|
■オープニング本文 天儀の中心都市たる神楽の都。 様々な人が行き交うこの都に、開拓者ギルドは存在する。 はてさて、今日はどんな依頼が舞い込むやら――― 『謎の陰陽師』というのをご存知だろうか。 その道に通じた開拓者なら聞いただけで眉をひそめる、過去の人物である。 幽志、獣骨髑髏、三魔星など数々の作品を手がけた研究者。その実力は確かなものではあるが、そのどれもが人間の犠牲の上に成り立つ迷惑極まりないものばかり。 近年、彼(彼女かも知れない)の作品が次々と現代に蘇り、害を振りまいているのは知っての通り。しかもそれらが全て偶然に復活しているのだから始末に悪い。 しかし三魔星との戦いの際、研究所跡よりとある資料を入手。まだ復活していない研究物の場所を特定することに成功した。 研究内容は定かではないが、その場所は地上にある史跡である。昔の城か何かの跡地であり、現在は観光地にもなっている場所だ。 石鏡の国は早速調査に乗り出したが、特に目立った情報はなし。地下への入り口があったり隠し扉があるような気配もなく、太陽が燦々と降り注ぐ遺跡が静かに歴史を刻むのみ。 仕方なく、同じ陰陽師に知恵を借りることにした石鏡の国。ギルド職員でもあり、トンデモなオリジナルの術の開発を得意とする十七夜 亜理紗に白羽の矢が立てられた。 現地に赴き、調査を開始した亜理紗。五分も経たないうちに、嫌な気配を感じ取る。 それは、少しばかり開けた石畳の武舞台のような場所。そこを中心に、遺跡全体に瘴気の流れのようなものが感じられた。 式を作るときの感覚に似ている。活性化こそしていないが、そんな気配を感じる亜理紗。 その時、護衛のためと同行していた石鏡の兵士から悲鳴が上がった。 武舞台に戻ってみると、そこには先程まではいなかったはずの人物が静かに‥‥そして確かに立っていた。 見ると、武舞台に亜理紗が持ってきたお札が貼り付いている。どうやら兵士が物珍しさで手にし、観察していたところを手を滑らし地面に落としてしまったようだ。 背筋に寒いものを感じた亜理紗は、護衛の兵士を呼び集め結界を作成。防御隊形のまま交代する。 武舞台に立つ人物は、ゆっくりと目を開け、言葉を発した。 「‥‥そうだ、退くが良い。ここに近づかぬというのであれば何もせぬ」 身長2メートルを超える巨体。年齢は三十代くらいだろうか? 特に眼を引くのは、その立派なヒゲだと薙刀のような大型の武器。 重厚な声を響かせるその男は人間にしか見えない。しかし、陰陽師ある亜理紗にはすぐにピンと来た。 この男はアヤカシ‥‥いや、式だ。遺跡をめぐる瘴気の流れが活性化し、実体化した式。 しかし、それならば何故見逃す? これも謎の陰陽師の作品ならば、問答無用で殺しにかかるのが当たり前のはずだが。 「娘よ、故あって拙者は身分も名も明かすことは出来ぬ。しかし、かつて人であった身として出来うる限り人道に悖ることはしたくない。そうさな‥‥拙者を倒せるだけの強者を寄越すがいい。そうしてもらえると、拙者としても助かる」 「あ、あなたは、一体‥‥」 「かつて祖国を義兄弟と共に駆け抜けた雄が、妖怪変化の類にされてしまうとはな‥‥時代は変わったものだ」 とにかく、目の前の男は相当強い。しかも人間の外見をしていても式は式。どんな能力を持っているか知れたものではない。 亜理紗は結界を張ったままその場を撤退し、ありのままを報告する。 またしても偶然により発動した謎の術式、そして人型の式。しかし、今までとは多少毛色が違う。 交渉の余地があるのだろうか? 様々な疑問を秘めたまま、新たな戦いが幕を開ける――― |
■参加者一覧
井伊 貴政(ia0213)
22歳・男・サ
鷲尾天斗(ia0371)
25歳・男・砂
和奏(ia8807)
17歳・男・志
守紗 刄久郎(ia9521)
