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■オープニング本文 店先を彩る可愛らしい包装紙。いかにも手間をかけて作られたお洒落なお菓子。思わず足を止めて見とれてしまう。 「うーん、こういうのも捨てがたいなぁ。手作りも良いんだけど」 彩り豊かなお菓子を見つめては、その少女――日和の心は揺らいでいた。 「なにしてんだ? ヒヨコ」 「っ!」 ゆるく編んだ淡い色の髪を引っ張られて、日和は相手を睨む。しかし頭ひとつ分背が高いその少年は、怯むどころか余裕の笑みを浮かべていた。 「那岐!」 「あー、今流行ってるんだっけ。お菓子渡すとか何とか?」 「な、何よっ」 那岐が店先に視線を移した隙に、引っ張られていた髪を取り返す。警戒する日和を、那岐は面白そうに見つめた。 「どーせヒヨコには、そんな相手いないんだろーなぁと思って」 「ヒヨコじゃなくてヒヨリ! わ、私だって、ねぇ‥‥」 「ああ。もしかして、自分? 昔から食い意地はってるもんな、ヒヨコ」 その言葉を聴いて、瞬間的に日和の頭に血が上る。 「‥‥那岐の馬鹿っ、大っ嫌い!」 真っ赤な顔で叫んで、日和はそこから駆け出した。 「ちょっと皺になっちゃったかな」 日和は腕の中に視線を落とす。抱えていたのは包装紙とリボン。長い時間をかけて選んだものだった。 それを見ていた視界が、涙で滲む。 小さい頃は、傍にいる事がもっと簡単に出来たのに。 幼馴染の那岐とは、大きくなるにつれて自然と距離が出来ていった。今では顔を会わすたびに悪態をついてしまう。 言いたいことも、やりたい事も違うのに。 日和は包装紙を持つ手に力を入れた。だからこの贈り物に、心を託そうと思ったのだ。 春になったら、那岐は大きな都へ行ってしまう。お父さんの跡を継ぐために、大工の勉強をしに、遠くへ。 笑顔で、行ってらっしゃいと言ってあげたい。体に気をつけて、頑張ってと伝えたい。小さな頃から立派な大工になるのが夢だった、那岐の大切な第一歩。 ちゃんと応援してあげたいのに。 那岐に会った事で、素直になれない自分を再び自覚する。お菓子作りの練習も、うまくいってないのに。このままじゃ、きっと渡せない。 新たな涙が、こみ上げてくる。 「‥‥忘れないで、なんて‥‥」 そんな事、言える筈がない。 日和の背中を見送って、那岐は自分の前髪を苛立たしくかきあげた。 「なんだよ、ヒヨコの奴‥‥」 本当は笑って欲しいのに、最近じゃそれが上手くいかない。小さい頃はそんな事なかったのに。 幼い子供の見栄でも、凄いと言って目を輝かせてくれた。 いつだって。どんな事だって。 『ナギのお父さんは、すごいね。おっきなお家、つくっちゃうんだね』 『ばーか。オレがおっきくなったら、もっとすごいの作れるぜ』 『ほんとう?』 『あったりまえだろ』 『すごいね、ナギ。ナギもりっぱな大工さんになるんだね』 ずっと、その時の無邪気な笑顔が脳裏に焼きついてる。その期待に応えようと必死になっている自分と今の現状に、小さな苛立ちが沸いてくる。 「ヒヨコのばーか‥‥」 目を閉じて、那岐は小さく呟いた。 家に帰る気にもならなくて、日和は泣き腫らした目でふらふらと歩いていた。その先でふと、開拓者ギルドが目に映った。 らしくないことをしているのは分かっている。からかわれるのが嫌で、自分の周りにはどうしても助けを求められなくて。 ‥‥開拓者ギルドなら? すがる気持ちで、日和は開拓者ギルドに足を向けた。 どうか、どうか。 那岐と向き合うために。 小さくても良いから、私に勇気をくれませんか? |
■参加者一覧
天津疾也(ia0019)
20歳・男・志
劉 天藍(ia0293)
20歳・男・陰
菊池 志郎(ia5584)
23歳・男・シ
コゼット・バラティ(ia9666)
19歳・女・シ
和紗・彼方(ia9767)
16歳・女・シ
相模 紫弦(ia9925)
18歳・男・志 |
