|
■オープニング本文 しわしんと雪が降る。静かに降り積もった雪は、村を白一色に染め上げていた。 窓の外を眺めながら、ひとりの男の子がぽつりと呟いた。 「そろそろやろうか」 その言葉に、集まっていた他の子供達も顔を上げる。 「でも忙しいんじゃないかな?」 「きっと招待状を出せば来てくれるよ」 話し合う事で、先刻までつまらなそうにしていた子供達の顔に、喜色が浮かんでいく。 「ねぇ、今から用意しない?」 秘め事のように、子供達の笑い声が密やかに響いた。この時期、この村の子供達には楽しみにしている事がある。 それは開拓者を客として招待し、日頃の感謝を伝えて労うこと。 新年の宴会に忙しい親達は子供達に構う余裕がない。暇を持て余した子供達の背伸びした余興に苦笑しながら、大人達はこっそりと開拓者に世話を頼んでいた。 大人達の手出しは無用と言われるなか、開拓者達に面倒をみてもらえる事で大人達も安心して見守っていられる。‥‥今の所、客に準備から手伝って貰うことに矛盾を感じる子供はいないようだった。 子供達には、それすらも楽しくて仕方がない。 「料理はなにが良いかなぁ? やっぱりおつまみとか?」 「甘いものとかも良いんじゃない? 雪遊びの後のお汁粉美味しかったっ」 女の子達は、料理の話に花が咲く。この為に母親の手伝いを頑張っていた子もいる。 「少しは包丁になれたんだよ。料理自体はまだまだだけど」 「甘酒って難しいかな?」 酒は父親から分けて貰っても良いが、自分達はどうするか。悩んでいると、男の子が声を張り上げた。 「そうだ! 今年は去年より大きなかまくらを作ろうよ」 男の子はやはり、遊びの方に関心が強い。 「去年も十分大きかったじゃない」 「じゃあ、雪だるまを大きくしたい」 大きなかまくらも雪だるまも、子供達には夢なような出来事。 「あ、あの、雪合戦も楽しかった‥‥っ」 開拓者と一緒に雪のなかを転がって。凄い玉や大きな玉が飛ぶ中で、それでも子供達には優しくて。 開拓者の強さに憧れるだけじゃない。受け取った嬉しさや優しさは、子供達の心を温かくさせる。 いつも受け取るばかりだから。これは自分達で考えた、精一杯の恩返し。 だから子供達は招待状を大人に託し、その時を今か今かと待つ。 胸を張って、笑顔で迎えられるように。 さあ、開拓者の人達をお持て成ししよう! |
■参加者一覧
ジェシュファ・ロッズ(ia9087)
11歳・男・魔
ベルトロイド・ロッズ(ia9729)
11歳・男・志
和紗・彼方(ia9767)
16歳・女・シ
玄間 北斗(ib0342)
25歳・男・シ
白 桜香(ib0392)
16歳・女・巫
劉 那蝣竪(ib0462)
20歳・女・シ
羽喰 琥珀(ib3263)
12歳・男・志
寿々丸(ib3788)
10歳・男・陰 |
■リプレイ本文 「実はあまり雪で遊んだことがないのです‥‥」 白 桜香(ib0392)が少し不安そうに呟く。 「雪はわくわくするものですぞ。いっぱい遊びまする!」 ぱたぱたと嬉しそうに尻尾を振る寿々丸(ib3788)に、桜香も笑みを浮かべた。 「はい。頑張って、皆で楽しく過ごしたいと思います」 「子供達の為に、おいら達ができる事は何なのかなぁ〜」 のんびりと首を傾げた玄間 北斗(ib0342)は、子供達の心を思う。 「いまの優しい心根のまま、のびのびと健やかに育ってくれると良いのだぁ〜」 「うん。ボクもそう思う」 北斗の言葉に、和紗・彼方(ia9767)も同意した。 「開拓者に感謝のおもてなしをしてくれるなんて、何か照れちゃうね」 頬を染めながら、彼方は嬉しそうに笑う。 「こーゆーのは準備も楽しいから、皆でワイワイしながら楽しくやりたいな」 「そうね。子供達とも、楽しい時間を過ごしたいわね」 艶のある声で、緋神 那蝣竪(ib0462)も笑みを浮かべた。 「僕もすごく楽しみだな〜」 「ジェシュ?」 ジェシュファ・ロッズ(ia9087)の声は純粋に楽しそうに聞こえる。しかし双子ゆえに、ベルトロイド・ロッズ(ia9729)の胸中に不安がよぎった。 