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■オープニング本文 新緑が鮮やかに芽生える季節。いよいよ新茶の時期だというのに、茶屋の主人は打ち拉がれていた。 「‥‥うちの店はもうおしまいだ」 「しっかりしてよ、お父さん!」 娘の芽生が叱咤しても、父親は塞いだままだった。こんな調子で数日が経とうとしている。 ある日、自分達で育てている茶畑に、崇り神が降りた。その姿に慌てた父親は、足を滑らせ怪我をしてしまった。 その時に、崇り神に見付からなかったのは幸いか。それ以来、崇り神は茶畑に居ついている。 「あんなの、アヤカシじゃないの! 開拓者たちに頼めば、あっという間に倒してくれるわよ!」 「でも崇り神だなんて‥‥うちの畑は呪われてしまったんだ」 落ち込む父親の姿に、芽生はこっそりとため息をついた。 父はこれでも、お茶づくりの名人として名を馳せている。本人は性格からか謙遜しているが、父の作ったお茶を楽しみにしていると言ってくれる人も多い。 ひそかに自慢に思っている父から、お茶を取ったら一体何が残るのか。ここはぜひとも立ち直って、お茶づくりに専念してほしい。 しかし当の父親は、そんな気配を微塵も感じさせなかった。 「もう、俺は駄目なんだ。これはもうお茶をつくるなって事なんだ」 しおしおと落ち込む背中は、頼りなくいつも以上に小さく見える。哀愁を感じた切なさは、自分の内で膨れ上がって、そのうち怒りに変わっていった。 「もういい! お父さんなんてそうやっていつまでもうじうじと丸まってればいいんだ。」 驚く父親の顔が見えたが、それでも勢いは止まらない。 「お父さんがやらないなら、あたしがお茶を作る! あんなヤツやっつけて貰うんだからっ」 そう言い捨てて、部屋を飛び出す。名前を呼ぶ父の声が聞こえたが、足を止める事は出来なかった。 『お父さんのつくるお茶は、飲む人を幸せにしてくれるのよ』 それが、今は亡き母親の口癖だった。世界中の誰よりも父のお茶が好きだった母の為にも、このままで良いはずがない。 悔しさに背を押されながら、芽生は開拓者ギルドまで走り続けた。 |
■参加者一覧
雲母坂 優羽華(ia0792)
19歳・女・巫
吉田伊也(ia2045)
24歳・女・巫
フェルル=グライフ(ia4572)
19歳・女・騎
ハイドランジア(ia8642)
21歳・女・弓
金寺 緋色(ia8890)
13歳・女・巫
和紗・彼方(ia9767)
16歳・女・シ
花三札・胡蝶(ib2293)
18歳・女・巫
マヤ・バケット(ib2393)
15歳・女・泰 |
■リプレイ本文 店先はお茶の良い薫りが漂っている。その薫りをハイドランジア(ia8642)は思い切り吸い込んだ。 「新茶かー。もうそんな季節なんだね」 「新茶を楽しみにしてる人、沢山いますよね。私もその一人です」 嬉しそうにフェルル=グライフ(ia4572)が告げるのを、ハイドランジアは頷いて応える。 「お茶畑は新緑の眺めなんだろうね。なんだってアヤカシが居着いているかは知らないけれど、とっとと倒しちゃわないとね」 「美味しいお茶をこさえられるよぅ、うちも喜んで手伝いますえ」 そこへ現れた雲母坂 優羽華(ia0792)は、柔らかな笑みを浮かべた。 「あ、ちなみにうちんとこではお茶を『おぶぅ』言うんどすぇ。『ぶぶ漬け』っちゅうたら、知ってはる方もいてはるんちゃいますやろか?」 