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■オープニング本文 「もふら様にも、癒しと休養が必要だと思うんですよ〜!」 のんびりとした口調で、しかし力強く、目の前の女性は語った。 色素の薄い、緩く波打つ髪。細い肢体。白羅と名乗ったこの女性、見かけは儚げで柔らかい印象がある。おっとりとした雰囲気は何かを連想させるものの、それが何なのか、いまいち掴めない。 しかし先刻から、もふら様の話が終わらない。 「あのもふもふの体は、まさに使いとして神から与えられたものだと思うんですよ〜。だからあのもふもふを維持するのは、神の使いと共に歩む私達の義務なんです。ああ、櫛梳いてあげたいです。もふもふしたいです〜」 段々と興奮して悶え始めた白羅を宥め、肝心の依頼内容を尋ねる。 「私達の村で、もふら様の休日を作ろうという事になったんです。普段から私達の労働を手伝ってくれるもふら様にも、癒しと休養を、という事になって」 神の使いとされているもふら様。 大きな体とその力強さは、荷引きから耕作まで、天儀における生活になくてはならないものになっている。 ただ元々のんびりとした気性のもふら様に、特別な癒しと休養が必要だろうか。そんな疑問は浮かぶものの、それは日頃の感謝の気持ち、という奴なのだろう。 「それで、その手伝いをして欲しいのです。もふら様は大きいでしょう? 人手は多い方が良いと思って」 しかしそれまで嬉々と話していた白羅の表情が、急に曇る。 「‥‥私は、もふら様に触れませんし」 そう言って白羅は、寂しそうに俯いた。 「私、何故かもふら様に嫌われてるんです。私はこんなにも、もふら様が好きなのに〜っ!」 そう言って白羅は、空気をぎゅ〜っと抱きしめる。 いや、むしろその重くて暑苦しそうな愛が問題なんじゃ。思わず出そうになった本音を飲み込んだ。 落ち込んでいた白羅は腕を振り上げると、気合を入れた。 「だから美味しいものを作って、もふら様と仲良くなろ〜って‥‥、いえ、喜んで貰おうと思って」 『もふら様の休日』は、村人それぞれで、もふら様をもてなすらしい。彼らは目の前に山と置かれた米、野菜を見た。 確かにもふら様は大きい。しかし、どれほどの量を作るつもりなのか。そんな事を思っていると、白羅は目の前の山から一俵の米俵をひょいと担ぎ上げた。 「すみませんが、まずはその荷物を運ぶのを手伝って貰えませんか〜?」 そう言うと白羅は、米俵を難なく運んでいく。その後姿に思う浮かぶものがある。おっとりとして、穏やかでありながら力強いそれは。 ――まるで、もふら様。 そんな風に思われているとはつゆ知らず。白羅のもふら様と仲良し大作戦、もとい、村をあげての『もふら様の休日』が始まった。 |
■参加者一覧
一之瀬・大河(ia0115)
21歳・男・志
ダイフク・チャン(ia0634)
16歳・女・サ
ロウザ(ia1065)
16歳・女・サ
四方山 連徳(ia1719)
17歳・女・陰
こうめ(ia5276)
17歳・女・巫
ジョン・D(ia5360)
53歳・男・弓
スワンレイク(ia5416)
24歳・女・弓
雪兎(ia8065)
24歳・男・志 |
■リプレイ本文 もふら様にも癒しと休養をと、村を上げての『もふら様の休日』が始まった。 村の中を歩いていると、一体のもふら様とすれ違った。途端にロウザ(ia1065)が、そわそわしだす。 「はくら! これ おく どこ?」 荷物を抱え、小刻みに動くロウザに苦笑して、白羅は一軒の家を指差した。 「あの、私の家の前に置いて貰えますか?」 「わかった!」 元気良く頷くと、ロウザは、たたたと駆けていく。荷物を置くと、また同じように白羅達の元へ戻ってきた。 「ろうざ あそぶ いい? もふら すもう する!」 「はい。どうぞ、ロウザさん」 白羅の承諾を得て、ロウザは嬉しそうに笑う。駆け出したロウザに、こうめ(ia5276)も声をかけた。 「お怪我をなさらないよう、お気を付けてくださいね?」 「へーき! ろうざ じょーぶ!」 ぐるぐると腕を振り回すロウザの背中が小さくなっていく。それを微笑ましく見つめていた白羅とこうめの元に、叫び声が響いた。 「ああーっ、拙者も行くでござるーっ!」 ロウザの後を追う様に、四方山 連徳(ia1719)も荷物を置いて駆けていく。 まるで小さな嵐が去っていったようで、白羅とこうめは顔を見合わせると、小さく笑った。