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■オープニング本文 「何かあったら蒼を寄越せ」 バレク・アレンスキーはトウに言った。 「蒼」とはトウが連れている迅鷹のことだ。 心配そうな表情で馬上の自分を見上げるトウに、バレクは笑みを浮かべてみせる。 「大丈夫だよ。ヴォルフの騎士に指示が必要になるだろうから俺が行くしかないんだ」 「あの村は、やはり進撃の布石のつもりで焼き払われたのでしょうか」 「さあな。だとしてもレナはもうそんなことは許さないさ」 バレクは答えて馬の腹に鞭を打った。 レナ皇女からベルイフ領を任されたバレクは、彼女の出立の後に屋敷を出た。 到着をヴォルフの騎士が出迎える。 「姫様が向かわれるとか。畑仕事は暫く止めるよう伝えましょうか。何があるかわかりませんし」 「余計不安を煽るからやめとけ。奴らも本陣に敵が来るのに戦力を分散させるほど馬鹿じゃないだろう」 バレクは馬から降りて答える。 「では、見張り台を作りたいと思います。エドゥアルト様の屋敷があった丘が森の間にあって見通しがあまりよくありません」 「分かった。何とかするから君らは守りのほうに専念してくれ」 「御意」 騎士と別れた途端、自分の足の辺りに何かがぶつかった。 バレクはびっくりして目を向ける。小さな目が自分を見上げていた。 「ごめんなさい」 慌てて駆け寄って子供を抱き上げる少年の顔を見て、バレクはおや? と思う。 この子、誰かに似ている。 「あの…?」 自分の顔をまじまじと見るバレクに少年は不思議そうな顔をした。 「あ、すまん。俺はバレクだ。村で中心の者はいるか?」 「アレンスキーさん? 騎士の人が教えてくれました。マクシムさんならこちらです」 少年はにこりと笑って答えた。その顔を見て分かった。この少年はトウに似ているのだ。 「弓術を?」 ふいに問われてバレクは目をぱちくりさせた。彼が自分の携える弓矢に目を向けているのを見て、ああ、と苦笑する。 「剣や銃より得意かな、くらいだよ。どうして?」 「あ、いえ、ぼくは弓術師なので」 「開拓者なのか? 君の名前は?」 「神西白火です。もう開拓者って感じじゃないけど」 「白火…? 怪我をしたんだろ? 大丈夫なのか?」 「ええ、開拓者のお姉さんに助けてもらったので。あんまり動くと桃に怒られるけど」 「桃?」 「姉です。あっちで鍋を磨いてます。磨いたら使えるかなって」 指差された方に顔を巡らせるけれど、ここからは見えない。 再び顔を戻し、白火に抱かれている子供を見てバレクは笑みを浮かべた。 「小さい子の世話に慣れているんだな」 「弟の世話をよくしていたから」 よいしょっと抱き直しながら白火は答えた。 「3人兄弟か…ここに一緒に?」 「兄弟は4人です。ここにはぼくと桃だけ。弟は天儀に。一番上の兄は…今、行方が分からなくて」 「行方が?」 バレクはちょっと動揺する。 「ええ、もう何年も。ぼくと桃で探してるんですけれど」 「…お兄さん…名前は?」 子供を抱いたまま歩いていた白火は足を止めてバレクを見上げる。 「神西橙火です」 ジンザイ、トウカ。トウ…。 次の言葉を待つ白火の視線が痛い。バレクは後悔する。 どうしよう。また、俺、いらんことを言ったかも。 「…見つかるといいな」 そう言うと、白火は小さく頷いて答えた。 言っていいのか悪いのか、瞬時に判断つかなかった。 トウは、バレクに会う一年ほど前から先のことを話したがらない。 バレクが知っているのは「トウ」という名前と彼が陰陽師ということ、そしてローザに恋人を殺された、ということだけだ。 誠実で賢い男だから手元に置いたけれど、よもや彼の血縁者らしき人間がいきなり現れるとは思いもしなかった。 触れられたくないことは誰にでもある。自分だってそうだった。 