流血と夜明け
マスター名:乃木秋一
シナリオ形態: ショート
相棒
難易度: 難しい
参加人数: 8人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2010/06/02 23:16



■オープニング本文

 光る風。
 朝焼けにゆれる長い髪。
 一人の女性が、破れた提灯を持ってよたよた歩く。

 ここは石鏡の、小さな宿場町。


● 事件
「はいはい! いま行きますよっ」

 この町のギルド出張所。寝ぼけ眼をこすりながら、受付担当の弓彦はため息をついた。入り口からドンドンと戸を叩く音が聞こえる。こんな朝早くにどういう了見だ、うるさい奴めと言いながら、弓彦は入り口の板戸に手をかけた。都会であれば『寝ずの番』もいるのだろうが、ここはただの宿場町である。一応それなりの通行量があるため、小さいわりにギルドの出張所なんてたいそうなものが設置されている。しかし、働いているのは弓彦一人だけ。彼が出張所の奥に住み、なにかあればこうやって対応していた。
 弓彦は板戸を引いた。
「‥‥ゲェッ」
 朝焼けした空の光が、中央通りをうっすらと照らしている。弓彦は青ざめた。入り口のすぐ前に、真っ赤なお腹をした少年が仰向けに倒れていた。ごぼっと吐血する。地面とお腹に、赤いシミができていた。ぬるりとした血の赤色が、弓彦の重たい頭を急速に冷やしていく。
「おい‥‥」
 弓彦は少年に駆け寄った。くすくすくすと、笑う声。光る風が吹き、赤い血が飛び散った。

 どんどん、どんどん、どんどんどんどんどんどん‥‥


● 話はこの事件の前の晩から
 ある依頼を終えたその晩、開拓者たちはギルドの出張所に泊めてもらうことになった。残念ながら宿はどこもいっぱいで、泊まる場所が無かったからだ。暖かさを増す時期に、このあたりは旅行客が増加する。ただの宿場町であるこの町にも、昨日から団体さんが泊まっていた。
「まあ、旅行の途中で立ち寄っただけで、起きたらすぐに出発するらしいよ? あーあ、まったく依頼のひとつも置いていってくれればいいのに‥‥」
 と、昨晩弓彦は開拓者たちにこぼしていた。
 開拓者のひとりが目を覚ました。
 辺りを見まわす。障子から差し込む光が、朝を告げていた。弓彦はいない。
「ん‥‥」
 伸びをした。みんなで雑魚寝をしたせいで、少し身体が痛い。布団も足りていなかった。まるで、崩れたおしくらまんじゅう。

 どんどん、どんどん

 出張所の入り口を叩く音がする。ずいぶん急いでいるのか、その音からは切羽詰まった雰囲気が感じられた。ひとり先に起きた開拓者がどうしようかと考えている間にその音は少しずつ早くなり、しまいにはどんどんどんどんどん‥‥と、途切れることなく叩き続けられる始末。
 開拓者が全員目を覚ました。
 なんだあの音は?


■参加者一覧
水波(ia1360
18歳・女・巫
鈴木 透子(ia5664
13歳・女・陰
濃愛(ia8505
24歳・男・シ
守紗 刄久郎(ia9521
25歳・男・サ
月野 奈緒(ia9898
18歳・女・弓
賀 雨鈴(ia9967
18歳・女・弓
ベルンスト(ib0001
36歳・男・魔
ヤマメ(ib2340
22歳・女・弓


■リプレイ本文

 鈴木 透子(ia5664)はふと目を覚ました。頭は霞がかかったようにぼんやりとしている。明りとりから射し込んでくる朝の光がまぶしかった。
「むにゃむにゃ‥‥みんな帰るよぉ‥‥」
 月野 奈緒(ia9898)が寝言を言っている。

 どんどん、どんどん

「‥‥?」
 入り口のほうでなにやら音が聞こえる。来訪者だろうか。まったく、弓彦さんもご多忙ですねと思いながら、透子はぼんやりまわりを見回す。もともと一人用の部屋だったところへ強引に大勢で泊り込んだせいで、ひどく窮屈なことになっている。弓彦の姿はない。
「‥‥ん‥‥」
「ぐ‥‥」
 壁際で隣りあって眠っていた賀 雨鈴(ia9967)と守紗 刄久郎(ia9521)が目を覚ました。
「‥‥何かしら、あの音‥‥?」
「なんだろうな」
 自分の腕を不安げに抱える雨鈴の頭を優しくなでて、刄久郎は眉を寄せた。入り口を叩く音は速度を増して、ただどんどんどんどん鳴り響いている。
「なんかうるさいなぁ‥‥。はいはい、いま出るよー」
 ヤマメ(ib2340)がふらりと立ち上がった。
「待ってください。わたくしも一緒に行きます」
 なにやら嫌な予感がしたのか、水波(ia1360)がヤマメについていった。
「‥‥いらっしゃいませんね、弓彦様」
 入り口に向かう途中、水波はかくりと首をかしげた。入り口の板戸はすぐ近くにあった。つっかえ棒が転がっている。板戸はわずかに開いていた。
「ヤマメ様‥‥これは‥‥」
 ヤマメが押し黙った。明らかに不自然だった。
「弓彦はいないのか」
 ヤマメたちを追うかたちで、ベルンスト(ib0001)がやってきた。
「ずいぶんやかましいようだが‥‥」
 少し開いたままの板戸を見て、ベルンストがぎろりと目を細める。
「これは放っておくわけにはいかんだろうな」
 ベルンストの言葉に、開拓者たちはうなずいた。


