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■オープニング本文 暖かい日が続いている。もふら様のもふもふとした毛を眺めながら、律人は思案にくれていた。 そこへ通りかかった彼方 翔(iz0098)が声をかける。 「どうしたんだ? リツ」 「‥‥もふら様も暑いよな」 目の前には伸びているもふら様がいる。しみじみとした律人の言葉に、翔も一応相槌を打った。 「まあ、なぁ」 冬には温かそうな毛皮も、見る季節が変われば感想も変わる訳で。 「それがどうしたんだ?」 真面目そうな風貌の友人は、時々突拍子のないことを思い付く。何を考えているのか計りかねて翔は首を傾げた。 「毛が短くなれば、もふら様も涼しくなるんじゃないだろうか」 律人の言い分に、翔はしばしの間固まる。しかし我に返った翔は、慌てて首を振った。 「相手はかりにも神様だって。丸刈りは可哀相だろ!」 「じゃあ、部分的に刈るか」 「?」 どうするつもりなのだろうと、翔の首はさらに曲がっていく。 「こう、胴体だけを、ざくっと」 律人がする身振り手振りの説明に、翔の顔が青くなる。 「それはやばいって‥‥」 言いかけた翔の前に、律人の姿は既にない。スタスタと歩いていく律人の背中に翔が叫ぶ。 「リツーっ。どこ行くんだよ!」 「開拓者ギルド。もふら様は大きいからな。人手を借りないと」 くるりと振り向いた律人は当然の様に言う。翔はもふら様を横目で見た。 確かに伸びているのは暑いからかもしれない。だがその前にもっと他のやり方があるんじゃないだろうか。 と言うか、胴体の毛がないもふら様を見たくない。 「こうなったらこっちも全力で阻止するしかないよな!」 腕をまくって気合いを入れた翔は、協力者を探し始めた。 |
■参加者一覧
神流・梨乃亜(ia0127)
15歳・女・巫
紗耶香・ソーヴィニオン(ia0454)
18歳・女・泰
向井・智(ia1140)
16歳・女・サ
四方山 連徳(ia1719)
17歳・女・陰
琴月・志乃(ia3253)
29歳・男・サ
天ヶ瀬 焔騎(ia8250)
25歳・男・志
ルーティア(ia8760)
16歳・女・陰
ラムセス(ib0417)
10歳・男・吟 |
■リプレイ本文 「もふらさまの毛刈りをすると、お給金が出ると聞いて来たござるよー!」 いつも生活費がかつかつな四方山 連徳(ia1719)の漲るやる気に、依頼者の律人は重々しく頷いた。 「ああ。宜しく頼む」 「最近妙に湿度が高かったりするしなぁ。ほっといたらカビるかもしれへんわ」 そういう琴月・志乃(ia3253)は、すでに腕の中にバリカンと水が入った桶を用意していた。 「ちゅうワケで、俺ももふらさまの毛を刈るで」 楽しそうに笑う志乃の隣で、神流・梨乃亜(ia0127)は手にしていた帽子をかぶる。まだ夏には早いとはいえ、日差しは強くなっている。油断しているこの時期の日射病が、実は一番怖かったりする。 きゅっとかぶった帽子の下で、梨乃亜は笑う。 「もふらさまも暑いのはイヤだよねっ。梨乃はね、もふらさまを涼しくする為に来たんだよっ」 「拙者、拙者的美的感覚によるステキ刈りを考えてきたでござる」 連徳はそう言うと、覚え書きをした紙を何枚か取り出した。その中の一枚に、大きくこう記されている。 『機能性重視の夏すたいる』 「これなんかどうでござるか。ぶっちゃけ、ただの全身丸刈りである!」 どばーんっと示された紙を眺めて、志乃は悩ましげに眉根をよせた。 「ここはアレやね。とりあえず丸刈りか奇抜なやつをやな‥‥」 「流石に丸刈りはやりすぎではないですか?」 困った表情を浮かべているのは、向井・智(ia1140)だった。 「そーだ、そーだ! もふらさまにだって人権‥‥ならぬもふら権というものがなぁ‥‥」 もふらさまの毛刈りを阻止するべく、働きかけていた彼方 翔(iz0098)がここぞとばかりに応戦する。