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■オープニング本文 時の中で忘れ去られたもの。誰にも知られることのなかったもの。それらは違いこそあれほぼ同義だ。 無という深き闇の中で、彼は瞼を開けた。彼の前にはあいも変わらず漆黒の闇が広がるのみ。 いったいどれだけの時間こうしていただろうか。そして、これからどれだけの時間こうしているのか……それは彼自身には答えが出せないでいた。 いや、違う。何もしないと決めたのは彼自身だったはずだ。ならば彼の意思次第で現状は一秒後にも変化する。 黙って座っているだけでも力は蓄えられ続ける。だが、それで本当に生きていると言えるのか? 彼は自嘲する。何を馬鹿な。人間でもあるまいし……と。 闇の中に真紅の光芒が灯る。すると、部屋に備え付けられていた幾つもの宝珠が淡い光を放ち始めた。 その光に映し出される姿は、目にすれば誰もが息を呑むだろう。敵意あるものでも怯むだろう。 長きに渡り闇の中に在ったとは決して思えない肉体と存在感が、そこに鎮座している。 ややあって……彼が居る部屋に続く5つの出入口から、5つの影が姿を現した。 彼の部屋から光が漏れるなど何時ぶりのことか。その異変を察知した5つの影は、主のもとに馳せ参じたのである。 『ラゴン! ラゴン! ラゴン! ラゴン! ラゴン!』 彼らは主の名を高らかに叫ぶ。創造主が手を上げ、止めよという意思を示すまで。 5つの影もまた、主と同じく大いなる翼を揺らめかせていた。 「我らが主、ゴッド・ラゴンよ。如何なさいましたか?」 「長きに渡り沈黙を保たれておられたのに、突然のお目覚め。何かの兆しでありましょうか?」 部下たちの言葉に、主はゆっくりと声を発する。空気を震わせるかのような重厚な声で。 「……我らアヤカシの本分は何だ?」 「は! 人間どもを抹殺し、その負の感情を我が物とすることでございます!」 「その通りだ。しかしそのやり方は個々のアヤカシ次第……。余は表立って動くことを良しとせず、陰ながら力を蓄えてきた。それを卑怯者、臆病者と謗る者もあろうが、今の余の力がその正しさを証明しておる」 「正に」 「そして余の忠実なる下僕たるお前たちもまた、力を増しておる。そろそろ方針を変えてもよかろう」 「では……!?」 「うむ。直接の出撃を許す。自らのやりたいように人間を殺し、更に力をつけよ。余に更なる力を捧げよ」 「光栄にございます! 我ら五体、そのお言葉をお待ちしておりました!」 「さぁ……申してみよ。お前たちはどうしたい?」 「強き者との戦いを!」 「打ち倒す喜びを!」 「心をへし折り、深き絶望を!」 「ふふふ……困った奴らよ。ここに閉じ籠ってばかりで暴れたくて仕方がないか。まぁ無理も無い」 深く喉の奥で笑う創造主。困ったとは口ばかりで、実に楽しそうである。 彼は知っているのだ。部下たちの実力が、それを成し遂げられるだけのものであると信じている。 「よかろう、好きにするがいい。……ヒートガン」 「はっ!」 「その実力を余に示せ。強き者をねじ伏せよ」 「ゴッド・ラゴン! 一番槍は是非私に!」 「……余はヒートガンに命じた。余の決定に不服があると申すか?」 「……! い、いえ……決してそのような」 「くっくっく……逸るな。機会はいくらでも回ってこよう。行け、装龍よ」 漆黒に包まれていた部屋は、淡い光と共に時を取り戻した。 5つの影のうち一つが踵を返しその場を去る。名誉と、殺意と、誇りを胸に。 その後ろ姿を見送った創造主は、翼を広げ高らかに宣誓する。 「我が名は龍王ゴッド・ラゴン。これより人間への攻勢を少しだけ強めよう。少しだけ……な」 恭しく傅く四体の龍。頭を垂れてなお、彼らも笑みを浮かべることを止められなかったという――― しばらくして、開拓者ギルドに奇妙な噂が立ち始めた。 曰く、石鏡の国で龍が開拓者を襲っている……というものである。 依頼中に襲撃されたわけではなく、プライベートな時に襲われたようである、とのこと。 情報が不確かなのは、あくまで行方不明であり死体が出ていないから。