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■オープニング本文 陰陽寮が朱雀寮と青龍寮、それぞれで入寮試験がつい先日に行われればその合否も通達され‥‥いよいよ今日この日、入寮式が執り行われる。 その最初、各寮での入寮式を行うに際して補欠含め合格の通知受けた者が一同に揃い結陣にある知望院に集められれば、五行が王の架茂 天禅(iz0021)を前にしていた。 それは陰陽寮へ入寮するに当たり行われる、一種の儀式の様なものか。 合わせて場に介し居並ぶ陰陽師は各寮の寮長もいる事から恐らく、五行の内部でも陰陽術に長けた精鋭だろう事が醸し出す雰囲気も相まって容易に察する事が出来て。 「‥‥先ずはこの場にいる皆へ、自ら望んだ上で入寮を果たした事に対して祝辞を言おう。おめでとう」 暫く、沈黙だけ積み重なる場の中であればやがて皆がそちらへ気を向けるのは必然で‥‥故にそんな頃合になったその時、架茂が漸く口を開けば言葉を発し始めた。 「形式ばった挨拶は好かん故、面倒な事は言わん。入寮した以上、生まれも育ちも気にしない。ただこれからの三年は純粋に力を、知恵を養い蓄えろ。そしてそれをどの様な形であれ寮を巣立ってから後、五行の為に、我の為に捧げろ‥‥故に励め」 果たして厳かな口調でこそあったが、彼が発する雰囲気はこの状況下において似合う筈もない威圧的且つ一方的なものであり、場に介する新たな寮生達はそれぞれに思う事もあったが‥‥架茂は当然の様にそれを気にする事もなく、身を翻しその場を辞すれば次いで後に穏やかな雰囲気携える一人の陰陽師が皆の前に進み出ると、これからの予定を皆へ告げるのだった。 「王の挨拶は以上です、以降はそれぞれが属する寮へ赴き入寮式に臨んで下さい。その仔細については実際に確認して貰うと同時、必要な手続き等は全てそちらにて行いますので遅参はしない様に‥‥それでは、これからの三年間が皆さんにとって掛け替えのない時間になります様に。そしてこれからの五行を支える重要な存在になって貰える事も、祈念しています。それでは、解散」 ●青龍寮入寮式 「それでは青龍寮の方々はこちらへ」 見覚えのある者もいるかもしれない。面接のときに寮長の横にいた狸のような体格の男と、狐顔の男が青龍寮の方へ皆を先導する。今日は新入寮生のご友人・ご親族も来ているようだ。いろいろな人が列に加わっている。知望院を出たところで、震上 きよ(iz0148)が一人ひとりに何かを手渡している。 「今日の『埋め札』に使うものだ」 それは手の平くらいの木製の札であった。丁寧に削りだされた平たい長方形。しっとりとした手触り。 「毎年恒例なんだが、これに好きなことを書いて教室の壁とかに並べるんだ」 青龍寮の入寮式はシンプルである。 寮長挨拶と記念品の授与、それに食事会のみ。料理は既に地元問屋『梅や』が手配しているらしい。ただ、ある時の寮長が食事だけでは寂しいということで、この木札を使った『埋め札』がはじまった。狸男は料理の確認をしに一時消え、狐顔の男が新入寮生をさまざまな教室へと案内する。 「決して大きくはないですが、ひとつの学年には青龍寮内の一区画が任されるんです」 ある教室。壁の一部に上から下までびっしりと、木札が並べられている。 『知望院で働きたい 室井』 『あの人の心を符にできたら‥‥ やや』 『ひめたる願いは胸の内に 坂戸』 等、細い筆から太い筆まで、一枚一枚に各自の思いが書かれている。この教室の札はずいぶんと昔のもののようで、趣のある色合いに変わっていた。 「次の区画も見てみましょう」 ある廊下。廊下の床板代わりに木札がはめ込まれている。そこには大小さまざまな白い手形があり、てくてくと子供の足跡が残っている。