|
■オープニング本文 雪が降る。真白な雪は夜の間にしんしんと降り積もり、早朝には村を銀世界に変えていた。それを目にした子供の、心が躍らない筈がなく。 その村では、朝早くから子供たちのはしゃぐ声が響いていた。 そり、雪合戦。雪だるま‥‥。全力で遊ぶ子供たちの遊びは絶えない。 「なあ、もっと大きいのつくろーぜ」 「これ以上大きくすると、頭が乗せられないよ」 雪だまをころころと転がしながら、子供たちが言う。 「雪だるまはもういいよ。こんなに雪があるんだから、かまくら作らね?」 「皆が入れるくらい、大きいの作ろうよ!」 「‥‥どうやって作るの?」 湧き上がった子供たちの中から、素朴で重大な疑問が湧き上る。 「父さん呼んでくる?」 「大人はえんかいで忙しいんだよー。酔っ払ってるよー」 「じゃあ、開拓者の人は?」 良いことを閃いた顔で、子供の一人が手を上げる。その隣の子供が、気難しげに眉根を寄せた。 「開拓者に頼み事をするには、報酬がいるんだよ。僕らじゃ無理だよ」 「えー…っ。何とかならないかなぁ?」 子供たちが一斉に首を傾げる。しばらくそうしていると、ひとりの子供がぱっと顔を輝かせた。 「じゃあ、作ったかまくらを最初に使える権利を報酬にするのは?」 おお〜っと、子供たちから感嘆の声が上がった。 作った人間が、最初に使用する権利。はたから見たら微妙なそれも、子供たちから見れば素敵なものを最初に独占できるのだから、これ以上の報酬は無いように思えた。 「じゃあ、お母さんからお酒とかちょっともらって、おもてなしするのはどう?」 「いいね!」 子供は元々大人の真似事をしたがるもの。しかも村の大人たちは今、宴会で子供の相手をしてくれない。宴会の真似をして、大人の味わっている楽しさを経験したいのは、子供ゆえの興味でもあった。 「じゃあ、早速ギルドへ行こうよっ」 掛け声とともに、子供たちは一斉に雪の原を駆け出した。 |
■参加者一覧
皇 りょう(ia1673)
24歳・女・志
細越(ia2522)
16歳・女・サ
斉藤晃(ia3071)
40歳・男・サ
瀬崎 静乃(ia4468)
15歳・女・陰
からす(ia6525)
13歳・女・弓
燐瀬 葉(ia7653)
17歳・女・巫
日向 亮(ia7780)
28歳・男・弓
天ヶ瀬 焔騎(ia8250)
25歳・男・志 |
■リプレイ本文 吐く息が白く凍る。 「子供は風の子元気な子ってね。おっきいかまくらたぁ子供らしい願いやな」 大きく笑って斉藤晃(ia3071)は、ひとりの子供の頭をくしゃくしゃに撫ぜた。 「おじさんがかまくらを作ってくれるの?」 「ああ、皆でな」 晃が隣を見ると、頷く皇 りょう(ia1673)が子供の肩に手を添える。微笑むりょうに子供が照れた笑みを返すと、少し離れたところから、元気な声が響いてきた。 「かまくらを作る理由? それは目の前に雪原があるからだ!」 気合十分な天ヶ瀬 焔騎(ia8250)が、高々と雪かきを掲げる。その傍らで同じように子供がふたり、姿を真似て手を上げている。 その姿を見て、燐瀬 葉(ia7653)が声を上げて笑った。 「焔は元気やなぁ。うちも楽しみや!」 そう言いながら小さなくしゃみをした葉は、冷気に身体を震わせる。 「せやけど寒いなぁ。焔、焔〜」 小走りで焔騎の元へ駆けて行った葉は、きゃあきゃあと騒ぎながらコートを奪う。子供のように騒ぐ開拓者達に、子供たちは顔を見合わせた。 そこへ瀬崎 静乃(ia4468)が無表情のまま、ピースサインを作る。 「‥‥よろしくね。力一杯遊ぼう‥‥ぜ」 ますます反応に困った子供たちの中へ、からす(ia6525)がひょいと顔をのぞかせた。 「さあ、遊ぼう? 