【想伝】手紙と共に。
マスター名:蓮華・水無月
シナリオ形態: ショート
相棒
難易度: やや易
参加人数: 6人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2010/02/27 11:03



■オープニング本文

 由良(ゆら)の毎年の楽しみは、バレンタインのこの時期に合わせてたくさんのお友達にお手製のジャムを配る事だ。ありがとうの気持ちと、これからもよろしくねの気持ちを込めて。
 今年も由良は毎年と同じく、蜜柑の房を一つ一つ丁寧に剥いて、お砂糖と蜂蜜でことこと煮詰めてジャムにして、竹の器に入れて皮でしっかり封をした。寒いこの季節なら、これでしばらくは保つ。
 配るお友達の顔を思い浮かべながら、楽しそうに飽きもせずその作業を繰り返していた由良は、だがふと手を止めて呟いた。

「あら、そう言えば‥‥あのお友達は、お引越ししたんだったわねぇ」

 そう思って良く良く考え直してみると、他にも遠方にお引越ししたお友達が2人ほど。あら困ったわ、と頬に手を当てて考えてみるが、ちょっと自分で渡しに行けるような距離ではない。
 と言って毎年お渡ししているのにと、名残惜しそうに3つ並んだ竹の器を眺めていた由良は、そうだわ、と嬉しそうに手を叩いた。

「お手紙を添えて、届けてもらえるようお願いしましょう」

 そうして由良はいそいそと、ギルドに依頼を出すべく家を出た。届けてもらったらお礼に蜜柑湯も差し上げましょうねぇと、楽しそうに思いを巡らせながら。


■参加者一覧
櫻庭 貴臣(ia0077
18歳・男・巫
神凪 蒼司(ia0122
19歳・男・志
橘 琉璃(ia0472
25歳・男・巫
深山 千草(ia0889
28歳・女・志
からす(ia6525
13歳・女・弓
千古(ia9622
18歳・女・巫


■リプレイ本文

 小さな村の前で、由良は開拓者達を出迎えた。彼女の側には紐でしっかりと口を結んだ布袋が3つ、ちょこんと置いてある。
 大切なお友達への、大切なお届けもの。蜜柑ジャムと、お友達への色んな言葉を綴った手紙を一緒に入れて、色違いの紐で結わえておいた。

「楽しみにしているでしょうから、大事に届けないと駄目ですね」

 橘 琉璃(ia0472)がそう言って微笑んだのに、琉璃の背中で猫又の紅雪がこくこく頷いた。紅雪は初めて会う相手に、素早く琉璃の背中に隠れてしまったきりだ。
 そうですね、と頷いたのは千古(ia9622)。

「毎年届く贈り物を、お友だちもきっと心待ちにしていらっしゃるでしょうね‥‥雲居にも龍のお友だちができるよい機会ね」

 一緒に来た龍の雲居を優しく見上げ、それから他の仲間達が連れてきた龍を見やる。おとなしく主に寄り添ったり、あるいは興味深そうに瞳をきょろきょろ動かしたりしている、あの中の誰かとでも、雲居が仲良しになれれば良いのだけれど。
 そう思って視線を向けた先ではちょうど、神凪 蒼司(ia0122)に「宜しく頼む」と頬の辺りを撫でられた龍の紫月が、それに応えるように瞳を細めた所だった。隣にぴたっと張り付いてその様子を見ている櫻庭 貴臣(ia0077)を、さらに相棒の砂名がじっと見ている。
 蒼司が視線を巡らせ、由良を見た。

「友人に向けて、感謝の贈り物‥‥だったな。特に急ぐ、という事はないだろうか?」
「ええ」

 こっくり頷く由良に、なら良かった、と仲間を振り返る。出来れば速度よりも、由良の友人達の所で過ごす時間を取れれば、と考えていたのだ。
 そうね、と同意した深山 千草(ia0889)は龍の寿々音を振り返る。せっかくの、離れたお友達との絆を結ぶお届け物だ。そこに込められた温かい思いも、共に届けられたら嬉しい。
 からす(ia6525)が人妖を見下ろした。

