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■オープニング本文 天儀の中心都市たる神楽の都。 様々な人が行き交うこの都に、開拓者ギルドは存在する。 はてさて、今日はどんな依頼が舞い込むやら――― 「カミーユ……大変よ。不死身のアヤカシが発生したわ」 「不死身!? どういうことなんですの……と、以前亜理紗さんとこんな会話をしていらっしゃいませんでしたか?」 ある日の開拓者ギルド。 職員の西沢 一葉と開拓者のカミーユ・ギンサは、突如報告されたアヤカシについて話をしている。 以前はやる気が無さそうだった一葉だったが、今回は少し真面目な感じである。 「今回のアヤカシも、物理攻撃でも魔術攻撃でも死なないのでしょうか?」 「ええ。コウニーと一緒でやろうと思えば一般人でも倒せる。でも、こっちは相当運が良くないと無理ね」 ギルドに送られてきた情報によれば、敵は真っ白い球体にサメのような鋭い歯がズラリと並んだ口だけが付いた外見だという。 目もなく鼻もなく、気配で人間や動物を感じ取り襲いかかる。明らかに自分の体積を越えた人間ですら、抵抗がなければあっという間に喰い尽くしてしまうという。 食欲のみで行動し、しかも行動がストレートな最も厄介なタイプのアヤカシといえるだろう。 「なるほど……厄介ですわね。今度はどんなことをすれば倒せるのですか?」 「名前を呼べば死ぬわ」 「……はい?」 「だから名前。名前を呼べば死んじゃうの」 「……はい……?」 名前を呼べば死ぬなどと、痛々しい技名を叫ぶより簡単そうに聞こえる。 カミーユはわからないという表情をして小首を傾げた。 「ただね、そのアヤカシは名前が不明というか不確定なの。『イン』で始まるっていうことだけは確定してることから『イン何とかさん』って呼ばれてるわね」 つまり、そのアヤカシは発生した瞬間からインで始まるとある名前を持つ。そしてそれを呼ばれると満足して死ぬのである。 ただし、それがどんな名前であるかはわからない上に移動速度が速く食欲旺盛。上手く立ち回らないと開拓者であっても喰われてしまう可能性がある。 「質問です。名前はインで始まればなんでもありえますか?」 「ええ。印籠とか陰惨とかもヒットする可能性はあるわ」 「どんな前例があります?」 「イントロダクションとかインサイダーとか陰険とか。ちなみに重複もあるらしいから、一度前例があるものだからってヒットしないとは限らないわ。いいのか悪いのかは微妙だけど」 「なるほど、概ね理解いたしました。では、微力ながらわたくしも御同行させていただき戦います」 「……いいの? こういうかじられる系ってトラウマなかった?」 「恐いですけれども……開拓者として、苦手意識を克服するのも大事ですから」 「OK、お願いするわ。敵は5匹らしいから頑張ってね」 またも現れた不死身のアヤカシ……今度はイン何とかさん。 開拓者のような優れた戦闘力がなければ対抗できないことから、コウニーと比べると危険度は桁違いである。 インで始まる言葉を沢山用意して事にあたっていただきたい――― |
■参加者一覧
門・銀姫(ib0465)
16歳・女・吟
各務 英流(ib6372)
20歳・女・シ
アムルタート(ib6632)
16歳・女・ジ
アーディル(ib9697)
23歳・男・砂
狗神 覚羅(ic0043)
18歳・男・武
ルーガ・スレイアー(ic0161)
28歳・女・サ |
