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■オープニング本文 ●鉱山 東房においては、数少ない貴重な鉱山資源を排出する山岳地帯が存在する。正規の組織化した発掘者達もいれば、中には密かに領地へ忍び込み、資源を盗み出そうとする輩も存在する。どこの国、どこの場所においても、自分本位の人間というのは存在するのだ。 とはいえ‥‥忍び込むのはつまらない大人だけに限らぬ。中には血気盛んに己が夢と希望を持ち、冒険という名の浪漫に馳せる者もいるのだ。 そして、それは山岳の奥深く、鉱山地帯において瞳を爛々と輝かせる少年に他ならない。 「元くん、やめようよぉ」 「いまさらなに言ってんだよ、甚平。お前から言い出したんだろ? 鉱山の洞窟を見に行きたいって」 元なる少年はそう言って、勇敢そうに木の棒を振り回しながら洞窟に近づいた。 洞窟の内部は比喩でもなんでもない、闇であった。かろうじて見えるのは入り口付近の壁にかけられた行燈だけだ。それもいまは火がまったく灯っていないので、ただの飾りでしかない。洞窟の奥は不気味だが、心を躍らせる誘惑もあり、まるで吸い込まれそうな気分だった。 「元くん、どうしたの?」 「うんにゃ、なんでも。でも、ほら見てみろよ。奥は何にも見えないぜ。なんか、行ってみたくならないか?」 「えぇ、怖いよぉ」 甚平はあからさまに震え上がり、青ざめた顔をぶるぶる振った。 「ばっか。ちゃんと松明持ってきただろうが。それがありゃあ安心よ」 「そうかなぁ‥‥?」 甚平はいますぐにでも逃げ出したかったが、元が彼をぐいぐいと引っ張った。 「ちょ、ちょっとぉ‥‥!」 「だぁいじょうぶだって。ほら、俺もついてるし。二人ならなんとかなるでしょ」 甚平は元の半ば無理やりな有無を言わさぬ様子に、仕方なく従った。 洞窟の中に入る際に、元は松明に火を灯した。初めは行燈に火を灯そうかとも考えたが、どこまで行くか分からない上に、行燈の位置は子供二人にはいささか高すぎた。背伸びして、かろうじて指先が届くのがやっとだ。 「しかし、なんか冒険って感じで良いよなぁ」 「そうかな? 僕、こういうのって苦手だよ」 二人は洞窟を歩きながら、左右に目を見回していた。静寂の中で、自分たちの足音が響き渡る。それは心をぞくりと震え上がらせるには十分なものだった。怖さを紛らわす意味を含めて、二人は饒舌になっていた。 「でもさぁ、開拓者とかって憧れねぇか? こういう冒険をいつだってやってるんだぜ」 「そんなの野蛮だよぉ。あぁあ、ほんと、なんでこんなところに来たんだか」 「だからさぁ、お前から言い出したんだろ?」 「言い出したんじゃないって。元くんが聞くから、こういう洞窟があるよって行っただけじゃんかぁ。僕はもともと反対だったんだよ。それにここ、元々なんか化け物が出るとかで使わなくなった洞窟だし。‥‥うわああぁ!」 ひたすらに歩き続けていた最中、甚平が叫び声を上げた。 「ど、どうしたっ!」 「あ、あれ‥‥!」 甚平の指差した方へ、元は視線を向けた。そこには、闇の奥で何かが息づいていた。しかし、人の呼吸のそれではない。まるで煙を吐き出すようなそのおぞましい音は、ぼんやりと光る二つの赤い点の傍で唸りとなっていた。 二人はごくりと息を呑んだ。何かは分からぬが、それが触れてはならず、見てもならない恐怖の存在だということだけは理解できた。それが吐き出している瘴気は、伝え聞く畏怖のものだ。 「あ、アヤカ‥‥シ」 「元くん、落ち着いて、にげ‥‥」 二人が後ろへとゆっくりと足を踏み出した瞬間、それはひび割れたような音を発した。 「うわああああぁぁ!!」 途端、風を切って伸びた影が、甚平の身体をがっちりと掴みとった。そして、白い絹糸のようなものが絡みつき、甚平の体の自由を奪う。