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■オープニング本文 前回のリプレイを見る 緩く編んだ柔らかな髪が揺れる。 振り返って名前を呼ぶ。その笑顔がなによりも可愛い――。 「じゃ、なくて」 ゴツリと、那岐は机に頭を打ち付けた。春が近いとは言え、頭の中を春にしている場合ではない。 那岐の目の前には、ヒヨコ――幼なじみの日和から貰った手紙があった。少し丸い文字が丁寧に綴られている。 『いつも一番言いたい事が言えないから、手紙にしたためてみました』 会えば喧嘩になってしまうのは、日和のせいばかりじゃない。 ただこっちを向いて欲しくて。自分の事を考えて欲しくて。出るのは悪戯をする手と悪態ばかり。 いちいち反応するヒヨコも悪い、と責任転嫁をしつつ、文字の先に目を向けた。 『那岐がおじさんを越えるんだと、いつも一生懸命な姿を見ています。そういう那岐の姿はいつ見ても凄いと思っています』 小さな頃からヒヨコはそうだ。初めて作った不細工な箱も、少し歪んだ鳥の巣も、手放しに褒めてくれる。 嬉しくて、もっと良いものを作って見せたくて。だけど父の事をそれ以上に褒めるから、対抗意識を燃やした。それだけの事。 『那岐の事を、いつも一番に応援しています。その事を、修行に出ても忘れないでいてくれると嬉しいです』 そんな事は知っている。ヒヨコがいたから、頑張ってきた。そして、これからも。 簪を渡したときの日和の笑顔を思い出す。流れで自分が選ぶ事になったけど、自分で買ったわけでも、贈ると決めたわけでもない簪。そんな事を準備するなんて、お節介な開拓者だと思ったけれど。 ゴツ、と那岐はもう一度頭を突っ伏した。 今の自分はどうだ。お返しをしようと思い立ったのは良いけれど、何も決まらない。ここにきてようやっと、日和の勇気の大きさを知る。 悩んで、悩んで。最近は意識しすぎて、普通に接する事すらどうするのかわからなくなってしまった。変にギクシャクするのは、良くないと分かっているのに。 『体に気をつけて、頑張ってください』 最後の一文に目を通して、那岐はガバッと立ち上がった。 「三人寄れば文殊の知恵――とか、言うよな」 自分ひとりで、ちゃんと日和に向き合いたいと思っていたけれど、何も思い浮かばないのだからしょうがない。 それに大事なのは、自分のちっぽけな意地でも矜持でもなく、相手の笑顔なのだから。 その為に、自分が出来る一番良い事は何だろうか? 「‥‥よし!」 気合を入れて、那岐は足を開拓者ギルドへと向けた。 |
■参加者一覧
天津疾也(ia0019)
20歳・男・志
水鏡 絵梨乃(ia0191)
20歳・女・泰
劉 天藍(ia0293)
20歳・男・陰
ルオウ(ia2445)
14歳・男・サ
菊池 志郎(ia5584)
23歳・男・シ
コゼット・バラティ(ia9666)
19歳・女・シ
和紗・彼方(ia9767)
16歳・女・シ
相模 紫弦(ia9925)
18歳・男・志 |
■リプレイ本文 遠目から見ても、少年は鬱々と悩んでいた。きっと好意を寄せる少女の事しか頭にないのだろう。 依頼者の那岐は、こちらに気が付く様子がまったくなかった。 「全く、相変わらず煮え切らないやっちゃなぁ。ここはまた俺らで一肌脱いでやるとするかいな」 お互いに好いている筈なのに難儀な事やと、天津疾也(ia0019)は苦笑する。その隣でルオウ(ia2445)が元気良く手を上げた。 「那岐だよな! 俺はサムライのルオウ! よろしくなー」 ルオウの呼びかけに、那岐が振りかえる。開拓者達が近くまで来ていた事に気が付かなかった那岐は、慌てて頭を下げた。 「あっ、よろしく、お願いします」 深々と下げた頭を上げると、見知った顔が視界に入る。 「アンタ」 目を丸くする那岐に、相模 紫弦(ia9925)は少し気まずそうに視線を逸しながら声をかけた。 「えーっと、よう、那岐。久しぶりー」 「開拓者だったのか」 「‥‥ああ、今回は宜しくな」 手を差し出すと、複雑そうにしながら那岐も握り返してくれる。 「そういえば、那岐兄ちゃんを知ってる奴が結構いるんだっけ?」 ルオウの一言に那岐はぎょっとする。集まった開拓者たちを見てみれば、見たことがある顔が‥‥あるようなないような。 