「楽しみって、何を考えて‥‥」 「どうやったら雪合戦で効率よく敵を倒せるとか〜」 「わあああっ」 ジェシュファの声をかき消すように、ベルトロイドは大声を上げる。ジェシュの作戦には、手加減というものがない。 「ジェシュ、相手は子供なんだから。そういうのは駄目だっ」 「‥‥じゃあ、どうやったら相手の戦力を削ぐ事が出来るか‥‥」 言葉の途中で、もご、とジェシュファの声がくぐもったものになる。ベルトロイドは必死でジェシュファの口元を押さえていた。 何かの遊びだと思ったのか、羽喰 琥珀(ib3263)がからからと笑い声を上げた。 「お」 そこへ開拓者の姿が見えたからか、寒い中頬を赤く染めた子供達が出迎えてくれる。 「雪も十分積もってるし、子供達にはしっかり防寒着着せて、始めるとするかー」 琥珀が手を振り上げると、子供達も嬉しそうな声を上げた。 女の子達の準備は、手馴れているのを感じさせた。 「よくお手伝いをするの?」 普段から携わっているからだろうと那蝣竪が尋ねる。 「うん。いつかお母さんみたいになれたらいいな」 「きっと素敵なお母さんになれるわよ」 小さな体を抱きしめると、少女は照れくさそうに微笑した。 「今日は何を作るのですか?」 「えっとね、お汁粉とか‥‥甘酒は難しい?」 桜香の問いに、もう一人の少女が指折り答えていく。少し気後れしながら尋ねる少女に、那蝣竪は片目を瞑って見せた。 「そんな事ないわ。ただちょっと時間がかかるから、飲めるのは明日になっちゃうかしら」 「そっか」 「明日、皆で飲めば良いよ」 少し寂しそうな顔をする少女に、彼方が提案をする。 「今日は生姜湯やゆず茶を用意しようよ。体が温まるから、おすすめだよ」 「‥‥うんっ」 「あとはお雑煮とか、口直しにお漬物があっても良いかもしれませんね」 桜香の言葉に、彼方が元気良く返事をする。 「ボクの所は、根野菜と水菜とか、お魚のお出汁とか入ってる奴だったよ」 「それぞれの味がありますものね。ここではどんな味付けですか?」 「うちはね、お味噌なの」 「食べ比べてみるのも面白いかもしれませんね。‥‥ご家庭の味付けを、教えて頂けますか?」 「うん」 背伸びをしたい年頃の少女は、嬉しそうに返事をする。一方で年下の少女は少し表情が沈んでいた。 「どうかした?」 彼方が問いかけると、少女は目を泳がせる。 「包丁が上手に使えないの。‥‥怖いし」 「そっか。じゃあボクと一緒にお団子やお饅頭を作ろうよ。‥‥実はボクもお料理は修業中の身だかねぇー、難しいのは無理なんだ」 恥ずかしそうに笑う彼方を見て、少女もつられてクスクスと笑い声を上げる。 「はちみつに漬けた果物とか、おいもの餡とか入れようよ。うさぎさんの形にしたらきっと可愛いよ」 「うん」 楽しそうに笑う少女達を見ながら、那蝣竪は甘酒用の米を炊く準備を始める。餡を作り始めていた少女は、それを見て目を丸くした。 「甘酒にお米を使うの?」 「そうよ。多めの水で炊いて、米麹を混ぜて温めると、醗酵して甘酒になるのよ。間違っても普通のお酒にお砂糖とか入れちゃ駄目よ?」 少し茶目っ気を出して言ったのだが、少女が苦笑を浮かべるあたり、勘違いをしていたのかもしれない。 「‥‥あとでお餅を作るから、こっちも手伝ってくれるかしら」 「うんっ」 那蝣竪の声に、少女は大きな声で返事をした。 「そう、包丁は左の使い方が重要なんですよ」 緊張のせいか、身体から余分な力が抜けない少女を見て、桜香は微笑を浮かべた。 「私がお料理を始めたのは、貴方と同じ位の頃でした」 「そうなの? お姉ちゃんは凄く上手だけど、私は‥‥」 「大丈夫、きっと美味しく上手になります」 ぐっと力を入れて力説すると、少し伏せた瞳が瞬いて、花開くように顔が綻ぶ。手本を見せる桜香の手を、少女は真摯に見つめていた。 「雪を下ろすのだぁ〜」 北斗が下ろす雪が勢い良く屋根から落ちてくるのを見て、下で待機している少年達がはしゃぐ。 「危ねーから気をつけろよー」 北斗の隣で、琥珀も下に気を払いながら雪を下ろしていく。