芸術作品のようにも見えるその区画の隅には、『1001年入寮生一同と仲間たち』と銘打たれていた。 「この頃から、『埋め札』に友人も参加していいことになったんだ」 話しながら、次の区画へ向かう。 「区画内は好きに『でざいん』して埋めてもらってかまわない。無理に区画内全部を埋める必要もない。木札の数が少なければ少ないなりに、工夫の余地もあるだろう。毎年のことだからさ、今年はどんな風になるのか、先輩たちも楽しみにしてる」 到着した場所は青龍寮の内庭であった。立ち木が並び、涼しい風が吹き通る静かな場所。真っ白な壁が新入寮生たちを出迎えた。人が横に並んで10人分くらいの幅の壁。狐顔の男がその左端を指差す。 「あそこがみなさんの区画です」 この壁にはまだ誰も『埋め札』をしていなかった。左端もただの白い壁面である。角が向こう側に折れている。 「木札を横に使うとして、縦に20枚、横に4枚並びます。つまり全部で80枚分の広さが、皆さんの区画です。一人で2〜3枚使うとちょうどよく埋まる計算だね」 入寮式は夕刻に行われる。それまでに『埋め札』を終えて、式が行われる大部屋に集まるように。狐顔の男はそう言ったあと、ふと思い出して「ああそうだ。入寮式のあとは『深夜会』があるから、そっちが好きな人はぜひ参加してくれよ」と『深夜が好きな紳士淑女の皆様へ』と書かれたビラを新入寮生たちに配り、その場から離れていった。 |
■参加者一覧 / 葛葉・アキラ(ia0255) / 薙塚 冬馬(ia0398) / 葛城 深墨(ia0422) / カンタータ(ia0489) / 出水 真由良(ia0990) / 胡蝶(ia1199) / 露草(ia1350) / 御樹青嵐(ia1669) / 四方山 連徳(ia1719) / 玲瓏(ia2735) / 各務原 義視(ia4917) / 柊 真樹(ia5023) / 樹咲 未久(ia5571) / 鈴木 透子(ia5664) / 秋月 紅夜(ia8314) / ゼタル・マグスレード(ia9253) / 宿奈 芳純(ia9695) / 无(ib1198) / 成田 光紀(ib1846) / 晴雨萌楽(ib1999) / フレデリカ(ib2105) / 紅梅(ib3270) |
■リプレイ本文 (王は変人みたい?) 无(ib1198)は一緒にいるナイと目を合わせた。 入寮式に際して行われた架茂王の挨拶を受け、参列した者たちの胸中はいかようか。青龍寮へ向かう列の中に、ひどく楽しげな表情を浮かべる男が一人。樹咲 未久(ia5571)である。 「‥‥『五行の為に、我の為に捧げろ』ですか? 困りましたねぇ。この身も力も、これから身に付けていく全て、あの人とあの子達に捧げているのですが‥‥」 「未久! 合格おめでとう!」 ぼふっと未久の肩に、薙塚 冬馬(ia0398)が飛びついた。 「うあっ、冬馬?」 考え事をしているところに突然やってきた冬馬に、未久はどぎまぎと反応に困りつつ、それでもやはりお祝いに来てくれたことが嬉しくて。 「来てくれたんだね。ありがとう」 心から微笑んだ。 ●各々の想いを込める 「‥‥」 胡蝶(ia1199)は細筆を持ったまま考えていた。手元の木札には『胡蝶』と先に名前だけ書き込まれた木札。なにを書こう。いや、書くことを見つけるために、青龍寮に入るのではなかったか。 「斬新‥‥斬新‥‥」 その隣では頭を悩ませる四方山 連徳(ia1719)の姿。なにか斬新なことを書くでござる‥‥良い言葉が浮かばないでござる‥‥ぬううと眉を寄せている。ちょっと可愛いかもしれない。 「‥‥ふむ」 すこし離れたところで一人、黙々と筆を走らせていた秋月 紅夜(ia8314)が一息ついた。