「もしかして、ヒヨコ‥‥の?」 前に羊羹を貰った際、皆で作ったのだといっていた。劉 天藍(ia0293)が頷く。 「日和さん、前回は随分頑張っていたからなその思いに応えられるように、那岐くんも頑張らないとな」 「‥・・はい」 応える那岐の表情が、少し柔らかいものになる。僅かに頬を染めて想っているのは、幼馴染の少女の事なのだろう。その表情に、ルオウは共感を覚えた。 想いを寄せる少女の顔が、いつでも胸によぎる。心に焼きついた笑顔は、何よりも可愛くて――。 「‥‥ってちが―――っ!?」 我に返ったルオウは、思わず声を上げた。驚く周りに向かって照れ笑いで誤魔化してみる。 今は自分の事ではなくて、那岐の事! 強く言い聞かせて那岐の肩を叩く。 「と、とにかく! 気のせいかもしんないけど、なんかすっげー気持ちが分かる気がするから是非力になりたいぜ」 「お、おう」 淡い想いに赤くなったり慌てたりと忙しい少年たちを見て、和紗・彼方(ia9767)は口の端を緩ませる。 「えーっと、ちゃんと会うのは初めまして‥‥になるかな、やっぱり。那岐さんこんにちはっ、相談に乗りに来たよ」 そう言って彼方は、小さく手を振ってみせる。 「日和さんもこの前は何渡そうか悩んで、ちゃんと渡せるかなってオロオロしてたんだよ。でもちゃんと勇気出して渡したんだから、今度は那岐さんの番だよ」 「日和さんが笑顔になれるように頑張ろう!」 彼方の言葉に、コゼット・バラティ(ia9666)の声が重なった。 「やっぱり那岐さんには直接お返しを渡してもらいたいな。今は修行先でしょ? どうするの?」 「見習の身なんで‥‥、その日だけ帰ろうかと」 少し緊張の面持ちでそう言った那岐に、秘めた決意が見えた気がして、コゼットは満足そうに笑う。 「せっかく特別な日だし、会ったらぎゅっと抱きしめてみたらどうかな。こんな風に」 「へ、え、ええっ?!」 那岐の背中にまわった水鏡 絵梨乃(ia0191)は、大工にしてはまだ薄い体を抱きしめる。一歩遅れて状況を理解した那岐は、真っ赤になって情けない声を上げてしまった。 「僕が練習相手になろうか? 本番で思う存分イチャイチャ出来る様に」 「い、いいっス。遠慮シマス」 何故かカタコトで後ろに下がる那岐に、絵梨乃は首を傾げる。 「日和とそういう事、したくないんだ?」 「や、ヒヨコとならいくらでも‥‥ってなに言わすんだ、アンタ!」 ますます真っ赤になる那岐に、絵梨乃はにっこりと笑ってじりじりと詰め寄っていく。 「その前に、何を贈るか決めた方がよろしくないですか?」 苦笑する菊池 志郎(ia5584)に、那岐はあからさまにほっとした表情をした。つまらない顔を浮かべる絵梨乃に内心で詫びる。 「‥‥確かに、贈り物も重要な問題だな」 納得して引き下がった絵梨乃に、紫弦も頷いて肯定する。 「お返しかぁ。悩むよな」 近くにいる相手でも渡しにくいのに、離れていれば尚更気を使うだろう。唸りながら考えても、紫弦には良い案が浮かんでこない。 「大工を目指しているなら、やはり手作りの品ですよね。日和さんの好きなものを取り込んでみたりして」 志郎の提案に、疾也がぴっと人差し指を立てた。 「せやったら、櫛はどうや? 毎日使って那岐の事思い出して貰えるし、男やったら好いた女にはいつも綺麗でいて欲しいやろ」 「女の子なら、可愛い物の方が喜ぶんじゃないか? こういうの、女の子って好きだよな」 そう言って天藍はごそごそと何かを取り出す。手のひらには、木彫りのもふら様が乗っていた。 手彫りならではの温かみのある姿に、那岐は目を輝かせた。四方八方から監察しはじめたその集中力に、天藍が笑みをこぼす。 「俺もこういうの彫るの好きで。‥‥頑張れよ」 木彫りのもふら様に夢中になっていた那岐の頭からは、贈り物の事がころりと落ちていた。慌てて姿勢を正し、こくこくと頷く。 「じゃあさ、櫛を入れる箱も一緒に贈ったら良いんじゃねえかな」 ルオウの言葉に、コゼットが両の手のひらを叩き合わせる。 「なら、この前贈った簪も一緒に入るようなのはどうかな?」 「本当は日和さんに欲しいものを聞いてきた方が良いのかなぁって思ってたんだけど」 前置きをした彼方は、小さく含み笑いを浮かべた。 