|
■オープニング本文 ●石鏡南部に向かう街道にて 「っくしょん!」 赤髪の少女、カラガル・リャーマナは突然の秋風にぶるりと震えた。 「オボリェさ〜ん、本当にこんな天候でだぁいじょうぶなんですか?」 前を行く自分の上司、オボリェ・グラスに呼びかける。二人はジルベリア出身の魔術師である。 「ああ」 オボリェはさわやかな笑顔を見せた。 「もうすぐ目的地だ。必ず暑くなってくるさ」 もはや夏とはいえぬ肌寒さ。 「それにしてもお前、よくついてこれたな」 オボリェの言葉にカラガルが胸をはる。胸‥‥むね? ――秋の紅葉でもご想像ください(ボコスカと殴打の音)―― 話は戻る。 「ボクは討伐したんですよ! あの忌まわしき魔物を!」 実に清々しい笑顔で、カラガル『さん』はこぶしをつくる。魔物とは彼女の方向音痴癖のことであるが、果たして本当に治ったのかは定かではない。 さて、彼らはアガグル・キュア・ウォーター商会という真水の専門卸問屋である。ジルベリアから天儀の陽天に最近やってきた新参者。今日はちょうどいい水源を見つけたということで、天儀営業責任者のオボリェと事務員のカラガルが――天儀支部にはこの二人しかいないが――石鏡南部までやってきている。 「オボリェさん、なんだか急に‥‥」 カラガルが額の汗をぬぐった。オボリェがうなずく。太陽が熱でも出したのか、気温が上がり始めた。じりじり肌を焦がす。まるで真夏である。いや、それ以上か? 先ほどの秋っぽさはもはや、一切ない。 「お、オボリェさんっっ」 カラガルがぐったりとしゃがみこんだ。オボリェが水の入った竹筒をさっと取り出す。 「あ、ありがとうございま」 「500文」 オボリェは竹筒を持ったまま、じぃいいっとカラガルを見た。 「あの、オボリェさん?」 カラガルが苦笑いする。あの、ください、それ? オボリェはカラガルの目の前で、水を飲み干した。カラガルが愕然としている。 「うまい! やはり、水は【キュアウォーター】を使わなければ!」 「ななな!」 カラガルは言葉もない様子。オボリェは天を仰いだ。 「おおカラガル、今回の目的、実は水源だけが目的じゃない」 オボリェはその竹筒を逆さにした。既に空である。カラガルがわなわなと両手を振るわせる。 「この竹筒の水を売るのにちょうどいいイベントが、ここで行われるのだ」 オボリェがビッと指差した。その先には『超・暑さ我慢大会』なる看板が掲げられていた。皮肉にも、楽しげに海で遊ぶ少年少女が描かれている。今日ここに、恐怖の一日が始まろうとしていた。 |
■参加者一覧 / 水鏡 絵梨乃(ia0191) / 白拍子青楼(ia0730) / 天河 ふしぎ(ia1037) / 礼野 真夢紀(ia1144) / 巴 渓(ia1334) / 喪越(ia1670) / からす(ia6525) / 一心(ia8409) / エミリー・グリーン(ia9028) / 皇 那由多(ia9742) / エルディン・バウアー(ib0066) / 琥龍 蒼羅(ib0214) / 玄間 北斗(ib0342) / ジュニパー・ヴェリ(ib0348) / ファリルローゼ(ib0401) / ミレイユ(ib0629) / 燕 一華(ib0718) / 无(ib1198) / モハメド・アルハムディ(ib1210) / 白犬(ib2630) / 蒼海 理流(ib2654) / 常磐(ib3792) / 夢幻草 瑠音(ib4178) / 里桜(ib4294) / 摩李壺(ib4325) |
