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■オープニング本文 しんしんと、降りそそぐ白い雪。 渡鳥金山の高嶺に、うっすらと雪化粧。 吐息が白く曇る頃になると、人々はにわかに活気づく。 「今年もこの時期がきたねぇ。さぁ、みんな。鬼灯籠をめいっぱい飾ろうじゃないか」 ここは五行結陣が東方、山麓の田舎里。 かの名を『鬼灯』と人は呼ぶ。 かつて人々は里の裏山‥‥渡鳥金山を『しでのやま』と呼んでいた。 要は『死者がこえていく山』すなわち『あの世』を意味する。所々魔の森の侵食を受ける山脈は常人達から恐れられ、行商人や旅人が山を越えていく『山渡り』は命がけと言われている。 そんな過酷な場所だからか。 鬼灯の里では、山で命果てた者を「鬼になった」とよく例えた。 アヤカシの鬼という意味ではなく、飢えた死者の魂という意味である。供え物をして供養してくれるのを待っているとされ『餓鬼』の字をあてた。鬼は常に飢えている。食べ物を見つけても火に変わる‥‥そんな哀れな鬼の供養に、現世で炎を燃やせば、あの世で炎は食べ物にかわるだろう、という眉唾な話が広まった。 人々は供養の為、提灯に火を灯して供物とし、鬼面を被って来たる鬼をやり過ごす。 そんな土地の風習は、いつしか鬼と共に宴を楽しむ祭、へと変化を遂げた。 厳しい冬ごもりの前に、鬼に怯えず皆一緒に昼夜を騒ごうではないか‥‥ 里の人々は、鬼面の描かれた提灯『鬼灯籠』を飾りに飾った。 出かける者は、大人も子供も、赤か黒の鬼面を被る。 誰が鬼か、誰が人か。 祭の間は、区別もつかぬ。 さあ‥‥飲んで食べて、歌って踊れ。鬼灯祭が始まった。 * * * * ゆらゆら。ゆらゆら。鬼灯籠の灯りが里を幻想的に照らしている。その光景を眺めているのが、由羅は何よりも好きだった。しかし、今年はそんな余裕がない。 祭りが始まったというのに、必要な準備が終わっていない。母親が亡くなってから始めての祭り。毎年手伝いはしていたとはいえ、準備は思った以上にはかどらなかった。 「んー、鬼面って描くの難しい‥‥」 はかどらない原因は灯篭に描く鬼面にあるらしい。上手く描けなくて灯篭とにらみ合っていると、あっという間に時間が過ぎていく。 「まだ鬼面が描けてないのもあるけど、灯籠自体もあと何個か欲しいよね。料理の準備も出来てないし、お酒もいるかな?」 さらに苦手意識が、他方に気を散らせていく。由羅の手は止まったままだった。 「うーん、ろうそくの数は足りてたっけ? 数があるから、ろうそくの交換も早めにやらなくちゃ間にあわないよね‥‥」 準備事項を口にしながら、由羅は手に持った灯篭をにらんでいた。どう描いても、鬼面が恐ろしい形相になる気配がない。下手をすれば穏やかに見える鬼面を見て、己の眉間の皺を増やしながら、由羅はため息をついた。 「‥‥ら、由羅」 自分を呼ぶ声に、由羅はやっと顔を上げる。実は何度も娘の名前呼んでいた父親は、なんともいえない表情を浮かべていた。 「お父さん」 思わず由羅は父親の手元を見る。そこにはこれまた不細工な灯籠があった。そこに描かれているのは‥‥鬼と呼べるかどうかも怪しい代物。 元々期待はしていなかったが、やはり不器用な父は戦力にはならないようだった。 「由羅。やっぱり他の人に手伝ってもらおう」 「‥‥駄目だよ。自分達でやらなくちゃ」 母が亡くなってから家の事を必死で守ろうとする娘を、父は密かに心配していた。何もかもを由羅は一人で背追い込もうとしている。 「それに誰に手伝って貰えるの。皆も準備大変なんだから」 「由羅‥・・」 頑なになっている娘でも、言っている事は尤もだった。少し考え込んだ後、父親はぱっと目を輝かせる。 「そうだ、開拓者の人達ならどうだろう? 手伝って貰ったあとに皆で祭りを楽しめれば、悪くはないだろう?」 「え? う、んー‥‥」 渋っている娘の肩に手を置いて、父親は半ば強引に押し切った。 「決まりだ。