|
■オープニング本文 タンッ! 高らかな音を立て、卓に酒盃が戻された。その細く白い指が、唇の端から零れ落ちた雫をゆるりと拭う。 そうして女は、チロ、と卓の向かいに座る男達を眺めやった。 「――さて、もう降参かい?」 「く‥‥ッ」 「ま、まだまだ‥‥ッ」 真っ赤な顔をして、口から酒臭い息を吐きながら言い募る男達に、ころころと鈴の様に女は笑った。 「やめておおき、もう足がふらついてるじゃないか」 「あ、あんた‥‥酔ってない、のか‥‥?」 「酔ってるさ、酔ってるともね。大樽一杯を呑み比べて、酔わない人間が居るもんか。何、アンタ達が情けないんじゃない、アタシが強過ぎるってだけの話だよ‥‥楽しかったよ、また会ったら呑もうじゃないか。ちょいと、お前さん、お勘定をしておくれ」 艶やかに笑いながらそう言った女に、声を掛けられて酒場の小僧はハッと我に返り、慌てて女に御代を告げる。それに頷き、女は懐から金子を取り出し小僧に投げ与える。 そうして夜の街に去っていく女の後姿は、とても、男3人を相手に呑み比べて酔い潰したとは思えないほど、しっかりとしたものだった。 ◆ 高祢(たかね)、と言うのが彼女の名前である。ほっそりとした姿態とくっきりした目鼻立ちと、よく梳られてさらりと流れる黒髪を見れば、たいていの人間は彼女が美人であると評するだろう。 だがしかし、高祢がこの頃の神楽の酒場でちょっとばかり名が知れているのは、その容姿が問題ではなく。 「さて‥‥神楽にもなかなか、アタシを呑み潰せるヤツは居ないねぇ」 ほぅ、と悩ましげに呟いた通り、彼女は並々ならぬ酒豪だ。大樽を一杯、1人で空けてもせいぜい「ちょっと酔っ払っちゃった」レベル。 特にそれに不満があるでもなくこれまでを過ごしてきた高祢だが、ある日ふと思った。一体この世に、自分よりも酒の強い人間は居るのだろうか、と。 いつでも、誰と呑んでも、相手は気持ち良く酔っ払っているのに、高祢はそれをまだ冷静さの残る意識で眺めているだけ。それはいつもの事だったが、いささか物足りなく、また寂しく思えるのも事実。 だから故郷の村を出て、神楽の都ならば高祢を打ち負かす酒豪に出会えるだろうと期待して、単身酒場に乗り込んで。 なのに未だ、高祢を酔い潰せるほどの酒豪に会った事は、ない。 この頃ではあちこちでも高祢の顔を知るものが出てきて、呑み比べを挑まれるのはまだ良いが、知った顔で『姐御』などとおもねる様に傍に寄ってくるものも出始めた。正直、それは面倒臭い。高祢は別に、呑み比べて打ち負かした相手を子分として侍らせたいわけではない。 だから、高祢は開拓者ギルドへ向かう。 「開拓者なら、アタシを呑み潰せる酒豪も居るだろうさ」 そう嘯いた口元は、期待ににんまり微笑んでいた。 |
■参加者一覧
六条 雪巳(ia0179)
20歳・男・巫
織木 琉矢(ia0335)
19歳・男・巫
ザンニ・A・クラン(ia0541)
26歳・男・志
国広 光拿(ia0738)
18歳・男・志
阿羅々木・弥一郎(ia1014)
32歳・男・泰
篝火(ia1041)
14歳・女・サ
イゾルデ(ia1392)
16歳・女・泰
空(ia1704)
33歳・男・砂 |
