梅の花、咲く頃。
マスター名:蓮華・水無月
シナリオ形態: イベント
相棒
難易度: 易しい
参加人数: 25人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2010/03/04 00:52



■オープニング本文

 村の神社の裏山には、可憐な小ぶりの花をつける梅林が広がっている。もうそろそろ蕾を綻ばせ始め、あとわずかもすれば裏山が紅梅と白梅の帳に覆われたように見える事だろう。
 そんな山の様子を眺めやり、だが困った様子でほぅ、とため息を吐く少女が1人、社殿の片隅にちょこんと腰をかけていた。手の中には梅の花湯。去年の梅の花を摘んで塩漬けにしたものに、お湯を注いだもの。
 桜の名所なら桜湯があるように、彼女は毎年裏山の梅の花を摘んでは塩漬けにして、こうして自分で静かに楽しんだり、神社を訪れる人に振舞ったりしていた。あまり咲き切った花は香が飛んでしまうし、と言って蕾も綻ばないうちから摘んでも十分な風味が楽しめないので、もうそろそろが摘み頃だ。
 だがしかし、今年の彼女は生憎と、裏山に登って梅の花を摘めそうにない。先ごろ、村から神社の境内へと上がる石段で足を滑らせて、右足を挫いてしまったので。

「巫女様、本当に梅の花を摘みに行かなくて良いの?」
「良いのですよ小太郎、しっかりとお父さんとお母さんのお手伝いをして頂戴」

 その方が巫女様も嬉しいのですよ、とにっこり微笑んだ少女にそれでもやっぱり心配そうに、小太郎は裏山の綻びかけた梅と少女の手の中の湯飲みを見比べる。大好きな巫女様が石段で足を挫き、難儀しているのを一番最初に見つけたのは、巫女様のところに遊びに来た小太郎だった。
 だから余計に心配そうに、じっとひたむきな眼差しで見上げてくる幼子に、困りましたね、と彼女は小さなため息を吐く。
 毎年梅の花を摘みに行く彼女が、足を挫いて今年はどうやら無理そうだ、と言う事はすでに周知の事実だ。と言ってようやく8歳になったばかりの子供を山に行かせる訳にもいかないし、何より梅の花湯は単なる彼女の趣味のようなものなので、村人の手を煩わせるのもどうかと思う。
 だがどうやら、小太郎を安心させるためにも何か手立てを講じなければならないようだ。村人も「こちらの事はお気になさらず」という彼女の言葉を尊重してくれつつも、やっぱり手伝いに行った方が、と気を揉んでいるようだし。
 そうねぇ、と彼女はため息を吐き、それからふと思いついて小太郎に声を掛けた。

「小太郎。巫女様のお部屋から、筆立てと紙を取ってきてもらえますか?」
「うん、巫女様。それだけで良いの?」
「ええ。巫女様がお手伝いの人をお願いする手紙を書きますからね、小太郎、その手紙を届けに行ってくれますか?」
「うん!」

 大好きな巫女様のお願いに、小太郎は大きく頷いた。それに小さく微笑んで、じゃあ筆立てと紙を、と自室の方を指差す。それに大きく頷いて駆け出した子供の背を見て、また裏山の梅林を見上げた。
 今年の梅の花湯はさて、どんな香りがするだろう。それがとっても楽しみで、この足では花を摘みに行けないのがちょっと残念だったのは本当だから、彼女自身もこの思いつきに、ちょっと浮き立つ心地だった。


■参加者一覧
/ 櫻庭 貴臣(ia0077) / 神凪 蒼司(ia0122) / 犬神・彼方(ia0218) / 橘 琉璃(ia0472) / 鷹来 雪(ia0736) / 佐上 久野都(ia0826) / 玖堂 柚李葉(ia0859) / 酒々井 統真(ia0893) / 鳳・月夜(ia0919) / 玉櫛 狭霧(ia0932) / 巳斗(ia0966) / 霧葉紫蓮(ia0982) / 礼野 真夢紀(ia1144) / ルオウ(ia2445) / 瑞木 環(ia2772) / 小野 灯(ia5284) / 由他郎(ia5334) / 紗々良(ia5542) / 千羽夜(ia7831) / 宴(ia7920) / 朱麓(ia8390) / 和奏(ia8807) / 卯月 黒兎(ia9474) / 賀 雨鈴(ia9967) / アレン・シュタイナー(ib0038


