奴らは2人
マスター名:西尾厚哉
シナリオ形態: ショート
相棒
難易度: 普通
参加人数: 6人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2013/11/14 04:14



■オープニング本文

 その日、彼女は最後の客を見送って店じまいをしようと思っていた。
 そこへ2人がふらりとやってきた。
 この村で休息を取る旅人は多いけれど、妙に目立つ美貌の男達だった。
 足首まで届くようなたっぷりした長いコート。
 ひとりは背が高く少し表情が冷たい男。もう一人は彼よりは少し若く切れ長の目の男。
「寄ってかない? もう終わりにしようかと思っていたけど、あんた達なら大歓迎」
 女は声をかけた。
 背の高いほうの男が彼女を見やり、店の中にちらりと目を向け
「悪くない」
 と答えた。
 女は笑って2人を迎え入れた。
「今から客?」
 雑用係のユーリが不機嫌そうに言う。女はそれを無視し、
「ヴォトカでいい?」
 手慣れた様子でグラスに酒を注いで置く。
 しかし2人は手をつけようとしない。
「ヴォトカ、嫌い?」
 女は尋ねるが、2人はちらりと目を合わせて口の端を持ち上げただけだった。
「どこに行くの? 馬も連れていなかったみたいだけど。明日からの祭りを見に?」
「興味はない」
 背高が答えた。
「ローザ・ローザが滅んだ?」
 切れ長が尋ねる。
「ローザ? ああ、レナ様が開拓者さん達とね。討伐なさったわ。ここは遠い場所だけど、首のないアヤカシなんて怖くって。これで祭りも安心してできるわね」
 女は答える。
「レナ」
 背高がそう言い
「開拓者」
 切れ長が続けて、ヴォトカのグラスに鼻をつけ、匂いを嗅いで眉を潜めた。
「ほかのお酒にする? …ええと、あんた達名前はなんていうの?」
 女は言う。
「中と下だ」
 背高が自分ともうひとりを指差して答える。
「下だ」
 切れ長が言う。女はくすりと笑う。
「いやね、あんた達みたいないい男が中と下なんてことないでしょ。上ランクよ」
「そうだ。今は好機と言える」
 背高は真顔で答えた。
「で、ほんとの名前はなに?」
「どうしても必要ならお前がつけろ」
「冗談が好きね。んー…じゃあ、あんたがアラン、あんたはミハイル」
「アラン」
「ミハイル」
 2人で同時に口にする。
「悪くない」
 背高アランは答えた。
「何か食べる?」
 立ち上がろうとした女の手をアランが掴む。
「ちょうど欲しいと思ったところだ」
「えっ…」
 女が顔を赤くした。
「生憎こっちは売り物じゃないの。ボルシチならまだあるわ」
 女はそう答えて
「ユーリ、今日はもうあがっていいよ!」
 と怒鳴る。ユーリは肩をすくめて「お疲れさん」と言い捨て、さっさと出て行った。
「食べる?」
「もちろん」
 ミハイルがちろりと舌を出し、唇を舐めて答えた。

 翌日の昼過ぎ、ユーリはいつも通り店に来て掃除を始めた。
 グラスを確かめ、酒の在庫を調べ、奥にいるはずの女に声をかける。
「キーラ! 店開けるぞ!」
 返事はない。
 ユーリは溜息をついて女の部屋に足を向ける。
「そろそろ時間だぜ」
 部屋のドアを叩く。ノックの衝撃でドアが軋みをあげて少し開いたので、ユーリは中を覗き込む。
「具合でも悪いのか?」
 女は窓の外を眺めながら髪を梳いていた。
 彼女はいつも窓の外を眺めながら髪を梳く。
「毎日つまんないわよねえ」
 などと呟きながら。
 起きてんじゃねえか、と思いつつ部屋に入りかけたユーリの足が止まった。
 床に散らばる黒い髪。
 再び女に目を向ける。
 脳天から毛先に添って動く櫛。
 櫛が宙に浮いて再び頭に向かったとき、ぱらぱらと髪が床に落ちた。
 ユーリは身を竦ませる。
「ユゥリ…」
 女が言った。
「アンリ ト ミハイル ハ カエッタ?…」
 キーラらしくないしわがれ声に息を飲んだその時、女は振り返った。
「アンリトミハイルハカエッタ?!」
 青黒い顔で口を開いて飛びかかろうとする女にユーリは絶叫し、必死になってドアを閉め、一目散に逃げ出した。

