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■オープニング本文 舞い散る花弁は、あの日に降った雪を思い起こさせる。 思い出はまっさらな雪のように輝いて、胸の奥で眠っている。 キラキラ、キラキラ。 特別になったあの日を、僕らはきっと忘れはしない―――。 開拓者ギルドを訪れた男は、手紙を差し出した。表には幼い字で『招待状』と書かれている。 男は困りきった顔で、事の次第を話し始めた。 今年の初め。大人たちの宴会に混ざれない子供たちは退屈を持て余し、開拓者に遊んでもらうという珍事を起こしてみせた。 その時の報酬というのが、自ら作ったかまくらの使用権と、子供たちのおもてなし。それから子供たちの間では、『おもてなしごっこ』なるものが密かに流行っているらしい。 「そのときは凄く楽しかったみたいで。この手紙も、ただ遊んで欲しいんでしょうねぇ」 そう言って男は窓の外をそっと窺った。外では遊ぶ振りをしながら、部屋の中を窺っている子供たちがいた。 期待に輝く目に、男はあの雪の日を思い出す。 大きなかまくらを作ったのだと、子供は興奮冷めやらぬ様子で話していた。しかもそれは数日間収まらなかった。子供たちにとって、よほど楽しかったのだろう。 「今度は花見をして、開拓者たちをおもてなししたいと言っているんです。‥‥子供に寂しい思いをさせていてのかもしれんです。できるなら願いを叶えてやりたいと思ったのと」 男は一旦言葉を区切ると、苦笑を浮かべた。 「大人たちは、手出し禁止だそうです。‥‥なので『親からの依頼』として、こっそり子供たちを見守ってやって欲しいんですよ」 子供たちは外で遊ぶ振りをしながら、部屋の様子を窺っていた。結構あからさまだったりもするのだが、子供たちは真剣だった。 「大丈夫かなぁ」 「手紙、渡したみたいだよ」 「‥‥ねぇ、怒られたりしない? だって中身‥‥」 「平気だって! 中はちゃんとした依頼なんだし!」 子供たちがひっそりと騒ぎ出す。子供たちにはある計画があった。実は招待状は偽装だった。中には子供たちからの依頼書が入っている。 内容は「自分たちの親を、自分たちで企画した花見に招待したい」というもの。その為に開拓者たちの力を借りたいというものだった。 大人たちには秘密の計画。こっそり準備して、突然招待して、日ごろの疲れを労うのだ。 「‥‥皆、頑張ろうな!」 リーダー格の少年が声をかける。その胸の奥には、未だ輝いている雪が舞う日の思い出がある。 きっとこの花見が成功したら、大人たちにもこの思いを知ってもらう事ができるだろう。そうたらきっと、気持ちを共感する事ができる。 子供たちの願いはそれだけだった。 親と子供。それぞれの思いを乗せて。雪のような花弁が舞っている。 |
■参加者一覧
劉 天藍(ia0293)
20歳・男・陰
天河 ふしぎ(ia1037)
17歳・男・シ
喪越(ia1670)
33歳・男・陰
和紗・彼方(ia9767)
16歳・女・シ
向井・奏(ia9817)
18歳・女・シ
相模 紫弦(ia9925)
18歳・男・志
ケンイチ・ヤマモト(ib0372)
26歳・男・吟
劉 那蝣竪(ib0462)
20歳・女・シ |
■リプレイ本文 「おーおー、いい話じゃねぇか」 子供達から『大人達には内緒の計画』を聞いた喪越(ia1670)が、にっと笑いかける。その大きな体に驚いていた子供達も、すっかり馴染んでしまったのか、彼の体に纏わり付いていた。 「ま、仕事でやる以上はマヂにイくぜ――って、イダダダダ!」 子供には遠慮がない。腕白な少年にしめ技を決められてしまい、喪越は声を上げる。 それを見つめていた天河 ふしぎ(ia1037)は、隣に立つ親友の向井・奏(ia9817)に話しかける。 「招待状に見せかけた依頼書か、楽しいこと考える子達だよね‥‥これは全力で力になってあげなくちゃ! 頑張ろうね、奏」 「親を想う子ども達の優しさ‥‥。不肖ながら、この向井・奏、親子の心の架け橋となれるよう、精一杯、お手伝いをさせていただくでゴザルよ」 普段は面倒を嫌う奏も、やる気を漲らせている。頷く奏に笑い返して、ふしぎは子供に手を差し出した。 