■リプレイ本文

 村の神社の裏山は、そろそろ梅の見頃を迎えている。山を覆う紅や白を眺めながら、だが酒々井 統真(ia0893)は「やっぱり俺には似合わねぇな」と呟いた。
 この神社の巫女様は、あの梅を摘んで塩漬けにしたものを梅の花湯として人々に振舞っていると言う。そういう風流な事はどうにも自分には似つかわしくない気がしたものの、楽しみにしている人間が居るのなら手伝いくらいは、とやって来た。
 その、楽しみにしている巫女様はまだ挫いた足が治らないようだ。社殿の端にちょこんと腰掛けて微笑み、訪れた開拓者達に丁寧に頭を下げる。

「よろしくお願いしますね」
「まかせとけー! それにしても巫女さん、怪我しちまって大変だなー」
「本当に、足を挫かれるとは大変でしたね‥‥ゆっくり休んでいて下さいませ」

 自己紹介し、力いっぱい自分の胸を叩いた後にルオウ(ia2445)が心配の眼差しを巫女様の足(の辺りの巫女袴)をじっと見ると、白野威 雪(ia0736)も心配そうに頬に手を当てた。ただ生活をするだけでも、足が満足に動かせないと言うのは大変なものだ。
 代わりに摘みに行くのはまかせとけ、ともう一度胸を叩いたルオウに、ありがとうございます、と微笑む巫女様を佐伯 柚李葉(ia0859)はほんわり見つめた。冬のキリリと冷たい空気から、柔らかな春の優しい空気へと変わる兆しを告げてくれるかのような梅の花。その梅の花湯も楽しみならば、梅を愛するこの巫女様に会えるのも、実はちょっと楽しみで。

「巫女様、初めまして佐伯柚李葉です。とても楽しみにお手伝いに来ました」
「僕も花湯の‥‥こほん、巫女さんの為に頑張りますねっ」

 柚李葉の言葉に大きく頷き、うっかりポロリと本音を零しながら力説した巳斗(ia0966)にも、気にした様子はなく巫女様は微笑むのみだ。その傍には心配そうに寄り添う小太郎。
 ふとその姿に目を留めたのは佐上 久野都(ia0826)だ。春告げ花に長い冬の終わりと花の季節の始まりの兆しを感じようと、久しぶりに一緒にやって来た義妹と比べてみても、背丈の程は同じくらい。

「この際小太郎君も一緒にどうかな? 気になるだろう?」
「お、それ良いな! 巫女さん、小太郎も連れて行ってやって良いだろ? オレも見てるからさ!」

 そっと目線を合わせて尋ねると、きょとんとした眼差しの後、こくこくと何度も頷く小太郎だ。聞きつけたルオウが巫女様を振り返って頼むと、構いませんと頷きが返る。久野都はにっこり微笑んで、じゃあ一緒に行きましょうか、と義妹に手招きした。
 呼ばれて「ご挨拶しなさい」と言われた妹の鳳・月夜(ia0919)はと言えば、じっと小太郎を無表情に見つめる。それから「‥‥よろ」と淡々と頭を下げた。元々余り内心を表情に出さないたちの月夜だ。ことに家族の前ではそんな傾向が強い。だからこう見えても月夜は内心、久し振りの兄さんとのお出かけ嬉しいな、と喜んでいたりする。
 良かったですね小太郎、と嬉しそうに微笑む巫女様。だがそんな彼女にも、どうせなら一緒に、と声をかける者が居た。

