|
■オープニング本文 天儀の中心都市たる神楽の都。 様々な人が行き交うこの都に、開拓者ギルドは存在する。 はてさて、今日はどんな依頼が舞い込むやら――― その日、一人の少女が開拓者ギルドを訪れた。 長い銀髪に整った顔立ち。その風貌は少々天儀人離れしており、ジルベリア人とのハーフだろうと想像させた。 誰もが羨むような美貌の持ち主。アレンジが効いた着物に身を包み、物腰柔らかくギルド内を物珍しそうにキョロキョロしていた。 「こんにちは。御依頼ですか?」 そんな彼女に声をかけたのは、職員の十七夜 亜理紗。純粋な善意で声をかけたようだ。 「どうしたの? なにかあった?」 銀髪の少女はその声に振り向き、亜理紗に視線をやった。お互い言葉なくしばし見つめ合い、動かない。 そこに先輩職員の西沢 一葉が現れ、訝しげに二人を交互に見る。すると、どちらからともなく不愉快そうな顔で視線を逸らした。 「申し訳ございませんが、あなたとは仲良くできそうな気がいたしませんの。この方とお話いたしますので、下がっていただいて結構ですわ」 「それは奇遇ですね、私も同じ意見です。すいません一葉さん、お任せします」 「えっ、ちょっ、どうしたのよ? 亜理紗? 亜理紗ー!?」 ふんと鼻を鳴らし、亜理紗はすたすたと去っていく。彼女らしからぬリアクションだった。 「ごめんなさい、いつもはあんな子じゃないんですけど……」 「構いませんわ。わたくしも意味もなく嫌ってしまいましたし」 こうして一葉が少女の依頼を受け付けることとなった。 少女はカミーユ・ギンサと名乗ったが、それは一葉も聞いたことのある屋号だった。 銀の取引で財を成す『銀砂屋』のことだろう。そういえば美しい娘がいるとの噂を耳にしたこともある。 その彼女がどんな依頼を出そうというのか、興味が湧いてくる。 「そうですわね、人探し……いえ、馬探しでしょうか。探して欲しい方がいらっしゃいますの」 「馬? 飼馬でも逃げ出したの?」 「いえ、そうではないのですが……最初からお話ししたほうがよさそうですわね。少々長くなりますがよろしいですか?」 カミーユは語る。最近、よく同じ夢を見るのだと。 それは既視感があり、現実味を伴う夢。でもそれはあくまで夢。 夢の中で、彼女は世間から隔離された存在であった。 夢の中ではハーフが禁忌とされており、銀砂家の中でも親戚の中でも隔離され外に出るなど以ての外だったのだ。 何も知らず屋敷の中から空だけを見上げるカミーユ。教えられてもいないのに、悲しいという感情だけが心を苛む。 月日は流れ、彼女が妙齢になっても当然婚礼の話など無い。このまま死ぬまで飼い殺しにされるのだろうと、本人すらも諦めてしまった時だ。 ある夜、彼女の寝所に突然一匹の小さな馬が現れた。それは全身を炎に包んだ人語を解す馬。 カミーユも最初は驚いたが、すぐに諦めて落ち着きを取り戻す。 『あなたは誰? 私の命を取りに来た地獄の使い? ……いいですよ、殺してください。私には、何もない―――』 『あら鋭い。地獄から来たのは確かですが、別に貴女の命をいただきに来たわけではありませんの』 馬は酷くしゃがれた声でそう言った。では何故と問うたカミーユに対し、馬はこう答える。 『貴女、ここから出たくはありませんこと? わたくしのお願いを聞いてくださったら、貴女にあなたの望む全てを差し上げましょう』 『私……? 私の望むものなんて……』 『あるはずですわ。でなければわたくしは貴女に引き寄せられなかったのですから』 カミーユにはわからない。だが、なんでもよかった。このままじわじわと真綿で首を絞められるような死を迎えるくらいなら、目の前の何かに全てを託すのも悪くない気がする。 『そうそう、契約条件を先に申し上げておきますわね。わたくしは貴女に自由を約束します。ただし、わたくしは貴女の身体を貸していただきます。少々人の体が必要になって参りましたのよ。そして、貴女の身体と、声と、姿で以て人間で言う『悪いこと』をいたします。人が大勢死ぬでしょう。たくさんの人が悲しむでしょう。それでもわたくしと契約なさいますか?』 