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■オープニング本文 ●青龍寮 夏合宿 「さて‥‥」 青龍寮ではこの時期、新入寮生を2グループにわけて夏合宿が行われる。ちょうどその班分けを終えた震上 きよ(iz0148)は、自室でぐっと伸びをした。 「震上さーん! 荷物が届きましたよーーー! お酒の贈り物ーーー!」 そこに、彼女を呼ぶ声。 「いま行く!」 震上は『林間組』『湖畔組』と書かれた小さな紙を名簿の上にそれぞれ置いて、その場を去った。おそらく普段から付き合いのある問屋からだろう。この時期になるといつもその問屋は天儀酒を贈ってくれる。冷やすとひんやり、とても美味い。 ●湖畔!? 湖畔合宿組を引率してきた狸体型の男、弓島 豪大は馬車から降りるとぐっと眉間にしわを寄せた。 「森の中だと‥‥?」 馬車を降りていく新入寮生を横目で見つつ、馬車のそばで腕組みをする豪大。おかしい、湖畔組を引率してきたはずだが‥‥? しかし周囲にあるのは背の高い木々と大きな焚き火用の組木。そしてジルベリア風のろぐはうす。湖畔もなければ、合宿所である船もない。風が涼しさを運んでくる。 どう考えても、ここは林間合宿用の場所である。ごほんと咳払いして、豪大は新入寮生たちを集めて話を始めた。 「今日から三日間、皆さんにはこの森の中で陰陽師の修行をしてもらう。湖畔合宿のはずだったが、どういうわけか林間合宿の方へ来てしまったらしい。まあ、気にしなくていい。具体的なことは旅のしおりを見てもらうとして、一つだけ言っておきたい‥‥」 豪大は普段のそれとは違うひどく暗い表情を見せた。一行を乗せてきた馬車がコトコトとその場から去っていく。 「このろぐはうすには、‥‥が出る、らしい‥‥」 ガタンとなにやら、ろぐはうすの中で物音がした。 「ヒィィッ!」 豪大は見た目からはとても想像できない声を上げると、「お、おれは焚き火を見ているから、みな好きな部屋に勝手に泊まれ!」と金切り声を上げた。ろぐはうすの扉から、ぴょこんと小鳥が飛び出して森に消えた。 「‥‥か、解散だ。各自自由行動!」 そんなことを言い捨てて、豪大は焚き火の組木に向かっていった。荷物は先に運び込まれ、既にろぐはうすの中らしい。と言っても、湖畔合宿用の荷物しかないのだが。 さて、ある者は気にせず、ある者は恐る恐るろぐはうすに入っていき、荷物と部屋、そして旅のしおりを確認する。 ◆旅のしおり 〜林間・湖畔共通〜 ・日程 1日目 昼過ぎに現着。食糧と寝床の確保をすること。 2日目 林間組は薪割りと枝打ち、湖畔組は危険な水生生物『荒ぶる水草』の除去を行う。 3日目 寝床である合宿施設を掃除し、自分たちの足で青龍寮まで戻ってくること。 ・注意点 この合宿は三日間の日程です。この三日間は陰陽師としての力(スキル)は一切使わず、己の身体を鍛え上げる時間としてください。また、先輩寮生が1名引率としてついていきます。困ったことがあったら迷わず声をかけてください。 ・その他 食料は現地調達です。もちろん陰陽師としての力は使ってはいけません。林間組には『食べられる野草集』、湖畔組には『毒のある水生生物の食べ方』という冊子をそれぞれ貸し出します。引率者が持っていますので、必要なときは声をかけてください。合宿場所から青龍寮までの道順は各引率者が把握しています。安心してついていってください。 ◆旅のしおり 〜湖畔合宿組用〜 湖畔に浮かぶ船が今回の合宿所です。その湖には自らの意志で動く水草状のケモノ『荒ぶる水草』が生息しています。彼らは光を見ると活発に動き、船の上にも這い上がってきます。光さえあれば昼夜の活動はあまり差がありません。昼など、かなりの確率で遭遇すると思われます。それほど強い敵ではありませんが、触手には毒があり、触られると痺れるので気をつけてください。そっとしておけば、やがて湖に戻っていきます。