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■オープニング本文 天儀の中心都市たる神楽の都。 様々な人が行き交うこの都に、開拓者ギルドは存在する。 はてさて、今日はどんな依頼が舞い込むやら――― ある日の夕暮れ。開拓者ギルドの職員、十七夜 亜理紗は夕飯の支度をするため買い物に出ていた。 目当ては特になかったが、ジャガイモが安かったので購入。ウィンナーと一緒に炒めて食べようとホクホク顔で帰路につく。 傾いた日が亜理紗の影を伸ばすいつも通るいつもの道。ふと視線を感じて、亜理紗はその方向を見やった。 するとそこには、ぐったりとした三毛猫を咥えたマンボウのような魚が『立って』いた。 プー……ペー……。遠くにそんな笛のような音を聞きながらも、亜理紗の思考は定まらなかった。 (……え、何アレ。魚? どら猫咥えたお魚? 普通逆じゃないの? っていうか足? 腕? これってなんていう生き物……? 混乱ッ! 頭が混乱しているッ!) 奇妙な感じになりながらだらだらと嫌な汗を流す亜理紗に対し、魚(?)は無表情のままじーっと亜理紗を見据えたまま。 やがてほいっと猫を空中に放り投げると、金魚が餌を喰うような素早い動きで猫を丸呑みにした。 「ひぃっ!? 貴重な猫さんが! もしかしてアヤカシ!?」 もしかしなくてもアヤカシであろう。こんな珍妙な生き物は自然界に存在すまい。 魚(?)は無言のまま亜理紗をじーっと見ていたが、飽きたのかくるりと方向転換し何処かへと歩いて行ってしまったのだった――― 「というわけなんですよ。いやぁ、何事も無くてよかったです」 「良くないわよ! そういうのはもっと早く報告なさい!」 翌日、その話をギルドの先輩である西沢 一葉にしてみたところ、亜理紗はこっぴどく怒られた。 問題点は2つ。亜理紗は開拓者でもありながら、アヤカシと知ってなおその存在をスルーしたという点。 もう一つは、それが神楽の都の中での目撃だという点である。 「だってだってぇ!? 自分よりでかい魚とかお目にかかったことなかったんですもん! 気持ち悪かったんですもん! 食べても美味しくなさそうだったんですもん!」 「美味しそうだったら食べてたんかい! ……コホン、何にせよ神楽の都の中でアヤカシが発生したとなったら大事よ。人口が半端無いんだから。多分、その近くの池とか川とかに住み着いてるんだろうけど……いつ人が襲われるか分かったもんじゃないわ。すぐに討伐依頼を出しましょう」 「はーい。見た目ぼーっとした感じでしたけど……実力の程はどうなんでしょうねぇ……」 アヤカシは見た目と実力が合わないことも多い。外見でショボそうだと判断し返り討ちにあった駆け出し開拓者は多い。 慌てず、騒がず、粛々と撃破していただきたい――― |
■参加者一覧
ルオウ(ia2445)
14歳・男・サ
からす(ia6525)
13歳・女・弓
誘霧(ib3311)
15歳・女・サ
クアンタ(ib6808)
22歳・女・砂
一夜・ハーグリーヴズ(ib8895)
10歳・女・シ
アーディル(ib9697)
23歳・男・砂
リーフ(ib9712)
16歳・女・砂
藤本あかね(ic0070)
15歳・女・陰 |
■リプレイ本文 ●ギョッ! 神楽の都と一口に言ってもその広さはかなりのものであり、その周辺の自然も含める。 よって栄えた中心地から少し離れれば大きな川も深い池もある。今回はそんな水辺の一つが舞台だ。 流れは緩やかだが深さがそこそこある川。そしてそれが流れ込む池はなお深く、目撃情報も相まってここが例の魚の住処であることは疑う余地がなかった。 「仮にもお魚だし、きっとこの辺にー……? 結構大きかったみたいだし、すぐ見つかりそうだけどー」 「ふむふむ。人間の女性と同じくらいの背丈ということは、メインの活動場所は池のほうだろうな」 「何故猫ばかり襲うのか。何として猫と判断しているか。猫に関係するものを目の敵にしていたりするのではなかろうか……考えることは色々ある」 一夜・ハーグリーヴズ(ib8895)が眺める先の川には怪しい影は見られない。 都内に入り込む時などに川を遡って行くのだろうが、アーディル(ib9697)が言うように普段は池の底あたりに陣取っていると考えたほうが自然である。 とりあえず、魚型のアヤカシと水中で戦うような愚策は避けたい。からす(ia6525)のようにしっかりと対策を熟慮する必要があるだろう。 特に、方針として『囮作戦』が挙げられている。