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■オープニング本文 前回のリプレイを見る 「この前はありがとう。私からもお礼を言わせて」 「わたくしは教えを頂いた先輩方と、あなたに義理立てしただけです。亜理紗さんが生きようが死のうが興味が無いのは今も変わっておりませんわ」 神楽の都の一角に居を構える銀砂屋。その屋敷を尋ねた開拓者ギルド職員、西沢 一葉は、カミーユの部屋で彼女と向き合っていた。 開拓者の要請に応え亜理紗の目撃情報を探してくれたカミーユは、たおやかな笑顔を浮かべながらも亜理紗については辛辣だ。 「それでも手掛かりが見つかったんだから構わないわ。例の、馬を探してた時の情報網?」 「はい。お父様と昔から交流のある方々ですの。その中に亜理紗さんのファンのかたもいらっしゃったとかで、喜んで手伝っていただけましたわ。人望がありますのね」 「駄目な子ほど可愛いって人もいるからね。……ところで、あれ以外にも何か情報はないかしら。新しく調べてくれとは言わないけど」 「そうですわね……亜理紗さんに関してではありませんが、分かったことなら少し」 一葉は亜理紗に関する手掛かりがまだあればとカミーユを尋ねたのだが、意外にもまだ情報があったらしい。 カミーユによると、村は昔から存在するし、戸籍やら何やらも全く問題がないことが確定したとのこと。 老婆についてもここ数年の動向を調べたが、ちょくちょく石鏡国内を旅行しているもののずっと村に住んでいることに間違いはないという。流石に旅行の行き先までは不明のようだが。 「怪しいところはない……の?」 「強いて言うなら、旅行先が全て不明なことでしょうか。二、三日の時もあれば一週間近く出かけていることもあるようですが、行き先は誰も知りません。最近はあまり出かけていないようですが、昔はそれこそ飛び回るように旅行に出ていたとか」 石鏡のあちこちを飛び回るように旅行。確かに妙といえば妙だ。 一葉が思案していると、縁側でカツンカツンという音がする。 「あら、ジョバンニさんからの連絡ですわ。失礼」 障子を開け、縁側に落ちていた石を包んだ文を回収するカミーユ。 その内容は亜理紗に関するものであった。 「……どうやら亜理紗さんはまだ生きておられるみたいですね。あと、捕まってもいないようです」 「どういうこと!?」 「例の、甲龍の撃墜現場の森で『お腹空いたー!』という声を聞いた方がいらっしゃるそうで」 「…………あ、亜理紗らしいというか何と言うか……」 どうも森を彷徨い歩いているようだが、あの森はそこまで深い森ではない。抜けだそうとすれば数時間で抜けられる。 そもそも、甲龍の撃墜現場は森に入って十数分のところ。自分で森に立てこもりでもしない限り数日も居るような場所ではない。 「ということは……亜理紗は、自分で望んで森に居るって事? あの食欲魔人が……?」 「出るに出られないというパターンもあるかも知れません。例えば、誰かに追われているとか」 「それならさっさと森を出て人里に助けを求めたほうがよくない……?」 「その人里が信用できるのであれば。または、人里に出る前に追手に捕まらないのであればそうでしょうね」 「う……ん……」 よくわからないが、亜理紗はまだ例の森にいるようだ。しかし、その森は前回、開拓者たちも時間ギリギリまで捜索している。 ついでにいうなら村人や老婆も探しているはず。それなのに見つからなかったのはどうしてなのか? 「……フォレストラビリンス……?」 「なにそれ?」 「いえ、なんとなく頭に浮かんだだけです。森の迷宮にでも迷い込んだのでしょうか、と」 「ふーん……?」 カミーユは自分でもどうしてそんな言葉を呟いたのかわからない。しかし、どうも亜理紗絡みのこととなると妙にムカムカしたり不可思議な単語が思い浮かんだりすることが多い。 兎に角、亜理紗の状況はイーブンに戻った。ここで保護出来れば事態は好転するだろう。 亜理紗を先に発見するのは、開拓者か……それとも老婆か――― |
■参加者一覧
鷲尾天斗(ia0371)
25歳・男・砂
ヘラルディア(ia0397)
18歳・女・巫
真亡・雫(ia0432)