■リプレイ本文 これは、ある夏の日のことである。 「久しぶりに、お祭りごとにでも参加してみましょうか」 夢幻草 瑠音(ib4178)はある村へ向かっていた。 そこでは超・暑さ我慢大会が開催されている。 ●よくある暑い日の光景 常磐(ib3792)は眉をひそめた。目の前には真っ赤に煮えたぎる巨大な鍋。ここは超・暑さ我慢大会の中央広場。同じような赤い鍋がところ狭しと並んでいる。 「本当にこれをつくるのか‥‥」 料理が得意な彼ではあるが、実は辛いものは苦手なのだ。耳がしょぼんと垂れている。 「ねえきみ」 となりにいたからす(ia6525)が常磐に小皿を差し出した。 「‥‥ダシの味をみてもらいたいんだ。我ながら、いい出来なんだが」 からすにしては珍しく、若干微笑を浮かべている。‥‥が、常磐は首を横にふった。 「悪い。申し訳ねーが俺はその辺りを見回ってくる。ここは目が痛くてたまんねーよ」 からすがうっすらと目を細める。常磐はそう言い残して調理場を去っていった。 (ち‥‥しかたない、他をあたるか) のちにその小皿を味見した者は、からすの思惑通り目を白黒させて辛さに驚いたという。 話は変わるが、暑さは罪である。我慢大会の受付を待つ行列に並びながら、喪越(ia1670)はそんなことを考えていた。彼の前には、運営を手伝っている白拍子青楼(ia0730)の姿。 「あら、大丈夫ですか? 横になってくださいまし♪」 白いV字型の水着を着た彼女の肢体が跳ねる。ふらふらと気分が悪そうな少年を寝かせると、彼女は自分の太ももに少年を膝枕した。 「っ!」 少年はぼんやりした目を見開いて、すぐに閉じてしまった。 「あら? 具合が悪いのかしら!」 青楼の水着はほとんど身体を覆っておらず、豊満な彼女の肉体は太陽の光の下で気ままに揺れていた。13歳とは思えない。しかもきわどい水着だ。なんというか、気になる隙間が多すぎる。 「大丈夫! いまお顔をお拭きしますね」 少年のおでこにひんやりした手ぬぐいをあて、徐々に耳へ、首へ拭いていく。その度に揺れる彼女の胸――。 「えっと喪越さん‥‥大会ご参加ですね?」 「オー、YES! そうだYO!」 鼻血をこらえつつ、喪越は余裕な顔で受付のレディに微笑みかける。内心「あのガキ、うらやましい」と思いつつ。 「あーつーい‥‥」 天河 ふしぎ(ia1037)が額の汗をぬぐう。彼は受付を待つ行列に並んでいた。一応日焼け対策はしてきたつもりだが‥‥。 「こんなところでなにをやっているんだ、ふしぎ」 ふしぎはシャンと背筋を伸ばした。ニヤニヤした顔で水鏡 絵梨乃(ia0191)が近づいてくる。手には竹筒。 「ああ絵梨乃! 気が早いな!」 ふたりはある約束を交わしている。ふしぎが優勝すれば絵梨乃が、優勝しなければふしぎが激辛で有名なある飲み物を一気飲みしなければならない。 「それを飲むのは、僕が優勝するのを見届けてからでいいんだぞっ」 「なにを言っているんだ。これは水だぞ」 ふしぎの反応を楽しみつつ、絵梨乃が竹筒の水をぐいと飲んだ。炎天下で列に並んでいるふしぎには目の毒である。 「ふふ‥‥そうだ。ふしぎの分も買ってきてやろう」 どうやらふしぎをからかうためだけに絵梨乃はやってきたらしい。 「うううっ! 絶対、優勝してみせるんだからなっ‥‥僕が優勝したら、絵梨乃、今度こそアレを一気飲みなんだぞーーっ!」 