断っても構わない、その時は別の人間のもとに行くだけ。馬はあっけらかんとそう言った。 カミーユはその言葉に逆に安心感を覚えた。こんな不利な話を先に全部話してしまうからには、この馬には裏は無いのだろうと。 そして思う。自分の姿でそんな悪行が行われたなら、家の者はどんなに苦しむだろう。今まで自分を虐げてきた家人への復讐としては極上のものではないのか、と。 だから、少し考えただけで答えを出した。変わらぬ牢獄の日常から抜け出すために、蜘蛛の糸を掴んだ。 『……連れ出してください。あなたの好きにして構いません。私なんて、どうなっても構わないのですから―――』 『契約成立ですわね。あぁ……いいですわ、その表情。絶望に浸りきったその表情! 希望を与えられてなお絶望に支配されたあなただからこそ、わたくしも極上の悦びを得られますの―――』 そこでいつも、カミーユは目を覚ます。その先はぼんやりしていてよく覚えていない。 なんとなく、人々の悲鳴と嘆きが聞こえたような気がする。そして、誰かの涙と壊れ行く心を知ったような気も。 カミーユは言う。夢は夢に過ぎなくとも、この馬に会ってみたいのだと。 現実のカミーユは隔離も迫害もされていないが、夢の中で自分を救ってくれた馬にお礼を言いたいのだと。 もし本当に全身を炎で包まれた馬がいたとしたら、それはアヤカシにほかならないのだろうが……。 「自分で調べてみましたところ、石鏡の国の極西あたりで燃える馬が出るという話を耳にいたしました。どうかそこにわたくしを連れていって欲しいのです」 「正夢という言葉もあるけど、それはほぼ確実にあなたの探してる馬じゃないと思うわよ? それでもいい?」 「はい。可能性があるならばいくらでも探しますわ。これでも志体も備えておりますし、多少なら武芸の心得もあります。どうかお願い致します」 既視感のある夢。夢の中での絆。その重みがどれほどのものなのか、どんな意味を持つのか一葉には分からない。 今はただ、カミーユの熱意に押され依頼を準備するのみである――― |
■参加者一覧
井伊 貴政(ia0213)
22歳・男・サ
鷲尾天斗(ia0371)
25歳・男・砂
真亡・雫(ia0432)
16歳・男・志
志藤 久遠(ia0597)
26歳・女・志
宿奈 芳純(ia9695)
25歳・男・陰
パラーリア・ゲラー(ia9712)
18歳・女・弓
アムルタート(ib6632)
16歳・女・ジ
菊開 すみれ(ib9014)
15歳・女・弓 |
■リプレイ本文 ●因果 依頼人である商家の令嬢、カミーユ・ギンサ。彼女を連れて石鏡の西方を進む開拓者たちの姿がそこにはあった。 カミーユ自身も軽めの鎧や剣で武装している辺り、危険がつきまとうことや物見遊山気分でないことは承知しているらしい。もっとも、腕が腕なので直衛は必要だろう。 とりあえず目撃情報があった付近までやってきた一行は、すぐに聴きこみ調査へと移ったのだが……。 「ねーねー、この辺りで燃える馬が出たっていうお話を聞いたんだけど、何か知ってないかなー?」 「お、おぉ! オラぁ見ちまっただ! 夕焼けの山によ、全身火だるまの馬が立ってたんだ! ぎろりとこっちを睨んでてよぉ……今思い出しても肝が冷えるだよ!」 「うんうん、大丈夫だから安心して! 私達はそれの退治も目的だから!」 「ほんとけ!? はぁ、ありがたやありがたや……あっちの岩山なんだけんどよ、地元の連中は怖くって近づかねぇんだ。早ぇとこやっつけてくんろ!」 「おっけー、お任せ♪」 アムルタート(ib6632)はヴィヌ・イシュタルという技を使いつつ、茶店の店員に話を聞いた。 元々親しみやすく愛嬌のある彼女だけに、話を聞き出すのは簡単。どうやら目標のアヤカシは、視線の先……すっかり禿げ上がった岩山のどこかにいるようだ。 「アムル、お前ホントこういう聞き込みは上手いよなァ」 「まぁねー。ところで兄ロリ、カミーユさんにちょっかいかけないの? いつもなら飛びつきそうなのに」 「ん……ま、なんとなくなァ。……参ったなァ……らしくねェぜ。