雛の宴。
マスター名:蓮華・水無月
シナリオ形態: ショート
相棒
難易度: 普通
参加人数: 8人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2010/03/19 20:12



■オープニング本文

 木原高晃(きはら・たかあきら)は時折、お人好しだと言われる。開拓者ギルドから請け負って向かった依頼先で、ちょっとお願いを、と頼まれる事が多いからだ。
 と言って無償で依頼を受けてはいないし、時にはちゃんと断りもする。さらに言えば、そうやって頼まれる事の中には厄介事もあったりするので、どちらかと言えば巻き込まれ体質なのだと自分自身では思っている。
 だがしかし、開拓者仲間で友人の柚木遠村(ゆずき・とおむら)などから言わせると、そういう辺りが「お人好し」なのらしい。わからない理論だ。
 今日も依頼で向かった村の一軒から、どうかお頼みしたいことが、と高晃は声をかけられた。友人の言葉をちらりと脳裏に思い浮かべながら、何でしょう、と問い返す。
 声をかけてきたのは壮年の夫婦だった。実は、と切り出したのは夫の方だ。

「先日亡くなった母の形見の、雛道具がありまして」
「それを、夫の弟夫婦の所まで届けては頂けないものかと‥‥」

 その雛道具は亡くなった母が嫁入り道具の一つとして持って来たものだった。女雛と男雛が一つずつ。亡くなった母が、祖母から受け継いだものだという。
 だがこの辺りでは雛道具を飾る風習はなく、あいにく産まれた子供も男ばかり。さらに、長じて結婚し、共に暮らしていた彼ら夫婦の子供も男なので、雛道具は時折陰干しする以外、飾られることもなく仕舞い込まれたままだった。
 だが母親が亡くなって、この雛道具はどうしようかねと考えていた所、遠くに住む弟夫婦が「もし良ければ譲り受けたい」と手紙を寄越した。弟夫婦の子供も今は男が一人だが、秋頃にはまた子供が生まれる予定だ。それがもし女の子ならば、せっかく母が大切にしていた雛道具だ、是非来年には飾ってやりたいと言う。
 幸い、弟夫婦の住む町では雛道具を飾る家もあるらしい。ならばもちろんこちらとしても異存はないのだが、じゃあどうやって届けてやろうか、と考えていたところにちょうど、高晃が依頼でやって来たのだった。
 どうかお願い出来ませんでしょうか、と夫婦は高晃に揃って頭を下げる。運ぶものは人形二つか、と確認したら、その他に多分一緒に飾るらしい道具が、両手に抱えられそうな箱に二つほどとか。

「何に使うのかは昔、母に教えて貰ったと思いますが忘れてしまって‥‥多分、一緒に仕舞ってあったので雛道具だと思うんですが」
「もしご存知でしたら義妹に、飾り方なんかも教えてやって下さいませんか」
「‥‥‥届け物は預かりますが」

 だがしかし、さすがに雛道具の飾り方なんてものは高晃も知らない。なら届けるだけでも良いという夫婦に頷いて、ならばと預かってきたけれど。

「‥‥やっぱり誰か、知ってるヤツにもついて来てもらった方が良いよな?」
「‥‥‥‥高晃、ほんっとお前、お人好しだよな」

 やっぱり巻き込まれ体質だよな、と我が身を振り返りながら友人に相談した高晃に、相談された遠村は心の底からしみじみと呟いた。届けるだけで良いと言われてるんだから、届けるだけにしとけば良いのに。
 だがしかし、こういう自覚なくお人好しな所が高晃のいい所でもある。なので遠村も一緒に付き合う事にしたのだが、もちろん彼も雛道具の飾り方なんぞ知るはずはなかった。


■参加者一覧
俳沢折々(ia0401
18歳・女・陰
奈々月纏(ia0456
17歳・女・志
奈々月琉央(ia1012
18歳・男・サ
悪来 ユガ(ia1076
25歳・女・サ
氷(ia1083
29歳・男・陰
王禄丸(ia1236
34歳・男・シ
水波(ia1360
18歳・女・巫
滋藤 柾鷹(ia9130
27歳・男・サ


■リプレイ本文

 その雛道具は、依頼人の母の形見だという。

「それは大変大切な物だな。無事届けてやらねば‥‥」

 滋藤 柾鷹(ia9130)の挨拶を終えた最初の言葉がそれだった。亡き人の形見と言うだけでも丁重に扱ってあまりある。それにそもそも、雛道具と言えば桃の節句のひと時にしか外へ出られないものなのだから、しまわれたままではあまりにも不憫な話だ。
 ならば日の目を見せる為にも是非届けたい所だが、届け先の弟夫婦にも、雛飾りの風習はないらしい。それは少し残念だ、と思いながらも水波(ia1360)は荷車に積まれた箱を大切に見つめた。

