その脅威は身を以て体験済みだ。 まぁ仮に噛まれてもキョンシー化しないというのは大きな点だ。これがあるのと無いのとでは大分違う。念のため解毒を使えるようにしてきた開拓者が居るのも頼もしい。 やがて日が暮れ、夕暮れ時。夕日に染まる村はずれで、開拓者たちはキョンシーを待ち受ける。 「ねえ‥‥道士ってキョンシーを自分たちで作り出したりはできないの?」 ただ待っているのも何だと感じたのだろうか。リーゼロッテ・ヴェルト(ib5386)が西沢 一葉に問いを投げかけた。 緊張していた一葉は一瞬びくっと震えたが、すぐに答える。 「できないことはないけど、かなり難しいわよ。道士には瘴気を集める技はないから、無理矢理瘴気の濃い場所に遺体を持って行かないと駄目だし‥‥何より、瘴気に晒されれば必ずキョンシー化するものでもないし」 一葉は今、見たこともない泰国風の帽子に黄色い着物、ズボンといった感じの出で立ちである。どうやら道士としての正装に当たるらしい。 子供の頃に諦めたはずの道士の道。母親が後のためにと作っておいてくれたもので、一葉自身これを着る機会が来ようとは思っていなかったらしいが。 「作れないことはないのね? それじゃあ‥‥生者のキョンシー化って、可能かしら?」 「え? む、無理よそんなの!?」 「あら残念。強靭な肉体強度と内因で死ぬことのない身体‥‥素敵だと思わない?」 「瘴気に長期間晒されて、肉体が変異するのよ? 仮になれたとして、心臓は止まるだろうし血も凝固する。脳も死んじゃうと思うから、それはもう生者とは呼べないわ」 リーゼロッテが言うように人格や精神をそのままにキョンシー化できたなら、歳も取らず頑強な肉体を手に入れることができるだろう。しかし、それは最早人と呼べる代物なのだろうか? 答えは否であると一葉は告げる。キョンシーになった時点で人としては死んだも同じと。 「この前の人形兵といい、今回のキョンシーといい、天儀はどうなってるのかしらね。相変わらず、アヤカシも動いているし‥‥」 横で聞いていた熾弦(ib7860)はため息混じりにそう呟く。 それは全員が知りたい。アヤカシだけでもアップアップなのに、キョンシーだの人形兵だのと近年おかしなことが多すぎる。 一応、人形兵に関しては誰かが製造しているのだという確定事項があるが、その他の発生源は今だ不明。これらすべてが悪いことの前触れでないことを祈るだけである。 いつの間にか日が落ち、辺りは闇に包まれる。 篝火を焚き、キョンシーを待ち構える。こうしなければせっかく設置した落とし穴に味方が落ちかねない。 照明さえあれば落とし穴は非常にわかりやすい。これも相手が知恵のないキョンシーだからできることである。 そして、遠くから聞こえてくる低い音。ドンッ、ドンッ、と独特の着地音‥‥! 「き、来た‥‥!」 戦った経験があるとは言え、それは何年も前の話。そして今回は自分しかできない仕事があるという重厚感も伴っている。体が強張るのも当然である。 そんな一葉に、佐久間 一(ia0503)は優しく微笑んだ。 「自分は一葉さんを信じてます。だから、この作戦を『絶対に成功する』と信じてください。自分たちが必ず状況を作ります。開拓者の誰が倒れても、臆せず、前を見て、勇気を出して」 「一葉君、だっけ‥‥腕に迷いがあるようだけど。でも、泣いても笑っても今この場でキョンシーを封印できるのは貴女だけ。その力があることに胸を張って、全力を尽くして。どんな力でも、全身全霊を込めた『渾身』に勝る力はないから」 佐久間と熾弦の言葉に、少なからず一葉は救われた。 自分は一人じゃない。多くの開拓者たちが力を貸してくれている。 「キョンシーが逃げないようにする周囲の封鎖はお任せですよー」 「さて、早駆での移動になるが‥‥加速に耐えられるかな? なぁに、軽重はノーコメントにしておく」 「も、もう‥‥! ‥‥皆さん、よろしくお願いします。私も頑張りますから!」 