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■オープニング本文 神楽の都。 ある開拓者ギルド支部にて。 がらりと入り口の戸を開けて、女性開拓者が飛び込んできた。金色の美しいショートヘアが揺れる。 「どういうことだ、庄助!」 つかつかと依頼受付の窓口に歩いていき、一通の手紙を突き出した。 「リリー! そ、それは」 青年受付員、庄助は突き出された手紙を見て、『ぼっ』と頬を赤く染めた。 誠実そうな男である。彼はなんと答えようかと、目を泳がせて、なにか言いかけた。その横っ面に、彼女の右ストレートが―― 「こいびゃぶっっっ」 めりこんだ。開拓者の一撃である。庄助は、あっけなくノックアウト。ギルドの受付といっても、彼は一般人に過ぎないのだ。 「まさかお前が、こんなものを送りつけてくるとは思いもしなかったが」 リリーと呼ばれた開拓者が庄助の胸ぐらを掴む。その目には、うっすら涙が浮かんでいた。 「このバカ!! わたしがどういう気持ちで‥‥いや、それ以上は言うまい!!」 既に泡を吹いて気を失っている庄助を睨みつけ、リリーはぐっとこぶしを作る。 「貴様の『果たし状』、しかと受け止めた!! 貴様の言う日時にて、いつもの広場で待っているぞ」 そう言い放つと、涙をぬぐい、すっくと立ち上がった。 「では、あでゅー」 彼女の持ってきた手紙が、ヒラリと庄助の上に舞い落ちる。 颯爽と去っていくリリーの後ろ姿を、他のお客達はぽかんと口を開けてみているのだった。 ●頼まれごと 「‥‥ということがあったんです」 ギルド近くの飲み屋で、庄助は開拓者達に事の顛末を語っていた。意識を取り戻した後、自分が気絶してから何があったのかを聞いた庄助は、実際かなり焦ったそうで。 「こ、恋文を送ったつもりが、どうしてこんなことに‥‥」 はらりはらりと涙がこぼれる。 「お願いです! お、俺っ」 がばっ! と庄助は頭を下げた。 「お願いです。よ、読んでいただけますか? 俺は諦めたくない。でも、彼女を傷つけたくも無い‥‥どうすれば、俺、彼女にわかってもらえるんでしょうかっ」 開拓者達に向けて差し出されたその手には、既に何度も読み直されたらしい、しおれた手紙が握られていた。 |
■参加者一覧
青嵐(ia0508)
20歳・男・陰
鳳・陽媛(ia0920)
18歳・女・吟
喪越(ia1670)
33歳・男・陰
ルオウ(ia2445)
14歳・男・サ
柊 真樹(ia5023)
19歳・女・陰
紅咬 幽矢(ia9197)
21歳・男・弓
そよぎ(ia9210)
15歳・女・吟
霧先 時雨(ia9845)
24歳・女・志 |
■リプレイ本文 ●赤提灯ともる飲み屋にて 「まあラブレターに読めない事もないけど」 わかり辛いんじゃね? と、ルオウ(ia2445)は手紙の感想を素直に述べた。 「で、ですかね」 庄助が緊張した面持ちで聞いている。 「おう。なんてーかもっと正面からばしーって言ったほうがいいんじゃないかな? お前が好きだーーー! って感じでさ」 「あたしも、ケンカ売ってるようには思わなかったけど‥‥」 そよぎ(ia9210)がルオウの横から手紙を覗き込んで、首をかしげる。 「でもそのお手紙だと、庄助さんがリリーさんのことをどう思ってるのか、よくわかんないの。もう、好きだよって言っちゃうのがいいと思うの。それと‥‥待ち合わせ場所に花束を持っていくといいの。敵意がないことを端的に示すことができるし、たいていの女性は花が好きなの」 そよぎの言葉に、霧先 時雨(ia9845)がうなずく。 「あと『2ヶ月の記念と、2日遅れながら』といった様にバレンタインの方も意識させる文言を付け足しておいたほうがいいと思うわ」 バレンタインのことをつい先ほど開拓者達から知らされた庄助は、「そういうものなんですね」と眉根をあげる。 「もちろん、花を渡すだけじゃダメなのよ? 女の子は、好きだってことをちゃんと言葉で伝えてほしいものなの。言わなくてもわかる、はオトコのゴーマンなの‥‥ってうちのお姉ちゃんが言ってたの」 「うっ‥‥」 「真っ直ぐな気持ちを変に飾らず表すのが大切、だよね。