●板戸
 弓彦の部屋から出て、開拓者たちは板戸の様子を伺っていた。入り口の板戸は鳴り続けている。板戸は多少開いていると言っても誰が向こう側にいるかが見えるほどではなかった。
「弓彦さんはいないみたいですね」
 簡単に出張所の中を見回った雨鈴が、声をひそめてつぶやいた。
「鍵がしてあるわけじゃないのに、入ってきませんね」
 状況の奇妙さに違和感を覚えた透子が、陰陽符「乱れ桜」を取り出した。そしてそれを鼠の姿にかえ、解き放つ。
「!!」
 息をのんだ。板戸の外にはひどくやつれた顔の女が立っている。黒く痛んだ長い髪が朝風に揺れている。手には破れた提灯を持っていた。
「ケガ人がいます。二人」
 開拓者だけに聞こえるように、透子が言った。緊張感を含んだ声。既に戦いを意識していた。
「【瘴索結界】を使ってみます」
 水波の身体がかすかな光を発し、【瘴索結界】が発動した。じりっと板戸に近づいていく。
(これは!?)
 水波は驚いた。板戸のすぐ向こうには複数の瘴気反応があった。
 どんどんという戸を叩く音がやんだ。
「気づかれたか?」
 開拓者たちの連携はすばやかった。ベルンストが【ホーリーアロー】を用意し、刄久郎が兼朱をつかんでベルンストの壁として板戸の近くにしゃがみこみ、けが人を回収する準備と回復・保護の準備が一気に行われた。
「私たちは開拓者だ! ギルド職員はいまいないが、たまたま依頼があってここで宿を取っている。用件を聞こう!」
 ベルンストの声に女が応える様子はない。
「あの方のいる場所、いくつもの瘴気が感じられます。気をつけてください!」
 水波が警戒を呼びかける。
「ケガ人は弓彦さんと男の子です。少し入り口から離れていますが、急いで屋内に回収しましょう。あたしが壁をつくります」
 効果時間が過ぎ、透子の鼠が消えた。鼠から見えた敵らしい姿は提灯を持った女だけ。女にアヤカシが憑依しているのかもしれない。弓を手に、奈緒が戦いに備える。けが人の回収をしなくてはならないが、二次的な被害も避けねばならない。
「相手はたぶん、屋内が苦手。だからきっと、こんなまわりくどいことをしてるんだよ。団体客が起きてくる前に決着をつけよう。なにかあれば声をかける。聞き漏らさないで」
 ヤマメの言葉にみなうなずく。
「あまり無理はしないでね」
 哀桜笛を手に、雨鈴が【騎士の魂】を奏ではじめる。
(二胡をもってくればよかった‥‥)
「いくよ!」
 ヤマメが一気に戸を引いた。板戸の外には、骸骨のような顔をした女が立っていた。
「やれやれ、朝から一仕事だ!」
 ベルンストの【ホーリーアロー】が女を貫いた。
「キィイイイイイ!!」
 女の身体から瘴気が溢れ、霧散していく。女はアヤカシだった。
「あ」
 女の手から提灯がぼとりと落ちた。提灯から数個の赤い炎が這い出して、ふわふわと空に浮かぶ。鬼火だ。女はひどく恨めしそうな顔をして、正面の刄久郎をじっと見つめた。