 息をきらして飛び込んできたユーリを祖母が出迎える。
「あら、今日はもう終わり?」
「ばあちゃん、窓閉めろ、窓!」
 ユーリは祖母の横をすり抜けて大急ぎで部屋中の窓を閉めに走る。その彼に別の声。
「どうしたの、ユーリ」
「えっ」
 姉だ。
「ユーリおじちゃーん!」
 飛びついてくる幼い姉妹。
「えっ」
 状況がつかめない。
「なんでっ?」
「何言ってるの。明日からお祭りだから帰るって言ったじゃない。他の人も今日くらいからみんな里帰りしてくるわよ」
 そうだった!
 やばい、やばいぞ、とってもやばい!
 村の人口増えまくる。
 ついでに食屍人も増えまくる。あれは絶対グールだ!
「ばあちゃん! 姉ちゃん! 絶対窓開けるな! ドアも開けるな! 外に出るな!」
 ユーリは引き出しを開けてありったけのお金をかき集めた。
「ちょっとお金どうするの! やめてよ、これから買い出しに行くのよ!」
 姉が言う。
「だめだめだめ! グールが出た! あいつらがアヤカシだ! あの2人組!」
「なんのこと?」
「俺だってわかんねえよ! ゆうべ来たんだ! 変な2人組が店に! キーラがグールになっちまった! 絶対あいつらだ!」
 ユーリはドアの前で姉を振り返る。
「誰が来ても絶対ドアを開けるな。2人組の男を見たら、どんなにイカした野郎でもドア開けるな! 目も合わせんな!」
「2人組って…?」
「アンリと…」
 ユーリはそう答えつつドアを開けてぎょっとする。
 村人が行きかう中に2人は立っていた。
 目深につば広の帽子を被っているが間違いない。
 こっち見るな。俺に気づくな。
 ドアを後ろ手に閉める。
 しかし震えるユーリの手から、僅かなお金が音を立てて零れ落ちる。
 2人がこちらに目を向けた。
「ちょっと、ユーリ!」
 背後のドアががたがたいう。
「姉ちゃん、だめ! 出るな!」
 必死になって叫ぶ声が掠れた。
「変なユーリ」
 姉の声が遠ざかるのを聞きながら、ユーリは2人から目を離さず、じりっじりっと馬のほうに向かう。
「お前が使徒か」
 アンリが言う。
 次の瞬間、ミハイルが素早くユーリの傍に来て腕を掴み、傍から見れば友と再会したことを喜び合うように彼の肩に顔を寄せる。
 ユーリは声にならない呻きを漏らした。
「寄り道せずに呼んで来いよ…」
 彼は笑いを含んだ声で耳元に囁く。
 ユーリは彼の体温のない冷たさを感じて、恐怖に呼吸が荒くなる。
 必死になって手探りで空をきっていた手が馬の手綱を掴んだ。
 途端にミハイルはユーリから離れ、アンリの傍に戻る。
「待っていてやる」
 アンリは言い、
「くっくっくっく…」
 ミハイルが嗤い、2人は背を向けた。


■参加者一覧
空(ia1704
33歳・男・砂
アルクトゥルス(ib0016
20歳・女・騎
レティシア(ib4475
13歳・女・吟
クロウ・カルガギラ(ib6817
19歳・男・砂
リドワーン(ic0545
42歳・男・弓
イルファーン・ラナウト(ic0742
32歳・男・砲


