|
■オープニング本文 ローザ・ローザが最期に封じ込められた、ベルイフ領、西の森。 もちろん開拓者の手によりローザはもういない。 「ふんだばだ!」 「ほんだばだ!」 雪が積もり、白くなった足元を指しながら何やら鬼が会話している。 「ふんだばー!」 「ほんだば?」 大きな手でほじくり倒し、地面が出たところでさらにほじくる。顔を近づけてみて 「ふんだばだぁ」 首を振る。 「ほんだばだ、ほんだばだ」 ちょっとおまえどけや、俺が掘ってみるからよ、的な雰囲気。 「ホンダ! ホンダ! マッダ!」 「まっだ?」 「ほんだばだ」 言い間違え、らしい。 「ふはは。ふはは」 あはは、らしい。 「ほんだばだ」 無視してホンダバが首を振る。何か探しているのか? 「ふん?」 ふと振り向く。化け猫がふわーっと欠伸をしてこちらを眺めていた。 「ほんっ!」 「フギャッ」 捕まえる。 「フギャーッ、ギャッギャッ」 体を掴まれて、なにしやがるてめえ、的に猫は怒った。 「ほんだばだ、ほんだばだ!」 「ニャニャニャアア! フーッ」 何か聞かれているようだが怒っている。 「いい加減にしろ、ローザの瘴気などとうの昔に離散しておるわ」 声がした。 「ほん」 人間でいうところの「うひゃ」である。 「ニャーニャ、ニャニャニャー」 離してもらった猫が急いで声の主の懐に飛び込む。 「瘴気が篭りやすいこの地をローザはよく見つけたものと思ったが、手下が阿呆だとこうもイラつくものか。目の前にあれほど人間がいるというのに、なぜ行かない!」 村の方を指差されるが、鬼は顔を見合わせる。 だって、あいつらローザをやっつけたんだべ? 最近はヴァンパイアも逝ったってよ? 「…ったく…早く行けー!」 「ふんだばだー!」 「ほんだばだー!」 レナ・マゼーパ(iz0102)は親衛隊のトゥリー、アジンナ、ドゥヴェと共にヴォルフ伯爵の元を訪れ、今はバレク・アレンスキー伯爵領へ向かっていた。 用があるなら呼びつければいいものを、姫はとにかく城から出たいらしい、と親衛隊が密かに言葉を交わし合ったことは秘密。 彼女達も最近お伴をさせてもらえるのでちょっと嬉しい。 それはともかく、皇女が出向いた用件はベルイフ領の新しい領主について、だ。 エドゥアルト・ベルイフが死亡してから、彼の領地は隣接地の領主であるバレクが兼任管理をしている。 適任を据えようとするスィーラの幹部に皇女は待ってと願いを出していた。 後継にはある程度裁量のある者をと思う反面、あそこはエドゥアルトが大切にしていた地。近くに幼馴染のバレクやヴォルフ伯爵領もある。自分の母方の郷も近い。できれば突出し過ぎず与し易い者が良い…。 ふと思い出したのが、昨年の夏、ニーナの別荘で出会ったリナト・チカロフだった。 レナはリナトのことはあまりよく知らないが、調べた限りではチカロフ子爵には長子がいる。 ちょっと頼りない雰囲気ではあるものの、ヴォルフ伯爵とバレクは彼と親しい。 ヴォルフ伯爵に尋ねると、若いリナトの領主としての裁量までは判断できないが彼にと正式に決まるのであれば相応の協力をと言ってくれた。 あとはバレクに話をするだけだ。 「姫様」 ふいにトゥリーが言い、皇女を庇うように馬を前に出す。 「お下がりください」 なに? と思った次の瞬間にはアジンナが雄叫びをあげて剣を引き抜き、馬ごと突進していた。 『ホルワウ?』 その先の狼の姿を見てレナは目を細める。10頭はいるだろうか。 アジンナの切っ先を逃れた数頭が突進してきたが、トゥリーがマスケットで撃ち抜く。 不利と悟ってホルワウは退散するも 「姫様、まだです」 ドゥヴェがクロスボウで狙いを定める。 