「僕、天河ふしぎ、みんな宜しくね」 目の前に出された手を凝視して、年長の少年は固まったまま動かない。 「兄ちゃん、真っ赤だ。照れてやんの!」 弟分にからかわれて、少年は真っ赤な顔のまま吠えた。 「しょうがないだろ。この村にはお姉ちゃんなんか居ないじゃないか」 馴れていない事を強調する少年の後ろで、今度はふしぎが肩を震わせていた。 「ぼっ、僕は男だっ!」 顔を背けられて、少年が絶句する。 そんな様子に苦笑しながら、劉 天藍(ia0293)が呟いた。 「子供達だけで大人達をもてなしたい、か」 子供達の心を温かく思っていると、物怖じする少女が不安げに見上げていた。無口で無愛想な天藍の姿は誤解を招きやすい。 ゆっくりと手を伸ばし、天藍は少女の頭を撫ぜてやる。 「良いお花見、良い日になるよう手伝おう」 「ふふ、子供達の可愛い企みに、私も一枚かませていただくわね♪」 子供達の輪に混ざり、緋神 那蝣竪(ib0462)は元気な少女を抱きしめる。 「沢山楽しんでもらえるように皆で頑張りましょう!」 「うん!」 協力してくれる開拓者達の姿に、子供達は嬉しそうな声で返事をした。 「俺も子供の頃あったな」 目の前の子供達に、相模 紫弦(ia9925)は幼い頃の自分を重ねて見る。父と母の記念日を、自分のとっておきの場所で祝福する。 あの時の想いを今の子供達が抱えているのかと思うと、紫弦は感慨深い気持ちになった。 子供達がいつまでも覚えていられる日にしようと、紫弦は密かに決意する。 「お花見の用意、とってもいいと思う。ボクも協力するよ、がんばろーねっ」 子供達に混ざってはしゃいでいた和紗・彼方(ia9767)は、知人の姿に気が付いて、ぱっと振り返った。 「あ、しづ兄、天兄、なゆ姉も! よろしくだよっ」 そこへふわりと笑って、ケンイチ・ヤマモト(ib0372)も挨拶をする。 「宜しければ、私にもお手伝いさせてくださいね」 開拓者達の挨拶が終わって、天藍は小さく唸った。 「どんなお花見が良いだろうな」 子供達からどんな風にしたいのか聞きだすために、天藍は悩む振りをする。 「あのね、お父さんとお母さんを驚かせたいんだよ」 「びっくりさせたいよね」 子供故に漠然としている内容を絞るために、天藍は質問を重ねた。 「お父さんとお母さんの好きなもの、沢山会ったらきっと嬉しいだろうな。何が好きだろう?」 その質問に子供達の顔が輝きだす。そして我先にと口を開いた。 「あのねー、お母さんは甘いものが好きなの」 「うちの父ちゃんは、酒飲むときに‥‥」 話は好みから始まって、それを食べるときの癖まで繋がっていく。子供達の観察眼は侮れないものがあった。 ――それは子供達にとって、大切で大好きな人達だからに他ならない。 「花見はどこでやるんだ?」 子供達に目線を合わせて、紫弦が尋ねる。 「俺達に先に見せてくれないか?」 子供達は頷きあうと、紫弦の手をとって歩き出した。 「こっちだよ」 「すっごい綺麗な木があるんだ」 案内された場所では、大きな木が満開の花を咲かせていた。 さり気なく枝や小石を除いていく紫弦を見ながら、整えられた場所に天藍は大きめの敷物を広げる。あとは他の準備をしている間に、この場所の確保を続けないといけない。 「天河くん、場所取り頼めるか?」 「うん、いいよ。花見といったら、まずは場所取りが基本だもんね」 天藍の頼みを、ふしぎはすぐに承諾した。そして人差し指を空に掲げる。 「花見の重要任務、場所取り行く者この指とーまれ!」 重要任務と聞いて、腕白な少年と元気な少女がふしぎの指に群がった。 「とりあえず、この旗を立てる。空賊の基本なんだからなっ」 そういってふしぎが取り出したのは、白のドクロが染め抜きされている黒地の旗だった。 ‥‥空賊? 子供達の頭上に疑問符が浮かび上がる。しかし。 「おーっ、でゴザル」 ふしぎのノリに合わせた奏が、手を振り上げる。つられて子供達も手を上げた。 「おーっ!」 舞い散る花弁に煽られて、黒い旗は小さくはためいていた。 「材料はこれでそろったかな。お菓子、何がいいかなぁ?」 「甘いのもいいけど、煎餅とか塩っ気のある物もこっそりあってもいいんじゃねぇ?」 首を傾げる彼方に、隣を歩く紫弦が応える。買出しをしながら、もう少しお酒はいるだろうか、甘酒辺りも用意した方が良いかもと考えを巡らせる。 