同じ開拓者として、ジョン・D(ia5360)は苦笑を浮かべる。 「では、白羅様。私はまず、もふら様が請け負っている仕事の手伝いをしようと思います」 荷物を運び終わって、ジョンとこうめも動き出す。 「私には、白羅殿のお手伝いをさせて下さい」 「有難うございます。こうめさん」 「私も向こうが終わり次第、こちらに向かいます」 ジョンは白羅の荷物とは別に、抱えていた袋をこうめへ渡す。袋の中には、この村に来る前に購入した、蜂蜜や果物、肉塊などが入っていた。 彼は国外の料理を作るらしく、見慣れない材料がこうめの関心を惹く。 「でぃー殿。ご迷惑でなければ、この料理、作り方を教えて頂けませんか?」 「ええ、構いませんよ。そう難しくありませんので、すぐに覚えられると思います」 穏やかに笑い承諾するジョンに、こうめは頭を下げた。ジョンは片手を上げて、こうめに応える。 「では行って参ります。そちらはよろしくお願いします、こうめ様」 小さく手を振る白羅に、歩き出したジョンは小さく頭を下げる。前に向き直ると、ジョンは自身の肩の様子を確かめた。 もふら様は人と比べ物にならないくらいの力を持っている。それでもその代わりを今日するのは。 「もふら様も仕事が残っていては、ゆっくりお休み出来ないでしょうし」 呟いて、ジョンは気を引き締めるために背筋を伸ばした。 今日はもふら様の休日。いつも引いて貰っている重い荷物も、人の手で運ばなければならないし、村人もそのつもりでいる。 しかし、荷物の傍らには、もふら様がいた。 「もふら様? 今日は私達に任せて、ゆっくり休んでいて構わないんですよ?」 ジョンが丁寧にそう諭しても、もふら様は聞き入れる様子が無い。どうしたものかと悩んでいると、もふら様はジョンに擦り寄ってきた。 どうやら、皆で荷物を引こうという事らしい。 「皆でやれば、その分早い。ですか?」 思いついた事を口にしてみると、もふら様は肯定だと言う様に身体を振るわせる。もふら様の気遣いに、ジョンは口元を緩ませた。 「‥‥では、よろしくお願いします。もふら様」 頭を下げると、もふら様は胸を張る様に頭を上げる。荷車を引くもふら様に負けじと、ジョンは力を込めた。 もふら様と連れ立って、雪兎(ia8065)はのんびりと散歩をしていた。のんびりと歩くもふら様の歩調に合わせていると、普段の緊張に張り詰める日々が、とても遠いものの様に思えてくる。 「ああ、もふら様。そこの石、尖って危ないですよ」 そう告げると、もふら様はぴたりと動きを止めた。片足を上げて、もふら様はふるふると震えている。慌ててその下にある石を取り除くと、もふら様は大きく息を吐いて足を下ろした。その様子がなんだかおかしくて声を殺して笑うと、もふもふの毛が押し付けられた。 そんな事をしながら歩いていくと、お気に入りの場所に着いたのか、もふら様はごろごろと遊び始めた。暫くその様子を眺めてから、雪兎は近くの木陰に腰を下ろす。 もふら様を気に留めながら、取り出した本に目を通していく。 「なんだか、時間を忘れてしまいそうですね」 もふら様と雪兎を撫ぜていく、優しい風がとても心地よく感じた。 「つよい どっち? もふら ろうざ しょーぶ する!」 拳を天に突き上げて、ロウザは地面に描いた円の中で仁王立ちになった。目の前にいる村で一番強いもふら様は、きょとんとした顔をしている。 「ころぶ まけ! ここから でる まけ! わかた?」 説明をすると、もふら様も円の中に入ってきた。上手く伝わったことが嬉しくて、ロウザは笑みを浮かべる。 「ろうざ ちからもち! おもいきり くる いい!」 ロウザの掛け声を合図に、もふら様は彼女に向かっていった。本気の真剣勝負のつもりだったが、もふもふの感触にロウザの表情が緩んでいく。 「んん、もふもふだ!」 しかしどれだけ力を込めても、もふら様はびくともしなかった。この村のもふら様は全体的に大きくないが、それでも人よりは大きく力がある。 もふら様が身体をよじると、ロウザの身体がコロリと転がった。 「わはは! もふら つおい!」 「もっかい しょーぶ!」とロウザが叫ぶ。もふら様は快く、それに応じた。 もふら様の正面に、連徳は真剣な眼差しで座っている。対して、もふら様は少し困惑した表情を浮かべていた。 「ポチ康、お手」 真剣な声音と聞きなれない名前に、もふら様はますます困惑する。 