「なァに、拙者がおぶって連れてきやすよ! 巫女様も梅、好きなんでしょう?」

 にっこり笑ってそう言い切った、気風の良い宴(ia7920)の言葉に、巫女様は目をしばたたかせる。確かに梅は大好きだし、叶うものなら行ってみたい。だが明らかに足手まといだし、人をおぶって山道を行けば宴も危険だ。
 だがすでに彼女はさっと巫女様に背を向けて、さぁどうぞ、とおぶる気満々。困りました、と小首を傾げて考える巫女様を安心させようと思ったのか、瑞木 環(ia2772)が「ワタシが小姐のフォローをするネ」と肩を叩いた。と言うか、彼女の敬愛する忍々小姐こと宴は確実に、何かやらかす気がするのだけど。
 アレン・シュタイナー(ib0038)が軽く肩をすくめた。

「近隣だけを巡ってもらえばどうだい?」
「‥‥そう、ですね」

 アレンの言葉にようやく巫女様は小さく頷いて、ご苦労をお掛けします、と微笑み宴の背に手を伸ばした。環とアレンが手を添え手伝ってくれる。
 開拓者達は三々五々、梅咲く山へと足を向け始めた。宴の背中からその様子を眺めた巫女様は、いつにない賑やかな花摘みだ、と嬉しそうに微笑んだ。





 家に帰ったら、姉達に向けて書く手紙の最初の言葉は決まっていた。『姉様、ちぃ姉様、梅の花での花湯作りのお手伝いの依頼に行きました』。きっと姉達はその言葉を読んで、どんなだったのかしらと喜んでくれるだろう、と礼野 真夢紀(ia1144)は思っている。

(桜湯は実家で作ってましたけど)

 それは桜桃だったので、実を取るために色々気を使ったものだ。その時の事を思い出し、日当たりの良い所の花は間引きする程度に留めて日陰の花や、実がなっても取り難いだろうと思う場所を見つけてはそっと摘み取っていく。
 とは言え、そういう所に咲く花は当然、下から見上げるだけでは取り難い。仕舞いには木によじ登りだした真夢紀に、櫻庭 貴臣(ia0077)が目を丸くした。

「危なくないの?」
「木登り得意です、地元じゃ蜜柑や柘榴や枇杷の実、登って採ってましたもの」

 貴臣の疑問に当然の口調でそう言い切った真夢紀である。今も危うげなく片手で枝を掴んで、もう片方で花を摘んでいる所を見ると、確かに身軽なようだ。
 何かを期待するような瞳で振り返った幼馴染に、振り返られた神凪 蒼司(ia0122)は「俺は無理だからな」と念を押した。木に登る登れない以前に、この辺りにある木だと枝がそれほど太くないので、蒼司の体重を支える事が出来そうにない。
 だから軽く肩をすくめて、蒼司は頭上に差し渡す赤と白の花咲く枝を見上げた。彼の好みは白梅だが、紅梅もまた違った良さがあると思う。このぐらいが摘み頃か、と傷めないよう慎重に花に手を伸ばす蒼司に、同じく花を摘んでいた貴臣がふと眉を寄せた。

「花を眺めながら、花を摘むっていうのも、楽しいような‥‥木に申し訳ないような」
「でも、こんな風景を眺めながら花摘みできるとは‥‥」

 やはり楽しいものだよ、と貴臣の言葉に笑ってそう言う玉櫛 狭霧(ia0932)だ。花を摘まれる木の気持ちを思えば確かに申し訳ないけれど、見渡す限りの梅の中からこれぞと思う花を摘み取って歩くのは、心浮き立つものだ。そうして摘んだ花を楽しまないのもまた木に失礼というもの。
 いい匂い、と時折目を細めて花の香を楽しみ、妹も来られれば良かったのに、と思いながらまた花を摘む。そんな狭霧の様子に、木から花を分けて貰う気持ちで摘もう、と貴臣も考えた。そうして困っている巫女様の助けに、少しでもなれば良い。
 だが頭上の花に見とれて歩いていれば、気をつけていても足元がおろそかになりがちだ。案の定、ずるぅっ、と思いっきり木の根に足を取られてひっくり返りかけた友人を、霧葉紫蓮(ia0982)は危うくがっしりキャッチした。

