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■オープニング本文 天儀の中心都市たる神楽の都。 様々な人が行き交うこの都に、開拓者ギルドは存在する。 はてさて、今日はどんな依頼が舞い込むやら――― 「か、かかか一葉さんっ! なんですかこれはっ!?」 ある日の開拓者ギルド。 奥で依頼書の整理をしていた職員の十七夜 亜理紗は、真っ赤な顔をして飛び出してきた。 店頭で仕事をしていた先輩職員、西沢 一葉は何事かと亜理紗を見やる。 「どうしたのよ、騒がしいわね」 「これです! この依頼!」 バンッ! と机に依頼書を叩きつける。 一葉は訝しげに内容を確認するが、眉を寄せて逆に問う。 「……これがどうかしたの?」 「どうかしたのじゃないですよ! こんな、ふ、ふふふふしだらな依頼、ここじゃ受け付けてないでしょう!?」 「そんなことないわよ。普通に受け付けてるわよ?」 「嘘だぁっ! だってここ、全年齢対応型でしょ!? KENZENでしょ!?」 「っていうかね、別にふしだらでもなんでもないでしょ。何が気に入らないのよ」 「S○Xって書いてあるじゃないですか、冒頭にでかでかと!」 「そうね。それが?」 「それがじゃなくてぇぇぇっ!」 「靴下の何処がふしだらなのよ!」 沈黙。 喧騒の中にある開拓者ギルド内で、一葉と亜理紗の付近だけ空気が固まっていた。 ぎぎぃっ、と不自然な動作で依頼書に目を戻す亜理紗。 確かにSOXと書いてある。紛うこと無くSOXと書いてある。 これをそのまま、何のフィルターもなくそのまま読むと……? 「……そっくす……?」 「そうよ! それ以外にどう読むっていうのよ。…………ははぁん?」 「ぐ。な、なんですかその嫌な笑みは」 「いぃえぇ。初心な亜理紗ちゃんはどう読んだのかしらぁん?」 「分かったなら聞かないでくださいよぅ!?」 「欲求不満なわけ? まぁいいけど、とりあえず内容もきちんと読んだ上で慌てなさいな」 「すいません……。で、どんな依頼なんですか?」 依頼書の内容としては、天儀に住むジルベリア人向けに靴下を販売・製造している店からだった。 最近、材料となる綿などの畑付近にアヤカシが出現し、材料が採れなくて困っているという。 そのアヤカシを排除し、畑の安全を確保して欲しいという、非常にありきたりなものである。 「…………」 「黙らないの。まったく、タイトルだけで釣られた人には参加を義務付けてみようかしら」 「やめたげてください……というか、そんなトラップみたいなのは我々の評判を落としますです……」 「冗談よ。ちなみに出現したアヤカシは獣型のものばかりで、そんなに強くないみたい。初心者でも安心よ」 亜理紗の早とちりで何故か注目を浴びてしまった簡単なはずの依頼。 次に釣られるのは……君か―――? |
■参加者一覧
黒木 桜(ib6086)
15歳・女・巫
各務 英流(ib6372)
20歳・女・シ
羽紫 稚空(ib6914)
18歳・男・志
雪邑 レイ(ib9856)
18歳・男・陰 |
■リプレイ本文 ●釣り? 「何と言う釣り行為……何と言う……ッ! お姉様ったら、オーノー坂さんの悪影響を受け過ぎて、こんな依頼を張り出す様に……! 待っていて下さいお姉さま! 私が夜の閨で手取り足取りお姉様の介抱を……! そして真っ当な愛の道に引き戻してみせます!」 『ねーよ』 石鏡某所の山間部。何の変哲もない田舎の村と、それが生業とする農業のための畑。 そんな場所でグッと拳を握り、ギリギリと歯ぎしりをする各務 英流(ib6372)。 それに容赦無いツッコミを入れたのは羽紫 稚空(ib6914)と雪邑 レイ(ib9856)であった。 畑を荒らす獣型のアヤカシを退治するという簡単なお仕事なのだが、参加者たちには何か別の思いという忸怩たる思いがあるようだった。 各務のことは放っておくべきだと判断したのか、羽柴は妙に大きな切り株に腰を下ろし、空を見上げた。 「(しっかし……この依頼、俺はついあっちの方に思考が……やっぱ相手は桜だよなぁ……)はっ!? って、こんなときに俺は何を考えてんだ! 全く、あんなまぎらわしい依頼の出し方するからだ! 集中集中!!」 急にぶんぶんと首を振る羽柴を見て、同じ切り株に座っていた黒木 桜(ib6086)は嫋やかに微笑み声をかけた。 