【亜理紗】私
マスター名:西川一純
シナリオ形態: シリーズ
EX :相棒
難易度: 普通
参加人数: 7人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2012/06/17 16:18



■オープニング本文

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 その日、開拓者ギルド職員、西沢 一葉はギルドの前をうろうろしていた。
 仕事が終わり、もう帰宅しても構わない時刻になっても一葉はそんな気になれなかった。なぜなら、その日はとある依頼を受けた開拓者たちが帰還する予定の日取りだったから。
 十七夜 亜理紗。一葉の後輩であるその少女が行方不明になり、その消息が判明し、帰還するまで。そんな僅かな間も一葉は気が気でなかったのだ。
 先輩後輩を越えた妹のような存在。なんとか無事に帰ってきて欲しい……その一念だった。
 日が傾き、太陽が沈みゆく夕暮れ時。道の向こうから数人の人影が歩いてくる。
 それは依頼を受けた開拓者たち。そして、彼らに支えられ、寄り添われて歩く十七夜 亜理紗の姿がそこにはあった。
「……ただいまです……」
「おかえりなさい……!」
 力なく微笑んだ亜理紗。抑えきれず涙を落として亜理紗に抱きつく一葉。
 開拓者たちの力添えの甲斐あって、亜理紗は無事に帰還することができたのである―――


 数日後。一葉の家に呼ばれた亜理紗は、事の顛末を一葉に説明した。
 ちゃぶ台を挟んで向かい合う二人の表情はいつになく真剣であった。
「つまり、あなたのお婆さん……木乃華さんが倒れたっていう知らせを受けて、甲龍ですっとんでいった……と」
「はい。村人のお一人だったんですけど、前に行った時に見覚えがあったんで嘘ではないんだろうと思いまして……」
「でも、結果はあなたを甲龍ごと撃墜するくらい元気だったわけね?」
「一応、倒れたことは倒れたらしいですよ。何かにつまずいてバッタリくらいで全然命に別状はなかったらしいんですが」
 確証がなかったとしても、祖母が倒れたと聞けば急いで駆けつけたいと思うのが人情か。老婆への警戒心は解け切っていなかったが、注意していれば大丈夫だろうと高をくくったのはまずかったか。
 問題は他にも色々あるが……
「……で……その、あんまり聞かれたくないかもしれないけど……あなたが本当の亜理紗じゃないっていうのは、あなたもわからないことなのよね?」
「……はい。それでも、あれは真実です。『真実の言葉』で語られてしまった以上は」
「あなたのお婆さんであるというのも確定事項、か……。でも、陰陽師やってるっていうのはなんで黙ってたのかしら」
「簡単ですよ。言う必要性がなかったからです。私の甲龍を焼き殺しながらそう言って笑ってました……」
 亜理紗を乗せた甲龍を撃墜した後、老婆は現場に現れ符を取り出し、重傷だった甲龍を骨も残ろず焼き尽くした。
 その後、すぐに消火用の別の符を使い、森の延焼を防いだ。これが目撃情報の真実である。
 老婆は亜理紗のことを『失敗作の作品』と言い切り、興味が湧いたから取り戻すと宣言した。その理屈というか思考の流れは分からないが、やると言ったからにはやるだろう。不思議とそんな気がする。
「あの……お婆さんを捕まえることとかってできます?」
「うーん……多分無理。現状、あの村に住んでることもしっかり法の手続きがなされてるし、悪いことをしたっていう確証もないしね。あなたを撃墜したのだって、近くで現場を見た目撃者がいないんじゃ証拠不十分だし……」
「私を取り戻すっていうのは……あはは、祖母なら無理のない言い回しですね。悔しいなぁ」
 老婆は基本的に『嘘は言っていない』というパターンが多い。
 言い回しや誤魔化しなどでのらりくらりとしているが、嘘を吐かないのが厄介といえる。
「……一葉さん。私、お婆さんを直接問いただすための依頼をお願いしたいです」
「亜理紗……!?」
「流石に一人で行くような無謀な真似はしません。というか、一人で行ったらすぐにでも心が折れちゃうような気がしますから。……でも、知りたいんです。私が何者で、どうして記憶を失って、何故『作品』なのか。知りたいんです……」
「……聞いても辛いだけだと思うわよ?」
「皆さんが一緒にいてくだされば多分大丈夫です。それに、あの人を捕まえる何かが引き出せるかも知れませんから」