マッタクよォ」 鷲尾天斗(ia0371)はぼんやりとカミーユを見やり、複雑な表情をする。 彼に限らず、今回の依頼は何かを感じて参加した者が多い。燃える馬についても、カミーユについても。 「うん。らしくないね〜!!」 「ぶべっ!? てめっ、コラ、何しやがる!」 「にゃははははー!」 満面の笑顔で体当りし、逃げるアムルタート。それを追う鷲尾。これも彼女なりの励まし方なのだろう。 それを微笑ましそうに見つめる他の面々。依頼自体は奇妙なものなのに、なんとなく受け入れてしまえるのが不思議である。 「うーん、何か魂が惹かれたというか何と言うか。カミーユさんとは前世で何かあったのかも知れないですね〜」 「こらー! カミーユおねえさんを口説いたらだめなの〜!」 「いや、多分不思議と縁があるような気がしただけだと思いますよ。僕もそうですしね」 井伊 貴政(ia0213)は持ち前の爽やかな笑顔でカミーユに話しかける。 もっとも、カミーユと打ち解けたパラーリア・ゲラー(ia9712)が間に入ってしまったが。 苦笑いする井伊を真亡・雫(ia0432)がフォローする。すると、しぶしぶとだがパラーリアも警戒を解いた。 不思議と縁がある気がする。真亡は自分で言っておいてなんだがしっくりくると頷く。 人間誰しも覚えがあるだろう。『あぁ、よさそうな人だな』とか『あぁ、仲良くなれそうにないや』といった第一印象は、人の数だけ存在するものだ。 それがたまたま強く前面に出た。今回のことはそう納得するのが一番だろう。 「夢の中の馬が実在するなんてこと……ありえるんでしょうか? もし実在したら……それは、人の夢にまで干渉するアヤカシ?」 「ありえない話ではありませんね。夢を食べる動物などという話もこの世には存在します。そういう『夢を見せる』アヤカシが居ても不思議ではありません」 菊開 すみれ(ib9014)は、燃える馬について考察する。正夢という言葉もあるが、もしかしたらアヤカシがカミーユを呼んでいるのではと考えたのだろう。 それに対し、陰陽師である宿奈 芳純(ia9695)は存在を否定しない。ただでさえ常識の通じないのがアヤカシなのだから、いないと断じてしまうほうが危険だ。 自らのことを真剣に案じてくれる開拓者達を見て、カミーユは胸が熱くなるのを感じる。 初めて会う人間ばかりだというのに、妙に親近感が湧く。ギルドであった亜理紗とかいう少女とはまるでウマが合いそうになかったのに、この人達はまるで逆。すぐにでも友だちになれそうな気がしていた。 特に…… 「どうかなさいましたか? わたくしの顔に何か付いています?」 「い、いえ、そんなことは。ただ、初めて会ったような気がしないな……と」 「まぁ、わたくしもですわ。ふふ、なんだか嬉しいですわね。でも……何故でしょう。貴女を見ていると、少し悲しい気持ちにもなるんですの」 「悲しい……?」 「……多分気のせいですわね。さぁさぁ、目的地は決まったのですから出発いたしましょう。すぐそこですわ♪」 嬉しそうに笑い、優雅な仕草で踵を返すカミーユ。そのカミーユを見て、志藤 久遠(ia0597)は美しいと思うと同時に郷愁に捕らわれる。 このまま行かせてはいけない。そんな気がして、無意識にカミーユの手をとった。 「どうかなさいまして?」 「あ……その……。会えるといいですね、夢の馬に」 「はい。頼りにしてますわよ、私の志士様♪」 「ぶー。パラーリアたちもいるの〜!」 「ふふ、わかってます。パラーリアさんたちも大切な仲間ですもの。でも、ご無理はなさらないでくださいましね」 仲睦まじい姉妹のように、楽しそうに歩いて行くカミーユとパラーリア。その後ろ姿を追いながら、志藤は軽く頭を振った。 「大丈夫ですよ。何を思いつめているのかわかりませんが、きっと杞憂です」 「……はい。そうですね」 真亡に見透かされたような言葉をかけられ、少しびっくりする志藤。 不安に思うことなど何もない。夢は夢……この現実だけが全てなのだから。 開拓者たちはそれぞれの思いを胸に、件の岩山へと進みゆく――― ●炎を纏いて ごつごつとした岩が転がる岩山は、樹木が殆ど生えていない文字通りの禿山であった。