ただ『荒ぶる水草』を退治する量に応じて報酬が支払われるので、ぜひがんばってみてください。 このほか湖畔の付近が見事な筆さばきで描かれているが、森の中にいる皆さんにとってはあまり意味がなかった。このしおりは合宿数日前に配られたもの。人によっては頭の中にすっかり入っているだろう。 「‥‥帰り道? わかるぞ。おれはここに下見に来たことが‥‥ッッッ!?」 カラスが泣く声。すっかりおびえモードの狸男は、しゅるしゅると小さくなった。 「お、おれはここから動かんぞ!」 さて、皆さんは無事に青龍寮に帰ることが出来るだろうか? |
■参加者一覧
出水 真由良(ia0990)
24歳・女・陰
胡蝶(ia1199)
19歳・女・陰
四方山 連徳(ia1719)
17歳・女・陰
柊 真樹(ia5023)
19歳・女・陰
樹咲 未久(ia5571)
25歳・男・陰
鈴木 透子(ia5664)
13歳・女・陰
宿奈 芳純(ia9695)
25歳・男・陰
无(ib1198)
18歳・男・陰
成田 光紀(ib1846)
19歳・男・陰 |
■リプレイ本文 「本当に大丈夫なのかしら、この陰陽寮‥‥」 しゅるしゅると小さくなった狸男の背中を見つつ、胡蝶(ia1199)はぼそりと呟いた。心配するのも無理はない。引率者がこれでは‥‥しかし、考え方を変えればいい機会とも言える。術が禁止され、引率者も頼りない。これは絶好の訓練日和なのかもしれない。宿奈 芳純(ia9695)はまさにその境地に達していた。 (湖畔組のはずでしたが‥‥まあ、問題ありません。『人というものは、いついかなる場合でも、自分の巡り合った境遇を、もっとも意義あらしめることが大切だ』という言葉を聞いたことがあります) 面をつければ独特なオーラを放ち、面を外せば涼やかな顔立ちの芳純は今日も自分のペースを崩さない。 「あ、地図‥‥どんな内容だったかな?」 はて、と成田 光紀(ib1846)がろぐはうすの前で足を止める。林間組からしおりを見せてもらっていたのだが、周辺地域はどんな様子だったか。地図もそうだが、むしろ光紀にとってはこの林にどんな虫がいるのか気になるらしい。 「荷物は適当な部屋に放り込んでおいてくれ。煙が苦手な奴は、相部屋は避けたほうがいいぞ」 と言い残し、光紀はさっさと林の中へ消えてしまった。 「それでは行ってきます」 ろぐはうすに荷物を置くなり、鈴木 透子(ia5664)もろぐはうすを飛び出した。山歩きは慣れた様子。彼女の目的は山菜採りである。ざくざくと林野に入りこむ。 「あっ、ボクも連れて行ってください! 釣り道具もあるんですよ!」 そんな透子を、柊 真樹(ia5023)が追いかける。 「やっぱり、‥‥が出るんでしょうか‥‥」 出水 真由良(ia0990)がろぐはうすの中をぐるりと見回す。見たところ、そんなに変わったところは無いようだが? 「!!」 尾無狐がとたとたと无(ib1198)のまわりを駆けている。无が「どうしたどうした」とナイを抱き上げる。尾無狐の毛はざわりと逆立っていた。 「‥‥うーん?」 しばらく悩んだあと「なにか、いるのかも?」なんて、呟く无であった。 「林の幸をゲットするでござるよ!!」 四方山 連徳(ia1719)の声が――そして、巨大な炸裂音が――屋外から響いてきた。 「どうしました!?」 ろぐはうすの掃除を始めていた樹咲 未久(ia5571)が窓に駆け寄る。 「はっはっは、焙烙玉で獣肉どっさりでござるー!」 先ほどの炸裂音は試し打ちだったらしい。 「四方山さーん! 火災には気をつけてーー!」 未久の声が聞こえたかどうか。湖畔組の合宿は、こうしてスタートした。 ●ろぐはうすの怪談 夜。 電気などない世の中であるから、明かりといえば蝋燭である。真樹が用意した蝋燭を囲み、それぞれ食べ物を盛った椀を抱えての晩御飯が始まった。主な食材は予め用意していたものを含め、ご飯と味噌汁、それに焼いた川魚である。