「……分かったわ。依頼を出しておきます。でも、絶対に無理はダメよ。絶対に全員で無事に帰ってくること。……絶対、私を悲しませないこと。いいわね?」
「はい……!」
 立ち向かうべき運命はまだ終わりを告げていない。いや、まだ運命の渦中でしか無いのだ。
 どうせこちらから無視を決め込んでもいずれ向こうから何か仕掛けてくる。ならば先手を打つのも悪くはない。
 亜理紗の命の天秤は、未だ不安定なままである―――


■参加者一覧
鷲尾天斗(ia0371
25歳・男・砂
ヘラルディア(ia0397
18歳・女・巫
真亡・雫(ia0432
16歳・男・志
レネネト(ib0260
14歳・女・吟
无(ib1198
18歳・男・陰
鹿角 結(ib3119
24歳・女・弓
神座亜紀(ib6736
12歳・女・魔


■リプレイ本文

●求めた真実
「私には貴方は十七夜亜理紗です。他の皆にとってもこれは事実。過去はどうあれね。自分や我々を信じてどう在りたいかを描きましょう」
 村に入る前、无(ib1198)はこっそりと十七夜 亜理紗にそう告げた。
 落ち着きを取り戻したとはいえ、前回のやり取りを鑑みるに老婆と相対して言葉を交わすことは亜理紗への精神的ダメージが大きいと踏んだのだ。
 折れないように。めげないように。友人としての助言だった。
「それに―――」
「? それに?」
「……いえ、なんでも。さ、行きますよ」
 亜理紗は小首を傾げながらも无が促すままに歩を進めた。
 村の様子は今までと変わりなく、のどかで田舎な風景があるのみ。
 閉鎖的な村ではあるが、何度も訪問しているだけあって開拓者たちの殆どは顔なじみになっており、村の中を歩いていても気にされなくなっている。
 道すがら、『おぉ、亜理紗ちゃん無事だったのかね』などの祝辞を受けつつ……一行は亜理紗の祖母、木乃華の家へと辿り着く。
 すると、見計らったかのように家の戸が開き木乃華がいつもと同じように顔を出した。
「ホッホッホ……来たか。歓迎するぞい。立ち話もなんじゃからのう、中にどうぞ」
 これ以上ないくらい怪しい招待だが、村に変わった様子がなかった以上、玄関先で老婆を問い詰めている様はこちらの心象を悪くするだけだ。充分警戒し、出された茶なども口にしないことを徹底することで、開拓者たちは家の中に入ったのだった。
 以前と同じように囲炉裏を囲んで話す開拓者たちと木乃華。しかしその心中はまるで以前と異なる。
「それで? ワシのところに帰ってくる気になったかのう?」
「いいえ。私はあくまで私です。今の生活を変える気はありません。でも、知りたいんです。私が何故『失敗作』で、『本当の亜理紗ではない』のか。失った私の記憶と関係があるんですよね?」
「ふむ……あの場で心を折れなかったのはやはり痛かったか。別に教えても構わんが、ただ教えるのもつまらんものじゃて」
 笑いながらさらっと恐いことを言う木乃華。孫の心を折ることが出来なかったと笑う祖母など見たことがない。
「じゃあ、ボクが質問するよ。それで真実に辿り着けるならそれでもいいでしょ?」
「ふむ。よかろう」
 正直に白状しないと見た神座亜紀(ib6736)は、率先して老婆を問い詰めに入る。
 老婆は『真実の言葉』という、真実しか口にできない術を使える。それを仇にしてやろうというのだ。
「回答要求! お婆さんの言う本物の亜理紗さんはもうこの世にいないってことだけど、どうして村の人はこの亜理紗さんを本物と思っているの?」
「簡単な話じゃ。【その娘の姿がこの村で暮らしていた亜理紗と見分けがつかないから】じゃよ」
「む。続けて回答要求! 村の人に術をかけられた痕跡があったけど、もしかして記憶を操作したの?」
「ふむ? 回答を拒否する」
「……!? 三つ目! 本物の亜理紗さんはいつ、どうして死んだの?」
「回答を……いや、【死んだのは二年ほど前じゃ】。理由は拒否する」
「最後! よく旅行に行ってたらしいけど、具体的に何処に行っていたの?」
「【石鏡のあちこちじゃよ。石鏡国内ならほぼあらゆるところに行ったもんじゃな】」
 老婆の余裕綽々な態度は消えない。
 しかし、重要な言葉が出た。本物の亜理紗が死んだのが二年ほど前だという。これは亜理紗が記憶を無くし、保護された時期と一致する。
「では、わたくしからも質問を」
「構わんよ」
 神座に続き、ヘラルディア(ia0397)が質問に回る。
「亜理紗様の姉妹は居ません。亜理紗様の従姉妹は居ません。この二つを真実の言葉で述べられますか?」