完成した木札は二枚。書き残したことは無かったか‥‥? 「なにを書いたでござるか」 後ろから急に、四方山がのぞき込んだ。 「うぁっ」 秋月が飛び上がる。四方山の髪がさらりと首筋をくすぐった。 「斬新、斬新‥‥」 そう言い残し、四方山が去っていく。 「な、なんだったんだ‥‥」 「面白そうな人ね」 玲瓏(ia2735)が秋月に声をかけた。要ちぇっくだわ。 「一緒に学べることになってうれしいわ。私、玲瓏。よろしくお願いしますね」 「ああ、私は陰陽師の‥‥」 っと、よく考えたらここにいるのはみな陰陽師かと苦笑いし、「秋月 紅夜だ。よろしく」と右手を差し出し握手する。二人は埋め札の話題で意気投合し、その意匠について意見を交わす。 『兎に角も これからしばらく よろしくね』 すぐ横でさりげなく会話に混じりつつ、埋め札用の木札にそうしたためる鈴木 透子(ia5664)。ふと周囲の目が気になって、一筆書きで小さな猫を付け加えた。 「白墨あるよ」 相談に加わった无がひょいととりだした白墨に満足そうに微笑む玲瓏。 「なになに? 面白そうなこと?」 と、モユラ(ib1999)が加わった。 「文字にするとなんかちょっと恥ずかしいねー」 と、ほほを染めながら笑うフレデリカ(ib2105)に、「そうねー」とうなずく柊 真樹(ia5023)。しかし彼女の埋め札は『永続型式、共同研究者募集!』と、実にパワフルである。 朗らかな賑わい。 涼しげな木陰に横になりつつ、成田 光紀(ib1846)は【人魂】を飛ばす。 (折角潜り込んだのだ。よもや退屈などするまい‥‥) 気ままに飛ぶ人魂蝿はそんな埋め札組の様子を見つつ、寮内を探索する。 「むう」 と、成田は起き上がった。生徒同士のささやかな時間。いとなみ。人魂蝿は、愛をささやき、手をとりあう男女の姿を捉えていた。ダンスの練習である。別に変なことはしていない。成田は咎められたらやめようと思っていたが、なんとなくばつが悪くなって自分から人魂を消した。 「いま、目が合ったような気がしたが‥‥」 女のほうに、人魂を見つけられた気がした。 さあ書くものは書き、描くものは描かれ、埋め札が貼り付けられていく。玲瓏と秋月、透子たちを中心にまとめられた埋め札は、上が祝儀敷きで下に行くにつれ白壁を取り込んだ市松模様へと変化していく可愛らしいものとなった。 「うん、なんとなく絵っぽい感じになったわね」 満足げにうなずく玲瓏。 胡蝶は二枚の木札を貼り付けた。一枚は空白と自分の名前。もう一枚は、ともに寮生となる皆の成功を祈るもの。 「さしずめ、この空欄を埋めるのが私の目標ね‥‥」 まわりに貼り付けられている寮生たちの目標を見ながら、胡蝶はふとそんなことをつぶやいた。 (これも貼っておこう) 秋月は三枚目の木札を書き、貼り付けた。『共に学ぶ皆が大過なく過ごせるように』と。埋め札は完成した。秋月はしばし、埋め札を眺める。長持ちするように工夫した木札の文字を眼で追いながら、「迷ったらここに来るか」と――。 「秋月の君! さあいきましょう♪」 玲瓏が手を引き、秋月を連れて行く。 完成した埋め札を残し、生徒たちは入寮式へと向かった。 とたとたと足音が聞こえる。手に乗りそうなサイズの子犬が、十匹ほど埋め札の前にやってきた。それぞれひゅーんと飛び上がり、今年の寮生の作品を眺めていく。 「なになに? これ市松模様?」 「いんじゃね。きれいなんじゃね?」 「すごい! ちょっと、いきなり前に来ないでよ!」 子犬は空を飛びながら、奪い合うように埋め札を眺めていく。ここからは、寮内のどこかで交わされた会話を記録していきます。 ●『未久、厨房への立ち入り禁止』 「どういうことなの‥‥?」 「さあ‥‥?」 それは、今夜わかります。 ●『萌』(となりになにやら人の顔らしき絵が) 「これって、この絵の人物に対する感情の高まりを表してるのかな」 「いや、違うでしょたぶん」 ●『道を切り開く力と夢が欲しい フレデリカ』 「やっぱり、新入寮生はこうでなくっちゃね」 ●『焦らず。驕らず。昂らず。くさらず。怠らず。足るを知る』 「‥‥むむぅ」 「ちょっと、なんでシュンとしてるのよ、あんた」 「おれ、この新入寮生に負けないようにがんばるよ」 ●『この思いと願いを空と海に誓う 樹咲』 「この子いいな‥‥かわいい」 「男の子よ。たぶんその字」 ●『研究の成功をここに祈ります』 「おお? 負けてられねぇな」 ●『 胡蝶』 ●『ここにある全ての願いが叶いますように 胡蝶』 (なんだか、共感できるわ。この子) ●『兎に角も これからしばらく よろしくね』(子猫の絵が鳴いている) 「こちらこそ〜〜♪」 なんとなく、こちらもニャーンと挨拶を返す。 ●一:『一流の術者になる』 ●二:『故郷の者どもを黙らせる』 ●三:『共に学ぶ皆が大過なく過ごせるように』 「黙らせるてどんなだ」 「いい子だと思うわ。きっとね」 ●『知を覚え 識を深め 智を得ん』 「あんたも見習ったほうがいいんじゃないの? こういう姿勢」 「なんのことかな? さて次は‥‥」 「おいおい」 そこで、式の時間がやってきた。子犬たちはいっせいに消え、青龍寮の大部屋で寮長の挨拶が始まる。 ●青龍寮 入寮式 青龍寮の大部屋。 敷き詰められた畳の上。並べられた座布団と食事をとるための衝重(ついがさね)。新入寮生たちが各々、決められた席に着座している。衝重には、小さな杯と少量の酒。 (締めるところは締める、緩めるところは緩めるのが、父様の教えだったからね) フレデリカは涼風のごとく、伯爵令嬢らしい振る舞いで背筋を伸ばす。隣に座っていたカンタータ(ia0489)が、「シンボルって青龍を意匠したメダルとかですかねー?」とフレデリカに問いかける。カンタータは今日はフードをつけていない。耳は自然に隠れていた。 「どうなんだろう。それにしても」 「‥‥そうなんですよねぇ〜」 正座は慣れないねと苦笑いする二人。そんな二人は、ジルベリアの出身であった。 「青龍寮寮長がご挨拶される! みな、静かに!」 狸男、弓島 豪大が声を上げる。質素でありながら艶っぽさも纏った震上 きよ(iz0148)が、一番前に一つだけ用意されている席に着座した。彼女に近い位置に新入寮生。末席のほうに2年生、3年生の代表が座っている。ちなみに、狸男と狐男は3年生代表、そのほか2名が2年生の代表である。震上はぐるりと新入寮生の顔を見回した。 (わ、いよいよ入寮なんだ! しっかり聞かなくちゃ) モユラがビッと背筋を伸ばす。こういう節目は大事にしなきゃねと、震上の言葉を待つ。やがて。 「入寮おめでとう。まずは祝辞を述べさせてもらおう。どうかな? まだまだ慣れぬ他人の敷地といった感じであろうが、徐々に自分たちの庭にしていってくれ。五行を担う新しい人物が誕生することを祈っている。よきように寮を使ってくれ」 一息置く。 (入寮した以上、生まれも育ちも気にしない。ただこれからの三年は純粋に力を、知恵を養い蓄えろ‥‥か) 各務原 義視(ia4917)は震上の話を聞きながら、五行王の言葉を思い返していた。 (五行に生まれ‥‥育ち‥‥) 涼やかな外見に隠された彼の熱意が、その胸中で踊る。震上の話は続く。 「最近、新大陸の存在がうわさされているが、まだまだ五行は陰陽師の国だ。商業的な美味さよりもアヤカシの研究に興味があるらしい。だが、今年合格した者の中には開拓者も多い。今年は今年で、新しい雰囲気が出来上がることを楽しみにしている。では」 衝重に乗せられた小さな杯に両手をそえた。