開拓者ってこういう事、大好きな者が多いよ」 同じ年頃のような開拓者の存在に違和感を覚えるものの、それでも愛らしく手を引かれると、子供たちの中に仲間意識が芽生えていく。 「大きなかまくらを作るんだろう。早くしないと、日が暮れてしまうぞ?」 少し大げさな態度で肩をすくめると、日向 亮(ia7780)は大きく太い腕で子供達の背を押してやる。そっと押された背中に、子供達は声を上げて雪原を駆け出した。 その様子を眺めながら、細越(ia2522)は表情を綻ばせる。 「ふふ、子供達が元気に遊べる光景というのは良いものだな」 そう言う細越の姿は、雪の中だというのに薄着だった。体を鍛える為だが、じっとしていては体温が下がってしまう。 「どれ、私も少し混ぜてもらうとするか」 焔騎がかき上げる雪の塊が空に舞い、子供達が歓声を上げている。それを眩しそうに眺め、細越も小さく駆け出した。 「よーし、おっきいのを作るぞー!!」 すでに子供達の兄貴分と化した焔騎が、近場の雪を山にしていく。軽々と扱われる雪かきに、子供達は感嘆の声を上げた。 「にーちゃん、すげーっ」 「なあ、重くねーの? うちのとーちゃん、家の前の雪かき出すだけでへとへとになってんだぜ」 子供達がはしゃぐ傍らで、晃が雪車を引いて歩いていく。 「雪を集めに行くのか?」 「ああ」 細越の問いに頷くと、彼女はひょいと雪かきを担ぎ上げた。 「では私も行こう。『強力』を使えば、すぐに集められる」 「おお、それは頼もしいやないか」 大きな口で晃は笑い、雪車を進めていった。 焔騎が積み上げた雪を、からすは丁寧に固めていた。 「こうして、雪を固める。これを繰り返して山にする」 「こ、こうですか‥‥」 その隣で、りょうがからすの手を真似て、雪を固めている。この歳で初めての雪遊びと言う事に少し気恥ずかしさもあったが、冷たい雪の感触は次第に心を弾ませた。 りょうの傍らでは、小さな女の子が同じように雪を固めている。目が合うと、少女は控えめながらも可愛らしく笑った。 「随分大きな雪山になったなぁ」 そこへ雪車で雪を運んできた晃が声をかけた。全体的な形を整えていた亮が顔を上げる。 「こんなもんか?」 「ああ、いいんじゃないのか」 細越が応えた所へ、焔騎が近づき目を輝かせる。 「大きさは十分だな! ‥‥でも、何か物足りないような‥‥」 思案顔を見せる焔騎に、全員が首を傾げる。どう見ても普通にかまくらの形をしているのに、何が足りないのか。 「そうだ! 滑り台がついてれば面白いぞっ」 ひとりで納得すると、誰が止める間もなく走っていってしまう。しかし彼に特別懐いている子供達も楽しそうにはしゃいでいたので、少し呆れ顔で皆が見送った。 「‥‥じゃあ、補強を考えた方がいいね‥‥」 どこからかにょきっと現れた静乃はそう言うと、大きなかまくらの隣に小さなかまくらを作った。そして懐から符を取り出すと、符は式の姿に変わりかまくらの周りを舞い始める。 式が放つ冷気で、小さなかまくらがキラキラと輝いた。 「‥‥日向君。乗って‥‥」 「い、いいのか?」 静乃がこっくりと頷くと、体の大きな亮は、恐る恐る小さなかまくらの上に乗った。 しかし小さなかまくらはビクともしない。 「‥‥跳んで、くれる‥‥?」 「お、おお」 またも亮は、恐る恐るかまくらの上で跳ねた。それでもビクともしないかまくらに亮の方が滑りそうになり、慌てて重心を保つ。 「‥‥ん、これでいけそうだね‥‥」 十分な効果に、静乃は表情を変えずにガッツポーズを決めた。 「皆〜、水汲んできたでぇ。なんや、ごっつ大きいかまくらやなぁ」 大きな桶に水を汲んだ葉が、ふらふらと歩いてくる。その桶を軽々しく晃が受け取った。 「お疲れや。これと瀬崎の『氷柱』で、頑丈なかまくらが作れるなぁ」 「せやなー。