「どうかしましたか? 稚空?」 「さ、桜! 俺は決して疚しいことは考えてないぞ! 断じて!!」 「?」 よくわからないといった顔で返す黒木。ますますドツボにはまる羽柴に、雪邑は涼しげな顔でこう言った。 「恥じることはない。俺も男だ、思わずそれに等しいことが浮かんだ……」 「フォローになってねぇよ!?」 「いいじゃないか。純なるが故に不純。おまえのその気持は疚しくなんて無い。愛あるならばむしろそれがKENZENだ。胸を張って愛をささやけよ」 「……雪邑さん、あんたいつもそんな歯の浮く台詞言ってんすか?」 「何かおかしいか? あんたはどう思う、黒木さん」 「???」 ますます分からないといった顔をする黒木。やれやれといった表情で返す雪邑。そこに我に返った(?)各務もやってくる。 「というかお二人はとうとう恋人になられたのですね。羅字音でお便りを読まれたときは『僕達、ずっと友だちだよね』的な雰囲気が漂っていましたのに」 「そんな昔のことよく覚えてたな!? ……ま、まぁ色々あったんだよ。な、桜」 「はい。あなたが私に今までくれた想い……そしてこれからの……あなたの想い。稚空の想い、精一杯受け止めてみせます」 恥ずかしそうに、それでいてしっかりと宣言する黒木。 各務と雪邑はご馳走様と諸手を上げて降参し、その場を離れた。 「……しかし意外だな。恋人たちを素直に祝福するなんて。俺はてっきり『私もお姉様と懇ろになってみせますわ!』とか騒ぐものと思ってたんだが」 「私を何だと思っていらっしゃいますの? ……お姉様にちょっかいを出す可能性が二つ消えたのですから喜ばしいことではありませんか。祝福しない道理はありませんわ」 「(……色々ガチだ―――)」 恐れ慄く雪邑を気にも止めず、にこやかに笑う各務。 と、その時である。 「……来ます。結界に反応が四つ。皆さん、御準備を」 がさりと草木が揺れ、殺気が辺りに流れてくる。 野性の獣とは違う明らかな敵意。どうやらお出ましのようだ。 四人全員が戦闘態勢に入り、畑周辺に蔓延るアヤカシとの戦いが今始まる――― ●獣型 一口にアヤカシと言っても色々な種類がいるのはご存知のとおりだが、獣型のアヤカシに限ってもその姿形は様々である。 剣狼や化猪などがメジャーではあるが、そればかりではない。それを証明するように、四人の開拓者たちの前に現れたのはあまりお目にかからないタイプであった。 「……キツネさん?」 「……あっちはタヌキだな」 「あちらはリスでしょうか」 「一匹だけ普通のアヤカシだな。あれは怪鳥だ」 確かに獣型といえば獣型に分類されるアヤカシたち。しかし、怪鳥を除けば普通の動物にしか見えず、あまり脅威には感じられない。 依頼書には『それほど強力な個体ではない』と注意書きもあったが、一般人からしてみればアヤカシという時点で充分恐るべき相手である。 「来ますわよ!」 最近人が来なくて飢えていたのか、アヤカシたちは開拓者に飛びかかってくる。そのギラついた目でこいつらが普通の動物足り得ないことがわかる。 狐型のアヤカシがジャンプし身体を丸めると、周囲に火の玉がいくつも出現し発射された! 「狐火ってやつか!? 桜! いつも言うが、お前はこの俺がしっかり護ってみせるからな!」 「頼りにしてます。稚空。精なる光よ 彼の者を包み込む力の光となれ! 神楽舞「衛」」 火の玉を切り払った羽柴に黒木が防御上昇の術で援護する。 それを受け狐型に切り込む羽柴。その横から体ごと突っ込んでくるのは狸型のアヤカシ! 大きさも普通のタヌキと大差ない。その程度の衝撃何するものぞとスルーした羽柴だったが、インパクトの直前、くるっと丸まった狸型の身体が石に変化する! 「ぐっほぁ!?」 横っ腹に重い衝撃を受け、思わずキリキリ舞いになる羽柴。防御上昇の術をかけてもらっていなければ肋の一本や二本はやられていたかもしれない。 すぐに体勢を立て直すと、アヤカシたちは低く唸り更に敵意を増大させていた。 「珍しい能力を使うみたいだな。こちらを早めに片付けるか」 怪鳥と相対している雪邑。怪鳥が先制攻撃を仕掛けるべく怪音波を発してきたところをギリギリで身を躱し、呪縛符を放つ。 すると空中に長く白い尾を持つキツネが出現、その尾を以て怪鳥の足や羽に絡みつく。 墜落こそしないものの、鳥型にとって羽に絡まれるのは大きな痛手だ。