絵梨乃の耳に、ふしぎの声が届くかどうか。 「あ! 絵梨乃さんっ!」 絵梨乃は水を買いにアガグル・キュア・ウォーター商会を訪れた。真水売りの少女、カラガルがもじもじと突っ立っている。黒い頭巾をかぶり、手提げ籠に竹筒を詰め込んでいる。顔は真っ赤である。 「おー、カラガル、もう一本水をくれないか」 カラガルの服装を上から下まで眺めると、絵梨乃はにっこりと微笑んだ。 「さすが、ボクが選んだ水着だな。だが‥‥」 カラガルは黒い頭巾の下に、細い紐に布がついたとしか言いようがない黒い水着を着ていた。大会を盛り上げようという心意気なのだろう。しかし悲しいかな。まだ発展途上のカラガルには荷が重い水着だったかもしれない。大きめの頭巾で身体を隠している。 「そんなのとってしまえばいいのに」 と絵梨乃はカラガルから頭巾を奪おうとして、カラガルが本気で逃げ出しそうだったので「冗談だよ」と微笑してその場をあとにするのだった。 「うそだ、絶対本気だった‥‥」 そこにジュニパー・ヴェリ(ib0348)がやってきた。 「どうぞこれを!」 ジュニパーが水筒と『迷子札』をカラガルに渡す。 「私はお手伝いしてくださる方をさがしてまいりますわね〜」 ブンブン手を振って去るジュニパーを見送りながら、「ボク、そんなに迷子になるのかな」と切なげに迷子札を見つめるカラガルであった。 ●超・暑さ我慢大会 はじまる さあ、いよいよ始まりました超・暑さ我慢大会! 今回はなんと第10回目! みなさん準備はいいでしょうか? まもなく開始のゴングが鳴らされます!! おっと調理場から差し入れをいただきました! これは美味しそうだ! 実に赤い! 真っ赤です!! 「『もっと熱くなれよぉ!』とか聞こえてきそうだろうが気にするな。味は格別だから」 調理場代表でコメントをすることになったからすがステージ上にいる。実に落ち着いた様子。では忙しいのでと早々にステージをあとにした。 赤鍋を準備している人々は猫の手も借りたい状況なのだった。見回りでこのあたりにやってきた琥龍 蒼羅(ib0214)もその一人。赤鍋をひと舐めして眉根をあげる。 「‥‥ふむ‥‥」 辛さには耐性があるようだ。 「ちょっとぉ〜! 蒼羅くぅん! 味見して味見〜!!」 そんな彼は、地元のおば様方に大人気である。からすが帰ってきた。 「すまない。俺はそろそろ見回りをしてくる」 いつまでもここにいるわけにはいかないと、蒼羅は誰か倒れていないか探しに行くのだった。 「蒼羅くん! あれ? 蒼羅くん?」 蒼羅を探すおば様方の声。さて、そして差し入れで出された赤鍋を食べて司会者がぶっ倒れるという事件が会場を沸かしつつも、いよいよ試合開始のゴングが鳴るのだった。 「大丈夫! 大丈夫よ! 辛いものの克服のために来たんだから。それに、そんなに辛くないかもしれないし。楽しく食べればきっと大丈夫♪」 エミリー・グリーン(ia9028)が赤鍋のお椀を手に、ファリルローゼ(ib0401)とミレイユ(ib0629)に笑顔を見せる。 「大丈夫よ、それじゃいただきます」 と一口食べ‥‥。 『かっっらーーーーーい!!』 村から飛び出さんばかりの声。この声は会場外の川で水を汲んでいた蒼海 理流(ib2654)のところまで届いていた。 「今日は暑いですねー」 彼女はそうは言うが、あまり暑くなさそうである。 「さ! お仕事お仕事!」 水を汲んで、熱射病になった人の解放に備えなければならない。