でも、遅かれ早かれ彼らはトウと会う。 その時、決して喜びの再会にはなりそうにない予感がした。 『蒼が啼いたら…トウも来るな…きっと』 今回だけは蒼が啼きませんようにとバレクは思わず願った。 「やっぱり人手が足りません。家はやっと2つできただけで…あと、鉄のもんです。馬につける荷車も燃えちまったし。騎士さんが、他の村から借りて来ようかと言ってくださったが、今時分は他も必要な時期です。農耕具は俺らが借りたら向こうも困る」 村のマクシムという男はバレクに訴えた。 「何とか手配するよ」 バレクは答える。 「前の開拓者さんにもよくしてもらっていて、申し訳ないですが…お願いします。それで、あの…」 男は言いにくそうに口篭る。 「エドゥアルト様がアヤカシに捕まったって、本当ですか」 「あ、うん…まだはっきりとしてないけれど」 バレクも口篭る。 「桃ちゃんがずいぶん泣いてた。俺達もよくしてもらってたから辛いです」 「桃ちゃん…」 「ヴォルフ様んところに行ってくれた女の子ですよ」 「あ、うん…」 「助けてもらえますよね? エドゥアルト様を」 「うん…あ、いや…それは…何とも言えん」 バレクは目をしばたたせる。レナ、俺、何て答えればいい? しかし男は別の意味に捉えたようだ。 「まあ、あの化け物だからな…でも、助かって欲しいな…」 しょんぼりと俯く男をバレクは何も言えずに見つめた。 「桃ちゃん」の居場所を教えてもらい、バレクはそちらに足を運んだ。 姿が見えた時、彼女は座り込んで手も顔も真っ黒にして白火に何か話をしていた。 近づくバレクの気配を感じて彼女がこちらに顔を向ける。 「桃、バレクさん。エドゥアルトさんの代わりにここに」 白火が言った。桃火はバレクの頭から足まで視線を運び、ぷいと目を逸らす。 「代わりなんて」 彼女はそう呟いて鍋をこすり出した。 「君が桃ちゃん?」 「桃火だよ」 桃火は顔もあげずに答えた。 この子がローザと対峙したんだな…。バレクは彼女の前に片膝をつく。 「大変だったな…」 そう言うとごしごしと鍋をこすっていた桃火の手が止まった。 「あたしは別に。いろんな人に助けてもらったから」 「そうか…」 バレクは答える。 「教えろ」 桃火はきっと顔をあげた。 「エド兄さん、どうなった」 まっすぐに自分を見つめる大きな目が顔を射抜くようだ。 バレクは暫くその目を見つめた。 「俺は…どうこう言える立場じゃないけど…存命の可能性は皆無に近いと思う」 正直に答えた。この子はきっとその場しのぎの返事じゃ納得しないんだろう。 「分かった…」 そう答えて再び鍋に目を落とした桃火の手にぽつりと雫が落ちた。 「桃…」 白火が声を漏らす。 「汗だ!」 潤んだ声で言って力任せに鍋をこする桃火に、強がって決心をつけるレナの姿を思い出した。 「ごめんな」 バレクはレナに対して言っていたのかもしれない。 もっと自分が勇気を持って動いていたら回避できたことはあったかもしれない。 桃火が堰を切ったように泣き出した。 辛くなって、彼女を抱き寄せてやった。 「これからは俺が守るから」 桃火はバレクにしがみついて泣いた。 |
■参加者一覧
フェルル=グライフ(ia4572)
19歳・女・騎
オドゥノール(ib0479)
15歳・女・騎
マックス・ボードマン(ib5426)
36歳・男・砲
ウルシュテッド(ib5445)
27歳・男・シ
沙羅・ジョーンズ(ic0041)
23歳・女・砲
ウルスラ・ラウ(ic0909)
19歳・女・魔 |