■リプレイ本文 ぺこりと頭を下げた日和の、柔らく結った髪がはねる。 「あの、よろしくお願いします‥‥!」 「幼馴染に思いを伝えたいんやて? 素直になれんで悩んどるとか」 天津疾也(ia0019)の値踏みをするような視線に、思わず日和はたじろぐ。そんな日和をよそに、疾也はにっと笑ってみせた。 「はー、初々しいもんやなぁ。ほな、微力ながらお手伝いさせてもらうとするかいな」 「はじめまして、日和さん。ボク、精一杯応援するからよろしくね」 ひょこっと疾也の後ろから姿を現して挨拶をしたのは和紗・彼方(ia9767)。 小さく手を振る愛らしい姿に、日和の頬もつられるように緩む。その隣で劉 天藍(ia0293)が小難しい顔をして頷いた。 「なかなか思ったことを上手く伝えられない、あるよな。オレもあんま口が上手く回る方じゃないんで、そのもどかしい気持ち分かるよ」 「自分の気持ちを伝えるのって、勇気がいりますし照れてしまいますよね。それが恋愛感情ならなおさら」 穏やかに微笑む菊池 志郎(ia5584)の言葉は耳に心地よい。その声は、日和の背中を押す力になった。 「せっかく育てた気持ちを埋めてなかったことにしてしまうのは勿体無いですから。日和さんの純粋に咲いた思い、那岐さんに見せてあげましょう?」 「‥‥は」 「そーれーでっ」 「ひぁっ」 志郎の言葉に返事をしようとした日和に、疾也がもたれかかる。突然の事に、日和は情けない声を上げた。 「日和嬢は那岐のどこが好きなん?」 日和の内心を知ってか知らずか、疾也は日和の顔を覗き込む。 「こういうのは、思い出とかが結構重要やったりするんやで?」 にっこりと笑って疾也は先を促す。真っ赤になった日和は口をパクパクとさせた。 「好き‥‥とかっ、那岐は意地悪だし、髪引っ張ったりするし‥‥っ」 「髪を引くのはからかいすぎだろう」 傷ついて当然だと、相模 紫弦(ia9925)が頷く。その言葉に、彼方が首を傾けた。 「んー。でも男の子って、気になる子や好きな子を好意の裏返しでからかいたくなるもんだって聞いたよ。那岐さんもそうじゃないかなー」 そう言って、ぴっと人差し指を日和へと向ける。 「素直になれないんでしょ? 今の日和さんと一緒で。贈り物、がんばって渡して、新たな一歩を踏み出そうよっ」 言葉をなくした日和に、彼方は笑いかけた。同じように笑って、天藍が腕を振るう仕草をする。 「良ければ、俺が何か作る手伝いをしようか。料理は家事の手伝いやバイトで得意なんだ」 「はいっ、贈り物も大事だけど、渡す場所も大事だと思うの!」 元気良く、コゼット・バラティ(ia9666)が手を振り上げる。そして目を輝かせながら、日和の両手を掴んだ。 「思い出の場所とか。そこが雰囲気の良い場所だったら最高だよね」 「え、えと」 勢いに押されながら、日和は頬を染めた。脈ありと感じたコゼットは、思わず手に力を込める。 彼女たちの周りが、少しづつ甘さを含んでいく。 「裏の山とか‥‥? 夕焼けが、凄くきれいなの」 「!」 絶好の場面になるであろう場所の確保と、恋する乙女の姿に、女の子たちのやる気が一気に上昇する。 話に花が咲けば、女の子たちは止まる事を知らない。 (那岐は果報者だな) 少し疎外感を感じながら、紫弦は思う。那岐の態度にすれたりしてもよさそうなのに、日和は気持ちを投げ出さずに真っ直ぐに育てている。 日和の努力だけで何とかするのではなく、那岐の方の様子を少し見に行っても良いかもしれない。 「よーし、頑張ろう!」 コゼットの元気な声が、空に響いた。 日和はぐいと腕まくりをした。お菓子を作る為の戦闘準備だった。 あまりの力み様に、疾也が声をかける。 「気合い入っとるなぁ。意気込むのもええけど、変に難しいもんに拘らん方がええとちゃう?」 「そうそう。やっぱり買ったものより手作りだし、簡単でも気持ちがこもってれば良いと思うんだ」 彼方が同意を示せば、周りの皆も頷いてみせた。 「そっか‥‥。何を作ったらいいかなぁ」 日和が首をかしげると、彼方は含みのある笑い方をする。そして天藍の腕を引っ張った。 「お菓子なら、劉さんにお任せだよっ」 突然話を振られて驚く様子もなく、天藍は日和をじっと見る。