雑用の決起
マスター名:箔o屋敷
シナリオ形態: ショート
無料
難易度: 普通
参加人数: 8人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2009/08/22 02:23



■オープニング本文

●山間の森
 虫の声が奏でる音色が、ひたすらに五月蝿い森の中を、じっとりとした汗を拭いながら歩く二人の男がいた。手には杖代わりの木の棒を携え、足取りは疲労のためか重苦しい。いや、むしろ暑さのためというべきか。普段はここまでつらくもないというのに、暑さがそれを倍増させるのだ。一人は比較的体格もがっちりとした巨漢だが、かたや一方はひょろっとした体である。
「中宗や。こりゃあどこまで続くんじゃ」
「そんなもん、俺に聞くなや。知らんけども、もうすぐちゃうんかなぁ」
 中宗なるひょろっとした男は、身軽ではあるようだった。まるで蔓のように纏わりつく草木を蹴散らし、地面の不安定な坂を軽々と越えていく。それに比べて巨漢の男は無理やりにこじ開けて道を進んでいく。
「おい、天文。お前はまったく不器用なやつやなぁ。こんなもん、飛び越えていけるじゃろうに」
「お前に言われとうないわ。身軽なくせに体力だけはない男が。自分の呼吸を聞いてみい。もうぜいぜい喘いでるだろうが」
 二人は憎まれ口を叩きながらも、半ば協力的に地を踏みしめていった。
「ところで中宗や。本当にこの先にあの花があるんじゃろうな」
「話に聞くところは、やがな。俺が見たことあるわけやないから、知らんがな」
 二人が森の中へと分け入っていく理由はたった一つだけだった。二人の主人でもある若旦那から、とある花を摘み取ってくるように言われているのである。珍しい花といえばそうなのだが、果たして森の中にまで侵入して取ってくるほどのものかと言われれば、いささか疑問だ。しかも話によれば、若旦那は惚れた女にその花を渡したいそうなのだが‥‥好色家の若旦那にはよくある話である。ふとした気まぐれで言ったのかもしれない。
 とはいえ、二人はただの雇われた雑用係だ。主人の言うことは絶対であり、それに逆らおうという気概もあるわけがなかった。
「おい、天文」
 やがて、ふと何かに気づいた中宗は、天文の行く手を阻んだ。
「ん? なんじゃ」
「あれ、見てみい。若旦那の言ってた花ってのは、あれのことじゃないんか?」
 中宗の指し示す方角に視線を送ると、鉄壁のようにそびえる岩肌に生えた、数房の花が確認できた。色は黄色で、まるで太陽のような輝きを持っている。確かに、美しい花と言えよう。
「おい、まさかあれを登るってわけじゃないじゃろうな?」
 嫌な予感がしながらも、天文は中宗に問いただす。
「‥‥ま、そういうことなんやろ。若旦那の考えそうなこった」
 二人は溜め息をつき、仕方なく岩肌に向かおうとした。が‥‥
「‥‥‥‥! 天文、隠れろ!」
「な、なんじゃいっ!?」
 中宗は素早く天文の頭をがっちりと掴むと、地面にぶつける勢いで押し込んだ。
「あれ‥‥アヤカシじゃないか?」
「お‥‥鬼か?」
 二人は草木の間から、岩肌の傍でうろつくアヤカシの姿を見た。その姿はまさしく鬼のそれであり、人間のように防具や武器を身につけていた。特に目を引くのは六尺はありそうな棍棒であるが、いずれにしれも中宗達にとっては恐ろしき存在である。
 二人は頷き合うと、アヤカシに気づかれぬように出来るだけ物音を立てず逃げ出した。
 遠目で確認できたことは幸いである。これがもし距離もそう離れていなかったら、気配などとうに悟られていたことだろう。
「それにしても、どうするかね、中宗や。アヤカシがいたので無理でしたと言っても、あのわからずやの若旦那は納得しないじゃろう」
「うぅむ‥‥。ここは開拓者に頼むのはどうやろか? 金はかかるが、それでも若旦那に怒られるよりはマシやろ。俺らの主人やからなぁ」
 翌日、開拓者ギルドにやってきたのは、ひょろりとした男と巨漢の男の二人組であった。


■参加者一覧
美空(ia0225
13歳・女・砂
戦部小次郎(ia0486
18歳・男・志
貉(ia0585
15歳・男・陰
葛切 カズラ(ia0725
26歳・女・陰
王禄丸(ia1236
34歳・男・シ
空(ia1704
33歳・男・砂
朱音(ia2875
14歳・女・巫
祥乃(ia3886
22歳・女・サ


