【花雨】挑むもの。
マスター名:蓮華・水無月
シナリオ形態: シリーズ
相棒
難易度: やや難
参加人数: 8人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2010/04/24 09:21



■オープニング本文

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 条件がある、と呻くように男は言った。

「『金剛』からここまでやって来たのなら、町の郊外にある竹林は見たな?」

 男の言葉に、浦西夏維(うらにし・なつい)は戸惑うように頷いた。ちら、と確認するように神立静瑠(かみたち・しずる)に視線を向ける。
 『金剛』の本拠地のある村から、大きな街道を通ってこの町まで来れば嫌でも、町の南に広がっている竹林は目に入った。その事であろうと静瑠が眼差しを向けて確認すると、そうだ、と男は頷いて。

「あの竹林で、鬼の影を見たという者が居る。その鬼を見つけ、退治して来るんだ。見事果たせばお前を息子と認め、この家に置いてやらないでもない」

 その言い様に、すぅ、と静瑠は目を細めて男を睨みつけた。





 それは数日前の事である。長らく母の死に沈んでいた夏維もようやく、小さな家に残された母の遺品を整理したり、仕事で使う道具などは『金剛』の陰陽師達に希望があれば譲ったりと、身の回りの整理を始める余裕が生まれた。その最中でまた、母のことを思い出して手が止まったりもしたのだけれど。
 どうにかこうにか整理を終えて、すっかり遺品の整理が終わった頃、話があると呼ばれて庚(かのえ)の元を訪れた夏維は『金剛』を出て行くようにと告げられたのだ。

「庚、様?」
「判ってるだろう、夏維? ここはあたし達『金剛』の村で、『金剛』は陰陽師の集まりだ‥‥お前のような何の力も持たない子供が、居て良い場所じゃないんだよ」

 いつも通りの口調で当然のように言われた言葉に、夏維は静かに目を伏せた。きっといつも通り後ろに居るのだろう静瑠は、身じろぐ気配もない。
 言われている事はいやというほど解った。この村にももちろん、一般人は数多く住んでいる。だがその殆どは夏維達母子のように『金剛』の関係者か、或いは『金剛』に協力する技能集団で。
 母がない今、取り立てた技能を持たない夏維は村に居る理由がどこにもない。同じ様に『金剛』の陰陽師の子供で志体を持たない子供の中には、技能集団に弟子入りして技を身につけた者も居るけれども、母はそうさせようとはしなかったから。
 庚、と静瑠が挑むような口調で言葉を挟む。

「いきなり出て行けと言われても、生まれてからずっと『金剛』で暮らしていた夏維にあてはない。それが解らん庚じゃないでしょう」
「モチロンさ。だから付文を書いてやった。この手紙を持って、お前の父親の所にお行き」
「父様、の‥‥?」
「ああ。英和之(はなぶさ・かずゆき)という」

 告げられた言葉に、夏維は驚いて目を見張った。自分に父が居るなぞという事を、これまで一度も考えた事がなかったからだ。
 母は、夏維の父の事を一言も口にしなかった。昔、『金剛』に来たばかりの頃に静瑠が尋ねてみた時も「父親は居ないのよ」となんでもない事のように笑うばかりだったから、何となく触れられないまま、恐らくこの世にないのだろうと思っていた。
 なのに、その父は生きているという。『金剛』から徒歩で数日ほどかかる町で大きな屋敷を構え、妻と息子と共に暮らしているらしい。
 そこに。庚がしたためた書状を持って、頼って行けと彼女は言う。当然の口調で。夏維には他に選択肢などないのだと言わんばかりに。
 庚から渡された書状を受け取り、だがそのまま押し黙ってしまった夏維を見やって、静瑠は庚に確認した。