すでに色々と何かを考えていたらしい。 「‥‥手の込んだものより、ちょっと工夫した那岐くん用のを作ると喜んでもらえるんじゃないかな」 「そう、かな。喜んでくれるかな?」 期待半分、不安半分な瞳で見つめてくる日和に、天藍はしっかりと頷いた。それを見て、日和も安心したのか肩の力を抜く。 「那岐くんは甘いものは大丈夫?」 「うん、甘いものは好き」 「じゃあ‥‥、羊羹とか。寒天を溶かして固めるだけだけど、苺とかりんごで可愛いものが作れるんじゃないかな」 言いながら、天藍は手際よく準備をしていく。その慣れた手つきに惚けてしまった日和も、道具を受け取ると危な気だが作業を進めていった。 「苺はあまりつぶしすぎないように」 「はい」 苺は日和に任せ、隣で天藍は林檎の羊羹を作る。鍋の中が綺麗な赤色に染まり、疾也は目を丸くした。 「へー、いい色が出るもんや。あんたは簡単そうにつくっとるんやけどなぁ」 「羊羹自体は簡単だよ」 へぇー、ほぉー、と何度も繰り返す疾也に、天藍は思わず苦笑する。 「けど、これなら絶対驚くで」 「ええ、きっと。‥‥それと、お菓子と一緒にお手紙を渡したらどうですか?」 寒天と苺を混ぜている日和に、志郎が提案する。 「顔を合わせると喧嘩になってしまうのなら、ひとりの時に自分の素直な気持ちを綴ってみてはどうでしょうか」 「うん、いいんじゃないかな。書くのもダメなの?」 彼方が作業の邪魔にならないように、日和の顔を覗き込む。 「いいねー幼馴染って。絶対分かり合えるはずだよ。後で日和さんもおめかししよっ。今日は特別なんだから!」 「皆さん‥‥」 皆が真剣に協力してくれている。その事が嬉しくて、日和の胸はいっぱいになった。 「ありがとうございます。本当に」 「わ、駄目だよ。これからが本番なんだから」 思わず涙ぐんだ日和に、コゼットが作業の先を促す。 「あとは器に流して固めるだけだよ。がんばろ!」 「‥‥はいっ」 コゼットと一緒に笑って、日和は型に寒天を流し始めた。それを見ながら、疾也がぽつりと呟いた。 「自分にリボンを巻いて私をプレゼント、というのもあるらしいで」 直後、がたんと大きな音がする。型からは、寒天がはみ出しそうになっていた。 目的の背中に向かって、紫弦は声をかけた。 「そこのアンタ。悪いが、小間物屋なんか知らないか?」 目的の――那岐が、目を丸くする。紫弦は目を逸らしながら、頬を掻いた。 話しかける理由は考えてきたものの、本音を混ぜてしまったそれはなかなか出てこない。 「その、気になる子に贈り物というか‥‥、簪でも買ってやりたいというか‥‥」 しどろもどろになっていると、那岐は丁寧に相槌を打ってくれる。男前でいい奴じゃないかと、紫弦は判断する。 那岐は小間物屋まで付き合ってくれた。 「子供っぽいけど、元気で表情がくるくる変わってさ‥‥何が似合うか」 「うーん、そうですね‥‥」 「あんただったら、す、好きな子にどれを選ぶ?」 「な、何でオレですか」 慌てながらも、那岐は真剣に商品をみる。暫くして、色とりどりの簪の中から、ひとつを指差した。 「これ、かな」 「じゃあ、店主。これと、あっちの髪飾りを」 まさか本当に買うとは思ってなかったのだろう。那岐が慌てだす。そこへ那岐を呼ぶ男の声が聞こえてきた。 「会えて良かった。こんな所にいたんですね。‥‥って、相模さん?」 「ああ、菊池か。悪いな、どうしても自分で確認しておきたくて」 日和の懸命さを知った分、那岐がそれに釣り合うのか気になってしまった。下手な事をすれば二人が気まずくなるかもしれないとは思ったが。 ‥‥多分、どれも杞憂なのかもしれない。 紫弦から何か感じ取ったのか、志郎もそれ以上は追及しなかった。そして志郎は、那岐に伝える為の言葉を告げる。 「裏の山で待っている人がいます。一緒に来てもらえませんか?」 「え?」 訳が分からなくなっている那岐に、紫弦は買った簪を押し付けた。 「髪引っ張るのはどうよ。これで詫び入れとけ。髪引っ張るくらいなら、抱きしめとけ」 ますます混乱する那岐に、紫弦は心からの言葉を伝える。 