16歳・男・志
雪切・透夜(ib0135)
16歳・男・騎
レネネト(ib0260)
14歳・女・吟
无(ib1198)
18歳・男・陰
長谷部 円秀 (ib4529)
24歳・男・泰
神座亜紀(ib6736)
12歳・女・魔 |
■リプレイ本文 ●迷宮の奥の真実 行方不明の捜索で最も重要なことは時間との戦いである。 72時間を境に生存確率が激減するというのが統計らしいが、亜理紗の場合それもとうに越えていた。 もっとも、居るであろう場所が大まかにでも判明しているのはありがたいといえばありがたい。開拓者たちは速やかに甲龍の墜落現場と思わしき場所に集合し、再び亜理紗の捜索にかかった。 「……あの様子だと、甲龍の生存は絶望的だね」 「でも、血は致命傷になるほど飛び散っていなかったけど?」 「周りに血が滴ったまま移動した形跡がなかったんだ。つまり、落ちたときは生きていても……」 「……なんらかの方法で骨も残らず焼き殺された……?」 雪切・透夜(ib0135)は墜落現場を調べて思ったことを口にする。真亡・雫(ia0432)は自らが口にしたことに薄ら寒さを覚え頭を振った。 ありえないとは言わない。しかし、それはあまりに残酷な仕打ちである。 兎に角、墜落現場を起点に歩を進める開拓者たち。亜理紗に呼びかけながら、ローラー作戦で森を範囲を塗りつぶしていく。 そして、小一時間ほど経った時だ。 『お?』 『あれ?』 『ん?』 『え?』 『おや?』 『はい?』 『あら?』 『っと?』 各人は、鷲尾天斗(ia0371)の案で一本の荒縄を手にした状態で捜索を行なっていた。 前回と違い、全員でローラー作戦を行うため近くにいる必要があったため、保険にとやってみたのである。 すると、同じ方向に向かっていたはずの八人がてんでバラバラの方向に歩いていた。少なくとも荒縄が珍妙な形にひん曲がるくらいバラつきがある。 「気になるのはフォレストラビリンスという言葉……。唯の森ではない……感覚を疑ってかからないと……」 「……変ですね。今まではなんとも無かったのに、この周辺に来た途端方向感覚がおかしくなった……?」 「……術の痕跡は見受けられませんが……と、これは……!?」 長谷部 円秀(ib4529)にしろレネネト(ib0260)にしろ、森自体に何か迷宮を生じさせるような術が仕掛けられているのではないかと思っていた。しかし、一歩前に出て術視で前方を見回したヘラルディア(ia0397)には何も感じ取れない。 が、そのヘラルディアが振り返った時、異常を発見する。開拓者全員に、術がかけられている反応があったからだ。 いつの間に? と驚く彼女の横から、事情を察した无(ib1198)が声を発する。 「なるほど……どうやら一定の範囲に広げるタイプの術で、その中に入った人間に何かしら影響を及ぼすのでしょうね。効果は、『自分のところに近づかせない』といったところでしょうか」 「場所じゃなくて人にかかるんだ? そんなの術視でもないとわかんないよ〜!」 「ま、幸い今回はヘラルディアがいたんだ。助かるぜ」 神座亜紀(ib6736)は少しふくれっ面をするが、鷲尾は神座の頭をぽんぽんと叩きすぐに歩を進めた。 しかし、やはり本人が進もうとしている方向とはまったく違う方向に足が向いていしまう。終いにはくるりと反転し仲間の方へ進んでしまう始末だ。 「このトンデモ術は、やっぱり亜理紗さんかな。雫くん、心眼で探れない?」 「やってみる」 真亡の心眼「集」は通常の心眼より射程が長い。この索敵範囲より方向感覚を狂わせる術の範囲が広かった場合はお手上げだが、維持コストなども鑑みるにその可能性は低い。 「……いる。ここから十メートルくらいのところに反応が一つ。動かないね」 「きっとそれだよ! 亜理紗さーん、ワッフルセットを持って来たよー!」 「おにぎりやお水もあります! この術を展開してるのは亜理紗さんなんでしょう!?」 神座と雪切が、真亡が指し示した方向へ声を投げる。 すると、もはや懐かしいという郷愁さえ感じさせる声が響いた。 「また……! 騙されませんよ! 何度来たって無駄なんですから!」 しかし、その言葉は拒絶だった。疲労の色が明確にわかるものの、強い意志で近づくことを拒んでいる。 