■リプレイ本文

●森の中にて
 依頼人に案内されるまま、開拓者一行は森の道を進んでいた。中宗と天文を中心におくようにして前後を固めた開拓者達は、左右から伸びる木々や葉の数々を蹴散らしながら、我はここにいるぞとばかりの進行でもあった。
「無茶言う上がいると苦労するよな‥‥いや、分かる」
 二人の後ろで頷きながら、貉(ia0585)が言った。常に笠と奇妙な仮面を被っている、一風変わった男である。
「クハッ、ハッハハハハ‥‥! まったく、ホント大変だわなぁ。主人のためとはいえこんな辺鄙な森に向かわされてよぉ」
 同情的な貉に比べ、先行する空(ia1704)は中宗たちを振り返ってニヤニヤと憎たらしい笑みを浮かべた。
 二人は苦笑しながらも笑い事じゃないと思いつつ、「あ、そこは右でっせ」と、空に道を述べた。
「件の場所まではあとどれぐらいになるだろう。決して敵には見つからぬようにな」
 背後から巨体の王禄丸(ia1236)が言った。開拓者達の作戦では、依頼人の花摘み作業は敵を倒した後となっている。アヤカシを森に誘い込み、一網打尽にするつもりだ。とはいえ‥‥依頼人の警護も忘れることはない。いささか性格に難があるであろう空と、この王禄丸が二人を護衛する手はずであった。
「あ、アヤカシを誘い込むのは美空がやるのであります。頑張るのであります」
「だいじょぶだいじょぶっ! そんなに震えなくても誘い込んだらあたし達がボッコボコにするからっ」
 ぶるっと震え上がった美空(ia0225)に向かって、朱音(ia2875)はぐっと親指を立てた。
「そうね。心配しなくても私だってちゃんと罠を仕込んでおくし‥‥安心してちょうだい」
 葛切 カズラ(ia0725)も同様に、美空にニコリと微笑みかけた。
「中宗殿達にはアヤカシを退治してから作業を行ってもらうが‥‥よろしいでしょうか?」
 戦部小次郎(ia0486)は常に敵のことを警戒しながらも、中宗達に声をかけた。
「そ、そりゃあ俺達は異論ないんてないて。なぁ、天文」
「おうよ。危険がないんであれば、それに越したことはないじゃろうて」
 二人は頷き合い、開拓者の提案を快く受け入れた。
「そろそろ岩肌に着く頃やけども‥‥」
 そうして、中宗は目的地に近いことを告げた。
「となると、この辺が敵を誘い込む場所になりますかね」
 祥乃(ia3886)はそう言って、上を見上げた。彼女の瞳は、そびえ立つ樹木を見定めている。
「いや、中宗らは岩肌の近くで待機させねばならぬ。あそこに草木の邪魔せぬ空間が空いているのが見えぬか?」
 王禄丸が指を指した方向には、確かに石や岩が点在し、草木の邪魔しない空間が広がっていた。
「あそこならば‥‥戦いにも向いているかもしれないですね。では、戦闘組は移動しましょうか」
 戦部の声に頷いた開拓者一行は、依頼人のもとに護衛役の王禄丸と空を置いて、戦闘地点に移動していった。
「‥‥まー、近くであんなのが暴れてるとこで崖のぼりってのは落ちつかねえだろ? とりあえず、下手に動くなよな」
 貉は中宗達にそう言い聞かせ、戦闘組の後を追う。
「んじゃあ、俺らは誘導後にバレないように移動しますかァ。ヒハハッ、テキパキと動いてくれよ、お二人さんっ」
 残された依頼人二人の肩を抱いて、空は楽しそうに笑い声を上げた。