「庚。それが、夏維の為になるんだな?」
「おや、何を情けない事を言ってるんだい。それを見極めるのがお前の役割だろう?」
「庚様‥‥父様は、どんな方なんですか?」
「ちっぽけな男さ。くだらなくて、ちっぽけで――加奈芽が惚れた男だよ。後はお前達の目で確かめるが良いさ」

 そう、からりと庚は笑った。これ以上は何も語る気はない、と言わんばかりに。





 そうして今、件の英家の屋敷の一室で、初めて会う父は夏維に言った。竹林の鬼を退治してくれば、息子と認め屋敷においてやっても良い、と。

(『金剛』の陰陽師の息子など‥‥冗談じゃない)

 庚が評したとおり、和之はちっぽけな性根の男だった。『金剛』を始めとする五行国内の陰陽師団は、多くが自由に動き回るがゆえにあまり上からよくは思われていない。その事を和之は知っていて、そしてそんな陰陽師団と関わりを持って、万一にも上から自身の評価が悪くなる事を恐れる程度にちっぽけな男だった。
 それでなくとも、妻子が居る。結婚前の過ちで作った子供の存在など、どう考えても厄介事以外の何者でもない。
 だが、無碍に追い返せないのもまた、その陰陽師団のせいで。

(庚‥‥ッ)

 和之は、庚に1つの弱みを握られている。夏維を無碍に追い返したりすればその事をばらすと、庚はわざわざ脅迫状を持たせてこの子供を寄越した訳だ。
 一体何が目的だと、憎らしげに手の中の書状を睨みつけた和之に、静瑠がぶっきらぼうに確認した。

「竹林の鬼を退治さえすれば、夏維を置くと言ったな」
「‥‥ッ!? あ、ああ、言ったが」
「無論、夏維が自ら鬼を退治出来ると思ってないな? 一般人の子供を鬼退治に放り出して、見殺しにするのが趣味じゃなかろう」

 冷たい口調に、冷や汗を垂らして無論と何度も頷く。それに満足そうに、だが傍から見ればあくまで無愛想に頷いた静瑠は、なら助けを呼んでも問題ないな? とさらに念を押して。
 静瑠、と不安げに呼ぶ子供に、大丈夫だ、と頷く。庚がなぜこの男のところに夏維を行かせたのかはまだ不明だ。だがそれにはきっと理由があるはずで、それを見極める為にもまずはこの男の話に乗ってみるしかない。
 故に静瑠は言質を取る。取って、まずはその鬼を退治するため腰を上げる――どうか手伝って欲しいと、助けを求める為に。


■参加者一覧
香椎 梓(ia0253
19歳・男・志
玖堂 柚李葉(ia0859
20歳・女・巫
氷(ia1083
29歳・男・陰
巴 渓(ia1334
25歳・女・泰
黎阿(ia5303
18歳・女・巫
神楽坂 紫翠(ia5370
25歳・男・弓
滋藤 柾鷹(ia9130
27歳・男・サ
ベルンスト(ib0001
36歳・男・魔


■リプレイ本文

 話を聞く限りその男は確かに、狭量過ぎる器の持ち主、と言わざるを得なかった。

「拙者も父上はてっきり故人だと思っていたが‥‥加奈芽殿があえて話さずにいたを思うと、望まれた子ではなかったやもしれんな」

 問題の竹薮へと向かいながら、ポツリ、夏維には聞こえぬよう声を潜めて滋藤 柾鷹(ia9130)が呟く。それに一般人に過ぎない少年に鬼退治を突きつけるような父親だ、たとい約束を果たして共に暮らしても、夏維が幸せになれるとはとても思えない。
 柾鷹の言葉に、頷きながらもどこか気にかかる、と言った風で香椎 梓(ia0253)が軽く首を捻った。

「確かに‥‥ですが、加奈芽さんが惚れた男、というのが気になりますね。どういう点に惚れたのか‥‥興味があります」
「予想だけど‥‥普通の善人なんじゃないかしら‥‥? 弱い人としての無理のない‥‥」