これはかなり前からとのことで、炎の馬が燃やして回ったというわけではない。 そんな場所であるから、目標の発見にはさして時間はかからなかった。箱入り娘のカミーユがへばる前にはその姿を見つけることができたのである。 「あ、みっけ♪ カミーユさん、ご対面だよ〜♪」 足場の悪さなど関係なく、くるくると楽しげに踊るアムルタート。 期待を胸に指し示された方向に目を向けるカミーユ。 しかし、その表情は一瞬で曇り……静かに首を振った。 「あれはわたくしが探している方ではありません。夢のなかに出てきた馬は……『蒼い炎』に包まれていましたから」 鋭い眼光でこちらを睨んでいる馬は真っ赤な炎を身に纏っている。 周囲の物全てを焼きつくしそうな猛々しい炎。だがそれは、一瞬で真偽を判別できるサインでもあった。カミーユに言わせると、体躯も夢の中の馬の方がもっと小さいらしい。 が、これで当然なのだ。夢で見たアヤカシと会える可能性など薄氷にも及ばないほど薄い。 彼女自身もわかっている。だから残念ではあってもショックでは無いようだった。 「ま、世の中上手く行かないということで。じゃあきっちりはっきり退治しちゃいましょ〜」 「多少足場が悪くても! パラーリアさん!」 「お任せなのにゃー!」 井伊の号令の下、弓を使う菊開とパラーリアが機先を制する。 敵は岩山の上方であり、前衛組は接近しづらい。ならばこの二人の射撃が存分に生きる。 菊開の矢は躱されたが、パラーリアの矢は見事にヒットする。ホエホエっとしていそうでなかなかやるものだ。 反撃とばかりに、アヤカシは大きく息を吸い込み火炎弾を放つ。 「『燃える馬』なァ……馬刺しは好きなんだが馬って焼肉にしても美味いのかなァ」 「うーん、すでに燃えているものを焼肉にできるのかは微妙な線ですねー」 連続で放たれた火炎弾を、鷲尾が魔槍砲で迎撃し、井伊が刀で叩き斬る。 そもそもアヤカシは死ぬと瘴気になって食べられない……というツッコミは無粋としても、実際問題迂闊に近づくと服などが延焼を起こしかねない。先ほど突き刺さった矢もすでに炭化して無くなってしまった。 「まずは近づかないと話しにならないみたいですが、どうもね……!」 真亡が歯噛みするのも無理は無い。燃える馬はぴょんぴょんと器用に岩場を登り下りしたり岩の陰に隠れたりできるが、人間はそうもいかない。 ごつごつとした岩山は移動力を大きく削ぎ、ともすれば滑落や頭を岩にぶつけての事故死にも繋がりかねないのだ。 「飛ばないだけましと思いましょう。幸い、こちらにも遠距離攻撃の手段があります」 カミーユの直衛に回っている志藤。その関係上大きく動けないが、その分戦場がよく見える。 パラーリアや菊開の弓矢、鷲尾の魔槍砲など対応策がないわけでもない。 向こうも警戒してカバーアクションをしてくる辺りタチが悪い。思ったよりは利口か? と、不意に岩陰に身を隠すアヤカシ。今度は何をする気かと思っていると…… 「なっ……岩を!?」 志藤の声に焦りが混じる。燃える馬はあろうことか、上方にあった巨大な岩に体当りし、それを下に転がしてきたのである。 志藤だけなら避けられないこともない。しかしカミーユも一緒にいるとなると話は違ってくる。 カミーユは一応盾も持ってきている。それで受けさせるか? ……無理に決まっている! 落ちてくる岩は人の半身ほどもある。落下速度と重量で巨大な質量弾となっているのだから。 山間で岩が降ってきた時、迷いは即死に繋がる。それでなくても、この大きさの岩が下まで転がり続けたらと思うと迂闊には避けられなかったのだ。 志藤とカミーユの目の前に迫る岩。せめてと志藤はカミーユを庇う! 「間に合いましたね」 凛とした声に続き、純白の壁が二人の目の前に出現する。宿奈の結界呪符だ! 「おっしゃァ! 細かくしちまえば問題はねェ!」 岩が壁にぶつかって止まったところを見計らい、鷲尾がブラストショットで岩を砕く。 壁がなくなっても転がり落ちないことを確認した後、志藤たちはようやく移動する。 