「琴音、今日のお仕事は郵便屋さんだ。荷物も落とさぬよう、しっかりとね」
「しっかりとだな」

 からすの言葉に、そっくりの口調でこっくり頷く小さな少年の姿の人妖に、よろしくね、と由良がそっと頭を撫でた。次は紫月と砂名の爪の先をちょんと撫で、次に雲居を、寿々音を、紅雪を。
 そうして開拓者達を振り返り、由良は微笑んだ。

「よろしくお願いしますね」
「お友達のところに贈り物、って毎年やってること、なんだよね。僕も、由良さんの気持ちに副えるように、ちゃんと届けたいと思ってるよ。さなちゃんも‥‥一緒に頑張ろう、ね」

 砂名の頭をそっと撫でながら、ね、蒼ちゃん、と同意を求めてきた貴臣に、やっぱりその呼び名なのかと思いながらも、蒼司は大きく頷く。
 ただ品物を届けるのではない。彼らが預かったのは小さな布袋に込められた、由良から友達への『ありがとう』と『これからもよろしく』の気持ち。
 そんな大切な品を預かったのだから、責任を持って届けたいものだ。そんな蒼司の考えは、貴臣はもちろん、託された開拓者達全員の気持ちなのだった。





 透子と友香の所へ向かうのは、龍に乗っていく4人の開拓者だ。歩いて2日の距離でも、龍で空を駆ければかなり速く行く事が出来る。
 とは言え、その為に肝心のお届け物がうっかり龍の背から落ちてしまったりしては話にならない。千草は預かった袋の口の上からもう一重、紐をしっかり括りつけて寿々音の背に結わえ付けた。
 そうしてゆったりと空に舞い上がり、4頭の龍はまず友香の家へと首を巡らせる。幸い良いお天気だが、空を行くにはまだ少々寒い。
 のだがしかし、砂名の背に乗る貴臣の顔色がほんの少し良くないのは、寒さのせいではなかった。

(‥‥さなちゃんに乗るのは初めてなんだよね‥‥ちょっと、緊張)

 心を通わせてきた相棒ではあるが、実際に依頼に同行するのはこれが初めてだ、という現実が必要以上に貴臣を緊張させる。自然と従兄に頼るような眼差しを向けた彼に、気づいた蒼司が紫月に声をかけて龍を寄せた。

「蒼ちゃん‥‥」
「落ち着け。いつもと変わらないから‥‥なぁ、砂名」

 青い顔の貴臣の代わりに声をかけると、砂名は「当然です」とばかりに小さな鳴き声をあげる。仲良しさんなのですね、と千古が温かく見守った。
 それから空に目を凝らし、方角を確かめてから地上に目を向ける。高い空は温度も下がるので、何度か地上の開けた場所に降りて休みながらやって来た。それでも、そろそろ目的の村が見えても良い頃合いだ。
 やがて。

「あ、あれがそうかしらね」
「そのようだな」

 地上に見えてきた村を、千草が指さしながら仲間を振り返った。距離的に恐らく間違いない。
 近づくうち、龍影に気づいた村人達がのんびりと見上げた。神楽ではそうでもないが、この辺りでは龍は珍しい部類に入るらしい。中にはぴょんぴょん跳ねながら手を振っている子供も居る。
 開拓者達が少し離れた草地に着陸すると、子供達が目をキラキラさせながら追いかけて来た。友香らしき少女もいる。よく見れば先ほど飛び跳ねて手を振っていたうちの1人だ。
 千古は雲居に「待っていてね」と声をかけて、少女へと近づいた。特徴は出発前に確認してある。日に透けると金色に輝いて見える髪をした、見ているとこっちまで元気になって来そうな少女だと。