 庚は和之の事を『くだらなくて、ちっぽけで、加奈芽の惚れた男だ』と評した。加奈芽に会った事はないが、その人となりは静瑠や夏維から僅かに聞いているし、何より2人を見れば、その母であり、恩人であり、師でもあったという彼女がどんな人物であったかは窺い知れる。
 その加奈芽が心惹かれたと言うのなら、それに足る何かが彼にあるのだろう。そう言う梓に、黎阿(ia5303)も異論はない。
 それにしても、と言った神楽坂 紫翠(ia5370)の表情は、どこか拍子抜けしていた。

「父親から‥‥倒した証拠を見せろ‥‥とか‥‥やっかいな課題を出されなくて‥‥良かったです、が」
「うむ、もう少しごねられるかと思ったが」

 それは確かに意外だったので、他の者達も一様に頷く。
 アヤカシは倒せば瘴気に還る。故に目の前で見てるのでもない限り、アヤカシを退治したかは本人の言や状況証拠しかなく、和之がそれで納得する人物だとは思えなかったのだ。
 だがしかし、和之は佐伯 柚李葉(ia0859)が「私達が協力して、鬼を倒して良いんですよね?」と確かめた言葉にあっさりと頷いた。え? と聞いた柚李葉の方がびっくりして目を見開き、巴 渓(ia1334)が証拠は要らないのかと挑戦的に告げると、むしろ不機嫌そうに夏維と静瑠に「庚は退治してないアヤカシを退治したと言えと教えたのか? 堕ちたものだな」と嫌味を言う。
 『金剛』には関わり合いにもなりたくない。そう言いながら全幅の信頼を置いているかの如き言葉はどこまでも正論で、意外と言えばそこが意外な一面だったか、と黎阿はやりとりを思い起こしながら考える。
 もっとも、ふわぁ、と大きな欠伸をした氷(ia1083)はむしろ、和之には同情的だった。
 血の繋がった父と子とは言え、今まで築いてきた生活があり、営んできた暮らしがある。そこにいきなり現れて、となれば『金剛』云々を差し引いても似たような反応を返すだろう。

「なんにせよ困ってる人が居るなら助けるのが『金剛』の主義なんだろ? アヤカシが歩き回ってるってんならほっとくのもなんだしね」

 なぁ静也君、と無愛想な青年に呼びかければ、名前を間違えられたことは流して静瑠も頷く。『金剛』なら、加奈芽なら「まずは助けましょ」とでも言って、アヤカシ退治に全力を注ぐだろう。
 不意に、夏維が伏せていた瞳を上げて開拓者達を見た。向けられた眼差しは落ち着いていて、どうやら少しは浮上してきているようだと梓は胸をなで下ろす。
 開拓者達を見回し、最後に静瑠を見て、夏維は躊躇いがちに言葉を紡いだ。

「‥‥鬼も、人を喰うんでしょうか」

 今までろくにアヤカシを見ることもなく、ただ母と静瑠に守られて暮らしてきた。何の力も持たない自分に出来ることは静瑠の側に居て、母の帰りを待つ事だけだったから、夏維が知っているアヤカシは、母を喰い殺したあのアヤカシだけ。
 にっこり、艶やかに黎阿が笑った。笑って、優しい手つきで不安に揺れる夏維の頬を軽くはたいた。

「それをこれから調べるのよ。期待されたなら応えないのはいい女のする事じゃないわ」
「一緒に頑張ろうね。きっと‥‥加奈芽さんは夏維君に、色んなものを見て欲しかったと思うから」

 柚李葉もぎゅっと少年の手を握る。志体を持たぬ我が子の事を心配していたという彼女はもしかすれば、こうして静瑠や自分達と一緒に戦いに赴く事になると、解っていたのだろうか。
 いずれにせよ、まず為すべきは鬼退治。当初の『和之にどう退治の証を立てるか』は解決したのだから、後の面倒な話はひとまずこれまで、とベルンスト(ib0001)は郊外に視線を向ける。
 青々と広がる竹林は、そのどこかに鬼が潜んでいるとは思えないほど、凛々しく平穏に見えた。