「気をつけろ、みーすけ」
「あ、ありがとうございます、紫蓮さん‥‥梅がとっても良い香りで、つい」
「ふふ、みーくんは可愛いですねぇ」

 紫蓮に支えられて、照れたように立ち上がる巳斗に、雪もにっこり微笑む。その巫女袴もよく似合って、となぜかとっても嬉しそうに頷く雪の言う通り、巳斗が身につけているのはなぜか、持ってきた巫女袴。なぜなのかは不明だがとにかく、なんだかよく女装している印象のある巳斗は、今日は緋色眩しい巫女袴。

「‥‥みーすけがあの神社の巫女と言っても遜色なさそうだな?」

 似合ってるじゃないか、とニヤリ笑った紫蓮に、巳斗は真っ赤になって声にならない悲鳴を上げ、ぽかぽか殴りかかった。その様子がまた愛らしいと目を細める雪に、止める気は多分、ない。
 そのうち、勢い余って摘んだ花を入れた籠がふわりと宙を舞った。ぁ、と止める暇もなく弧を描いて飛んでいった籠が、ぽふ、と着地したのは和奏(ia8807)の頭の上。
 頭の上から降ってきた白と紅の花に、和奏がぴたりと動きを止めた。うっかり動くとバラバラになりそうで、どうしていいのかわからない。それでなくとも咲いた花はもろいのだ。
 あわあわしている和奏に、慌てて巳斗と雪が駆け寄って零れた花を拾い集める。すまん、と頭を下げる紫蓮。見ていた賀 雨鈴(ia9967)がその様子に、クスリ、と笑った。

「見事に咲いたわね」
「はい‥‥梅の花の香りでちょっとくらくらします」

 雨鈴の言葉にしょぼんと肩を落とす和奏である。梅の香りは結構きつい。ゆえに香を合わせたりする時もちょっと気遣いが必要だとか、そんな事を思い出してみる。
 そんな和奏に苦笑して、雨鈴も髪についた白梅を拾って籠に入れる。そうして微笑む。

「梅の花は大好きよ。行った事はないけど、私の祖先の故郷を思わせるから」
「たくさんあると壮観ですね。我家の梅は白の次に紅が咲くけど、一緒に楽しめるところもあるのですね〜」

 地域や、梅の種類によっても微妙に花の時期などは違う。それがまた面白いと、見まわしながら呟いた和奏に雨鈴も頷いた。
 この辺りは大分取ったから別の場所から取りましょうと、促して山の別の場所へ向かう雨鈴達のやり取りを、じっと見ていた人々が2人。そのうちの1人、由他郎(ia5334)が無言でいきなり行動に移した。頭上から手頃な小枝をパキリと折り取ると、そのまますっと妹の紗々良(ia5542)の髪に挿してみる。

「に‥‥兄さま‥‥?」
「‥‥‥‥」
「兄さまってば‥‥頷いてちゃ解らないわよ?」

 それきり無言でじっと見つめてくる兄に小首を傾げて問いかけても、返ってくるのは無表情な頷きだけ。どうしたのよと繰り返した紗々良の言葉が、耳に入っているかも怪しい。
 全く訳がわからないと思いながらも、兄に貰った梅の小枝に少し浮き立つ紗々良である。こうして兄と出かけるのは、随分と久しぶりの事だ。多分神楽に出てきてからは初めてのお出かけに、彼女自身もまるで昔に戻ったようで嬉しくて。
 だから自然と表情も笑顔に戻って、そんな事よりこの花はもう摘んで良いかしら? などと兄に確認しながら手を伸ばす。そんな妹の楽しそうな様子に、表情に出さないものの深く満足を覚えている由他郎。時折、妹が転ばないかをじっと見守りながら、意外と性に合っていた梅の香りを楽しんでいる。
 あのぐらいスマートに出来れば良いんだけどでもあれ兄妹なんだよな、と考える卯月 黒兎(ia9474)はしっかり手を握った隣の小野 灯(ia5284)をちらりと見た。ちなみに山に向かおうとした当初、大変かわいらしく小首をかしげて「んと‥‥て、つないでも‥‥いー?」と黒兎に聞いてきたのは灯の方だ。
 梅の花をいっぱい集めようと頑張る灯がうっかりこけたりしない様、気を払いながら進んでいた黒兎の眼に入ってきた、その光景をいかに灯に対して実行するか。絶賛片思い中の彼は、だからこそ逆に彼女にはどこか思い切った行動が取り切れないのか。
 とにかく行動に移そうと、手頃な花を探し始めた黒兎の上に、ふわり、降ってくる梅の花。あれ? と振り返ると灯がにっこり笑っている。