「友香さまですか?」
「うん‥‥あたしに用事だったの?」

 驚き顔で開拓者達を見回した友香に、千草は寿々音の背中から預かった蜜柑ジャムとお手紙の入った袋を取った。友香宛の袋は、口を赤い紐で括ったものだ。
 友香は受け取って紐を解き、中を覗き込んだ。あ! と嬉しそうな声を上げる。

「由良の蜜柑ジャム!」
「もし由良さんへのお届け物があれば、預かって帰るわね」

 微笑んでそう言った千草に、友香は「ちょっと待ってて!」と叫んでどこかに駆けていくと、やがて息を切らせて戻ってきた。手にはカキモチがたっぷり詰まった袋をしっかり握りしめている。
 由良は友香の母親が作ったカキモチが好きで、いつもお裾分けしていたのだという。これをお願い、と言う友香からカキモチの袋を受け取って、千古は落とさないようにしっかり雲居に括りつけた。
 頑張るね、とまだ少し青い顔で頷いた貴臣がふと、砂名がちょっぴりそわそわしている事に気づく。どうしたの、と声をかけながら視線を巡らせると、村のちびっ子達が龍に触ろうと手を伸ばしているのが見えた。
 気づけば紫月や雲居も少し困りがお。友香がそんな子供達に、ちょっとあんた達! と雷を落とした。

「イタズラなんかして、龍に何かあったらどうするのよ!」

 だが友香が落とした雷にも、ちびっ子達はまったくめげない。どころか逆に勢いづいて「こんな近くで見たの初めてだもん!」「ちょっとぐらい良いじゃん!」と騒ぎ始める。
 あの、と千草は割って入った。 

「触ってもらって構わないのよ。ね、寿々音」

 千草の申し出に、途端、ぱっと顔を輝かせて、龍に手を伸ばし始めるちびっ子達。友香も触ってはみたかったようで一緒に手を伸ばしている。
 この様子では次に行くまでにずいぶん時間がかかりそうだ。けれどもせっかくだから依頼人の由良だけでなく、友香達にも喜んで貰いたかった。





 朝美の元に向かったのは、琉璃とからすの2人である。理由はとっても簡単で、珍しいものが好きならばきっと、猫又の紅雪や人妖の琴音も喜ばれるだろうからだ。
 ゆえに龍で空を駆けていった仲間達とは違い、こちらはのんびり徒歩の旅。休憩の時にでも食べましょう、と琉璃が用意したお茶とお弁当を、一番楽しみにしていたのは紅雪だ。

「良いにおいする。良い天気だし‥‥ピクニックみたい」

 お鼻とお髭をピクピク動かし、琉璃の肩の上からお弁当の辺りにジッと視線を注ぐ紅雪に、琉璃も苦笑を禁じ得ない。ちょっぴり恥ずかしがり屋さんだけれど、こういう所はとっても素直だ。
 だから落ち着かない様子の紅雪をちらりと見て、琉璃もにっこり微笑んだ。

「そうですね? お仕事終わったら、ご褒美あるみたいですから、がんばりましょうね? 紅雪」
「うん」

 こっくり頷く仕草はとっても嬉しそうだ。ご褒美、と聞いてますます楽しみになったらしい。
 その横をからすと琴音はのんびり足を運ぶ。からすは出発前に琴音に本を買い与えておいて、退屈したら読むようにと言ってあるけれど、今のところ琴音がそれを開く様子はない。
 そんな感じのまったり具合だが、とはいえ猫又も人妖も目を引く。変なやからに目を付けられぬよう、2人は休憩の間も辺りに注意を払った。今も休憩に入ったお茶屋さんで、ちらりと視線を走らせる。
 そうして怪しい人影がない事を確認してから、からすは琴音に声をかけた。

「調子はどうかな?」
「大丈夫だ」

 こっくり頷きながら、ようやく開いた本をめくる琴音。たまにちらりと猫又の方も見ているのだが、当の紅雪は琉璃の飲んでいるお茶が気になっているようだ。
 これは熱いですからね? と苦笑しながら琉璃がお茶をズズッと飲み干した。今は膝の上にいる紅雪の背中を撫で、さて、とからす達を振り返る。