●誘い込み
 森の誘い込み場所では、カズラが地面に地縛霊を三体仕込んでいた。
「我が僕、独眼の陵辱者、地に潜み隠れ、我が敵を玩弄せよ」
 敵を誘い込んだときには、大変有利な罠として機能してくれるだろう。朱音とカズラはその後、森の陰に隠れるように潜み、戦部はなるだけ岩肌に近い所で身を伏せた。祥乃はと言えば、大木の上に颯爽と登り、敵の到着を待って攻撃を一気に仕掛ける構えである。
 四人が身を隠したのを確認して、囮役の美空と貉は岩肌まで近づいていった。森の隙間から見える岩肌の近くでは、まるで亡者のようにアヤカシが徘徊しているのが見えた。
「さってと‥‥、んじゃあ、美空君と俺とでおびき寄せるわけだが」
「が、頑張るのであります」
 二人は静かに物音を立てぬように近づき、そうして手はずを確認した。まずは貉の先制で気を引き、美空がその間に弓を構えるつもりだ。
「いきますかっ!」
 貉はばっと森からアヤカシの近くまで飛び出した。
 懐から弾き出された斬撃符――狸の尻尾のような柄をした小刀が、アヤカシの腕を狙って飛翔した。斬撃符は敵の腕に当たり、大した威力を発揮しないながらも気を引くことには成功した。その間に弓を引いていた美空が、矢を思い切り射る。それは敵の胸にぶつかるが、鎧に阻まれてしまった。
 アヤカシは美空達を見据えると、獲物を見つけた獣如く駆け出した。
「あわわわっ、こっちにきたのですよおおぉ」
「鬼さんこちら〜、っと、悪いがそう簡単にはつかまってやんねーぞ」
 二人はそそくさと森の中へと逃げ込んだ。目論見通り、アヤカシはその後を追ってくる。
「こっちであります、こっちでありますよ〜、はぐれないでついてくるのですよ〜。‥‥どわぁぁぁぁなのです」
 まるで小動物のように木々の間を駆け巡り、一定の距離を保ちながら二人は指定の場所へと順調に向かっていった。

●護衛組
 左右上下――周囲への警戒を怠らず、王禄丸と空は依頼人を連れて岩肌へと向かっていた。
 先ほど、アヤカシを誘い込む囮役の声が聞こえた。きっと恐らくはもう、岩肌付近にアヤカシの脅威もないだろう。とはいえ‥‥油断は禁物である。依頼人の左右を固めるようにして、王禄丸と空の二人は護衛役の任務に徹していた。
「ハハッ、あれがてめぇらの言うところの花かね。ったく、厄介なところにあるもんだなァ」
 岩肌に近づくと、その壁に生えている花を確認できた。
 空は中宗と天文に対して意地の悪い笑みを浮かべる。
「花を摘むのは依頼に含まれてないからなァ。ヒヒッ、自分達で頑張らないといけないぜェ。例え、俺が何をしようとも、なァ」
「そ、それはどういう‥‥」
 空の言葉に中宗は嫌な予感を覚えたが、彼は一切何も語らず、ただ呵々と笑い声を上げるだけだった。
「中々綺麗な花だな。天文達の主人というのも、目は悪くないようだ」
 岩肌にたどり着き、花を見上げた王禄丸が言った。
「旦那はこういう女の喜びそうなことには目も鼻もきくんじゃ。‥‥行動は俺達がやるんじゃがなぁ」
 そう言って、天文は苦笑した。
 少なくとも、主人のことを嫌っているわけではないのか。王禄丸はそんなことを思いながら、静かに集中を研ぎ澄ましつつ、戦闘組の報告を待つのだった。

●戦闘開始
 美空と貉は森の中の広場へとたどり着き、はっと上を見上げて祥乃の姿を確認した。二人はアヤカシが祥乃の下にやってくるのを見計らって、左右に散った。
「はあああああぁぁぁ‥‥!」
 大木の上から加速をつけて舞い降りる祥乃は、強打の一撃を振り下ろす。だが、それには素早くもアヤカシが彼女の気配に気づいた。アヤカシは強打を避けると、そのまま持っていた棍棒で攻撃を仕掛けてくる。胸に迫る棍棒を、彼女は何とか受け止めた。それでも、腕に響く殴打の威力は完璧に防ぎきれるものではなかった。
「大丈夫ですかっ、祥乃さん」
 そんな祥乃の様子を見ていた朱音は、彼女のもとに駆け寄って神風恩寵の加護を与えた。優しい風が彼女を包み込み、その傷を癒してくれた。
「ありがとうございます、朱音さん」
「気にしないでください、お互い様ですっ」
 朱音は元気に満ちた笑みを浮かべ、続いて不敵にアヤカシと対峙した。
 アヤカシは祥乃と朱音の二人に気を取られ、背後にはほとんど関心を抱いていない。それを好機と見て、戦部は飛び出した。そのタイミングを合わせるよう、美空は袴の肩口と足元の糸を引いて身軽な和装になり、神楽舞・攻を舞いだす。
「轟、轟、列羅号。赤子泣くとも蓋取るな。オー、イェー」
 すると、戦部はその舞によって漲ってくる力を感じた。
「うおおぉ‥‥!!」
 彼は敵の逃げ足を奪うために脚を狙い定め、槍を突き出した。アヤカシは何とかそれに気づき、避けようとするも、装甲の隙間に刺さった刀身は、アヤカシに傷を与えた。
 敵は苦渋の声を上げ、戦部をその醜悪な顔で睨み付ける。
 脚を庇うようにして身動きが遅くなる敵に対し、朱音が畳み掛けるように力の歪みを唱えた。歪み出した空間が、アヤカシの脚は捻り出す。その威力に、アヤカは崩れるようにして倒れこんだ。
 すると、そこが運のツキである。
「はい、よくきましたねっと」
 カズラはばっと飛び出して呪縛符を放った。現れた式は敵の四肢に絡みつき、身体の自由を奪う。その場で三体の地縛霊が発動し、アヤカシに襲い掛かった。三体の影がアヤカシを包み込もうとするが、その内の二体は残念ながら避けられる。しかし、残された一体が身体を蝕み、アヤカシは苦しさに呻きとも嗚咽とも取れぬ声を発した。
「おっと、その隙を見逃す俺じゃねぇ」
 苦しみにもがくアヤカシの前で、貉が言った。
 彼は符を構えると、眼突鴉を召還する。符から召還された眼突鴉は狸を模した仮面を身につけており、貉と瓜二つであった。それらの鴉は舞い上がると急降下して飛翔し、アヤカシの顔面に向かっていく。
 その速度は避けられるものではなかった。装甲に覆われておらぬ顔面を攻撃する眼突鴉の威力に、アヤカシは倒れ伏した。
 そうして、徐々に瘴気と化していくアヤカシの姿を見下ろしながら、開拓者達は戦いの終わりを実感したのである。