ひゅん、と矢が飛んだ先に鬼の頭がちらりと見えた。 「おや、めずらしい。外したか」 アジンナが言う。むっとしたドゥヴェが再び構えるが、レナはそれを止めた。 「アジンナ。足跡を追って。アレンスキーの屋敷で待つ」 「御意」 レナの言葉にアジンナが馬を向けた。その後姿を見てレナは思う。 こまごまとしたアヤカシの出現が多いな…。 新しい領主より前に西の森の対処だろうか…。 「ふんだばだー!」 「ほんだばだー!」 怖ぇよ、あいつら。めちゃ強いじゃん。 「ふんだばっ! ふんだばっ!」 角、欠けたし! どないすんねん! あんたら、あれ、村人じゃないですから…などとは誰も教えてくれないので、鬼は一目散に撤退する。とにかく自らのこのデカい図体を一刻も早く隠さねば。 「ふんだばだ」 でもよ、獲物持って帰らねえと俺ら殺されるぜ。 遠くを走って行くアジンナの馬を見送って鬼は考える。 「ほんだばだー…」 困ったぜ。 そこへぽつりと別の人影が見える。 「ふんだばだ!」 あいつら連れ帰ろうぜ! 弱っちそうだし、一匹二匹捕まえりゃあよぅ、餌にできるかもしれねえぜ? あとは大漁、一網打尽だ! 「ほんだばだ!」 うんと頷き合いそちらに向かった。 レナはバレクが不在だったので屋敷で暫く待った。 ベルイフの村で子供が生まれることになったが、ちょっと難産っぽい。 かつてローザに焼かれた村で、産婆がいないのでバレクが自領から連れて行き、ちょうど遊びに来ていた桃火も一緒に連れて出た、と聞いた。一昨日のことだ。 「お産とは時間がかかるものなのか?」 レナはトゥリーに尋ねる。 「さあ…」 彼女は答えた。いくら親衛隊長でもトゥリーは未婚で子供を産んだことがない。 「姉は痛いと申しておりました。腹を鬼に引きちぎられるようだと」 ドゥヴェが言い、トゥリーが顔をしかめてじろりと彼女を睨む。 レナがふむと首を傾げたところで、アジンナが戻って来る。 「どうだった」 レナは尋ねる。 「ホルワウはベルイフ領のほうに。西に向かっておりますからあの森でしょう。鬼は途中で足跡が消えました。近隣の森に逃げ込んだようです」 「何と不思議なこと。ホルワウは手下であったろう。上官見捨てて逃げ出す良き部隊だ」 ドゥヴェがくくっと笑い、アジンナは息を吐く。 「あの角からして螺旋牛鬼。でも少し体が小さい。さほど統率力のないできそこないであったのかもしれんな」 レナは立ち上がる。 「ベルイフの村に様子を見に行く」 「日が暮れますぞ」 トゥリーが言う。分かっているわ、というようにレナは彼女を見やる。 「ここにいても日は暮れる。村にバレクがいるなら伝えて帰る。いなければそれはそれでまた問題」 結果は、レナの言葉の後の方。 赤ん坊は生まれていたけれど、バレクと桃火は村を出たきり行方不明になっていた。 「できそこないに?」 ドゥヴェが言う。 「分からぬ。アジンナはギルドに。ドゥヴェはヴォルフ伯爵に龍の部隊を出してもらって」 レナは言った。 |
■参加者一覧
酒々井 統真(ia0893)
19歳・男・泰
ハッド(ib0295)
17歳・男・騎
叢雲 怜(ib5488)
10歳・男・砲
クロウ・カルガギラ(ib6817)
19歳・男・砂
リドワーン(ic0545)
42歳・男・弓
イルファーン・ラナウト(ic0742)
32歳・男・砲 |