雪が落ちる場所には近づかないように言い含めてあるが、つい羽目を外れることもあるだろう。 「こちらの準備は良いでありまするぞ」 地固めをしていた寿々丸が、手を上げて少年達を呼ぶ。近くの雪かきをして雪を集めていたベルトロイドは、手早く固めた雪だまを、少年達に受け渡した。その手際のよさに少年達が感嘆の声を上げる。 「はい、向こうまで運んで」 「おー、行くぞー」 少年達に転がされて、雪だまはさらに大きくなりながら、目的地に向かっていく。 転がってくる雪だまを見ながら、寿々丸は隣にある雪山を見た。4mもある雪山に上っているのはジェシュファだ。 「何をしているのでありまするか?」 「英雄の雪像を作ってるんだよ〜」 言われてみれば、荒削りの中でもその輪郭が伺えた。しかもジェシュファがいる辺りには、さらに細かく掘り込まれている。 「これはどんな英雄でありまするか?」 「聞きたい〜? この英雄はねぇ〜」 雪像の脈動感に好奇心を刺激され、問いかけた寿々丸は少し後悔していた。話がなかなか終わらない。そうしている間に、雪だまは着実に数を増やしていった。 「屋根はこれくらいで良いなー」 「今度は雪だまを積み上げて、かまくらを作ろうなのだぁ〜」 雪玉は丸くて、積んでいくと隙間ができる。 「これの隙間、埋めるのは任せるぞー」 「おー、任せとけーっ」 琥珀の『任せる』の言葉に、少年達は胸を張って、我こそはと隙間を埋めていった。 「じゃあ、中の穴を掘るのは、おいらに任せるのだぁ〜」 口調は柔らかいが、子供達から見れば、その大きな身体は十分な憧れだった。 「じゃあ、任せるぞー」 軽口で応えていても、その瞳は羨望で満ちている。 「イグルーと似ているかと思ってたけど。そうでもないんだね」 子供達に交じって隙間を埋めるベルトロイドが呟く。しかし雪の扱いに慣れているせいか、手付きは誰よりも自然だった。 「あとで滑り台も作って滑ろうなー」 にかっと笑ってみせる琥珀に、ベルトロイドは面食らった。イグルーは狩猟用の住居で、そういった趣向性は低い。正直、かまくらよりもイグルーの方が作るのは早いのではないかと思っていたが。 ここには、子供達の笑い声が響く。それも悪くないように思えた。 「はい、どうぞ」 かまくらの中で、温かい食事と飲み物が振舞われる。動いている間は身体が暖まっていても、ひと段落すれば徐々に身体は冷えてくる。温かさが身体に染み渡って、少年達は息をついた。 同様にしていた寿々丸の元に、一人の少女がやってくる。差し出された掌には、ウサギの姿をした饅頭が乗っていた。 「さっきは雪ウサギさんを、ありがとう」 かまくら作りが終わって、少し暇があった寿々丸は雪ウサギを作って少女達の元に運んだ。可愛いものは喜ばれるだろうと思い、笑ってくれた、それて十分だったのだが。 饅頭になって寿々丸の元に返ってきたウサギは、とても温かかった。 「おかわりー」 琥珀が椀を出すと、少女が申し訳ないような顔をした。みれば、餅が少し焦げている。 「それくらいの方が、香ばしくて美味かったりするんだー」 ひょいと餅をつかんで、琥珀は自分の椀の中に入れた。お世辞といえばお世辞だが、色々な雑煮の食べ比べに忙しくて、それ位気にならないのも本当だった。 「本当に美味いよー」 おろおろとする少女に、にっと笑いかける。戸惑った様子を見せた後、少女もまた笑ってくれた。 おなかも満たされると、そわそわする子供達が出てくる。皆が何を楽しみにしているかは明白で、声をかけたのは北斗だった。 「そろそろ、皆で雪遊びをしようかなのだ」 「まってましたーっ」 待ちくたびれたと言わんばかりに少年達がはしゃぐ。陣地を作り、防壁を拵えて、その前に小さな雪だるまを置く。 「絶対に雪だるまをとるぞー!」 「うん、が、頑張る」 「兄ちゃん達には負けないからな」 「真剣勝負だね」 子供達の気合も十分だ。寿々丸は陣地内でせっせと雪玉を作って、子供達に渡していく。 「ひゃ、冷たいっ」 子供達は防壁に隠れているが、上から降ってくるような玉が上手く避けられない。 