■リプレイ本文 「なかなか剛毅な女性のようだな」 そろそろ日が傾こうかという昼下がり、最後の御茶屋の暖簾を潜ったザンニ・A・クラン(ia0541)はそう呟いた。今日、これから向かう酒屋で待つ一風変わった依頼人、高祢。開拓者に依頼を出すのは初めてだそうだが、呑み比べ自体は何度も行ってきたと聞き、事前に他の酒屋や、御茶屋兼酒屋(昼間は御茶屋、夜には酒屋)を回って件の女性を知らないか、知っているならどんな女性なのかを調べていたのだが。 案外、どこの暖簾を潜っても店員は彼女の事を覚えていた。一見スラッとしたどことなく妖艶さも窺わせる美女。だが一度酒盃を握らせれば彼女の右に出る者はなく、もう幾度もの呑み比べで神楽の猛者を沈めるツワモノ。 いまだかつて、一度として相手に財布を出させた事がなく、或いはどこかの有力者一族ではないかという噂もあったが、真偽は不明。まぁ、高祢と呑み比べ相手が呑んで行ったお代を聞けば、その推測が出るのも頷ける。 (いやはや、会うのが楽しみだな) 実際の高祢がどれほどの美女なのか。どれほどに強いのか。 ザンニは色々の想像を巡らせながら、呑み比べを行う酒屋へと続く小路をゆっくりと下っていった。 ◆ その酒屋の奥、良く風の通る窓際にその女性は居た。一見して酒屋の喧騒には似つかわしくない楚々とした容貌。良く梳った黒髪と揃いの濡れた様な黒い瞳、こちらに気付いて軽く腰を上げ、手を振った際の程々に豊満な身体を見れば、妖艶さが匂い立つ。 すでに他の仲間は到着していたようだ。高祢の斜向かいに居た六条 雪巳(ia0179)が同じく国広 光拿(ia0738)に気付き、微笑んだ。 「遅れたか」 「いいえ、皆早く来過ぎたんです」 ね、と振り返った仲間がその言葉に苦笑する。ただ酒やら、酒豪の美女やらが気になって、知らず早め早めに到着してしまったようだ。 そうか、と光拿は頷き、すでに簡単に自己紹介は終わっていたらしい仲間に改めて名乗る。そうして、1つ残っていた卓の中ほどの席を指差し、高祢に声をかける。 「こちらの方がゆっくり呑めるのではないか?」 「そうかい?」 そうかもねぇ、と高祢は頷き、窓際の席から薦められた席へと移った。まんまと彼女を窓際、つまり外からでも目立つ場所から引き離す事に成功し、代わりにそこに腰掛けた光拿の前にも肴を取る皿と箸が置かれ。 「開拓者さん達。今日は期待しているよ」 「失望させるような呑みっぷりじゃねぇと思うぜ?」 嫣然と微笑んだ高祢に、ニヤリと笑った阿羅々木・弥一郎(ia1014)が用意された酒盃をひょいと掲げる。彼は個人で高祢との呑み比べに挑む。 すでに卓上には数多の肴が並び、酒も各種揃っている。依頼時、何か珍しい酒や肴があれば、と希望を出していた彼女だったが、当人がコロッと忘れてすでに色々酒は買い込んでしまったようだ。 おや、と目を丸くした開拓者に、それを思い出した高祢はぱちんと両手を合わせ、拝むように『すまないねぇ』と謝る。 「肴は他にも好きに注文しておくれよ。なぁに、最初に言ったとおり、お代はアタシが払うからさ」 「ホントか? いやぁ、太っ腹だねぇ」 当初より肴代は高祢に出して貰おうと企んでいた空(ia1704)が、ありがたいねぇ、とお品書きを眺め出した。遠慮ないタイプのようだ。 逆に、そこまで彼女に払わせて大丈夫だろうか、と顔を見合わせる開拓者達には、遠慮しないでおくれよ、と笑う。 「アタシはねぇ、本当にアンタ達と呑むのを楽しみにしてたのさ」 流石にそろそろ居辛くなってきたしねぇ、と苦笑する女に、その辺りも若干ギルド員から聞き及んでいた開拓者は同じく苦笑いを零す。だが今は酒席。イゾルデ(ia1392)が、高祢が酒屋の小僧に合図して持ってこさせた酒樽におっとりと笑う。 「高祢さん、大胆だねぇ。まぁ楽しければ良いけど?」 