理流は借りてきたかめを荷車にどっせと積むと、「さあさあお願いしますねー」と荷引きもふらを急かすのだった。 会場に戻る。ひゃー、とパタパタ顔をあおぐエミリーに対してファリルローゼは涼やかに赤鍋を平らげていた。 「刺激的な味だ。酒が欲しくなるが、麦茶で我慢‥‥なんだ、これも辛いのか」 眉を寄せる。 「お二人ともご無理なさいませんよう‥‥」 心配そうに二人を見つめながらミレイユは立ち上がった。 「あら、ミレイユ。どこかに行くの?」 何杯目かわからないお椀を食べ終えたファリルローゼが声をかける。 「ええ、先ほど真水販売の手伝いを探しているという話を聞きまして。私もお役に立てるのではないかと」 ミレイユの言葉に、「カラガルちゃんかしら!」とエミリーがぱっと笑顔になる。 「あとできちんとご挨拶しないとね!」 「そうだな。お、手が止まっているぞ、エミリー?」 ファリルローゼがエミリーをからかった。 「負けないわよ、ロゼちゃん!」 エミリーが辛い辛いと言いながらお鍋をかきこむ。ミレイユは二人の無事を祈りつつ、「頑張ってください〜」とまったりその場をあとにする。 (エミリーが無理をする前に帰ってこいよ〜) ファリルローゼはお鍋をほおばりつつ、そんなことを思うのだった。 ところかわって。 「むしゃむしゃむしゃ」 「もぐもぐもぐ」 偶然なのか必然なのか、会場内に開拓者の集まった一角があった。 (アーヒ、お肉以外の鍋があって安心しました‥‥) モハメド・アルハムディ(ib1210)はほっとした。彼は豚類と酒類に触れることは出来ないのだ。 (せめて、このお茶がもう少し甘ければ‥‥) 辛いものをよく食べる地域の出身であるが、彼自身はどちらかというと甘いものの方が好きらしい。 「美味しいから良いですけど‥‥よっ!」 无(ib1198)が【氷柱】を壁にぶつけている。その下には早くもリタイアしたらしい人々がごろごろと横たわっている。冷気で冷やしているらしい。ちなみに彼が美味しいと言っているのは唐辛子酒のことである。 (3、4、5‥‥) その隣で、巴 渓(ia1334)が精神を集中しながらお椀を次々に片付けていく。彼女はペース配分をあらかじめ決めていた。目の前を真水売りの女の子が通り過ぎていく。礼野 真夢紀(ia1144)だ。 「水の中の水〜ひゃっこい真水はいかがですか〜口当たりがとっても滑らかですよ〜」 彼女はあらかじめ、岩清水と飲み比べていた。なんとなくだが、真水のほうが舌触りが滑らかなような気がしていた。 「もらおう」 巴が片手を挙げた。 「ありがとうございます!」 しばらくして。 「もらおう」 再び巴が片手を挙げた。彼女のペース配分は、お鍋10杯にお水1杯。なかなかにハイペースといえる。真夢紀が持ってきたお水はすぐなくなってしまった。 「わぁ! ちょっととってきますねっ」 真夢紀はにこりと微笑んで、アガグル・キュア・ウォーター商会の売り場へ急ぐ。と、お椀を持ち歩いて会場をうろうろする白犬(ib2630)を目撃した。赤鍋をもらうと満足そうに自分の席に戻って行く。彼はふわふわして白い犬のきぐるみを着ていた。こんなに暑いというのに! (あれは‥‥犬さんですね。狸さんはどちらにいるんでしょうか) 真夢紀は友人の玄間 北斗(ib0342)のことをふと思い出した。今日はおにぎりを準備してきたのだが、いかんせん会場に人が多くてまだ会えていない。 その北斗だが、会場の南のほうでくて〜っとたれたぬきのきぐるみを着てお鍋を楽しんでいた。