■リプレイ本文 「早速ですが、見張り台は8mほどの高さを考えています」 開拓者の到着をヴォルフの騎士団長のミハイル・ダンが敬礼して出迎え、彼は懐から紙を取り出す。 「設計図?」 沙羅・ジョーンズ(ic0041)が言い、皆で紙を覗き込む。しかし、次の言葉が出ない。設計図というよりは落書き。顔をあげて一斉にダンの顔を見る。ダンの顔が真っ赤になった。 「バ…バレク様です」 彼は口を引き結ぶ。 「ふむ、でも基本的なことは分かる」 マックス・ボードマン(ib5426)が再び落書きを見て言う。 「梯子は取り付けておく方がいいだろうな。今後騎士だけが登るとも限らんだろう」 「この隅の落書き…」 オドゥノール(ib0479)が言いかけて一瞬言葉を切る。 「失礼、この図は?」 「これは面を地面で組めと指示されたものです。支柱を立てて下から組むよりはその方が早いからと」 ダンが答える。 「足を埋める穴は掘ってあります。1基につき対面の2面を寝かせて作り、出来上がったら足を差し込んで門のように立てるのです。立てたあとに残りの面を下から繋げていけ、と」 「分かったような、分からないような」 フェルル=グライフ(ia4572)がうふっと笑う。 「で、バレクはどこに?」 ウルシュテッド(ib5445)が周囲を見回して尋ねると 「それです!」 とダンが叫ぶ。 「どこにいるか分からないんです。とにかくじっとしておられなくて。ほんとにもう…」 思わず溢してしまい、はっとして彼は身を正す。 「失礼いたしました!」 「いいんじゃない? 貴方達だってずっと緊張を強いられてる」 沙羅は笑った。 「見張りは足りている?」 ウルスラ・ラウ(ic0909)が資材を運んでいる騎士達を見ながら尋ねる。 「今は大丈夫ですが、他の村の部下を呼び寄せようかと。バレク様とご相談したかったのです。移動の時間を考えると早いうちに命令を」 ダンは答えた。 「西の森の刺激が小さな群れの1つ2つには収まらぬのではと思えてなりません。この村は事前に食い止めるのが大前提です。それでもだめなら村人は後方の村に誘導を」 「バレクを探してくるわ」 沙羅が言った。ノールもそれに続く。 「俺は天幕と茣蓙を村に設置してくる。来い、ちび」 ウルシュテッドが忍犬を促した。 「私は作業に入るわね」 フェルルが言った。ウルスラ、マックスがそれに続き、作業が開始された。 「事情は聞いちゃいたが…酷いな」 あちこちに散らばる黒く焦げた残骸を見てウルシュテッドは呟いた。 あるのは3つの小さな簡易な家のみ。狭い中だと蒸すのか、大半の村人が外に出ている。 「わんわ」 幼子がウルシュテッドの連れたちびを指差した。他の子供もそれに気づいて寄って来る。 「一緒に遊んでいいぞ。ちび、行け」 ウルシュテッドの声に子供達は歓声をあげた。 「ありがとうございます。子供達嬉しそう」 1人の少年が駆け寄って来た。 「白火君?」 沙羅が尋ねる。すぐに分かった。彼はバレクの屋敷にいたトウにそっくりだ。バレクが戸惑うはずだ。 「はい」 「君が白火か。姪が心配していたよ。調子はどうだい?」 ウルシュテッドが言うと、白火は笑みを浮かべた。 「大丈夫です。もう元気です」 「バレクがどこにいるかわかる?」 ノールが尋ねる。 「桃と家の場所を確保に。あっちにいます」 ノールと沙羅は頷き、そちらに足を向けた。 「家ができるまでこれを使ってもらおうかと。一緒に組むか?」 ウルシュテッドが天幕と茣蓙を置く。 「はい!」 白火は嬉しそうに言った。 バレクは地面に転がった瓦礫を放り投げていたが、背後から沙羅とノールが近づくと振り向かずに 「桃ちゃん、開拓者が着いたかどうか見てきてくれないかな」 と言った。 「着いたわよ」 沙羅が言うと、バレクはびっくりして顔をあげた。 「酒断ちしたの? 体がよく動くじゃない」 沙羅の言葉にバレクは笑った。 「飲めばもっと動くと思うけど暫く我慢」 「騎士団長が貴方を探している。作業も開始した」 ノールは言った。 「ん、行く」 バレクはぽんぽんと手をはたいた。 「兄さん、どこに行く?」 目の大きな少女が駆け寄ってきた。たぶんこれが桃火だ。 