ピラニアンボール
マスター名:西川一純
シナリオ形態: ショート
危険
難易度: 難しい
参加人数: 7人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2012/06/29 22:58



■オープニング本文

 天儀の中心都市たる神楽の都。
 様々な人が行き交うこの都に、開拓者ギルドは存在する。
 はてさて、今日はどんな依頼が舞い込むやら―――

 カミーユ・ギンサ。銀の取引で財を得た銀砂屋の一人娘であり、天儀人とジルベリア人のハーフである。
 流れるような長い銀髪と美貌で有名な少女であるが、どうやら最近志体を活かし開拓者のような真似事をしているようだ。
 今日も依頼に参加するため、開拓者ギルドにやってきたカミーユ。その前方に、ある職員が目に入った。
「……あら。御無事でしたのね」
「げ。……と、邪険にもできませんよね。協力していただいたと聞きましたし」
「いいえ、邪険で結構です。別にあなたのために協力したわけではありませんので」
「むか。相っ変わらず可愛くないですね!?」
「結構毛だらけ猫灰だらけですわ」
 開拓者ギルド職員、十七夜 亜理紗。最近とあるトラブルで行方不明になっていたが、開拓者たちの協力で無事生還したのである。
 その際、カミーユも情報提供という形で協力したのだが、相変わらずこの二人の仲は恐ろしく悪い。
 お互い何が気に入らないのかは分からないが、とにかく毛嫌いしあっている。
「はいはい、私が話を聞きます。まったくもう、どうしてあなたたちはそうなのかしら」
 亜理紗の先輩、西沢 一葉がそのやり取りを見かけ割って入る。
 顔を合わせる度にこれなので、取り持つ一葉としては頭が痛いところである。
「で? 今日も依頼をお探し?」
「はい。経験は積み続けることに意義があると思っておりますので」
「その心意気は立派だけどね……」
 カミーユはどうも素人癖というかお嬢様気分が抜け切らないところがある。フォローする周りが大変だという話は記録係である一葉の耳にも勿論届いていた。
 楽しそうに依頼書を眺めていたカミーユが、ある依頼に目を留めた。
「これなんか面白そうですわね。これ、お願い出来ますか?」
「ん? あ……駄目とは言わないけどお勧めできないわ。できれば他のにしない?」
「どうしてですの?」
「言うならばガチの依頼だからよ。駆け出しが迂闊に参加すると怪我じゃ済まないかもしれないわ」
 それは、新種のアヤカシ退治の依頼。
 森に潜む、拳大より少し大きいくらいの真っ黒な球体状のアヤカシ。一見すると害はなさそうだが、人間が近づくとノコギリのような鋭い歯がずらりと生えそろった口を開き、集団で襲いかかる。
 肉を、骨を、群がりながら食い千切っていくその姿は、ある意味アヤカシの正しい姿なのかも知れない。
「被害者の中には、原型を留めないくらい食い荒らされた人もいるらしいわ。お嬢様が興味本位で受ける依頼じゃないの」
「……面白そう、と言ったのは訂正します。ですが、そんな犠牲者が居られるのであれば尚更討伐しなければいけないではありませんか。微力ながら、わたくしも力になりたいのです」
「足手まといは命取りになるかもしれないわよ?」
「これでも一応騎士扱いです。いざとなったら撒き餌の役でもなんでもやりますわ」
 意思は固いと見た一葉は、仕方なくカミーユの申し出を了承した。過酷な依頼を経験するのも大事といえば大事だろう。
 後は、ガチな依頼なだけにガチなメンバーが集まることを祈るしかあるまい。