カンタータ(ia0489)も獅炎(ib7794)も、努めて明るく笑いかけてくれる。 開拓者ギルドの仕事をしてきた一葉であるが、開拓者がここまで頼もしく見えたことはない。 「今はそれでいいだろう。決めるのはお前だ‥‥この戦いも、これからの人生も」 ぶっきらぼうなマハ シャンク(ib6351)の言葉。すぐにそっぽを向いた態度からして一見冷たいが、発破をかけてくれていることは一葉にも伝わっている。 だから、なんとしても成功させたい。出来損ないの道士としてではなく‥‥個人、西沢 一葉として。 闇の中から姿を表したキョンシー。その青白い無表情な顔にも、もう一葉は恐れはない。 「それでは行きます。マハさん、油断しないでくださいね」 「言われなくとも。二度も噛まれるのは御免被りたいところだからな」 前衛を務める佐久間とマハが駆け出し‥‥撃破ではない封印のための戦いが始まる――― ●凶暴化とは何だったのか 「くっ! キョンシーっていうのはどれもこんなに強いんですか!?」 「個体差はあろうが硬くてパワーがあるというのは基本のようだな‥‥化物め」 佐久間もマハもキョンシーと戦闘経験があり、心構えはできていた。 しかし、実際にやりあうとやはりしんどい。凶暴化していないくせにキョンシーの基本はしっかり押さえられており、高防御力に高攻撃力である。 一方、二人もキョンシーに有効な素手や手甲での攻撃を選択しているので、流石は経験者と言えよう。 このキョンシーは特に目的もなくふらふらしているだけのようだが、流石に敵意を持った相手が近づいてくると足を止め、こちらを警戒しだした。 やはり大人しく捕まる気はないらしい。そろそろと近づいても結果は同じだっただろう。 「呪縛符ですよー」 「アイヴィーバインドよ。自慢の馬鹿力でも振り解けないようにガチガチに縛り上げてあげる」 カンタータとリーゼロッテが援護をかけると、キョンシーの動きはかなり鈍る。 身動きがとれなくなるような事はないが、それでも佐久間とマハの戦いやすさに大きく違いがある。 回避が得意な二人は、キョンシーに対して優位に事を運べているようだ。 「つってもあのままじゃすぐ体力がなくなるだろ。全力で動いてんだから。おーい、せっかく掘ったんだから落とし穴使えよ!」 「あぁ、その手があったか」 「行きますよ‥‥っと!」 獅炎の言葉に前衛二人が動く。 キョンシーの背後に落とし穴が来るように移動し、マハが拳、佐久間が蹴りを腹に叩き込み、キョンシーを後方へと押し返す。 ドン、ドン、ドン、ズボッ! とリズミカルに後退し落とし穴に嵌るキョンシー。 胸元あたりまで一気に落ち込むキョンシー。穴自体は頭がやっと出る程度の深さだが、両腕を前に突き出しているので引っかかっているのだろう。 とすると足は地に着いていない。頭は出たまま。とすると今は絶好の好機なのではないか‥‥!? 「跳ぶぞっ! 舌噛むなよ!?」 一葉の答えを待たずに、獅炎は大地を蹴る。 お姫様抱っこのような体勢で一葉を抱えていた彼としては、このチャンスは逃せない。 気がかりなのは一葉が志体を持たない一般人であるということ。予め伝えてあるとはいえ、この急加速に耐えられるかどうかは未知数である。 お札はすでに胸元に用意していたのは見えた。後は、一葉が意識を失わないでいてくれれば‥‥! 「く‥‥ぅ‥‥!」 キョンシーの目の前に早駆で移動した獅炎。その腕の中で、苦悶の表情を浮かべながらも一葉は確かに意識がある。 「よく頑張った! ほれ、お札を―――」 獅炎の言葉が終わらないうちに、信じられない出来事が起きた。キョンシーが穴の中から飛び出し、地面へと降り立ったのである。 「はえー、もしかして腕の力だけで飛び上がったんですかね〜。凄いです〜」 「惜しいわねぇ‥‥あの力が私の知力に合わさったらまさにパーフェクトなのに」 カンタータやリーゼロッテが舌を巻いている隙に、キョンシーは逃げようと方向転換する。 