|
■オープニング本文 開拓者ギルドの前で、萩は躊躇した。人が良いのを絵に描いたような彼は、少し気が弱いところがある。 しかしこれは自分の問題だ。気合を入れなおして、彼はギルドの扉を開いた。 「もうすぐ、結婚式を挙げるんですよ」 依頼を話す為に現状の説明をしているだけなのだが、自分が口にするとやけに気恥ずかしく感じる。 正直、まるで夢をみているようで、まだ実感はわいていない。 「それで、その手伝いを頼みたいんです。‥‥僕側からとして」 萩は天涯孤独の身。それに対して、彼女――花嫁の咲良は、親戚縁者がとても多い。皆良い人で、二人の結婚式のために色々手を貸してくれていた。 ありがたいと思う反面、萩は自分の不甲斐なさが身にしみてしまう。 「咲良さんは気にしなくていいと言うのですが‥‥」 それでも祝い事は大勢のほうが楽しいだろうと思い、萩の方でも手伝いをしてくれる人を探しに来たのだった。 そして、もうひとつ。 「咲良さんの親戚は多いのですが、ご家族はお義兄さんだけなんです。少し厳しい方で、まだ風当たりは強いんですけど‥‥」 苦笑しながら、それも仕方ない事だと萩は思っていた。義兄は本当の本当に、咲良を大切に育て守っていたのだから。 萩自身でさえ、よくこんなどこぞの馬の骨か分からない奴に、嫁がせる気になったものだと思っていた。 ‥‥しっかり者の咲良に、勝てる筈がないのが彼らの共通点だけど。 「お義兄さんに、何かしたくて。その協力もお願いしたいんです」 大切な妹を、彼の唯一の家族を貰い受けるのだから。萩が背負う咲良を幸せにする責任は、とても大きいものだと思っている。 そう思っていることを、ちゃんと義兄に示したい。 そして、最大の感謝を。 「どうかよろしくお願いします」 万感を込めて、萩は静かに頭を下げた。 |
■参加者一覧
井伊 貴政(ia0213)
22歳・男・サ
悪来 ユガ(ia1076)
25歳・女・サ
皇 りょう(ia1673)
24歳・女・志
楊・夏蝶(ia5341)
18歳・女・シ
リエット・ネーヴ(ia8814)
14歳・女・シ
和紗・彼方(ia9767)
16歳・女・シ
ハイネル(ia9965)
32歳・男・騎
ベート・フロスト(ib0032)
20歳・男・騎 |
■リプレイ本文 結婚式が近づくにつれて、新郎新婦の周りは慌しくなる。その日は協力してくれる開拓者達と打ち合わせをしていた。 「うーん、これだったら、こんな感じの料理でどうですか?」 手にしたメモにささっと筆を走らせて、井伊 貴政(ia0213)は萩に確認をとる。メモには他に予算などや、新郎新婦、それに義兄も含めた好みまで細かく書き記されていた。 「凄く良いと思います。でも‥‥大変じゃありませんか」 メモからでも手間や細かい配慮が十分に読み取れる。萩が問うと、貴政はやりがいがあると笑って見せた。 「限りがある中でも、最高のものを作りたいんです。それに皆に喜んでもらいたいって言う気持ちは僕にもあるので」 楽しんでもらいたい。喜んで欲しい。そう言って手伝いを頼んだのは萩だ。その気持ちを汲んでもらえた事が、萩にはとても嬉しかった。 「ちょっと寸法測るぜ」 背後から現れたベート・フロスト(ib0032)は、萩の姿勢を整えると、素早く採寸を終わらせていく。その手際のよさに萩が固まっていると、すでに採寸が終わったらしい咲良が苦笑していた。 「ベートさんがドレスを作るのなら、私はヴェールや小物を作ろうかな」 デザインを描きはじめたベートの手元を覗き込んで、楊・夏蝶(ia5341)が呟く。