「きっと那岐さんからの贈り物なら、何だって喜んでくれると思うんだよね」 「秘密箱とかはどうでしょう。こんな風に順番通りに側面を滑らせると開くような」 身振り手振りで、志郎が箱の様子を表現する。その動きを、那岐は自分の手で再現をする。複雑な細工も表面に施す加工も、大工の腕が如実に現れる。 手のひらの上に広がる構想を見つめる瞳が輝いていくのを、開拓者たちは見つめていた。 「決まったみたいだね。後は‥‥日和さんのお手紙の返事をしなくちゃ駄目だよ」 那岐が落ち着いた頃を見計らって、彼方がずいっと身を寄せる。 「那岐さんの本当の気持ちを伝えて欲しいな。お手紙でも良いから。日和さんの事をどう思っているかって」 ずっと傍にいると、見えないものもある。離れてから気が付いて、寂しさで不安になって。 そんな事にはなって欲しくない。素直な気持ちが見えれば、きっと自分がどうするべきか分かってくる筈だから。 「特別な存在だと思ったら‥‥手を離しちゃ駄目だよ、ギュッとね。行動で示すのは大事な事だしね」 悪戯はダメだけど、と釘を刺すと、那岐は神妙な顔をした。彼方の言葉を噛み締めているのであろう那岐に、コゼットはもうひとつの提案をした。 「あと、『約束』も贈ったらどうかな?」 遊びに行くこととか、贈り物の用意など。離れていても、二人が繋がっていられる『何か』。 「次に会えるまでの時間が楽しみに変われば、きっと待っている時間が苦痛じゃなくなると思うんだ」 「‥‥ありがとう」 大切なものを、沢山貰った気がする。それを一つ一つ胸の奥にしまっておきたいと那岐は思う。 「俺、用意してみる」 心が決まったら、じっとなんかしていられない。 「帰るときには、声をかけるんやで。ちゃんと最後まで協力するつもりでおるから」 慌てて声をかけた疾也に、晴れやかな笑顔を浮かべながら那岐は大きく手を振って応えた。 贈り物を手にする那岐は、緊張の為か顔色が優れない。思わず彼方が声をかける。 「待ち合わせの場所は前と同じでいいと思うんだけど‥‥大丈夫?」 「ここまで来て、大丈夫じゃなかったら格好悪いと思う」 それだけ軽口が叩けるなら大丈夫だろうと、志郎は思い切って尋ねてみた。 「那岐さん、告白はするんですか」 突然の問いに、那岐は大きく咳き込む。その目が、理由を求めていた。 「先に贈り物を用意したのも、気持ちを伝えたのも日和さんだから。このままでは那岐さんが負けっぱなしだと思います」 修行先で環境ががらりと変わった那岐も大変だとは思うが。故郷でただ待っている日和も、不安な気持ちでいると思う。 「‥‥離れていても日和さんの為に頑張って勉強しているという事を、きちんと言葉にして伝えて安心させてあげて下さい」 「こういうのはどうだ?! その贈り物渡す時に、『俺はいつでも傍にいるから』って‥‥えー、あー‥‥」 自分で言いながら、ルオウが頬を赤く染める。恥ずかしさは伝染するものなのか、那岐の顔まで赤くなってきた。 「ん」 それでも、言葉少なに那岐は肯定の返事をする。しかし絵梨乃は眉根を寄せた。今からそれでは、上手く喋れない可能性の方が高い。 「深呼吸してみたらどうだ?」 那岐も自分の緊張に今更ながら気が付いたのだろう。素直に絵梨乃の音頭に従って、深い深呼吸を繰り返す。 「あとは手のひらに『魑魅魍魎』と三回書いて飲み込めば、緊張なんてすぐに吹っ飛ぶから大丈夫だ」 言われた通りに書こうとして、ふと那岐は指を止めた。 「ち‥‥?」 何か違う気がする。しかし。 「本当にこれで緊張しないんだな?!」 「ああ」 信じきった瞳を向けるルオウと、自信満々に答える絵梨乃が目の前にいる。大人しく手のひらに『魑魅魍魎』と書いて、那岐はその文字を飲み込んだ。 目の前には、少し焦げた卵焼きがあった。 「やっと焼けました!」 今まで真っ黒になったり、上手く巻けなかったりを繰り返していた日和は、いそいそとお弁当箱に詰めはじめる。その姿を天藍が見守っていた。 「劉さん、有難う御座います。那岐が帰ってくるの知らせてくれるだけじゃなくて、お弁当まで手伝って貰っちゃって」 天藍は一足先に、日和の元へと赴いていた。那岐が帰る知らせを伝えに。そして弁当など作ってあげるのはどうかと提案していた。 少々形の悪いお握りが収まったお弁当を、日和は不安そうに見つめた。 