「また……ということは、もしかして僕たちの声色で何度も呼びかけられてるってことでしょうか……」 「厄介ですね……敵もさるもの、余計なことをしてくれます」 真亡と長谷部の予想は正しい。亜理紗はここ何日、何度も知り合いの声で助けに来たと呼びかけられている。それでも迂闊に術を解除せず、場所を変えつつ逃げ回っているのだ。 確証なしで騙されて捕まったでは話にならない。開拓者としては妥当な判断である。 「亜理紗さん、聞こえますか? レネネトです。私の声も何度も聞きましたか?」 「えっ、レネネトさん!? 声真似のレパートリー増やしたんですか!?」 「无です。私の声も初めてなんじゃありませんか?」 「あ、どうもこんにちは。た、確かに初めてですが……」 「どういうこと?」 「これは……もしかして、例のお婆様にお会いしていない人の声は再現できなかったのでは?」 神座が首をひねっていると、ヘラルディアがぽんと手を打って呟いた。 なるほど、その可能性は高い。聞けば確かに、老婆に直接会った人間の声でしか呼びかけられていないとのこと。 篭城で精神をすり減らしている亜理紗は心が揺らぐ。是非がどうであっても、もういいのではないか。術を解除して楽になってしまいたい。そんな欲望が鎌首をもたげる。 しかし、それで命を失うことになればお終いだ。その葛藤が、じわりと目から涙を滲ませた。 と、その時である。 「お前さん、名は何て言う? 俺は鷲尾天斗だ」 鷲尾が、信じられないくらい穏やかにそう呟いた。こうすればきっと通じる。そう信じて疑わない意志の強さを感じる。 それは、あの場にいた者にしかわからないサイン。 始まりの鼓動に告げられた、あなたの言葉――― 「あ……。名前……えっと……、多分、十七夜……! 十七夜、亜理紗……!」 「分かった、結婚しよう」 「っ……! えぐっ……鷲尾、さん……!」 「だから帰ろう。皆が待っている」 「……っ、はい……!」 ざぁっ、と風が吹き抜けていく感覚。すると、視線の先に十七夜 亜理紗の姿が現れる。 術が解除されたのだろう。視覚も撹乱されていたのか、すぐに見える場所に彼女はいた。 「あーあ、ひでェ顔だなァ。ほれ、とりあえず喰え」 「あ、あんまり見ないでくださいよう!」 何日も顔を洗えていない上に、涙でぐしゃぐしゃになってしまっている亜理紗。しかし、その元気な姿を見ることができて一同は素直にほっとしている。 「ほらほら、ワッフルだよ! 食べて食べて!」 「はい、御水です。一気に飲むと寿命を縮めますから、ゆっくりで」 「一葉さんも心配していました。これで安心ですね」 神座、真亡、長谷部が、それぞれ食料などを手に亜理紗に寄り添う。 暖かい思い。紡がれてきた絆。ここまで想ってくれている人達がいることを知り、亜理紗の頬に再び涙が伝う。 「おいひいです……おいひいですけど、しょっぱいれふ……!」 おにぎりやワッフルにかぶりつきつつ、亜理紗は精一杯の感謝を心で叫んでいた。 食欲魔人が絶食していたのだからその反動は大きいようである。 「……さて……亜理紗さんも大分落ち着いたでしょうから? ……そろそろ出てきたらどうですか?」 ジロリ、と雪切が後方に視線を流す。つい先程まで亜理紗に注がれていた優しい視線はもう微塵もない。 すると、木陰から亜理紗の祖母を名乗る老婆……十七夜木乃華が音もなく現れた。 「ホッホッホ。亜理紗を見つけてくれてありがとうねぇ。やっぱり開拓者は凄いもんだ」 ざ、と亜理紗を庇うように立ちはだかる面々。 気配はなかった。道中、真亡や鷲尾が使った心眼にも引っかからなかった。それでもなお、この老婆は一行を追跡していたということになる。 『……なるほど。どうも疑いが晴れんと思うておったが、おぬしのせいか』 「っ!」 「ホッホッホ、やはりのう。超越聴覚は流石に盲点じゃったよ」 誰にも聞こえないようボソボソと呟いた老婆の言葉。しかしレネネトは小さいながらそれに反応を示してしまい。カマをかけた老婆に確証を持たせる結果となった。 もっとも、レネネトの存在がなければとっくの昔に悲劇的な結果がでていたはずだが。 「皆さん、気をつけてください! この人は陰陽師です! 