「駄目でござるかー? では、こっちはどうでござるか」 連徳は首を傾げると、取り出した骨をぽいっと投げる。 「ほれ、なめ夫。拾ってくるでござるよー」 困惑が頂点に達して、もふら様はついにぶるぶると震えだす。その傍らに、ひとつの影が近づいた。一之瀬・大河(ia0115)が無言で立ち尽くしている。 「な、なんでござるか。拙者はもふら様と遊んでやってござるよ!」 負けじと、連徳は大河を睨みあげた。その視線に怯むことなく、大河はすっと手毬を取り出す。それをそっと、もふら様の前で転がした。 もふら様はやはり、困惑している。 「これは駄目か‥‥?」 今度は近くのエノコロ草を引き抜き、もふら様の前で振った。口笛も吹いて、様子を窺っている。 もふら様はついに、泣きそうな顔をした。同時に、連徳も吠える。 「拙者と変わらないでござるーっ!」 連徳の叫びは、木霊しながら消えていった。 ひと仕事終えて帰ってきたもふら様を、スワンレイク(ia5416)が出迎える。 「お疲れ様です、もふら様。ブラッシングはいかがですか?」 尋ねると、もふら様は悩むように頭を左右に振り、ちょこんと腰を下ろした。大人しくしているもふら様を、すかさず取り出した櫛で梳る。 「実家で飼っていた猫もこれが好きでしたのよ」 もーふもふもふ、もふらさま〜、とリズムに乗りながら、頭や、首元、尾の部分を念入りに梳いていく。 「このくりくり渦巻きこそが、もふら様のチャームポイントなのですわ!」 梳きあげた毛並みを、スワンレイクは満足そうに眺めた。そうして彼女は、このもふもふ祭りを十二分に堪能する為、次のもふら様へと移動した。 そのもふら様は、眉間に皺を寄せて、一体で佇んでいた。その気難しそうな雰囲気をものとせず、スワンレイクは櫛を振った。 「もふら様、ブラッシングはいかがですか?」 スワンレイクが覗き込んでも、もふら様の表情は一向に変わらない。その深く刻まれた皺に、スワンレイクは指を伸ばした。 コリコリと、その皺を揉み解す。しかしその皺は解れるどころか、ますます深くなっていく。 「‥‥嫌ですの?」 尋ねても、そのもふら様は微動だにしない。せめてと梳ると、少しだけ皺が減った。櫛は嫌いではないらしい。 頬を緩めながら、スワンレイクは丁寧にその毛を梳き続けた。 もふら様に泣きそうな顔をされた大河は、流石に手を止めた。ふるふると震えている身体を、そっと撫ぜる。 そのまま撫ぜ続けると、もふら様が目を細くした。どうやら気持ちが良いらしい。撫ぜる毛並みの気持ちよさに、大河も柔らかい表情を浮かべる。 その瞬間、連徳の表情が変わった。両腕を構えて、ギラリと目を光らせる。 「そういう事なら――」 がしりと、連徳の腕はもふら様を捕らえると、全身もみしだき始めた。 「どこかその辺で習得した按摩術でござる!」 連徳が巧みに腕を動かすと、気持ちが良いのかもふら様は身体を伸ばしながらフルフルと震えだす。その恍惚とした表情と自分の手を見比べて、大河は複雑な表情を浮かべた。 按摩術を受けたもふら様は、だらしなく寝そべっている。連徳は他のもふら様にも按摩術をするのだと、文字通り跳んでいってしまった。 「もふら様見〜けみゃ」 そこへふらりと現れたダイフク・チャン(ia0634)は、もふら様のお腹に向かって倒れこんだ。ばふっと派手な音がしたものの、もふら様は変わらず健やかに眠っていた。 陽だまりをたっぷりと吸い込んだ毛並みは、ダイフクをあっという間に眠りの世界に誘っていく。 「もふもふみゃ〜、みゃ、みゃ〜‥‥」 すぐにダイフクは、黒い飼い猫を抱えたまま、寝息を立てはじめた。その気持ちよさそうな姿に、大河も横になろうとする。 そのとき、一匹のもふら様が視界に入った。気難しそうに眉間に皺を寄せたもふら様が、隅で丸くなっている。 暫く眺めていたが、もふら様の顔は一向に変化しなかった。 「群れるのは嫌いか?」 静かに問いかける。もふら様の返事は無かった。しかしその無言が言葉よりも雄弁に、もふら様の気持ちを伝えている、そんな気がした。 「――そうか」 そう言って、大河は柔らかな草の上に身体を横たえた。 白羅とこうめは、もふら様の為の料理を拵えていた。そこへ、仕事を終えたジョンが戻ってくる。 「進んでいますか?」 「‥‥はい、何とか」 ジョンの問いかけに、こうめは苦笑で応えた。理由は聞くまでも無く、二人の前には悪戦苦闘している白羅の姿があった。 「そこはもう少し練りこんだ方が、舌触りが良くなりますよ」 「は、はい」 ジョンの適切な助言で、白羅の動きから無駄な動きが消えていく。