「へー、そうなんだ」 素直に感心して、和紗・彼方(ia9767)が相槌を打つ。興味を示されて、優羽華は嬉しそうに目を細めた。 「覚えといて貰えれば、嬉しいどす。その前にまずはアヤカシを何とかせなあきませんなぁ」 「うん、芽生ちゃん達がお仕事できるように頑張らないとね」 彼方が振り返った先で、依頼人の芽生は慌てて頭を下げた。 「皆様、宜しくお願いします」 「アヤカシはボク達に任せて、芽生ちゃんはお茶作りの用意、お願いね」 「は、はいっ」 彼方の言葉に、力強く頷いた芽生は、少しだけ肩の力を抜く。家を守ることに必死になっていた芽生は、気を抜くことが出来なくなっていた。 そんな芽生の心を、開拓者達の存在が支えてくれる。 「本当に‥‥有難うございます」 「お礼はまだ早いですわ」 そう言って、花三札・胡蝶(ib2293)は芽生の肩を叩く。 「親子の幸せな暮らしを邪魔するアヤカシなんて、許せませんものね」 気合いの入っている胡蝶は拳を握りしめる。 「この花三札・胡蝶、非力なれど皆さんと力を合わせ、親子の笑顔を取り戻して見せますわ」 たった二人の親子に、陰湿な雰囲気なんて似合わない。胡蝶は大いに燃えていた。 「親子の絆の為、気合い入れていきますわよ‥‥!」 その隣では、マヤ・バケット(ib2393)が少し不安そうな表情を浮かべていた。 「初めての依頼だけど、うまくできるかな‥‥」 開拓者としての経験の差を、マヤは肌で感じてしまう。下手をすれば足を引っ張りかねないが、ここで弱気になる訳にはいかない。 「お茶畑に被害が出ないようにがんばらないと」 「私も」 そこへ同意の声が上がった。声の主、金寺 緋色(ia8890)は少し苦笑する。 「実を言うと、アヤカシ討伐は初めてなんです。‥‥ちょっと緊張しますね」 「皆で協力すれば、大丈夫ですよ」 飄々した声で応えたのは吉田伊也(ia2045)だった。しかしその声に余裕を感じて、経験の少ない二人は安堵する。 「なんだってアヤカシが居着いているかは知らないけれど、とっとと倒しちゃわないとね」 ハイドランジアの言葉に、皆が頷いた。その中で彼方は芽生の方に向き直る。 「アヤカシのいなくなった畑見たら、お父さんきっとまたやる気になると思うんだ。お茶作りが好きなら、きっとじっとしていられない筈だよ」 だから大丈夫、と彼方が念をおす。その心遣いが嬉しくて、芽生は思いを込めて深く頭を下げた。 茶畑というのは独特な形をしている。開拓者達は二組に別れて、父親がアヤカシを見た場所を中心に、細い茶畑の道を進んでいた。 「新茶を待ち望んでいる人、そしてご主人と芽生さんの為にも、茶の木に被害は出せませんね」 軽装に抑えて茶の木に引っ掛からない様に配慮したフェルルは、優羽華が集中できるように周囲を警戒する。そして優羽華は瘴索結界でアヤカシの居場所を探る。 「精霊はん、うちにアヤカシの場所を指し示してやぁ」 巫女の舞を舞う優羽華の豊満な胸が揺れる。その身体が仄かに光ってるのを見て、ひとつ奥の茶畑を進む伊也も瘴索結界でアヤカシを探し始める。 二組は進みながらアヤカシの姿を探す。アヤカシの姿を探しながら、胡蝶は小さく呟いた。 「ふふふ、親子の邪魔をするやつは馬に蹴られてフルボッコですわ‥‥」 反対にマヤは口数が少なくなっていた。捜索は仲間を信頼し、いつでも動けるように周囲を警戒する。 この依頼はマヤにとって、これから自分がこの道で進んで行けるかどうかの試練も兼ねていた。酷く緊張していることを自覚して、気を落ち着けるために深呼吸をする。 