■リプレイ本文 「レナは?」 村に到着したものの、姿の見えないレナ・マゼーパ(iz0102)を目で探して酒々井 統真(ia0893)が言う。 「姫様は赤ん坊に夢中」 親衛隊のひとりが答える。持っているのがクロスボウだから、たぶんドゥヴェだ。その頬にちらと白いものが落ちた。 「雪だ」 クロウ・カルガギラ(ib6817)が手の平にひとひらを受け止める。空を見上げると次々に舞い落ちてくる。まずい。足跡や痕跡が消えてしまう。 「2人の装備はどうかの?」 ハッド(ib0295)の問いにまた親衛隊が答える。腰の剣からしてこれはアジンナ。 「防寒はしているだろうがバレク殿が弓を持っていた以外はわからぬ」 その返事の最中に神西橙火(トウ)と白火が到着。3体の龍が飛んでいくのも見えた。皆の頭上を飛ぶのは迅鷹の蒼。 「雪があっという間に何もかも隠してしまって」 馬から降りたトウが言う。 「レナんを呼んで来るのじゃ」 ハッドは言い、「俺も!」と叢雲 怜(ib5488)が叫んで2人で走って行く。 「皇女に先に行くと伝えてくれ」 リドワーン(ic0545)が馬の手綱を手にとった。統真もそれに続く。 「鬼はどのあたりで消えた?」 イルファーン・ラナウト(ic0742)が尋ねると、 「ここから3キロ先の小さな森の手前だ」 アジンナは答える。 「行くぞ」 イルファーンはトウと白火に声をかける。 「狼煙銃、色別を頼む!」 村を後にする5人の背にクロウが叫び、リドワーンが了解、というように手をあげた。 レナは無心に母親の乳を吸う赤ん坊を眺めていた。 そっと近づくハッドと怜を見て立ち上がり、赤子の額を少し撫でて家を出る。 クロウがレナに手綱を差し出した。 「バレクが…名づけの約束をしたそうだ」 それを聞いてクロウは頷く。 「約束は守ってもらわないとね」 皆が馬を出そうとする中で怜ひとりが何かを願うように親衛隊を見上げていた。 「おや、この子猫ちゃんは馬に乗れない?」 ドゥヴェが怜を見下ろして言った。 「そうじゃなくってぇ…」 怜はえへっと笑う。そこへアジンナが馬上からひょいと彼の腕を掴み自分の前に座らせた。 「暖代わりにいただく」 「怜殿は羨まし…じゃなくて、甘えっこなのであーる」 と、ハッド。 「お前も乗るか?」 トゥリーが言うと、ハッドは「ぴゃ?」というように一瞬顔をほころばせるが 「我輩は王である! 甘えっこではないのである!」 姿勢を正す。 「そうか、それは失礼した」 トゥリーはさっさと離れていく。ハッド、ちょっとしょんぼり。 「あの」 クロウがハッドをちらりと見て、トゥリーに声をかけた。 「皆さんを見てると、数の子って言葉が浮かぶんだ」 「数の子とは何だ?」 トゥリーは不思議そうな顔をする。 「隊長は知らぬか。ニシンの卵を」 ドゥヴェが横から口を出した。 「ニシンの卵? 馳走でもしてくれるのか」 「や、いえ、いいです」 クロウは笑って馬を先に向けた。 「やべぇ…」 統真がゴーグル越しに周囲を見回して呟く。 雪は激しさを増した。自分達の乗る馬の足跡すら、つけた先から消えていく。 トウの放った人魂も迅鷹の蒼も視界が悪い。 イルファーンは小刻みに震える白火に目を向けた。 「寒いのか?」 尋ねると白火は首を振った。 「桃は命がけでバレクさんを守ると思う…だから…」 トウがちらと振り向いたが無言で顔を背ける。 イルファーンは白火の頭にぽん、と手を置いた。 「…心配すんな。2人共きっと無事だ」 白火はうんと頷く。 その時、リドワーンが馬から降り身を屈めた。 雪の中か覗いていた黒いものを抜き取る。これは…弓の弦? 「トウ!」 前にいたトウを呼び、見つけたものを渡す。 「バレクのものか?」 渡されてトウは眉を潜める。わずか20数センチの弓の弦らしきものを見てそれがバレクのものかどうかを判断するのは難しい。