「くろと‥‥かわいー‥‥の♪」

 先に行動を起こした灯のにっこり笑顔に、ぽっ、と赤くなった顔を咄嗟にそむけた黒兎だ。だが片思い少年は慌てて視線を走らせて小ぶりな梅の枝を見つけると、折り取り灯の髪に挿した。
 似合ってる、と照れた口調で告げると灯もほんのり赤くなって笑う。それから嬉しそうな足取りでまた、黒兎の手を引いて「こんどは‥‥あっち‥‥ね?」と花摘みに走り出した少女に、「滑らないように気をつけろよ?」と黒兎もつられて走りながら足元に目を走らせて。
 仲良しだなぁ、と微笑ましく見守る少女と、あれどっかでこけそうだな、と呆れた様子で見送る青年が1人。神社で借りた踏み台をよいしょと運ぶ柚李葉を、手伝い統真もやってきた所だ。
 フォローした方が良いかとも思うが、あの2人の間に割って入るのも悪そうだ。それに柚李葉を放ってもおけない。ゆえに肩の上に担いだ足台を、ここらで良いかと尋ねて置くと、ありがとうございます、と笑顔が返った。

「ふふ、素敵なお花‥‥良い香り」

 幸せそうに足台に乗り、一輪一輪楽しむ少女が転げ落ちないよう気を使う統真も、手の届く範囲でポツリ、ポツリと花を摘み取っては柚李葉の持つ籠の中に入れている。その視線がふと知り合い達の方へと向いた。

「わぁっ‥‥梅の花が満開ね! 摘んじゃうのがもったいないくらい綺麗だわ」
「まったくだねぇ」

 目を輝かせて頭上を見上げる妹分の千羽夜(ia7831)の言葉に、隣に立つ朱麓(ia8390)も感嘆した様子で頷いた。それがまた嬉しいらしく、千羽夜は張り切った様子で「梅の花摘みでも梅の塩漬けでも、全力で一生懸命お手伝いするからね!」とぐっとこぶしを握る。
 とはいえ彼女たちでは届かない場所に咲く花もある。そう言ったところは一緒に行動する犬神・彼方(ia0218)が長身を活かして手を伸ばして摘んでやっていた。巫女様のお願い以外にも、朱麓や千羽夜は塩漬けの梅の花を分けてもらって何やらお菓子を作る予定らしい。

「菓子作り、かぁ‥‥そぉいえば久々かぁねぇ」

 日ごろは一家の家長としての凛々しい部分が目につく彼方だが、どうやらお菓子作りも嗜んだ事があるらしい。そんな様子を眺めている統真も案外お料理上手なのだが。
 風情を損なわないように、と気を遣いながら摘んだ花を、千羽夜が持つ籠に入れ、朱麓が菓子に使えるかどうかを吟味する。花湯に使えるかどうかは判らないが、菓子づくりの延長にあると思えば良いだろうか。
 もし基準を聞ければと思ったけれど、当の巫女様は現在、宴の背中でちょっと大変そうだった。

「どうです巫女様、綺麗でしょう? 拙者ァ梅の花、大好きなんでィ! 見た目は尚のこと、香りが堪らねェよなァ‥‥」
「忍々小姐、そこは枯れ枝が転がってるある!?」
「だ‥‥ああぁぁぁっ、危ねぇ、巫女様、大丈夫ですかぃ!?」

