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■オープニング本文 いつも首には、貝殻のお守りがひとつ。漁業で成り立っている、海辺の小さなこの村では、貝殻で作るお守りを持つ習慣があった。 心を込めて磨いた貝殻は、魔から身を守り、あるときは身代わりになって割れてしまうのだという。紅香も生まれた時両親から贈られたお守りを、肌身放さずに首から下げていた。 村から見える海から、首に下げたお守りに視線を移して、紅香は小さなため息をつく。それを偶然みかけた潮は、紅香に近づいていくと、俯いたその顔を覗き込んだ。 「どうしたの? 紅香ちゃん」 「潮お姉ちゃん‥‥」 今はまだ一人っ子の紅香にとって、潮は良き姉貴分の女性だった。元気がない紅香に、潮は首を傾げる。 「そんな元気のない顔してると、生まれてくる弟妹に笑われちゃうよ?」 紅香の母親は、いま子供を授かっている。弟か妹が出来るのだと、自分は姉になるのだと、紅香は嬉しそうに話していた。 しかし紅香は。 「お姉ちゃん‥‥っ」 生まれてくる弟妹の話になると、わっと泣き出してしまった。 「お母さんと赤ちゃん‥‥、大変みたいなの」 あまり調子が良くない事は、何となく分かってはいる。それでも母は、大丈夫だからと笑ってくれていたから、紅香はそれを信じていた。 「‥‥私が生まれたときも大変だったんだって。だから二人目はむずかしいって言ってて」 そこまで言って、はっと紅香は顔を上げた。真剣に話を聞いてくれている潮に向かって、慌てて弁明をする。 「あ、あのね。盗み聞きするつもりじゃなかったんだよ。でも、お母さんが心配で‥‥その‥‥」 「うん、わかってる。‥‥それで?」 子供の前でそんな話はしないだろう。もしかしたら、紅香は離れているように言われていたのかもしれない。 それでも、大切な人を心配するのは、大人も子供もきっとかわらない。微笑んで先を促した潮に話し辛そうに、紅香は俯いた。 「‥‥私が弟妹が欲しいなんて、我が儘言ったからかなぁ? それとも、私が生まれてきたから、お母さんの体が‥‥」 そこまで言うと、紅香は自分の服を握りしめると、ぼろぼろと大粒の涙を流しはじめた。 紅香なりに、母親の為に何か出来ないかと、懸命だったのだろう。そこへこんな話を聞いてしまえば、自分を責めてしまっても仕方がない。 そっと紅香の体を抱き寄せて、潮はあやすように言った。 「そんな風に言っちゃ駄目だよ。私は紅香ちゃんが生まれてきた日を、覚えてる」 確かに難産だった。村の皆で、母子の無事を祈っていた。 「紅香ちゃんが生まれてきた時、おばさんのお守りは割れちゃってた。きっと二人とも、守られていたの」 「うん…」 紅香は首に下がるお守りを見た。潮の首にも、貝で出来たお守りが下がっている。 「今度も、お守りが守ってくれる。だから、大丈夫よ」 「うん‥‥!」 潮に励まされて、紅香は涙を拭う。そして自分のお守りを握り締めて、ぱっと顔を上げた。 「ねぇ、潮お姉ちゃんっ。お守りって誰が作っても良いんだよね?」 「うん、心がこもっていれば‥‥」 「じゃあ、私が作っても良いかなぁ?」 新しい弟妹が、無事に生まれて来るように。 紅香の言葉に、潮は微笑みながら頷く。 「きっと紅香ちゃんの願いは通じるよ」 「お姉ちゃん、ありがとう。私、今から良い貝殻探してくるね」 紅香は姉の顔をして、砂浜に向かって駆け出していく。その頼もしい背中を、少しだけ寂しく思いながら潮は見送っていた。 突然、村の中が騒がしくなる。何が起こったのかと、潮も騒ぎの中心に足を向けた。 誰かが声を張り上げている。 「あ、アヤカシが出たんだ! 変な貝が沢山張り付いて、入江があっという間に瘴気にのまれた‥‥!」 男の声に、ざわめきが一段と大きくなる。潮は、声もなく青ざめた。 「潮? どうしたんだい?」 隣にいた女性が、潮の様子に気がついて声をかける。かたかたと、潮の体が小さく震えていた。 「紅香ちゃんがお守りを作るために、さっき海の方に‥‥」 「なんだって!」 