「……ところで、前回の……シュベルトボーゲンだっけ? ああいうオモシロ武器を突然持ちだすのは止めてね。今回は特に」
「えっ」
「ちょっとぉ!?」
「わ、わかりました。流石に今回の敵を考えると、シュベルトボーゲンは相性が悪いと思いますので……トライエッジトンファーで行こうと思います」
「……なにそれ?」
「トンファーに刃をつけたのがブレードトンファーで、その刃を変形させることで三枚に増やす事もできる画期的なトンファーですわ。刃が三枚で三倍強い凄い一品ですの!」
「全く成長していない……。というかあなた、意外と脳筋……?」
 天然なだけかもしれないと一葉は思う。
 ガチな依頼であるということを本当に理解しているか不安になってきた一葉であった―――


■参加者一覧
風雅 哲心(ia0135
22歳・男・魔
カンタータ(ia0489
16歳・女・陰
酒々井 統真(ia0893
19歳・男・泰
海月弥生(ia5351
27歳・女・弓
无(ib1198
18歳・男・陰
椿鬼 蜜鈴(ib6311
21歳・女・魔
アムルタート(ib6632
16歳・女・ジ


■リプレイ本文

●牙の群れ
 石鏡東部にある深い森。最近になって、ここに新種のアヤカシが発生した。
 人呼んで『ピラニアンボール』。真っ黒い球体状だが、口を開くと鋭いノコギリのような歯がずらりと並び、集団でたかられると成人男性がものの数分で骨しか残らなくなってしまうという危険なアヤカシだ。
 いわゆるガチの討伐依頼であるが、ここにカミーユ・ギンサが加わると少し話が違ってくる。
「おんしがかみーゆか……此度は世話になる」
「ごきげんようーボクはカンタータって言いますよ。宜しくお願いしますー」
「はい、こちらこそですわ。足を引っ張らないよう努力致します」
 椿鬼 蜜鈴(ib6311)やカンタータ(ia0489)はカミーユとは初顔合わせ。二人共カミーユとは比べ物にならないほどの経験を積んできた熟練者だ。
 カミーユはまだ駆け出しである上、進むべき道を模索中であるため技などを一切覚えていない。そのため、彼女らのような先達がいくらでも欲しい状況であった。
「よし、早速例の作戦で行くか。で? 結局お前も来るのか?」
 酒々井 統真(ia0893)は挨拶もそこそこに作戦開始を進言する。
 ピラニアンボールは積極的に人を襲う。その習性を利用し、酒々井を囮役にして敵を引っ張りだしてこようというものである。
 当然、囮役には高い回避能力か防御能力が要求される。酒々井には頼もしいの一言の実力があるが、話を振られたカミーユは―――
「えっと……遠慮させていただきます。最初から躓くわけにも参りませんから」
「良い判断です。無茶をしてもいいことはありません。よく自重しましたね」
 苦笑いしながらもきっぱりと辞退の意を告げた。
 仲間のアドバイスで盾は持ってきているものの、根本的な能力が足りていない。待機は妥当な判断であろう。
 そういう意味合いで、无(ib1198)はカミーユが自己分析できていることを素直に褒めた。
「分かった。任せときな」
 酒々井は森を堂々と一人で歩き、やがてピタリと止まった。
 風にざわつく森の中に、無数の気配がする。仄かに血の匂いも混じる。居るな、と酒々井は笑った。
「さぁ、餌が来てやったぜ! 喰えるもんなら喰ってみろッ!」
 酒々井がの咆哮が森に響き渡る。すると、森の木々のざわめきが強まり、葉の陰から黒い球体がいくつも現れる。その数はどんどん増し、あっという間に二桁を下らなくなった。
 酒々井の姿を確認したピラニアンボールは、一斉にギラついた歯を剥き出しにする……!