じゃあ早速父さんはギルドに行ってくるから」 そう言って、父親は由羅の頭をくしゃりと撫ぜる。その時、外から楽しそうな笑い声が聞こえてきた。 窓の外を手を引く親子が歩いていく。今から祭りに遊びに行くのだろう、それを眩しそうに見つめる由羅の横顔に、父親は手を止めた。 父親は良く言えば穏やかな人で、悪く言えばのんびりで人と歩幅が合わせられない人だった。だから祭りの時は少し離れた場所に居て、母娘を待つのが通例になっている。 お土産だといって両手に物を抱えて、満面の笑顔で帰ってくるのを見るのが好きだった。しかし祭りを一緒に回っていた母親は、今年はいない。・・・・どれだけ、寂しい想いをさせてしまうのだろうか。 「何だったら、由羅は遊びに行ってくるかい?」 それでも由羅は祭りを楽しみにしていた様だった。楽しい事があれば少しは気が紛れるかもしれない。そう思って口を開いた父親を、由羅は頬を膨らませて見上げてきた。 「お父さんに任せてたら、心配でおちおち遊んでいられませんっ」 「・・・・はいはい」 そんな風に言う仕草が、とても母親に似ている。思わず苦笑を浮かべて父親は家を後にした。 自分が家の事を上手く出来ないせいで、娘には苦労をかけている。せめて祭りの間だけでも存分に楽しんで欲しいと、父親は願っていた。 |
■参加者一覧
九法 慧介(ia2194)
20歳・男・シ
からす(ia6525)
13歳・女・弓
和奏(ia8807)
17歳・男・志
和紗・彼方(ia9767)
16歳・女・シ
オラース・カノーヴァ(ib0141)
29歳・男・魔
白 桜香(ib0392)
16歳・女・巫
燕 一華(ib0718)
16歳・男・志
十 水魚(ib5406)
16歳・女・砲 |
■リプレイ本文 「由羅、ただいま。助っ人を頼んできたよ」 「‥‥本気だったんだ」 朗らかに笑った父親に、由羅は少し呆れた声を出した。そんな父親の後ろから、オラース・カノーヴァ(ib0141)が姿を現す。 「よろしく頼む」 大きなオラースの姿に、由羅は内心で怯んでいた。父親は細身の人なので、体格の良い男の人というのは馴染みがない。しかしその一方で、小柄な少女が挨拶をした。 「由羅殿、協力させてもらうよ」 からす(ia6525)の愛らしい外見に、由羅は肩の力を抜いた。 「あの、ありがとうございますっ」 ぺこりと頭を下げる姿に、白 桜香(ib0392)は穏やかな笑みを浮かべる。 「鬼と一緒に過ごせるお祭りなんて不思議ですけど、とても楽しそうですね」 「ね、準備が終わったら一緒に遊ぼうねっ」 「は、はいっ」 和紗・彼方(ia9767)の誘いにも声が上ずってしまったのは、まだ緊張が残っているのだろう。燕 一華(ib0718)も由羅に向かってタンポポのように笑いかけた。 「折角のお祭りですし、楽しまないと勿体ないですからねっ」 「その為には、早く準備を終わらせた方がよろしいですわね?」 十 水魚(ib5406)の言葉で、由羅にようやく実感が湧く。自分がやらなければという意識が強くて、正直手伝ってくれる人が現れるとは思っていなかった所があった。 「‥‥鬼と人が交わる祭、か‥‥」 考え込むと無表情になりがちな九法 慧介(ia2194)は、由羅の視線に気がつくと、にっと笑い返す。そして由羅と視線の高さを合わせた。 「うん、面白そうだ。俺に出来ることなら喜んで手伝いましょう」 「では、必要なものをまずは書き出して見ましょうか」 そう言って和奏(ia8807)は、少し考える仕草をする。そしてここに寄る前に眺めてきた里の様子を思い出した。 「里には十分な鬼燈籠があるように見えましたが?」 和奏の静かで穏やかな声に、由羅はたどたどしく説明を始める。 「うちの周りだけ、少し足りないの。あとね‥‥」 由羅は和奏の耳元に唇を寄せた。 「お母さんが好きな花が咲いてる場所にも飾りたいの」 それは恐らく、必要な数というよりは彼女の希望なのだろう。