影は甚平をつれたまま、素早く闇の奥へと引っ込んでいった。 「あ、あ‥ああ‥‥」 取り残された元は気力を失い、まるで砕けたように腰を抜かすしかなかった。 ●開拓者ギルド 「はぁ、はぁ、あぁ‥‥はぁ、うちは別に構わないんですがね。はい。ただそれなりに依頼料は増えますよ。はい。あ、それでも構わない。なるほどなるほど。いやいや、それなら全然問題ないですよ。ええ、もちろん。はい、じゃあ、受理させていただきます」 風信術で送られてきた依頼を確認して、受付係の男は息を吐いた。 いやはや、まったく。子供が連れ去られるとは災難だ。いや、逆か。おそらくは幸運だろうか。 アヤカシは基本的に人喰衝動を持つ。人を喰らうならまだしも、一匹だけ捕まえて引っ込んでしまうというのは珍しいことだ。おそらくは‥‥少なからず知能を持っている。つまるところ、人間で言うところの「人質」なのだろう。子供を連れておけば、多数の人間が助けにやってくることを承知のうえなのだ。 「ま、と言ってもアヤカシには違いない。誰が行ってくれるかねぇ、罠と分かってるアヤカシ退治によ」 受付係はそう言って筆を走らせ終えると、別の依頼へと取り掛かった。 |
■参加者一覧
六道 乖征(ia0271)
15歳・男・陰
華御院 鬨(ia0351)
22歳・男・志
俳沢折々(ia0401)
18歳・女・陰
志藤 久遠(ia0597)
26歳・女・志
パンプキン博士(ia0961)
26歳・男・陰
華美羅(ia1119)
18歳・女・巫
煉夜(ia1130)
10歳・男・巫
向井・智(ia1140)
16歳・女・サ |
■リプレイ本文 ●洞窟前 開拓者達の一行は洞窟前に辿り着き、かくも不気味なその穴に密かな緊張を感じていた。日は昇っているというのに、洞窟の中は夜の闇とそう変わらぬ。いや、まだ瞬く天の明かりがあるだけ、夜の世界のほうが幾分かマシというものだ。 「なんで俺はついてっちゃだめなんだよぉ‥‥!」 元が言った。涙ぐんだ顔はその意思を明らかに表しており、声色は多少怒気を孕んでいた。 開拓者一行はどうにもやりきれない思いだ。それでも、子供をつれて洞窟の中に入ることは決して行ってはならぬ。 「大丈夫だよ。甚平君は私達がちゃんと連れて帰ってくるから」 俳沢折々(ia0401)はそう言って、彼に岩清水を渡した。 「これ、甚平君が戻ってきたら飲ませてあげて。それが、君の出来る仕事だよ」 「俺の‥‥仕事?」 元は俯き、俳沢から受け取った岩清水を見つめた。そしてやがて、ぐっと堪えたように面を上げた。 「甚平、絶対助けてあげてくれよ」 「まかせとき。きっとアヤカシから助け出してみせるわ。うちらは開拓者やさかいな‥‥」 元の顔をやさしく見下ろしながら、華御院 鬨(ia0351)が言った。そして、彼女はそっと彼の頭をなでた。 「人を守れないうちは開拓者にはならん方がええどすなぁ」 そんな華御院の言葉に、元はただぎゅっと、岩清水を握り締める。 「それじゃあ、行きましょうか。まだ、若い命を失わせるわけにはいきません‥‥!」 向井・智(ia1140)の決意を秘めた言葉に、開拓者一行は頷いた。 ●洞窟内部、探索 洞窟内部では、常に緊張と注意を怠らず、神経を研ぎ澄ますことが必要不可欠であった。そして何より、道を把握することが探索においては重要となる。煉夜(ia1130)は元から受け取った地図を片手に、もう一方の手でかざす行燈の光を頼りにして、地道ながら道を逐一確認していった。 「甚平様の襲われた場所というのは、どうやらもう少し先のようですね。この辺は特に入り組んでいるので、目印をつけておきましょうか」 曲がり角の度に行燈に火をつけていた煉夜は、そう言って背後にいる志藤 久遠(ia0597)に頷いてみせた。それにこくりと頷き返した志藤は、持っていた松明の火を行燈に移した。 