月影の大狼
マスター名:乙葉 蒼
シナリオ形態: ショート
相棒
難易度: 普通
参加人数: 8人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2010/10/05 20:28



■オープニング本文

 徐々に日中の暑さも和らぎ、朝夕は過ごしやすい気候になってきた。そんなある日の夕刻、日の沈みかけた山道をひとりの娘――希依が歩いていた。
「すっかり遅くなっちゃった」
 急いで帰りたいが、薄暗い道では足元が心許ない。足早に歩きながら、腕に抱えた篭を覗き込んだ。
 日が暮れる前には帰り着こうと思っていた。しかし思いの外薬草が良く見付かり、あと少し、もう少しと過ごしているうちに遅くなってしまっていた。
 それでも良いかと、希依は苦笑する。年の離れた幼い弟は身体が弱い。つきっきりになってしまう母親の手は回りきる筈もなく、自然と希依は家事などを手伝うようになっていた。
 季節の変わり目はどうしても病気になりやすい。これだけの薬草があれば、少しは楽にしてあげられると思いたい。
 それに満月の夜の道ならば、少し遅くなっても月明かりで道に迷う事は無いだろう。天に昇る月を希依は見上げた。
 満ちた月の光は何だか心を軽くしてくれる。思わず口ずさみそうになってから、ふと希依はある気配に気が付いた。
 満月に高揚するのは、なにも人ばかりではない。
 岩山の影で、大きな塊がのそりと動く。月の光を反射した狼の姿は、禍々しい瘴気を纏っていた。大きなアヤカシの姿に、思わず希依はその場で腰を抜かしてしまう。
 早く逃げ出したいと思うのに、身体が上手く動かせない。ただ必死で叫びそうになる声を殺していた。
 大狼が首を振る。よく見ればその周りに3匹の狼の姿があった。対比のせいで普通の狼が、まるで子供のように見える。狼達は大狼に付き従いように傍に控えていた。
「イイ月夜ダ」
 瘴気を吐きながら、大狼がうっそりと笑う。
「コンナ夜ハ、美味イモノヲタラフク喰イタイナァ」
 大狼の言葉に同意を示しているのか、周りの狼たちが小さく吠える。それを聞いてしまった希依の身体は震え上がった。歯がカチカチとぶつかっている。
 しかし大狼は希依に気が付く事もなく、狼たちを連れて姿を消した。暫く呆然としていた希依だったが、ふと我に返ると夜道を突然駆け出した。恐怖で震える足はもつれて上手く動かす事が出来ない。それでも希依は必死で走った。
 アヤカシは喰いたいと言っていた。ここから一番近いのは自分の村だった。もしかして他の場所へ行ったかもしれない。でも、自分の村が襲われたら――?
 大狼は人の言葉を解していた。そんなアヤカシに襲われたら、村なんてひとたまりもない。村の人達も、近所のおじさんおばさんも、お父さんもお母さんも弟も、皆――。
 本当は怖くて怖くて仕方がなかった。出来るならうずくまって、泣いてしまいたい。でもそんな事をしている場合じゃない。
 こみ上げてきた涙を拭って、希依は走り続ける。早く村に帰らないと。村へ帰って誰かに――帰れば開拓者ギルドに連絡が出来る。彼らなら、きっと。
 希依はひたすらそれだけを考えて、息を切らせながら村へと続く道を急いだ。


■参加者一覧
九重 除夜(ia0756
21歳・女・サ
桜華(ia1078
17歳・女・志
ゼタル・マグスレード(ia9253
26歳・男・陰
メグレズ・ファウンテン(ia9696
25歳・女・サ
和紗・彼方(ia9767
16歳・女・シ
志宝(ib1898
12歳・男・志
田宮 倫太郎(ib3907
24歳・男・サ
古月 知沙(ib4042
15歳・女・志