きぐるみの上にはさらに半纏を羽織っている。 「お、おい見ろよあれ」 「狸だ‥‥狸が鍋食ってるぜ」 大会に参加している子供達が、次々に北斗を撫でていく。実にふわふわである。心地よい。 「ぼ、ぼくも触ってみよう!」 気弱そうな小さい子が北斗に駆け寄っていった。彼は勇気を出して北斗に手を伸ばし、そのふわふわな毛に触ろうと‥‥。 「お水が欲しいのだぁ〜〜〜!!」 「ひっ!?」 ‥‥として、急に北斗が声を上げたものだから、びっくりして固まってしまった。 (むむむ?) 少年がふるふると涙目で北斗を見上げている。どうやら、本当に狸だと思って近づいてきたらしい。 「びっくりさせてごめんなのだ。おいらはたれたぬ忍者の玄ちゃんこと、玄間北斗なのだぁ〜〜。よし、おいらと水を汲みに行こう!」 北斗が座り込んでしまった少年の頭をもきゅもきゅと撫でると、少年はぱっと笑顔になって立ち上がった。 「たれたぬ水汲み隊出発なのだ♪」 そして彼らは、近くの川に向けて歩き始める。 (あの狸さん、食べないのかしら。せっかくなのに‥‥) さくさくと涼しい顔で瑠音がお鍋を食べている。 そんなこんなで、大会は中盤戦へ。 ●大会 いよいよ熱く 赤鍋は大会横の広場で作られている。 「市場でいろいろ探してきましたー♪」 材料は大量に用意してあったはずなのだが、今日の参加者は予想以上のペースで鍋をたいらげていた。たまたまいろいろな食材を買ってきていた皇 那由多(ia9742)が、拍手で調理場に迎えられる。 「辛いものを、と思いまして!」 どしゃどしゃと赤鍋にほうり込まれる食材。赤い。実に赤い。 「さあ、野菜を切ろう!」 村のあちこちから集めてきた追加の野菜と、村長のご厚意でいただいた豚肉を積んだ荷車を前に、からすがぐっとこぶしをつくった。 「おや?」 ぶらりと調理場へやってきたファリルローゼ。 「スープが足りないが‥‥担当の方々は野菜を切るので忙しいのか‥‥」 調味料を合わせるくらいならと、ひょいひょいとその辺りにあるものを適当に鍋にほうり込む。 「ふむ、こんなものだろう。ミレイユはどこかな?」 そうしてその場を去っていく。 その鍋を最初に食べたのは一心(ia8409)だった。激辛の麦茶を片手に首を何度もかしげつつ新しく盛られた鍋を一口。 「っっ!?」 むせた。 激辛麦茶を一口。そしてさらにむせる。 「な、なんですかこれは――」 もはやそれは辛くなかった。いや、正確には辛い。もはやそれは辛さを通り越して、苦味と痺れが電撃のように襲ってくる食べ物に進化していた。 赤鍋は『黒鍋』になった! 「ヤー‥‥」 そしてもう一人、断食明けで好調に杯数を重ねていたモハメドの箸が止まった。このお椀の中に見えるもの‥‥これは‥‥。 「ア‥‥私は豚はだめなのです‥‥」 鍋を盛る係の人がにこやかに「海鮮鍋は終了しました! あとは美味しい現地の豚肉お鍋ですよ!!」と言うのだった。 「‥‥ヤー、ハカン、わかりました‥‥」 みなの食べるペースがはやかった。後はお祭りでのんびりしよう、そう心にきめるモハメドであった。 「こ、これはっ‥‥」 黒鍋を前にまるごともふらのエルディン・バウアー(ib0066)は内心たじろいだ。しかし自分は神教会の神父。鋼の精神力の見せ所。 「神から与えられた試練です。見事打ち勝ってみせましょう! 精霊よ、私に力を与えたまえ。冷えろ、お椀!」 