私が乗ってた甲龍を撃墜して、焼き殺したのも……!」 「この人とはまた寂しいことを言う。【ワシはおぬしの実の祖母じゃというのに】」 「なっ……!?」 力ある老婆の言葉。それは亜理紗も使える、真実しか口にできない代わりに絶対の説得力を持つ言葉を紡ぐ陰陽師の術。どうやら陰陽師であることを隠す気はないらしい。 「だからなんです? 僕達は亜理紗さんを連れてギルドに帰ります。彼女の帰りを今か今かと心配している女性がいますので」 「それはアカの他人じゃろう? 実の祖母が返しておくれと言っておるのに」 「甲龍を撃墜するような祖母に渡せと? 孫が乗っていることを承知で撃ったのでは?」 「あぁ、亜理紗の命を保証できる自信があったからのう」 「冗談じゃないよ! お婆さん、一体何者なの!?」 「ホッホッホ! 見た通りの老婆じゃよ。ただ、陰陽師もやっとるというだけのな」 雪切や神座の言葉にもいつもの余裕綽々な態度を崩さない。 違うのは、少しばかり困った表情をして『予定通りいかなかったなぁ』という苦笑いをしているくらいか。 「……いいから退けよ。この右腕の感触、手放してたまるかよ! 邪魔するんじゃねぇぞ!」 「結婚するなら保護者の承諾を取り付けるのが筋ではないかのう?」 「いい加減にしろ! そののらりくらりとした言い草、気に入らないんだよ!」 「ふむ。しかしなぁおぬしら。『誰を助ける』と?」 「あぁ!?」 くっくっく、と老婆は笑ってみせる。 鷲尾の右手に抱きかかえられた亜理紗に視線をやって、ニヤニヤ笑う。 「十七夜 亜理紗を助けるのがおぬしたちの受けた依頼じゃろ? しかし……【その娘は本当の十七夜 亜理紗ではない】のだが?」 「なん……だと……!?」 真実しか言えない力ある言葉を発する術式。それで以て告げられた真実。 どういうことか一番わからないのは当の亜理紗である。 「え……な、なに……? どうして……!? わたしは……私は、亜理紗だよ……!」 「違う。【お前は本当の亜理紗ではない。本当の亜理紗はもうこの世にいない】。おぬしは……ワシの『作品』なのだから。ま、失敗作だったがのう」 「違う! 私は十七夜 亜理紗! 皆さんと過ごして……皆さんが助けに来てくれた、亜理紗……!」 「では言ってみるがいい。おぬしも使えるんじゃろ?『真実の言葉』を」 「っ……! 私は……! 【……! 私は、……!!】どうして……!? なんで言えないの!?」 「くっくっく! 『真実の言葉』は真実のみを語る!」 「おかしいじゃないですか。先ほどあなたはその真実の言葉とやらで亜理紗さんが自分の実の孫だと宣言しています。あなたの孫は亜理紗さんであると調べはついていますよ?」 「手際が良いな。しかし【それはどちらも紛れもない事実】。どうじゃ? ワシに付いてくるなら真実を語って聞かせてやるぞ? 勿論、気持ちのいい真実とは限らんがな」 ヘラルディアの指摘にも老婆は揺れない。 亜理紗はがたがたと震えながら、今日何度目かの涙を零した。 「……何があってもしがみついていろよ。俺もお前を離さないから。無事に帰れたら……何でも一つだけ言う事を聞いてやる」 「何者かわかったとしてもそれは過去の事実であって、今ではない。今は一葉さんのところへ帰りましょう」 「わしお、さん……ない、さん……」 心身共にボロボロになりながらも自分を保っていられるのは、仲間がいるからに他ならない。亜理紗はカクンと力なく頷き、鷲尾に抱えられた。 「……ふむ。思った以上に強固な絆じゃのう。これで折れると思うておったが。そういえば亜理紗もワシへの警戒が拭えなかったらしいしな。おぬしたちに言われたせいか」(フラグ管理E−1 本人に伝えた) 「……その下衆なやり口……それを連想する事件や式、人妖を僕たちは数多く見てきました。あなたは、まさか……!」 「ホッホッホ……なんのことやら。仕方がない、今日のところは退くとしよう。だが、これだけは覚えておくがいい。ワシはおぬしに興味が湧いた。必ず取り戻してみせるぞい……」 含んだ笑いを響かせ、老婆は森を戻っていった。 開拓者たちは亜理紗を気遣いつつ森を脱出、無事に神楽の都の開拓者ギルドへと送り届けたのだった。 清々しい気分で……とはいかなかったが――― |