 ユルセナイ‥‥ウラギリモノ‥‥

「ああ!?」
 その声は刄久郎だけに聞こえていた。爪で喉を引き裂くような女の声が、頭の中をかきむしる。
「くそっ!」
 刄久郎は兼朱を構えた。相手がアヤカシならば遠慮は要らない。一撃で‥‥。
 次の瞬間、刄久郎の身体に女が抱きついた。
「あっ」
 雨鈴が一瞬言葉を詰まらせた。刄久郎に抱きついた女が、強烈な叫びを刄久郎に浴びせかけている。身体は瘴気となって消えつつ、刄久郎を放さない。捨て身の攻撃だった。
「‥‥っはぁ、はあ」
 刄久郎は耐え切った。女はいつの間にか消え、ただ力を失った瘴気だけが残っている。雨鈴はほっと胸をなでおろした。
「火を! 急いでけが人を回収!!」
 ヤマメが声をあげた。鬼火は家に火をつける。早急な対応が必要だった。刄久郎とベルンストが外に飛び出した。【咆哮】と【ホーリーアロー】で対応しようとする。
「もう大丈夫かなっ」
 奈緒が警戒しながら外に出た。雨鈴もあとに続く。
「ひっかかる‥‥」
 透子は首をかしげた。
 少年、弓彦の傷口と、先ほどの女アヤカシの攻撃は傷口が一致しない。なにか妙だった。いつでも結界呪符が使えるように準備しつつ、考え続ける。同じく、ヤマメも眉を寄せていた。先ほどの女アヤカシだけならば、こんな手口を使わなくてもよかったのではないか。
「危ない! まだ反応があります!!」
 そのときだった。
 ケガ人の様子を見ようと一歩外に出た水波が叫んだ。それとほぼ同時に、けが人に近づこうとしていた奈緒が血で染まった。
「うぁっ!!」
 警戒していなければ、もっと深刻な怪我になっていただろう。幸いにも浅いケガで済んだが、出血のせいでずいぶんひどく見える。
「なに!?」
 ベルンストと刄久郎が青ざめた。一体どこから攻撃されているのか、鬼火を相手にしている彼らはよくわかっていない。
「見えない敵がいます!」
 そう叫んだ水波に、見えない刃が振り下ろされた。
「あっうう!!」
 ヤマメは勘付いた。こいつが倒すべき敵なのだ。
「警戒! ごく近くに見えない敵!」
 ヤマメは弓を構えた。しかし、狙うべき敵がどこにいるのかわからない。
「無事ですか、水波殿! 敵の場所を!」
 水波はしばらく目を泳がせた後、青ざめた。
「いません。い、いえ、感じません。きっと、【瘴索結界】の外にいます!」
 その声を聞くやいなや、刄久郎は再び【咆哮】を使った。刄久郎の練力は限られている。何度も使うことはできない。
「お願い助かって!!」
 けが人を収容するなら今のうちだった。奈緒が弓彦を担ぎ、【スプラッタノイズ】を用意していた雨鈴が少年を担いだ。本当なら雨鈴を守りたい。刄久郎は見えない刃を待ちながら、どうすることもできない自分に焦りを感じていた。
「急いで!!」
 奈緒たちが家の中に飛び込むと同時に、透子は【結界呪符「黒」】で壁を作った。
「くそっ、どうすればいい‥‥?」
 ベルンストが鬼火を倒しきった頃には既に、家屋の一部に火がついていた。刄久郎の背中には水波がぴったりとくっつき、敵の接近を警戒している。出張所の中は中で、けが人の治療にてんてこ舞いだった。少年は既に身体の一部を捕食されていたのである。彼は瓦版売りの少年だった。
「薬箱があった! けど、だめ。ぜんぜん足りない!」
 奈緒が出張所の中をひっかきまわし、ようやく見つけた薬箱も、ほとんど中身は使われていた。
「この傷、お薬だけじゃだめよ? お医者様に見せなくちゃ、きっとまずいわ」
 少年の腹部を見て、雨鈴が額に汗をかく。臓器が失われた以上、一刻を争う事態だ。
「お医者さん‥‥? こんな町で?」
 奈緒は息をのむ。
「まずい。団体客が起きる。町人に警戒を呼びかけないと‥‥」
 ヤマメが頭を悩ませた。

「なんか、音がしたかぁ‥‥?」
 隣の店の商人が、ごそごそと店の戸を開けて外に出てきた。
「ダメだ! 出てくるんじゃない」
 ベルンストが急いで商人を家の中へと押し戻す。ベルンストの背中を、光る風が切り裂いていった。
『こっちだ!!』
 刄久郎の【咆哮】が響く。
「水だ。水をもってこい!」
 顔を苦痛でゆがませながら、ベルンストは商人に言った。鬼火による火の手は、徐々に大きくなっていた。
「刄久郎様! わたくしの言うとおりに!」
「わかった!!」
 何かが近づいてくる。それもかなりの速度で。
「いまです!!」
 水波の合図に従い、刄久郎は【両断剣】で兼朱を振り下ろした。何もなかった場所から瘴気が溢れ、両手が刃となった巨大ないたちがその場に崩れ落ちた。





 開拓者たちはその後、町を走り回った。火事への対処、団体客の出発阻止、まだいるやもしれぬ見えない敵に神経をすり減らし、少ない人数で最善を尽くした。少年に比べれば傷の浅かった弓彦もそれを手伝い、事態はそれ以上の悪化を見せることなく、収束していく。
 少年は町の医者に預けられ、開拓者たちの応急処置のおかげもあってか、命だけは取りとめたという。

「まだ気にかかる」
 ヤマメはもう少し、この町に残ることを提案した。
 その数日のちに、見えないかまいたちがもう一体彼らによって倒されたのは、また別のお話。
 町を騒がせた、そのかまいたちの名は――。


 了