【フローズ】で熱々だったお椀が急激に冷えていくと同時に一気に黒鍋をかきこんで、そして【キュアウォーター】をかけた激辛麦茶で飲み干した。すっきりさわやか、すがすがしい笑顔を浮かべる。 「いやぁ、実においしい」 (強敵だな‥‥) そんな様子を、黙々と鍋を食べる巴が見つめていたという。だが、俺は俺だと彼女は食べ進む。彼女のまわりには、飲み干された大量の竹筒が‥‥。 「お!」 さて、これまであまり表に出てこなかった有力な大食師をご紹介しよう。白犬である。彼は序盤、まわりのペースにあわせてゆっくりお鍋を食べていた。むしろ鍋以外の出店も楽しんでいた。能ある鷹は爪隠す。しかしここに来て、彼は猛烈なスピードで追い上げをはかっていた。 「あれれ? みんなはもう限界〜? じゃあそろそろ本気だそうかな」 お椀がタワーになって並んでいく。その様子をたまたま見ていたエミリーに、白犬が気がついた。 「また会ったな大食いっ娘!」 白犬の声に、エミリーはにっこり微笑む。 「負けないんだから!」 闘いはさらに熱を帯びていく。一方。 「そうですね! 石はその辺りに置いてください!」 会場そばでは、燕 一華(ib0718)による炎舞の準備が進められていた。 ●大会終盤 聞いてもらえるだろうか。男は時に妄想の翼を羽ばたかせる。それは思春期の淡いときめきから始まり、大人になるにつれ具体的になっていく逃れえぬ呪縛。 「フハハハハ! 甘い! 甘いよ、いや辛いYO! オー! ママン!!」 「あの、落ち着いてくれ」 「あまり動くと、お身体に障りますよ!」 蒼羅と理流が二人がかりで喪越を日陰に連れて行く。 「さ、お顔を拭かなくちゃ!」 理流が汲んできた水に手ぬぐいを沈めて、喪越の上半身を裸にする。喪越は不運にも、頭からアツアツの赤鍋をぶっかけられたのだ。丁寧に理流が喪越の身体を拭いていく。 「それじゃあ俺はこれで‥‥」 と去ろうとした蒼羅が、ひたりと止まった。一瞬嫌な予感がしたような。ふと喪越を見ると、少し嬉しそうな顔の喪越と目が合った。 「Oh〜」 喪越がすぐに目をそらして苦しそうな顔をする。 (こ、こいつ‥‥) 「貸せ、俺がやる!」 蒼羅が理流に手ぬぐいを要求するが、理流は「ひどい火傷だったら大変です! 他にも倒れている方がいるかもしれませんし‥‥」と蒼羅に見回りをお願いする。 「‥‥わかった」 そうして蒼羅は立ち上がって見回りに戻った。 (なにもなければいいのだが‥‥) 実際、今回はただの事故である。しかしなんだかんだで理流に介抱してもらえた喪越は幸運だった。彼女の献身的な介抱のおかげで、特に後遺症もなく、喪越はすぐに戦線に戻ることが出来た。 「まだ食べられると思っていたのですがー」 会場の外に向かう道。見回りをしていた常磐に背負われながら、ふふふと瑠音が笑った。胃が丈夫である彼女ではあったが、さすがの暑さにめまいがしたのである。瑠音の様子が気になるのか、常磐の耳がぴくぴく動いている。 「あんまり無理するんじゃねぇぞ。外にいけば、なんとかっつー真水屋があるはずだしな。体調も戻るだろ」 「ふふ、後片付けには参加しなくちゃ‥‥ね‥‥」 瑠音の寝息が聞こえる。 (ふー、大変な仕事だな) 常磐は小さく微笑みつつ、眉を寄せるのだった。大会会場へ向かう喪越とすれ違う。話は戦場に戻る。 「ぷはー! 美味し過ぎて生き返っちゃいます☆」 暑さを我慢しながら激辛麦茶に苦しむ人々の目の前でジュニパーが極めて美味しそうに真水を飲み干した。さらに躊躇なくその水を買っていく巴。