そうして暫く歩いていると、伊也の結界内に瘴気の反応が現れた。 「向こうですか」 伊也が眺める方向には、小さな黒い山が見えた。茶畑に隠れるようなその山を見て、胡蝶が呟く。 続いて、フェルルが仲間に知らせるために呼子笛を吹く。笛の音を聞き付けて、彼方は駆け出した。 「何かあってからじゃ遅いもん。だから、退治させてもらうよっ」 茶畑を荒らさないように気をつけながら、彼方はアヤカシへ向かっていく。 奇抜な動きをするシノビの格闘術で、彼方はアヤカシを翻弄しながらクナイで切り付ける。 それに続いてフェルルも応戦する。間合いをとろうとするアヤカシは、茶畑を踏みつけていた。 それ以上被害が広がらないように、フェルルは隼襲でアヤカシの先回りをすると、踏み出す足の邪魔をするようにレイピアを突き出す。 「その瘴気、これ以上大切なお茶に晒しはさせませんよ!」 フェルルが叩きつけた剣気で、アヤカシの足が一瞬止まった。その隙をついて、マヤがアヤカシの背へと向かう。 秦練気法によって覚醒したマヤの赤く染まった身体が、アヤカシへ強い一撃を与える。しかしアヤカシも負けてはいなかった。 長い腕でマヤの身体を振り払う。軽々と飛ばされたマヤから気をそらすためにハイドランジアが矢を放つ。 練力が込められた矢は、より攻撃が効きそうな場所に向かって軌道を変える。その矢に気を取られている間に、緋色がマヤ元へ向かった。 緋色とマヤを優しい風が包み込む。神風恩寵で風の精霊の力を借りた緋色は、マヤの傷を癒していく。 マヤの顔色が良くなった事に緋色は安堵したが、そこはまだアヤカシに近すぎた。何とか離れようと尽力するが、アヤカシは目敏かった。 「危ないですわ‥‥っ」 胡蝶が叫ぶが、二人は身動きが取れない。アヤカシの腕が勢いよく振り下ろされる。 いっそ自分がぶっ叩いてしまおうかと、胡蝶は杖を握りしめる。しかしアヤカシと緋色達の間に入る影を見て、杖を握りなおした。 「全力援護ーーッ!」 胡蝶の叫びとともに、金属のぶつかる重たい音が響く。アヤカシの攻撃を受け止めたのは、優羽華の手鎖だった。「全部受けるつもりやったけど、思うよりへっちゃらなんは、花三札はんのおかげやね」 アヤカシの攻撃は重たかったが、胡蝶の神風恩寵がすぐさま回復をしてくれた為、見た目には何事もなかったかのように見える。優羽華はアヤカシに向き直り、手鎖を鳴らした。 「おいたは大概にしとかへんと、痛い目みますえ?」 突如、アヤカシの身体が清浄な炎に包まれた。アヤカシと人間以外に影響がない浄炎なら、茶畑を傷つける心配はない。 アヤカシは灰と瘴気へと代わり、風に流され消えていった。 お茶の葉が詰まった籠を抱えながら、芽生は皆を作業場へと案内した。 「お茶作りは初めてですが‥‥良ければ手伝わせて下さい」 「こちらこそ宜しくお願いします」 フェルル達の有り難い申し出に、芽生は心から感謝をする。伊也も持参した手ぬぐいを頭巾にして、やる気を出していた。 「お茶作り、ドキドキで楽しみだなっ」 興味津々で彼方は芽生の手元を見る。蒸されたお茶の葉は台の上で揉まれていた。 「へー、こんな風にしてできるんだ」 「お茶って作っている間に、こんなにいい香りがするんですね」 年季の入った道具には、すっかりお茶の香りが染み込んでいる。空気自体がお茶に染まっていく感覚にフェルルは感動していた。 「新茶って、こう、なんていうか特別だしお得な感じ?」 丁寧に動く芽生の手を見ながら、ハイドランジアもどんなお茶が出来るのか楽しみにしている。