2・3年の代表者も震上にならって杯を手に取る。 「ようこそ青龍寮へ! みなに青龍の誇りを!」 震上はぐいと杯を乾かした。同じようにみな杯を乾かす。杯を置いたタイミングで2・3年生が拍手で新入寮生を祝福した。入り口のふすまが開いた。女性の先輩たちが手に小さな箱を持って入ってくる。彼女たちはみな白地に青い衣装を身にまとい、その箱を一人ずつ手渡ししていった。 「あっ」 カンタータがにやりと笑った。フレデリカと目が合う。その箱の中身は、龍の姿を模した小さな硬貨であった。龍の黒い瞳が、二人を映し出していた。 入寮式は終わり、食事会に移行した。運ばれてくる料理は一品一品は少量ながら、非常に丁寧に作られており、新入寮生たちは舌鼓を打つ。 (いよいよ入寮しましたね‥‥!) 御樹青嵐(ia1669)がこれからの生活に胸を躍らせつつ、引き締まった気持ちで料理を美味しくいただく傍ら、ここぞとばかりにモリモリ食べる四方山の姿。 (美味しいなぁ) 一切合財売り払って寮費を確保してきた真樹が、土偶ゴーレムは売らずに済んでよかったと思いながら、箸を運ぶ。 (ありがたいことです。頂戴します‥‥) 宿奈 芳純(ia9695)はきちんと正座をし、整った身なりで食事を楽しんでいた。 (あの人、お面をつけていた人‥‥?) まわりの様子を伺いながら少しずつ食べ進めていた透子が、芳純に目をとめた。芳純は今日、お面をはずしている。清らかでやさしげな表情を浮かべる彼の顔を見つめながら、そういえば、どうしてお面をつけているのだろうとふと透子は思うのだった。厳かな雰囲気のまま食事会は終了し、挨拶ののち震上きよは一旦離席した。 「あたた‥‥」 場の空気が徐々に弛緩していく。 「料理は美味しかったけどさぁ‥‥。ちょっと‥‥足、痺れた‥‥」 フレデリカが足を伸ばす。同じように、カンタータもモユラも、狐顔の男も足を伸ばしていた。 「良かったね! ナイ! 大人しくしてるんだぞ?」 ちょうどそのころ、寮長の震上から、『おとなしくしていること。試験などの場合は同席はできない』などの制約のもと、ナイと一緒に授業を受ける許可をもらった无が、廊下ではしゃいでいたという。 ●夜の宴は紳士淑女のため お待たせしました紳士淑女の皆サマ。いよいよこれから深夜会が始まります。おっと準備のある方もいらっしゃるようですね、どうぞどうぞ。厨房は開いております。さて、2年生も3年生も入ってよろしいか? よろしいでしょうか? 「どうもー♪」 先陣を切って入ってきたのは、狐顔の男であった。深夜会はもう完全に無礼講であるため、はっきり言って席など関係なかった。どかどかと入ってきた2年生、3年生が、目についた新入寮生を連れ去ってあちらこちらで小さな島ができる。 「それじゃあ新入寮生の皆さん! 入寮っ、おっめでとーございまーす!!」 狐男の軽いノリに、一緒に来ていた狸男が照れている。 「ちょっとゼタル君、それなんなの!?」 露草(ia1350)が目を丸くする。同席していたゼタル・マグスレード(ia9253)が、青嵐に刺身と一緒にした甘瓜を勧めていた。 「ん? ジルベリアでは薄切り肉と果物を共に食す献立もあるようだぞ」 さらりと言ってのけるゼタルのそれを口にした青嵐は、どうなんだ、これはどう反応したらよいのだという味に戸惑いつつ、ぐいっと酒でそれを押し流した。 「おや、いらない?」 露草には断られ、残念そうにもぐもぐとゼタルはそれを食す。 「おっと! 新入寮生だけで固まってちゃだめだぞ!」 2年生か3年生らしい男女が割り込んできた。青嵐がぱっと微笑み、出迎える。 「さぁ、どうぞうどうぞ!」 用意してきた酒の肴。季節の刺身盛り合わせに、夏野菜の一夜漬け。これは良く合う。