茸と山菜の甘辛煮もなかなか美味しそうだ。魚は岩魚。透子と真樹の手柄である。 ――透子さーん! こっち! こっちに蟹がいますよ!!―― ――あ、柊さんそっちは危ない―― ざぱーーーん! 沢では、真樹の水着が大活躍だったらしい。現在、水着は真樹の部屋に干してある。 「美味しいですね! これ! 貝も入ってるんですねー!」 そんな真樹は、ニコニコと茸と山菜の甘辛煮を口にする。 (ああ、それはタニシなんですけども) 真樹の隣で、もくもくと透子は味噌汁をいただいていた。 「けっこう標高がある場所なんですね、ここ」 透子は味噌汁の中の茸をひょいとほおばった。 (危うく山火事になるところだったでござる〜) 四方山は森の中で猪を見つけ、興奮気味に焙烙玉を投げまくったのだが、結局木々の表面を焼くばかりで獣は捕まえられなかった。 (明日こそは獣肉ゲットでござるよ!) ぎろりと輝く四方山の瞳。 (やれやれ、頼むから巻き添えはやめてくれよ?) 四方山の表情を伺いつつ、蝋燭の光に味噌汁の具を当てて光紀が苦笑いした。茸だ。 (しおりにあった毒茸じゃないか) まわりに気づかれないよう、そっと茸だけ別皿に移す。どうやら无も気がついているようで、同じように茸をより分けていた。 (あ‥‥私が調理担当に加わっていれば、材料から抜いておいたんですが‥‥) 未久が困ったような笑顔を浮かべる。彼は釣りから戻ってきた真樹に、調理担当に加わるのを止められたのだった。真樹は真樹で、入寮式の惨事が頭をよぎったのだろう。けっこう必死に彼を止めていた。 「さて」 そんなときである。 「夜といえば、怪談よね」 胡蝶が話を切り出したのは。 「六番目の部屋って話、知ってる?」 真由良が首を横に振る。蝋燭が静かに揺れる。ぞぞぞぞと押し寄せてくる風がろぐはうすの壁を叩き、奇妙な音色を奏でていた。胡蝶の話が始まる。 「あれ?」 話の途中、未久が窓の外を見た。 「いま、狸先輩が林の中に入っていきましたよ?」 気になってはいた。夕食前、未久は狸男をろぐはうすで一緒にご飯を食べましょうと誘ったが、狸男はがんとして動かなかった。最終手段として防火用の水を頭からかけようとしたものの、意外に俊敏な動きでそれは避けられてしまったのだ。結局、狸男は焚き火にいたまま。 「やれやれ‥‥」 光紀が面倒そうに窓の外を見る。確かに、焚き火のそばに狸男はいない。 「キャッ!」 小さな声が漏れた。 「な、なんでもふらがここにいるのよ!」 胡蝶が四方山の方を指差して、真っ青になっていた。 「なんでって、それは狸先輩が斬撃符を食べてしまったからでござるよ!」 (え?) 无はまったく話がかみ合わない二人のほうを見た。二人の目が白黒点滅している。四方山が立ち上がった。 「いまこそ拙者達は橋の下の大王宮でカキ氷の早食い対決をするべきでござるぅ!」 「いやぁぁぁ! もふらが、もふらがひょろ長いっ!??」 現在、胡蝶には四方山が8頭身のもふらに見えている。対する四方山は頭のねじが数本飛んだ状態になっているようだ。 「‥‥これは、やっぱり?」 未久が味噌汁の中の茸を見つめる。 「とにかく、狸先輩が心配です。探しに行きましょう」 キリッとした瞳で、透子はそう告げた。 「引率の方を捜すことになるとは‥‥」 未久が焚き火を前に苦笑いした。急遽、狸の捜索隊が結成されたのだ。 「あまり遠くに行くと危ないので、無理そうだったら明日にしましょう。番号、いち!」 透子が点呼をとる。にい、さん、し、と番号が順序良く進み‥‥。 「ろく!」 と声が聞こえたところで、透子は固まった。アレ? 「おかしいですね、もう一度。いち!」 にい、さん、し、ご、ろく‥‥。やはり、六人。アレ? 「どうしたんです? 透子さん。顔色が悪いですよ?」 と真樹。 「え? だって、数が合わなくて。六番目って誰ですか?」 「「「え?」」」 光紀が、ぷか、と紫煙を吐いた。