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■オープニング本文 ジリジリと日に日に日差しが強くなる。街はすっかり暑くなったが、山を登れば涼やかな風がふいていた。 空は青く澄んでいて、申し分ない天気だ。そんななかで熊のような大男は、身体を丸くして蜂の巣箱を覗くと、溜息をついた。 男――久方は養蜂を生業としている。夏の間は山に登り、花の蜜を集めていた。それは毎年繰り返している事だが‥‥。 今年は肝心の蜂が、なかなか落ち着かない様子でいる。久方は困りきった表情を浮かべた。 「うーん、あれは本当の事なのか‥‥」 山に登る前に、ひとつの噂を耳にした。この山の渓谷で、大きな空を飛ぶ影を見たと。 大きな鳥の姿をしたそれは、きっとアヤカシだろうと話していた。話には上がっても人は恐れて近寄らない為、詳しい事は分からないらしい。 気になる話だったが、山で過ごす小屋はその渓谷から離れている為、大丈夫だろうと思っていた。 しかし自然は人間が思うよりも敏感だった。蜂達は見えない影に怯えているのか、なかなか落ち着かない。心なしか、山の動物達も息を潜めているように思える。 「このままではいかんな」 そう言って、久方は小屋へ戻った。簡単に身支度を整え、大きな荷車を用意する。 準備は十分用意して山を登ったが、暮らしていれば足りないものも出てくる。買い出しのついでに開拓者ギルドへ寄って、アヤカシの調査ないし討伐を頼もうと久方は考えていた。 ガタガタと音を立てて、荷車をひいていく。行きは荷物もなく、下り坂だが‥‥。 「こんな事で弱音を吐いちゃあかんな」 ひとつ暗いことを考えると、次々と良くないものを呼び込みやすくなる。弱音を追い出すように、久方は頭を振った。 「荷物ついでだ。この件が落ちついたら、ぱーっと騒げる準備をするか」 呟いた久方は空を見上げる。幸いにも天気は良い。荷車は軽快な音をたてて坂道を下っていった。 |
■参加者一覧
劉 天藍(ia0293)
20歳・男・陰
皇 りょう(ia1673)
24歳・女・志
露羽(ia5413)
23歳・男・シ
滋藤 柾鷹(ia9130)
27歳・男・サ
霧咲 水奏(ia9145)
28歳・女・弓
藍 玉星(ib1488)
18歳・女・泰
蒔司(ib3233)
33歳・男・シ
ディディエ ベルトラン(ib3404)
27歳・男・魔 |
■リプレイ本文 夏の日差しに照らされて、渓谷の木々は青々しく茂っていた。天は高く、渡る風は心地よい。絶好の飛行日和だった。 アヤカシの存在さえなければ。 「地元の人の話では、この辺りだと思うんだが」 渓谷を眺めて、劉 天藍(ia0293)が呟く。夏の恵みの邪魔をされるのは勿論、人の安全をも脅かされるとあれば、出来るだけ早くアヤカシを見つけ出して討ちたい。 「ええ。このままだと村に被害が及ぶのは時間の問題ですよね」 露羽(ia5413)もなかなかアヤカシの影を見つけ出せずにいた。そんな露羽を月慧が気にかける。 「必ず見つけ出しましょう、月慧」 露羽が微笑みかけると、月慧は承諾したと言う様に小さく喉を鳴らした。しかし渓谷は広く、目印等を説明されても、あまり範囲を特定できない。依頼人の久方が用意してくれた簡素な地図と眼下に広がる地形を、滋藤 柾鷹(ia9130)は見比べる。 「この辺り、と特定できるだけでも良い方だろう」 広いといっても、相手は大きな鳥の姿をしているアヤカシだ。身を潜めていられる場所は限られてくる。 「そうアル。アヤカシが羽を広げて入れなさそうな所は、後回しにするヨ」 そう言って藍 玉星(ib1488)は、騎乗している炎蕾の背を撫ぜた。 「頼りにしてるネ。頑張るアル、炎蕾」 呼ばれて、思わずニギャアと鳴きそうになる炎蕾を玉星は慌てて止める。