我侭だと思っているのか小さくなった声に、和奏は微笑んで、手にしていた紙に数字を示す。 「これくらいあれば足りそうですか?」 そこで彼方が、挙手をしながら発言した。 「あとは料理の材料とか、お酒とか。あ、お菓子も欲しいかも」 「‥‥それは必要ですか?」 思いつきで並べられた様な言葉に、和奏は首を傾げる。 「‥‥。必要だよっ!」 少しの沈黙の後、彼方は言い切って胸を反った。その姿に思わず由羅は、くすくすと笑みを零す。和奏の紙にはお菓子の文字も綴られていった。 「鮭に梅、おかか、昆布にそぼろ‥‥と」 お握りの具を準備する傍らで、桜香は手際よく豚汁も作っている。 「由羅さん、豚汁の味を見てもらえますか?」 汁を少しすくった皿を差し出され、由羅は口をつける。 「・・・・美味しい」 豚汁は出汁のきいた、素朴な味がした。由羅の感想を聞いて、桜香は笑みを深くする。 「由羅さんの、好きな味付けにしますよ」 「これでも、十分美味しいのに」 何でも自分に合わせて貰うのは申し訳ない気がして、由羅は小さくなった。そんな由羅の姿を見て、桜香は静かに話す。 「こういうのは、それぞれの家庭の味があるんですよ。由羅ちゃんの好きな味は、由羅ちゃんの家庭の味‥‥お母様の味です」 桜香の言葉に、由羅ははっと顔を上げた。父から聞いているのだろう、桜香の気遣いがとても嬉しかった。 「‥‥もう少しね、お味噌入れても良い?」 「はい」 由羅の要望に、桜香は手馴れた手付きで応えていく。 「カボチャにサツマイモの餡。そして果物の甘煮!」 彼方が用意したものを見て、由羅は首を傾げた。どんな料理が出来るのか想像が出来ない。 「それはどうするの?」 「お団子にするんだよ。由羅ちゃんもやってみる?」 彼方に誘われて、由羅は体を半歩引いた。そして自分の掌を見つめる。 「難しくない? お握りとか、具が上手く入れられないの」 「大丈夫だよ。こうやってね‥‥」 丁寧に教える彼方の姿を、桜香は微笑ましく見守っていた。彼方は以前に桜香が教えた事を、よく覚えている様だった。 「からすさんは何を作っているんですか?」 桜香が問う先、からすの隣では慧介が生地を練っている。 「耳たぶって‥‥これくらいですかね」 「そうだな」 生地の確認をしてから、からすは問いに答えた。 「食べやすいものが良いと思ってな」 そう言うと、蒸し器の中から饅頭を取り出して彼方に与える。 「わ、ふわふわ!」 蒸したての饅頭を頬張ると、中から牛肉の旨味があふれ出してきた。 「美味しいっ!」 「甘くて美味しい」 どうやら中の具材が違うらしい。由羅がかじったものには餡子が入っている。桜香も出来立てを口にした。 「私のは‥‥豚肉? あっさりしていて美味しいです。これは?」 「秦国の肉饅頭だ。好評の様で何より」 周りの反応にからすが満足していると、隣からぽそりと声が聞こえてくる。 「いいなぁ。俺にも貰えませんかね」 「こっちも終わったらな」 そう言うと、からすは計量が終わっている生地の元を指し示した。 「私だとその量を練るのは大変なんだ」 「まあ、手伝いなら実家でも結構やってるし、ねー‥‥」 慧介の声が段々と小さくなる。からすの後ろには、結構な生地の元が用意してあった。 「頼りにしてるよ、九法殿」 慧介の心中を知ってか知らずか、からすはにっこりと笑った。 父親の不器用な指先を見て、水魚は呟いた。 「‥‥私のお父様とは、全く違ったタイプですわね」 鬼燈籠の作り方を見せてもらっていたのだが、いまいち要領を得られない。 「今の所、少し詳しく教えて貰えませんか?」 「は、はい。ええとですね‥‥」 しかし分からない部分を問えば、父親は真剣に応えてくれる。 「‥‥こんな感じかしらね」 まだ馴れない手では、それ程素早くは作れないのだが。 「わ、早いし綺麗ですね。初めてとは思えませんよ」 「こう見えても仕事柄、手先は器用な方ですのよ」 父親の感嘆の声に、少し茶目っ気を出して水魚は応えた。その隣ではオラースが、燈籠に鬼面の絵を書く準備をしている。