リリーみたいな人には尚更」 そよぎと時雨に痛いところを突かれたようで、庄助がぐっと息をのむ。 『そうですね‥‥』 青嵐(ia0508)が座位を正した。 『私としては‥‥貴方は変に気負いすぎているのではないでしょうか。告白にマニュアルも定型文もありません。貴方自身の心の在りようを、思いをそのまま伝えて、相手に考えてもらうのが、私は良いと思うのです』 一息置く青嵐。ルオウは、少し青嵐の話が気になる様子。 『相手の気持ちを自分が分かるわけがありません。結局、お互いに向き合って心を開いて話して、それでようやく少し分かるようなものなのです。話さずに、向き合わずに分かる思いなんてありません。手紙や贈り物はきっかけです。大事なのは貴方がどう思い、どう望むか‥‥でしょう?』 と青嵐が言い終えたところで、庄助はめそめそと泣き始めた。 「ありがとうございます。皆さん‥‥」 ぐわたんと勢い良く立ち上がり、庄助はこぶしを固めた。 「俺、頑張ります。はっきり伝えます! リリーに、好きだって!」 庄助の威勢のよい声に、まわりのお客達が目を輝かせる。まあ座んなよと誰かが言い、他の席に巻き込まれ、また少しお酒が入って、時間が過ぎ‥‥。 「――ま、あれだけ派手にシバかれても愛が薄れないとは、漢だねぇ」 喪越(ia1670)が徳利をつまんで振っている。音は鳴らない。空になっているようだ。 「ZZZzzzz‥‥」 庄助はそのすぐそばで、机に突っ伏している。 もう飲み会も終盤だ。 「‥‥いや、シバかれて逆に燃え上がってるのか? だったら――」 わははと笑いながら、眠っている庄助の背中をばしばしと叩く喪越。 「とはいえ、なんだか斜め上をいく暴走姉ちゃんだなあ」 紅咬 幽矢(ia9197)が、考え事をしている。 「ああ。それにしても、本気の反応を見てみたいというか‥‥」 喪越は手紙のアドバイスをするだけでは物足りないといった様子。 「そうだね」 幽矢も同意見らしい。あともう一押し、なにかできないかと。 「そうだな‥‥手頃に借金とかでいいか」 考えがまとまったようで、幽矢は微笑する。 「よし、とにかくリリーより先に庄助を狙って戦闘どころじゃなくしてしまおう」 「Oh! それだ!」 喪越がいかにもゴロツキめいた表情を作り、眠りこけた庄助の顔を睨みつける。 「さっきの話で出た花束のほかに、プレゼントも持たせておこう。『売れば金になる』とボクらは狙う。そこで言うんだ。『これは彼女――』いや、『彼女』じゃ誤解するな」 苦笑いして、幽矢は一旦考える。 「『これはリリーにあげるものなんだ。渡せない』。『借金返さず色恋か、ふざけろこのやろう』。これだ。どさくさまぎれで‥‥」 「ん〜〜」 庄助が目を開け、ぼんやり起き上がった。 「おっと注文注文!」 喪越はごまかしながら、席を立った。 (俺達が依頼を引き受けた事は、庄助に知られたくないところだな) 自分の無事も祈りながら、さらに杯を重ねて夜は明ける‥‥。 ●数日後 「ったく、好き合ってるならさっさとくっ付いちゃえば良いのに‥‥天然同士の恋路って厄介なもんだね」 「詰まらない勘違いはきちんと解消しておかないとね。何が原因でアヤカシになるかわからない世の中だし、うん」 「とにかく、リリーさんですね」 と話をしながら、時雨と柊 真樹(ia5023)、鳳・陽媛(ia0920)、青嵐が河川敷を歩いている。庄助によれば、このあたりに‥‥。 「あっ、あそこですね」 陽媛が足を止めた。 ブォォォォン! ブォォォォン! リリーがどでかい木刀を持ち、鍛錬に励んでいた。木刀は陽媛の身長くらいはある大きなもので、風を切る音もずいぶん豪快だ。 「‥‥」 ひどく思いつめた表情。抜き身の刀のような危うさ。 (さり気なくって感じじゃないわね) 時雨が他の三人に、少し待っててと言い残し、一人リリーに声をかけに行く。しばらくして、時雨がちょいちょいと三人を呼び寄せ、リリーに紹介した。 「この子が真樹、こっちが陽媛と青嵐よ」 「わたしははリリー。よろしくな」 リリーがにっこりと微笑む。 