■リプレイ本文 ●冬間冬間ー! 寒風吹き荒ぶ石鏡の平原。冬の寒い時期に何の遮蔽物もない平原は辛い。 しかし遠目から見てもわかる黒い球体は、寒さなど無縁のようにぷかぷかふよふよと漂っていた。 「あれがイン何とかさんとやらか。なるほど、凶悪そうだ」 「ふむ……不死身のアヤカシで名前を呼ぶと死ぬと……退治方法は解ったけど……正直、面倒だね、ソレ」 遠目から敵の姿を確認したアーディル(ib9697)と狗神 覚羅(ic0043)は、溜息混じりで呟く。 旧知の間柄であり、仕事でもよく一緒になるという二人だけに、連携に期待したいところだ。 「不死身、だと?!そんな馬鹿な……しかも名前を呼べば死ぬ!? ……わ、わけがわからん!」 「誰にでも名前は間違えられたくはないけれど〜♪ さりとてずばり当てたら死ぬのもどうかと思うんだよね〜♪ アヤカシはいと不思議〜♪ 常識は通用しないのさ〜♪」 開拓者の中には、ルーガ・スレイアー(ic0161)のように戸惑う者も少なくない。 不死身というだけでも珍しいのに、名前を呼ばれると満足して死ぬというのだから意味不明。 門・銀姫(ib0465)はそんな空気を払拭せんとばかりに明るい声で歌うように言った。 「あれはどう見てもパワー餌を食べたパッ―――」 「それ以上いけない」 「アームロックをかけられる腕が無いですけれども……」 おかしなことを言おうとした各務 英流(ib6372)をカミーユ・ギンサが止める。 具体的に何が危ないかは分からないが止めておいたほうが良いと判断したらしい。 「カミーユさん……私、この戦いが終わったらお姉様に告白するんだ……」 「まぁ、素敵ですわね。負けずにアタックも大事ですわよ」 「いやいやいや! 素で返しちゃだめー! ロリ兄泣いちゃうから!」 カミーユは基本的に天然である。各務の冗談か本気かわからない一言に乗っかってしまい、関係者の一人であるアムルタート(ib6632)が慌ててツッコむ羽目になる。 「では、帰ったらパインケーキを焼いてあげます」 「パインケーキですか……食べたことがありません。楽しみにしております」 「う、うーん……? サラダじゃないからいいかな……?」 どうしてもネタに走りたいというか死亡フラグを立てようとしている各務を相手にするにはカミーユではどうにもならない。良き友人であるアムルタートの苦労が忍ばれた。 「ところでカミーユさん、あの手のかじってくる系が苦手なんだって? あまり無理しないようにね」 「はい、お気遣いありがとうございます。今回はフライハルトもありますから大丈夫ですわ」 狗神のかけた言葉に、嫋やかに微笑みつつ四角い隙間だらけの盾のような物を取り出すカミーユ。 噂に聞くカミーユ専用武器、フライハルト。彼女はそれを分解し変形させ、剣と鈎手甲を作り出した。 「……気になっていたんだが、自由というならフライハイトの間違いじゃないのか?」 「自由という意味のフライ、丈夫という意味のハルトを足してフライハルトだそうです。強化の宝珠を14個ばかり使用していますから」 「納得だ」 苦笑いして肩をすくめるアーディル。カミーユの笑顔を見て、これ以上追求するのも無粋かと思ったようだ。 「それじゃあそろそろ行くんだよ〜♪ 戦闘準備よろしく〜♪」 「心得た! 一番槍は任せよう!」 門の言葉に全員が気を引き締める。ルーガはいつでも彼女をカバーできる立ち位置で射線を空けた。 「それじゃいっくよ〜♪ インパクトォォォーーー♪」 250mもの遠方に声を届ける技……『貴女の声の届く距離』。 イン何とかさんに対しては先手を確実に取れる非常に有効な技である。 しかし、それも正解すればの話。声に気づいたイン何とかさん5匹は、獲物と敵意を認識し開拓者たちへと高速で突っ込んでくる! 「ありゃー、駄目だったか〜♪ 前衛よろしく〜♪」 『応ッ!』 不死身のアヤカシを前になお士気高き開拓者たち。 多少の人数不足など何するものぞ――― ●ごはんなんだよ! 前情報の通り、イン何とかさんは不死身であった。 いくら叩いても斬っても傷一つ付かず、後退させ弾き飛ばす程度の効果しか得られない。 そのくせ鋭い牙でかじりついてくるのだから質が悪い。しかも頭を狙うことが多いのだ。 「飲食、印鑑、インプット、インサイト!」 「飲酒、引退、因子、引導!」 アムルタートとカミーユは抜群のコンビネーションでお互いの死角を補うように戦う。 