残りの三人が声を合わせて透子を見つめる。 「どうしたんですか透子さん。いまここには、五人しかいないですよ?」 「え、だってさっき『ろく』って‥‥」 透子の言葉に、真樹が青ざめた。いまここにいるのは真由良、光紀、未久、真樹、そして透子の五人だけだ。无は芳純と一緒にろぐはうすに残り、四方山と胡蝶の面倒を見ている。真樹がゆっくり周りを見回した。 「そ、それってここに出るっていう‥‥?」 雨が降り始めた。 「捜索は無理そうだな」 光紀が番傘を広げる。 「‥‥実害がなければ、幽霊さんはいなかったってことにしちゃいましょう、ね?」 おびえ調子の真由良の言葉に、「まだいるとは限らないさ」と光紀はそっけなく答えた。 その晩の、各部屋の様子‥‥。 部屋組みの相談ができぬまま時間が過ぎてしまい、なし崩し的に部屋割りは決まっていた。 茸の毒に侵された胡蝶、四方山ペア。 「うーん‥‥もふらが‥‥もふらが‥‥」 「そ、それ以上は食べられないでござるよ‥‥いくら大黒柱でも」 師匠の拳骨を百万個浴びるという悪夢にうなされる透子と、実は食べていないのに茸の毒に怯えて眠れずにいる真樹のペア。 「うううああああ! お師匠様! ごめんなさいごめんなさい!!」 「‥‥うう、ぐすっ」 「両方が行き先を間違えているのだとすれば、『入れ替え』ですよね。馬車の御者の方への指示を出すとき、間違えたとかでしょうか? あ、これもらいます」 そして花札に興じている真由良、芳純、无の三人。 「私の考えもそれに近いですね。あくまで推論ですが、『入れ替わった状態で私たちがどう動くか』を確認したいため、意図的に入れ替えたのではないでしょうか?」 次々に役を作っていく二人の手元を見つつ、 (猫とかもふもふした何かのいたずらじゃないかなぁ) と頭をかく无。 (にしても、この二人の強さったら‥‥) 残りの二部屋は静かなものだ。一室は未久がお休み中。憧れの人の夢を見ている。光紀は小雨の中で一人、小さくなった焚き火を見つめていた。そのわずかな光に集まってくる虫たち。光紀が煙管をふかす。 ●二日目 「かぁーんぜん! 復活でござる!!」 四方山が真っ先に飛び起きた。ぶおんと手斧を振り上げる。もう一方の手にはナイフ。 「これで、薪とか枝とか頭をガンガン切ったり割ったりでござるー」 「な、なに‥‥朝からうっさいわね‥‥」 胡蝶が目を覚ました。頭が痛そうだ。 「お! 胡蝶さんおはようでござる!」 四方山の笑顔が光る。 「‥‥っつ」 胡蝶の脳裏に何かがよぎった。昨晩、何か恐ろしいものを見たような? 「ごめん、もうちょっと寝かせて」 胡蝶は頭から布団をかぶった。青龍寮の合宿二日目のスタートである。 「‥‥おはようござい、ます‥‥」 透子が眉を寄せて布団から起き上がった。 「おはようございます透子さん! 今日もいい天気ですよ〜、わぁ、すごい朝もや! あっはははは!」 寝不足の真樹のテンションは、異常な高さである。 ぱかーん 早くも薪を割る音。无が威勢よくカッツバルゲルを振り下ろしていた。 「よっと!」 ぱかーん 「おはようございまふ‥‥」 結局、花札をやってそのまま一緒の部屋で寝てしまった真由良を見て、芳純が目のやり場に困っていた。 (着衣が乱れているのですが‥‥) 指摘しようにもなんと言っていいやら。とりあえず、真由良が部屋を出て行くまで寝たふりをする芳純であった。 ぱかーん 「おーい」 それからしばらくして、早朝散歩を楽しんでいた光紀がろぐはうすに帰ってきた。 「木の根元で、奴さんを見つけたぞ」 枝打ち、薪割り、そして狸運び。全員陰陽師だというのにずっと肉体労働しっぱなしである。いくら志体持ちとはいえ、慣れてないことはさすがに身体に響くものがあった。 「ちょっと休憩しませんかー」 真樹が力尽きたといった様子で腰を下ろす。芳純は一心不乱に枝を払っていた。 「もとの林間組が『荒ぶる水草』を退治しているかはわかりませんが」 ぶうんと振るう合口、はねる汗。 