アヤカシの捜索は二班に分かれていて、出来るならば上手く挟み撃ちを行いたい。 再度アヤカシに見付からない為に声を抑えるよう言い聞かせると、炎蕾はバツの悪そうな顔をした。 そのまま探索を続けて飛行していると、太陽が徐々に高くなってくる。その姿が中天に差し掛かるのを見て、露羽が口を開いた。 「そろそろ戻って、向こうの情報を得た方がいいかもしれませんね」 アヤカシが見付からないときは、一度合流する事になっている。皆がくるりと方向転換をし始める中、柾鷹の様子が変わったことに気が付いた影牙が動きを止める。 一点を集中して見つめている柾鷹は、手の仕草で皆にも動かないように伝えた。そうして一瞬聞こえた鳴き声に、全神経を傾ける。露羽も超越感覚を駆使して、アヤカシの居場所を特定しようとする。 少し経つと、渓谷の奥の方から、細長い鳥の鳴き声が聞こえてきた。四人は視線を交わす。そして露羽は、懐から手鏡を取り出した。 霧咲 水奏(ia9145)は、自分の身長ほどもある弓の弦に手をかける。掻き鳴らされた弦は周囲と共振し、その微かな震えがアヤカシの存在を伝えてきた。 「あちらの方にアヤカシを感じます」 水奏は大まかな位置を伝え、示された方向へと龍と開拓者たちは空を渡っていく。 蒔司(ib3233)と雅は仲間より一段高く空を飛び、渓谷の地形を頭に入れていた。大きな鳥の姿は勿論、その巣が見えないか探している。 「意外と見付からないものだな」 「ここから見える岩棚では、巣作りに適さないのかもしれぬな」 そう応えたのは皇 りょう(ia1673)だった。いくらアヤカシと言えど鳥の姿を模しているのだから、それなりに快適さを求めるのだろう。 見える岩棚は日当たりは良いが、直接の日差しを遮るものがない。りょうは心眼を使い、大きな気配が物影に隠れていないか探った。 アヤカシが姿を現すせいか、渓谷では小動物の姿を見かけにくくなっている。しかし心眼は、息を潜めている動物たちの気配を伝えてきた。その事にりょうは小さく、安堵に似た思いを覚える。 さらさらと流れる水の音に耳を傾けているのはディディエ ベルトラン(ib3404)だった。沢の流れを目で追っていると、ちょっとした水のたまり場が見えた。 「あそこが水飲み場、というものですか」 地元の猟師の話では、ここで動物たちは水を飲むという。そんな動物を狙ってアヤカシが現れるのではないかと話を聞いてきたディディエだったが、ここでも動物の姿が見ることが出来ない。 「‥‥目論見は外れましたかねぇ」 生きていく上で、水分の補給は欠かす事が出来ない。それなのに、ここでも動物の姿が見えないというのは、事態は思っている異常に悪化しているのかもしれない。 「ここは一旦戻った方が‥‥」 ここまでの情報を整理して出直したほうが良いかもしれないと蒔司は口を開いたが、その言葉が途中で止まる。 空の向こうで、キラキラと光が瞬いている。鏡が反射した光は、アヤカシを見つけたことを知らせていた。すぐに蒔司は手鏡を空にかざす。りょうはざっと、その距離を目測した。 「行こう、蒼月」 名を呼ばれた青い駿龍は、翼を羽ばたかせて風のように飛んでいった。 キラリと光の反射がかえってくる。もう一班の居場所を確認した露羽たちは、目下に広がる渓谷を眺めた。 一部分の木が不自然に揺れている。目を凝らせば、その隙間からアヤカシの姿が見えた。まだこちらの存在は気が付かれていない。仲間の呼吸を計り、まずは露羽と月慧が飛び出した。 露羽が刹手裏剣を投げるものの、木々が邪魔をしてアヤカシには到達しない。しかしこちらに気を寄せるには十分だった。姿を現したアヤカシに向かって、月慧がソニックブームを叩きつける。 怒りで殺気立ったアヤカシは、月慧に突っ込むような勢いで飛んでくる。その大振りな攻撃をかわしながら、二人はアヤカシを誘導しようとした。