「と言って、樽から直接呑む訳ではないだろう。酌くらいはしよう」 織木 琉矢(ia0335)が小僧の置いていった柄杓を持ち、各人の前の酒盃に注いだ。そんな彼と雪巳はあまり酒に強くない事は自覚しており、別に小僧に持って来て貰ったお茶を前にして卓につく。 そして、酒豪美女対開拓者の呑み比べは始まった。 ◆ ザルを通り越してワクの域に達している酒豪を相手に、呑み比べる開拓者は2組に大別される。あくまで個人で挑む弥一郎やイゾルデ、ザンニと、チームによる連係プレーで挑む篝火(ia1041)、光拿、空である。 さて次はどの肴を食べようか、と目を輝かせて卓上を見つめる篝火が交代呑みの一番手。始まるまでにもすでに色々と食しており、新たに運ばれてきた牛蒡の山椒和えや魚の開き、持込の胡瓜にも大いに心惹かれた様子だったのだが、 「先鋒は任せてくれ! 一気に勝ち抜くつもりで飛ばすぜー!」 挑む気合も十分、酒盃をぐっと握り締め、並々注がれた樽酒をクイッと一気に流し込み。 「ゴホ‥‥ッ!?」 「篝火殿?」 「だだだ、大丈夫‥‥ッ!」 思わずむせた少年に、ひょいと視線を向けたザンニに慌てて手を振った。実を言うと酒を呑むのは今日が初めて。もう子供じゃないんだし薬と思って一気に飲み込めば! と思っていたが、カッと喉を焼く刺激は予想外だった様子。 「無理するなよ」 「大丈夫か?」 「も、もちろん! どんどん行くよ!」 何となく察して声をかけるものの、当の篝火がそう言うのであれば、と琉矢は空になった酒盃に次を注ぐ。よし行くよ、と満たされた酒盃を睨む目は据わっている。 グイッと酒盃に口をつけ、一気に流し込む。また、カッと喉を焼く刺激。今度はむせずに持ちこたえたものの、クラリと視界が揺らぎ。 「う‥‥うわーんッ、雪巳ーッ!」 「はいはい、篝火さん、お水飲めますか?」 「ふむ。じゃぁ次は俺だねぇ?」 早くも顔を真っ赤にして戦線離脱した少年に、ニヤリと笑いながら二番手の空が酒盃を取った。中に注がれているのは、他の者が飲む樽酒ではなく別注文の上等酒。本気で高祢にたかるつもりだ。 この騒ぎの間にも着々と杯を重ねる高祢の、まったく顔色も変わらず、視線もぶれない涼しい顔にひょいと酒盃を掲げ、 「まぁ、ヨロシク頼んますわ。酒屋の三男坊の実力を見せてやるぜー」 「呑め呑めー」 早くもほんのり頬が色づいたイゾルデがきゃらきゃら笑った。空いた酒盃に酒を注ぎながら、チラ、と樽の中を見て口の端を引きつらせる琉矢。 (皆が呑んでいるのが岩清水に思えてくる‥‥) 早くも中身が3分の2まで減っていれば、その感想も頷ける。 同じような感想を抱いたらしい弥一郎が、クイ、と杯を空けながら苦笑した。 「つか高祢、その身体のどこに入ってんだ」 「ハハッ。腹の中さ、決まってるだろ」 「を〜? ィック、ンだテメェら、高祢姐さんに、ヒィック、ケチつけようってのかぁ〜?」 「ね〜さん、俺らにも声をかけてくださいよぅ〜ック」 水臭いじゃね〜ですか〜、と酒気を撒き散らしながら突然卓に割り込んできた男2人に、高祢がはっきり嫌そうに眉を寄せた。だが明らかに酔っ払っている2人組は、気付いた様子もなく馴れ馴れしく高祢の横に割り込もうとする。 「一般の方はご遠慮頂けますか?」 「あぁん? ック、俺たちゃぁ姐さんの一の子分だぜぃ?」 「こんなガキやら優男やら相手に呑むこたぁりませんやぁ〜。ヒック、ね、ね〜さん、あっちで俺らと楽し〜く呑みましょ〜や〜」 「‥‥ッ、だから酔っ払いって嫌いだよ!」 