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■オープニング本文 天儀の中心都市たる神楽の都。 様々な人が行き交うこの都に、開拓者ギルドは存在する。 はてさて、今日はどんな依頼が舞い込むやら――― 十七夜 亜理紗。開拓者ギルド職員であり、陰陽師でもある女の子である。 その人生は決して平坦なものではなく、記憶喪失で放浪しているところを開拓者ギルドに保護され現在に至り、現在の人格も他人に意図的に『書き換えられた』代物であることが判明した。 だが、亜理紗は亜理紗である。今の亜理紗のことを案じ、慕い、友と呼んでくれる人々がいる。それを心の支えに、彼女は今日も生きていた。 「亜理紗、ちょっといい? あなた宛に文が届いてるんだけど」 「はい? 私宛ですか?」 開拓者ギルドの先輩職員、西沢 一葉が亜理紗を呼び止め、手紙を手渡す。 どうやらギルドに投げ込まれるような形で届いていたようだが、亜理紗は怪訝な表情を浮かべた。 「うーん……自慢じゃないんですけど、私、文をもらうような相手に心当たりがないんですが」 「でもほら、『十七夜 亜理紗様』って宛名があるでしょ。それを無闇に他人が見れないわよ」 「まぁ、そうなんですけどね……」 仕方なく、亜理紗は文を開封してみる。 墨汁で記されたそれは、やはり見覚えのない筆跡であったが……途中から亜理紗の表情が厳しくなっていく。 「……!? え、なんですかこれ。私に来いって……え……!?」 「ちょっと見せて」 嫌なものを感じた一葉は、半ば無理矢理亜理紗の手から文をもぎ取った。 目を走らせると、そこにはこう記されている。 『こんにちは亜理紗。突然だけど、○月×日に指定された場所に来て頂戴。嫌ならいいけど、来ないと困ったことが起きちゃうかもしれないから自己責任でね。あ、お友達を連れてきてもいいわよ。どうせ言わなくても連れてくるでしょうけど。じゃ、待ってるから。もう一人の私♪』 なんだかんだと一葉は察しが良い。この文面だけでおおよその事情は飲み込めた。 問題なのは、差出人が亜理紗の祖母である十七夜 木乃華『ではない』という点。 彼女は亜理紗を取り戻して実験材料に使いたいなどと発言する厄介者であるが、筆跡が全く違う。 しかし、『もう一人の私』などという文言を使うからには木乃華が関わっていることは間違い無いだろう。 「……行くのよね?」 「……はい。この『困ったことが起きる』っていうのが私に向けてだけならいいですけど……多分、一葉さんたち私の周囲の人間も容赦なく巻き込まれます。それだけは絶対に嫌ですから」 本当の自分が何者で、どんな性格だったのかも分からなくなってしまった亜理紗。そんな壊れる寸前の心を救ってくれたのは、友人の開拓者たちであり、同僚であり、家族のように接してくれた一葉だった。 だから、そんな人達が自分のせいでおかしなことの標的にされるのだけは我慢がならない。例え罠だと分かっていても、この呼出には応じざるをえないのだ。 「一葉さん、依頼をお願いできますか? 度々申し訳ないんですが、私の護衛依頼です」 「朝飯前よ……と言っても、付いてくいくのは私じゃないけど。一人で行くとか言い出したら付いてくつもりだったけどね」 「大丈夫ですよ、もうあんな軽率な真似はしません。それにしても、嫌な予感しかしません。新しい何かが動き出した気がして―――」 呟く亜理紗の表情は不安で占められていた。 木乃華とは違う第三者の影。そして、未来への不安。 まずは、差出人と会ってみる他はあるまい――― |
■参加者一覧
鷲尾天斗(ia0371)
25歳・男・砂
ヘラルディア(ia0397)
18歳・女・巫
真亡・雫(ia0432)
16歳・男・志
雪切・透夜(ib0135)
16歳・男・騎
レネネト(ib0260)
14歳・女・吟
无(ib1198)
18歳・男・陰
鹿角 結(ib3119)
24歳・女・弓
神座亜紀(ib6736)
12歳・女・魔 |