「那岐、喜んでくれるかな」 「大丈夫! 味はあたしが太鼓判を押すよ」 お弁当に入りきらなかった分を、コゼットが口にしていた。ほっとしている日和に先を促す。 「あとは包むだけだよね。早く行って、那岐さんに驚いて貰おう」 「‥‥はい!」 そうして日和は出来上がったばかりのお弁当を、丁寧に包み始めた。 待ち合わせ場所では、那岐がそわそわと落ち着きなく待っている。山は夕日で赤らみ始めている。そろそろ約束の時間だろうと、紫弦は那岐に話しかけた。 「男って物を贈りたがるけど、女って時々違うものを欲しがるんだってさ」 「‥‥?」 「言葉だよ。曖昧なものなのに、凄く大事なんだって。‥‥那岐は、日和って子の事、どう思ってるんだ?」 「え、な、に急に‥‥んなの」 突然の事に真っ赤になった那岐は、ぼそぼそと口にする。 「あ、何。聞こえない」 ここまで来ていまだに踏ん切りのつかない那岐に呆れつつ、疾也は視界の隅で日和たちがやってきたのを捉えた。 「言わんと伝わらん事もあるんやで、那岐」 厳しい疾也の口調に、那岐は息を飲み込む。 「日和が好きか?!」 「‥‥っ」 疾也の気迫にのまれた那岐は、何も言えない。だが疾也に促されて、那岐は声を振り絞った。 「俺は、日和がっ、大好きだぁ!!」 ガサリ。 那岐の目の前には、真っ赤になった日和が立っていた。開拓者たちの視線は、瞬く間に生暖かいものになる。 「じゃあ、お邪魔虫は退散するか」 皆、紫弦の言葉に倣い、日和と那岐を残して去っていく。去り際に絵梨乃が、那岐に耳打ちをした。 「いい雰囲気になったら優しく唇を奪ってしまえ」 口をパクパクとさせる那岐に、絵梨乃は笑顔を向けた。残された二人の間に、なんとも言えない空気が流れる。 「‥‥これ、この間の礼」 「わ、可愛い。‥‥けど」 手に持って箱を眺める日和に、那岐が開き方を説明する。無事に開くと、中には櫛が入っていた。 「なんか、使うのもったいないな」 「使ってくれなきゃ、贈る意味ないだろ」 「‥‥うん、大事に使うね」 そう言った日和の髪に、この間贈った簪が刺さっているのを見て、那岐は嬉しいようなくすぐったいような気分になる。 「あのね、これ」 日和はお弁当を差し出した。蓋を開けた那岐は、相変わらずの不器用に苦笑する。 「なんてこれで、ちゃんと上手いんだろうな」 「教えてくれた人が、上手だからです」 褒められているような、いないような。複雑な気分になった日和は、改めて那岐に向き合った。 「私ね、お料理もっと上手になりたいな。教えてもらえて、凄く楽しかった。上手になって、また那岐に食べてもらいたいな」 「何度だって食べる。だから、また作ってよ」 「うん」 そう言って、日和は贈り物の箱を見る。那岐はきっと、前へ前へ進んでいくんだろう。置いていかれないように頑張らないと。 「次はいつになるかなぁ」 少し寂しげな声に、那岐は指先に日和の髪を絡める。そしてつい引っ張ってしまいそうになったのを、堪えた。 「休みの日、分かったら手紙書くから」 誤魔化しで紛らわせるのではなく、自分の想いを伝えて、安心させる。言われていた事の意味を、何となく那岐は実感していた。 「うん!」 目の前に日和の嬉しそうな顔がある。並んでいた二つの影は、寄り添いひとつになっていく。 那岐と日和から少し離れた茂みが、小さく揺れる。 「だ、大丈夫‥‥そう?」 心配する彼方が、二人に気が付かれないように様子を窺っている。隣にいる天藍も、そっと二人の表情を窺った。 「きっと、二人とも頑張ったんだろうな」 時々ギクシャクはしているものの、それは照れ隠しで気まずそうな雰囲気はない。ほっとする彼方と天藍の元に、他の開拓者たちも集まってきた。 「一件落着やな」 「そうだな」 疾也と紫弦が腰を下ろす。那岐の告白を正面から聞いた二人は、満足そうに笑っていた。 「もっと積極的になればいいのに」 「これがあの二人の速度なんじゃない?」 残念そうにする絵梨乃に、コゼットが苦笑する。心が通じ合った那岐と日和を見て、ルオウが小さく呟いた。 「俺も、頑張らなくっちゃな」 「‥‥よかったですね」 那岐と日和が笑い合う姿に、志郎は心からの言葉を贈る。 気まずくなっていた時間を取り戻すかのように、那岐と日和は遅くまで語らいあっていた。 |