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■オープニング本文 その炎は黒く染まっていた。 周りのもの全てを焼き尽くさんがごとき勢いで燃え盛り、地獄の炎の更に暗い部分を連想させる。 事実、その黒炎に近づいたものは須く発火し憎しみで焼かれることになるという。 そんな獄炎を身に纏う一匹の馬。体躯は決して大きくないが、その炎に誰もが恐怖する。 『許さない‥‥燃やし尽くしてやる‥‥!』 その馬から吐き出される憎悪にまみれた女の声。いや、正確には思念。 何を許さないのか、何故許せないのか‥‥それを知る者はもういない。 彼女自身でさえも、遥かな時の中で怒りの理由を忘れてしまっていた。 それでも焦がれる。それでも止まれない。信じたはずの人間が行った、かつての仕打ちを。 『蹂躙しろ! 冥界に引きずり込め! 壊れた後も、ボロクズになっても虐げてやる!』 炎の馬の叫びに応えるように、地面から次々とアンデッドが出現する。 ゾンビ、グール、レイス、ゴースト。スケルトン、がしゃどくろ、死霊侍。 アンデッドを使役することに長けた悪魔‥‥ガミュギン。いくつもの町や村を壊滅させ、自らの配下を更に増大させて行く。 襲われた方はたまったものではない。だが、その悪魔の行動の原点は嘆きと悲しみなのである。 それが免罪符にならなくとも‥‥今日もガミュギンは黒い炎を猛らせ、人間を襲うだろう。 かつて、イザナミという神に対し、人間と共に戦ったはずのガミュギン。 同じようにアンデッドを使役し人を殺すイザナミのことを否定したはずの悪魔。それが今はイザナミと同じことをしているのだから皮肉でもある。 歴史は繰り返すのか。裏切りの連鎖は果てしなく繰り返されるのか。 あれから幾年月。大切なものを奪われた悪魔から大切なものを守るため、新たな戦士たちが立ち上がる。 これは悲しい戦いの物語。 あったかも知れない‥‥これからなるのかも知れない、可能性の一つ――― ※このシナリオはエイプリルフールシナリオです。実際のWTRPGの世界観に一切関係はありません |
■参加者一覧
天津疾也(ia0019)
20歳・男・志
朝比奈 空(ia0086)
21歳・女・魔
井伊 貴政(ia0213)
22歳・男・サ
真亡・雫(ia0432)
16歳・男・志
志藤 久遠(ia0597)
26歳・女・志
柳生 右京(ia0970)
25歳・男・サ
宿奈 芳純(ia9695)
25歳・男・陰
シュヴァリエ(ia9958)
30歳・男・騎
雪切・透夜(ib0135)
16歳・男・騎
ジークリンデ(ib0258)
20歳・女・魔 |
■リプレイ本文 ●邂逅 名もなき荒野にそれはいた。 その身を漆黒の炎に包み、一頭だけで地面に身を伏せている。 休んでいる間も衰えることのない獄炎に包まれたその馬‥‥悪魔ガミュギンに対し、開拓者たちは攻撃の機会を伺っていた。 「悪魔に不死者ですか。興味深いアヤカシですが倒さなければ被害が増える以上、倒すしかないでしょうね。しかし、不死者が一匹も見えないのは何故なのでしょうか」 「伏兵にでもしてるんじゃないか? 近づいたら地面の下からこんにちはってのが簡単に想像できるぜ」 「もしくは‥‥ガミュギン自体が実はアンデッドが嫌いであるのかもしれません。自由に召喚できる能力が先天的にあるだけ、ですとか」 人魂の術で飛行動物を作り出し、偵察に出した宿奈 芳純(ia9695)からもたらされた情報により、ガミュギンの周りには一切アンデッドがいないことが確認された。 シュヴァリエ(ia9958)が言うように、戦闘状態になったら順次呼び出すつもりなのだろう。 もっとも、今のガミュギンの精神状態から考えてそこまで深く考えてはいないと思われる。朝比奈 空(ia0086)の意見が近そうではあるが、真実は分からない。 「おらんならその方が好都合や。一気に近づいて一気に命ぁ取ったる。元々そういうつもりやったしな」 「接近途中で呼び出された者たちは私にお任せください。道は阻ませません」 天津疾也(ia0019)の言葉を受けて、ジークリンデ(ib0258)がその手を上げた。 後はもう戦うしかない。奴が休息を終え、移動されては意味がないのだから。 