「見張り台を作ってくる。誰かに手伝ってもらってここ、片づけてくれるか?」 「うん、分かった!」 桃火と別れた途端、バレクの顔から笑みが消えた。 「蒼は本気出すと森からここまで数分で来る。その数分後には敵が来る。でもできるだけ早く敵勢の確認が必要になる」 沙羅とノールはちらりと視線を交し合った。バレクの口調は自分で自分に言い聞かせる雰囲気で落ち着きがない。大丈夫かな、と少し心配になるほどだ。 しかし、見張り台の作業場に着くと彼は「おー」と感嘆の声をあげた。 「これで合ってるんですよね」 フェルルが顔をあげてにっこり笑う。 「もう、こんなに。すごいな…」 「資材をあらかた騎士達が切っておいてくれていた。貴方は建築に詳しいのか?」 マックスが尋ねるとバレクは笑った。 「詳しくはないよ。小さい頃は貴族らしからぬこんなことばっかりやってたから。木の上に隠れ家も作ったんだ。楽しいだろ?」 嬉しそうなバレクの姿をダンが見つけて駆け寄ってきた。 「バレク様! 他の村の…」 「あ、うん。全員は寄越すなよ。ここを敵が越えるとまずい」 途中で遮って返答するバレクにダンは戸惑う。まだ何にも言っていないのに。 「あ、いや、すまん、君たちが越えさせる、と言ってるわけじゃなくて…」 ダンが更に面食らっている間にウルシュテッドが天幕を設置して戻って来た。その後ろにわんわんという声と子供達。 「なんか、ちびと一緒に懐かれちゃって」 ウルシュテッドは笑うがダンが慌てた。 「危ないから戻りなさい」 それをまたバレクが遮る。 「少しの間だけでも見せてやれ」 「御意…」 「おい、兄さんや姉さんのやることをよーっく見て覚えとけ。大事なことだぞ」 「はーい!」 「そこ、穴が開いてるから近づいちゃだめよ」 と、ウルスラ。またもや「はーい」と返事が来る。 ダンが「はー…」と溜息をつく。 「大丈夫?」 沙羅がくすくすと笑う。 「何ともバレク様は捉えどころがなく…。先読みするかと思えば大切なことを忘れてしまったり…」 言ってしまってはっとする。 「も、申し訳ありません!」 「別に謝らなくても。さ、作業しよっと」 沙羅は笑ってダンから離れた。ノールも必要武器以外を置いて作業に入る。 「よし、俺はこっちを組むか」 と、ウルシュテッド。 残されたダンはううっ、と空を見上げたのち、部下に指示を与えるために踵を返した。 子供達は十分程でまた村に戻っていった。 見張り台の組んだ面の足を穴に差し込み、上部に縄をつける。 沙羅の乗るイェーガーとウルスラのzweiが引っ張り、立てたあとは倒れないように縄を地面に固定。 2基の対面が立ち上がったところで、下から順に横梁を装着していく。 駿龍のゾリグが空中に資材を持ち上げるのと、ウールヴの黙々とした働きは、かなりの効率化を促した。資材の連結をしっかり結ぶのはウルシュテッドとマックス、レディ・アンが。 バレクは「俺、木登り得意なんだ」と言って、ひょいひょい高いところまで登ってウールヴから木材を受け取っては固定していく。 その後、マックスとレディ・アンで梯子を製作。 残り約4時間の作業を残し、日が暮れ始める。そこで少し休憩を取ることになった。 「ふむ。松明をつければ夜間も作業できるか…」 マックスが上を見上げて呟く。 「俺は暗視を使うつもりだから、見張りも兼ねて作業するよ。狼煙銃も設置しておきたいし。に、しても…」 ウルシュテッドはうろうろとしているバレクに目を向ける。 「あの御仁は大丈夫かな」 バレクはぽんぽんと台を叩いてみたり、森のほうを眺めてみたり、時々「はー…」と息を吐いている。 「さっきまでは嬉々としていたのに」 マックスは言った。 「お茶が入りました。皆さまどうぞっ」 フェルルがハーブティーを持って来た。 「あ、嬉しい。昼間のお茶も美味しかったわ。