「行きましょうか? 日が暮れても困りますしね?」
「ああ、野宿はできるだけ避けたい‥‥琴音、そろそろ出発するよ」
「お弁当はないのか?」

 琴音が真面目な顔で聞いたのは、この前の休憩で食べた琉璃のお弁当が気に入ったからだろうか。
 またいずれ機会があれば、と琉璃が琴音に微笑んだ。肩の上から紅雪も、良かったね琴音ちゃん、とおひげをピクピクさせる。紅雪は、大好きな琉璃と一緒のお出かけが嬉しくて仕方ないのだった。





 結局その日は村に泊まる事になり、透子の住む村へと向かったのは翌朝の事だった。名残惜しそうな村のちびっ子達に見送られ、再び空を行く人となる。
 日頃の訓練の感覚がようやく蘇ってきたのか、貴臣も今日は砂名に乗って辺りを見回す余裕も出来てきた。どうやらこの調子なら大丈夫そうだと、心配していた蒼司もほっとした様子で紫月の首筋を撫でる。
 本日も幸いにして天候は良く、龍と開拓者達はその日の昼過ぎには村へと到着した。この村に暮らしている透子は、静かな冬空のような灰色の髪をした、寂しがりやの少女だという。
 だが透子は同時に人見知りの気もあるのか、この村に越してきてからも仲良しだったお友達の事を思い出してばかりで、村の子供達との交友はないらしい。そもそも彼女と同年代の子供が男の子ばかり、と言うのも原因の一つだろう。
 だから、

「透子さま‥‥由良さまからのお届けものです」
「ほんと‥‥?」

 千古がそっと差し出した布袋を、透子はそっと顔をほころばせて受け取り、中を覗き込んで幸せそうに目を細めた。透子のために由良が括った紐の色は黄色。
 とても大切な宝物のように布袋を抱きしめて、それから丁寧に手紙と竹の器を取り出す。そこでようやく、開拓者達を立たせたままだという事に気づいた透子は、もしよろしければ、と彼らを家の中へと招きいれた。

「由良さまへ何かお届けするものがおありでしたら、戻りますのでお預かりしますよ」
「ありがとうございます‥‥あの、由良ちゃんにあげたかったお香があるの‥‥ちょっと待ってて下さいます‥‥?」
「ああ、焦る必要はない」
「急ぎ戻らないといけないわけではではないから」
「由良さんからのお手紙‥‥楽しみだね」

 おず、と言った透子に開拓者達は異口同音に頷く。それに又ほんのり嬉しそうに顔を綻ばせ、開拓者達の前に暖かいお茶をことんと並べると、慌てた様子でパタパタ動き始める。

「ゆっくりとで良いのよ?」
「でも‥‥」
「本当に、急いでいるわけではありませんから」

 千草の言葉に申し訳なさそうな顔になった透子に、千古が重ねて頷く。元々彼らは最初から、寂しがりやだという透子のところでは由良の分まで、少しゆっくり過ごそうと思っていたのだ。
 でも、ともう一度窓の外を見やったのは、もう少ししたら夕暮れが訪れるからだ。龍の事は良く知らないが、下手な時間に村を発っては危険な山の中などで夜を過ごす事になってしまうかもしれない。
 彼女はしばらく困ったように一生懸命考えていた。考えて、それからおずおずと開拓者達を見回した。

「あの‥‥それでは泊まっていかれません、か‥‥? 由良ちゃんのお話、聞きたいです‥‥」
「そうだな‥‥紫月達はあのまま、村の外に居させて構わないだろうか?」

 蒼司が確認すると、透子はこっくり頷く。それからちょっと首を傾げて、多分? と頼りなさそうな口調で付け加えたのに、家の奥から母親が「大丈夫よ」と請け負った。
 そこで、透子の言葉に甘えて今夜は透子の家に全員で泊まる事にする。由良の話を聞きたい、と言った透子の為にも、由良について話せる事は少なくとも思いつく限りの事と、それからもし聞きたがれば他の話なんかもしてやれれば良い。