■リプレイ本文 ●本人 今回の話に疑問を感じた開拓者たちの一部は、手紙の指定日時より先行して十七夜 木乃華を訪ねていた。 手紙の差出人とその内容が、あまりに彼女を連想させすぎる。以前にそれらしい発言をしていたことも大きな理由の一つであった為、問いただしに来たというわけだ。 木乃華の家に到着すると、中から何か作業をする音が聞こえる。どうやら在宅のようだ。ノックをすると、ややあって本人がひょっこり顔を出す。 「おや……なんでまた」 本当に意外という表情をする木乃華。奥を見てみると、ネギを束にして商品化しているところらしかった。 「御存命のようで何よりです。少々お話を伺いたいと思いまして」 「ふむ? まぁいいさ、お入り」 无(ib1198)の軽い嫌味混じりの言葉にも動じない。中に通された四人の開拓者たちは、いつもの様に囲炉裏を囲んで話をはじめる。 勿論、油断はせずにというのが大前提である。 「とりあえずお土産。聞きたいことがあるんだけど、嘘やごまかしは絶対やめてよね! 真実の言葉使用希望!」 「これはご丁寧に。まぁ、質問の内容によるわい。いくらサービス精神旺盛なワシとしても、答えられんこともあるからして」 神座亜紀(ib6736)が差し出した寿司の折り詰めを受け取りながら、木乃華はさらっと言う。 「ぐぬぬ。……『失敗した人』を回収後どうしたの?」 以前出た、人格の書き換えを行ったという少女の話。失敗して回収したと言っていたが、その少女がどうなったのか。 今回の手紙の差出人は亜理紗に対し、『もう一人の私』と文面を締めくくっていた。ならば差出人がこの失敗作と称された少女である可能性を疑うのは半ば必然である。 木乃華は一瞬ぽかんとした後、さらっと答えた。 「【再調整して外に出したが何か?】」 あまりにもあっさりと言われたので、今度は開拓者たちのほうがぽかんとしてしまう。 何とか意識を戻した神座は、亜理紗に届いた手紙を木乃華に見せてみる。 「じ、じゃあこの筆跡はその人の!? っていうか、そもそもその実験に使った女の子って何処の誰!?」 「【うむ、間違いなくあの娘の筆跡じゃ。あの娘の出自? 知らんよ、気にしたことがないのでな】」 「あなたは……」 ヘラルディア(ia0397)は、木乃華のことをそこまで邪悪な存在ではないのではと考えていた。しかしこんな恐ろしいことを平然と言えてしまう老婆に絶句を禁じ得ない。 だから聞いた。どうしてそういうことをするようになってしまったのかを。 「そもそもどうゆう理由で陰陽師を志して、次代に能力を伝える経緯に到ったのですかね?」 すると、木乃華は少し唸りながら、珍しく即答を避けた。 「言うのは構わんが、果たして信じられるかどうかな。長くなるので途中は省くが、ある日、夢にミイラが出てきてな?」 「ミイラ……?」 鹿角 結(ib3119)は護衛としてこの場に来ているため、いつでも動けるよう準備はしている。 しかし答えようとはしている木乃華を前に、そう軽々には動けないでいた。 木乃華が言うには、悪夢だ、早く目を覚ましたいと思ったものの、そのミイラは『お前には陰陽師の才能がある。目覚めろ、その力は確実にお前の内にある』と言ってきた。 最初こそその外見に恐怖したものの、話をしている内に妙に親近感が湧いた。なんだか他人のような気がしなかったと当時を語る。 目を覚ました木乃華の身体では志体が活発化し、夢の中で教わった術も幾つか使えるようになっていたという。 元々、志体があるということは周囲の人間も知っていた。だが木乃華自身が開拓者になるようなことを望まず、農家として生きることを決めていたため誰も気にしていなかったのだ。 やがて木乃華少女は農業の傍ら、陰陽師の修行をはじめる。陰陽寮にも関わり、その力を高めていった。 「……待ってください。仲間が調べたことがありますが、あなたの存在は陰陽寮の資料には記載されていません」 「そらそうじゃろ。あの寮はもうこの世にないからのう」 「……!? お婆さん、本当に何者なの……!?」 「ただのババアじゃよ? ある日夢のお告げを受けて陰陽師に目覚めただけのババア」 鹿角や神座の言葉に、パタパタと手を振り世間話をするように答える。 これを素で言っているのが本当に恐ろしい。 「では私も率直にお聞きします。もう一人の作品のこと、そしてそれを作る上での技術など」 「悪いが方法は教えられんな。そこまで安売りできる技術ではない。もう一人の娘についてじゃが、以前にも言ったが攻撃性が高くなってしまったので、その辺を調整した。久しぶりだったんで上手くいくかは微妙じゃったが、まぁ概ね上手く行った」 「……それも『あなた』ということで?」 「無論じゃ。ま、あくまで失敗作の再調整。唯一のワシとするにはまだ遠いんじゃがの。……ところで」 本当に。