 「忍々小姐は絶対滑ったりするネ、シノビのくせに」という環の予想通り、大好きな梅を見たり、巫女様に綺麗な梅を見せようと頑張るあまり、完全に足元に注意がいっていない宴の背中で、巫女様はギュッとしがみついている。やっぱり足手纏いになっていると彼女は真剣に考えていたが、どう見ても全くの杞憂だ。
 あれ大丈夫なんでしょうか、と考えながら自身は危うげなくスタスタと山道を登っていく橘 琉璃(ia0472)。手を貸そうとは思ったのだが、宴の動きの方が早すぎてちょっと手を出せない。まぁ近隣だけと言っていたし。

「きっと大丈夫でしょうかね? それにしても良い匂いです」

 本当は妹と一緒に来ようと思っていたのだが、タイミングが合わずに結局彼一人で来ることになってしまった。せめて土産に一枝くらい貰えたら、と考えて尋ねたところ、裏山の梅は特に誰かの所有ではないのでご自由に、との返事。
 ならば遠慮なく、と妹に渡す良い梅を探して歩きながら、よさそうな梅を摘んでいく琉璃である。無造作に見えて後から見る人の事も考えた摘み方に、見ていたルオウがへぇ、と目を見張った。
 花を摘むのは赤子の指を握るように慎重に、と言われて気をつけているものの、それが逆にぎこちなく梅を散らしてしまった事も数度。だがようやく様になってきて、ちょっと自慢げに久野都の肩の上で周りを見回している小太郎を振り返る。

「どうだ!?」
「すごいね! きっと巫女様も喜ぶよ」
「小太郎君の摘んだ花もきっと喜んで下さるだろうね」

 目をキラキラさせた小太郎に、見えないものの肩車をした久野都も穏やかに相槌を打った。そうかな、と張り切って小さな手を伸ばし始めた少年の気配に微笑み、さて月夜の方はと振り返ると、無表情にしゃがみこんで野の花で冠を作る義妹の姿が目に入った。
 久しぶりの兄とのお出かけだからだろうか、月夜が思い出すのは昔の事だ。今日は来ていない双子の姉と、どっちが兄のお嫁さんになるかでケンカした時の事とかを、まるで昨日の事の様に思いながら作った花冠を兄に差し出すと、ありがとう月夜、と頭を撫でてくれる。その花冠を自分の頭に乗せて、小太郎に一言断ると、今度は月夜をひょいと肩の上に抱きあげた。

「‥‥っ、兄さん!」
「怒ったかな? でも、香りを楽しむなら顔は少しでも近い方が良いだろう?」

 兄の言葉に、う、と口ごもる。怒ってはないし、むしろ嬉しい位なのだが、それを素直に言うのは抵抗があって。
 視線を逸らすと、梅の花をじっと見つめて考え込んでいる様子のアレンが目に入った。彼はどうやら、梅の花というものを見たの自体が初めてらしい。これが梅の花か、と目を細めたまでは良かったのだが、

「‥‥どうやって摘めば良いんだよ?」
「‥‥こう」

 悩みが口を突いて出たアレンに、肩車の上から月夜が声をかけた。なるほど、とその手付きをじっと観察したアレンは、見よう見まねで同じように花の根元を慎重に摘まんで摘み取る。
 助かった、と無事に摘み取れた紅梅を手の籠に入れた。綺麗なもんだ、と口元を綻ばせる。うまく摘めると続けざまに摘みたい衝動に駆られたが、ぐっと堪えて去っていく騎士を手を振って見送った月夜に、良く出来ました、と兄が褒めてくれた。ん、と頷いた月夜は籠の中の梅の花を見下ろす。

(‥‥姉さんの為にもちょっと、お土産に貰おう)