25歳・男・サ
雪切・透夜(ib0135)
16歳・男・騎
レネネト(ib0260)
14歳・女・吟
鹿角 結(ib3119)
24歳・女・弓
神座早紀(ib6735)
15歳・女・巫 |
■リプレイ本文 ●ネタバラシ 件の史跡へと到着した一行は、警戒を緩めることはしないまま先へと急ぐ。 観光地になっているという情報は伊達ではなく、そこかしこに解説のための立て札があったりするのが緊張感を微妙に削いでいる。 相手はまたしても謎の陰陽師絡みの相手。しかし今までと毛色が違い、会話が可能。しかも『かつては武人』といった発言があり、謎に拍車をかけていた。 一応、開拓者たちは今回は戦う気はあまりない。戦う者同士の理解か矜持か……なんにせよ情報が欲しいのは確かであり、相手も話しが通じそうだからこその方針だが。 やがて、武舞台が視界に入る。そこには遠目からでも分かる巨躯と立派な髭を蓄えた男が立っていた。 確認するまでもない。彼が例の式だろう。 「……来たか。なかなかの使い手とお見受けした。さぁ、まずはこちらに参られよ」 男は薙刀のような武器を手にしたままではあったが、姿を現した開拓者たちに声をかけた。 それはまるで来訪を予め知っていたかのような素振りであったので、開拓者たちに多少なりと疑念が過る。 とはいえ話し合いに来たというのに離れているわけにもいかない。一行は覚悟を決めて武舞台に立つ。 近くで見るとやはり大きい。そして歴戦の勇士の風格を漂わせている。どうみても人間、だ。 「お初にお目にかかります。井伊 貴政(ia0213)と申します。貴殿にお話をお聞かせいただきたく参上致しました。こちらに戦う意志は……今のところありません」 「同じく、雪切・透夜(ib0135)です。酒盛りも考えましたが、あなたが下戸であった時のためにお茶を用意してきました。よければ一席、お願いします」 恭しくお辞儀をする井伊。いつになく礼節に則った所作だが、男には好感触だったらしい。 同じく、雪切の配慮にも感じ入ったのだろう。最初から警戒が強かったわけではないが、男の雰囲気が明らかに軟化した。礼節を以って、という考えは大当たりだったと言えよう。 流石に座り込んでというのは違うと思ったのか、男は立ったままの会話を望んだ。そして差し出された竹筒の茶を飲みくだしながら開拓者たちを見回す。 誰もが武器を収め、戦う意志を見せない。 「……ふ……皆良い面構えだ。状況が許せば轡を並べることもできたであろうにな」 「あの、申し訳ありません。まず、術で貴方や周辺を観察してもよろしいでしょうか? もしかすると、貴方も知らない何かが仕掛けられている可能性もありますので」 「ふむ、構わぬよ。用心に越したことはない」 了解を得た神座早紀(ib6735)は、術視「参」での検分を開始する。 とりあえず、この史跡に術式がかけてあるかすら分からない。まったく未知の術式であり、それ故今まで発見されなかったと思われる。 男にもおかしな点はない。いや、存在自体がおかしいといえばおかしいが、何かのきっかけでどうにかなるような術式は見受けられなかった。単に既知の術ではないので見破れないだけかも知れないが。 「それでは、お話を伺いたく思います。貴方が退けと仰ったのは、この場を守るためでしょうか? それとも、この場にある何かから調査隊の方々を守るためでしょうか?」 「正確に言うなら前者だ。だが、本音を言えば拙者は守りたくはない」 「では続けて私も。あなたの武器に死鬼のように名があるのか。あなたが何処の国のどなたか分かるような武勇譚をお聞かせ願えないでしょうか」 「しき? 式ではなくか? ……ふむ、とりあえず我が武器に名はあるが、これは拙者が名付けたものだ。残念ながら明かせぬがな。