本当に自然に、木乃華は言う。聞こう聞こうと思っていたという雰囲気で。 「こんなところで油を売っていて良いのかのう? ソレもワシであると予想を立てたなら、ソレがどういうことをするのかは想像がつきそうなものじゃが」 悪意はない。ニヤニヤもない。ただ単純に疑問に思ったことを口にしただけ。 だがそれだけで、開拓者たちの背筋に冷たいものが駆け上がった。 大急ぎで出て行こうとする四人を木乃華は止めようとも邪魔しようともしない。 「……最後に聞かせてくださいませ。わたくし達は『木乃華』様から見て本当の敵なのですか?」 微笑みながら問いかけるヘラルディアに、木乃華は笑って即答した。 「いいや? ワシの敵はアヤカシどもじゃからして」 開拓者が出ていった後、木乃華はネギを束にする作業を再開しながらポツリと呟く。その言葉が誰にも届かないと知った上で。 「……ま、敵でないからといって味方とも限らんがの」 くっくっくと笑う木乃華からは、無邪気とも言える悪意が見え隠れしていたという――― ●本人? 「周囲に怪しい地形や騎乗動物などはありません。罠なども警戒しましたけど、それもないみたいですね」 「こちらの超越聴覚にも引っ掛かりはありません。周囲に伏兵などはないでしょう」 雪切・透夜(ib0135)とレネネト(ib0260)が改めて周囲を見回し、安全を宣言する。 十七夜 亜理紗を護衛しつつ手紙の差出人と会うためにやってきた開拓者は四人。約束の時間まではまだ大分あるので相手もまだ来ていない。 しかし罠などを仕込まれていてはたまらないということで、まずは周囲の安全を確認したかったのだ。 結果は白。特に雪切が丁寧に調べていたので、周辺に敵が手を加えた可能性はほぼゼロと言えるだろう。 「さってェ、どんな美少女かなァ」 「もぉ! 怒りますよ!?」 「相変わらずのご様子で……。しかし、別働隊の皆さんは間に合いますかね……?」 緊張感のない鷲尾天斗(ia0371)と亜理紗のやり取りを見て、真亡・雫(ia0432)は苦笑いしつつ空を見上げた。 指定の時間まではまだあるし、それまでには合流できるはずであるが、如何せん強行軍になる感は否めない。 抜けるような青空。その視界の端に、一匹の駿龍が入り込む。 そしてその背中から、赤い何かが飛び降りた……! 「っ!? 皆さん、警戒を!」 高高度から身を投げたそれは、正確に自分たちのところめがけ落ちてきている。 しかし地面に激突する瞬間、猛烈な土埃を上げて反発力を生じさせ、衝撃をゼロにしてしまった。 もうもうとする土埃が収まった後には、真紅の陰陽師服に身を包んだ件の人物が佇んでいる。 「早いねー? もしかして罠とかあると思った? やだなぁ、ワタシのこと理解してないんだから」 ツインテールの長い黒髪。確かに美少女と言って差し支えないルックスである。 しかし派手な登場からも分かるように、その実力は折り紙つきと言えるだろう。 屈託のないその笑顔で、お前たちの行動は予測済みだとばかりにドヤ顔を見せる。 「くっ! 亜理紗さん、下がって!」 護衛の鑑とも言える雪切の素早い判断。盾を構えて亜理紗を守るため立ちはだかる。 続けて真亡も直衛に入るが、二人共武器は収めたままだ。とりあえず話を聞こうという方針の現れである。 「やれやれ、まぁたワタシを理解してない行動だなぁ。あんたたち、古いほうのワタシと散々話ししたんじゃないの?」 肩をすくめてみせる少女。その台詞からは、やはり木乃華の言っていた実験体であることが伺える。 「貴女が手紙の差出人ですね? 話があるからわざわざ呼び出したんでしょう? 貴女が何者なのか。亜理紗さんに何を伝えに来たのか。今後、何をするつもりなのか。そして、貴方の名は……?」 「わかってるくせにぃ。ワタシが何者なのかは想像通りだよ? ワタシの名前は……十七夜 木乃華」 人格の書き換え。老婆はそう言っていた。 だから記憶の共有などはないし、元の人間の人格も残りはしない。 十七夜 木乃華。そう名乗る人物がこの世に二人いることになり、それはどちらも本物と自己を認識し……そしてお互いを否定し合わない奇妙な公図だ。 「わ、私に何の用なんですか!?」 「決まってるでしょ。実験に付き合ってもらいに来たの。興味が湧いたって言ったって古い方のワタシが言ってたけど? 微妙な差異こそあれ、同じ施術を受けたのにどうしてあなたはそんな風になったのか……ワタシも興味あるしね?」 