「義妹様にお伝えできれば、代々受け継がれてきた想いも伝わるかも知れませんね」
「そうだね。せっかくだから桃の節句をめいっぱい楽しんで欲しいな」

 大切に母から娘へ受け継がれてきた雛道具。再び飾ってやる事で、そこに込められているだろう優しい気持ちも伝えられたら、とても素敵なことだと思う。水波のそんな言葉に俳沢折々(ia0401)は頷いた。他にも桃の節句にちなんだ料理なんかも教えられればいい。
 だが、悪来 ユガ(ia1076)が手伝いにやってきた理由は、先の女性2人とはちょっとばかり違う。彼女はその生い立ちも手伝ってか、そもそも桃の節句の経験がない。だからこれがウン十年越しの初節句だ、と興味深そうに雛道具の納められている箱を見る。
 念の為、高晃に確認してから藤村纏(ia0456)はそっと箱を開け、中の道具の様子を確認した。届け先までは平坦な道のりばかりではない。それにとても古いものだと言うから、気をつけなければわずかな衝撃で壊れてしまうかもしれない。
 ゆえに纏は恋人の琉央(ia1012)と共に1つずつ丁寧に確認して、不安があるものは布や綿でそっとくるむ。仕舞ってある箱自体も、運ぶ途中で壊れないかを確認して。
 別の箱を覗き込み、眠たげな顔で同じように梱包している‥‥のを眺めようとして遠村に張り飛ばされ手伝わされている氷(ia1083)に、高晃がちょっと悪いと思った様子で声をかけた。

「その‥‥悪いな、遠村が‥‥」
「いや? 他ならぬ木村君の為なら、一肌脱いでやるとするかね」
「あんた、俺の名前覚える気ないだろ‥‥」

 言ってるそばからふぁ、と欠伸する氷に、がっくり肩を落とす高晃。むしろわざと間違えられてるんじゃと思うのは、被害妄想だろうか?
 丁寧に布でくるみ終え、隙間を布と綿で軽く詰めて、再び荷車に積み込んだ。途中で落下しないよう、柾鷹はしっかり縄をかけて慎重に固定する。
 ふと、王禄丸(ia1236)が高晃を振り返り確認した。

「これ、もし壊したら賠償は高晃持ちだよな?」
「う‥‥ッ!」
「いや高晃、そこ連帯責任だろどう考えても。な?」

 真剣な表情で固まった友人の肩をぽむぽむ叩く遠村。なぁ、と同意を求めて振り返った仲間たちが、苦笑しながら頷いたのを見て青年はまた、がっくり肩を落としたのだった。





 2台の荷車を引いた開拓者の一行は、目的地に向けて出発した。
 開拓者の体力であれば苦もなく辿りつける道のり。だが運ぶものが繊細な雛道具とくれば、慎重を期して自然と歩みが遅くなる。

「のどかだなァ‥‥」

 故にのんびり進む荷車の前で石などを槍の柄で弾いていくユガの言葉に、荷車を引き歩く王禄丸がまったくだと頷いた。もちろん警戒は怠らないが、それを差し引いてもうららかな春の日差しにのどかな気分になるのは確か。
 別の荷車の荷を押さえる氷も、それにはまったく同意見だ。日頃は休息と称して寝ている事が人よりほんの少しばかり多い彼だが、たまにはのんびり歩いていくのも良い。
 そう感じる理由の一つは、彼の支える荷車を引く恋人同士かも知れない。今は琉央と一緒に荷車を引き歩く纏、先ほどは琉央と一緒に荷を押さえて歩いていて、まるで彼らの運ぶ一対の雛人形のよう。
 そんな纏をちらりと見やり、きゅっと気持ちを引き締めて荷車の引き手を握りなおす琉央である。もちろん荷物をいい加減に扱う気はないけれど、それにしたって纏の見ている前で下手な所は見せられない。
 折々や水波もユガと一緒に、うっかり車輪が乗り上げて雛道具が衝撃で壊れないよう、道に目を凝らして大きめの石を見つけては拾って避ける。たいそうな気の使いように、見かけた者が『どこぞの姫君の嫁入り道具かい?』と噂するのが耳に入り、車輪がとられそうな水たまりがないか気を配って歩いていた柾鷹は知らず、微かな笑みを浮かべた。

(あながち間違いではないか)

 雛道具には詳しくないが、人形の前に並べる道具は女雛の花嫁道具なのだと小耳に挟んだことがある。それに何より貴重さでいけば同じかそれ以上に大切なもの。
 交代の頃合が来て、王禄丸はそっと荷車を止めてうんと背を伸ばし、心眼も使って辺りにアヤカシや獣がいないかを確かめた。今までそういうものが出るという話はないようだが、『今まで』は『これから』の保証にはならない。気になる気配を仲間にも伝え、念入りに確認してから交代して再び出発する。
 幾つかの村や町を通り抜ける時も油断は出来ない。道は随分整備されているけれど、逆に物珍しさで近所の人々が集まってきて、荷車を囲んでしまう事があったからだ。