「本当なのか?」 大人達に問われても、潮はただ首を縦に振ることしか出来ない。 「急いで助けないと」 「だれか開拓者ギルドに‥‥」 「‥‥それは本当なのか?」 大人達が口々に喋る中で、その声は聞こえてきた。声の方を振り向くと、紅香の父親が立ち尽くしている。 「紅香は‥‥紅香は無事なのか?」 取り乱した父親は、近くにいた男に言い寄るった。これ以上刺激しないように、努めて男は冷静に話そうとする。 「今、ギルドに連絡がいってる。‥‥奥さんについてたんじゃなかったのか?」 「陣痛が始まったから、産婆さんを呼びに来たんだ。そしたら、紅香の名前が聞こえて」 そう言って父親は、海の方を向く。母親と娘が大変な状況で、どうすれば最善か考えあぐねているのだろう。 「あんたは、奥さんについててやれ。紅香は、俺らが絶対に助けるから」 「しかし‥‥」 渋る父親の冷たい手を、潮は自分の手で握りしめる。 「紅香ちゃんは絶対大丈夫。おばさんも頑張ってるから、おじさんが傍にいてあげて」 真剣な潮の言葉に、父親ははっとして苦笑を浮かべた。子供に励まされて、これ以上くよくよはしていられない。 「紅香の事、宜しくお願いします」 父親は頭を下げると、産婆の元へと急ぐ。その背中を見送って、潮はお守りの貝殻を握りしめた。 どうか、どうか。お守りが皆を守ってくれますように。自分はいいから、どうか二人を。 身を切るような想いで、潮は祈り続けていた。 |
■参加者一覧
劉 那蝣竪(ib0462)
20歳・女・シ
将門(ib1770)
25歳・男・サ
水野 清華(ib3296)
13歳・女・魔
浄巌(ib4173)
29歳・男・吟
ジナイーダ・クルトィフ(ib5753)
22歳・女・魔
如月 瑠璃(ib6253)
16歳・女・サ
アイラ=エルシャ(ib6631)
27歳・女・砂
ヘルゥ・アル=マリキ(ib6684)
13歳・女・砂 |
■リプレイ本文 顔色を真っ青にして潮は、小刻みに震えていた。それも無理のない事態で、出来ればこれ以上の負担は与えたくないと緋神 那蝣竪(ib0462)は思う。 しかし、お守りを作る為の貝殻を拾いに行った紅香の居場所を、一番よく知ってるのは彼女だろう。慎重に言葉を選んで、那蝣竪は潮に話しかけた。 「紅香ちゃんは、本当に優しい子ね」 那蝣竪の言葉に、潮は何度も頷く。 「生まれて来る新しい命を、皆で祝福し喜びあえるように、必ず紅香ちゃんは護ってみせるから‥‥」 「うん。私が同じ立場でも、きっと同じ事をやっただろうけど‥‥お父さんとお母さんを悲しませるのは‥‥だめだよね‥‥」 少し伏せた水野 清華(ib3296)の瞳を、潮は見つめる。しかし直ぐにぱっと顔を上げた清華は、潮と目を合わせて問いかけた。 「だから、紅香ちゃんが向かった場所、詳しく教えてくれる?」 震える手で自分のお守りを握り締めた潮は、一度大きく深呼吸をする。そして海の方を指差しながら、搾るように声を出した。 「あっち‥‥、あの入り江の方に、よく綺麗な貝殻が落ちているの」 潮が指差した岩は、村からかなり離れている。話を聞いていなければ、子供ひとりでそこまで行ったとは、思いつきにくそうだった。 潮もそれを理解しているのか、言い辛そうに身体を縮み込ませる。 「本当は‥‥子供だけで海に行っちゃ駄目で‥‥私があんな事を、こんな事にならなかったのに‥‥」 自分を責める潮が、大粒の涙を零す。その傍らで、浄巌(ib4173)が澄み渡る声で、静かに詠うように語った。 「時に子供は恐れを知らぬ。恐れを知らぬが子供なのか、子供が故に恐れを知らぬか。どちらにせよと餌とされぬ内に行かねばなるまいて」 その内容に、びくりと潮は肩を震わせる。敏感な子供を目の端で確認しながら、浄巌は続ける。 「物語に多く求められるは、主役の幸福幸いよ。哀話悲話は嫌いではないが、受けが悪くて困るや困る」 最後にくつくつと笑い出した浄巌に、潮は目を丸くする。そこへメモを書き付けているジナイーダ・クルトィフ(ib5753)も、紙面から目を離さず潮に話しかけた。 