■リプレイ本文

 村に辿り付いた開拓者達を、希依は一番奥の屋敷へと案内した。そこで村長を名乗った老人は、開拓者と向き合って現れたアヤカシについてあらかたの説明をした。その隣には希依も座している。説明を終えると村長は深々と頭を下げた。
「そういう訳ですじゃ。皆様方、どうかよろしゅうお願いいたします」
 青ざめている希依も同じように頭を下げる。その指先が震えているのを見て、ゼタル・マグスレード(ia9253)は不器用ながら微笑んでみせた。
「希依君、ここからは僕達の仕事だ」
「村人達は必ず守り通します」
 ゼタルの笑みとメグレズ・ファウンテン(ia9696)の力強い言葉に、希依は少しほっとした表情を浮かべる。アヤカシの現状を聞いた古月 知沙(ib4042)は小さく息を吐いた。
「秋の夜長に人喰い狼。洒落にならないなぁ」
「犬は好きですが、アヤカシは愛護対象外です」
 アヤカシはやはり好きにはなれない。そんな志宝(ib1898)に知沙は余裕を含んで笑ってみせた。
「相手は喰う事しか考えられない獣だからね。返り討ちにしてやろうよ。村が襲われるのが分かってるのなら対策も考えやすいだろうし‥‥」
「私も狼の一頭でも倒して良い所を見せたいですね」
 少し離れて自身の刀を眺めていた田宮 倫太郎(ib3907)は、言葉の終わりと同時に刀を鞘に収めた。甲高く刀が鳴る音が宣誓の様で、和紗・彼方(ia9767)も頷いた。
「うん。でも相手は言語を話せるみたいだから、少しは知能が高そうだよね。注意や警戒は緩めないようにしないと」
「はい。アヤカシを討ち倒して、皆さんに安心して貰いたいです」
 愛刀の静流に手を添えて、桜華(ia1078)は瞳に力強い光を宿す。それぞれが心中を語る中で、九重 除夜(ia0756)だけがその場を立ち去ろうとした。
 仮面に覆われた顔では表情が分からない。何か粗相をしたのだろうかと、希依は慌ててその背中を追いかけた。そんな希依の目前に、除夜の太刃が突きつけられる。ひくりと希依の喉が鳴った。
「必要以上に動かないでもらいたい。彼のモノの餌になりたくなければな」
 除夜の威圧によろめいた希依の肩をゼタルが支える。刃を収めた除夜は、男とも女ともつかない声で、不安に瞳を揺らす希依に告げた。
「案ずるな、やる事はやろう。結果は終わってからだが」
「狼退治は僕等に任せて、希依君は家族の元へ戻るといい」
 支える手に力を込めてゼタルが諭すと、希依は力なく頷いて家族が待つ家へ帰っていった。
 アヤカシ討伐については、村民には力になれない。下手をすれば開拓者達の足を引っ張ってしまう。申し訳無さそうにする村長にゼタルは向き直った。
「村長、村で一番頑丈で大きな建物は何処だろうか。村人は一ヶ所に集まって頂きたい」
「不自由させてごめんなさい。でも万が一があったら大変だから‥‥お願いします」
 勢い良く頭を下げた彼方は、ゆっくりと頭を上げると真摯な眼差しを向けた。
「どうしても外せない用事がある人はボクが護衛に付き添うよ。その間に済ませられるかな?」
 彼方の申し出に村長は緩やかに首を横に振る。
「これ以上皆様の手を煩わせる事はありますまい。皆、ちゃんと理解してくれますじゃ」
 それにこくりと頷いた倫太郎は、もうひとつの提案を村長に上げた。
「ついで‥‥と言ってはなんですが、皆さんに竹槍や農具など少し武装の準備をして頂いてもいいでしょうか?」
 アヤカシの襲撃に備えて出来る限りの事をしたい。倫太郎の言葉に桜華が続いた。
「皆さんの元へアヤカシは絶対に行かせません。アヤカシに備えてと言うよりは、少しでも不安を除ければいいと」
 絶対にと言う、その力強い響きが村長の中の不安を打ち消していく。
「‥‥皆に協力するように伝えましょう」
「有難う御座います」
 話が纏まった所でメグレズが立ち上がった。
「では私は、村を回って皆様の避難誘導をしてきます」
「私は防壁を作ってアヤカシの進入経路を少なくしたいと思っているんだけど‥‥どうかな?」
 村中に柵や塀を作るとなると多少大掛かりになる。しかし知沙の提案に反対するものはいなかった。
「夜闇に乗じて襲撃される事も考えて、篝火の用意もしておきたい」
「うん。火はある程度の牽制になるよね。皆で手分け準備しようよ」
 新たなゼタルの提案に、彼方も張り切って応える。その声に頷き合うと、夕暮れが来る前に済ませようとそれぞれが準備を急いだ。