「何やってるの? 六道君」 「いや‥‥もし、行燈が消えたら‥‥と‥‥思って」 六道 乖征(ia0271)はそう言いながら、静かにカリカリと洞窟の壁に傷をつけていた。なるほど、保険ということか。志藤はそんなことを思いながら、六道の一歩先を見据えた作戦に感嘆していた。 「それにしても、どれだけ進めば良いんでしょうか?」 華美羅(ia1119)が言った。その声には、変わり映えのしない光景に飽き飽きした様子が感じ取れた。 「分かりませんが、いまはとにかく進むことです! 甚平さんが連れ去られたという場所近くまでいけば、何か変化もあるでしょう」 変わり映えがしないと言えば、向井の前向きな姿勢も変わることはない。先頭に立ち、いけるところまで行こうという心意気が感じられた。 「この先を行けば、そろそろですが‥‥」 「じゃあ、この辺で結界を張ってみましょうか? もしかしたら何か見つかるかもしれませんし」 煉夜の言葉に、華美羅が結界のための力を集中させた。身体からぼんやりと生まれてくる穏やかな光が、結界を張った瞬間に生まれる。アヤカシの瘴気を探る結界が、周囲の情報を即座に華美羅に伝えてきた。そして、それに気づいたとき―― 「います‥‥!」 頭上を見上げた華美羅の目が捉えたのは、天井を床のようにして這っている、不気味な蜘蛛の姿だった。 ●戦闘開始 アヤカシの姿はまさしく蜘蛛であった。しかし、それは人の知るそれと畏怖が桁外れに違った。獰猛な瞳がぎゅっと絞られて開拓者達を見離さず、口には鋭利な牙が見え隠れしている。口内から溢れ落ちる粘液が、異様な醜態を表していた。アヤカシは天井を這い進み、開拓者達に向かってきた。 「アヤカシがいるということは、甚平殿も近くであろうか」 志藤が言った一言に、皆がはっとなった。そうとも、蜘蛛がいるということは、甚平も近くにいる可能性があるということだ。 「鬨君、甚平君を見つけられるっ?」 「はいな。任せとき」 俳沢にニヤリと笑みを浮かべて、華御院は心眼を使った。線のように細く、そして広範囲に集中された意識が、周囲の状況を把握する。そして彼女は、糸に絡まったまま身動きが取れず憔悴した甚平の姿を見つけた。即座に駆け出す華御院に向かって、蜘蛛の細くも強靭な脚が叩き込まれようとする。が―― 「そうはさせません!」 それを大斧にて防いだのは向井だ。彼女はがっしと脚に身をはじかれぬよう、地に足を踏みしめた。その隙に華御院は甚平のもとへと急ぐが、蜘蛛の意識は華御院から離れようとしない。 「うああああああぁぁぁッ!!」 そんな蜘蛛に向かって、高らかな雄たけびを上げ、向井は敵の集中を逸らした。蜘蛛は地面に降り立つと、向井と向かい合う。獰猛な牙をむき出しにして威嚇する蜘蛛に向かって、彼女は大斧を振り下ろした。だがしかし、とっさのところでそれは避けられる。 「大丈夫ですか、向井様。また、攻撃を受けては危ないです」 向井の傍にやって来た煉夜は、彼女に加護結界を唱えた。身体を淡い光に包まれた向井は、まるで見えない装甲に包まれているような気分だった。 「‥‥! 背後にもアヤカシが‥‥!」 そんな向井たちの横で、華美羅がとっさに声を上げた。自らの張っていた瘴索結界に、アヤカシの反応が起こったのである。 背後に視線を送ると、そこには正面のアヤカシと同様の蜘蛛の姿が見えた。これで正面と背後を固められたわけだ。背後から近づくアヤカシに向かって、六道が岩首を放った。 「捉え‥‥た」 上空から現れた岩の式は、蜘蛛に向かって落下する。避けようとして逃げ惑うが、蜘蛛は岩に身体の一部を押し潰された。蜘蛛の悲痛な叫びが洞窟内に轟き、開拓者達は耳を塞ぎたくなる苦悶の表情だ。 その頃、華御院は洞窟の奥で転がされていた甚平を助け出そうとしていた。彼は無理やりに、絡みつく糸をちぎり取る。