ノウェーアで回避を高めたアムルタートと、武器で相手を捌きつつ立ちまわるカミーユ。どちらも踊るような軽やかなステップで、二人の美しい銀髪が舞い踊る。 並のアヤカシならそれで充分殲滅できるのだろうが、こいつは名前がヒットしないとどうやっても倒せないのだ。 「ほらほら大丈夫かいカミーユ! 立ち止まってる暇ないよ! さあイン○○と言い続けるのだ♪」 「はい! トラウマももう克服できたみたいですわ!」 物怖じせず笑顔さえ覗かせるカミーユに、アムルタートも満足気な笑顔を返す。 痛みに、戦いに怯えた初心者はもういない。それはアムルタートをはじめ、導いてくれた諸先輩方がいたからに他ならない。 「よぉーし、それじゃどんどんいこー! インデッ―――」 「それ以上いけない」 「なんで!?」 「な、なんとなくですわ。多分当たりませんからそれだけは封印の方向性でお願い致します」 「カミーユがそう言うなら……。他にもいーっぱい用意してきたもんね♪」 何が問題なのかは分からないが、とりあえず二人は次の単語へと頭を切り替える。 オロオロしている暇はない。カミーユにもそれくらいの状況判断はできるようになったということか。 「ふむ……あちらは心配無さそうだな。隠忍、隠遁、印鑑、飲料、陰暦、隕石……」 アーディルは魔槍砲でイン何とかさんを薙ぎ払いつつインのつく言葉を連呼する。 消滅しないということはヒットする名前ではないということなのだが、考えてきた言葉が無くなったらと考えると少々焦りもする。 「おや、こっちに『因縁』をつけに来たか……『慇懃無礼』な奴だね……」 アーディルとコンビで戦う狗神は、気怠い感じながらも確実にショーテルと銃で敵を叩き飛ばしているが…… 「もう少し頻度を上げたらどうだ? インのつく名前を当てんと終わらんぞ」 「インがついてる名前ねぇ……隠蔽、陰謀、隠滅、陰悪、陰惨、陰暗、陰鬱、淫行、淫乱……」 「……どうもマイナスイメージの単語ばかり並べていないか?」 「ふふ……気のせいだよ」 「……この破戒僧め」 インのつく言葉は意外と多い。それがヒットするかはどうしても運の要素が高い。 そういう意味において、彼女はやはり突出していた。 「引用、陰性、引火ー♪」 距離をとって叫んでいた門の最後の一言。『引火』が響いた途端、アムルタートを狙っていたイン何とかさんの動きがピタリと止まり、真っ白い灰となってさらさらと崩れていった。 「お、正解〜♪ 普通の戦いでは意味が無さ気な運の良さもこういう時役に立つね〜♪」 「なんの! 私は運に自身はないが、怒涛の数でねじ伏せるのみ!」 迫り来るイン何とかさんを長巻で殴り飛ばし、ルーガは吠える。 自分の運の無さを自覚しているようで、用意してきたインのつく言葉で絨毯爆撃を開始する! 「インブリード、インセンス、インセンティブ、インセスト、インチ、インシデント、インクライン、インクリメント、インクロージャー、インカム、インクリース、インクレディブル、インキュバス、インデペンデント、インディゴ、インディヴィデュアル、インドア、インファント、インフィニティ! つ、疲れてきたぞー!」 そりゃあ疲れる。基本的にどんな武術であろうとべらべら喋りながら戦うことを想定していない。というか、普通無駄口は御法度だ。呼吸が乱れ疲労度は桁違いに跳ね上がる。 それでも続けなければならない。怒涛のような単語の嵐に晒されてもイン何とかさんは一匹も死んでいない! 「インフレーム、インフルエンス、インフォメーション、インク、インライン、インナー、インプット……は前に出たか、インサニティ、インセクト、インサイダー、インソムニア、インシスト! う、うおーーーッ!」 死なない。余程運が悪いのか、これだけ言ってもイン何とかさんは死ななかったのだ。 噛み付かれないよう注意しつつ、殴り飛ばし蹴り飛ばし距離を取る。しかしそれも限界気味だ。 