しかし、いざという時になってそれを静止する声が。 「待ってください。私も戦うこと、彼女を倒すことに疑念はありません。しかし、それでも‥‥それでもあえて聞かせてください。戦うしか、ないのでしょうか‥‥」 志藤 久遠(ia0597)。槍を振るう女志士は、悲しそうな瞳でそう呟く。 ガミュギンのことを聞くと、胸の何処かにざわつくものがあるらしい。 そしてそれは彼女だけでは無かった。 「僕も戦わずに済めばいいとは思います。でも、無理なんです。久遠さんも分かっているでしょうけれども」 「それに‥‥彼女? の最期を看取るのも僕たちの役割って‥‥何故だか思いますから」 「‥‥‥‥」 真亡・雫(ia0432)と井伊 貴政(ia0213)もまた、志藤と同様にガミュギンに思うところがあるようで、悲しい顔をする志藤に優しく声をかけた。 勿論志藤も分かっている。戦って、殺す。それだけが、ガミュギンが救われる‥‥否、これ以上救われないことになるのを防ぐ終わり方なのであると。 それを複雑な表情で見つめるジークリンデは何を思うのか。それは彼女にしか分からない。 「裏切り、裏切られは人間の常。奴がどのような仕打ちを受けたか知らんが‥‥私はただ、斬るだけだ」 「そういうことです。往きましょう‥‥それだけが僕たちに残された真実ですから」 柳生 右京(ia0970)の言葉に一同は頷き、それぞれ得物を構えていく。 フードを目深に被ったまま呟いた雪切・透夜(ib0135)の台詞は、誰に向かって紡がれたのだろうか。 悲しみの連鎖を嘆くように、荒野に風が吹きすさぶ――― ●決戦 『また人間か! 返り討ちにしてやるッ!』 開拓者たちの接近を目視したガミュギンは、黒炎を吹き上がらせアンデッドを即時召喚する。 問答無用なのは恐ろしい限りだが、怒りのせいで気配察知などがまるで出来ていない。もし彼女が冷静なら、一行は近くで作戦会議など出来なかっただろう。 地面から湧いて出てくるアンデッドたち。怨霊、屍人、骸骨など種類は雑多だが、ガミュギンに殺された被害者であるという点だけは共通している。 「ブリザーストーム‥‥道を開け!」 ジークリンデのウイングイワンドから放たれたブリザーストームが、ガミュギンやその周辺のアンデッドたちに容赦なく叩きつけられた。 その圧倒的な威力の前に、下級のアンデッドはあっさり崩れ落ちていく。 しかしガミュギンだけは違う。身を焦がす獄炎がバリアとなっているのか、ほとんど効いていない。 『おのれ‥‥女ぁぁぁッ!』 「‥‥最早私のこともわかりませんか」 よもや手駒が一気に削ぎ落とされるとは思っていなかったらしい。 ガミュギンは大地を蹴って空に舞い上がると、空中でアンデッドを召喚していく。 「おーおー死んでも元気なやつらがうごめいとるなあ。まったく、プッツンして行動する奴には困ったもんやな」 「やるかやられるか‥‥こんな結末しか無かったのかと、悲しくなりますよ!」 足元や背後からも不意に出現するアンデッドたちに、天津も井伊もそちらに注力せざるを得なくなる。特に天津が理穴弓でガミュギンを狙う暇が無いのは痛い。 だが、それは悪循環の始まり。呼び出され続けるそれらを倒してもきりが無く、更に別のアンデッドが出現してしまうのだ。 当然、ガミュギンも高みの見物をしているわけではない。 『死ね、死ね、死ねぇぇぇッ!』 「何‥‥ちぃっ!」 「ざけんな! 悪りぃがここから先は通行止めだぜ!」 その口から発せられた火球が地面に炸裂し、柳生とシュヴァリエを巻き込んだ。 勿論配下のアンデッドも巻き添えにしているが、ガミュギンはそんなことを露とも気にしていない。 「傷を負った方はこちらへ。無理はなさらないでくださいね。宿奈さん」 「承知しております」 朝比奈が力の歪みを、宿奈が呪縛符を放ち前衛をサポートしようとする。 ガミュギンの付近の空間が揺らぎ、呪縛符の式がガミュギンに組み付くが‥‥ 『小賢しいッ!』 一喝とともに術をはね除け、空中から宿奈に突っ込んでくる! 抵抗力が凄まじい。これが名だたる悪魔だからなのか、執念によるものなのかは定かではない。 「やらせない!」 真亡が宿奈とガミュギンの間に割って入り、流し斬りで迎撃しようとする。 しかし、それを確認したガミュギンは再び口から獄炎の火球を放ち、爆砕した上で体当たりを続行する。 