それでも、未だに恐怖に怯える甚平は言葉を失い、唸りとも呻きともとれぬ声を上げるだけだった。 「もう安心していいどす」 華御院はそう言って、彼に微笑んだ。 放心したように表情を失っていた甚平だったが、華御院のその笑顔を見て、彼はようやく自分の自我を取り戻したようだった。 「よし、行くどすよ」 華御院の言葉に甚平はこくりと頷き、二人は来た道を引き返した。 「さて、これ以上近づいてきてもらっては困る」 背後のアヤカシに向かい合う志藤は、槍を構えて感慨も抱かぬように言った。彼女は槍を突き出し、幾度となく敵を牽制する。だが、瞬間――それに怒りを露わにしたか、蜘蛛は脚を振るい、志藤の身体に微かな傷を負わせた。 「くあぁ‥‥!」 「志藤様っ!」 そんな志藤に、煉夜は風の精霊の力を借りた神風恩寵を唱えた。優しき風が志藤を包み込み、その傷を徐々に癒していく。 「ありがとうございます」 「困ったときはお互い様ですよ」 二人は微笑み合い、再び敵に向かい合った。そのとき―― 「さ、三匹目‥‥!?」 三度、華美羅の驚愕に満ちた声が聞こえた。 不気味な徘徊音を鳴らしつつ、横道から二匹と同様の蜘蛛が近づいてきた。もはや見飽きたと言うべきその姿に、志藤が槍を突き出す。俊速の槍を蜘蛛は避けきれず、刃先は身体にめり込んでいく。だが、それに悲鳴を上げながらも意に留めぬよう、蜘蛛は甚平とともに駆ける華御院を狙っていた。 「意外と粘るね、蜘蛛だけに。だけどそろそろ勝負を決めさせてもらおうかな」 そんな中で、蜘蛛に立ち向かうは俳沢の姿だ。彼女はわざとらしく蜘蛛に呼びかけ、注意を引きつけた。そして、 「雷閃!」 雷を操る式を用いて、電撃を走らせる。一閃のうちに電撃が迸り、雷鳴を轟かせたと思えば、それは蜘蛛の肉体を焼き尽くさんとした。苦悶する蜘蛛は苦し紛れに俳沢に脚を振ったが、彼女は労せずしてそれを避けた。 「救助完了どすよぉ」 そしてようやく、華御院は甚平を連れて戻ってきた。衰弱しきった甚平の様子に、志藤が屈み込む。 「衰弱してるみたいですね。私がおぶっていきましょう」 甚平をおぶった志藤を先頭にして、開拓者達は洞窟内の道を引き返そうとした。アヤカシはそれを追いかけようと、三匹連なって突き進んでくる。だがそれに、六道が振り返って式を構えた。 「外には行かせない‥‥暗い穴蔵で‥‥もがいてろ」 六道が呪縛符を放つと、小さな式が蜘蛛の脚に絡みついていった。それにもがき苦しむ蜘蛛達は、開拓者を追いたくとも叶わぬ。 そうして、彼らはようやく洞窟を引き返すことに成功したのだった。 ●その後 「無事でよかった、よかったなああぁ、甚平!」 「‥‥う、うん。ありがとう、元くん」 元から受け取った岩清水を飲みながら、甚平は笑った。その顔は少しばかり衰弱の色が残っていたものの、友との再会を心から喜んでいる顔だった。 「今回はとんだ災難だったどすなぁ」 華御院は甚平の頭を撫でながら言った。皮肉にも、それは甚平達に対してとともに、自分達への意味とも取れる。三匹もの大蜘蛛アヤカシに襲われたのは、災難とも言えるだろう。 「まぁ、でもみんなが無事でよかったね」 「確かに。それに勝る喜びはないですね」 俳沢と志藤は皆の帰還を喜び、向井はそれに満面の笑みで頷いていた。 「うんうん。本当に、みんなが無事で良かったですよ‥‥!」 「そうですね。私も、そしてみんなも、甚平様を助け出せて本当に嬉しいです」 煉夜は瞑想に如く瞳を瞑り、胸に沁みた喜びを感じている。 「ん、じゃあ、最後に。お姉さんからのご褒美ですよぉ」 そして、甚平は華美羅から頬にくちづけを交わされ、朱色に染まった顔を俯かせた。 いずれにしても、彼らは生きて帰ってきた。元は開拓者達を見ながら、そんな彼らの姿を目に焼き付ける。これが、人を助ける人間の姿なのだと。子供ながらに彼はそんなことを思っていた。 |