 兄と姉、自分の大事な人達とともに一緒に歩んでいくための、何かの約束の証みたいに。





 摘み取った花はひとまず全部水洗いするのだと、社殿の隅にまたちょこんと腰かけた巫女様が教えてくれた。

「たっぷりの水で、優しく‥‥ですね」
「ええ」

 その指示に従って、琉璃や蒼司、アレン、ルオウが率先して井戸に水を汲みに行き、灯や黒兎がその間にみんなから摘んだ花を集めてくる。それを、井戸水をいっぱいに張った盥にそっと入れた。といってあまり詰め込み過ぎては花同士がぶつかって散ってしまうのでほどほどに。
 柚李葉は丁寧に丁寧に水をそっとかき混ぜ、梅から余分な花粉やほこりを洗い落とす。その隣で別の盥をかき混ぜていた和奏が、がくは取らなくて良いのかと心配そうに巫女様を振り返ったけれど、塩漬けにすれば悪いものも消えますから、との返事だった。
 他にもいくつか容器を見繕い、貴臣や雪らも一緒にどんどん花を洗っていく。途中、崩れて花弁のみになってしまった梅は、千羽夜が「朱麓姉さんのお菓子に使っても良いかしら?」と断って集めて回った。
 一通り洗えたらざるにあげて水を切り、その間に漬け込む容器に塩を振っておく。その上から水を切った梅を少しずつ乗せ、まぶすように塩をかけて行った。

「こんな具合で良いかしら?」
「ええ。お上手ですね」
「お祖母様のお手伝いを昔よくしたから‥‥」
「塩の塩梅とか、他所の見れる機会めったにないですしね」

 雨鈴の言葉に、実家で手伝っていた真夢紀も興味深そうに振り塩の具合を確かめる。最初は巫女様が手本を見せて、その通りにやっていく開拓者の中で手に傷があるものは、柚李葉が術で癒しておいた。傷に塩が染みると、ものすごく痛い。
 美味しいのかな、と首を傾げながら黒兎は灯と容器に重石を載せて行った。と言ってもせいぜい花と同じかその倍位までの軽いものだ。
 花湯の仕込みがそんな感じで進む中、お菓子作り3人組の作業も順調に進んでいる。元々塩漬けは刻んで桜餅ならぬ梅餅の皮に使うつもりだったので、花弁だけになったものでも問題ない。

「彼方、白餡と梅を混ぜてくれるかい?」
「よぉし。美味しくできるとぉいいねぇ、頑張ろうか」

 朱麓の指示に頷き、懐かしいな、などとふと真面目に呟きながら木匙を握る彼方を見届ける。練り込む梅は自家製の蜂蜜漬けだ。それで梅の風味を持たせ、簡単に塩で揉んだ花弁で皮にも風味を持たせ。
 と、妙に蜂蜜漬けの減りが早い。きろ、と視線を向けるとそこにはまさに、もう1個だけ、と梅を口に放り込む千羽夜の姿。

「‥‥千羽夜、摘み食いをするのは別に咎めやしないけどもう少し気配を消したらどうかねぇ?」
「見つかっちゃった? えへへ、ゴメンなさい♪」

 だって美味しいんだもの、と言い訳しながら笑って謝る妹分に、朱麓も彼方も思わずくすくす笑いがこぼれた。幸い材料は足りているし、こう言う部分も彼女の愛すべき点だった。





 力仕事の合間の休憩に、温まりますよ、と巫女様が出してくれたのは彼女が漬けた去年の花湯だった。これを楽しみにやってきた者もいる。湯呑の中にほんのり小さく咲く梅に、良いものですね? と目を細めるものが居れば、実は頼みが、と言う者がいて。

「すまんが、この去年の梅を少し譲ってもらえないだろうか? 同郷の者の集まりで皆に飲ませたいんだが」
「妹がこちらに来るのを楽しみにしてたんですよ。なので俺の分の代わりに、妹の土産用に梅の花の塩漬けを頂けたらと思っているのですが‥‥難しいでしょうか?」
「私も‥‥そのまま持ち帰れませんか? 姉様達に文と一緒に送りたいですの」