子供扱いされた篝火が、酒のせいでなく顔を真っ赤にして怒った。見た目はともかく、気持ちは立派に大人のつもりの少年のプライドを、今の言葉はいたく傷つけたらしい。 すまないねぇ、苦々しく女が詫びる。だがそれにすら気付かず男達は、ねぇ姐さん、と強引に酒盃を持つ手を取って高祢を連れて行こうとする。 一瞬、抵抗する素振りを見せ。だが開拓者をチラリと見、迷惑をかける訳にはと諦めたように酒盃を置いて立とうとした、女の名を弥一郎が呼んだ。 「見苦しいねぇ酔っ払い。姐さん、あんた、呑み潰れたらそいつらの仲間入りだぜ?」 それでも酔い潰れてみたいのかと、暗に尋ねられて苦笑する。酒に浸った脳でも侮蔑された事は理解出来た2人組が、なんだとォ? と回らぬ呂律で弥一郎を睨みつけた。 その間に割って入る、雪巳と琉矢。 「遠巻きにご覧になるのは構いませんから、今日は勘弁して下さいませね」 「このような場は皆で楽しむのが良い‥‥あんたもそう思うなら、共に語らいを楽しもう」 穏やかな口調で諭され、ようやく自分達がかなり場の空気を乱していた事に気付いた2人組は、恥ずかしそうにそそくさとその場を去った。ホッ、と安堵の表情になる高祢。 あー、やれやれ、と我関せずマイペースな男の声がした。 「やー大変だったなー。俺もちーッとばかし呑み過ぎちまって、あーあ、もう呑めねぇや。参った参った、次交代な」 農家の三男は酒に弱くってねぇ、と先と違う事を嘯きながら、さっさと酒盃をうつ伏せる空。この男、この騒ぎの中でも呑み続けていたらしく、前に置かれた酒壷はすでに一滴も残っていない。 高祢は一瞬あっけに取られ、それから「そうかい」と微笑んだ。 「変なのが出て悪かったね。ちょいと小僧、このお人に同じ酒をもう一壷持ってきておくれ」 「まじかー? 俺は良い酒なら結構イケル口だぜー?」 あまりに早すぎる変わり身に、今度は開拓者だけでなく、聞いていた客達も一斉に苦笑した。 ◆ 酒樽も2つ目に突入し、呑み比べも後半戦である。ちなみに篝火は、怒ったせいでまた酔いが回ったらしく、今度こそ長椅子を借りて沈没中。空は新たに持って来られた酒壷も空けると、飄々と三番手の光拿にタッチした。 交代呑みの者は良いが、個人戦の3人はそろそろ程よく酔いも回ってきた様子。だんだん口数が少なくなって黙々と杯を重ねる者も多いが、 「みたらしばっか食べてないで、あんた達も呑みなさいよう〜」 「‥‥え? あの‥‥勧められると弱いのですけれど‥‥」 「ほ‥‥ほら雪巳、笛を吹くのだろう?」 「え、ええ」 「酒に料理に笛の音に美人‥‥いやいやなんとも、桃源郷とはこのことか」 黙っていたかと思えば不意にそう言い始めたりするイゾルデから庇った琉矢の言葉は嘘ではなく、すっと懐から取り出した笛に口を当てて楽を奏で出した雪巳に、ザンニが杯を重ねる手を止めて聞き惚れた。店内もすぅっとざわめきが引き、耳を傾ける者多数だ。 同じく笛の音を鑑賞しながら、光拿は顔色のいまだ変わらない高祢に話を振る。 「高祢の故郷はどんな所なんだ? 先日、紫陽花が見事だったんでな‥‥」 「そうさねぇ、アタシの里じゃあ今頃、咲き遅れの菖蒲が見頃さ。もう少ししたら蛍もね」 「ああ、そりゃ風流だねぇ」 「他にも色々呑み比べて来たのだろう? ヴォドカは飲んだか?」 「アレも美味いぜー。高祢、美味い酒を飲むなら色々混ぜて呑むのがお勧めだ。良いとこ取りってなー」 「そうなのか? 空は酒の嗜みが深いのだな」 肴の皿を順次開けていく空の妄言に、笛を聞きつつ真剣に頷く男が1人。