「こいつは……! まずいかもな!」
 危険を感じた酒々井は一目散に仲間の元へ。すると、ピラニアンボールたちは想像以上のスピードで宙を滑る。
「ちっ、あのままでは統真を巻き込むか。……響け、豪竜の咆哮。穿ち飲み込め―――サンダーヘヴンレイ!」
 風雅 哲心(ia0135)は当初、敵が横に広がったのならトルネード・キリクで迎撃しようと考えていた。しかし敵の動きが速く、普通に撃てば酒々井も無事では済まない。
 かといって酒々井が範囲外まで近づくということは敵の多数の接近を許すということでもある。仕方なく貫通力のあるサンダーヘヴンレイに切り替えたのだった。
 雷光に撃ち抜かれ、あっさり瘴気に還るピラニアンボール。だがその数はまだまだ多い。
「巻き込んでもかまわねぇってのに! しかし、こいつらっ……!」
 酒々井の回避力は尋常ではない。しかし数が多すぎる。
 後ろに目が付いているわけでなし、何十匹という数が相手ではどうしても回避しきれないこともある。
 ピラニアンボールの一匹が酒々井の右肩に噛み付く。鋭い痛みとともに、肉が喰い千切られていく嫌な感触が全身を駆け巡った。
「走って! まだまだ来てるわよ!」
 海月弥生(ia5351)の狙いすました一矢で、噛み付いていたピラニアンボールは瘴気に還った。
 仲間のところまで後少し。崩震脚で周囲の敵を一旦吹き飛ばし、更に進む。
 後はできるだけ範囲攻撃で潰れてくれることを祈りたい。
「さて、我等を最後の悪食としてもらおうか……といっても、易々と喰われる気は毛頭無いがの」
「少しでも数を減らさないとね!」
 椿鬼がブリザーストームを放ち、海月が乱射で牙の群れを攻撃する。
 当たったものから順次消滅しているので、やはり耐久力は高くない。しかし、二桁に登る数が消滅しても黒い球体はまだまだ数がいた。
「抜かせないんだよ〜♪」
「少しでもお役に立ちませんと!」
 アムルタート(ib6632)とカミーユが前に出て、術者が攻撃されないよう迎撃に当たる。
 アムルタートは軽やかなステップで攻撃を避ける傍ら、喧嘩殺法という荒々しい攻撃で敵をたたき落としていく。
 一方、カミーユはトライエッジトンファーを展開し敵を切り払う。その動きはまるで踊るようであり、アムルタートの影響を強く思わせた。
「……しかし、お二人ともまるで姉妹のようですね」
 无は魂喰でカミーユの死角から近づくピラニアンボールを逆に喰らいつつ、そんなことを呟く。
 瞳の色や耳の形こそ違うが、流れるような長い銀髪に流麗な息のあった動きは最近知り合ったとは思えないような相性の良さを感じさせる。
 ……もっとも―――
「ほらカミーユ、右から来てるよ! 左にターン♪」
「は、はい! こうですか!?」
「もっとも、どちらが姉か分からない感じですけどねー」
 椿鬼と海月のおかげで大分数が減った上、酒々井もカンタータに治療してもらい戦線に復帰している。おかげで一人ひとりが担当する密度も大分減った。
 カンタータは雷閃で攻撃を繰り返しながら自衛し、銀髪の二人をいつでも治療できるよう待機している。
 ネタ武器と思われたトライエッジトンファーも、熊手状になるため複数匹をまとめて攻撃しやすい。取り回しもよく、意外とこの依頼にはマッチしているようだった。
「速さに頼りきりで、頭は悪い様じゃの……ほうら捕まえた」
「抜けてきたか。だがそう簡単にはやらせんぞ。―――すべてを穿つ天狼の牙、その身に刻め!」
 数が数なので、どうしても後衛のところまで抜けてくるものもいる。しかし、椿鬼にしろ風雅にしろある程度の自衛は可能。
 念のため酒々井が再び咆哮を使ってくれたので、後衛に関しては問題あるまい。
「はぁっ、はぁっ、あぐっ……!?」
「カミーユ! うあっ!?」
 左足のふくらはぎ辺りをごっそりと喰いちぎられてしまったカミーユ。当然、機動力が相当鈍る。
 思わず注意を逸らしてしまったアムルタートも左腕に噛み付かれ、ダメージを負う。
「治療しますので、その間の護衛をお願いしますー」
「わらわたちがか? 何やら立場が逆ではないかのう」
「構わんだろう。これだけの数、前衛への負担が大きいのは確かだ」
「ふふ……おんし、くーるなようで居てなかなか情に厚いと見た。いい男じゃな」
「……くだらん話をしている場合か」
「そうですよー! こっちは大変なんですからねー?」
 カンタータは自分の背後に結界呪符「白」で壁を構築、それを背にアムルタートとカミーユの治療にあたっている。
 勿論、その間もピラニアンボールは襲いかかってくるが、椿鬼と風雅が護衛に当たってくれている。