「さなちゃん、今日もみんなとお留守番、よろしくね」
「雲居、後で果物を持ってきて上げますから、良い子にしててくださいね」

 一旦各々の龍の元まで戻ってそう言い聞かせ、戻ると透子と透子の母親がお客様を迎える準備をしている所だった。戻ってきた開拓者達を見ると、透子が嬉しそうにはにかむ。
 千草がそんな透子に、穏やかに微笑んだ。

「今のお住まいの地の、景色や人々‥‥何でも。お気に入りは出来ましたか?」

 同じ事を、彼女は友香にも聞いた。由良が、友人達の今の暮らしぶりを想像できるように。友人たちが元気で幸せでやっているかと、安心できるように。
 今は離れているけれどいつか、友人達が見つけたそのお気に入りの景色の中を、友人同士で過ごす日が来るかも知れない。その時のためにもね、と微笑むと透子は真剣な顔で考え込み。
 その日の夜、遅くまで透子は由良の手紙を読んでいたようだ。何が書いてあるのかは開拓者達も聞いていないが、時折くすんとすすり上げる声が聞こえてきた所を見ると、きっと何か他愛なくも暖かい日常と、由良からの透子への気持ちが綴られていたのだろう。
 翌朝、次までにきっとお気に入りを見つけておくわ、と透子は開拓者達に言づてた。少し泣き腫らした瞳で、嬉しそうに。





 同じ頃、琉璃とからすは朝美に巡り会っていた。珍しいものが好きだという、夜空の如き黒髪の少女だ。
 『たどり着いた』ではなく『巡り会った』なのは、文字通りの意味だ。あの見えてきた村だろうかと、話しながら歩いていたら、少女がいきなり前に飛び出してきて「あの、その猫又と人妖、触らせて貰えませんか♪」と言い出したのだ。
 もしやと確認するとまさに朝美その人で。彼女は現在、ジッとされるがままに撫でられていた琴音を堪能した後、何としても紅雪を抱っこしようと怪しい手つきで迫っていて、本気で怯えられている。
 琉璃の背中にしっかり爪を立ててしがみつき、恥ずかしがり屋を通り越して人間不信になりそうな紅雪を救うためにも、からすは朝美に用件を切り出した。

「私達は由良殿から荷物を預かってお届けにきました。此方です」
「‥‥由良さんから?」

 からすが口にした友人の名に、少し朝美の瞳に理性が戻る。その隙に琉璃はさっと距離を取り、背中の紅雪を宥め始めた。
 彼女も悪気があったわけではなく、ただ珍しい猫又におおいに心を引かれただけだ。琴音など、せっかく綺麗に整えた髪がぐちゃぐちゃになるぐらい撫で回されている。
 もちろん紅雪の恐怖はよくわかりますけど? と毛の逆立った背中を撫でながら言葉を重ねると、紅雪はようやく落ち着いてきたようで、しっかり背中に食い込ませていた爪から力を抜いた。
 その間に、からすから布袋を受け取った朝美はいそいそと口を括っていた青い紐をほどいた。中に手を突っ込んで、入っていた手紙と竹の器を取り出して歓声を上げる。

「やったぁ、由良さんのジャム♪ 今年はもう食べられないって諦めてたの!」
「由良さんは、お元気そうでしたよ? 機会があれば、会えると良いですね」

 琉璃が穏やかに微笑んでそう言うと、ほんとにね、と朝美は大きく頷いた。朝美はこんな性格なので、あんまり友達がいない。そんな彼女に分け隔てなく接してくれる由良は、朝美のとっておきのお友達だ。
 そんな事を懐かしそうに話していた朝美の目が、恐る恐る琉璃の背中からちょこんと顔だけ出した紅雪の目と合った。ぴゃっ、と慌てて隠れようとする彼女を呼び止める。