気づいたのもリドワーンだからこそだろう。 トウは周囲を見回した。右手に小さな森が見えた。あそこがアジンナの言っていた森だ。 「行こう」 統真が言った。 こちらはレナの班。 「ホルワウの足跡を追ったのはここの更に2キロほどアレンスキー側」 アジンナが言う。 「鬼の足跡とは途中で分岐を」 前方に西の森、背後にベルイフの屋敷跡。そして点在する小さな森。 「西の森までもう少し近づいて、そこを起点に周辺を捜索しよう」 レナは森の上空を飛ぶ龍に目を向けて言った。 森の前で統真達は馬から降りる。 暫く歩いてイルファーンが折れた矢を彼は拾い上げる。 「にぃ!」 白火が手に桃色の紐を掴んでいる。桃火の髪紐だ。 統真は木の幹についた新しい傷を見た。大太刀か? リドワーンが白煙の狼煙銃を撃ちあげた。 「親衛隊が争いに気づかないはずがない。これは後のものだぜ」 統真が言う。 でも、そのあとどこに? 白火がふと顔をあげた。森の向こうに小さく見えるベルイフの屋敷跡に目を向ける。そして馬の元に走り出した。 「白?」 皆で慌ててそれを追う。 白火は屋敷跡まで一気に馬を走らせると、飛び降りて気が狂ったようにあちこちの雪をほじくり返し始めた。 「どうしたんだ」 統真が白火に走り寄る。 「貯蔵庫!」 白火は叫ぶ。 「エドゥアルトさんのお屋敷には地下に貯蔵庫がある!」 統真は周囲を見渡す。一面雪の原だ。 「地面から突き出た塔みたいなのがあるんだ! 作物を下ろすための!」 その声に、皆であちこちを掘り返す。今降った雪より下に埋まっていればさすがに無理。 イルファーンが雪に残る赤い色に気づいた。手で掴み取る。…血だ。 近くにいたトウがそれを見て狂ったように雪をかいた。 盛り上がった雪を櫂いていくと指先が何か堅いものに触れる。雪を払うと煉瓦の壁が見えた。そしてぽっかりと人が入れそうなくらいの横穴が空く。 「桃がきっと扉を壊したんだ」 白火が言う。統真は顔を突っ込んでみた。暗くて何も見えない。 「桃! バレク!」 呼ぶが応答がない。トウが声をあげた。 「桃!」 「…にぃ…」 小さな声が聞こえた。 「ふんだば」 ちっ…あんなところに隠れてやがったのか。 「ほんだば?」 どうするよ。今ならあいつら油断してるぜ? 「ふんー…」 でもなんつうか…でかくね? あいつら。 「ほんだば」 お前達も相当でかいよ。 しかし鬼のひそひそ声に皆は気づかない。 本当に、今は奇襲のタイミングかもしれないのだが。 白い煙を見たと同時に森の上空で赤い狼煙銃があがる。ヴォルフの騎士だ。 「レナさん、行ってくれ。何が来るか知らないけど、ここで食い止める」 クロウがシャイニングを抜いて言う。 「我輩も加勢じゃ。ほれ子猫ちゃんも」 ハッドの声に怜が「よっ」とアジンナの馬から飛び降りる。 「姫様、馬が」 トゥリーが声をかけた。遠くに馬が二頭いた。鞍がつけられているが人がいない。 「すぐに戻る!」 レナは叫んで馬の向きを変えた。 「戻らずとも大丈夫じゃ!」 ハッドが叫ぶ。 「来たぞ!」 クロウが振り下ろしたシャイニングはホルワウの首を落とす。 「ホルワウか、軽い軽い」 ハッドがオウガバトルを使い、高らかに笑う。 「そりゃあ!」 襲いかかる3体を一気に聖堂騎士剣を用い、グラムで切り裂いた。 クロウは次の一波をイェニ・スィパーヒと騎乗戦技で薙ぎ払う。 馬が雪に足をとられてこぼした数匹は怜が撃ち抜く。 「ほれ、もう来ぬか。他愛のない!」 「待って! 何かいるんだぜよ」 怜が森の中を睨みつけてハッドの後ろに飛び乗る。 「このままっ…」 魔弾を構える。