 鬼を見たと言う証言は幾つかあった。鎧をつけた、見上げるばかりに巨大な鬼で、竹林の奥で筍掘りをしていた住人が見かけて這々の体で逃げ出して以降、まだ討伐はもちろん調査の目処も立っていない。恐れて竹林に踏み入る者は居ないが、入り口辺りをうろうろする鬼を見た、という者なら何人か。
 これは複数の鬼が居るという事なのか、あるいは1体が竹林をうろうろしているのか。

「目撃された場所が違うだけで、鬼自体の特徴はあまり変わらない、か。どう判断するかね」
「心眼の使いどころにも寄りますが、まずは足跡などを頼りに、でしょうか」
「ま、見つけにくいって事はないはずだしな」

 悩ましげに腕を組む梓に、氷はひょいと肩を竦めた。見上げるばかりの大鬼を見落とすのは幾ら竹林の中とは言え少し、難しいだろう。
 ゆえにまずは虱潰しで歩けば良いだろうか。そう考えた開拓者達は、夏維を中心に守るように辺りを警戒しながら、ひとかたまりになって竹林へと足を踏み入れた。

「こうしておけば、不意をうたれて、という事もないだろうさ」
「そうですね‥‥あ、夏維君、足跡に注意して貰えるかな?」
「破壊跡にも事欠くまいな」

 柚李葉のあまよみに寄れば、この辺りは数日は雨が降らないようだ。つまり今ならば、竹林の中に残されているであろう鬼の痕跡が見つけやすい。巨大な鬼だというなら恐らく足跡も大きいだろうし、巨体で周囲を傷付けもするだろう。
 そう説明したベルンストと柚李葉に、夏維はこっくり頷いた。頷き、じっと地面に視線を凝らし始めた少年の傍に黎阿も立ち、共に足跡を探して歩き始めて。

「夏維はどうしたいと思ってるのかしら?」
「僕、は‥‥」
「将来、何かなりたいものはあるのかな?」

 さらりと尋ねた黎阿の言葉に、ふと迷う表情になった少年に柚李葉が言葉を変えて尋ねると、今度は困った表情が返ってくる。
 幼い頃、母のような陰陽師になりたかった。『金剛』の陰陽師達から聞く母の姿は幼心に憧れで、そう言ったら母も庚も笑っていたのを昨日の事のように覚えている。
 けれども夏維は長じても志体持ちの特徴を見せなかった。それだけでなく、他のどんな技術もこの手にはない。今日はこんな事を教えてもらった、と言い合う子供達が羨ましく、幾度か自分もやりたいと母に訴えてみたけれど、夏維は良いのよと首を振るばかりで。
 だからなりたいものは解らないのだと、困った顔で告げる夏維に『好きな事は?』と尋ねれば、こちらははにかんだ笑顔で『本を読む事』と即答した。『金剛』には貸し本屋はなかったけれど、仕事の折に母が買ってきてくれる本がとても好きだった。
 そう、小さく語らいながら歩く人々を少しはなれた場所から黙然と見守っている静瑠に、柾鷹はさりげなく近付く。

「静瑠殿。少し尋ねたいことがあるのだが‥‥正直、貴殿は此度の件をどう思われる?」
「‥‥庚の掌の上で踊らされてる、と」

 柾鷹の言葉に、静瑠はいつも以上に無愛想に顔をしかめてそう、息を吐いた。ほぅ、と眉を上げた男に静瑠が告げた言葉は、だがどちらかと言えば諦めの色が強い。
 まったく性質が悪いと、盛大なため息を吐いた青年に、夏維の人生を背負う覚悟があるのかと重ねて問えば、無論と唇を引き結ぶ。そんなものは覚悟ですらない。

(もしや、自らの役割を全うすることで、悲しみを拭い去ろうと‥‥?)