ベートはデザインを夏蝶に見せながら、次々と描き加えていた。 「色は純白で、この辺に和柄の布とか混ぜようと思ってる」 「じゃあ、萩さんに頼まない? 親御さんの着物とか‥‥青いリボン! 幸せな花嫁の象徴なんだって」 夏蝶が窺うと、萩は小さく頷いた。 「あまり種類はありませんが‥‥後で見に来てもらえますか。良いものがあると良いのですが」 「悪いな。助かる」 天涯孤独という萩に、親の形見は大切な物の筈だ。ベートの思いに、萩は首を横に振った。 「これで、僕の親にも式に参加してもらえます」 微笑む萩に、そうかとベートは相槌を打つ。 「あとはドレスの共布で巾着とか。あとは‥‥花?」 必要なものを指折り数えながら、夏蝶は小首を傾げる。 「それはあたしが手伝おうか」 そこへ悪来 ユガ(ia1076)が名乗りを上げた。 「花摘みなんてガラじゃねぇが、出来る事も少ねぇからな。案内頼めるか」 流石に地元の人間でないと、この季節に花が咲いている場所は詳しくないだろう。萩と目が合った咲良が微笑む。 「お二人は、私が家に案内するから。でも勝手に着物に触るのはよくないよね‥‥」 「いいよ、咲良の好きなので」 「駄目よ、そんなの」 ああだこうだ言いながら、思いの外すんなりと相談は終わった。嬉しそうに笑う咲良を、萩が見つめる。 そして二人は分かれ、それぞれに案内した。 「えと、ドレス用の花と‥‥内装用と」 大小の籠の中に、萩は丁寧に花を摘んでいく。ユガも馴れない手つきで花を集めていた。 「結婚おめでとさん」 「あ、ありがとうございます」 改めて言われたユガからの祝いの言葉に、萩が照れる。その幸せな姿に、ユガは目を細めた。 「これからは兄貴や嫁さんとハラ割ってうんと話すといい」 二人が集める花で、籠の中が鮮やかな色で染まっていく。 「不安な言葉、元気付ける言葉、喜びの言葉。‥‥言葉は人生を彩る花だぜ。交わした数だけ華やかなもんになる」 「‥‥はい」 言葉をかみ締める萩を、ユガは思い切り叩く。 「花嫁を綺麗に飾ってやろうぜ」 その勢いに萩はよろめき、摘んでいた花が宙に舞った。 花を籠いっぱいに摘んで帰ると、会場の飾り付けが進んでいた。二人の姿を見つけたリエット・ネーヴ(ia8814)が、駆け寄っていく。 「お帰りなさいっ。わぁ、沢山摘んできたんだね!」 籠を覗き込むように、リエットは顔を近づける。 「これも飾っていいの? あんまり派手なのは良くないかなって気をつけているんだけど」 「事前、花婿花嫁の意向を聞きたい」 そこへやってきたハイネル(ia9965)は、ぐるりと部屋の中を見渡した。 「僥倖、幸いにも此方に来てから暫く経っている故、多少ジルベリアテイストだが、内装くらいは出来よう」 ハイネルの視線を追うように、萩も部屋を見た。シンプルに纏められた飾りは存在を誇張することなく、部屋を明るくしている。 「ジルベリア風も好きですよ。咲良さん張り切っているから、もっと飾っても大丈夫だと思います」 萩は籠の中から、数本の花を取り出した。 「これ、咲良さんが好きな花なんです」 受け取ったリエットは、目を輝かせた。 「じゃあこれを沢山飾ったら、咲良ねーちゃん喜ぶかな」 「ええ、きっと」 「萩にーちゃんも手伝って!」 リエットに引っ張られ、萩も内装の手伝いを始める。ハイネルも黙々と、リエットの手が届かないような所に手を伸ばしていた。 慌しい準備も、時間が過ぎれば多少の落ち着きを取り戻してくる。雑用に追われていた皇 りょう(ia1673)はひと段落すると、萩の元へ顔を出した。 