しかしアヤカシは体勢を整えるためか上方に向かおうとする。 「行かせないアル」 アヤカシを押さえつけるように炎蕾が爪を振り下ろす。その攻撃でアヤカシとの距離がもっとも近くなる瞬間を狙って、玉星も蛇拳を繰り出した。 体勢を崩したアヤカシは地上近くまで落ちていく。その途中で身体を起こすと、そのまま低空を飛んでいく。 「凛麗!」 天藍が名を呼ぶと、凛麗はすぐさまアヤカシの姿を追った。凛麗なら追いつけない速度ではない。追うのは凛麗に任せ、天藍は斬撃符を構えた。どんどんとアヤカシとの距離が縮んでいく。 十分に近づいたところで、天藍は斬撃符を発動させた。カマイタチのような式が、手裏剣のように相手の身体を切り刻んでいく。 ここで柾鷹と影牙が前に出た。それまでの戦闘を見ていた二人は、アヤカシの反応や行動を掴んでいた。軽やかに影牙が攻撃をかわし、絶妙に柾鷹が切り込んでいく。 アヤカシと舞を踊っているような戦闘は、遠目からでも良く見えた。 アヤカシが柾鷹と距離を取った瞬間、その間に蒼月が滑り込む。蒼月の出現に対して、咄嗟に動けないアヤカシを、りょうが両の手で掴んだ刀で切りつける。 出遅れた形になった蒔司は、掌を握りこんだ。 「‥‥わしらも負けておれん、雅! お前の疾さを見せてやれ!」 蒔司の想いを背負い、雅も空を駆ける。蒔司は北条手裏剣を投擲する。目を潰されたアヤカシは、狂ったように飛び回った。 暴れるアヤカシが、崑崙へ向かっていく。しかし硬質化された崑崙の身体は、そんな攻撃をものともしなかった。崑崙に乗った水奏が弓を番える。 「さて、崑崙。霧咲が人龍一体の業、揮うと致しましょうか」 そう言って水奏は滑る様な速さで矢を放った。翼を射抜かれて、アヤカシは飛ぶ事さえままならなくなる。 「霧咲が即射の業をただの早射ちと思わぬことですな」 「そろそろ潮時、でしょうかねぇ」 すでにボロボロのアヤカシに向かってディディエは呟いた。同意したのか、アルパゴンも首を小さく縦に振る。しかしアヤカシの目からは、いまだに殺気が消えていなかった。 強気なアヤカシに向かい、ディディエはサンダーを放つ。雄叫びを上げるアヤカシは、そのままボロボロと身体が崩れて消えていった。 「アヤカシは確かに討った。これで蜂たちも戻ってくるだろう。‥‥時間はかかるかもしれないが」 柾鷹がアヤカシを討った事を伝えると、久方は大層喜んだ。 「ああ、助かったよ。お疲れさん、有難うよ」 そう言うと、久方は大きな身体で柾鷹の肩を叩く。そして皆にくつろいで貰うように伝えると、腕まくりをして料理を始めた。 「俺も手伝うよ」 天藍が久方の元に向かうと、すでに下ごしらえが済んでいたのか、手際よく料理をしている久方の姿があった。少し考えて、天藍は帰りに採って来た山の幸で、自分なりの料理を作り始める。 「おお、手つきがいいな」 にっかり笑う久方に、天藍は笑って応える。そして、ちらりと机の上を見た。そこには当たり前のように蜂蜜が置いてある。 天藍の視線に気が付いた久方は、その瓶を差し出した。 「味噌に混ぜたり、胡麻和えに入れても美味いぞ。それは栃の木だが、果物にかけるのならあっちの蕎麦も良いかもしれん」 久方の言葉に、天藍は面白そうに相槌を打つ。興味を持ってもらえた事が嬉しいのか、料理を運んでいく久方の背中も楽しげに揺れていた。 久方の料理はどれも大皿だったが、決して手を抜いているわけでなく。良い香りが食欲を誘う。 「やはり蜂蜜を使った料理なのですかな? ふふっ、楽しみにしていました」 そんな水奏に、久方はどんな風に蜂蜜を使っているのか説明をする。そこは養蜂家、話に熱が帯びてくると、崑崙の尾がちょいと久方をつついた。 「おお、すまんな。つい」 「いえ、興味深い話でありまする」 申し訳無さそうに頭をかく久方に、水奏は苦笑した。