「バレンタインについて教えてくれ言われたときは、びっくりしたよ」 時雨は直球勝負で行ったらしい。友人に好きな人がいて、バレンタインに便乗しようと思ったはいいが、結局バレンタインって何すればいいの? と困っているところに、ジルベリア出身ぽいリリーを見つけた、という筋書き。 リリーは実直そうな瞳で話を始める。 「バレンタインというのは、自分の大切な相手に贈り物をする行事で、毎年2月14日になると、みんな思い思いにプレゼントを贈りあっているんだ。いい機会だからな。愛の告白に使われることもある」 「へえ! そういう行事だったんですね」 陽媛がうっとりする。 「意外と知ってる人少ないよね、開拓者でもさ」 時雨の言葉に、一同うんうんとうなずく。本当に知られていないんだな、とリリーは目を細める。 「そのプレゼントって、どんなものを贈るんですか?」 真樹が興味ありげに尋ねた。 「地域にもよるが‥‥わたしが住んでいた地域では、手作りのお菓子や食事、あとは小物の類が多かったな。まあ、気持ちがこもっていたらなんでもいいと思うぞ。どんな相手なんだ?」 「うん、ボク、ギルドの受付さんに贈ろうと思っていて」 「っ!!??」 リリーは持っていた木刀を取り落とした。それを拾おうとして、やめて、やっぱり拾おうとして、それもやめてその場に座った。 (うあ、思った以上に溜め込んでそうね) リリーのそわそわっぷりを見て、時雨は内心、苦笑いした。 「でも、いいですね‥‥。決まった日に好きな人に想いを込めた何かを贈る‥‥女の子としては憧れますよ」 陽媛がふんわりと言葉をつむぐ。 「‥‥私も、好きな人がいるんですよね。だけど、距離が近すぎてかえってなかなか好きってきりだせなくて‥‥こういう行事があるって知ってたらきっかけになるのかなって」 「そうだ。一緒にプレゼントを選んでもらえませんか」 本場ジルベリア出身のリリーに、ぜひ色々教えてもらいたいと頼み込む真樹。意外とすんなり、リリーはOKした。 ざわざわざわざわ。 神楽の都のある商店街。四人とリリーは、立ち並ぶ店を見てまわっている。 「その、ギルドの受付ってのはどんな人なんだ」 歩きながらリリーは真樹に訊ねた。真樹が庄助に近い特徴を言い並べる。それを聞いたリリーは目を白黒させながら、「これなんかいいんじゃないか」とブチもふらのぬいぐるみを指差した。 「ぬいぐるみ?」 特に口を挟まず、真樹はそれを購入した。リリーは結局何も買わず、黙って店をまわる。 「何浮かない顔してるのさ。なんか悩み事かい?」 時雨が横からリリーをつついた。 「ほれほれ、おねーさんに話してみ?」 リリーは恥ずかしそうに頬を染めると、「わかったよ」と話を始めた。 「ちょっと気になる男がいたんだが、その男から果たし状を送りつけられてな」 と、またちょっと落ち込んだ顔をする。 「男ってのは何を考えてるか、全然わからんな」 そうかぶりを振る。彼女の金色の髪がさらさらと揺れた。 『どうでしょうね‥‥私が思うに、ひょっとしたら相手の思いを自分の中で勝手に決め付けている部分があるんじゃないでしょうか?』 これまで静かにしていた青嵐が、リリーに訊ねた。青嵐は、この中では唯一の男性である。 『例えば、「どうせ○○だから」とか「きっと●●であろうから」等。心当たりはありませんか?』 「でも‥‥」 「あの、それって本当に果たし状なんでしょうか。リリーさん、その人のこと好きなら、その人にちゃんとお話ししないと。私達は言葉でしか気持ちを伝えられなくて。でも存外想いを伝える事が下手ですから、皆‥‥」 リリーはじっと陽媛らを見つめ、「ありがとう」と微笑んだ。それでも、彼女は伏目がちに商店街を行くのだった。 そうしてついに、決戦の日を迎える。 ●2月16日 早朝 さあ、お待たせしました! 夢の対決!! ジルベリアの剣士リリー VS ギルドの職員・庄助の戦いはここ、神楽の都・東の広場で、いままさに行われようとしていますっ。 と言ったかどうかはわからないが、そよぎは物陰から様子を伺っていた。青嵐、陽媛、真樹も一緒。ゴロツキ組は別の草むらに隠れている。 