‥‥ところでからすさん、何やっとるん?」 笑って晃に応えた葉が、足元に座り込んでいるからすに気が付く。からすは雪で、団子を拵えていた。 「こっちのかまくらに、神棚を作ってる。かまくらは、家だからね。建物の神様に守って貰うように」 「神棚用の、か。そんな作法があるとは知らなかったな‥‥」 感心して呟く亮の隣で、葉が自分の胸をトンと叩いた。 「せや、うちが御祓いするな!」 「じゃあ、わしは穴を掘ってしまうとするか」 気合を入れた晃が、穴掘りに取り掛かる。固めた雪を掘るのは重労働で、子供達には手が出せない。 少し離れて眺めている子供をみつけて、亮は手招いた。 「見ちょんだけやったらつまらんやろ? 一緒にだるまでも作らんか?」 「それとも他‥‥兎の方がいいだろうか」 手が空いてしまった少女に、細越も声をかける。 「大きなだるま、作れる?」 「兎さんが寂しくないように、たっくさん作ってもいい?」 子供達の要望に、二人は笑って応えていった。 かまくら作りを終えて、焔騎、葉、からす、日向と晃、静乃、りょう、細越、そして子供達もそれぞれ二組に分かれてにらみ合っている。 「俺チーム対、斉藤さんチーム。雪合戦、開始っ」 高らかに焔騎が叫ぶと、その隣で葉が呼子笛を鳴らす。笛の音を合図に、雪合戦が始まった。 飛んでくる雪玉に適度に逃げて、たまには当たりながら、亮は子供達の相手をしていた。 「はっはは! これはいいな‥‥。童心にかえ‥‥ぶっ!!」 顔面に雪球が当たり、亮が硬直したのを、子供が声を上げて笑う。その子供の背後に、スッと影が忍び寄った。 「すきあり!」 背後から晃が雪をかぶせる。もちろん手加減をしたのだが、子供は雪に埋まってしまった。それが子供の負けん気に火を付けてしまったらしい。 全力で子供が投げる雪玉を、晃は避けながら逃げていく。 「わはは、負けんぞ〜」 そんな中でりょうは気を張り巡らせていた。子供が相手でなければ、全力を出せる。りょうは自分を狙ってくる開拓者の気を感じていた。 それを見て、からすは小さく笑みを浮かべた。彼女の姿は子供に紛れている。それを利用してからすは『鷹の目』で狙いを定めた。 「弓術士を甘く見てもらうと困る」 狙いを定める事には誰よりも慣れている。からすが投げた球は、りょうに当たる寸前で当人に阻まれた。開拓者特有の気を、敏感に感じ取っているらしい。だが。 ぽす。 そんなりょうの背中に、柔らかな雪球が当てられる。背後で子供が嬉しそうに微笑んでいた。どうやら開拓者の気にとらわれ過ぎていて、子供達の存在を忘れていたらしい。 一方で焔騎は、集中的に玉を食らっていた。 「はっはっは! そんな玉で俺を倒せると思っているのか?」 その後ろでは、葉がせっせと玉を作って子供と焔騎に渡していた。すっかりと盾役になっている焔騎をみて、細越は脱力する。強弓を引く細越は、子供達相手に細心の注意を払って玉を投げながら、焔騎の隙を窺っていた。 相方の義兄。そんな彼の実力を確かめてみたいと思っていたのだが。 「効かん、効かんぞ!」 隙どころか子供達に混じって全力で遊んでいる彼に、毒気を抜かれてしまった。そして楽しそうな子供達の表情を見て、細越は顔を緩ませる。 ひとつ息を付いて、細越は子供達に混じって雪玉を投げ始めた。 「焔、玉やー」 「よし!」 手渡された雪玉を思い切り振りかぶり、晃へ向かって速球を繰り出す。しかしその雪玉には、耳と目が付いていた。つまりが雪兎だ。 兎は豪速で飛んでいき、晃にぶつかって砕け散る。 「ひどいなぁ焔、兎さん投げてもうた」 「え、えぇえっ」 いじける葉に、うろたえた焔騎は砕けた雪兎と葉を交互に見る。 「‥‥今、だね‥‥。