しかし、もし噂が本当で、その龍がアヤカシであったのなら……。 あり得ないとは言えないだけに、ギルドを訪れる開拓者たちには注意が喚起されていた。 そんな折、とある村に一人の開拓者が行き倒れた。 全身傷だらけですでに虫の息。最後の力を振り絞ってようやくたどり着いたといったところだろうか。 自分が手遅れであると悟っていたのか。助けを呼んでくると言った村人を、必死の形相で引き止める。 「つ、伝えてくれ……! 敵は、龍だ……! 武装した……アヤカシの……龍……! ぐふっ!」 それだけ言い残し、開拓者は息絶えた。 これを受け、開拓者ギルドは調査隊を出すことを決定した。 突如現れた謎のアヤカシ。その実力は未だ計り知れない。 被害を抑えるためにも、武装した龍の実態を把握していただきたい――― |
■参加者一覧
志藤 久遠(ia0597)
26歳・女・志
トカキ=ウィンメルト(ib0323)
20歳・男・シ
アレーナ・オレアリス(ib0405)
25歳・女・騎
不破 颯(ib0495)
25歳・男・弓
刃香冶 竜胆(ib8245)
20歳・女・サ |
■リプレイ本文 ●銀翼 石鏡のとある山岳地帯。この付近には、例の行き倒れた開拓者が辿り着いた村がある。 行方不明自体はこの付近に限ったことではないので、当初開拓者たちは犯人をどう探そうか頭を悩ませていた。 そんな時、志藤 久遠(ia0597)がとある意見を述べたのだ。 「今までの行方不明者は総じて死体が出ていません。しかし今回の被害者は、お亡くなりになったとはいえ生きて村に辿り着きました。つまり似た事件の中で特別な事例なのではないでしょうか」 行方不明者が全員死んでいるとするのであれば、死体どころか生きたまま村に辿り着いたのはイレギュラー。犯人がこの付近に留まり、男をまだ探しているのではと踏んだのだ。 勿論、推測でしか無いが闇雲に石鏡を探しまわるよりは余程合理的だろう。 「しっかし、開拓者を狙う龍か……恨みか武蔵坊弁慶的な俺最強なのか、なんにせよ厄介だねぇ」 「俺は少しばかし楽しみですけどねぇ……ま、仕事は仕事なんで私情は挟まず真面目にやらせて貰いますよ」 不破 颯(ib0495)にしろトカキ=ウィンメルト(ib0323)にしろ、無駄口を叩いているようでいて周囲への警戒は怠らない。 今回はただでさえ人数が少ない上に、強敵であろうと目されている龍のアヤカシ。調査段階で命がけというのも凹む話だ。 刃香冶 竜胆(ib8245)が予め村に寄り、周囲の地形や注意事項、謂れなどを調査してくれたおかげで、初めて歩く土地でも多少の余裕がある。地味ながらもやっておくべきことであろう。 「……しかし、謂れが何もないのが気になりんす。自然発生で、武装した龍のアヤカシなど生まれるのでありんしょうか?」 「他の土地から渡ってきたという可能性もあります。何にしろ、嫌な予感がしますわね」 刃香冶の言葉に、アレーナ・オレアリス(ib0405)は微笑みで答える。 そも武装したアヤカシというのが珍しい。しかも龍となれば、自然発生してからかなりの時間が経っているのではないだろうか? 少なくとも今までそんな事例は聞いたことがない。 聞いたことがないからといってあり得ないと言えないのが辛いところだが。 と、そんな時である。 「しっ。……羽音? 大きい……近づいて来ますよ」 トカキの超越聴覚が何かの接近を察知した。 一行はすぐさま木の陰などに身を隠し、空を見上げる。 すると、太陽光を背に銀色の輝きが目を貫く。やがてそれは黒い影となり、開拓者たちが隠れている付近へと降りてくるではないか。 それは確かに翼を持つ龍だった。外見は甲龍に近いが、より引き締まったスマートな印象を受ける。 だがそれよりも何よりも、その龍には大きな特徴があった。 「……アーメットヘルム?」 「剣と盾も持っていんす。まさに武装した龍でありんす」 アレーナや刃香冶が言うように、龍は全身を武具で固めている。 兜は顔をすっぽり覆うタイプで、どんな顔をしているのか全くわからない。 胴体を覆う鎧、鋭い剣、堅牢な盾と、朋友の龍が装備するものの上位互換のようなものばかり。 