「しかし、どうしましょう? このままでは埒が明きません」 「あんなに動き回られたら大技を使えないよ〜。ただでさえ足場悪いのにっ」 「こうなれば向こうから来てもらうしかありませんね」 「それができれば苦労しないの〜!」 菊開、パラーリアの言葉に、真亡はさらりと言ってのける。 来てもらえないからこんなに苦戦しているというのは正しい。が、真亡も無策で言っているわけではない。 「井伊さん、お願いします」 「はい? いや、咆哮ならさっきから結構使ってますけど……」 「井伊さんならきっと出来ます。もっと、こう、あれをおびき寄せられるような言葉がありませんか?」 「と、言われましても……。人参あげますよ〜、とか?」 自分で言っていて『ないなー』と思う井伊。しかし、彼の咆哮が成功すれば戦局は変わる。というか、馬が逃げ出さないのは井伊のお陰であることはあまり知られていない。 とにかく、何か無いだろうか。言葉でなくてもいい。考えるな、魂で感じろ! 「…………そこのお馬さん! よかったらこの娘たち、差し上げますよ!」 『はい!?』 考えた末、井伊は至って真面目な顔で燃える馬にそう言い放った。 驚いたのはアムルタート、菊開、パラーリアだ。どうして井伊がそんな考えに至ったのか理解出来ない。 「バーロー! あんな馬にやるくらいなら俺がもらうわァ!」 「……いえ。いい作戦だったみたいですよ」 鷲尾のツッコミに対し、酷く冷静な宿奈の言葉。 見ると馬は少し思案した後、稲妻のような軌跡を描いて突っ込んできたのである。 「なんでだよ! ……つーか仕方ないって気もすんのはなんでなんだぜ」 「さぁ? 考えるより感じましょう!」 折角のチャンスを逃す訳にはいかない。真亡は刀を構え、秋水を敢行する。 馬はそれに敏感に反応し、避けられないと知るや真亡に向かって勢いを預けた。 馬の胸を切り裂くことには成功したが、馬そのものが質量弾となって彼を襲う! 「壁を!」 「ぐぅっ……! 火が……!」 宿奈が背中側に結界呪符を発動してくれたお陰で斜面を転がり落ちることは避けたが、ここまで接近すれば熱いで済まない。じりじりと肌を焼かれる感覚が実に不快で、焦燥感を煽る! 「せいやー!」 近場にいたアムルタートが馬を横から蹴飛ばす。あまり引き離せなかったが、重要なのはそこではない。 「いまだ兄ロリ! Let´s Go♪」 「焼き馬一丁上がりってかァ!」 アルデバラン。仲間との連携攻撃が前提の技である。そこにブラストショットを絡め、アヤカシに叩きこむ! しかし吹っ飛んだ方向には、志藤とカミーユ! 「あ、やべ」 「ばかー! 方向考えてよ!」 「構いません! いけますか、カミーユ嬢!」 「はい! わたくしだって、志体があるのですから!」 槍と剣を構える二人。馬は二人を体当たりで弾き飛ばすため、無理な体勢ながら地を蹴る。 交差する三つの影。舞い散る火の粉が燃え尽きる刹那。それがまるでスローモーションのようだった。 時が動き出した後には、馬が斜面に激突し痙攣するという結果がもたらされている。 「はぁっ、はぁっ、わたくし……やれました、か?」 「……はい。お見事でした、カミーユ嬢」 「ふふ……その呼び方、好きですわ。なんだか特別な感じがします」 「お、おや……?」 そういえば志藤は第三者を『〜様』と呼ぶのではなかったか? 咄嗟の事だったので本人もよくわかっていないようだが。 「じゃあ止め刺しちゃいますねー。いやー、惜しい。捌けたらいい馬肉が取れそうなんですけれども」 さして残念そうでもない井伊がアヤカシの脳天に刀を突き立て、瘴気に返す。これで付近の住民も安心できることだろう。 心地良い疲労感に浸る一行。そんな中、火傷を負った真亡の治療をしていた宿奈がポツリと呟く。 「……面が必要にならないといいのですが」 「お面……? 僕の火傷、そんなに酷いんですか?」 「あぁいえ、こちらの話で。火傷は綺麗サッパリ消えますのでご安心ください」 誤魔化すように青空を見上げた宿奈。それ以上突っ込む気になれず、真亡もそれに倣った。 春が近づく青空に、誰かの笑いを聞いたような気がしたという――― |