クロウが彼の銃の先を目で追った。木々の間に、人? …いや、あれは。 ――― ドゥッ! 強銃撃で発射された弾は真っ直ぐに相手に向かう。が、身を反らされた。 人に見えた姿が鬼になる。上空から龍が囲んだ。 「逃がさああんっ!」 ハッドが雷槍を投げた。クロウも宝珠銃を抜く。 「次っ!」 怜のクイックカーブ。戻って来た槍をハッドが再び。そしてクロウの銃。 ――― ウガアァッ 鬼の怒りに燃えた顔がちらりと見え、それは瘴気に消えた。 「お姉ちゃんにこの勇姿見てもらいたかったんだぜよ」 呟く怜に 「我輩も」 ハッドも頷いた。 「ふ…ふんだばだ…」 あらら、ボス死んじゃった。どうするよ。 「ふん…」 いや待てよ? 「ふんだば、ふんだば」 これって、チャンスじゃね? 俺らもうボスに怯えなくてもいいんだぜ? 「ほん!」 そうだそうだ、俺らのペースで獲物捕まえりゃいいんだぜ? 「ふんふん!」 「ほんほん!」 やった、やった、嬉しいな。 ボスがやっつけられたら自分達も危ないと思わないのか? リドワーンが二度目の狼煙銃を撃ちあげた。 白火が必死の形相で馬から荒縄と毛布を下ろして持って来る。 統真は縄を近くの木に結わえつけ、素早く穴に身を滑り込ませた。 「上、吹き飛ばすか? 暗いだろう」 イルファーンが火縄銃を抜いた。 「頼む!」 統真が答える。 イルファーンは中に瓦礫が入り込まないよう注意を払い、塔の先を吹き飛ばす。それでもいくつかはばらばらと落ちていった。 ぽっかりと空いた中を覗き込むと、2mほど下で倒れている2人を統真が庇っていた。 「桃!」 兄の声に桃火は血に濡れて真っ赤な顔をあげた。 「にぃ…バレク兄が…」 統真はバレクの首に手を当てた。脈はある。でも体が冷たい。早く引き揚げないと。 まだ動ける桃火の体を縄に結わえつけ、それをイルファーンとリドワーンで引き上げる。肩まで出たところでトウが妹を抱きしめた。 「少しだけ舐めろ。体が温まる」 イルファーンが桃火を毛布でくるみ、葡萄酒を手の平に溢して桃火の口元に。 「バレク兄…あたしが凍えないようにずっと抱きしめてくれて…でも…」 「とにかく傷を塞ぐ」 トウはそう言って治癒符を使う。彼女の額から頬にかけてぱっくりと傷がついていた。 「手を貸してくれ! バレクは俺ひとりじゃ無理だ!」 統真の声が聞こえて、リドワーンが降りた。 苦労してバレクを縄に結わえつけ、桃火以外の全員で持ち上げる。その最中にレナと親衛隊が着いた。 「バレク…!」 真っ白なバレクの顔を見るなりレナが駆け寄った。 「レナ、ちょっと離れろ」 すがりつくレナにバレクを毛布でくるもうとイルファーンが声をかけるがまるで聞こえていない。 仕方なくトゥリーがレナを引き離した。 「バレク! バレク!」 叫ぶレナの声にバレクの口が僅かに開いた。 「ニー…ナ…」 それを聞いたレナがびっくりしたように動きを止めた。 「レナ、バレクは大丈夫だぜ。…体力あんだろ、この人」 統真が這い出しながら安心させるように言った。イルファーンは布に葡萄酒を浸してバレクの口に少し流し込んでやる。 「…ごめんね…あたしがもっとちゃんと…」 桃火の声にレナははっとして彼女の頬に手を伸ばし、頭にキスをして抱きしめる。 「違うわ。其方がバレクを守ってくれたのよね…。ごめんなさい。女の子が顔に傷をつけて…」 ヴォルフの龍が来た。少し遅れてクロウ達も到着する。 「桃火さん、良かった…」 クロウがほっとしたように言い彼女の頭を撫でる。 「お腹空いただろう」 差し出されたクッキーに桃火はじわりと目を潤ませた。この兄さんはいつも優しい。 