庄助が花束とプレゼントの包みを持ってリリーを待ち、たまたまそこに居合わせた風のルオウが、いざというときのために近くに控える。 ざっ。 そこへ、リリーがやってきた。時雨が傍にいる。リリーは2mをゆうに越える長さの両手剣を持ち、チェインメイルで身を固めている。両方とも新品なのだろう。朝焼けにきらきらと輝いている。彼女の、何かを決心した表情――。 「Hey、Hey、Hey! Yo、Yo、Yo!!」 喪越が飛び出した。幽矢も庄助に絡みに行く。 「Hey! アミーゴ、調子はどうだ?」 喪越が凄んで、庄助ににじり寄る。 「あれ? 喪越さ‥‥」 「気安く声かけんなYo。借金背負ったアミーゴは俺が聞いたときだけ話せばOKサ」 怪訝な顔で、リリーが事の成り行きを見つめている。 「お? いいもの持ってるな。売れば多少は借金の当てにもなるんじゃないか?」 幽矢が庄助が持つプレゼントを指差した。 「それを渡せ!」 幽矢の言葉に、庄助が顔を真っ赤にした。 「嫌ですよ! これは渡せない。これは『彼女』に渡すものですから!!」 「(うわー、まずいなー)ああ!? 『誰』に?」 「『彼女』ですよ! 俺の好きな人ですって! というか、これはもともと幽矢さんが‥‥って、はうあ!!」 一瞬で詰めていた間合い。 リリーの両手剣が、問答無用で横薙ぎされる。それは喪越の髪の突端をすぱぁと切り裂き、振り抜かれた。避けていなければ、頭に直撃だった。 「おおっ、この速さ、【隼人】なのです! 手に汗握る戦いなの!」 巫女らしく、可憐に見守るそよぎ。 (うおおい、俺様、生か死か!?) 二撃目が振り下ろされる。 これは、【両断剣】。 「喪越‥‥骨は拾ってやるからな‥‥」 まだ大丈夫と踏んだルオウは、ぐっとこぶしをつくって見守る。 素早い身のこなしで、リリーの剣を避けていく喪越。 「Yo! マブいナオン(死語)だねぇ。俺様と付き合わない?」 「黙れ! このッ」 リリーが高く剣を構えた。ルオウが、『阿見』に手をかける。庄助が動いた。 「リリー! なにやってんだよ。今日は俺と決闘に来たんだろ!?」 両手を広げて、リリーと喪越の間に庄助が躍り出る。リリーの剣が止まった。 「借金まみれの男が、邪魔をするな! 情けないぞ、庄助!」 「何かの間違いだ。リリー! 俺を信じろよ!」 「彼は保証人だ! 彼が借金したわけじゃない!!」と、すかさず幽矢が言い放つ。 「うるさいうるさい!! 関係ないんだそんなものはァッ!!」 リリーが首を横に振った。 「なんなんだお前は! どうしたいって言うんだ。庄助、お前は、わたしにどうしろと言うんだ。どうしてそんなに――」 大きく、リリーが息を吸い込んだ。両腕に力をこめる。庄助が、言葉に詰まった。 「俺はっ‥‥」 (ここだ!) (今だよ!) (言うのです!) (しっかり!) (言って!) (お願い!) (言っちまえ!) (行け! アミーゴ!) 「俺は、リリーが好きなんだ!!」 庄助の叫びが、広場に響いた。 ぐわん、ぐわん、ぐわん。 両手剣が地面に転がった。 「‥‥しょ、しょうすけ‥‥わたし‥‥」 ぐすぐすと、リリーはその場に泣き崩れた。庄助が、すぐに駆け寄る。 「ごめんリリー。俺、うまく伝えられないけど、リリー、俺、お前のことが好きなんだ。ごめん」 「あやまんないでよ」 と、リリーが平手を挙げる。 庄助は、まっすぐリリーを見つめていた。 「‥‥うぐ」 やり場のないリリーの平手を庄助が握り、リリーを抱き寄せ――。 「わたしも、お前のことが好きです。庄助」 見上げる瞳。 交わす言葉。 寄り添う二人。 「ああもう、この甘甘な空気、私にゃ毒だわ」 時雨の言葉が、開拓者達の気持ちを代弁していた。 その日の午後、リリーと庄助に招かれて、開拓者達は昼食をご馳走になった。すべて二人の手作り。テーブルの上には寄り添う二つの人形。赤いリボンの兎とブチもふら。庄助とリリー(真樹が使ってくれと、リリーに渡した)が、お互いに贈りあった品物。 「二人の大事なお客さんってことで、2日遅れですけど」 気持ちのこもった料理たち。 「あいつに会いに行こうかな」 ルオウは一人、想いをはせる。 それが彼らの、バレンタイン・ディ―――。 了 |