本物の決め鬼面を眺めて、オラースは筆を取った。 「こんなものか」 立体的に描かれた鬼面は、今にも動き出しそうだ。それを横において、オラースは新しい灯籠を手に取る。次の絵は平面的で、味の深いものだった。 「同じ鬼面の絵でも、描き方で雰囲気が変わるものですねっ」 オラースの絵を見ながら、一華は器用に鬼灯籠を作っている。 「雑技衆でも小道具を作ったりしていたので、こういうのはちょっぴり得意なんですよ」 そうしてしばらく作業を続けていると、ひょこりとからすが顔を出した。 「お疲れ様、茶は如何かな?」 料理を担当していた者達はひと段落して、皆を休憩に誘う。 「沢山出来てるね。ボクも鬼面の絵描いてみたいなー」 鬼灯籠を作る作業を眺めた彼方が呟く。 「ねえ、皆で描こうよ」 彼方が誘うと、桜香は申し訳なさそうな顔をした。 「私は怖い顔を描ける自信がないので」 「私もね、上手く描けないの」 由羅が自分の作った鬼灯籠に手を伸ばすと、横から一華が覗き込む。 「ボクは由羅が描いた鬼も好きですよっ」 そう言って彼はにぱっと笑った。 「怖い鬼面の燈籠ばかりじゃ臆病な鬼さんが炎を食べられなくなっちゃいますしっ。皆で色んな鬼面を描きましょうか」 「‥‥うんっ」 嬉しそうに笑う由羅を見て、水魚は皆の鬼灯籠を見比べる。 「カノーヴァさんは、挿絵などのお仕事もなさっているのですって。絵って奥が深いものですのね。由羅さんもコツを教えて頂くと良いですわ」 「‥‥どうする?」 オラースに問われて、由羅は姿勢を正した。 「よ、よろしくお願いしますっ」 「良かったねえ、由羅」 そう言った父親は、何故か描く絵がさらに個性的になったようだった。皆で鬼面を描く様子を見守りながら、桜香が呟く。 「明日は、牡丹餅にしましょうか」 「俺、手伝いますよ」 隣でお茶を飲んでいた慧介は、ふと気がついて周りを見渡した。 「あれ、和奏さんがいない?」 「あ、掃除をしてくれているんです。私が呼んでくるので、皆さんは休憩していてください」 由羅が向かうと、頼んでいた場所はこれでもかと言うほど綺麗になっていた。‥‥しかしその場所以外の作業が進んでいない。 「和奏さん?」 「由羅さん。こんな感じで良いでしょうか」 尋ねられて、由羅は頷いた。 「凄く綺麗になってます。‥‥そこまでしなくても、簡単にやって頂いても良いんですよ」 準備に追われて、最近掃除がきちんと出来ていなかったから、助かってはいる。しかし。 「簡単に、ですか。‥‥‥」 どうすればいいのか分からないらしく、困る和奏に由羅は苦笑を浮かべた。 「掃除はこれくらいで良いですわね」 最後の片付けをしていた水魚は、額の汗を拭った。ここは任せてもらって、皆は祭りに出かけている。 「そろそろ、燈籠の蝋燭を交換しに行かないとな」 オラースの言葉に、和奏は折り畳んだ紙を開いた。 「新しいものも、飾ってこないと」 それは由羅が描いた、鬼灯籠が飾ってある場所の簡易な地図。 「私は留守をしていますわ」 二人で確認をしている所へ、水魚が申し出た。頷いて和奏はてるてる坊主の束を差し出した。 「じゃあ、これをお願いしてもいいですか?」 「これって」 それは一華が作っていたてるてる坊主だ。 「雨が降って火が消えてしまわないように、願掛けだそうです」 水魚が受け取ると、二人は出かけていった。水魚がてるてる坊主を見ると、ある事に気がつく。 「あら、なんだか由羅さんに似ているような‥‥?」 良く見ればみんなの顔が描いてある。水魚は笑みを浮かべると、照る照る坊主を並べて吊るしていった。 皆一様に鬼面を被る姿は異様な光景だが、祭りの熱気は何処の場所でも変わらない。 「あの、やはり私が留守を‥‥」 手伝ってもらったのに、その人に留守を任せて自分が楽しむなんて気が引ける。父親の言葉に、彼方は由羅の方を指差した。 「きっと由羅さんも一緒にいたいって思ってるよ。‥‥ほらっ」 その先には、屋台を見てはしゃぐ桜香と由羅の姿がある。 