しかし、それは適わない。キョンシーの行く手に白い壁が出現し逃走を妨げているのだ。 「逃がしませんよー」 カンタータの結界呪符「白」。通れないと気づいたキョンシーは更に方向を変えるが、その度にカンタータが壁を作成し逃さない。 「大人しく」 「していてください!」 マハが足払いをかけ、浮いたところを佐久間が殴りつける。 地面を転がった後、起き上がりこぼしのようにすいっと立ち上がるキョンシー。ダメージがあるのか無いのかもよくわからない。 「くそ‥‥一葉さんの様子を見るに、何度も使えないな」 早駆は一般人にはきつすぎる加速のようだ。もう一度やったら一葉の意識がありませんでしたでは話にならない。 再びキョンシーとの交戦を開始したマハと佐久間。このままでは彼らも危険である。 ‥‥と。 「マハさん、佐久間さん、もう一度キョンシーを落とし穴に落としてください! 落ちたら、カンタータさんとリーゼロッテさん、熾弦さんも協力して押さえつけて!」 一葉は、天を仰ぎながら叫ぶ。抱きかかえたままの獅炎の方が驚いたくらいだ。 キョンシーの専門家、道士。その一葉が指揮をとる‥‥? 「‥‥俺はどうすりゃいいのかな、お嬢さん」 「早駆じゃなく、私を抱えたまま走ってください。多分、それでも私が一人で走るより速い‥‥!」 「了解だ。頼むぜ、前衛のお二人さん!」 「私も前に出て神楽舞で支援するわ。守ってよね、お二人さん」 マハと佐久間は黙ったまま頷く。そして熾弦の援護を受け、キョンシーを誘導しながら再び落とし穴の前まで引っ張ってきた。 人間相手なら通用しない見え見えの動き。だが、相手はキョンシーである。豪腕を振るってはいるが、あっさりと落とし穴の前まで誘われてしまう。 今度は二人がかりで蹴りを放ち、再び落とし穴へ。すかさずカンタータとリーゼロッテが飛びつき、体勢を戻したマハと佐久間もそれに加わる。 できればもう一人二人人数が欲しい! 四人がかりでもはねつけられそうな勢いだ! 「いくぞぉぉぉぉぉっ!」 すでに駆け出していた獅炎。キョンシーの少し手前で一葉を降ろし、自分も落とし穴に落ちる覚悟でキョンシーにのしかかった! 「お願い‥‥効いて!」 一葉が振りかざした一枚の黄色いお札。赤い塗料で何やら文字や図形が描かれている。 ぺらぺらの頼りないお札。しかしそれには、一葉を含めこの場の全員の願いが込められているのだ。 キョンシーの額にお札が貼り付けられる。するとキョンシーはしばらく痙攣し‥‥すとんと落とし穴に落ちきった。つまり、腕に入っていた力が抜けたのである。 そして一向に動かない。捕獲、完了である‥‥! 「や‥‥やった‥‥私にも‥‥できた‥‥!」 「やったな、一葉さん。走った甲斐もあったぜ!」 「へぇ、こうなるんですね。凶暴化したのには効かないらしいですが、興味深いです」 「これ、剥がしたらまた動き出すんですか〜?」 「一応は。でもそう簡単には剥がれませんよ。貼るだけに見えて、道士の技の一つですから」 「おぉ、本当だ。修羅の私が引いてもビクともしない」 『やるなよ!?』 眼鏡の奥の瞳を滲ませる一葉。それを労い、共に喜ぶ開拓者たち。 しかし、リーゼロッテは至って冷静だった。 「これ、引っ張り上げるの? 男衆、頼んだわよ」 「あ、大丈夫です。任せてください」 一葉が何やら印を組んでクンと指を上げると、キョンシーが飛び上がって地面に降り立った。 腕はだらんと横に下げたまま。腕をあげるのが戦闘態勢というから、戦う意志はないのだろう。これがキョンシーを自在に操る術なのは間違いない。 「やれば出来るんですよ。貴女は1人じゃないんですから」 「強くなる必要はない。皆がいるのだ、皆で強くなればいいのではないのか?」 「‥‥はい‥‥!」 篝火に照らされ、一葉の目尻に輝きが灯る。 それを受け、佐久間とマハも静かに微笑んだ。 キョンシーは一葉に操られ、かつて一葉の家族が住んでいた屋敷にある霊廟に無事安置されたという――― |