●花摘み
 中宗の嫌な予感は当たっていた。
「いたっ、いたたぁっ! な、なにするんやぁっ‥‥!」
「ほれほれ、キリキリ登らないと作業も終わらねぇぜェ」
 岩肌を登る中宗と天文に対して、空は長い木の棒を使ってまるで悪戯っ子のように尻を突付いていた。
「あ、あまりやり過ぎるのも可哀想ですよ。ほどほどにしてあげたほうが‥‥」
 二人と一緒に岩肌に登って花を摘む祥乃は空に言うが――聞く耳を持つかどうかは定かではない。
「調子に乗って短くしすぎたです。スースーするのです〜」
 同じく一緒に花摘みを行う美空は、舞を踊るのに短くした袴に後悔しつつも、もくもくと作業をこなしていた。
「それにしても、高嶺の花って訳じゃないだろうけど、面白い位置に咲くのね」
「ですよねぇ。あっ、空の棒がお尻に刺さって‥‥あははっ」
 そんな花摘み作業を、カズラと朱音は微笑ましくニヤニヤと見守っていた。
「気をつけるといい。命綱はつけているが、何が起こるとも限らん」
 四人に命綱をつけさせ、自らも下からもしものためを考えて見守る王禄丸は、どことなく遠目からは子供を見守る親のようでもあった。

●帰路につく
 依頼人の花摘み作業が終わり、開拓者達はようやく帰り支度を始めた。
「‥‥ところで、他にも生えてるところは無いか探そうとは思わなかったのか?」
「いやぁ、それが、旦那は我侭なものやから。多分、別の場所から取ってきたとバレたら、何をされるもんか‥‥」
 怪訝そうに聞いてきた貉に対して、中宗はそう言って苦笑した。
「そう言えば、もう一人はどうしたのでしょうか?」
 消滅したアヤカシから回収した鎧と武器を背負って、戦部が言った。彼の言うもう一人とは、姿の見えぬ天文のことであろう。
「ああ、あいつはカズラさんからちょっとしたサービスを‥‥んっ、ゲフんっ、い、いや、なんでもないんや。すぐに戻ってくるやろ」
 中宗の歯切れの悪い言葉に首をかしげながらも、戦部は深く気にせずに先行して歩いていった。
「ひとつ摘めば、ひとつ植えよう。それで、命は回ってくれる」
 岩肌に残ってしゃがみ込んでいた王禄丸は、一人呟いた。
「王禄丸さん。何をされているのでありますか?」
「いや、何でもない」
 近づいてきた美空に対して、王禄丸は首を振った。彼の後ろでは、少しだけ盛り上がった土の跡が見える。
「ほらほら、二人ともー! 早く行くよー」
「なかなか、良いものだったでしょ?」
「は、はひぃ‥‥」
 元気いっぱいに飛び跳ねながら、朱音は王禄丸と美空を呼び、その横では淫靡な顔をしたカズラと呆けたような天文がいるのが見えた。
「では、帰りましょうか」
「うむ」
 そうして、開拓者達は帰路に着く。