「待って! 珍しいものを見ると我を忘れるのは良くないクセだって、いつも由良さんにも言われてたの‥‥もうしないから、頭だけ撫でさせて?」
「‥‥‥」

 返事こそなかったが、動きを止めてじっと朝美と琉璃を見比べた紅雪に、朝美は先とは打って変わってそっと手を伸ばした。良い子良い子と撫でて、嬉しそうに目を細める。
 それから「ごめんね」とぐちゃぐちゃになった琴音の髪も整え始めた朝美に、何か預かって帰るものがあれば、とからすは声をかけた。少し考えた朝美は、じゃあ返事を書くわ、と頷いて。
 朝美が家に戻って手紙を書き終わるまで待って、彼らは村を後にした。もちろん預かった手紙は、なくさないようにからすの懐にしっかり納めてある。
 後の帰りの道程で、紅雪と琴音の間でこっそり朝美に関する論議が交わされたらしいが、それはからすや琉璃は預かり知らない事だった。





 小さな村の前では由良が、開拓者の帰りを首を長くして待っていた。まずは4人の開拓者の龍影を見つけ、手を大きく振って出迎える。

「ありがとうございます。お寒かったでしょう?」
「まぁ‥‥お心遣い、感謝しますね」

 これをどうぞ、と素早く家まで戻って持って帰ってきたのは蜜柑湯。聞けば、開拓者達が届けてきた蜜柑ジャムと同じものを適量、湯呑みに入れてお湯を注いだもの。
 受け取った千草が一口飲んで、温まるわね、と微笑んだ。温まったのは体だけではなく、心もだ。ひょいと鼻を寄せて興味を示した寿々音に、ご褒美ね、とまずは匂いだけを分けてあげる。
 同じく千古が雲居を見上げ、わけてあげてよいかしら、と思案顔だ。果物が好きな雲居は甘い匂いに興味津々なのだが、どう考えても手の中の湯呑みは熱い。しかし冷めても飲ませて良いのだろうか。
 一方、のんびり蜜柑湯を飲み干した蒼司が由良に、ジャムの作り方を教えて欲しいと申し出た。

「甘味は色々と興味があるからな。作るのも食すのも――中々楽しいものだ」
「じゃあ僕も蒼ちゃんと一緒に蜜柑ジャムの作り方を習う」

 すかさず一緒に手を挙げる貴臣である。他に希望者はと見れば、千草も軽く手を挙げた。彼女の場合は蜜柑ジャムの作り方と言うより、ジャムを使ったお料理やお菓子について由良と話してみたいようだ。
 あらステキ、と両手を合わせて由良が嬉しそうに頷いた。場所を彼女の家へと移して、蜜柑ジャムを作ったり、出来たジャムで友香から預かったカキモチを食べたりするうちにその日は暮れ。
 翌日、帰ってきた琉璃とからすに出された蜜柑湯は、みんなで新たに作ったものだ。
 ありがたく受け取った琉璃を羨ましそうに見た紅雪が、家でも作って、とおねだりする。朝美からの手紙を由良に手渡したからすも、貰った蜜柑湯を一口飲んで、そのまま琴音に手渡した。
 美味しいかな、と訊ねると、甘い、と言う返事。だがどうやら気に入ったようで熱い蜜柑湯をちびちびと舐めている。
 私の分も残しておいてくれよ、と言いおいてからすは仲間達に視線を向けた。

「さて‥‥よければ道中の出来事でも聞かせて貰えるかな」

 こちらはこんな事があってね、と語りながら龍組の思い出話も所望する。友達の事は聞いたけれど、道中の話も聞いてみたいわ、と由良がそれに言葉を添えて。
 蜜柑湯と共に交わす言葉は、それからしばらく尽きる事はなかった。