「朝飯前じゃ。【亜理紗に姉妹はおらん】【亜理紗には従姉妹はおらん】【これは本物の亜理紗にも、そこに座っておる亜理紗にも適用される】」
「はい、結構です。わたくしからは以上です」
 意外とさらりと退くヘラルディア。可能性を潰せれば良いというスタンスなのだろう。
「続けて僕も行きます」
 畳み掛けるように真亡・雫(ia0432)が質問に入る。
 彼は家に入る前、心眼で周囲を警戒したが、伏兵が居る気配や怪しい雰囲気がなかったので老婆に集中できるようだ。勿論、油断をするつもりはないが。
「亜理紗さんを失敗作だと言う理由は、その本物の亜理紗さんが扱う術からみて不安定すぎるから?」
「【当たらずとも遠からずじゃな。もっとも、本物の亜理紗は陰陽師ではなかったがのう】」
「……? 次です。何らかの理由で本物の亜理紗さんと同じ能力を持った人を作り上げようとしていた?」
「ホッホッホ……面白い着眼点じゃのう」
「どうなんですか?」
「サービスじゃ。【そうではない。しかし発想は悪くないぞい】」
 楽しくてたまらないという表情で『真実の言葉』を使う木乃華。上から目線にもほどがある。
 個人的にはもうバラしたくて仕方ないのだろう。しかし開拓者たちが頭を悩ませているのが楽しいに違いない。
「……相変わらずいけ好かねェなァ。まァいいや。俺からも行くぜ」
「お、余裕が出たか口調が戻ったな?」
「うるせェよ。亜理紗は記憶喪失なんかじゃなく喪失する記憶そのものが無かった。亜理紗がこの村で感じた懐かしさは亡くなった『十七夜 亜理紗』の記憶……ッてかァ?」
 鷲尾天斗(ia0371)は不機嫌であることを隠そうともせず、一応質問をぶつけてみる。何を聞こうと、どんな答えが返ってこようと彼には関係がないらしい。
 が、老婆の反応は思ったより大きかった。
「……ふむ。先ほどの若いのといい、勘がいいのか何なのか……」
 少し真顔になる老婆。こちらもこちらで、『意外だ』と思っているのを隠そうとしない。
「【当たらずとも遠からずじゃよ。というか、半分くらい正解と言っても良い】」
「ヘェ」
 鷲尾はさらっと流したが、周囲はそうもいかない。
 聞いていた亜理紗当人は血の気が引き、頭の回る面々は嫌な予想しか頭に浮かばない。
 だからこそ。嫌な予感しかしないからこそ、鹿角 結(ib3119)は亜理紗にこう言った。
「はっきり言えば、亜理紗さんの出自を気にするくらいであれば、最初から記憶喪失の貴女にこれほど肩入れなどしません」
「鹿角、さん……?」
「過去よりも今の亜理紗さんを守り、これからも友である……真実を求めるのは、残酷な真実から亜理紗さんを守る為です。貴女も、そのために来たのでしょう?」
「……はい……!」
 あぁ、なんて……なんて自分は恵まれているのだろう。どれほど多くの友人に囲まれ、助けられているのだろう。亜理紗は目頭が熱くならざるを得なかった。
 ここで怖気づいてはならない。何のためにこの依頼を出したのか思い出せ。无にも村に入る前から言われていたではないか。
 亜理紗は鷲尾に視線をやる。それは『どうしたらいいの?』ではなく、『このまま進んでいいか?』という趣旨の決意の瞳だ。
「真実がどォだとかそんな事は俺はドーでもいいわけ。俺にとっての亜理紗はあの森で出会ってから今までの月日を過ごしてきたオマエなんだよ。そんな訳の分らん過去なんて知った事かァ!」
 お前が納得できるようにやればいい。鷲尾の言葉を、亜理紗はそう受け取った。
 だから―――
「つまり……亜理紗さんは、本物の亜理紗さんと同じ身体だけど違う人格ということですよね。お婆さんが本物の亜理紗さんの記憶を弄って、それまでの亜理紗さんが事実上『死んで』……新たにできた人格が、今の亜理紗さんというわけですか」
「あなたは、実の孫を術の実験台にしたんですね。そして、本当に作ろうとしたのは……『あなたと同じ力や記憶をコピーした亜理紗さん』でしょう?」
 だから、黙ってレネネト(ib0260)や真亡の言葉を聞いていた。真っ直ぐ老婆を見つめながら。
 今までの話を総合すれば、自ずと答えは目の前だ。老婆は二人の言葉を聞き、にぃっ、と笑った。
「ホッホッホ……概ね正解。過去にも一度、若い娘の身体で実験したことがあったんじゃが、その時も失敗でなぁ。今度こそと思うたが、結局失敗。陰陽師として覚醒する前のワシの人格しか持たず、術もろくろく制御できんような出来損ないしか作れんかったというわけよ」