「堂々と拐いに来た宣言とは度胸あるのです」 レネネトもすでに戦闘態勢に入っているが、一人だけ呆けたように立ち尽くしている人物がいる。 先程からずっと黙ったままの人物。それは――― 「そんなはずがない……」 ポツリと。鷲尾天斗は普段の飄々としたポーズを忘れ、呆然と呟いた。 「十年前……石鏡の北にある村を壊滅させた記憶はあるか……」 鷲尾の質問に、少女は答える。老婆がそうであったように、あっさりと。 「んー、どの村のこと? いくつか潰したから全部は覚えてないや」 「……強い一族が激しく抵抗したところ……と言えば分かるか……?」 「もしかしてあそこかな? あー、そんな人達もいたなぁ。うん、あれは強かったね。殺り甲斐があったよ。調整前だったから、若気の至りってところかな。てへっ♪」 「ッ……! そんなはずはない……あの時の少女はどう見ても今のお前と同じ年齢だ!! ッつーかよォ! ホントにお前なのかよォ!?」 「多分そうだと思うよ? 一人で村を潰す陰陽師なんてそういないだろうし。あ、年齢のこと? 知ってるかわからないけど、きちんと冷凍保存するとほとんど歳取らないんだよ」 温度差が凄まじい。焦がれる熱風のような問う側と、柳をなびかせるそよ風のような答える側。 鷲尾は魔槍砲を構え、高らかに叫ぶ。 「探し焦がれ、憎く愛おしい相手と出会えた事を感謝しよう! 愛してるぜェ! 十七夜 木乃華ァ!!」 今にも飛び出そうとする鷲尾。余裕の表情で符を取り出す木乃華。しかし、そこに静かな歌声が響き渡る。 それはレネネトの夜の子守唄。鷲尾が錯乱したと判断したのか、その歌で眠らせ無力化するつもりのようだ。 「鷲尾さん!」 「っ……! 何時かケリはつける。が、それは今じゃねェ……!」 睡魔に襲われながら、亜理紗の泣きそうな顔を見て、鷲尾は理性を取り戻す。 レネネトの歌にも抵抗し、なんとか寝落ちするような真似だけは避けたようだ。 「なーんだ、つまんないの。いいけどさ、ワタシ、あなたのこと手に入れるまであちこちで騒動起こすからそのつもりでね。石鏡のあちこちに、昔ワタシが残した研究成果があるから♪」 「獣骨髑髏や幽志のことですか……!?」 「あれ? なんで知ってるの?」 「僕達が倒したものばかりですから」 「げ、嘘!? もー、なにそれー! そいつらだけじゃないけど、そう簡単に見つからないようにしてあったのにー!」 「というより、騒動を起こすと宣言しておいてそう簡単に逃げられるとお思いで?」 真亡と雪切が抜刀してにじり寄る。しかし老婆がそうであるように、少女の木乃華も余裕綽々な態度を崩さない。 「もちろん。そこの出来損ないとワタシは違うよ?」 先ほど取り出した符に念を込め、力を解き放つ。 地面にその札を貼り付けると、周囲に恐るべき重力が発生し、開拓者たちを押し潰さんと伸し掛かる……! 「ぐぅっ……! こ、これは……私が、開発した……!」 「違うよ。オリジナルはワタシ。あんたのは自分にも重力が伸し掛かる失敗作でしょ」 悠々と歩いて去っていく少女木乃華。やがて、先ほど乗ってきた駿龍が迎えに来る。 遠く離れたところで呟かれた言葉を、レネネトだけが超越聴覚で聞き取った。 「レネネトさん聞いてるでしょ? もうちょっとでそっちのお仲間さんが来ると思うから助けてもらうといいよ。……それとね?」 遠目の上、激しい重力に身を苛まれたままなので表情が詳しく見えたわけではない。 しかし、笑った。確かに笑っていた。口の端を吊り上げて、楽しそうに。 「ワタシ、今までの相手みたいに甘くないから。あなた達の作戦なんて上手くいくと思わないほうがいいよ? くすくすくす……!」 駿龍に騎乗した少女木乃華は、真亡を指さしポツリと呟く。 「サンレーザー」 瞬間、木乃華の指先から光線が放たれる。一直線に迫り来るそれは、真亡に直撃を――― 「おぉぉぉぉッ!」 気力を振り絞って、高重力の中を移動する影。 それが真亡の前に立ちはだかり、盾で防御した雪切だと分かるまで少しの時が必要だった。 「あらざんねーん。それじゃーねー」 深追いをせず、飛び去っていく駿龍と木乃華。雪切は盾を支えに立っているのがやっとの状態だ。 ややあって、他の四人が合流する。鹿角が曲射で符を射抜いたことで五人はやっと高重力から開放されたという。 敵は十七夜 木乃華。もう一人の木乃華であり、もう一人の亜理紗。 アナザーが、過去から蘇る――― |