「がんばって、素直になれよ」 日和は、可哀想な程がちがちに固まっていた。裏の山――ここで那岐が来るのを待って、後は渡すだけ。 「や、やっぱり、無理‥‥っ」 「日和さん、胸に手を当てて」 日和と視線を合わせながら、コゼットが自分自身の胸に手を当てる。震える手で、日和も真似をした。 「深呼吸して、目を閉じて。大丈夫。絶対大丈夫。きっと上手くいくよ」 ゆっくりと息を吐く日和が落ち着いた気がして、コゼットはもう一度日和と目を合わせて微笑む。 「あ、那岐さん来たみたいだよ」 彼方の言葉通りに、道の向こうには那岐の姿が見える。くるんと振り返った彼方は、日和に向かって人差し指を立てた。 「じーっと相手を見て、これ受け取ってって。ちゃんと渡すんだよ?」 「気負う必要なんてどこにもないんや。ただ好きな相手にありのままの自分でありさえすればな」 彼方と疾也。ふたりの言葉に、日和は深く頷く。 「じゃあ、邪魔者は退散することにするよ」 コゼットが皆を連れて離れようとする。日和は慌てて、皆に声をかけた。 「本当に、ありがとうございました‥‥!」 良く見ると、日和の手はまだ震えていた。だけど日和にはもう、勇気を出す覚悟が出来ている。 (頑張れ、日和さん) 二人から離れながら、コゼットは心の中で呟いた。 「呼んだのは、ヒヨコ? なんだよ、改まって」 そっけない那岐の態度にくじけそうになりながら、日和は箱と手紙を差し出した。 「これ‥‥!」 「これって‥‥アレでいいの?」 頷きながら、那岐が受け取ってくれたことにホッとする。しかし那岐は不機嫌だった。 「‥‥俺の事、嫌いだって言ったじゃん」 「それは、那岐があんな事言うから!」 つい声を荒げて、日和ははっとした。素直に、相手を見る事。 「‥‥那岐がいるのに。あんな事言うから」 すねた口調になってしまったものの、日和から見れば及第点だった。腰を下ろして、那岐に箱を開けるように促す。 最初は、沈黙だった。 「こーゆーのって、見栄張るもんじゃないの? こっちが日和のだろ。並べると、なぁ‥‥」 箱の中には、綺麗な羊羹と、形が崩れた羊羹が納まっている。呆れた声に言い当てられて、日和は両足を抱えて体を丸めた。 「だって、皆で那岐の為にって考えてくれたんだもん。そういうの、全部詰め込みたかったから」 「ふーん」 気のなさそうな返事で那岐が迷わず掴んだのは、形の悪い羊羹だった。 「美味い」 「‥‥本当?」 「嘘言ってどうするんだよ」 いつもはからかってくる那岐が、自分の事を認めてくれている。そんな些細なことで、十分に嬉しかった。 「‥‥向こう行っても、頑張ってね。私が、一番に応援してるから」 「ん」 言葉少なに、那岐は顔を背ける。だけどその耳は真っ赤に染まっていた。そのままの体勢で、日和に小さな包みを放り投げる。 「詫び、というか礼? アイツがいれとけってさ」 「え、えと」 アイツとは、那岐と一緒に来た相良さんか菊池さんだろうか。反応に困っている日和を、那岐はちらりと窺う。 日和の為に自分が選んだ、なんて言える訳がない。ましてや、抱きしめるなんて。 「‥‥あのな、俺は贈り物くらい自分で‥‥」 「何?」 小さな那岐の声が聞こえなくて、日和が問い返す。真っ赤になった那岐は、「なんでもない!」と叫んでいた。 木霊する那岐の声を、少し離れて聞いている5つの影がある。 「まぁ、ぼちぼちやろか」 疾也の感想に、コゼットが苦笑する。 「二人の気持ちは、これからって事じゃない?」 「きっと、お二人にあう速度があるんですよ」 那岐と日和を微笑ましく思いながら、志郎が頷いた。 「でも勇気を出した日和は偉いと思うぞ」 紫弦の言葉に、彼方はぎゅっと体に力をこめた。 「んー! やっぱり、幼馴染って良いよね!」 体をいっぱいに使い感情を表現する彼方に、紫弦は小さな包みを渡した。 首を傾げる彼方の向こう。含み笑いをする疾也とコゼット、ニコニコと微笑む志郎の姿が見えて、紫弦は体を硬直させる。 新たな標的をからかい、又はからかわれながら、5人は、那岐と日和の行く末をもう暫く見守ったのだった。 |