「ぐぁっ‥‥!?」 ガミュギンに近づかれたことで、真亡の服を、皮膚を漆黒の炎が焼く。熱と衝撃で意識がどこかへ行ってしまいそうだ‥‥! ガミュギンはすぐさま空中に戻り、またしてもアンデッドを召喚していく。 朝比奈がすぐに治療に向かうが、真亡のダメージはかなり大きい。 「か‥‥カミーユ、さん‥‥」 『ッ‥‥!? その名で‥‥その名で呼ぶなぁぁぁッ!』 うわ言のように紡がれた名前に過剰に反応するガミュギン。 何故彼がその名を知っていたのかなどと疑問にも思えない。ただ怒りだけが膨れ上がっているからだろうか。 「ちっ、馬鹿の一つ覚えのように! 高みの見物とはいい身分だな! 所詮、貴様の復讐などその程度の物という事か!」 『ほざけぇぇぇッ!』 「乗ってこない‥‥! このように無作為に出現されては、前衛も後衛もあったものでは‥‥!」 柳生の挑発にも聞く耳を持たず、ガミュギンは吠える。 志藤は対空手段がないので専ら術者や天津の護衛を担当しているが、アンデッドたちは護衛対象の背後に突如出現したりもするのだから質が悪い。 できれば短期決戦と行きたかったのだが、事態は想定していた最悪の方向に向かいつつある。 単体でも強いガミュギンに、無限に湧くかと思われるアンデッドたち。このまま長引けば開拓者たちが圧殺されるのは火を見るより明らかだ。 せめてガミュギンを地上に下ろせれば。そう誰もが思っていた時‥‥ 「‥‥人が、憎いか?」 グールを斬り倒した雪切が、静かで‥‥それでいてよく通る凛とした声を発した。 周りで戦っている開拓者たちも何事かと思ったが、生憎そちらに集中している余裕はない。 『憎いに決まっているだろうが! 貴様らがやったことを思い出せッ!』 「‥‥殺し続けて、それで貴様は満足か?」 『あぁ満足だね! 一人残さず殺し続けて、物言わぬ玩具にしてくれるッ!』 「逃げなさんなよ。弱いから、空っぽだから、楽なように穴埋めしてる、それだけだ」 『何‥‥!? 知ったふうな口を‥‥!』 相変わらずフードを被ったままなので、表情は見えない。 怒っているのか‥‥悲しんでいるのか。ただその声はあくまで精悍で、迷いは無かった。 「それが否というのなら、こんなガラクタ共に頼らず、貴様自身の手で俺を殺して証明して見せろ、悪魔ッ!!」 『よく言った、冒険者ぁぁぁッ!』 「開拓者だッ!」 真正面から突っ込むガミュギンと、流し斬りで迎撃する雪切。 衝撃で両者とも大きく吹っ飛ぶが、なんとか転倒することは回避する。 服を大きく焦がした雪切。額から血を流すガミュギン。お互い、ダメージはある。 「人を憎むのも、貴様の過去も否定はしない。が、情念を御さず、無軌道にただ撒き散らす‥‥そんな今は否定してやる」 『何を以て否定する!? なら私の怒りはどこにぶつければいいと言うんだ!』 「‥‥御して生きる方が本当の地獄なんだよ。狂う事に逃げて、何になる‥‥。お前は、御して生きることを実践していた女性を友に選んだんじゃなかったのか‥‥?」 『ッ‥‥!? あ‥‥ぁ‥‥、言うなぁぁぁぁぁッ!?』 ゴゥッ! ガミュギンを包む獄炎が一気に膨張し、半径十数メートルを焼く真円を描く。 まるで壁が迫ってくるような攻撃を避けられるわけがない。開拓者たちの殆どが吹き飛ばされ、ガミュギンの憎悪に身を焼かれた。 唯一の例外だったのは‥‥ 「シュヴァリエさん‥‥!?」 「へへ‥‥ま、守るための盾となり、剣となる‥‥。これくらいはやらせろ、よ‥‥」 回復役の朝比奈を庇い、シュヴァリエは文字通り身を盾にした。 怪我人が多すぎると思われたが、朝比奈クラスの閃癒ならば態勢を立て直すのも不可能ではない。ここはシュヴァリエのファインプレーと言えよう。 更に幸いだったのは、今のでアンデッドたちが全て焼き払われ、ガミュギンに次の召喚をする気配がないことだろうか。 しかし、危機であることに違いはない‥‥! 『殺してやる、殺してやる、殺してやる! 人間なんて殺してやる! うおぁあぁぁぁぁあぁぁッ!』 ヒステリーを起こした女性のように聞こえる思念が辺りに拡散し、ビリビリとプレッシャーをまき散らしていく。 しかし、それはもう怒っているというより、今にも泣き出しそうな声で‥‥ 「ふざ‥‥ける、な! 貴様を傷つけたのが人間なら‥‥温もりを与えたのも人間だろうが!」 