聞いていた開拓者は苦笑し、高祢は「試してみたんだけどねぇ」とぼやいた。この女、酔い易いと聞いた事なら何でもやっている。 それ程までにして酔いたいものか。酔いたいのだろう、こんな依頼を出す位だ。だが。 「せっかくだし楽しまないと〜。って訳でもっと呑め呑めぇ。一杯と言わず、二、三杯どうぞ〜?」 「‥‥と、俺はこの辺りでお暇しとくぜ。流石に敵わねーなぁ。高祢、またそのうち一緒に飲もうや」 「ああ、今日はありがとうよ」 「ええ〜、じゃあ雪巳! 笛終わったんなら呑め〜」 「い、いえですから‥‥その、少しだけ、ですよ?」 そろそろ潰れそうだ、と見極めて戦線離脱を宣言した弥一郎に、やっぱり雪巳に絡みに行くイゾルデ。押せば落ちそうな辺りが酔っ払いの心を惹きつけるのか。 小さな酒盃をちょこんと持ち、琉矢に注いで貰った樽酒にそっと口をつける。途端、ポッ、とほんのり顔が赤くなった。かなり弱い。 そして、 「うふふ‥‥お酒を飲むと、何となく人恋しくなる‥‥のですよねぇ‥‥」 「は? ゆ、雪巳殿‥‥?」 「うーん、抱きつき魔だったか‥‥これはこれで美味しいよね〜。ささ、ザンニもグイッと!」 「ぬぅ‥‥しかし今夜は良い酒のため、高祢殿のため‥‥」 早くも理性を吹っ飛ばした雪巳に抱き付かれたザンニの方も、実を言うとすでに理性は怪しくなっている。おまけにこの調子でやたら呑みを勧められるものだから、己のペースを守って、と言い聞かせつつもつい杯が進み。 プツ、と何かが切れた音がしたような気がしたのは、空耳だったのか。 「飲まないか〜ッ」 判っているのはただ、気付けば据わった目で杯を口に運んでいたザンニが、暑くなってきたと服を脱ぎ始めたかと思えば、そう仲間に酒盃を突きつけ始めた、という事だ。どうやらこれが彼の酔い方らしい。 同時に、それまで周りに酒を呑ませながら騒いでいたイゾルデが、バッターン! と長椅子から転がり落ちて昏睡し始めた。呼吸は安らかなので大丈夫だろうが。 雪巳はザンニに抱きついたまま、とっくに夢の中である。残された光拿と高祢、琉矢は顔を見合わせ。 「楽しそうだねぇ」 「起こしても起きそうにないな。高祢はまだいけるのか?」 「いつもより良い気分さ。あんた達は呑んでて楽しいねぇ」 「こんなに飲んでもまだ、なのか‥‥何だか俺にも呑めそうな気がしてくるな」 まだ余裕を残した2人の会話に、目を白黒させた琉矢が恐る恐る酒盃に口をつけ、やはり無理そうだ、と顔をしかめた。酒屋の店内を見渡せば、同じ様に酔い潰れている者が居たり、さぁこれからだと新たに卓に就く者が居たり。 狂乱の夜は、どうやらまだ続くようである。 ◆ 翌朝。 「ほれほれ、皆大丈夫かねー」 「空‥‥二日酔いになってないの‥‥」 「ん? 漁師の1人息子は酔いには強いんだぜ?」 「皆、良く寝ていたな」 「い、岩清水‥‥」 「高祢さん‥‥あんな不味いもの良く呑めるなぁ‥‥」 「あああ頭が割れるぅ‥‥」 流石に限界を超えた開拓者達の苦悶の呻きが、酒屋の一角から響いていた。その高祢はすっきりした顔なのが、改めてワクの恐ろしさを見せ付ける。 が、これだけは言わねばならぬ、とザンニが気力を振り絞った。 「お節介な話だが‥‥体の方も大事にな。酒毒という言葉もある」 俺は美人薄命という言葉が大嫌いなんだ、と真剣に告げた男に、高祢は少し意外そうに目を見開いてから、ありがとうよ、と微笑んだ。――酔い潰れはしなかったが、彼女の心が満たされた事は、間違いないようである。 |