歯軋りの音が聞こえてきそうだ。 (なんか役得だったYO‥‥) 戦場に復帰した喪越が再び箸を取り、ジュニパーに気がついた。 (Oh〜? かわいい娘だ) この暑い中、長袖の黒い服を着ているジュニパーは実は男性であるが、基本的には美少女にしか見えない。 (だが、きっとあの下には水着とか水着とか‥‥あっちちち!) ジュニパーを見たまま鍋の汁を飲もうとして、思い切りひざの上にこぼしてしまった喪越であった。 「ぐっ‥‥」 ふしぎは額の汗をぬぐった。彼は何とか先頭グループに食らいついていた。そのすぐ隣で実に美味しそうに真水を味わう絵梨乃の姿。 「おいおい、ちょっとペースが遅くないか?」 ふしぎがつくったお椀タワーを見上げつつ、「負けたらふしぎの好きな女の子の名前叫ぶぞー」と絵梨乃は大声を上げる。 「いや、こ、これくらいの辛さと暑さ、なんでもないんだからなっ!」 そうは言いつつ、ふう、と襟を掴んでパタパタと風を中に送り込む。ふわふわとした彼の服が、風に浮かんで‥‥。 「わわ、そこ! そんな目で見ちゃ駄目なんだぞっ」 傍目から見ると顔を真っ赤にした女の子に見えるふしぎなのだが、彼は彼なりに男を上げようと思っているらしく、いそいそと再びお椀に箸をつけるのだった。 そして、大会は終わりに近づいていた。太陽が沈むまで、およそ五分。 さあ、いよいよラストスパートです。いかがですか皆さんっ!? しっかりとお鍋は楽しめたでしょうか!! 出来たという人も出来ていないという人も、もう間もなく日が落ちます! ステージ上から見えるお椀タワーの数は大会史上最高記録といって間違いないでしょう! 見てください! 猛烈な早口でしゃべり続ける司会が指差したのは開拓者達だ。司会者は次々に参加者の名前を呼ぶ。激辛麦茶をゴクゴク飲む白犬、妄想の翼を広げる喪越、涼しい顔のエルディン、今日は非武装・巴、男の娘払拭なるか天河ふしぎ、まったりくつろぐ一心、辛いのは克服できたかエミリー、ファリルローゼが応援している! おーっと、北斗が帰ってきました!! 実に楽しげだ。子供達と水浴びをしてきた様子――!! そして太陽が沈んだ。 専門のお椀計測係がたいまつを片手にお椀を数え上げていく。 「どうだった白犬ちゃん!?」 肩で息をしつつ、エミリーが白犬に微笑みかけた。白犬は肩をすくめた。出店で食べ過ぎちゃったかな、と。 「おーっと計測の結果が出ました! 優勝は、巴! 巴 渓です!!」 会場が騒然とした。胴上げしようと男達が立ち上がる。 「ま、まて! 胴上げはやめろ、胴上げは!!」 巴は胴上げ隊の手を逃れ、一目散に川へと駆けた。白犬とのお椀の差は、わずか1つだったという。 ●お祭りの夜 「わー! カラガルちゃん!!」 「エミリーさん!!」 かがり火が村を照らす。再会を喜ぶエミリーとカラガル。そのそばで、エミリーの無事にほっと胸をなでおろすミレイユであった。 「ミレイユさんのおかげで、ずいぶん売れたんですよ!! エミリーさんも惜しかったですね!」 カラガルがぶんぶんエミリーに握手する。エミリーは赤鍋が黒鍋になってから箸がすすまず、なかなか杯を増やせなかった。ミレイユがそっとファリルローゼに目をやるが、「ううむ、後半はずいぶんリタイア者が出たらしいな」とまったく気がついていない様子。 「おや、カラガルさん。今日は迷子になりませんでしたか?」 水を買いに来た一心がオボリェに微笑みかける。オボリェは肩をすくめた。