 アレンが「必要ならお金も払う」と巫女様に切り出せば、実は、と狭霧と真夢紀も手を挙げる。梅の花湯というのはあまり聞かないし、大切な人にも見せて喜ばせてあげたい。
 その言葉に巫女様は、金子は不要です、と断った。

「どうぞご自由にお持ち帰り下さい。塩漬けは昨年のものですがよろしいですか?」

 他にご希望の方は、と問えば久野都は少し考え、結構です、と首を振る。もう一人の義妹へのお土産は、自分の分を持って帰ればいい。代わりに月夜のを一口だけ貰おうか、と隣の義妹に声をかける。
 そんな人々に千羽夜は率先して出来たての菓子を配って回った。朱麓も別の小皿に2人分の菓子を載せ、小太郎を呼んで「巫女様へ渡して」とことづける。この後、彼方とも一緒にみんなでのんびり梅の花を眺めながら、菓子と花湯を楽しむ約束だ。
 環も受け取った湯呑を興味深く覗き込んだ。初めて聞く見知らぬ珍味をじっくり味わい尽くそうと、まずは観察する彼女とは対照的に、宴はごっくり飲み干して「まっはっは」と和やかな笑い声だ。色々満足だったらしい。
 対照的にしんみりと梅見酒を飲む統真を、灯はちょっと心配そうに見つめた。その視線に気付いて、気にすんな、とぐしゃり頭を撫でる。彼も実は一緒にと誘おうと思った相手が居たのだが、果たして都合が悪かったのか。
 灯はこっくりうなずき、黒兎の横にちょこんと戻った。そこには2人分の花湯と、梅餅と、それから黒兎が用意してくれたお饅頭。梅餅も美味しそうだけど、灯にとってはお饅頭もとっておきだ。だって黒兎がくれたんだから。
 花湯を覗き込んでほわっと幸せ気分で笑った灯に、黒兎が苦笑する。

「あかり、ほっぺに梅の花びらついてるよ」

 言いながら取ってあげると、ありがとー、と無邪気な笑みが返ってちょっと幸せ気分。微笑ましいですね、と雪はそっと2人を見守る――『まるごともふら』を着用した紫蓮にしっかり抱きつきながら。
 好きなだけもふって良いぞ、と宣言したものの、ほんとに全力で雪と巳斗に抱きつかれてちょっと困り顔の紫蓮だ。つい勢い余って「もふっ!?」なんて叫んでしまったし。ついうっかり。なんてこった。
 どんなにせがまれても着替えるんじゃなかった、と後悔して花湯を口に運ぶ彼の顔は赤い。けれども飲んだ瞬間「優しい味だな‥‥」と柔らかな表情になったのに、巳斗もなんだか嬉しくなる。

「みーくん、実はもう1つ『まるごともふら』があるのですけれど‥‥?」
「い、いえ‥‥ッ、ぼくは三味線を弾こうかな、と」

 何かを期待する眼差しの女性にあわあわと首を振り、持ってきた三味線を見せると、反応したのは聞きつけた貴臣だった。彼はせっかくだから幼馴染に何か一指し舞って貰いたいと頼んでいて。だが了承されたものの、三味線もないと格好が、とぼやいた所に巳斗の言葉が耳に入ったのだ。
 曲目は梅の花にちなんだ長唄を。唄くらいは自分で唄うからと蒼司も軽く頭を下げると、わかりました、と頷いた。さらに聞きつけた雨鈴が愛用の二胡・蘭嬢も奏でるといい、ならば私もご一緒に、と柚李葉が愛用の笛を出す。
 にわかに風雅な宴になった一角を、由他郎と紗々良の兄妹がのんびり眺めながら、花湯を楽しんでいた。由他郎の手の中には紗々良の髪に挿した折り、巫女にもと折り取っていた梅。今日はともかく、あの足ではまだしばらく、近く眺めるのは難しいだろうと考えて、蕾も在りつつ綺麗に咲いた一枝を持ち帰ってきたのだ。
 さていつ渡しに行こうかと、悩む兄にくすくす笑いながら妹は花湯を飲む。馥郁とした香りにとても、穏やかな気持ちだった。