■リプレイ本文

 行商人として村に入るリドワーン(ic0545)は他の者よりも一足早く出発。
 4人の開拓者達はギルド前にユーリの姿を見る。
「うま、ま、かりかり…」
 妙な声を出すユーリの震える指先を空(ia1704)が辿る。
 見れば人数分の馬。ギルドで頼んだらしい。
「はいよ、了解…」
 空は息を吐いて手綱を掴む。
「すぐに出るぞ」
 アルクトゥルス(ib0016)の言葉にユーリは頷くが、鐙に足をかけようとしたポーズのまま「と、と、と…」と馬から離れていく。
「面倒臭い奴だな」
 イルファーン・ラナウト(ic0742)が彼の背をぽんと押し戻し、クロウ・カルガギラ(ib6817)が苦笑しながら彼の尻を馬に押し上げた。何とかそれで出発する。
「ばあちゃんと姉ちゃん、大丈夫かな…」
 ユーリは涙声で呟いた。
「背高と切れ長と聞いたが?」
 クロウが尋ねる。
「そう…あ、あなたくらい…」
 ユーリはイルファーンを見て、次にアルクトゥルスに目を向ける。
「もう一人はお姉さんくらい…。2人共黒っぽいコートを着て帽子を被って、女がのぼせそうな面構えで、キーラもコロッと…ああ、そうだ、キーラ…あのまんま…」
 ユーリは不安そうに鼻をこする。
「閉じ込めたんだろ?」
 イルファーンが言うと、彼は心元なさげに頷く。
「ドア閉めただけかも…覚えてない。やばい…」
 空が馬の腹を蹴って一気に走っていく。
「急ぐか」
 アルクトゥルスがそれを見て言った。
「ま、待って!」
 わたわたしているユーリの馬の尻をイルファーンが叩き、ユーリは「ひー!」と悲鳴をあげた。

 リドワーンは行商人のひとりに目を止めていた。
 大きな箱を馬2頭で引っ張っている。奇妙な絵が描かれた箱だ。
「変わった荷だな」
 近づき尋ねると、手綱を握っていた男は笑みを見せた。
「あんたも来るかい? 子供らは大騒ぎするぜ」
 リドワーンの怪訝な視線に男は更に笑った。
「でかい天蓋の中に化け物人形。泣かずに出てきたらキャンディのご褒美だ。見に来いよ。俺もそっちの物を買うぜ。何を扱ってる?」
「武器だ」
 リドワーンの返事に男は目を丸くしたあと笑い出した。
「武芸か。こりゃ商売敵!」
 リドワーンは微かに笑みを見せて男から離れた。

 最初に村に着いたのは空だ。馬を置き、人の群れに紛れる。
 そして一軒の建物の前で足を止めた。そこだけ時間が止まったように人の気配がない。
「キーラの店は休みだぜ。まだ寝てるんだろうよ」
 空の様子を見た男が声をかけた。
 ふむ、つまり女の姿は見ていないと。
「じゃあ、適当に歩くか」
 呟いて空は酒場から離れた。
 空が立ち去って数分後、ユーリを含めた4人が到着。直後にリドワーンも。
 ユーリは酒場の前でぶんぶんと首を振る。絶対中に入りたくないらしい。
「女の居場所を教えろ」
 イルファーンが銃を取り出して言う。
「奥。右側のドア」
 ユーリは彼の大きな銃を見て震える声で答えた。
「お、俺、家に行く」
「どこ」
 アルクトゥルスが尋ねると、ユーリは通りの向こうを指差した。
「あの赤い屋根の家」
「俺が連れて行く」
 クロウが言った。アルクトゥルスとイルファーンは頷いて酒場に足を向けた。
 リドワーンは少し離れて弓を掴み、荷車の陰で身構えた。

 ギッと音をたてて店のドアが開く。
 薄暗い店内を進み、奥に続くドアを押した。
 通路を挟んで左右にドア。右側だ。
 壁に背をつけドアを挟んで立つ。イルファーンがそっとドアノブを回した。
 ドアはキィ、と内側に開く。鍵がかかっていない。思わず視線を交し合う。
 暫く気配を探ったあと、イルファーンはドアを蹴った。2人で飛び込む。
 誰もいない。
「まずいな」
 アルクトゥルスは床に散らばる黒髪を見て呟いた。
「髪のねえ女が人混みに姿を晒したら大騒ぎのはずだ」
 イルファーンは銃を構えたまま窓の外を見る。リドワーンと目が合って「いない」と合図を送る。
「イカした面の、いけ好かない奴らが手下にしたか」
 アルクトゥルスは口を引き結んだ。