また、武勇譚も明かせぬ」 鹿角 結(ib3119)やレネネト(ib0260)の問いに、しっかりと答える男。 その目や態度には一切の曇りがなく、嘘や誤魔化しがないことを感じさせる。 「そういや、なァんでおっさんは名前や身分明かせねーのよ?」 「我らはこの術で現世に現れる際、数々の制約を課されている。その一つに、『名や出自を特定されるような行動を取れない』というものがある。これらは強制力が強く、我らにはどうしようもない。従わざるをえないのだ」 「ってことは、ここを守るっていうのも制約ってことですかい? 守りたくないのに守ってるってことは」 「然り。『わざと負けることができない』『術式を破壊するような行動を取れない』などもある。かつては名を馳せた英傑も今では妖怪変化よ……情けないものだ」 鷲尾天斗(ia0371)は遠慮せず、持ち込まれた酒を呑みながら質問するが、それを気に留めるでもなく男は答えた。 守紗 刄久郎(ia9521)は鷲尾に差し出された酒をやんわりと遠慮しつつ質問する。 どちらの答えも、今後この武人との戦いを回避できる要素がない。開拓者側はこの史跡に施された術式を何としても破壊したい。しかし男はそれを見過ごせず、手加減もわざと負けることもできないという。 鑑みるに、自決も無しなのだろう。そうでなければ誇り高そうなこの武人が甘んじて今の状況にあるわけがない。 「うーん……個人情報を得るのは難しそうですか……。では、この術式を施した術者のことはどうでしょうか? お聞かせ願えることはありませんか?」 「そうさな……拙者も直接会ったわけではないので力になれるとは思えん。我らはただ呼び出されただけと思ってもらったほうがいい。事実、拙者が死亡したのはもっと歳老いた後だ。ただし……」 ただし、術の作成経緯は分かるらしい。和奏(ia8807)の問いに、さらっと核心を話してしまう男。 そのコンセプトは、『頭のいい式を作る』。 今までの作品が馬鹿ばっかりだったので、今度は知能の方に重点を置いてみたようだ。 が、それが災いし作り出した式の大半が言うことを聞かなかった。人間的過ぎたといってもいい。 加えて、この術で作り出した式は術の外に出られない。術の範囲内なら自由に移動でき、敵の存在の感知なども可能なのだが、如何せん術式そのものが移動できないので意味が無い。 結局、早々に失敗作扱いされ廃棄されたが、偶然により再起動、現在に至る。 「……あの、さっきから気になってたんですけどね? 『我ら』っていうのはどういうことかなー、と」 「この術は、呼び出された者を五人倒すことで初めて破壊できる。他の手段で無理に破壊しようとすれば何が起こるか分からない。術者の性格上、とてもではないが推奨できぬ」 「あー……」 さもありなん、と井伊は頬を掻く。 どうやら一人倒すごとに次の式が現れ、それを五人倒すとクリアという方式らしい。 流石に次に呼び出される者がどこの誰なのかなどは不明とのこと。 「あの……答えられるものだけ答えていただければ結構ですので、私の質問もお願いします」 「うむ。構わぬよ」 「一つ、式として何か果たすべき目的がありますか?」 「この術式を守る。ひいてはこの史跡を守る」 「二つ、以前は人間だったようですが、式となった経緯は覚えているのか?」 「さてな……気がついたらこの場に立っていた。術式に与えられた知識で、すぐに現状は理解できたが」 「三つ、生前、陰陽師と関わった事がありますか? あるなら、それはどのような人物でしたか?」 「おんみょうじとは何だ? 術の作成者という意味であるならば、先も申したが会ったことはない」 「四つ、そもそも、あなたはこの天儀の人物なのか?」 「てんぎというのか、ここは。……これしか答えられんようだ」 「……五つ。アヤカシや開拓者をご存知ですか?」 「アヤカシ? 