お茶を嗜む胡蝶は出来るだけ手助けが出来るようにと芽生の側にいた。 「お父様もこれを飲めば一発で元気になりますわ‥‥っ!」 「花三札さん‥‥」 何と言っても娘のありったけの願いが篭ったお茶。胡蝶の言葉に芽生が勇気付けられたとき、入口の方で物音がした。 見れば、そこに芽生の父親がいる。 「お父さん‥‥」 「そんな手つきじゃ、葉が傷付いてしまうぞ」 父親の厳しい言葉に、芽生の肩が震える。しかし父親はそこから細かい指導を始めた。慌てて芽生は、そのひとつひとつに懸命に応えていった。 お茶作りは全身を使って葉を揉むものの、力を入れればいいものではない。しかも何通りもの揉み方と順序がある。 お茶が作り終わる頃には、皆へとへとになっていた。 「芽生、皆さんにお茶を煎れて差し上げなさい。‥‥お前の、一番好きなものを」 「は、はいっ」 流石に馴れているのか、パタパタと元気よく動く芽生に、慌てて緋色がついていく。 「芽生殿、お手伝いします。良ければうまいお茶の煎じ方を教えてください。‥‥あと、薬膳茶とかもあれば」 「薬膳かはわかりませんけど、あたしでわかる範囲で良ければ」 色々と考え馳せている芽生の横顔は真剣で、先程の父親の顔が重なる。 「‥‥お父様、立ち直ったみたいで良かったですね」 「はい‥‥」 芽生が嬉しそうに笑う。 「皆さんには、お父さんの一番美味しいお茶飲んでもらおうと思ってるんです」 父親の静かな情熱と、芽生の父親を想う姿に、緋色も静かに微笑していた。 「皆さん、有難うございました。情けない姿をお見せしました」 「おじちゃん、怪我はもういいのかな?」 首を傾げる彼方に、父親は怪我の具合を見せる。 「随分良くなっているんだ。もう少ししたら、またお茶が作れる」 「また、お茶作るんですねっ」 芽生の作ったお茶を飲めば、父親は元気になる。そんな確信がマヤにはあったが、娘がお茶を作る姿を見ただけで、父親は立ち直ったらしい。 「結局のところ、これしかないんですよ。俺に出来ることは」 父親は芽生の作ったお茶を眺める。お茶としての級は低くても、想いの溢れたお茶を。 「俺は、家内と芽生が煎れてくれるお茶なら、なんだって旨いんです。‥‥その二人に美味しいと言って貰えるお茶を、作りたいだけなんですよ」 しみじみと言う父親に向かい、伊也が一歩進み出た。 「困ったことがあったらいつでも呼んで下さいな。大切なお茶を作るための、宝石のような茶畑。守ることなら、私達にも出来ますから」 そう言う伊也の横から、フェルルが気まずそうに顔をだす。 「えと‥‥不躾なお願いですけど、そのお茶少し頂けませんか?」 フェルルが指差すのは芽生が作ったお茶だった。 「良いお茶ではありませんよ。他に‥‥」 「そのお茶が良いんです」 揺るがなく言うフェルルの気持ちが、ハイドランジアにもわかる気がした。 「まさしく、それが幸せのお茶だよね」 きっとお茶の味が人を幸せにするのではなくて、そこに込められた想いが人を幸福にしてくれる。 「じゃあ二杯目は、こっちのおぶぅはんでほっこりしよし」 そう言って、優羽華はニッコリと微笑む。優羽華の提案に、ハイドランジアも小さく手を上げた。 「賛成っ。いっぱい飲めば、いっぱい幸せになるかな?」 ハイドランジアがそんな事を考えていると。 「お待たせしました」 皆が待ち望む中、お茶の用意が出来た芽生と緋色が顔を出す。 二人が持つ湯呑みの中には、幸せのひとつの形がなみなみと注がれていた。 |