 日は山陰に沈んで、天上が闇に染まっていく。薄暗い村の周りを、松明の明かりがゆらゆらと動いていた。頼りない明かりで三人の影が浮かび上がる。
 志宝が手にしている松明で周りを照らした。今の所、狼の姿も気配も無い。
「明かりが孤立していれば、アヤカシが狙ってくると思ったんだけどな」
「まだ始まったばかり。焦りは禁物ですよ」
 自分にも言い聞かせるように桜華が応える。その時、ふと除夜が歩みを止めた。
「‥‥短音が二回、だったか」
 除夜が問うのは、狼を見つけた時の笛の連絡方法だった。除夜の言葉が示しているのは、二匹の狼。
「その通りです」
 緊張をはらんだ声で桜華は応え、刀に手をかけて構えを取る。志宝が松明を掲げるのと狼が姿を現すのは同時だった。除夜が口にした呼子笛の音が、闇夜に響き渡る。
 松明の炎くらいで怯まなかった狼は、志宝に飛び掛った。素早く避けたものの、狼の脚は予想以上に伸びてくる。兎に角斬りつけて勢いを削ぎ、志宝は狼と距離を取った。
 もう一匹の狼は様子をうかがっているのか、小さく唸り続けている。下手に動けば、こちらから相手の間合いに入ってしまう。そこで除夜は獣の声を模した咆哮を発した。
 高音の声は何処までも伸び上がる。狼はぴくりと耳をそよがせて、視界に除夜を映した。飛び掛ってきた狼の攻撃を、除夜は太刃で受け止める。
 除夜の事しか頭に無い狼は、背後に桜華が迫っている事に気が付かなかった。
「余所見はなしですよ、狼さん」
 その声に狼は身体を反転させて、桜華に向かう。桜華は誘うように狼に声をかけた。
「鬼さんこちら。‥‥あ、狼さんですね」
 高く跳ね上がって向かってくる狼に、桜華は横一閃に刀を抜き放つ。掠めた刃に狼は足を止めた。その頭上で除夜の太刃が鈍い光を放っていた。
「来夜流“因果”‥‥終が崩し――“諸刃”」
 太刃を叩きつけられた狼は、瘴気に転じて散っていく。二人がもう一匹の姿に目を移すと、志宝が炎をまとわせた刀を狼に付き立てている所だった。悲鳴を上げた狼は、闇夜に跡形も無く消えていった。
「大狼が、いないね」
 息を切らせた志宝が辺りを見回す。近くに他のアヤカシの存在は無いようだった。

 村中を篝火がこうこうと照らしている。空を見上げた倫太郎は気を張り詰めた。
「日が沈んだか‥‥。しかし今日は満月だ。迎え撃つのには好都合と言えますね」
 そう言う倫太郎を、知沙が横目で見つめた。
「‥‥刀、合ってないんじゃない?」
 村長に会った時に見た倫太郎の刀を、知沙は少し気に掛けていた。彼の力量ならもっと良い刀を持っていてもおかしくは無いと思えたからだ。
「まさかの刀の強化が大失敗して。ここらで稼いでまた挑戦しないと」
 倫太郎の告白に、知沙は苦笑を浮かべた。その苦い思い出は知沙にも覚えがあるものだった。
 その時、呼子笛の音が二人の耳に届いた。それは応援を求めるものではないが、大狼を示すものではない。村人の護衛についている面々が耳を澄ますなか、はっと彼方が顔を上げた。
「鳴子が鳴ってる」
 それは柵等の準備の合間に、彼方が用意したものだった。彼方は咄嗟に走り出す。
「私は護衛に残る」
「彼女を早く」
 知沙とメグレズが口々に告げる。倫太郎は頷くと彼方の後を追いかけた。