「そう、悲しい話なんて生まれさせないわ。紅香の心が、きっと赤ん坊と母親を守る」 メモには、他の村人から聞いたアヤカシの出現場所が、簡易な地図と共に記されている。そこへ紅香が向かった場所を書き加えて、ジナイーダは、音を立てて手帳を閉じた。 「だから私達は、生まれて来る子から、姉を失わせたりしないわ。その為に私達はいるのよ」 ジナイーダの言葉が、不安を募らせた潮の心に染み入っていく。不安も心配も消えることはない。しかし。 「‥‥はいっ。紅香ちゃんを、お願いします‥‥っ」 潮はしゃくり上げながらも涙を止めて、必死に頷いていた。 目も前に広がる一面の砂浜と海を、ヘルゥ・アル=マリキ(ib6684)は小さな身体を余すとこなく使いながら見渡していた。 「うーむ、海とは広いもんじゃなっ!」 初めて見る海は、ただただ広い。その広さに呆気にとられながら、ヘルゥは少し残念そうに肩を下ろした。 「‥‥楽しむ暇はないようじゃな」 遊びに来たのではない事は、十分に承知している。だから気を落とすのはそこでやめ、ヘルゥは仲間の方を振り返った。 「紅香は無事じゃろうな」 「早く発見してあげなくっちゃねっ!」 少々陰りが言葉に出たヘルゥを励ますように、アイラ=エルシャ(ib6631)は声をかけるとバダドサイトを使った。ベドウィンの間に伝わる遠視術で、潮が指差した岩の周辺を見る。 「奥の方に居る‥‥? それとも他の場所かしら」 浜は遠くまで見渡せるが、示された入り江は奥が深く、そこへ入り込んでしまえばこちらからは見えなくなってしまう。 そのとき、それまでずっと砂浜を見つめていた如月 瑠璃(ib6253)が声を上げた。 「これ、紅香の足跡じゃないか?」 それなりに砂浜には、複数の足跡が残されている。しかしそのどれもが大人のもの。まだ新しい子供の足跡は、入り江の方へと続いていた。 「入り江に向かったのは間違いなさそうだな」 「アヤカシは?」 将門(ib1770)が問う。応えたのはアイラだった。 「あそこに瘴気の塊があるわ」 入り江の近くをアイラが指差す。まだ瘴気が薄いほうなのか、言われてみれば薄く黒い靄がかかっているのが分かった。 入り江に居るのならば、まだアヤカシとは距離がある。しかし油断は出来ない。 「家族の無事を想う心は大切にしてやらないとな」 将門は足にぐっと力を入れると、入り江に向かって駆け出す。仲間達もそれに習い、紅香の救出に向かっていった。 小さな足が、砂を踏みしめながら進む。 「うーん。いまいち、かなぁ」 紅香は貝殻を拾って、空へかざした。いつもは十二分に綺麗に見える貝殻も、いざお守りにしようと思うと、欲が出てくる。 どうせなら一番綺麗な貝殻を、お守りにしたい。 大人に知られて心配される前に、早く帰らなくてはと思ってはいるものの、決定打を持つ貝殻を、紅香は見つけられずにいた。 「あとちょっと。あとちょっとだけ」 自分に言い訳を重ねながら、紅香は貝殻を探す。そのとき、微かに聞こえる足音に気が付いた。その音はあっという間に近づいてくる。 「! いたな、紅香」 突然入り江の入り口に現れた人影に名前を叫ばれ、紅香は身を竦めた。将門をはじめ、開拓者達が紅香の前に姿を出す。 何事かと困惑する紅香の元へ、来たときの勢いそのままで、将門は歩み寄っていった。 「紅香。近くでアヤカシが出たんだ。今は危ないから‥‥」 「え、え?」 急な展開についていけない紅香は、不安げに身体を固まらせている。少し気が逸っている将門を抑えて、那蝣竪が紅香の前に出た。 「貴女が紅香ちゃんね?」 「は、はい」 緊張する紅香に、那蝣竪は穏やかに話しかける。 「アヤカシがこの近くに現れて、村の人が紅香ちゃんを心配しているの。だから私達が助けに来たのよ」 那蝣竪の話を聞いて、紅香の顔色がさっと変わる。 「あ、アヤカシって‥‥。村は? 皆は――」 「危ないのは紅香の方だ」 こんな時でも誰かの心配をする紅香に、瑠璃は苦笑を浮かべた。見たところ紅香の手には、貝殻が乗っていない。 「貝殻は見つかったのか?」 