 その言葉に、開拓者たちが一斉に臨戦態勢に移行する。
 99%黒だった者が、100%黒となった。それだけで馬鹿正直に囲炉裏を囲んでいる理由はない。
「……じゃあ……私は、昔の……あなた……?」
「正確には記憶を移したのではなく人格の書き換えじゃからして。失敗作ということもありお前にワシの記憶はないんじゃがな。しかしまぁ、羨ましくもあるわい。何も知らん村娘のお前が、な」
「どうして、こんなこと……!」
「ホッホッホ……寄る年波には勝てんということでな。そろそろ古い自分から新しい自分にシフトさせようと思っただけなんじゃよ」
「冗談じゃありません。自分と同じ人格の人間が居たとして、それはもうあなたではないでしょう」
 レネネトのツッコミはもっともだ。限りなく同じ人格が二人いても、それは本人足り得ない。
「成功したら記憶も人格もワシのままで若い肉体のワシが居るんじゃから、古いワシは要らんよ。こっちが死ねば話は済む」
「……前々から感じてはいましたが、あなたとは決して相容れないですね。命というものはそんなに軽いものではありません。例えそれが、あなた自身の命であっても」
 珍しく鹿角が吐き捨てるように言う。老婆の倫理観というか人生観は完全に理解の外だ。
 が、老婆は何が悪いのか全くわからないという顔をする。
「それにのう……【これは本物の亜理紗が望んだことじゃよ? ワシは亜理紗を助けてやったんじゃ】文句を言われる義理はないわい」
「え……?」
「両親が死んで、亜理紗はいつも塞ぎこんでおった。いつも消えてしまいたい、でもそんな勇気もないと嘆いておってな。見かねたワシが術の実験台の話をしたんじゃ」
「見かねた、ねぇ。手近に実験台が出来たとほくそ笑んだんじゃありませんか?」
「ホッホッホ、バレたか。しかし【助けてやりたいと思ったのも本当であるし亜理紗を無理矢理実験台にしたわけではない】。何か問題があるかね?」
「大有りです。今現在、あなたは亜理紗様を狙っているではありませんか」
「孫を取り戻したいというだけじゃよぉ」
 无やヘラルディアの言葉を受け、意地悪そうに笑う老婆。流石にこの場で手を出して開拓者に反撃の理由をやるつもりはないらしく、無防備なままである。
「……つかよ、ちょっと待て。お前さっき、『過去にも一度若い娘の身体で実験したことがあった』とか言ったよな」
「うむ。それが何か?」
「失敗っつってたが、その娘はどうなったんだ。どういう理由で失敗だったんだ?」
「いやな、人格を書き換える際に手違いで攻撃性が前面に出たものになってしまってのう。あちこちで虐殺などを行うじゃじゃ馬だったんで回収した。まったく、探求もせずに殺して回るだけなど研究者とは呼べん」
「…………そいつ、どっかの一族とか滅ぼしたりしてないだろうな……?」
「さぁ? してたかも知れんなぁ。強い一族であればやり甲斐を感じて執拗に狙った可能性はある」
「……ほォ……!」
「鷲尾さん! お気持はわかりますけど……!」
「……わかってるよ。ここで斬りかかったらこっちの立場が悪くなるだけってこともな……!」
「ホッホッホ。多少旅行に出かけることもあるかも知れんが、ワシは大概ここにおるよ。話があるならいつでも来るといい。まぁ、ワシから会いに行くこともあるかものう……?」
 これ以上は時間の無駄と感じたのか、開拓者たちは老婆の家を後にした。
 何も知らず、のどかに暮らす村の人々。それに完全に馴染んでいる老婆には、いざやろうとすると手が出しづらい。
 そんな中、過酷な真実を突きつけられた亜理紗の足取りは重い。
「あの……亜理紗さん」
 真亡が声をかけると、取り繕うように笑顔を見せる。
「えへへ……やっぱり、皆さんに付いてきてもらってよかったです。本当のことも分かりましたし。……私……私が、昔のあの人なら……時が経てば、私はあの人みたいになってしまうんでしょうか……」
「……バァカ。ンなわけあるかよ」
「そうそう! もしそんなことになったら、ボクたちが全力で目を覚まさせてあげるから安心して!」
 見回せば、開拓者全員が微笑んでいた。
 言葉にしなくても分かる。『大丈夫だよ。君を信じてる』。そんな温かい想いに包まれて、亜理紗は笑顔で涙を零す。
「……はい! 十七夜 亜理紗、これからも『私』のまま頑張りますっ!」
 亜理紗の真実をめぐる物語は、一先ず終幕となる。
 陰陽師である老婆が亜理紗を求め、どう動くのか……それはまた、別の話―――