「ねぇ、しづ兄? 道具はお家から借りて持ち出したら、お花見の事ばれちゃいそうだけど、どうしようか?」 ふとした疑問を口に出すと、紫弦は生返事をしながら彼方の持つ酒を自分で抱え込んだ。代わりに自分が持っていた分の菓子を彼女に渡す。 しず兄、と兄貴分として慕われる事が何だかくすぐったい。 「親には開拓者のおもてなししたいって話になってるから大丈夫じゃないか?」 「そっか。秘密の作戦、どきどきするね!」 楽しそうに笑う彼方は、紫弦から見ても浮き足立っていた。 天藍と那蝣竪が料理の仕度を進めている所へ、二つの足音が近づいてきた。 「ただいま! 天兄」 「なゆくん、何かする事ある?」 買出しから戻ってきた彼方と紫弦が声をかける。 「山菜とか採り終わって、料理はこれから始めるところよ」 「‥‥なゆくん、何嬉しそうな顔をしてこっち見てるの‥‥」 彼方と紫弦が並ぶ姿を映した那蝣竪の瞳が、意味有り気に細められている。赤くなる頬を紫弦がやり過ごしていると、小さく袖を引かれる感触がした。そこには見上げてくる少女の姿がある。 「あのね、卵、お母さんみたいなの作れるかな?」 火を使う作業は危ない。すぐに返事をしかねていると、少女の肩に彼方の温かい掌が触れる。 「大丈夫、きっと作れるよ! ね、ボクが見てるから良いよね?」 彼方がついていてくれるなら、と頷くと、少女も嬉しそうに微笑んだ。 「蓬はこうやって潰して」 実演して白玉を作る天藍を見ながら、少年も食紅の混ざった白玉を捏ねている。これで一口大に丸めれば完成なのだが。 「むう」 不器用な少年は白玉が上手く丸められなかった。 「気持ちを込めて、ゆっくり作れば大丈夫だ」 それでも丁寧にコツを教えてやれば、少しづつ形が丸くなっていく。 その間に、那蝣竪は子供達には難しい筍の煮物や、山菜の天ぷらを作りはじめた。天藍も子供達を見ながら、旬の魚の照り焼きを作っている。 二人は作業しながら、山菜を採取しているときの子供達の姿を思い出していた。初心者には難しい食べられる野草の見分け方を、子供達は一生懸命覚えてくれた。 「それにしてもおいしそーっ。味見していい? ちょっとだけだからぁ」 出来上がった料理を眺めながら、彼方が指を伸ばす。 「お姉ちゃん、駄目だよ」 そんな彼方を、少女が窘める。う、と言葉に詰まった彼方を見て、皆が声を上げて笑った。 限りを知らないように花弁は舞い散る。 「よし、散った花びらの有効活用でもするか」 「どうするんだ?」 喪越の言葉に、少年が尋ねる。 「綺麗なやつを詰め込んでくす玉を作るんだ。親御さん達が来た時に割って、盛大な桜吹雪でお出迎えってな」 芸人にとってつかみは大事Yo? と締めくくると、少年の裏手で叩かれる。 「芸人じゃないし」 年長の少年は大人しそうに見えたが、ノリが悪い訳ではないらしい。控えめなツッコミに笑うと、恥ずかしそうにして口をつぐむ。 「花冠や花束も作ってみるでゴザル。とっておきの綺麗な奴を作るでゴザルよ」 奏の提案にふしぎも賛成した。何か贈り物もあると良いだろうし、場所を確保している子供達も少し退屈そうにしている。 新しい遊びを手にした子供達は、途端に元気を取り戻した。花冠が綺麗に作れないという少女の為に、奏はひとつひとつ作り方を説明していく。 「花冠をこんなに綺麗に作れたの、初めて!」 嬉しそうに笑う少女を見て、奏もまた嬉しく思った。 花見の準備が整って、後は親達が来るのを待つだけになっていた。 物足りなさを感じた那蝣竪はひとつ唸って、ぱっと人差し指を立てた。 「歌を歌ってみるのはどうかしら?」 那蝣竪の提案に、ケンイチが自らのリュートを手にする。 「簡単な曲をいくつか知っていますので、その中から子供たちが選んで教えるのはどうでしょうか?」 そう言ってケンイチは、短い旋律を奏でていく。 楽しい曲や元気な曲。そのなかで子供達が特に目を輝かせたのは、春らしい柔らかな旋律だった。 その旋律にあわせて、軽い打音が重なっていく。 傍らで天藍が筍と一緒に採ってきた竹を使って、簡易な打楽器を作っていた。 「あ、それ俺も作りたい」 羨ましそうに見つめる少年を誘い、紫弦も打楽器作りの輪に加わる。 「そういやガキンチョ共、服はどうするんかな? 折角の花見の席だ、いつもと同じじゃダメダメYo?」 