翼は流石に武装はないが、銀色の膜のようなもので覆われていて、一目で普通の翼でないことが窺えた。 「……出てこい。お前たちが居ることは見えていた」 くぐもった声で龍がそう言い放つ。どうやら五感が発達しているらしい。 このまま隠れていても状況は好転しないと判断したのか、開拓者たちは構えながら木の陰から身を晒した。 肌で感じる龍の実力。こいつは強いと理屈でなく分かる。 そんな開拓者を知ってか知らずか、龍のアヤカシはナチュラルにこう問うた。 「お前たち、この辺りで重傷を負った開拓者を見なかったか? 私が取り逃がした獲物でな、追っているのだ」 沈黙。 こいつのことだから、目の前に居る男女も開拓者だと分かっているはず。なのに敢えて聞いたのだ。 悪意も作為もない。単純に物を尋ねたにすぎない。 「アホだ……」 「アホだねぇ」 「アホでありんす」 「アホですわね」 「アホ……いや、おバカ……うーん……」 開拓者たちはこぞって同じ事を思ったらしい。言葉尻こそ違えど、結果は一緒だ。 開拓者に向かって『開拓者を追っているんだがそいつ知らない?』などと言うアヤカシを見たことがない。 「何のことだ? 知らないなら構わん、さらばだ」 「こほん! 何とか逃げ延びた開拓者の言の通りの姿ですね」 飛び去ろうとしたアヤカシに、志藤がわざとらしく声をかける。 するとあっさりひっかかり再び開拓者たちに向き直った。 「知っているのか。どこにいる?」 「その前にこっちの質問に答えてもらおうかなぁ。なんで開拓者だけなんだい? やるなら一般人だって沢山いただろうに」 「……? お前たちは蟻を踏みつぶして楽しいのか? より強い者を倒し、喜びを得、絶望させることで我らは強大な力を得ていくのだ。ついでに技も磨けて一石二鳥」 脳筋丸出しのセリフだが、言っていることはアヤカシの理そのものだ。 故に交渉の余地なし。見敵必殺推奨である。 「なるほど……強き者との戦いがお望みですか。私はアレーナ・オレアリス。白薔薇の騎士などと呼ばれておりますわ。いざ、尋常に勝負!」 「その申し出、受けて立とう! 私の名はヒートガン。装龍の二つ名を持つ。我らが龍王、ゴッド・ラゴンに力を捧げ奉る者なり!」 「アホだ……」 「アホだねぇ」 「アホでありんす」 「……阿呆、ですね……」 士道を使い信頼を得やすくしていたとはいえ、アレーナの名乗りに律儀に応えるアヤカシ。基本的にオツムが足りていないのかもしれない。 しかし、半ば釣ったつもりのアレーナだけは内心穏やかではなかった。 アホではあるが、その構えには全く隙がない。熟達した騎士を目の前にしているようだった。 剣と盾を構えたヒートガン。その雰囲気に他のメンバーもすぐ第一印象を改める。 そう、こいつは多くの開拓者を屠ってきたと言われるアヤカシ。油断できる道理がない。 「最後に一つだけ。一人でいるのを襲ったって意味ねぇよ。俺達の真価が出せる時は、何かしらで集まって動く時だ。そうゆう状況を作った上で戦え」 「決闘は一対一が道理だろう。群れなければ戦えないなど戦士の吐く台詞ではない」 「あら、一理ありますわね」 「同意すんなよ! 来るぞぉ!」 不破の言葉に、何を馬鹿なとストレートに返すヒートガン。騎士であるアレーナには多少感じ入るところがあったのか、冗談めかして同意する。 ヒートガンの身体は全長5メートルを超えるが、巨体を感じさせないスピードで突っ込んでくる! 「速い!」 アレーナは咄嗟にガードの姿勢を取り、横薙ぎの剣の一閃を刀でガードする。 しかしその巨体、速度、衝撃でガードごと吹き飛ばされてしまう! 「想像以上に!」 「冗談やってる場合じゃないわな……!」 瞬風波を放ち、遠距離攻撃を仕掛ける志藤。六節で素早く矢を番えた不破もそれに続く。 ヒートガンは空中で方向転換し盾でガード。龍ならではの空中機動が厄介だ。 刃香冶が銃で、トカキが奔刃術込の棒手裏剣で死角から攻撃する。 背中に直撃するが、それは頑丈な鎧に阻まれ大したダメージになっていない。 ならば翼はどうだと不破が矢を射掛けるが、金属とぶつかったような音を立て弾かれてしまう。