酒がすすむ、すすむ。 「これはどうやって食べるの?」 女の先輩が刺身の乗った甘瓜を指差した。 「ジルベリア流らしいですよ?」 露草がいたずらっぽく笑う。差し入れた当人は男の先輩に連れられて、酒飲み行脚の旅に出ていた。 「それじゃ、いただきまーす!」 ひょいぱくと女はそれを食べた。なんとなく反応が気になる露草は先輩の様子を伺う。 「んー! おいしー!」 女はあっさり微笑んだ。 「え!?」 意外な反応だった。 「おいしいよこれ!」 もう一つ、女はひょいぱくと食べてしまう。ひょっとしたら、自分の口にも合うのかもしれない。一瞬わいた興味を抑えられず、露草はそれに手を伸ばした。 「!!」 青嵐が反応をうかがっている。 「‥‥お、おひゃへ」 残念ながら、露草にとってはお酒でごまかすしかない感じだった。 「こんばんはー」 冬馬がたまねぎと鳥の酢漬けを差し入れにやってきた。 「あれ? 未久は‥‥」 首をかしげる。 「ああ、未久君なら厨房に行ったよ!」 そのへんであたりめをかっ食らっていた男がそう言った。 「なんだって‥‥!!!」 冬馬は差し入れを男に押し付けて、厨房へと急いだ。 (ど、どうなってるのこれはっ) 厨房につまみをくすねにやってきた真樹がその惨事を目の当たりにしていた。 「未久――!?」 「ん?」 先輩に連れられて厨房に来ていたらしい未久が、苦笑いをした。冬馬が天を仰ぐ。なぜだか厨房は上から下まで水浸しであった。ところどころ壁に破損と燃えた跡が見られる。どうやら火事にでもなっていたらしい。先輩たちが、疲れた顔でその場にたたずんでいた。 「先輩、ひとつ頼んでいいだろうか。未久を絶対に一人で厨房に立たせないでほしい。身内の恥だが、こいつは凶悪な料理音痴だ」 なんとなく、言わんとしていることは伝わっていた。未久がしょぼんとしている。 「寮を破壊する様な事がないように頼む。未久も勝手にするなよ」 「わ、わかったよ。ごめん、冬馬‥‥あの、こんなあれですけど、先輩方」 未久は姿勢を正した。 「これからご指導、ご鞭撻の程宜しく御願いします」 こちらこそ! 事件はあったものの、先輩たちは優しく未久を迎えた。 「あらー、みなさんごきげんよー。どうぞどうぞ食べてください」 一方、無事に調理ができた人たちもいて。大部屋の一角に大きな人だかりができていた。 「これなに!? ちょっと、私も食べるんだからとらないでよ!」 「イタッ! いいだろ? 早い者勝ちだよ!」 カンタータの作った紅汁を皆が奪い合っている。 「くうっ、それは俺が食べるんだ! 【斬撃符】!!」 「なにすんのよ! いでよ、【火炎獣】――!!」 深夜とお酒は怖い。本能をむき出しにする。 「だめですよ先輩方!!」 厨房から帰ってきた真樹が、こっちでも大惨事になりそうで黙っていられなかった。 「お酒と深夜は、無害な範囲で楽しむこと!!」 拍手が起きた。喧嘩がおっぱじまりそうだったが、真樹の叫びで事態は収拾。みな穏やかにカンタータの料理に酔いしれるのだった。 「なんだかにぎやかですね‥‥あ、どうぞどうぞ」 その様子を遠目で見ながら、出水 真由良(ia0990)は狸男、弓島に酌をした。試験のときとはいえ、攻撃をしてしまったことをわびに来たのだという。弓島はむしろ恐縮した様子で「いや、お気になされるな」と真由良に酌を返す。 「ありがとうございます‥‥」 くい、と真由良はお酒を飲み干した。 「おや、いける口かな」 狸男も杯を空けた。お互いにもう一度酌み交わす。しばらくそれが続いたのち、「ごあいさついいですかー」と透子と真樹、そして先輩に連れられて酔っ払ったゼタルがやってきた。 「ふふ、わらし、ほかのかたにもお酌してきまふ‥‥」 真由良はふらりと立ち上がると、「あ、着物‥‥」という狸男の制止も聞かず、ふらふらと次の島へと移動する‥‥。 