囮役の安全を確保するためにも重要だ。 「私知ってるよ。こういうの『窮鼠猫を噛む』って言うんだよね?」 「いやいや。この場合は『窮魚猫を食む』ですね」 「にゃはは、なーんか二人は姉妹みたいだなー」 誘霧(ib3311)が笑顔をのぞかせてアヤカシの姿を探している横で、フードなどで顔を隠したクアンタ(ib6808)がやんわりとツッコミを入れていた。 クアンタが猫の獣人であると聞いて誘霧はなついており、クアンタも満更ではない模様。 ルオウ(ia2445)の言うように実に微笑ましい。これがピクニックであればさぞ楽しかったろう。 ……実を言えばピクニックのようなものではあるのだが。 「いささか人間臭い言い方を、させて貰えば。同胞(もふもふ)の仇は、取らねばならない」 「まずは水中の魚のバケモノをおびき出さないとね。トメさんお願いします」 今回の依頼には、狼の獣人であるリーフ(ib9712)やクアンタのような猫の獣人もいる他、猫好きが多く参加している。例の魚は彼女らの怒りを買ってしまっているのだ。 後はもう池で例の囮作戦を実行するしか無いという状況になり、藤本あかね(ic0070)は朋友であるトメという猫又にその役を頼んだのだった。 安全が保証できない以上、できれば普通の猫を危険に晒したくはない。もしトメさんで駄目なようならクアンタに頼むのもアリか。 露骨に嫌そうな顔をしつつもとことこと池の近くへ歩いて行くトメさん。開拓者たちは草木の影に隠れ様子を窺う。 すると数分もしないうちに池にゆらりと影が現れ、にょきっと水面から魚が顔を出した。 トメさんは勿論それに気づいており、伏せの体勢のまま魚と視線を交わしている。 ややあって……魚はトプンと池に潜り、姿を消す。 「あれっ、駄目!? やっぱり猫又さんじゃ興味示さないのかな……」 誘霧がそう呟いた直後、ザバーンという大音響とともに何かが池から飛び出した! 太陽の反射を受け、水飛沫とともに宙を舞うそれには、明らかにあってはならない『手足』が付いている。 しゅたっと華麗に着地し、魚のアヤカシは大地を踏みしめた。 が、トメさんは危機的状況であるにも関わらず動かない。魚にやっていた視線をふいっと湖に戻し、伏せの姿勢のまま欠伸などをしている。 「ちょっ、トメさん何やってるの!?」 「にゃんこを食べちゃう……!? ぎにゃー! そんなのだめ……だめだめだめだめ」 藤本と一夜が飛び出してトメさんを庇うように立ちはだかる。 「きさまかーっ! ざっけんなこらー……ってきもい、きもいよ! ブッダを冒涜してる!」 「うぇっ! まじできもいな、この魚もどきっ!」 一夜たちを放っておくわけにもいかず、ルオウたちも草木の陰から飛び出し戦列に加わる。 相対した魚の姿形はやはり不評。魚特有の無表情さに加え、人間のような手足である。明らかに生命体として間違っている。いや、アヤカシは生命体ではないが……。 魚はちょいとトメさんに視線をやり、開拓者たちを見回し……消えた。 『は……?』 「危ねぇ!」 困惑する開拓者たちの中にあって、ルオウとからすは状況を理解し行動に移っていた。 からすがリーフを頭から押さえつけ地面に伏せさせると同時にルオウが刀を振ると、耳障りな金属音とともに魚が刀に噛み付いた状態で止まっていた……! 「速い! 瞬脚か!?」 アーディルが叫ぶ間にも魚は刀を放しバックジャンプ、空中でくるくる回転しつつ着地。 これが陸上では行動が制限されると思われた魚の実力。猫をさんざん捕まえて喰ってきた証拠である。 「こいつ……! 猫又よりもあたしを敵視してるの……!?」 クアンタは猫の獣人だが顔や耳などを隠している。それでも襲い掛かってくるのは匂いか何かで判断しているのだろう。 どたどたと無様な走り方で近づいてきたのかと思えば、次の瞬間瞬脚を使用、真横から殴りかかってきたりするのが実に腹立たしい。 「おっと! 池には行かせないんだから!」 「彼を知り、己を知れば百戦危うからず……」 誘霧とリーフは魚が池に飛び込まないよう回り込み、退路を断っている。 流石に水の中のほうが居心地が良いのだろう、隙あらば池に戻ろうとしているのは丸分かりだ。 問題は、敵が強くはないが厄介であること。 「うぉぉっ、滑るっ! このぬるぬるはなんとかならないのか!?」 「これはクロの分っ! これはミケ! そしてこれは……何だっけ。ヒビキの分っ!」 「体表がぬめっていて矢が刺さらない……だと……」 アーディルの魔槍砲による突きや斬撃は勿論、一夜の七首やからすの機械弓すら魚には効果がない。 