智は自分の心の内を表現するべく、手をワキワキとさせた。 「だって、もふもふできませんし! ‥‥あ、でもちょっとは毛がない方がもふら様も涼しいような?」 「‥‥え?」 やっと味方を得た翔の期待は、あっという間に裏切られる。その傍らで、もふもふ出来ると聴いて飛んできたのに‥‥と呟く智に、志乃はぼんと肩を叩いた。 「もふもふとちゃうで。毛刈りや」 「え、違うんですか? 毛刈り?」 智はきょとんとした顔で志乃を見つめる。そして今までワキワキしていた自分の掌を見つめた。もう一度ワキワキして、智はこくりと納得した。 「‥‥それもまた、良し‥‥」 「いいの?!」 翔の叫び声が響く。どうやら彼女の中で、毛刈りはアリらしい。そこへラムセス(ib0417)が、首を傾げながらやってきた。 「もふらさまの毛を刈るデス? もふらさまの毛は、アヤカシにもいろんなものを作るのにも大人気デス〜」 もふらさまは神様と言えど、生活を縁の下で支えてくれる、なくてはならない存在だった。人の生活に深く関わるという事は、それだけ人と親しむ機会が多いという訳で。‥‥どうやら世の中のもふらさまには、色々な出来事が起こっているらしい。 ラムセスは今件のもふらさまをちらりと見た。大きなもふらさまはぺしゃりと伸びているのだが、暑くて伸びているのか単に寝転がっているのか、ラムセスにははかりかねる。 「僕は暑そうだからって刈るのは反対デス。もふらさま、毛を刈っている間はつまらないデス?」 「も〜ぉ、ふ〜ぅぅぅ‥‥」 ちょうどよい頃合で、もふらさまが大きな欠伸をした。正面にいたラムセスの髪や服が、もふらさまの長い息ではためいている。 「何処かの村ではそれでもふらさまが七時間も反乱したそうデス。‥‥それでも、ご飯の時間には皆帰ってきたそうデスが‥‥」 もふらさまを心配していた表情は、次第に困惑へ変わっていった。そこへルーティア(ia8760)がひとつの提案をする。 「丸刈りは論外としても、毛を切り揃えたり、軽く刈るだけなら時間もそうかからないんじゃないか?」 言いながら、ルーティアはもふらさまの毛を手櫛で梳く。気持ちよさそうな表情を浮かべるもふらさまの正面で、梨乃亜は座り込んでもふらさまの顔を覗き込んだ。 「もふらさま。どうする? 刈らせてくれる?」 出来る事ならもふらさまの毛を刈りたいと思う梨乃亜は、もふらさまと相談し、説得を始める。 「ちょっとおしゃれな感じだったら刈らせてくれる?」 「そうデスね。夏毛に生え変わるので無理に刈らなくてもよいと思うデスが‥‥相談は良いと思うデス」 ラムセスも納得したところで、天ヶ瀬 焔騎(ia8250)もこくこくと頷く。 「もふらさまの意思は大事だよな。刈り方とか、一大事だもんな。‥‥刈られたくない、って事もあるかもだしな‥‥っ」 もふらさまの意見を尊重しつつ、刈りたい意識が大半を占めている焔騎は、『刈られたくない』という言葉の所で苦い声を出した。それでも刈る事を嫌がるのならば、手を出さないつもりの潔さもあわせ持っている。 「‥‥‥‥」 もふら権がなんとかと口にした翔には、すでに二の句が告げられなくなっていた。待って欲しいと伸ばしている手が、空しく宙に浮いている。 「もふらさまの毛刈りですか〜」 「もふ〜!」 そこへ紗耶香・ソーヴィニオン(ia0454)が、もふらさまと寄り添い現れた。紗耶香のもふらさまであるもふ龍も、元気に挨拶をする。 「あたしにはもふ龍ちゃんもいますし、どんな刈られ方が良いか聞いてみましょうか」 ね、もふ龍ちゃん、と話しかける紗耶香に、もふ龍も嬉しそうに応えた。 「もふ龍ちゃんはどういうふうに刈られたら嬉しい?」 「もふ龍は少し梳くくらいで良いもふ〜」 「そちらのもふらさまは? どんな風に刈られたいですか? それとも嫌ですか?」 もふ龍を撫ぜながら、律人のもふらさまに向かって問いかける。