武装ではないが、甲龍のような硬化能力でもあるのだろう。 「ぬぅ! 良い腕だ! 今までで一番骨がある!」 「お褒めに預かり光栄ですわ!」 あなたもね、と言いかけてアレーナは言葉を変える。調子づかれても困るというものだ。 剣と盾を巧みに使い、二本足で大地を踏みしめる。ホバリングのような低空飛行をすることもあり、滑るように森の中を移動されるのがキツイ。 錚々たる戦歴を持つアレーナでさえ互角気味。明らかに中級アヤカシクラスの実力だ……! 「くっ! 飛ばないのは何故、と聞くのは野暮なのでしょうね……!」 「本人が言っていた通りでありんしょう。強い者と戦い、勝つことが目的であるなら逃げは恥でありんす」 「戦術的撤退や上空からの攻撃は逃げに入らないと思いますがね!」 志藤と刃香治が切り込み、トカキは連続で手裏剣を放つ。 二面攻撃も剣と盾で対処し、鎧の隙間などを狙った投擲は体の軸をずらし鎧で受ける。アレーナでさえ舌を巻くその体捌きは、やはり多くの開拓者を葬ってきたのだと実感させた。 「こうなれば……!」 アレーナは状況に埒を明けるため、奥の手とも言える聖堂騎士剣の使用を決意する。 アヤカシに絶対的な威力を誇るこの技と彼女の力量を持ってすればなんとかなる。武器や防具を消滅させ致命的な痛打を与えられるだろう。 「道を開きます! 突破を!」 「まったく、でかいくせに思ったところに当てさせない。嫌な的だねぇ」 志藤が瞬風波、不破が朧月で援護射撃。その間にトカキと刃香冶が突っ込んでいく。 途中でトカキは手裏剣を投げつつ横に離脱、刃香冶は心臓狙いでまっすぐに進む。 遠距離攻撃をガードすることに気をやっていたため、なんとか懐に飛び込めた。その手に握られた霊剣が、大きな踏み込みとともに心臓を狙う! しかし、ヒートガンはまだ行動力を残していた。左足を下げ左回転しながら、剣の柄で刃香冶を殴りつける! 「ぐっ……!」 吹っ飛ぶ刃香冶。そこにアレーナが走り込む……! 「お覚悟を!」 「……!」 聖堂騎士剣の一撃が、ヒートガンの盾を消滅させ鎧を貫く……はずだった。 盾を合わせてきただけでも大したものだと思ったが、その盾はアレーナの一撃をしっかり止めてしまったのである。 「そんな!? 瘴気で形造ったものではない……!?」 「これは私が長年かけて鍛え上げた武具たちだ。装備はやはり実物に限る!」 兜で表情が見えないのが怖い。淡々とした印象でアレーナに反撃する。 正直しんどい。相手が中級アヤカシだとしたら、やはり味方があと3人は欲しい。 調査であり無理をしない方針だからこそ、回復役がいなくてもなんとかなっているが……このまま続ければ結果はお察しだ。 「仕方ありません、撤退しましょう!」 「逃げるならあの開拓者のことを吐いてからにしろ!」 「そこかよ! どうも調子狂うねぇ!」 離脱すると決めたら行動は早い。巨体のヒートガンを撹乱するように木々の間を駆け抜ける。 運動性能はともかく、装備の重量もあり相手は機動力自慢とはいえない。 一旦バラバラに逃げた五人はすぐに集結し、トカキが示した脱出ルートで逃げに回る。 予め、上空から察知しにくい、龍が通りづらそうな道を選定しておいてくれたのは嬉しい。 「本日は御暇致しますわ。決着は又の機会に」 アレーナは逃走ルートに隠してあった抱え大筒を回収すると、ヒートガンに向かって撃ち放つ。 取り回しも精度も悪いのでダメージ狙いではない。爆音と爆煙で追跡の遅滞を狙ったのだ。森に轟く轟音に紛れ、開拓者たちは離脱していく。 「あれで中級アヤカシ。ならばあれが我らが龍王と呼ぶ存在は、如何程の力をもっているのでありんしょう……」 無表情で呟く刃香冶。今になって他のメンバーもそのことに気付く。 「さて、この遭遇は……何を呼ぶことになりんしょう」 それに答えられるものは誰もいない。森の中に取り残された、白銀に輝く武装龍もまた然り。 「……見事な手際だ。偵察、斥候……こういう戦いもあるのだな」 相手が五人だったとはいえ、五体満足な状態で開拓者を逃したのは初めてのことだった。 再戦を心に誓い、装龍はその場から飛び去ったという――― |