‥‥ユッキ、ユキにしてあげる‥‥」 この好機に、静乃が密かに溜め込んでいた雪玉を焔騎に向かって投げまくる。雪玉に埋まって、焔騎は動かなくなった。 「焔、うちを置いて死なんといて〜」 そんな事を言いながら、葉は焔騎に『神風恩寵』をかける。焔騎はすかさず、すっくと立ち上がった。 「何度直撃を受け様が起き上がる不屈の志士、天ヶ瀬だッ!」 「そうかそうか。そいじゃぁ、これでも食らってみるかね」 焔騎に大きな影がかぶさる。目の前には、特大の雪玉を掲げた晃が立っていた。 「ちょ、ちょっと待て。それは‥‥」 「まった無しや」 雪玉が着地した瞬間、揺れた地面に皆が目を丸くする。そして雪にまみれた焔騎をみて、声を上げて笑った。 こうして雪合戦は幕を閉じた。 かまくらの中、七輪の上で焼かれている餅が、ゆっくりと膨らみ始める。 「お汁粉とお雑煮用意してん。たくさん食べてな〜」 膨らむ餅をキラキラした目で見つめていたりょうは、葉の言葉で我にかえった。まずは子供達からだと何度も念じると、傍らに小さな重みが寄り添ってきた。 子供が小さな寝息を立てている。その安らかな寝顔を、温かい想いでりょうは見つめた。 先刻まで開拓者達をもてなそうと、張り切って動いていた。その前にも思い切り遊んでいる。流石の子供達も、力尽きてしまったのだろう。 子供達を起こさぬように、そっと晃、焔騎、細越とからすが酒を酌み交わす。 「仕事の後の酒は美味いなぁ〜」 「ああ、最高だな」 しみじみと言う晃に、細越が相槌を打つ。空になった晃の杯に酒を注ぎながら、焔騎は顔を緩ませる。 「子供達、凄い楽しそうだったな」 「てめぇも、子供達に負けてなかったぞ。雪合戦時の最後の情けない顔といったらなぁ」 「あ、あれは卑怯だろうっ」 周りの談笑を聞いていた亮は、ふと名前を呼ばれて外へ出た。そこには、雪だるまになった静乃が鎮座している。静乃はずっと、そこで雪だるまになったまま座っていた。 「もう、いいんじゃないのか?」 苦笑して声をかけると、静乃は表情を変えず、凛とした声を放った。 「‥‥番兵だから、大丈夫‥‥。‥‥それより‥‥」 静乃が向けた視線の先を見ると、子供がうとうとと舟をこいでいた。 「‥‥風邪、ひく‥‥」 頷いた亮が子供を抱き上げると、子供は小さく首を振った。 「俺も‥‥、番兵、やる‥‥。強く‥‥なるんだ‥‥」 半分夢心地の声に、亮はあやす様にゆっくり揺すってやる。 「急がなくていい。少しずつ‥‥強くなれ」 亮の言葉が聞いたのか、人の温もりが心地よいのか、子供は寝息を立て始める。子供が風邪を引かないよう、かまくらに入る亮に代わり、今度は葉が顔を出した。 「せっちゃん、寒ない?」 「‥‥ん、大丈夫‥‥」 「それ‥‥鍋のふたとか太陽のリボン、焔がやったんやろ?」 「‥‥ん。強そう、だ‥‥」 くすくす笑う葉に、静乃が静かに応える。 「今日、楽しかったなあ」 「‥‥ん」 昼間の騒がしさが消えてしまって、少しだけ寂しさが込み上げる。それをふり払うように葉が空を見上げると、ちょうど雲の切れ間から月が出てくる所だった。 「雪を照らす月明かり。綺麗な景色だね」 入り口の近くに座っていたからすは、杯の中で揺れる酒に月を映す。杯を傾けるからすの仕草に、細越は苦笑を浮かべた。 「酒を嗜める歳なのか?」 「さあ、どうだろ」 細越の問いをにっこりと笑って流し、からすはとっくりを持ち上げる。 「どうぞ、一献」 自然な姿にもう一度苦笑して、細越は杯を差し出した。 「月見酒、か」 呟いて、焔騎は酒を煽る。 「今度は皆で、花見酒でもしようか」 焔騎の言葉を聞いて、皆が言葉少なに頷いた。 寒い日でも、心を暖める思い出がある。そんな人が‥‥、仲間達がいる。 この温もりを忘れなければ、何があっても、きっとまた皆で‥‥。 |