その傍らで露羽は自分の分と月慧の分を皿に取り分け、休んでいる月慧の元へと運んだ。 「美味しそうですね、月慧」 話しかけると月慧も嬉しそうに喉を鳴らす。露羽もその体躯に身体を預けて、料理を食し始める。料理は思いの外優しい味がして、目を合わせた露羽と月慧は微笑みあった。 「‥‥姉上、遠慮という言葉を、頭の片隅にでも置いといてく下され」 姉妹のように育った蒼月に、りょうは釘を刺しておく。彼女は甘いものと酒が好きだ。しかし蒼月は、そんなりょうをもの言いたげな視線で見た。 姉妹のように育った二人。蒼月もまた、りょうが山の恵みである蜂蜜を楽しみにしている事を見透かしていた。 「それは‥‥これも精霊の恵みであろうし、宴の誘いを無下に断るのもいかぬであろう」 言い切ってみるものの、赤面した顔では説得力に欠ける。ここはお互いに何も言わないのが、暗黙の了解になりそうだった。 「これは美味しそうですねぇ」 そう言ったディディエは、料理を口に運んでいく。そしてその手は止まることを知らない。思わず呆然と、玉星は眺めてしまった。 その細い体の何処に、そんな量が入るのか。 少しして玉星は我に返った。このままでは料理が無くなってしまう。慌てていると、久方の大きな手が頭の上に置かれた。 「こりゃあ、追加がいりそうだな。‥‥今から作ってくるから、心配せんとゆっくり食べな」 そう言うと久方は料理を取り分けると、玉星に渡してやった。玉星はお礼を述べると、炎蕾の元へと駆けていく。 「炎蕾、一緒に食べるアルよ」 玉星が駆け寄ると、横になっていた炎蕾は頭を上げた。その首に玉星は抱きついて撫ぜる。 「初依頼お疲れ様ね!」 玉星が労うと、炎蕾は彼女を首に巻いたまま、胸を逸らせた。ずるずると滑り落ちて、玉星はその姿を見上げる。玉星にとってもその姿は誇らしかった。 そんな様子を、柾鷹と影牙は少し離れて眺めていた。陰になった場所で休んでいる影牙は、本当に静かだった。しかし賑わうのを嫌うわけではなく、皆が楽しむさまを穏やかに見守っている。 そんな影牙と共に休んでいる柾鷹の元に、天藍がやってきた。どうやら料理を取り分けて持ってきてくれたらしい。有難く受け取ると、彼の朋友の姿が無い事にふと気がついた。 「凛麗殿は?」 「ああ、マイペースなところがあるから、気が向いたら来るだろう」 常に傍に影牙がひかえている柾鷹には、その物言いに何だか不思議なものを感じた。しかし彼は困っている風でもなく、言葉からは気を許している気安ささえ感じる。 いつの間にか、朋というよりは主従のようになってしまった事を柾鷹は気にしている。そんな柾鷹の想いに気がついて、影牙は穏やかな目で彼を見つめた。そんな事は気にしなくて良い、まるで影牙がそう伝えているようだった。 苦笑した柾鷹は空を見上げる。傾きかけた太陽が、空を赤く染め上げていた。 「酒も持ってこれば良かったな」 「酒ならここにあるぞ」 呟いた天藍に応える声がある。姿を現した蒔司は手にしていた酒瓶を掲げた。 「沢で冷やしていたのを持ってきた」 「それはいいな」 そう言った柾鷹に杯を渡し、蒔司は酒を注いでまわる。そして天藍から少し料理を貰い、雅の元にいくと、すぐ傍に座るように促された。労うつもりが気を使わせてしまったらしい。 雅の隣に座った蒔司は、先刻まで空を駆けていた身体を撫ぜる。 「ようやってくれたな‥‥流石はワシの相棒や」 蒔司が告げた言葉が照れくさいのか、雅は勢いよく鼻を鳴らす。その仕草に、蒔司は笑いを噛み殺す。 「無事アヤカシを討てたのは雅と‥‥皆の協力があってこそだな」 料理を囲む人の和に笑顔は絶えなく、静かな山は心を癒していく。そこにあるもの全てに向かい杯を掲げると、酒を酌み交わした天藍と柾鷹も、それに倣って杯を持ち上げた。 皆で勝ち取った穏やかな空間が、いつまでも続くように。蒔司は密やかに祈っていた。 |