ぜぇぜぇと肩で息をするルーガを、容赦なくイン何とかさんが襲う……! 「ま、待て待て待て! インターバルをだな……! うぉぉっ!?」 大口を開け目の前にまで迫ったイン何とかさんが不意に動きを止める。 やがてそれが白い灰となってさらさらと崩れていくのを見て、ルーガはようやく『インターバル』が正解の一つだったのだと知った。 「苦し紛れだったのだが……あれだけ用意したのが当たらず咄嗟の一言で当たるというのは運がいいのか悪いのか……」 多分どちらもである。 「ははは……困ったことになったよディル……思いつく名前のストックがもうない」 「ストックもなにも『イン』がついてればいいんだろ、適当に何でもいいから言っておけ」 一方、狗神とアーディルのペアも疲労の色が出始めていた。 それでも軽口を叩く狗神としっかりツッコミを入れてくれるアーディルは良いコンビであった。 「いや、もう限界だよ。なんて『インチキ』な能力だ……地味に『陰険』で『陰湿』だよねぇ……あぁ、これもインってついてる語句だね」 「絶対に分かっててやっているだろう……」 ニヤリと笑う狗神の表情からもそれは明らかだ。しかし正解が出ない以上、限界という言葉もいつかは真実に変わる。 飄々とした性格であるアーディルも流石にイライラと焦りを隠せない。 思わず弱音というか毒を吐く。 「いい加減に当たれというか……隠居でもしたい気分になるな」 するとアーディルたちを襲っていたイン何とかさんの一匹がピタリと止まり、風に乗って霧散する。 三つの目の正解は『隠居』だったようだ。 「おや、正解みたいだね。因果応報……俺たちに向かってきたのが運のつきなんてね」 肩をすくめた狗神だったが、その一言でアムルタートたちを襲っていたイン何とかさんが白い灰となって燃え尽きる。 『因果』なのか『因果応報』なのかは分からないが、どちらにせよ四字熟語クラスの長さまで範囲内と考えておいたほうがよさそうである。 「ラスト一匹! 英流ー、大丈夫ー?」 「人の名を! 随分と気安く呼んでくれるじゃあありませんか!」 「へ?」 心配で声をかけたアムルタートだったが、各務にギロリと睨まれ思わず冷や汗をかく。 荒んだ目。本来なら各務はイン何とかさんの攻撃を掻い潜れず、噛み付かれ殺されかねない戦闘力しか無い。 しかし今の彼女が纏うオーラは近寄りがたいものがあり、それはイン何とかさんにすら影響を与えているかのようだった。 「私のお姉様を奪われた怒りパンチ! お姉様を失ってしまった嘆きキック!」 相手が死なない+球体であるのをいいことに、各務は殴る蹴るでイン何とかさんを圧倒していた。 勿論、虫並みの知恵しかないイン何とかさんは怯えることはない。各務に噛み付き貪り食おうと必死に向かうが…… 「お姉様がッ! 私の元へ帰って来るまで! イン何とかを殴るのを止めないッ!」 「それでは永遠に殴り続けないと……もごもご」 「駄目だよカミーユ……言っても無駄どころか火に油を注ぐからやめたげてよぉ!」 尋常ならざる迫力でイン何とかさんを迎撃、全くの無傷の大番狂わせだ。 げに恐ろしきは感情の爆発。女の嫉妬は鬼より怖い。しっとの心は父心……である。 「とりあえず本人もイン何とかを連呼してるけど〜♪ 触らない……げふんげふん、邪魔にならない距離で手伝っといたほうがいいんじゃないかな〜♪」 「賛成だね。さっさと終わりにしたいよ」 「ご尤も。私も喉が辛い……」 「まぁ、いつ反撃されちゃうかもしれないしねー……」 「いや、エイルが心配と言うよりは……」 『あのイン何とかさんが哀れすぎる』 それがカミーユを含めた開拓者たちの総意であった。 人をも喰い殺す不死身の球体の末路は、ストレス発散のためのサンドバッグにされてしまうことだった。 「無敵のお姉さまへの愛で何とかさせてくださいよォーーーッ!」 最後の最後にアムルタートが呼んだ真実の名前……『インファイター』の響きだけを救いに、地獄の責め苦から解放されたのであった――― |