汗をかく時って、甘酸っぱいのが有難いよね」 沙羅が嬉しそうに近づいて早速カップをとりあげる。 「騎士達も喜んでたわよ。開拓者にお茶を淹れてもらったのなんて初めてだって」 彼女の言葉にフェルルはうふ、と笑う。 そこへノールと、ムスタシュイルを要所に放ったウルスラも合流。 「バレクさん、どうぞ?」 フェルルに呼ばれてバレクはうんと頷き、ハーブティーを受け取って腰を下ろす。 「バレク殿、ローザは炎の術を使うのか?」 マックスは隣に腰かけ、村に目を向けて尋ねた。バレクは首を振った。 「いや、たぶん手下の狼や犬に火をつけさせたんだ。エドの屋敷が消失した時に目撃されてる」 そう答えてバレクはまたもや「はあ」と息を吐く。 「昼間のお疲れが出ました?」 フェルルに顔を覗き込まれ、バレクは笑った。 「あ、いや、村の人や騎士達の疲れに比べれば俺なんて」 ふいにがさりと背後で音がして全員が振り向く。 白火が立っていた。バレクが心なしか身を強張らせる。 「どうした?」 ウルシュテッドが尋ねる。 「あ、いいんです。ごめんなさい。またあとで」 白火は申し訳なさそうに笑みを見せて再び姿を消した。バレクがほっと息を吐く。 「やれやれ、心配事が顔いっぱいに書いてある」 ウルシュテッドがくっくっと笑った。 「あんた領主だろ、もっとしゃんとしな」 「いや…またいろいろ聞かれるのかと思って」 バレクはずずーっとお茶をすすって答えた。 「動き回ってないと、誰かが聞きに来る。エドは大丈夫か、助けてもらえたか、どうなのかって。桃火は泣くだけ泣いたらやっと落ち着いたけど、白火は、時折ああして何か聞きたそうに傍に寄って来る」 その直後、白火が姿を消した先から「バレク様」と声がして、バレクは再びぎくぅっと飛び上がる。しかし声をかけたのは騎士団長のダンだ。 「お前か…何だ」 「他の村からの30名がまだ来ません。分隊長がいますので大丈夫だと思いますが…」 それを聞いて、ノールが空を見上げる。 「何度か聴覚使っているけれど察知してないよ。ちびも落ち着いているし」 ウルシュテッドが言う。彼の言葉にはダンも同意した。 「背後から襲撃してくるなら、騎士団でも誰かが感づきます。ただ、もしかしたら質問攻めに合っているのではと」 「エドの件?」 ノールが言うとダンは頷いた。 「今はもう皆知っておりますから。私達の移動はかえって混乱を招いのではと」 「分隊長に任せる」 バレクは息を吐いて答えた。 「ダンさんもお茶をどうぞ」 フェルルにお茶を差し出され、ダンは顔を真っ赤にして恐縮した。そしてふと思い出したように言う。 「そういえば、白火君が若い陰陽師の男を見たことがないかと聞いてきました。私は存じあげませんのでそう答えましたが、そちらに迅鷹を飛ばす陰陽師の方がおられるのでは?」 バレクがお茶にむせた。 「あの子、トウに似てるじゃない。兄弟じゃないの?」 沙羅が言う。すると、今まで静かに座っていたウールヴが 「兄弟…」 と無表情に呟き、 「離れてるの? ばらばらは寂しい」 バレクはううっと呻く。 「しかし、その方が何も仰ってはおられないのなら違う可能性も」 ダンは言う。 「私達でも白火君と桃火さんの名前までは聞いております。バレク様とその方も同じでは?」 「あ!」 バレクは大声をあげて立ち上がった。途端にカップのお茶が膝に落ちて「あぢぃっ!」と叫ぶ。 「やっぱり大切なことは抜けるんだ…」 沙羅が呟いてお茶をすすった。 騎士のひとりが松明を持つ。その灯りで台を組む。 人が立つ床を固定して、夜半過ぎにようやく見張り台は完成した。 村の者が寝静まったので、家は夜が明けてからの作業に。 「夏場だったのが救いだな」 ちびに抱きついて茣蓙の上で寝息をたてる子供達を見てウルシュテッドは小さく呟いた。 ウールヴがトン、トンと子供の背を優しく叩いてやっている。 