「本来の林間組のためになるなら、がんばらねば!」 意外なことだが、芳純の体力は普通の陰陽師よりも飛びぬけて高い。身長も2メートル超。枝打ちの仕事は、芳純の活躍のおかげでだいぶスムーズに進んだ。 「いよ!」 一方、薪割り。 未久が器用にクナイを使い、パカパカと薪を割っていた。 「いやぁ、けっこう体力を使うものですねぇ」 額の汗をさわやかにぬぐう。湖畔で水草をどう退治するかと考えていた未久だが、林間合宿も悪くないなと気分を変えて薪割りを楽しんでいるようだ。そのせいもあってか、薪割りも順調に数をこなすことができた。 その晩。 「まったく‥‥陰陽師と薪割りに何の関係があるのよ‥‥」 などとこぼしながら、胡蝶は焼き魚を食べていた。鉈を振った手がヒリヒリする。今宵はよく晴れたため、大きな焚き火を囲んでの食事であった。 「一番! 拙者、着替えますでござるー!!」 四方山がメイド服とヘッドドレス、そして眼鏡といういでたちでくるくる回っている。 「ん‥‥ああ、悪かったな皆」 そこへ復活した狸男がやってきた。四方山の服装に目がとまる。 「かわいい服装だな、四方山君」 「お帰りくださいご主人様!」 さらっと、にこやかに四方山は言い放った。 (ん? 拙者何か間違えたでござるか?) 喜んでくれるはずの狸先輩は、痛く傷ついた様子で焚き火のそばに座り込んだのだ。 (これはきっと別の『にぃず』でござるな?) 四方山は斜め上の解釈をして、木陰へ向かう。普通はお帰りなさいませご主人様なのだが。 「ああ、豪大先輩‥‥原因はこれでしょうか」 狸先輩のそばへ、茸の残りを持って近づいていき、透子はピクリととまった。 「ふはは! そこへなおれご主人様!」 木陰から舞い戻った四方山の姿は、メイド服にハイヒール。そして黒髪ストレート。ちょっとした趣味人の世界である。 「曰く、『めいど』は雇い主とかを踏むのが仕事らしいでござる!」 ガスガスグリグリ 「や、やめろーっ」 狸男の声。 (誰か止めてあげてください‥‥) 透子が視線を送る先には三人の女の人‥‥だが胡蝶は興味なさげに首を横に振り、真樹はアヤカシ談義を誰に振ろうかと人探し。 「あら?」 真由良は視線に気がついたが、「楽しそうですねぇ」とただ微笑んだ。 「わあああ! そ、それ以上はやめてくれっ!」 「なんだかずいぶんにぎやかだな」 ろぐはうすの陰から戻ってきた无が、くすりと眉根を上げたという。 ●帰路 「ほら、ちゃっちゃと歩きなさい。置いて帰るわよ!」 ろぐはうすの掃除もそこそこに、湖畔組は青龍寮に向けて出発した。 (ふむ、なんとかなったようだな) 光紀の横笛が木々のざわめきに混じって響く。首に縄をつけられていないものの、狸男は胡蝶の声におびえた様子を見せつつ、寮生を先導する。 「ずいぶんツンツンしてるでござるな」 「きっと、四方山さんのを見て感じるものがあったんですよ」 そんな胡蝶と狸男を見て、四方山と透子はぼそぼそ話をしたという。 「おかえり」 青龍寮に到着したのはその日の三時ごろであった。青龍寮の門の前で、寮長のきよが一行を出迎える。 「ごめんなさい。出発した後に気がついたんだけど、入れ替わっていたんだね」 帰ってくるなり、一同は目をつり上げた。 「わん!」 寮長の腕の中には、小型の白犬がしっぽをばたばた振っていた。べろべろときよの顔を舐めている。 (((((誰だこいつ――!))))) 「こいつが(べろべろ)札を(べろべろ)入れ替えたらしくて(べろべろべろ) だぁぁぁぁ!」 きよが犬を放り投げた。 「えっ、久芽の仕業じゃあ‥‥」 と胡蝶。 犬は猫のような器用なさですとんと地面に着地した。足音もなく去っていく。青龍寮の方へ。 「うっかりしていたよ。すまなかったね」 寮長は申し訳なさそうに苦笑いをする。 ともあれこれにて湖畔合宿組の三日間は、無事に終了したのである。弓島豪大に、ハイヒールの踏み跡を残して。 狸編 了 |