喪越は藁半紙を見つけると、烏帽子っぽいものを作り、少年に被せてやった。 「高級なもんがお洒落って訳じゃねえよ。あとは花を飾ったりとか‥‥」 指をワキワキとさせながら、工作は得意だから手伝いくらいはしてやる、と告げる。密かに少年は、喪越に頼もしさを感じていた。 「いらっしゃいませーっ」 大人達が集まって、子供達は笑顔で出迎えた。子供達の案内で、大人達は席に着く。そうして花見は始まった。 花冠や花束を、大人達は嬉しそうに受け取っている。はしゃぐ子供達が怪我をしないよう、密かに配慮する奏をみて、ふしぎが問う。 「ふふ、楽しそうだね‥‥ひょっとして奏、子供好きなの?」 「うむ。大好きでゴザルよ。無邪気な姿は見ていて微笑ましいでゴザルしなぁ‥‥いつかは拙者も欲しいものでゴザル」 そう言って奏は、照れ隠しに酒を勧める。盛り上がる花見の中、空腹を感じた紫弦は団子に手を伸ばした。 「それ、僕がつくったんだよ」 それを見ていた少年が、横からひょっこりと顔を出す。 「とっても美味しいよ、ありがとう」 礼を言われた少年は嬉しそうに笑って酒を勧めてくる。徳利ごと受け取った紫弦は代わりに甘酒を渡してやる。 子供達で飲むように告げると、少年は少しの逡巡の後に皆の下へ駆けていった。紫弦は徳利を隣に座っていたケンイチに向ける。 「酒は飲めるか? 緊張もほぐれるだろうし」 ケンイチにはこれから歌の伴奏という大役が任されている。酒を勧めると、ケンイチは杯を差し出した。 「頂きます」 食事もして落ち着いた頃、歌う為に集まった子供達は少し緊張していた。それを解す為に、那蝣竪は微笑みかける。 「多少音程や歌詞を間違っても気にしないで。心を込めれば伝わるわ」 その言葉に、子供達の表情が少し柔らかくなる。その心を支えるケンイチの奏でる旋律が響き始めた。紫弦の笛の音も重なって音に深みが増していく。 子供達の伸び伸びとした声が広がっていく。その歌にあわせて小さな光が、子供達の周りを舞う。喪越の演出に、大人の目も奪われる。光と蝶が舞う幻想的な空間は、歌の終わりと共に終焉を迎える。 歌い終わった子供達に大きな拍手が送られた。 「皆、とっても素敵だったわ♪」 那蝣竪の声に、子供達も満足そうに頷く。その興奮が収まらぬ中、新たな曲が響き始めた。 彼方の舞が始まる。実家の姉達の見様見真似なのだと語っていたが、髪を解きいつもとは違う格好で舞をする姿は、舞い散る花と相まって十分に神秘的だった。 何か違う女性のようで、紫弦は目が離せなくなる。心を掴まれる、とはこういう事を表現するのだろうか。 「‥‥あれ、紫弦くんどうした?」 天藍が声をかけると同時に、舞が終わった彼方が紫弦の元に駆けてくる。 「ん、しづ兄、どうしたの?」 いつもと変わりなく話しかけてくる彼方を目の前にして、心臓が全力疾走している紫弦は、何でもないと言うのが精一杯だった。 大人達をもてなしたいと言っていた子供主催の花見は、すっかり家族の団欒の場所へと化していた。 帰れる家があって、家族がいて、団欒がある。その光景を、喪越は眩しそうに見つめた。 自由と引き換えにした俺にはもう戻れねぇし、戻りたいとも思わねぇが、ガキンチョ共には末永く大事にして欲しいもんだわな。少なくとも、それを温かく感じる間は。 花弁散る空を見上げながら、何度もこんな光景を見守り続けるであろう花に願いを託す。 ――さて、明日はどっちに流れようかねぇ。 そんな喪越も見守るように、花は誰にも隔てなく花弁を降らせていた。 「お兄ちゃん、お姉ちゃん、ありがとう御座いました」 きちんと片付けまで終わると、子供達は並んで開拓者たちに頭を下げた。 「有難う、楽しかったよ」 「また来年も、皆で来たいでゴザルな‥‥うむ」 天藍と奏が頷くと、那蝣竪もそれに同意した。 「私、親も兄弟もいないから、こういうのとても楽しかった。いつか私にも家族ができたら‥‥なんて」 不思議そうな顔をする子供達に、那蝣竪は笑って見せた。子供達にはこんな事を感じない幸せを得て欲しい。那蝣竪は子供達一人一人と握手を交わす。 「また誘ってね!」 「うん、また来てね」 小さな約束を交わし、子供達は親元へ駆けていく。何度も何度も振り返り手を振る小さな姿が見えなくなるまで、開拓者達は見送っていた。 |