周囲を見回っていたノールとフェルルが戻ってくる。 「イェーガーとzweiが見張り台の前に豪を掘ってる。ゾリグと騎士達の龍はさらにその前で待機させようかと」 ノールは言った。 「家はもう土台まで作ってあった。簡易なものなら明日の午後には屋根までできそうだ」 と、マックス。 「あの…」 ためらいがちな声に振り向くと白火が立っていた。 「桃を見ませんでした?」 「いないの?」 フェルルが周囲を見回した。ノールがウルシュテッドの顔を見る。怪しい気配を感じたか、と目で問うが、彼は首を振った。 とりあえず皆で探そうということになり、村中を見て回るが桃火の姿はない。 「村の外に出た、ということはないと思うが…。バレク殿は?」 マックスが言う。 「今、見張り台の上に」 ノールが答える。 「行って来る」 マックスは踵を返した。 「バレク殿!」 見張り台の下からマックスは呼ぶが、バレクは顔を見せない。 仕方なくマックスは見張り台を登っていった。 「バレク殿、桃…」 上に上がったマックスは、バレクにしーっと顔の前で指を立てられた。 見れば桃火が彼の足元に丸くなるようにして眠っている。 「急に不安になったみたいで。後で俺が下ろすから」 「白火君には貴方と一緒に見張りに立っていると伝えよう」 マックスは小さく笑みをみせて答えた。 夜が明ける。 早朝から起き出した村の男達が早速家づくりにとりかかった。 万が一再び火事になった場合に備え水を溜める場所もウルスラがzweiで掘った。 こんなものだけで申し訳ないけれど、と村の女達が芋煮を持ってきてくれたのを皆で有難くいただく。 滞りなく過ぎる時間をダンの声が破った。 「バレク様」 村の者には気づかれぬよう言うが、表情はただならぬ雰囲気。 彼は見張り台とは反対側に皆を促した。そして広がった光景に全員仰天する。 村の男達が鍬や鎌を持ってずらりと並んでいた。100名はいるだろうか。 「な、なに? 暴動?」 バレクがうろたえる。 「申し訳ありません!」 彼らの前に立っていたヴォルフの騎士が叫んだ。恐らく分隊長だ。 「一晩かかって説得しましたが、だめでしたっ! 皆で戦うと申しておりますっ!」 「あら、まー…」 沙羅が息を吐きながら言った。バレクは混乱状態だ。 「む、無理だ…君達が相手にできる奴らじゃ…」 「大丈夫です! 屈強揃いです!」 バレクの前にずい、と男が進み出た。ウルシュテッドとさほど身長差のないバレクでも見上げるほどの大男だ。 「た、確かにでかいけど…」 バレクは一歩下がって不安げに言う。 「アレンスキー様とヴォルフ様が守ってくださっているのに、ベルイフの俺達が何にもしないでいるなど。おまけに姫様がエドゥアルト様を探しに行っておられるとか」 バレクは思わず分隊長を見る。 「も、もーしわけございませんっ!」 彼はがばっとひれ伏す。 「私の責任ですっ! 処罰は私がっ!」 ダンまでが膝をつく。 バレクの顔にしょうがないな、というような表情が浮かぶ。 「俺は戦地の経験もないし、自分で自分が阿呆だと思っていたけど、君らも相当だな…」 「はっ…!」 ダンの顔は真っ赤だ。 バレクは開拓者達を見た。 「みんな目的は一緒なんだ…。彼らにも担えることがあるよな?」 「家がまだできていないし、防護柵も作りたかったかな」 と、ウルシュテッド。 「村の中で女性や子供達を守ってもらえるなら」 マックスが言う。 「決まりだ」 バレクの声に村人達が歓声をあげた。 「バレク様っ」 ダンがすがりつくような声で言う。 「何」 「この責任、私はこの命と引き換えに…!」 「ん、頑張って守れ」 バレクは答えてさっさと戻っていった。ダンが口を開いてそれを見送る。 「騎士団長が今いなくなったら困るだろう」 マックスがダンの腕を掴んで彼を立たせた。 「バレクは、任せる、と言ったんだ。