ただでさえ流線型で滑りやすい魚の形に加え、魚油が大量に分泌されているのか当たった瞬間に武器が滑りダメージにならない。 「開きにしてやんぜっ! この魚もどきがよお!!」 それは歴戦の勇士であるルオウも同じ事。魚の動きを瞬時に見極めた彼やからすであっても斬れないし刺せない。 一方、無表情の魚は淡々と殴りかかったり尻尾を叩きつけたりと随分肉体派である。 もっとも、それが通用するとは限らない。 「へへっ、遅いぜぃ!」 「うっわ、ベタベタ! 触んなっ!」 ルオウは勿論、一夜クラスでも充分回避できてしまう。ぬめぬめと瞬脚が厄介なだけでアヤカシとしては下級もいいところだ。 何故か? 答えは簡単、『人間を狙っていないから』。 猫にも恐怖などの感情はあろうが、人間のそれに比べればアヤカシにとっては微々たる栄養でしか無い。 となれば魚自身が強くなれる道理もなく、結局また猫相手という悪循環だった。 「嘘っ、銃弾も!?」 足元を狙ったクアンタの銃弾も魚の体表及び魚油で滑りダメージ無し。 負けないが勝てない。それは開拓者たちにとっても魚にとっても同じである。 こんな状況にあって、一人だけ……藤本だけが仲間と魚の戦いを眺めつつ、ぶつぶつと呟いていた。 「あの様子だと多分招鬼符は効果がない。でも、あれって……」 先程から何度も思考を繰り返し脳内でシミュレーションを行う。 結果はすべて同じ。上手くいくはずだ、藤本は魚に向けて手をかざし――― 「愛猫家の恨み、思い知れ!」 放たれたのは雷閃。主に敵が水中から出て来なかった時に電撃を流し込む用途のために用意してきたようだが、別にそのまま使っては不味いということはない。 放たれた雷撃は吸い込まれるように魚に直撃し……焼き魚を仕上げた。 どんなに物理攻撃に強かろうが内部に電撃を流されてしまうのでは関係ない。 つまり今回の参加者に藤本がいて、彼女が雷閃を活性化させてきた時点で魚に勝ち目はなかったのである。 「強敵だったわ……でもいずれ第二第三のヤツが……」 「まとめに入らないでください! 消滅していないということはまだ息があるということですよね。丸呑みにされた猫達を助けられないかしら……!」 「待った待った待った! 仮に咀嚼されてなかったとしよう。しかし奴は長い間水の中に潜っていたんだぞ。それに最後の電撃……生存は絶望的だ」 「でも、同胞(もふもふ)が生きている可能性が可能性があるなら、助けたいと思うのが人情」 「それはわかる。俺も一緒だ。しかし……あまり言いたくないが、消化液でどろどろになった猫の姿なんて見たくないだろう?」 クアンタやリーフの『僅かな可能性にも縋りたい』というのはよくわかるが、アーディルの言うような事態も十二分に考えられる。というよりその可能性のほうが高い。 辛い決断だが、さっさと止めを刺し弔ってやるほうが現実的だと思われる。 「そういうことなら私に任せ給え。なに、元よりメザシにしてやるつもりだったのだよ」 そう言って、からすはルオウから刀を借り、魚の目から目へ貫通するように貫いた。 電撃でぬめりも鳴りを潜めたのかあっさりと刺さり、今度こそ手足付きの魚は消滅したのであった。 「カタキはとったよ、にゃんこたち……ショッギョ・ムッジョ」 「一夜、お疲れ様ー! ねーねーアーディル、頑張ったご褒美〜♪」 「心得ている。帰りがけに甘味処にでもいくか」 「やったー! リーフも行こっ!」 「ん……」 「ふふ……私もご一緒させていただいてもよろしいでしょうか?」 誘霧に抱きつかれたリーフは一言だけしか答えなかったが、尻尾をぱたぱた振っていることから嬉しいのだろう。 自分も獣人だからよく分かるクアンタは、温かい視線でそのやり取りを眺めていた。 「……少々退屈ではなかったかね? 君ほどの腕前ならぬめっていても倒す手段はあったろうに」 「んー? まぁちょっとな。でも猫の仇を取るのが目的なんだから構わねぇよ。どっちみち殊勲賞のあかねには敵わなかったって」 「水中にいるところを狙う前提で選んだ術だったから……まさかぬめってるとは思わなかったわよ。運が良かっただけ」 からすとルオウは本来もっと強力なアヤカシとも渡り合う強者であるが、相手との相性や弱点というのはその時の状況によって突ける突けないがある。 魚に食われた猫達のための墓を作り、丁重に弔ってやることで依頼は終了となった。 開拓者たちは帰路につきながらその機微について話し合い、甘味処で皆の無事を祝ったという――― |