 家に着くなりドアを開こうとする彼をクロウは慌てて止める。
「気持ちは分かるけど、待て」
 焦るユーリに言い聞かせ、銃を構えてそっとドアを開けた。
「ユーリかい?」
 声が聞こえた途端、ユーリは中に飛び込んだ。再びそれをクロウが追う。
「ばあちゃん! 良かった!」
「なあに?」
 しがみつく孫に祖母はびっくりしながら言う。
 大丈夫だ。この人はグールじゃない。クロウは銃を納める。
「ばあちゃん、家から出るな。…って、姉ちゃんは!?」
「南瓜をもらいに。今年はパイの担当なのよ」
「ひえー!」
「お客さん? お茶でもいかが?」
 ユーリの絶叫をよそに祖母はにこやかにクロウに話しかける。
「お気持ちだけで」
 答えるクロウにユーリがすがる。
「姉ちゃんを探す! 姪たちも一緒だし!」
 姉達を連れ戻るから待っててと祖母に重々言い含め、ドアにしっかりと鍵をかけさせる。
 外はさっきよりも人で溢れている。
 クロウは駆け寄って来るイルファーンとアルクトゥルスに目を向けた。
「酒場はもぬけの殻だ」
 イルファーンの言葉にユーリがまたもや「ひぃ」と声を漏らす。
「彼のお姉さんが娘さんを連れて外に」
 クロウは2人に言う。
「どれもこれも探すっきゃねえな、おい」
 イルファーンが大きな手でユーリの頭を掴み、軽く揺さぶって言った。
「空さんには?」
 と、クロウ。
「空殿は聴覚が。たぶん聞いてるはずだ」
 アルクトゥルスが答えた。

 彼女の言葉通り、空は状況を聞き取っていた。
 それ以外にローザ、レナ、ヴォルフ、開拓者、ギルド。ぽつぽつと単語が耳に入る。
 方向を定めて足を向けた時にはもう誰が話していたのかはっきりしない。もちろん目当ての風貌の男もいない。相当動きが素早い奴だ。
 ようやく2人連れの女を捕まえた。
「楽しそうだな」
 声をかけると、
「あら、またいい男。貴方は何が聞きたいの? あたしのほくろの位置?」
 女は顔を見合わせて嬌声をあげた。
 こいつら魅了じゃねえよな? 空は胡散臭そうに2人を見て腰を下ろす。
「そんな話を誰と?」
「冗談よ。レナ様がどこにいるのかって聞かれたの。いい男にさ」
「レナ?」
「会えるかと思ったんじゃない? お姫様が村のお祭りには来るわけないわよね」
「ヴォルフの方はお里が近いから行くかもよ? 私、行商の人から聞いたことあるわ」
「そうそう、行商の人が詳しいって教えたのよ」
 空は目を細めた。
 奴ら、行商人を探す? リドワーンが接触する?
「ねえ、今夜あたしと踊ってくれない?」
 女の声を無視して空は女から離れた。