 その言葉を聞いてた梓はふと、不安の眼差しを青年に向けた。それは彼の美点かもしれないが、あまりに思い詰め過ぎるのは問題だ。どちらかといえば夏維より静瑠の方が、今は心配かもしれない。
 ふと、ガサリ、大きく竹が揺れた。

「何か、いるのでしょうか‥‥アヤカシでしょうか?」

 辺りを見回していた紫翠が真っ先にその音に気付いて仲間に警戒を促す。はっと意識をそちらに戻し、梓が心眼で見据えれば確かに、竹やぶの向こうに何かが居る様子。
 それが件の鎧鬼である事を、すでに彼らは疑っていなかった。





 それは町の者や和之が言っていた通り、見上げるばかりに大きな、鎧を纏う鬼だった。見える限りは、そして梓の心眼でも1体。だが他に仲間が居るかも知れぬと、周りへの警戒も忘れない。

「鬼なんて居ない、ってオチもありかと思ってたがな」

 ニヤリと笑って渓が言う。それに馬鹿にされたとでも思ったか、鎧鬼は手に提げ持つ刀を振りかざし、奇声を上げて人間達目掛けて向かってきた。
 咄嗟に黎阿が、身を竦ませて立ち尽くす夏維の手をぐいと引っ張り、一緒に後ろに下がって間合いを取る。そうして一先ずの安全を確保し、ほぅ、吐息をついたところでまだ呆然としている夏維の頬を扇子で叩く。

「ちょっと夏維? こんないい女に助けてもらって御礼もないってのはないんじゃないかしら?」
「あ‥‥ごめんなさい」

 叩かれた頬の痛みと、向けられた言葉に含まれた笑みに、夏維は思わず素直にそう言った。良い子ね、と嫣然と微笑む黎阿。
 実際のところ、間近でアヤカシを見るのは彼女も流石に怖い。けれどもいい女たるものそれを表に出すわけにはいかないと、ぐっと力を込めて微笑んでいる。
 鎧鬼の軌道を逸らし、夏維から遠ざけるべく柾鷹が腹の底からの咆哮を放った。日頃静かな竹林に響き渡る叫びは、もちろん走る鎧鬼の耳にも届く。手に提げた刀の切っ先が、柾鷹へと方向を変えた。
 再び、走り出した鬼に柚李葉の加護結界を受けた梓が切り込む。狙うは鎧の継ぎ目などの、装甲の薄い箇所だ。マトモに切りかかった所で、鎧に阻まれてこちらの攻撃は通りはすまい。
 ベルンストがフローズを唱えた。狙うは腕や足など、鎧鬼の攻撃を阻害できそうな場所。果たしてこの竹林にどれ程の鬼が居るのかは不明だが、これだけじゃなかった場合を考えてもさっさと潰しておくに限る。
 だから、他の者が戦いやすいように。紫翠も後方から弓を引き絞り、狙いをつけては最大限に鎧鬼の隙を引き出せるよう、効果的な射を放っていく。

「夏維君、何か変わった事があったらすぐに教えてね」

 一旦後衛に下がった柚李葉が、夏維にも結界を施しながらそう言った。ちら、と黎阿を見れば『任せなさい』と笑みが返る。
 その間にも氷が何枚目かのカードを引き抜き、呪縛符を発動させて鎧鬼へと式を向かわせた。渓の気孔波による牽制もあるものの、鎧鬼は固い装甲の向こうの本体までなかなか刀を通させない。