もふらさまは少し頭を持ち上げてから、ゆっくりと首を傾げた。 どうやら刈り方の種類がピンとこないらしい。そこへバリカンを手にした志乃が、にっこりと笑ってもふらさまに近づいていく。 「悩んどるんやったら、いっそ試してみればええねん」 そう言って、ぞり、と首元をひと剃りする。自然な流れで実行されて、誰も止める事が出来なかった。もふもふを愛する智が、志乃に向かって一歩前に出た。 「あなたはもふらさまを丸刈りにするつもりですか?」 「その方が涼しそうでええんとちゃう?」 志乃の答えに、智の身体がわなわなと震えだす。 「丸刈り防止隊として、もふらさまを守りきってみせます! でもちょっと刈るだけなら許す!」 「まだちょっとだけやで。これは許容範囲やないんか?」 志乃の言葉に、ルーティアが首を振る。 「丸刈りが目的の時点で、もう終わりだ」 拳をぱきぱきと鳴らしながら、ルーティアも志乃との距離を縮めていく。 「もふらさまのもふもふを奪うものには正義の鉄槌をです、ちょあ――ッ!」 「制裁、もとい教育的指導っ!」 正義の拳の下に、志乃が倒れる。その屍を皆が黙して見守る中、連徳が持っていた覚え書きの紙を、もふらさまの前に広げた。 「ひと刈り入ってしまったでござるな。ならば稲妻刈りはいかがでござるか。巷で視線を独り占め! 稲妻の刈り込みでござる」 「もふー‥‥」 もふらさまの声はいまいちだ。ならばと次の紙をずずいっと前に出す。 「じゃあ、芸術刈りはいかがでござる。心の赴くまま、全身を使って刈り込む‥‥まさに全身がキャンパスでござる!」 「も‥‥もふ‥‥」 どっぱーんと連徳の背中で何かが弾けたような気がして、もふらさまが気後れする。良い事を言った気がしたのだが、どうやらもふらさまには合わなかったようだ。連徳は首を捻る。 「あとは‥‥靴下刈りや腹部だけ刈る見えないお洒落刈り‥‥そしてお洒落が行き過ぎて、一周回ってきた感のあるしましま刈りとか、どうでござるか」 「もふ‥‥、頭と足は残して欲しいもふ」 あえてそれを選ぶのか! もふらさまの言葉に各々が衝撃を受けた。律人だけはふむ、と一人考え込んでいる。 「足だけだと何だから、胸元と腰も残そうか」 「‥‥せくしー?」 想像した翔が呟く。横になったもふらさまの姿が、色っぽく感じるような気がする。そして、もふらさまもまんざらでもなさそうだった。 「胸と腰の間に入ったら、寝心地良さそうだよな」 そう呟く律人の横顔は、至極真剣だった。一瞬まさかそんな理由で、と翔は疑ったが、相手は律人。そしてこの律人にして、このもふらさまありなのだ。 このままではもふらさまが刈られてしまう。そこでラムセスは歌を歌いだした。 「もふらのもはもふもふのふ〜、もふらのらはふかふかのか〜。もふらのらはらららしあわせのら〜‥‥」 もふもふの素晴らしさを歌うこの歌で、律人が心変わりをしてくれれば、毛を刈るのをきっとやめてくれる。聞き入っていた律人もラムセスに合わせて歌いだした。作戦は成功した‥‥ように見えたが。 「もふらの毛皮はとっても素敵、年中ホワホワ快適モコモコ」 途端にもふらさまが微妙な顔をした。もふらさまだけでなく、皆が苦い顔をしている。‥‥律人は半端無い音痴だった。 「リツ‥‥、もういいから」 続きを歌おうとする律人を、翔が止める。しかし微かに漏れてくる歌声で、律人がその歌を気に入った事を知る。‥‥毛刈り止めの効果はなかったようだが。 「もふらさまも一応刈ってほしい‥‥みたいですし? 適度に刈れば良いんじゃないでしょうか」 智はそう言うと、名残惜しげにもふらさまを抱きしめる。 「嗚呼、素晴らしきもふもふ‥‥」 そのまま離れようとしない智をやんわりと引き剥がして、紗耶香はもふらさまに問いかけた。 「では準備は良いですか?」 「良いもふ‥‥」 そういうと、もふらさまは小さく身震いする。もう少し嫌がるかと思っていたが、このもふらさまは随分大人しかった。 