 リドワーンは村の広場で周囲を見回す。見た限りでは怪しい者はいないと思える。
 先に出会った天蓋化け小屋の男は手慣れたもので、さっさと場をしつらえて子供達を呼び込んでいた。
「さあさあ、5文で入れるよ。泣かずに出てきたらヴァンパイアキャンディのご褒美だ! さあ、おいでおいで!」
 悪趣味だ。リドワーンは微かに顔をしかめた。
 そこへ空が来た。話を聞いたリドワーンは他の3人の姿を見ながら頷く。
「逃げ足が速いぜ」
 空は言った。
「いかにも吸血鬼らしい」
 リドワーンは答えた。
 その間、ユーリが女性に声をかけられていた。
「誰か探してるの? ユーリ」
「姉ちゃん知らない?」
 顔見知りらしく、ユーリは彼女に聞く。
「さっき、見たわよ。この人達は?」
「あ、ええと…」
 口篭るユーリの代わりにクロウが答える。
「お尋ね者がこの辺りにね。祭の人混みに紛れてる可能性も」
「やだ…村長さんに伝えとこうか? 今から会うの。人相分かる?」
「黒く長いコートに帽子を被った2人連れ。色男」
 ユーリが言い、女性は最後の「色男」に失笑する。
「分かったわ。伝えとく。詐欺師?」
「姉ちゃんはどこ?」
 彼女の問いに答えずユーリは焦る。
「広場よ。今年は南瓜パイを…」
 聞くなりユーリが駆け出したので、慌てて皆で追いかける。
 広場に着いてすぐ、ユーリは道端に腰かけている姉の姿を見つけた。
「あ、ユーリ! どこ行ってたのよ! 南瓜運んで!」
 姉はユーリの顔を見て頬を膨らませ、南瓜の入った箱を指差す。
「姉ちゃん、誰にも声かけられなかった? 子供らは?」
 ユーリは周囲を見回す。
「あそこよ」
 姉は顎で向こうを指す。皆が目を向けると大きな天蓋が見えた。
「なんだあれ…」
 クロウが呟く。
「毎年来るのよ。子供相手のお化け小屋。入るのに5文もかかるんだから」
 そう言っている間に娘達がわんわん泣きながら戻って来た。
「言わんこっちゃない」
 姉は娘達を抱いてなだめる。
「だって動くんだもん」
「ダニール、血が出たもん」
「はいはい帰るよ。ユーリ、南瓜お願い」
 ユーリは箱を持ち上げて皆の顔を見た。また戻るのか…。
 様子を見ていたリドワーンが周囲に注意を払う。黒いコートは見えない。
 3人は再びユーリの家の前に来た。
 扉を開けようとした姉の手をユーリが止めた。
「鍵…開いてる」
 イルファーンとクロウが先に立って中に入る。アルクトゥルスは姉と子供達を自分の後ろに。
「なんなの?」
 姉が言う。
 家の中はさっきと同じだった。荒らされた形跡もない。
 ただ、祖母の姿がなかった。
「ばあちゃん!」
 ユーリが声をあげるが返事はない。姉は呑気に口を尖らせた。
「今からパイ焼くのよ。ユーリ、探して来てよ」
「もう外は嫌だ」
 ユーリは首を振った。
「おばあさんの顔は俺が覚えてる」
 クロウが息を吐く。
「パイが…」
 姉は憤慨したが、ユーリは強引にドアを閉めた。

 その頃、リドワーンが老女に声をかけられていた。
「どちらから? ヴォルフから?」
 リドワーンが答える前に彼女は次の言葉を続ける。
「レナって?」
 魅了? リドワーンは目を細めた。
 老女がしがみつく。
「ミハイルがね」
 嬉しそうにそう言う彼女の背後、かなり離れた場所に立つ男をリドワーンは見た。
 彼は帽子を取り、こちらを見て嗤う。切れ長の目。その口が何か言うように動く。
 老女は離れない。
「聞いてって言うの」
 周囲に気づかれぬよう、彼は思い切って老女の腹を殴った。
 老女が腕の中でぐったりし、顔をあげた時には切れ長ではなく白い羽織が見えた。
「洒落にならねェ、この人混み。グールの餌食になれ、だとよ」
 走り寄った空はいまいましげに言った。
 クロウ達が来る。
「この人だ。ユーリのおばあさん。魅了?」
 クロウはぐったりした老女を抱きとる。
「忙しいったらねえな!」
 イルファーンがそれを担いで再びユーリの家に走った。
 見送る彼らの脇を泣きじゃくる子供の手を引く母親がすり抜ける。
「いつまでも泣かないの!」
「だって、噛みつくんだもん…血が出たもん…」
 皆で同時にその子供の方を見た。
『ダニール、血がでたもん』
 ユーリの姉の娘の言葉が甦る。
 クロウが子供に駆け寄り顔を覗き込んだ。
「噛まれた?」
 子供はこくんと頷く。
 腕にくっきりついた歯型。クロウは子供の顔をじっと見つめる。
 違う。グールじゃない。
「広場の化け小屋だ」
 リドワーンが言った。

 客を入れていた男の姿がない。どこにいった。
 リドワーンは辺りを見回す。
 アルクトゥルスが剣を引き抜き、一気に天蓋の布を割いた。
 周囲の人々がびっくりした目を向ける。
 数人の子供達がわっと彼女に飛びかかるが、盾で抑え込むと造作ない。
 空が嗤い声を聞いた。