「お疲れ様です」 「萩殿も」 落ち着いてきたからなのか、安心したように笑う萩を見てりょうは少し視線を彷徨わせた。 「あ‥‥、萩殿。兄君に何か、は考えられたか」 首を振る萩に、りょうはひとつ咳払いをした。 「‥‥手紙などしたためて、言葉を贈られたらどうだろうか。自分の気持ちを伝えたいならば、きちんと言動で示さねば」 「言動‥‥」 「良いよね、贈る言葉。結婚したお姉ちゃんが、結構ジーンと来るもんだって言ってたよ」 突然ぴょこりと和紗・彼方(ia9767)が顔を出す。そして籠の中の余った花を見て、貰ってよいか尋ねてきた。萩が了承を出すと、ぱっと笑顔を浮かべてお礼を言う。 「どうするかは萩さん自身だけどね。大切だって気持ち、言葉にするのも必要だと思うよ」 「行動で示すなら、相撲というのも考えたのだが」 思案顔で、りょうがもうひとつの提案をする。 「相撲かぁ。‥‥萩さん、漢の見せ所だね!」 腕まくりをしてみせる彼方に、萩は曖昧な笑顔を浮かべる。 「勝負事は苦手ですけど‥‥そうですね、考えてみます」 「うん」 「ああ、それがいい」 沢山の人の思いを運びつつ、式までの時間は駆け足で過ぎていった。 式の当日。会場の入り口は人で溢れかえっていた。しかしそういう事に馴れているユガが、次々と客人を捌いていく。 ユガの手腕が優れている。それに加えて同じく参列者の整理をしているハイネルの心配りも大きかった。 彼が纏めた名簿から席順までの流れが分かりやすい。それに加えてハイネルの細かい気配りが、参列者に不快感を与えず入場させていく。 厨房では貴政が忙しそうに動き回っていた。 「もうそろそろ、お料理出す頃だよ」 給仕の手伝いをしている彼方が細かい報告をしてくれる。式の最初の方には顔を出したものの、料理の準備に追われてなかなか余裕は出来ない。 出来るだけ暖かいものを、と考えている貴政には有難かった。彼方が飲み物と前菜を運び始める。 酒宴が盛り上がっていくなか、夏蝶が舞を舞っていた。しなやかな体が、柔らかな動きを描いていく。 その隅で、参列者の整理をひと段落つけたハイネルが、手にしたリュートを爪弾いていた。高い音が夏蝶の舞いに寄り添い、鮮やかさを添えていく。 舞が最高潮になる中、リエットが新郎新婦の傍に行き、二人に花束を手渡した。 「萩にーちゃん、咲良ねーちゃん、おめでとう!」 そう言い花束を上に向けて持つように支持し、細工部分の紐を引っ張る。ぽむっと軽い音と共に、辺りに花吹雪が舞い上がった。 萩と咲良が驚くなか、純粋に舞や料理を楽しんでいたベートが拍手を送る。それを皮切りに会場が割れんばかりの拍手が響いた。 そんな中で、咲良の兄が不機嫌そうに座っている。お酌をして回っていた彼方は、彼に近づいた。 「どうぞ」 「どうも」 どうやら彼は酒が随分進んでいるらしい。傍からみて、ヤケ酒に見えないこともない。 「萩さん、すごく感謝してたよ。萩さんの事、嫌い?」 思い切って尋ねてみる。しかし彼は不機嫌に輪をかけて酒をあおるばかりだった。 「‥‥咲良だったら、もっといい男もいるだろうに」 「でも、きみに何かしたいって。萩さんと色々用意したんだ」 「開拓者に頼って‥‥それが、男らしくないと‥‥」 彼方が彼と話している最中に、萩が立ち上がった。どうやら手紙を読むらしい。 「僕は咲良さんと義兄さんに贈る言葉を用意してきました」 手紙を広げて読み始める。新婦への気持ち。義兄への感謝。温かな言葉が溢れていた。 「‥‥僕は咲良さんを何があっても守ります。