カラガルが顔真っ赤にして、「これのおかげで‥‥」と、ジュニパーからもらった『迷子札』を見せた。 「なるほど‥‥」 この村に来るまでは問題なかったらしいので、人ごみでなければだいぶ改善されたと言えるのかもしれない。 「お水を下さいな」 无がやってきた。 「ありがとうございます! お会計は‥‥」 カラガルがぱっと反応する。 「この命の水と交換では駄目ですかね」 无に差し出されたそれを見てカラガルはきょとんとしたものの、「いいですよ」と上司のオボリェが笑顔で真水を差し出した。 「ありがとう‥‥」 无は笑顔でその場を去っていく。 「大会は終わったし、これからはたいむさーびすさ」 小声でオボリェはカラガルにそうささやいた。どうやら、事前にジュニパーと相談していたらしい。 「俺ももらうぜ」 優勝者の巴がやってきた。カラガルから真水を受け取ると、そのままざばっと頭からかぶる。 「それにしても、夜なのに暑いよなー!」 一心が目のやり場に困っている。巴は上半身さらし姿で、水を浴びたその姿をかがり火が妖しく照らし出していた。 「あ! 巴さんだ!!」 ストイックに己のペースを貫いた彼女は暑さ我慢フリークから絶大な人気を集め、サインと握手で右へ左へひっぱりだこ。ちなみに、優勝賞金は真水代でほとんど残らなかった。 「あれー! 一心さん。なにやってんです?」 「いや、なんでもないですよ‥‥?」 帰ってきたジュニパーの一言に、一心はばつが悪そうに視線をそらした。その後真水は一気に安価になり、半ば宣伝代わりに人々の手に配られることになるのだった。さて、真水売りを手伝っていた真夢紀は、子供達と遊ぶたれたぬ北斗を見つけて微笑んだ。 「あれ? まゆちゃん!」 笑顔の北斗がごろごろしている。 「もー、汚れちゃいますよ狸さん。ほら、おにぎりとお水です。梅干し食べれば、食欲が出ますから」 「わぉ!」 子供達に囲まれて、二人は祭りを堪能した。 「おいふしぎ、早く早く」 絵梨乃の言葉に、ふしぎがごくりと生唾を飲んだ。手には強烈激辛ソース。 「く、う‥‥」 「早くしないと、好きな人を本当に叫んじゃうぞ」 「わ、わかってるよ!」 ふしぎはそれを飲み干した。 「〜〜〜〜〜〜〜〜!!」 それは世界の辛さを凝縮した水あめのような代物だった。口の中で粘っこく、いつまでも辛さが離れてくれない。 「こ、これほどの辛さだったなんて‥‥」 などと驚いた様子の絵梨乃だが、実に芝居っぽいところ見るとどうやら確信犯らしかった。 楽器が鳴る。 那由多とカラガルが燕 一華に続いて、村の一角の広場へやってきた。石がきれいに設置され、さながらそれは小さなステージ。 「この良き祭りの日に出会えたのも何かの縁っ。元・雑技衆『燕』が一の華の演舞、どうぞ皆さんの心をより熱くすることを!!」 カラガルのファイヤーボールが一華の薙刀に火をつけた。とたんに空気が熱気を帯びる。道行く人々が足を止めて、言葉を失う。熱した石に那由多が水をかけ、蒸発したもやが人々の熱を誘う。那由多の人魂が、一華の炎舞に合わせて踊る。 炎舞は成功に終わった。 「ぷはーーっ! 美味しい!!」 炎舞が終わったと、一華の一言で真水が飛ぶようにさばけたのは言うまでもない。 「ほらほら、まかない鍋が出来たぞみんな」 調理場から今度はちゃんと美味しい鍋が運ばれてきた。 「みんなでわけて食べるんだからな!」 からすがお椀にとりわける。 そしてこのまま、夏の夜は更けていく。 暑さとともに思い出を残して。 了 |