―― ハズレ。子供喰ってもね

 近い! どこにいる。空は身構えた。
 そして思わず息を呑む。いきなり目の前。咄嗟に気力を使い骨喰を抜く。
 彼は空に男をぶつける。化け小屋の男だ。気を失っているらしい。
 どっと重い男を身で受けて空は叫ぶ。
「切れ長!」
 蝙蝠の大群が舞い降りた。空の背後を襲い、人々の悲鳴が響く。
「こっちだ! 早く!」
 リドワーンがパニックに陥りそうな人々を誘導しながら舞い上がる蝙蝠にバーストアローを放つ。
 轟音が響いたのは広場に戻ったイルファーンの螺旋弾。
 空は舌打ちをした。また逃げやがった。
 蝙蝠はかなりの数仕留めたが、残りは全て建物の向こうに消える。 
 クロウがバダドサイトを使った。どこかに必ずいるはずだ。
「きゃああ!」
「うわあ!」
 また悲鳴。
 リドワーンは群衆の中に立つ髪のない青黒い顔の女を見た。キーラだ。
 彼の矢が即座に射抜く。
 その喧騒の中で今度はアルクトゥルスが微かな嗤い声と共に背後に気配を感じる。
 オウガバトルを使い、振り向いた彼女の剣が円を描く。気迫に押されてよろけた相手を盾で一気に地に抑え込む。
「真人間を甘く見るなよ吸血鬼!」
 抑え込んだまま、彼女は切っ先を切れ長の眉間に。
「言え。もう一人はどこだ」
「何が真人間だ。おまえらなぞ、ただの、人間だ」
 切れ長は嗤い、盾から逃れようと身をよじる。
「あいつ、何してる!」
 クロウがユーリの姿を見た。
 逃げる人の流れに逆らい、彼はこちらに歩いて来る。
 その顔は妙に落ち着いている。
 抑え込まれたまま切れ長が甲高い声で嗤った。
「うろたえろ! ただの人間!」
 ユーリを見るイルファーンの目が細められた。

『背高と切れ長と聞いたが?』
『そう…あなたくらい…』

 俺ぁ、あいつの頭を上から掴んだぜ。
 背が高すぎねえか。ええ? おい。

「リドワーン!」
 イルファーンは叫ぶ。自分の持つ崩落は人混みの中では周囲に影響が及ぶ。
 その声と同時にリドワーンは僅かに笑みを浮かべて見える「ユーリ」の呟きをすれ違いざまに聞いた。

―― もう用は済んだ

 火炎弓がしなる。
 空も走った。
「おまえは…中だ!」
 白梅香と月涙。そして朧月。
 挟み撃ちで攻撃。
 一瞬の差で蝙蝠と化す。
 双方の矢は何匹もの蝙蝠を射抜いたが、残りはそのまま屋根の上に昇り、束の間真の姿を現す。

「そいつはくれてやる」

 言い捨てて飛び去った。
 見捨てられた切れ長が狂ったようにアルクトゥルスを跳ね返した。 
 自分に襲い掛かる鋭い犬歯を睨みつけ、彼女は剣を振り上げる。
 グレイヴソードでずぶりと胸を貫かれた切れ長は反り返り、倒れる前に瘴気と化した。

「大丈夫か」
 目を覚ました子供達をアルクトゥルスが立たせてやる。
「何の用が済んだンだか」
 空が残った切れ長の帽子を蹴る。
「だが、傷は与えた。下は元々見捨てるつもりだったんだろう…」
 リドワーンが息を吐いた。

 その後、駆け付けた村長から彼らは礼を受ける。被害者はキーラ1人だけだった。
 奴らは開拓者の来る前から情報を集めていたようだ。
 ローザ討伐、レナ皇女、開拓者、ヴォルフ…。
 そして開拓者を実際に目で見て確かめた。
「嫌な予感がするな」
 イルファーンが呟いた。
 彼らは全てを報告し、ギルドを通じて情報元に注意を促してもらうことにした。
 化け小屋の男は申し訳なさそうに皆にヴァンパイアキャンディを配る。
「子供を泣かせる商売は仕舞いにするよ」
 ボロボロになった天蓋を見て男は言い
「それがいい」
 リドワーンが答えた。