クロウはバレクと桃火に保天衣を付与し、騎士達がバレクを龍に乗せる準備を始める。 その間にハッドが統真達を手招きした。 「鬼が二体いる」 彼はひそひそと囁き、にかっと笑うその後にリドワーンが続く。 統真とイルファーンもそっと動く。 『どうした、猫』と、言いたげなアジンナの視線に怜がしーっと指をたててクロウとその場を後にした。 ハッドと共に裏手の林に回り込んだリドワーンはちょっと呆れ果てた。 大きな鬼の尻2つがこっちを向いている。様子をうかがっているようだが、背後が丸空き。 リドワーンは猟兵射で矢を放った。ぶすりと脛を貫く。 「ふんだーっ!」 痛い! 「ほんだばっ!」 ホンダバの方は逃げようと身を翻しかけて目の前で身構える統真の姿にびくりとする。 「ほん!」 お、鬼、甘く見るんじゃねえぜ、ちびっこが。 「ほんだばー!」 強攻っ! 一応持っていた大太刀を振り上げる。統真は飛び退り、 「こりゃすごいや」 「ほんっ!」 当りめえだ、ざまあみろ。 腰に手を当てふんぞり返った次の瞬間、瞬脚で距離を詰められ、鬼切で繰り出された統真の重い拳を顎に受けて腰手のままの姿で体が宙に浮く。 「ふんだばあっ」 相棒の声も虚しくホンダバは着地する前に瘴気雲散した。 「ふんだばああ…」 鬼の目に涙。いやいや、次は自分。 ホンダバの倒れた場所に「よよよ」と泣き崩れるふりをして、一気に逃げ出す。 「あの足で逃げるか…」 リドワーンが息を吐く。 ひょこひょこ走りながらもかなり離れたあと、フンダバはくるりと振り返り 「ふんだば、ふんだば、ばーっ、ばーっ」 ばーか、ばーか、お前らなんかに殺られっかよー。 そして西の森に向かって吠えた。まずい。またホルワウが来る? 「阿呆が」 イルファーンの銃と極北で放たれた矢が同時にフンダバを粉砕した。 「見事である」 ハッドが敬礼し、イルファーンが「はいよ」と敬礼を返した。 元の場所に戻ると、バレクと桃火は龍に乗せられて飛び立つところだった。 「どこにいた?」 レナが尋ねる。 「鬼退治」 クロウが答える。 「西の森にいた奴も討伐した」 「あそこは…また次々にアヤカシが根城にする。何とかせねば」 レナは呟く。 「いっそ、もふら牧場でも作ったらどうじゃ」 「え」 ハッドの言葉にレナがぴくりとする。 「ジルベリアにもふら様!」 怜がはしゃぐ。 「もふら様じゃアヤカシ除けに物足りねえな…」 と、イルファーン。 「じゃあ、相棒養成所とか」 統真が言う。 「うん、良い案だ」 レナは頷く。 「うわぉ」 怜とハッドが同時に言った。 「レナん、レナん、それとな、レナんはチョコ作ったりしないのか〜?」 「ふむ、相棒型のチョコは特産物に良いかもしれぬ。いや、ブリャニキか…」 ぶつぶつ言いながらレナは歩いて行く。 「いや、そうではなく…」 統真がイルファーンを小突いて囁く。 「一緒にねだってみたら」 「いらんこと言わんでいい」 イルファーンは小さく答えて彼の頭をがしりと掴んだ。 バレクと桃火はヴォルフ伯爵の元で手当てを受けることになった。 レナはリナト・チカロフのベルイフ領後継領主の案を伝え、同時に西の森のもふら牧場相棒養成所設置計画も出す。 近いうちにもふら様とレナは対面することになるだろう。 バレクは村の赤子に「ヴェーチェル」と名付けたそうだ。 「良い名だ」 話を聞いたトゥリーが言う。 「ほんと。私達の呼称など、数字であるのに」 と、アジンナ。 トゥリーとドゥヴェが「あ」と顔を見合わせた。 「あのクロウとかいう青年、うまいことを。数の子か」 ドゥヴェはくすくす笑い、トゥリーはやれやれと肩をすくめた。 |