「冥土の土産や、釣りはいらんから存分に受け取れや! それがお前にとっても一等えぇ結末やろが!」 天津の理穴弓で援護を受けた柳生が切り込み、その胴体に斬馬刀を叩きつけた。 回復はしてもらったが、それでもまだ傷は深い。それでもやらずには‥‥言わずにはおけなかったのだ。 流石のガミュギンも柳生の気力を振り絞った示現+両断剣のコンボを貰っては無事では済まない。紫色の血を大量に吹き出し、もんどり打って地面を転がった。 しかし憎悪の炎は収まる気配がない。横っ腹に普通なら致命傷クラスの大きな傷が開いてなお、憑かれたように立ち上がる‥‥! 『焼いて、やる‥‥! 憎しみの、炎で‥‥!』 「違う! 焼かれているのは僕たちじゃなくて、あなたでしょー!?」 「その炎、怒り、憎悪を含めた貴方の全て、この場で『喰らい』尽くさせて頂きます」 井伊が決死の覚悟で斬りかかって動きを止め、宿奈が魂喰を直撃させる。 術は効果が薄いのは実証済みだ。だからこれは、あくまで陽動! ガミュギンは黒い炎でチャクラムのようなものを作ると、無数に分裂させて発射するが‥‥ 「昔も今も敵で御座いますが、それでも、それだからこそ美しくあって欲しかった。それだけなので御座います」 ジークリンデのエルファイヤーによる火柱がそれらを飲み込み、無力化する。 そして、この防御すら陽動。本命は‥‥! 「断ち切ってやる、その悲しみを!」 「全てを失ったあなたに僕があげられる、唯一のものです‥‥!」 雪切と真亡が同時に仕掛けた流し斬り。ガミュギンは反応こそしたが、柳生から受けた傷のせいでカウンターは間に合わない。 相打ち覚悟で一人でも地獄に送ってやる! そんな激情と共に発射された炎のチャクラムを、二人はあえて喰らいながら攻撃を断行し、骨を断つ。 痛みも憎しみも悲しみも‥‥全て受け止めてやる。そう意思表示するかのように。 そしてガミュギンは知った。二人の背後から、更に接近する人物がいたことを。 紅蓮に燃える槍を構え、雪切と真亡に当たらなかったチャクラムを掻い潜る。 避け切れず髪を結ぶ紐が解けたことも全く意に介さず、その槍は突き出された。 瞬間、景色から色と音が失せ、スローモーションのようにゆっくり流れていく。 本来は一瞬のはずのその時間が、まるで十数秒もあったかのように感じられ‥‥志藤久遠は、胸から込み上げる言葉をそのまま口にした。 「さようなら‥‥カミーユ嬢‥‥」 『あ‥‥みか―――』 広がった久遠の髪を見て、ガミュギンは何かを呟いた。いや、呟こうとした。 それが、永遠に紡げない最後の言葉となるとも知らずに――― ●哀 「これで‥‥よかったんですよね? 悪魔が天国には行けないかも知れないけれど‥‥きっと彼女のためになったと思います」 「えぇ、よかったんですよ。自己満足と言われても、今回のことは全うしなくちゃいけなかったような気がします。例えこの身に変えても、ね」 「どこへ還るのかは私には判りませんが‥‥憎しみは置いていった方が良いでしょう。生まれ変わるという事が本当にあるとすれば、次は祝福された生を‥‥とは思います。せめて、安らかな眠りを‥‥」 「残念ながら、貴方の怒りが向かう先も、受け止める場所もここにはなかったのです」 「‥‥強かった。生まれ変わる事があれば、その時はまた刃を交えてくれ」 「次に会うことがあるんなら、今度は腕っ節で来いよ。耐え切って返り討ちにしてやんよ」 「‥‥最後までフードを取らないですまない。けど、きっと‥‥酷い顔をしてると、思うから‥‥」 「‥‥消える間際のあなたは、とても満ち足りた表情をしていたように思います。願わくば、あなたが亡くした友と会えますように‥‥」 「火は全てを焼き尽くし、新たな命を齎す。因果は紡がれ、再び巡り会うでしょう。今はおやすみなさい。その日が来るまで‥‥」 十人十色、様々な言葉を残して開拓者たちは荒野を後にする。 残されたのは、名もなき花を備えられた小さな墓。 最後となった天津は、懐に手をやり‥‥ 「三途の川の渡し賃、六文銭や。使う機会がのうてもえぇからとっとき」 後は手を振り、振り返ることもない。 夕日に染まった荒野の墓に、六つの輝きが彩りを添えていた。 その光景はまるで、ガミュギンが亡くした友と再会して喜んでいるかのようであったという――― |