「あ、の‥‥それは‥‥」 それを見ていたジナイーダは、口篭る紅香を見て状況を察する。 「じゃあ、私も手伝うわ。一緒に探せば、きっと――」 不意に、ジナイーダの言葉が途切れた。同時に、那蝣竪の神経が張り詰める。注意深く澄ましていた耳が、砂の動く音を捉える。聞こえてくるのは、ジナイーダの視線の先。 ゆっくりと砂の中から、貝の姿をしたアヤカシが現れた。アヤカシは緩慢に口を開くと、そこから瘴気を撒き散らす。 「紅香ちゃんには指一本触れさせないわよっ! 指あるかどうか知らないけどね」 アイラの声と同時に、銃音が響く。銃弾を恐れてアヤカシが口を閉じるのを見ながら、アイラは紅香を庇う。 「ヘルゥ前線は任せたわ。私は紅香を守る」 「任せておくのじゃ」 紅香達の前に出たヘルゥは、踏みしめる砂の感触を確かめる。砂漠での戦闘経験は、この砂浜でも十分に生きると確信する。 「紅香。私は母様や一族の兄ぃ姉ぇから、戦える者は戦えぬ者を守るものと教わってきた。だから今日は戦士として紅香を守りぬいてやるのじゃ」 ヘルゥの言葉に、アヤカシの出現でガチガチに固まっていた紅香の体が、少しだけ弛緩した。こんな状況でも、恐慌に陥らずにいる紅香の頭を、ヘルゥは姉がするように撫でる。 「其の分よいか、この砂浜で母を守れる一番のお守りを作るのじゃぞ。これは大切な母の娘であり、そしてこれから姉になる紅香にしか仕上げられん戦いなんじゃからなっ」 言い終わると同時に、ヘルゥは自分の身の丈と余り変わらない武器を構える。 「さて兄ぃ姉ぇの皆、貝アヤカシなぞ取るに足らん相手じゃろっ。一気に成敗してくれるぞっ!」 ヘルゥが牽制してくれている間に、アイラは紅香を連れてその場を離れた。しかし紅香は、未練がある様子で後ろを振り返る。 「あ‥‥」 それでもそれ以上何も言わないのは、紅香とて今の状況をよく理解しているからなのだろう。出来るなら確実に安全な場所まで逃げて欲しい。しかし紅香の気持ちも分かるため、アイラも何も言えなくなる。 その時、不意に紅香は足元に指を伸ばした。そして、白い花びらのような貝殻を拾い上げる。 「綺麗‥‥」 眺めながら惚けた様に呟いた紅香は、その貝殻をぎゅっと握り締めた。 「私‥‥、この貝殻でお守りを作りたい!」 真摯な紅香の視線を受け止めて、アイラは笑顔を返す。 「そう。それじゃ私たちがしっかり守ってあげるわ、安心なさい」 その言葉に応えるように、アイラの短銃が誇らしげに音を立てた。 紅香の側にアイラが付いている事を確認して、浄巌は横笛を番えた。透き通った音が、遠くに居るアヤカシの元へも届く。音に気が付いて寄ってこれば、この辺りのアヤカシは一掃できる。 しかし紅香にアヤカシを近づける訳にはいかない。将門は大地を響かせるような雄たけびをあげて、アヤカシの気を自分へと引き付けた。 その隙に、那蝣竪が手早く印を結ぶ。そうして掌に作り出した小さな雷の手裏剣を、アヤカシに向かって放った。 苦しそうに、アヤカシは貝の口を開く。そこへ将門は炎を纏った刀を突き立てた。身を焼きながら、アヤカシの身体は瘴気になって消えていく。 しかし他にも引き付けられたアヤカシが、将門を襲う。アヤカシの硬い殻の攻撃を、将門は何とか乗り切りながら耐えていた。 そこへ、刀身が100センチメートルもある太刀を振り上げながら、瑠璃が向かっていく。 しかしアヤカシも黙って待ってはいなかった。アヤカシも、瑠璃に向かって突っ込んでいく。 大きく重い武器は、威力はあるが小回りは効かない。アヤカシとの間合いを狂わされ、瑠璃はアヤカシの攻撃を受け止めた。 再び襲ってくるアヤカシを振り払い、瑠璃は太刀を構えなおす。 「はあぁあっ!」 そして野太刀による渾身の一撃を、アヤカシに叩き込んだ。その重い攻撃は硬い殻をものともせずに、派手な音を立ててアヤカシを粉砕する。砕かれた体は、瘴気になって空に散っていった。 「‥‥紅香に何か在ったら、紅香の妹か弟は、『自分のせいでお姉さんが‥‥』って、きっと凄く、傷付くわ。だから」 ジナイーダはそう呟くと、自身が持つ杖から吹雪をはしらせて、目前のアヤカシに襲わせる。 