僕の命を懸けて――」 手紙も終盤に差し掛かった頃、バンと机を強く叩く音が鳴り響いた。会場がしんと静まり返る中、義兄がゆらりと立ち上がる。 「そんな奴に咲良はやれねぇ! 相撲だかなんだか知らないが、かかってきやがれっ」 萩とりょうの話を聞いていたのだろうか。酔っている彼は、もう誰の言葉も聴こうとはしない。意を決して、萩は上着を脱いだ。心配そうな咲良に笑いかける。 「分かってもらえないなら、分かってもらえるまで頑張らないと」 そう言うと、萩は彼に相撲を申し込んだ。しかし明らかに体格が違う。萩の体は軽々と宙を飛んだ。 「何だ、この程度か」 吐き捨てる彼に、萩は何度も立ち向かっていく。ぼろぼろになって、力も入らず、勢いだけで突っ込んだその時。 酔いが回った彼は足をふらつかせ、突っ込んできた萩もろともに転がっていった。 「そこまで出来るなら、あんな事言うな」 肩で息をする萩が、ゆっくりと体を起こす。寝転がったまま、彼は思いを口にした。 「咲良を置いていくような奴に、咲良は渡せねぇ。守って、最後まで一緒に生きられる奴じゃねぇと」 その言葉に萩ははっとした。彼女らの両親は早くに亡くなったのだ。 萩にも親はいない。だけど、これ以上失うものがないからこそ、命を投げ出す覚悟が出来ていた。 ‥‥これからは、違う。自分たちは、家族になるのだ。 「っ、すいま、せん。僕は‥‥咲良さんと生きます。ずっと、ずっと」 「‥‥ああ」 長い息を吐いて、彼が目を閉じる。涙ぐんだ咲良が、萩に寄り添った。 彼方は小さな匂い袋を取り出して、三人に手渡す。雄雛、雌雛、右大臣の姿をした匂い袋からは、優しい香りがした。 中身は、萩が摘んできた花を乾燥させたものだ。 「プレゼント。三人に仲良くして欲しくて作ったんだ。‥‥もう、大丈夫だよね」 萩と咲良は、匂い袋を握り締めて頷く。ベートと夏蝶も、二人の傍へ集まった。 「そのウェディングドレスと、タキシードもな」 「この辺の刺繍とか‥‥萩さんにやって貰ったんですよ」 よくみれば、綺麗な刺繍の一部分に、少しぎこちない縫い跡がある。目を丸くする咲良の隣で、萩は赤面していた。 「どうぞお幸せに!」 夏蝶が二人へ声をかけるなか、ベートは義兄の顔を覗き込んだ。 「あんたの妹さん、いい婿貰ったぜ。誇りに思っても良いくらいの相手なんじゃないか?」 そう声をかけると、彼は視線を逸らして小さな声で呟く。 「知ってる」 その言葉に、ベートは苦笑を浮かべた。これはもしかして、最初からいい家族だったのかもしれない。 そこへ貴政が最後の料理を持って現れる。それは打ち合わせにないものだった。 「これは僕から。幸せを祈って、ささやかな贈り物です」 静かなハイネルのリュートが響くなか、赤と白に彩られた、二人の門出を祝う小さな花のお菓子が配られていく。 涙で頬を濡らしながら、咲良はこの日一番美しい笑顔を浮かべた。 「新婦殿の何と美しき事よ。やはり女の晴れ舞台であるな。――私も、いつかきっと‥‥!」 拳を握り締めるりょうの隣で、リエットもうっとりと呟く。 「いいな、花嫁さん。リエットも、咲良ねーちゃんみたいになれるかなぁ」 「嘉月吉日夢見月、合縁奇縁の花縁、桜が如く花開く、だなァ」 そう言って、ユガは酒を口にする。祝い酒は二人の気持ちが溶けているのか、なんだか甘く感じた。 「花は散るが理だが、再び咲くも理だ。長い目で見りゃ、な。十歳百歳咲き誇れ、多幸を祈る」 酒宴も終盤に差し掛かっている。最後に一丁締めでもやったら良いかもな、とユガは考えていた。 |