「ほら、いくのだぁ」 北斗の投げる玉が陣地に降ってくる。痛くはないから、子供達もはしゃぐだけだ。 「こっちも負けないぞ」 少年の投げた球が、互いの陣地の間にいる琥珀に向かう。琥珀は難なくその玉を避けた。 「アハハー、ほれほれー、俺に当ててみろー」 琥珀が集中攻撃を受けている間に、桜香は子供達に習いながら、雪玉を作っていた。 「お団子みたいに握れば良いでしょうか‥‥。もっと簡単にきゅっとするだけで良いんですね」 早速出来た玉を、桜香は投げた。 「えいっ」 「うわっ」 玉は見事に琥珀の後頭部に当たった。しかし。 「桜香ー。俺は味方なんだぞー」 「あ、あら?」 命中が得意なのも、時と場合によっては問題らしい。そうしている間にも遊びは白熱していく。 「あっちは仲間割れかしら? 今がチャンスね」 そう那蝣竪は、隣の少女へと囁きかける。少し躊躇いがちに頷く少女に、ベルトロイドも雪玉を構えてみせる。 「俺も援護するから」 「行きましょ」 那蝣竪に手を引かれて、少女は陣地をこっそりと抜け出した。その姿を狙っている視線が、きらりと光る。 「狙うなら、一番弱い子からだよねー」 ジェシュファの剛速球が少女を狙う。死角から投げられた事と、利き手では投げない様にしている那蝣竪も、傍にいながら反応が遅れてしまった。 その玉があたる直前。 少女を守るように、大きな玉が落ちてきた。投げた本人、彼方が不敵な笑みを浮かべる。 「開拓者同士なら、遠慮はいらないよね」 その言葉が、ジェシュファの思考を限界まで回転させる。睨み合いが続き、まさに戦いの火蓋が切って落とされる、そんな時。 「雪だるまとったー」 無邪気な少女の声が響いた。それは那蝣竪と一緒にいた筈の少女だ。この勝負の勝敗は、玉を投げあうことではなく、敵陣の雪だるまを奪うこと。 突然あっけなく決まった勝敗に、ふ、と那蝣竪の口から笑いが零れた。 「どうやら、私達の完敗ね」 那蝣竪はその少女と同じ班なのだから、表現は少し可笑しい。 しかし一番引っ込み思案だと思っていた少女が、開拓者が本気で睨み合う中、小柄な身体を生かして敵陣まで進んでいったのだから。開拓者の、完敗だった。 「凄い、すごいっ」 「意外とやるじゃん」 子供達に褒められて、小さな少女も誇らしそうに笑う。 「さあ、着替えないと風邪をひいてしまうのだ」 雪にまみれて、汗もかいているだろう。このままでは風邪をひいてしまう。北斗の声かけに、子供達は素直に従った。 「身体も温めなきゃね。もう終わりなのも、ちょっと寂しいけど。雪の上に寝転がるのも面白そうだったかも」 「じゃあ、やろうよ」 少年がそう言う彼方の手を引く。 「駄目だよ、もう遅いんだから」 嗜めながら、その少女も桜香の手を掴んでいた。少女も、名残惜しさを感じていない訳ではない。 「今日はとても楽しかったです。是非、また来たいです」 「季節が廻る度に、ここに来れる事を心から願うわ」 那蝣竪の言葉が、少年の心をうつ。 「‥‥うん」 しかしその空気に耐えかねて、もう一人の少年が叫んだ。 「だから、今生の別れとかじゃないんだって」 「そうだよ。今度こそあらゆる手を尽くして勝つんだから〜」 「あらゆるって、ジェシュ‥‥」 ここへ来たい気持ちは同じだが、別の不安がベルトロイドの脳裏を過ぎる。 「そうだなー。負けっぱなしじゃいられないよなー」 しかし琥珀もそう言って笑顔を浮かべるから。きっと大丈夫だとベルトロイドも笑みを浮かべた。 「寿々も来たいですぞ!!」 出遅れたと感じたのか、寿々丸が小さな身体を精一杯使って訴える。その頭を、北斗がくしゃりと撫でた。 「大丈夫なのだ。会いたいと願っていれば、きっと会えるのだぁ〜」 ゆったりとした北斗の口調が、皆の心に染み入っていく。 「また、来てくださいね」 「きっとだぞ!」 「今度も俺達が勝つからな!」 「もっと、色々出来るように頑張るね」 それぞれの思いを口にして、子供達は帰途につく。それでも何度も何度も振り返り、子供達はずっと手を振っていた。 また会える日を、願いながら。 |