「だから‥‥うちに来る子の名前はもう決めてあるんです。服だってそろえましたし、飾り物だって武器だって」 「うんうん‥‥ぐすっ」 露草を中心に輪ができている。話題は将来の夢や目標について‥‥。人妖を待ち望む露草の話に、袖を濡らす先輩たち。 「こればっかりは、さずかりものっていうしね」 女の先輩が残念そうにつぶやく。 「露草さん、飲みすぎでは‥‥」 底抜けた筒と言われた青嵐が、そっと露草をたしなめる。 「あきらめたらいけらいです‥‥」 真由良がふらりとそこへ現れた。ぐわしと露草に踊りかかって、よしよしと頭をやさしく撫でる。 「わらしにも目標があります! 大きな目標が!」 固定化された式の構築‥‥想像するだけでも高い目標。ちなみに真由良の着物がはだけてかなり危ないことになっていることを、青嵐は目撃していた。 (――気のせいだ) そう。すこし、酔ってしまったのだろう。珍しいことだ。青嵐は目をそらしつつ、その場を去っていく。さりげなく真由良の着物を元に戻していくあたりが、彼の優しさと言えるかもしれない。 (――相手を探しに行きましょうか) さながらライバルを求める剣客である。酒瓶を手に、青嵐は部屋をさまよう。 「ん?」 ちょうど、ゼタルが熱い議論の場に巻き込まれているのを目撃した。というか半分眠っている。隣でこぶしを突き上げている女性に、アッパーを食らわされそうになっている。 (ちょっと失礼) 青嵐も席に加わる。 「だから、蛸は食ってよし、武器に良しでござるよー!」 こぶしを突き上げていたのは四方山であった。 「や、大丈夫ですか」 四方山のこぶしからゼタルを救い、青嵐が部屋の隅にゼタルを連れて行った。 「ん‥‥ああ」 目を覚ましたゼタルは苦笑いした。 「青嵐君は大丈夫なのか? 意外と酒豪なのだな‥‥。露草君は‥‥?」 「人妖について語っていますよ。彼女の夢だそうです」 微笑で返す青嵐。 「ちょっといいかしら!」 そこへ、すこしほほを染めたモユラが現れた。ちなみに今回の飲み会で、モユラは既に先輩を5人潰している。彼女が今後、青龍寮の赤い大樽と呼ばれる由縁である。 「おや」 モユラの手に握られた酒瓶を見て、青嵐は心躍った。 「いいでしょう。受けてたちますよ?」 底抜けた筒と赤い大樽の戦いが、いま始まる。 玲瓏がもくもくと蛸の酢漬けを食べながら、熱い議論を見守っている。さて、物語のネタになるかしら。 「四方山さんのおっしゃることもわかります。蛸、大いに結構。では、話は変わりますが魔の森についてはどうお考えですか。先輩方にもお伺いしたく」 と、話題を振ったのは義視である。陰陽師が集まる飲み会らしい議題だ。 (蛸、美味しいわ) 玲瓏はもくもく蛸を食べる。あいさつ回りに来た透子が、興味深そうに隣に座った。 「忘れようとしても忘れられないんさ」 ある先輩が口を開いた。魔の森に潜ったときの恐ろしい経験、それを遥かに上回る興味。芳純もその話に耳を傾けている。まあ一献、と成田が先輩に酒を勧める。 「あ、ちょっとあんた!」 と、突然成田は首根っこを引っつかまれた。 「ひょっとしてあんた? さっき『見てた』んじゃない?」 という女の声。 「おおおおおお」 成田はそのまま連れ去られた。ひょっとしたら女の思い過ごしかもしれないのだが、女は自分の直感を信じて成田を酒席へと招いたのだ。怖そうなお兄さんが一緒にいる。突然やってきた嵐が過ぎて、先輩は酒をぐいと飲んで話を続けた。 「聞けば、新大陸に向かう途中の島は魔の森に覆われて、捨てられた島だっていうじゃないか。惹かれるんさ。そういうもんに‥‥そうだろう?」 同意を求める先輩の言葉を、芳純は「そうですね‥‥」と受け止めた。