必要な時には『もふ龍アタック』で押さえ込もうとしていたもふ龍も、予定外の事にそわそわする。とりあえずもふらさまにそっと寄り添ってみた。 「そんな風にしてると、もふ龍ちゃんも刈られちゃいますよ」 びくりと跳ねるもふ龍を見て、紗耶香はくすくすと笑い出した。 「もふらさま、毛刈りが済んだら美味しいおやつ食べましょうね〜」 「もふ龍も食べるもふ〜」 きゃっきゃと騒ぐ紗耶香ともふ龍を横目に、もふらさまはとても落ち着いていた。 「‥‥もふ」 どうやら、このもふらさまはどこまでもマイペースらしい。好きに刈ってくれと言わんばかりにゆったりと横になるもふらの背を、ルーティアはゆっくりと撫ぜた。 「自分ももふらを飼ってて毎日ブラッシングしてるから、毛皮の手入れは得意だ。任せておけ!」 もふらさまの毛をいじりながら、ルーティアは水浴びやブラッシングなどもしてみたいと考えを巡らせる。その横で梨乃亜が志乃のバリカンを借りて、丁寧に毛を刈り始めた。 もふもふの触り心地の毛を楽しみながら、刈った毛を何かに使えないか考える。防寒具やおしゃれ着などに活用できないだろうか。 そんな中、もふらさまの正面で、焔騎は仁王立ちで立っていた。なにせもふらさまは大きい。広い面積の場所を眺めながら、焔騎の目には『刈る』の二文字しか映っていなかった。 物凄い勢いで刈っていく焔騎を、ルーティアは見つめていた。正確には、その揺れている長い髪を。手入れも大変そうだし、もふらのついでにやってやるのも良いかもしれない。 ジャキ、とルーティアの持つハサミが音を立てる。その音を聞いて、焔騎の背中に悪寒が駆け抜けていく。左右を見回すものの原因が分からなくて、頭をひとつ掻くと焔騎は毛刈りを再開した。 刈られた毛は一箇所に集められて、山になっていく。その山をキラキラした瞳で見つめながら、智は拳を握り締める。 「ふふふ、毛は持ち帰ってクッションに‥‥!」 「そうだな‥‥、縁起物だしお守りのようにするのはどうだろう」 手を一休みさせた焔騎は、刈った毛をひと房手に取り、くるりと輪にする。それをいまだ屍でいた志乃の上にそっと置いた。 「‥‥何のつもりやねん」 「いや、お守りとしての効果を確認しようと。成仏してくれ」 「まだ死んどらんわ!」 パン、と手を合わせた焔騎に、志乃のツッコミが炸裂する。お守りの効果があったかどうかは‥‥残念ながら未確認だった。 喧騒の中、律人は毛を刈り終わったもふらさまの胴体を撫ぜる。その感触に、律人はラムセスを手招きした。もふらさまが嫌がっていないことを確認して、ラムセスもその胴に触れる。もちもちした感触が、何だか不思議だった。 「もふらの歌、良かった。こいつの事、一生懸命考えてくれてありがとな」 律人の言葉を聞いて、ラムセスはもう一度もふらさまの顔を見た。もふらさまはすっきりしたのが満足なのか、すぴすぴと寝息を立て始めている。 「もふらさまの新しい一面を見れた気がするデス。これはこれで良いかもデス」 ラムセスの笑顔に律人も微笑を浮かべて、皆に向き直った。 「今日は協力してくれて有難う。おかげでうちのもふらさまがご機嫌だ」 ころりと寝返りを打つもふらさまに、律人は苦笑する。そしてジメジメした空気を纏っている翔に声をかけた。 「翔もありがとな」 「なんで‥‥俺、邪魔してたじゃん」 すっかり拗ねた口調の翔に、律人はもふらの毛玉をひとつ渡す。 「でも、途中からこれ気になってただろ」 その一言に、翔の顔が一瞬で真っ赤になる。 「‥‥図星でござるか?」 「翔のお顔まっかだよ」 連徳と梨乃亜にも指摘され、わなわなと震えた翔は、最後にがっくりと崩れ落ちた。そういえば昔から、律人のやる事成す事、止められた試しがなかったのだ。 そこへ、もふらさまの寝言が聞こえてきた。 「もふ‥‥、足の毛は駄目もふ‥‥」 ‥‥足の毛に、そんなにこだわりがあったのか。一秒の沈黙を共有した後、一同は一斉に笑いあったのだった。 |