「お父さん」 父親の元にかけてくる由羅は、沢山の食べ物を抱えていた。 「沢山買ったねぇ」 「皆でたべよって。そしたら色々食べれるねって」 嬉しそうに笑う由羅の隣で、桜香もなんだかそわそわしている。 「目移りしてしまいますものね。‥‥予算内にしないと」 「十さんが二人でお祭り行ける様にって‥‥その方がお母さんも喜ぶと思うんだ」 彼方は父親に向かってそう言った後、祭りではしゃいでいる由羅の手を取った。 「祭りはまだまだこれからだし。という訳で、由羅さんっ、お祭り楽しもーねっ」 「うん」 由羅の楽しそうな顔に、父親もホッとした表情を浮かべる。 「由羅ちゃん」 慧介が由羅に近づいていくと、なにもない手の平をみせた。 「?」 そのままくるりと手を返すと、そこに見事な花の束が現れる。 「わ」 「折角のお祭りだし、着飾った方が良いでしょ」 そして慧介は花を一輪取り出すと、由羅の髪に飾った。気がつくと、いつの間にか慧介は他の子供達に囲まれている。 「お、お?」 「もうないの?」 慧介の手品を見ていた子供達は、キラキラと目を輝かせていた。 「他にも見せてー」 人の輪が大きくなっていくのを見て、一華が進み出る。 「では、ボクが舞いましょうかっ。元・雑技衆『燕』が一の華の演舞、飛燕陽華をご覧に入れましょうっ!」 炎を纏った薙刀が宙を舞う。一華の舞いの向こうでは、からすが饅頭を配っていた。だからあの量が必要だったのかと、慧介は密かに苦笑した。 幻想的な一華の舞いに、一層人は集まり、そして湧いた。 地図を見ながら、オラースと和奏の二人は蝋燭を交換していく。 「これで全部か?」 「そうですね」 周囲は鬼灯籠の明かりで明るく照らされている。その向こうから、ふと女性が現れ頭を下げて通り過ぎていく。 「お知り合いですか?」 「いや。‥‥どこかで会ったか?」 不思議な既視感に二人は首を捻った。 鬼灯籠に照らされて、里は夜でも明るい。 「由羅さん、今頃お父様と楽しんでいらっしゃるかしら」 水魚が眺める窓の向こうには、笑顔を浮かべる親子のてるてる坊主が、みっつ並んでいた。 「あ、由羅ちゃん寝ちゃってる?」 「由羅、凄くはしゃいでいましたしねっ。疲れちゃったんですねっ」 長椅子に腰掛けて休憩している内に、睡魔が襲ってきたらしい。由羅は見知らぬ女性にもたれて眠っていた。 「すみません、私達気がつかなくて」 慌てて桜香が詫びると、その女性は、ただ静かに首を振った。そして由羅の髪をそっと撫でる。 「俺がおぶって連れて帰りますよ」 慧介の背中に移っても、由羅は起きる気配を見せなかった。 「由羅の事は私達に任せて、ゆっくりすると良い」 立ち尽くしている父親に、からすが告げる。遠くなっていく背中に、父親は頭を下げた。 静かに微笑む女性の前に、父親は立った。 「私達が心配だったかい?」 何も言わない女性の隣に、父親は腰掛ける。そこには、穏やかな笑みだけがあった。 「今年も、君と一緒に来れるとは思わなかった」 女性の手に、父親は自分の手を重ねる。触れた感覚はなく、ただ温かい気配があった。寂しそうな笑みを浮かべる父親の隣で、女性――由羅の母親は、娘が去った方を愛おしそうに見つめていた。 その横顔は、安堵している様に見える。 「ああ。私も由羅も、大丈夫だ。手を差し延べてくれる人達がいてくれるからね」 そう言って父親は、触れられない手に力を込めた。 「さっき会った人、どこかで会った気がするんですよねっ」 一華の疑問に、からすはよく寝ている由羅を見た。 「彼女に、似てるのだろ」 そう言うと、由羅が小さく身じろぎした。目は開いたものの、まだ半分夢の中なのか舌足らずな口調で告げる。 「あのね、お母さんの夢を見てたの。今日は本当に楽しかった」 その嬉しそうな顔に、開拓者達も思い思いの笑顔を浮かべる。 「皆、本当にありがとう」 慧介の背中を抱きしめて、由羅の意識はまた夢の中に沈む。その寝顔は、どこまでも幸せそうだった。 |