「守ってみせるわ」 そこへカマイタチのような式が追撃をかけ、アヤカシを切り裂いていく。式が放たれた元を追うと、符を持つ浄巌の姿があった。 入り江に静寂が訪れる。全ての敵を倒したと思ったその時、紅香の側で不自然に砂が盛り上がった。 アイラが身を挺して紅香を庇う。しかしその直前で、渦巻く風が真空の刃となって、アヤカシを襲い足止めする。その隙に紅香達の側に駆けつけた清華が、目の前に石の壁を作り出して、完全に攻撃を防いでいた。 「往生際の悪い奴じゃっ」 そう叫ぶヘルゥのファルクスが、アヤカシに止めを刺す。その体が瘴気になって消えるのを見届けて、清華は紅香に向き直った。 「大丈夫? 怪我はない?」 頷いてみせる紅香に、清華はほっと胸を撫ぜ下ろした。 「‥‥よかった、今日は家族が増える日だもんね、誰か怪我しちゃったら、悲しいもん」 紅香の掌を包み込むように、清華は自分の手を添える。そこには、出来上がったばかりのお守りがあった。 清華の掌の温かさに、紅香の胸が詰る。危険だった事は自覚しているつもりだったが、漠然としていたものがはっきりと形になっていく様だった。 「‥‥ごめんなさい。お守りを作らせてくれて、ありがとうございました」 そう言って、紅香は今にも泣き出しそうな顔をする。そんな紅香を、清華はそっと抱きしめた。 村の入り口に、小さな人影が見える。その姿を見て、紅香が声を上げた。 「潮お姉ちゃん」 「紅香ちゃんっ」 ずっと村の入り口で待っていたのだろう潮は、顔を上げると紅香に向かって駆け出した。そして飛びつくように身体を寄せた。 「良かった‥‥。本当に良かった」 「お姉ちゃん」 涙を流す潮を抱き止めていると、また紅香を呼ぶ声が聞こえた。駆け寄ってくる男性の姿に、紅香は顔を上げる。 「お父さん‥‥」 怒られる、と紅香は思った。しかし予想に反して、父親の手は紅香の身体を包みこむ。 「無事で‥‥良かった。本当に」 父親の安堵の声に、紅香の体が震えた。 「ごめ‥‥なさ‥‥、ごめんなさい‥‥っ」 その時になって、紅香は声をあげて泣き出した。今になって、酷く恐怖がこみ上げる。しかしそれがお守りの存在を告げて、紅香はしゃくり上げながら父親に尋ねた。 「お父、さん‥‥っ。お母さ‥‥、は?」 「大丈夫、元気だよ。弟も無事に生まれた」 「ぶ、無事産まれたんじゃの‥‥っ?」 安堵の息を吐くヘルゥの傍らで、紅香は留めなく泣いていた。慌てるヘルゥに目配せして、那蝣竪はその背を優しくあやす。 「おめでとう、紅香ちゃん。お姉ちゃんになったわね」 「おめでとう、お姉さん」 声をかけるジナイーダにも返事が出来ないほど、紅香は声を詰らせていた。 「紅香が頑張ったからだぞ」 瑠璃の言葉に、アイラも頷く。 「紅香の気持ちがこんなにも込めてあるもの。きっとお母さんと弟さんを守ったのよ」 「ほら、紅香」 将門が、そっと紅香の背中を押す。見上げてくる瞳に力強く頷くと、紅香は手にしていたお守りを父親に差し出した。 「あの、これ、作ったの。弟にって」 「紅香‥‥。これを作る為に?」 言葉をなくす父親に、紅香はぎこちなく頷く。 「親への気遣い立派だが、危険を冒すは褒められぬ。汝が親への気遣い同じく、親は汝を心配しようぞ」 「‥‥紅香ちゃん。私もね、昔にたようなことやったことあるんだ。それでお姉様をすごく悲しませちゃった。だからね、自分はどうなってもいい、なんて思ったりはしないでね」 浄巌の詠うように諭す声と、真摯な清華の声に、紅香は項垂れた。しかしもう一度謝ろうと、口を開く紅香を浄巌が止める。 「なに困りし時に助けがなければ、話としては面白くない。謝られるより感謝される方が好みよの」 そう詠って笑みを浮かべる浄巌に紅香は目を丸くする。その小さな身体を抱きとめて、父親は頭を下げた。 「うちの子がお世話になりました。本当に有難う御座いました」 「本当にありがとうございました」 父親に習い、紅香も頭を下げる。似たもの父娘の姿に、まだ見ぬ母子の姿が自然と浮かぶ。 幸せな家族の姿に、開拓者達の心も温まるようだった。 |