「見つけた!」
 彼方の声に狼はぴくりと反応して振り向いた。ここにも大狼の姿はない。周囲の気配をうかがっていると、狼は唸り声を上げて敵意を剥き出しにしてきた。
 大狼の動向も気になるが、この狼も村人に近づける訳にはいかない。彼方はシノビ特有の奇抜な動きで狼を翻弄した。しかし埒があかないと思ったのか、狼は勢いのままに彼方に飛び掛ってきた。
 自身が傷ついても向かってくる姿に彼方は押され気味になる。そこへ駆けつけた倫太郎が狼に切りつけた。
「しゃぁぁぁああっ!」
 倫太郎の剣撃は狼を跳ね飛ばした。よろめく狼はそれでも戦意を失わず、ぎらついた目を向けてくる。しかし横に回りこんだ彼方が、漸刃を狼に叩き込んだ。
 地面に沈んだ狼は、徐々に瘴気へと変わっていく。その傍らに座り、倫太郎は狼に話しかけた。
「あんたの目、一瞬こちらが危ういと思いましたよ。意外とやりますね」
 狼が目だけで倫太郎を見る。何を思っているのかは分からないまま、狼の身体はさらさらと風に散っていった。

 ゼタルと知沙、メグレズの三人の周囲は、極度の緊張に満ちていた。笛の音で知らされた狼の数は二匹。彼方と倫太郎が向かった先の狼はそれと同じものか、それとも‥‥。三人は情報が入ってこない。
 そんな中でゼタルの身体がぴくりと動いた。彼が仕掛けていた地縛霊が動き出す。地縛霊が向かう先には大狼の姿があった。余裕の表情で、大狼はのっそりと近づいてくる。
 大狼は襲い掛かる地縛霊を振り払うと、メグレズへと向かっていった。そんな大狼に知沙の矢が突き刺さる。気が逸れた大狼の攻撃を、メグレズは十字組受で受け止めた。
 そこへゼタルが斬撃符を放つ。カマイタチのような式の群れは、大狼の背中の一点に次々と向かっていく。大狼は仰け反って雄叫びを上げた。
 その一瞬に現れた喉笛に、メグレズは炎を纏わせた刀を突きたてた。刀は大狼の喉を貫いていく。痛みに大狼はのた打ち回った。
 暴れる大狼は声にならない声を上げると、ばたりと地面に崩れ落ちた。大狼に対する恐怖のせいか、他の生物の声が聞こえない。奇妙な静寂の中で、大狼の身体が崩れていく音が聞こえてきた。
 そこへ彼方と倫太郎が駆けつける。心眼を使っていた知沙が他にアヤカシの気配が無い事を確認したとき、除夜と桜華、志宝の三人も村へと帰ってきた。
 仲間が無事である事、依頼が終わった事を確認し、開拓者達は喜び合う。その報告に村人にも喜び、村中が沸きあがった。

 口々に礼を述べた村人は、開拓者に一夜の休憩を薦めた。皆が寝静まった深夜、用意された床で身体を休める仲間達を起こさぬように、除夜は一人外へ出た。
 大狼が倒れた場所に向かい、そこで黙祷を捧げる。そうしてどれほど経ったか、微に聞こえてきた足音に振り向くと、そこには希依の姿があった。
「‥‥何をしていたんですか?」
 希依の問いに除夜はしばし沈黙した。
「私は人であろうがアヤカシであろうが、同じものとして捉える。だから‥‥」
 アヤカシを弔っていたと告げたら、この少女は何を思うだろうか。最初の頃に彼女が見せた不安気な瞳を思い出す。だが希依は除夜の想像に反して、微笑んで見せた。
「貴方が何者であろうと、助けていただいた事に感謝しています。皆さんにお礼を言っていたんですけど、九重さんだけ話すきっかけが無くて‥‥」
 そこで希依は言葉を切ると、深く頭を下げた。
「本当に有難う御座いました。おやすみなさい」
 立ち去る希依の背を見つめる除夜の傍らを、優しい風が通り過ぎていく。月は二人の足元に影を作り、全てを見ていながら、何も言わずにただ世界を照らし続けていた。