君達の責を問う気はないよ」 ウルシュテッドの言葉に、ダンと分隊長が揃って敬礼した。 「来た!」 太陽が真上を通り過ぎた頃、蒼の声を誰よりも早く耳にしたウルシュテッドは狼煙銃を放つ。その僅か1分後、迅鷹は甲高い声で村の上空に。 「ゾリグ!」 ノールの声にゾリグが蒼を庇いに上空へ。ヴォルフの龍は迎撃に。沙羅がイェーガーにウルスラはzweiに。 「黒いっ…」 見張り台にいたマックスが思わず漏らす。遠くに見える狼の群れはまるで黒く淀んだ波だ。 「敵無数、狼! まるで波だ! レディ・アン! 前に出ろ!」 彼はそう叫んで鳥銃を構える。 あっという間に目視の距離に来る。 「ちび! 村の護衛に行け!」 忍犬に叫び、見張り台で戦弓を放っていたウルシュテッドは下で応戦するために素早く降りた。代わりに白火があがろうとする。 「大丈夫です! 僕は弓術士だから!」 白火は彼に言って素早く登っていく。 バレクは自らの馬に乗って弓を構えている。 「剣狼がいますわよっ」 咆哮で霊剣にて回転斬りをしたフェルルが叫ぶ。その横で狼を殴り飛ばした少女を見て彼女は目を丸くした。 「今度は負けない」 桃火がにっと笑った。 「狼が越える…っ」 zweiで踏み潰しながらも、その足元をすり抜けていく狼達を見てウルスラが呻いた。 村を振り向いた彼女の目に「うりゃああ!」と声をあげて鍬や鎌で狼と戦う村人の姿が見えた。が、途中で巨大な黒い壁がいきなり立ち上がる。 「結界壁?!」 フェルルとノールが声をあげた。 「私です」 若い男が素早く近づいて言った。 「トウ…!」 バレクが彼を見て叫ぶ。 「村側防御します。前で押さえを」 フェルルは頷き再び咆哮で前へ。ノールもガードブレイクを用いて雷槍を投げた。 そのやりとりを見張り台で見た白火が顔を強張らせた。 「白火! 手を止めるな!」 トウが叫ぶ。 「は…はいっ」 「うそ…」 今度は桃火が動きを止める。彼女に飛びかかろうとした狼をウルシュテッドが水文字で裂いた。 「村側保守に行って来い」 彼の声に桃火は彼の顔を見つめたあと、見張り台で矢を放つ弟を見た。涙がひとつだけ落ちたが彼女は首を振った。 「…あたしは戦う」 「よし、片っ端からいくぞ」 ウルシュテッドは微かに笑い、桃火の頭をくしゃりと撫でて言った。 10分後、新たな龍の姿を見る。西の森に行っていた開拓者達だ。 前方の進撃を阻まれ、後方を取られた狼達の動きが変わる。 ―――― ウォオオオッ! 遠吠えを機に撤退に転じた。 マックスの撃った銃声を最後に狼はいなくなり、村から歓声があがった。 「トウ…」 バレクがトウに近づいた。 「すみません…。貴方を欺くことになってしまった」 トウは言った。 「…行って来い」 バレクが言うと、トウは頷いて立ちすくむ妹と弟の元に歩いて行った。 「バレク」 抱き合う兄弟を見つめるバレクにノールが声をかける。 「レナがいる」 バレクは顔を巡らせた。目を凝らし、開拓者達と共にいる皇女の血に濡れた姿を見て彼は呻き声を漏らした。急いで馬に飛び乗ったが、皇女は自らの龍に乗ると空に舞い上がった。 龍は数回村の上を旋回した。 フェルルと沙羅が手を振ると、皇女が小さく手を振り返すのが見えた。 そして龍は開拓者達と共に去っていった。 とぼとぼと戻って来たバレクにノールが声をかける。 「レナは自分で龍に乗った。傷は大丈夫と伝えたかったんだろう」 うん、とバレクは頷く。 「村は守った。みんなのおかげだ。有難う」 彼はそびえたつ2基の見張り台を見上げる。 「エド、お前の村、みんなで守った。無事だぞ…」 開拓者達はバレクが呟くのを聞いた。 見張り台2基、家2軒、更に防護柵が設置完了。 ベルイフ領、西の森近接の村の防衛成功を収める。 後日、今後の動きに対する大きな功績有と感謝され、皇女よりいくばくかの報奨が開拓者に贈られた。 |