それを横目で見ながら、ジョンは自分の料理の下ごしらえを進めていった。 肉に塩胡椒と香草をまぶす様を、こうめが興味津々な目で見つめている。 「でぃー殿、これは?」 「これはまあ、ジルベリアで使う薬味のようなものですよ」 そう言って、ジョンは白羅の方を見た。 「もふら様も、料理と一緒ですよ。大事なのは加減です」 ジョンの言葉が、失った一欠けらの様に、白羅の心にはまり込む。先刻から白羅は、力の入れすぎで失敗していた。 白羅が料理を作り終った瞬間、部屋の扉が勢い良く開け放たれる。 「はくら!」 「ロウザさん?」 扉から顔を出したのは、全身泥だらけになったロウザだった。後ろにはもふら様もいる。 「はくら すもう する! ろうざ まけた かった かった まけた‥‥」 ロウザは指折りもふら様との勝敗を数えている。暫くして数え飽きたロウザは、白羅の腕をとった。 「もかい しょーぶ! つぎ はくら!」 「ええ?」 ロウザに連れ去られる白羅を、ジョンとこうめの二人は、微笑ましく見送った。 「白羅様はもふら様と遊んでいらっしゃるでしょうか?」 見送ったものの、白羅の事を気にかけるジョンに、こうめは笑う。 「きっと大丈夫ですよ。皆様がおられますから」 そう言ってこうめは、ジョンの手元を見つめた。人のことを気にかけながらも、料理は手際よく進められている。 こんがりと焼かれた肉は蜂蜜をまとい、肉汁と果汁で作られたソースが食欲をそそる。 「美味しそうです」 「簡単ですから、こういう時にはうってつけですよ」 そうして作られた、もふら様と皆の分の料理が、山と盛られていく。こうめは自分の作った料理を眺めた。 「皆さんのお口に合うと良いのですが‥‥」 「どれかみゃ?」 突然聞こえた声に、こうめは身体を固まらせた。机の下からにょきっと現れたダイフクは、料理のひとつに手を伸ばす。 「おいしーみゃ〜☆」 美味しさに顔を綻ばせるダイフクは、他の料理にも手を伸ばそうとする。しかしその手は、すかさず払いのけられた。 「つまみ食いは、感心しませんよ?」 「‥‥もふら様の分も、ほしーみゃ〜」 穏やかに微笑んでいる筈のジョンは、何故か有無を言わせない迫力があった。それでもダイフクが食い下がったとき、外が一気に賑わしくなる。 「皆さん、帰られたみたいですよ?」 おずおずとこうめが口を挟む。ジョンは苦笑して、ダイフクを見た。 「準備を、手伝ってくれますか? 皆で食べましょう」 「りょーかいみゃ! もふら様も、手伝うのみゃ〜」 ちゃっかりもふら様に手伝わせているダイフクを見て、やはり二人は苦笑を浮かべた。 目の前に並ぶ料理を見て、ロウザは目を輝かせた。 「イタダキゥマース!」 律儀に手を合わせてから、もふら様と競うように食べ始める。 「じょん りょーり んまーい! つぎ つぎ!」 「そんなに急がなくても、消えたりしませんよ」 丁寧に取り分けながら、ジョンはロウザ達に声をかける。しかし彼女達の食べっぷりが作り手としては嬉しいのか、顔は綻んでいた。 待ち望んでいたダイフクも、もふら様と仲良く食事をしている。 その片隅で丸くなっていた気難しいもふら様に、こうめはそっと近づいた。どうやら料理は口にしてくれたらしい。 規則正しく上下する身体を見ながら、傍らに座り込む。 「失礼します‥‥。少しだけ、撫ぜさせて下さいませね‥‥?」 そうして慎重に、こうめはもふら様を撫ぜた。眉間の皺は取れないが、気持ちよさそうに目が細くなるのを確認して、こうめも目尻を下げる。 「おかわりは、どうですか?」 意気消沈した白羅が、小声尋ねてきた。どうやら先刻に、もふら様と遊ぶ事は出来なかったらしい。そんな白羅を、こうめは手招きで呼び寄せた。 「そっと‥‥、ここが気持ち良いみたいです」 丁寧に教えてくれるこうめに合わせて、白羅はもふら様を撫ぜる。初めて触れるもふら様の温もりはとても暖かかった。今、この手は確かにもふら様を撫ぜている。 「よかったみゃ〜!」 思わず涙を流している白羅に、ダイフクが抱きついた。皆がその光景を暖かく見守っていたが、それは次の一瞬に急変する。 その上に、もふら様も乗ろうとしていた。開拓者であるダイフクはまだしも、そんな事をしたら白羅は潰れてしまう。 一気に騒がしくなる中で、それでも白羅は笑っていた。 ただこうめは、もふら様の眉間の皺が増えた事を、こっそりと心配していた。 |