開拓者? ふむ、聞かぬ言葉だ」 神座の質問から分かることがある。少なくともこの男はこの時代の、天儀の人間ではない。 ならば、過去の人間? レネネトが彼と似た英雄の話を聞いたことがあるようだが確信はない。 「では、最後に僕も。この場所について、何かご存じありませんか?」 「無い」 「可能ならば戦闘は避けて通れませんか?」 「無理だな。諸兄がこの術式を破壊しようとする限りは」 「貴方の協力は望めませんか?」 「術式の情報提供だけで精一杯だ。いざ戦闘となれば一切の容赦は出来ぬ。それは作られた式としても、武人としても」 「あァ……なるほど。それで亜理紗に『自分を倒せるやつを寄越せ』って言ったわけか。従うのは嫌だけど強い奴と全力で戦いたくて、しかも負けたいってか。我儘言うよなァオイ」 「批判は甘んじて受けよう。もっとも、こんな考え方をするのは拙者だけやも知れぬ。他の式と戦う時は同じような心持ちで挑むでないぞ」 雪切と鷲尾の言葉に、すまなそうに目を伏せる男。 制約により手加減もわざと負けることもできない以上、彼を上回る実力者を用意しなければならないのは変わらない。しかし、彼自身それを楽しみにもしているのだ。 体に流れる武人の血。戦いの中で沸き起こる生死を超えた魂の滾り。決して出会うはずのなかった者たちとの戦いは、それを熱く熱くさせてくれることだろう。 「予め忠告しておくが、この身はあくまで妖怪変化だ。生前の技と妖怪の身体能力を併せ持つ。迂闊な手加減や同情は自らの身を滅ぼすぞ」 「御忠告、痛み入ります。しかし、疑うわけではありませんがこうもすんなり情報を得られると気持ちが悪いですね。今までが今までだっただけに」 「まぁ、術者の性格を鑑みれば気持ちは分かる。だが拙者は誓って嘘偽りなど申しておらぬ。制約の中に『敵を騙せ』『術の概要を打ち明けるな』というのは無いからな」 苦笑いする鹿角。確かに動機も経緯も術の概要もすでに明らかとなり、後やることといえば式を五体撃破することだけだ。今までの作品とはやはり毛色が違う。 もっとも、それが一番厄介とも言えるのだろう。こうやって話しているだけでも分かるほど、目の前の髭の武人は強い。これと似たようなのが五人もいるのだ。 とりあえず一番最初に現れた式がこの男だったことには感謝したい。交渉の余地のない者が最初に現れていたら目も当てられなかっただろう。 「……さて、ではそろそろお開きにしようか。人ならざる身には過ぎた一時であった」 「……戦うしか無いのですね……結局は。それを回避するには、この史跡を完全に封鎖するしかありませんから」 レネネトはそう言って三味線の演奏を止めた。 例え男にその気はなくとも、誰かがこの史跡を傷つけるようなことをしたらアウツ。立入禁止程度では人は必ず侵入する。 この術の悪意は、他者はもちろん呼び出された式そのものにも向けられているのだ。 今日は戦いに来たわけではない。それは話が終わった今でも変わらない。 片付けを終えると、開拓者と男は気楽に別れた。まるで友人同士がするように、またなと手を上げて。 「……悲劇、ですね。誰にとっても……。いつもこんな感じなのですか?」 「あァ。胸糞悪くなるのが基本だなァ」 振り返りながら呟く和奏に対し、鷲尾がぶっきらぼうに答える。 興味がなさそうなその態度に、守紗が和奏に耳打ちした 「……あれでも結構憤ってるんだぜ。うちの師匠、素直じゃないから……って痛たたた!? し、師匠! 耳は痛い! 耳は痛いって!」 「五月蝿ェ。さっさと街に戻って美少女ウォッチングだコノヤロー」 「俺は遠慮しますってばぁぁぁっ!?」 こうして、年の瀬決戦は回避された。逆に言えば年始早々本気の殺し合いをしなければならないわけだが。 知能が高すぎて放棄された式。果たして、無事に五体撃破できるであろうか――― |