「オォォ‥‥ッ」
「させぬ!」
「こちらも忘れないでくださいね」

 叫び、振り下ろされた刀を柾鷹が受け止めた。同時に梓が膝関節の辺りに強引に刃をねじ込む。ガキ、と鈍い音。ぐらり、と僅かに鎧鬼の体が揺らぐ。揺らぎ、だが踏みとどまる。
 その戦いの中を、柚李葉と黎阿は分担して傷付いた仲間を癒して回った。結界に守られた夏維は、だが思ったよりはうろうろ動き回らず、じっと鬼を見つめていて。
 鬼に何を見出そうとしているのか――思いながら、開拓者達は目の前の鎧鬼を倒すことに勤めた。何よりまず、アヤカシに困っている人々を助ける為に。





 その後、竹林中を回っても他の鬼は見つからず、ゆえに竹林の鬼は確かに討ち果たした。そう報告した開拓者達の言葉に、和之は複雑な顔になった。だが渋々という体で、それでも確かに「アヤカシを退治してくれて助かった」と頭を下げる。
 そうして、前に座った夏維に改めて、複雑な眼差しを向ける。額にうっすら浮いているのは脂汗だろうか――或いは。

「これで約定は果たしたが、英殿?」

 柾鷹の言葉に返ってくるのは、解っているッ、と噛み付くような言葉だった。言わなければならない言葉がある。だがどうしてもそれを言いたくない。心の葛藤を紐解けばそんなところだろうか。
 端座した膝の上で、夏維はぎゅっと両手を握り締める。
 これからどうしたいと、開拓者達に聞かれた。決めるのは夏維だと。父の元に残るにしても、『金剛』に戻るにしても、その他の手段を選ぶにしても助力は惜しまないと、言ってくれたのは柾鷹で。

『自分のやりたいと思う事‥‥見付けたら‥‥良いと思いますよ‥‥自分で選んだなら‥‥後悔は‥‥しないはずです』

 町まで帰ってくるまでの道すがら、紫翠に言われた言葉を思い出す。やりたいと思うこと。なりたいと思うもの。自分は果たして、どこに立ちたいと願っているのか。

『それを加奈芽さんは、自分で選んで欲しかったんだと思う』
『だがこのまま金剛に戻っても、お前は役立たずだ。直接、敵を倒すだけが戦いじゃないぜ。全国の情報収集、組織の活動資金を稼ぐ、色々あるのさ』
『そうだな‥‥「金剛」とやらの頭目も、その志を理解する為に、反例を知れというつもりなのかもしれん』

 励ますような柚李葉の言葉に、ベルンストや渓もそれぞれの思う所を率直に語った。それは優しさなのだろう、と思う。
 こんな時、静瑠は絶対何も言わない。母がそうだったように、ただ夏維が道を選ぶのを待っている。尋ねればきっと何か言葉をくれるけれど、それをしてはいけないのだと何となく思う。
 だから。

「父様。1つだけ聞かせて下さい‥‥母様は父様にとって、どんな方でしたか」
「加奈芽‥‥? あれは、潔い女だった。誰より『金剛』の陰陽師だった」

 夏維が尋ねた言葉に、一体何を言い出すのだと不審そうに眉を寄せながらもそう応えた和之に、そうですかと微笑む。それは夏維が知って居る母の姿と同じだった。潔きものを愛し、それを守る事を誇りにしていた、『金剛』の陰陽師。
 だから大丈夫だと、思う。庚が何を考えているのか、夏維にはきっと永遠に解らない。この選択をもしかしたら死ぬほど後悔する日が来るのかも知れない。
 けれどもきっと、助けてくれる人達が居るのなら、何より静瑠が傍に居てくれるのなら、大丈夫だ。きっと自分は頑張れる。

「僕は‥‥ここに、居ます」

 夏維の言葉に、和之は苦虫を噛み潰した顔で頷いた。約束は約束。果たされた約束を一方的に反故にすれば、自身の評価にも傷がつくやも知れぬ。
 そう、和之は頷いた。だが夏維を見下ろす眼差しには、それ以外の何かの感情が混ざっていたように見えたのは、果たして――春の陽気が見せた幻だったのだろうか。