「覇ぁッ! 敵は後少し、踏ん張りどころだ!」
「ご無理はなさらないように。あなたの負担が一番大きいのですから」
「伊達に経験積んでない……と言いたいところだが、好意はありがたく受け取るぜ」
 何度目かの崩震脚で周囲のピラニアンボールを吹き飛ばした酒々井だったが、身体のあちこちから出血している。というか、肉が大きく抉れているところも珍しくはない。
 无が治癒符で回復すればそれは元に戻るが、痛みや不快感は本人の我慢に頼るしか無いのだ。
「残りは17匹です! 隠れているものも鏡弦の範囲内にはいません!」
 海月が敵の正確な残数を報告してくれる。三桁にも登ったであろう当初に比べれば大分減らした。
「い、痛いですわ……! ふらもに噛まれた時とは比べ物になりません……!」
「そりゃあ肉が刮げ落ちてるわけですから。実力が足りなければこういうことも日常茶飯事ですよー?」
「嫌になったのかえ? それも選択の一つじゃがのう、嫌になる暇もなく喰われてしもうた者がいることを忘れておらんか? おんしの心意気はそんなものかの」
 カンタータに治癒してもらい、傷は綺麗サッパリ消えた。しかし肉体的なダメージは回復しても、精神的なダメージはそうもいかない。戦場で受ける傷の痛みが、カミーユの意気を消沈させていた。
 それを察した椿鬼は、振り返りもせずカミーユにそう呟いた。
「……わたくしは……! 自分が自由であるように、他の人々の自由も守りたいのです! 誰か一人でも怖い思いをしないように! 怖い思いをした人を救えるように……!」
「……確かに個性は大事だが、それ以前に自分の型を確立させる事の方がもっと大事だ。武器をあれもこれもと決めあぐねいているようでは、個性も何もあったもんじゃないぞ……!」
 刀でピラニアンボールの牙を食い止めつつ、風雅はカミーユにアドバイスを贈る。
 使用していく武器はおろか、続けていくクラスすら確定せず技も覚えていない彼女には痛い言葉だった。
 自由に、自分の速度で、自分らしく強くなって行きたいと言っていたカミーユ。しかし、方向性も定まらないのでは実力はつき辛い。顕著な例が今回の依頼なのではないのか。
 アムルタートから受けた伝言でようやく盾を持ってくることに思い至ったわけだが、ことここに来て盾は非常に役に立っていた。治療の最中、アヤカシの攻撃はこの盾で防いでいる。
「依頼もいいけど自分の持ち武器や方向性、決めた方が良いんじゃない? 面白武器使いカミーユ、それで貫き通す! って覚悟あるなら応援するしさ♪」
 カミーユよりは軽傷だったアムルタートはすでに戦線に復帰している。彼女の事前の配慮に感謝する他はない。
「おや、治療はもう終わってしまったようで。まだやれますか?」
「……やります。やらないわけには参りません!」
「ふむ。私は全状況対応を目指すのもありだと思いますが、ね」
 无が心配でカミーユを見に来たが、治療は完了、傷一つ無い状態にまで回復した。
 トライエッジトンファーを再び展開し、ピラニアンボールを斬りつけるカミーユ。その姿は、ここで立ち止まる訳にはいかないという気迫を感じさせる。
 諦めること。怖がって縮こまることで得られるものは決して多くない。
 そしてそれら二つを選択するということは、自由に生きろと背中を押してくれた両親の思いをも踏みにじることになるのではないか。カミーユにはそれが怖かった。
 ましてや、こんな自分のために今までどれだけの人々が協力し、アドバイスをくれたのだろう。そんな人達との関係が断ち切れてしまいそうで……それもまた、恐い。
 盾を放り出し、両手にトライエッジトンファーを握りしめ、カミーユは残りのピラニアンボールをたたっ斬っていく。
「アムルタートさん!」
「はいはーい♪」
 カミーユの意図を察したのか、アムルタートは襲いかかってきたピラニアンボールを回し蹴りで蹴り飛ばし、カミーユの方へと追いやった。
 それをトライエッジトンファーを畳み、一枚刃状に変形させ一刀両断する。
「最後の一匹です。できれば、二度と同じアヤカシが出ないことを祈って―――」
 海月が放った矢が最後の一匹を貫き、周囲に静寂が戻った。海月の台詞ではないが、こんな物騒なアヤカシは今後発生しないでもらいたいものである。
「やったねカミーユ♪ ……カミーユ?」
「……申し訳ありません。少し、考えさせてくださいまし―――」
 方向性を決める時が来たのかもしれない。そんな感慨が勝利の歓喜をかき消した。依頼は無事に終了したが、カミーユの心は晴れなかったという。
 ひとしきりトライエッジトンファーを眺めた後……ふらりと家へと帰っていったのだった―――