人はそれぞれ、個性もあるし考え方も違う。それを心得ている彼は、議論の場でも実に穏やかだった。 「己の理屈をおしつけない事です」 飲み会が佳境に入ったころ、ある先輩に学ぶ際の心がけを尋ねられた彼は、そう答えたという。 「ご、ゴブリンスノウ!」 さて、大部屋の一角でそんな声が聞こえてきた。 「なんだ? なんだ?」 アヤカシの名前に興味をくすぐられた面々が集まっていく。そこには胡蝶を中心として大クイズ大会が開催されていた。 「では次、これは?」 さっととりだしたのはジルベリアの焼き菓子であるクッキーだ。 「ええええと! ちょっと待って、ボクわかる、わかるよ!」 フレデリカがその名前を思い出そうと眉を寄せている。 「決まってる! それは『ガーゴイル』だ!」 ひっそりと穏やか飲みを楽しんでいた秋月も参戦している。クッキーが模しているアヤカシの名前を当てられたら食べても良いルール。だが。 「残念〜。ガーゴイルじゃないわよ」 「えっ」 「罰ゲーム!!」 誰かが持ち出したきつねみみをつけられて、秋月は真っ赤になった。いつの間にか、ルールが追加されていたのである。ちなみに正解はフローズンジェルである。 「じゃあ、これは?」 どう見てもそれはガーゴイルだった。 「今度こそ『ガーゴイル』だ!」 「残念〜。ガーゴイルっぽい形をした、フローズンジェルよ」 「そんな!」 赤眼鏡が奪い取られて、今度は『黒縁めがね』を装着された。 「お、なにを持ってきたんだ、ナイ?」 クッキーをくわえたナイを抱き上げて、无はクッキーをナイからもらった。 「ありがと。もうちょっともらいに行こうか」 无が胡蝶のところへ行ったときちょうど‥‥。 「つ、次こそ! 答えはフローズンジェルだ!」 「残念!」 秋月は既に普段とは全然違う格好をしていた。着物の黒髪美人である。これはこれで良いと思うが。 「永続型式に興味ある人集合っ!!」 真樹の声が大部屋に響く。そこにいるほとんどがその声に反応して集まってしまったことも、真樹にとっては良い思い出。 ●たけなわですが 震上は深夜会を抜け出して、埋め札を見に来ていた。月明かりに照らされた埋め札を、一つ一つ見ていく。やたら目つきの悪い鎌鼬が描かれた斬撃符、やたら歯が強調されている笑顔のドクロ猫、『永続型式、共同研究者募集!』という呼び込み。その自由さが、震上は好きだった。 「お‥‥」 目にとまったのは『志』の文字。 (シンプルだけど、こういうのは伝わってくるものがあるよな) ちゃぽん、と瓢箪に入った酒をひと口。 「お一人ですか?」 成田がふらりと現れた。草むらでも通ってきたのか、着衣が乱れている。 (うまく逃げられた‥‥) 「ん? ああ、そろそろそちらに行くよ。どうした?」 震上が微笑む。 「聞いてみたい話もあったんでね」 なんだろう? 震上が首をかしげる。とっさにそう言ったものの、続く言葉が見つからず、 「いや――」 と言葉を探しながら成田は煙管に火をつけた。。 「あああーーー!! いた! おきよさんいましたよぉーーー!」 モユラの声が聞こえてきた。赤い大樽はぴんぴんしている。ちなみに、大樽ってのは女性に失礼じゃないですか! というモユラの主張により、この名はのちに赤いショットグラスと変えられた。 「こっちこっち! お話聞かせてください!」 その隣には青嵐。ぴんぴんしている。 「ああ、いま行くよ」 震上が深夜会へ戻っていく。結局夜は朝まで続き、深朝会という謎の単語が生まれるまで飲み会は続いた。 朝早く。 「んー」 透子はぐっと伸びをして、まわりを見回した。みな床に転がっている。 「さて、みなさん朝ですよー!」 雑巾はどこでしょうかと透子は探す。 こんな感じで、青龍寮の新たな一年が始まった。 了 |