目に見えて機動力が鈍った。 「悪……くはないか。普通の動物ならともかくな」 そこに容赦なく火輪を放つ。青白い炎の輪が怪鳥に向かう。 ただでさえ動きが鈍くなったところに自動命中スキルだ。逃げることも出来ず直撃を受け、炎上する怪鳥。 それが動かなくなり瘴気の塊に戻るまでそう時間はかからなかった。初心者でも安心という依頼書の注意書きは伊達ではない。 「私の一撃は、お姉様への愛の深さと知りなさい!」 狸型のアヤカシに手裏剣を投擲する各務。しかし動きが素早い上、当たりそうになると石に変化して攻撃を弾いてしまう。 狸型自体はそんなに強力ではないが、変身能力が攻守に渡り厄介だ。 「なるほど……そんなに私の愛を知りたいのですね。この熱い想い……あなたにも伝えて差し上げますわ」 火遁を発動し狸型に向かって突っ込む各務。早駆も併用しているので逃げることはできなかったが、再び石に変身する。 火遁にはじっくり炙れるような効果時間はない。しかし、可燃性のものに延焼することができるこの術を用い、各務は近くにあった枯れ草の山にも火を点けていた。 「石のまま動くことはできないでしょう?」 ふふふ、とサディスティックに笑う各務。狸型も身の危険は感じているらしいが、持ち上げられ手裏剣を突きつけられている状況で変身を解くとどうなるかも理解ができる。 石のままでいるか解除すべきか。迷っている間に、各務は容赦なく燃え盛る枯れ草の山に狸型を放り込んだ。 自重で枯れ草の底の方まで沈んだ狸型。石化がどれくらいの時間保つのか……石の状態で炎に炙られても平気なのか。答えはそう遠くない内に出るであろう。 「こいつ! ちょろちょろと……!」 今回参加してるメンバーの中では、羽柴と黒木の実力は一歩も二歩も秀でている。 しかし火の玉を巧みに操りヒットアンドアウェイを決め込む狐型に羽柴は苦戦していた。 どうやら四匹のアヤカシの中でも少し強めらしく、立ち回りも上手い。黒木を護るという使命も帯びている羽柴にとって、深追いして黒木との距離は離したくないのだ。 そんなことには全くお構いなしの狐型は火の玉を連打してくる。ダメージを受けても黒木が回復してくれるだろうが、攻めあぐねているのは確かである。 「こうなったら……!」 業を煮やした羽柴は、何を思ったか黒木の方へと猛ダッシュする。 逃がすまじと狐型も追撃をかけるが、それは大きなフェイトであった。 狐型が付いてきていると感じ取った羽柴は、黒木に到達する前に地面を削り方向転換する。 再び狐型に向かって切り込む羽柴に、狐型はようやく誘い込まれたのだと気付く。 「遅い!」 慌てて火の玉を連打しても後の祭り。ロングソードで放たれた月鳴刀の一撃で、狐型の土手っ腹に風穴が開く。 そのまま剣を振り、狐型だけを地面に叩きつけたところで撃破終了。狐型も瘴気に還った。 「稚空〜! ご苦労様です〜!」 「あぁ! ちょっと苦戦しちゃったけど―――」 遠くからかけられた黒木の労いの言葉に、羽柴は左手を上げて答える。 しかし、その笑顔はすぐに凍りついた。すっかり存在を失念していたリス型のアヤカシが、鋭い牙を剥き出しにして黒木へと疾走しているところが目に入ったのである。 普通のリスの歯でさえ、硬いクルミを割れる。それと同型のアヤカシの牙の威力は、華奢な黒木の首筋など余裕で食い破るに違いない。 今から黒木に注意を促しても間に合うまい。他のメンバーもようやく決着を付けた段階であり、リス型には気付いていない。 ならば、羽柴にできることは唯一つ……! 「桜ぁぁぁぁぁっ!」 一瞬の判断で瞬風波を放つ。 風の刃が疾駆し、黒木に跳びかかるべく地面を蹴ったリス型を空中で切り裂いた。 黒木に到達する前に瘴気に還ったリス型。これですべてのアヤカシを撃破終了である。 「大丈夫か、桜」 「はい。稚空が守ってくれるって信じてました」 「フ……仲良きことは美しきかな。さ、抱きしめてやるといい」 「お前らがいなくなったらな!」 「とにかく、これでお仕事完了ですわね。……しかし、この意味深な依頼名は、お姉様の私に対する愛情の現われ……つまり、お姉様も内心英流の事を! そういうの、あると思います!」 『ねーよ』 再び男二人にツッコミをもらう各務。 依頼書のタイトルはともかく、内容は至ってシンプルかつスタンダードであった――― |