「待つ人が居るのでな、通しては貰えぬだろうか」

 後ろ暗い依頼ではなく、特に内密にと頼まれたわけでもない。ゆえに嘘をつく必要もないと、率直に告げる柾鷹の言葉に、多くは頷き道を譲った。だが駄目と言われるとやりたくなるのか、荷車に突進して上ってやろうと企む子供も居て。
 荷車に触れる前に危うげなく開拓者達に捕まえられて、チェー、と唇を尖らせる子供を見下ろしユガはわざとらしい怖い声を作る。

「大切なもん運んでッから邪魔しねぇようにな――さもなきゃ鋸歯の鬼ババァが獲って食っちまうぞ」
「キャーッ!」
「オニババーッ!」

 わざとらしい脅し文句に、楽しそうな悲鳴を上げる子供達だ。ウガァッ! と吼えて見せるとますます喜んで手足をバタバタさせる。どうやら気に入られたようだ。
 そんな風に騒ぎ歩くうち、遠くに目的の町が見えてきた。どうやら何事もなく着きそうだ、とほっと顔を見合わせる中で、氷が1人残念そうにため息を吐いた。

「ち‥‥結局、荷車に乗って楽は出来なかったぜ‥‥」
「‥‥まだ諦めてなかったのかよ」

 出発前からそう言った彼に全力の突っ込みを入れて荷物運びを手伝わせた琉央がげんなり息を吐く。こういう性格の男だと判ってきたけれど。
 到着までは、もう少しだ。





 慎重に降ろした箱から雛道具を取り出すと、一家は「ほぅ」と目を見張った。両手で持ち上げられる程の男女の人形に合わせて本物そっくりに作られた雛道具の数々は、古びていても大切にされてきた事が伺える。一家は顔を見合わせ「ご近所のどの雛道具より立派ね」と頷き合った。

「わたしの母上に教わった通りに、基本的なところを紹介するよ」

 そんな家族の前に座った折々がそう告げる。正式な作法をと言われると困るけれど、家で母と共に飾り眺めた事は覚えていて。どこに飾ると尋ねれば、夫婦はどこにしましょうと少し困った様子で家の中を見回す。だがやがて、あちらの隅にでも、と縁側の部屋の角を指さした。
 雛道具になるべく埃が被らないよう、を運ぶ前に簡単に部屋の掃除も済ませ、改めて場所を移した所で、氷がのんびりと言う。

「たしか段々を作って、それに並べていくんだよな。ほら、段々畑みたいな感じに」
「そうですね‥‥でも預かったお道具の中には雛壇がないようですので、お箱を代わりに使えばよいのでしょうか」

 そっと道具を見回した水波が、思案顔で呟いた。箱を集めて隅に重ねていた纏が、これ使うん? と首を傾げて持ってくる。中に詰めてあった紙や布は取り出してあって、古びてぼろぼろになっているものは修繕したり、新しいものに取り替えるつもりだ。
 それが良いかも、と頷く折々。床に直接雛道具を飾るのはちょっと、いただけない。
 そういうことなら任せてくれと、琉央は纏から箱を受け取り言われた場所に並べる。飾りつけなどはお手上げ状態なので女性陣にまかせ、こういう所で役に立つしかないのだ。同じような事を言って柾鷹も先ほど、雛飾りに供える品を買ってくると町に出て行った。
 色々準備があるんですねと感心した一家を前に、まず折々が取り上げたのは几帳。雛飾りを並べる時は、奥から並べないと最後に手前の飾りを倒してしまうかもしれないと、彼女の母が言っていた。
 ゆえにまずは最奥に几帳を置き、次に雛人形を。男雛と女雛は左右に並べて飾るものだが「ん〜、一番上はウチでは男が左だったかな。ただ、別のトコだと右だったのも見たことあるし」「私の知っている飾り方ですと男雛は向って右側のようですけれど」と地域によっても違う。結論「どっちでもいい」という事で、折々は男雛を右に置いた。
 隣に女雛を並べておき、その前に高杯を。さらに他の道具についても水波と折々は簡単に、互いの知識が食い違う時は程ほどに折り合いをつけながら、長持・鋏箱・火鉢・台子と手にとって行く。

「アタシにも一つ置かせてくれるか?」

 横からひょいと手を伸ばし、ユガも小さな箪笥を雛壇に見立てた箱の上にそぅっと置いた。ドンと置ければ楽なのだがもちろんそんな訳にも行かず、下手なアヤカシと戦うより、彼女にすればよほど緊張する作業だ。
 それでも参加したのはこれも縁起物と思ったからで。世の女の子はこういう事をして貰っていたのかと、我が身を振り返ったのかもしれない。
 雛飾りが綺麗に並び、来年は1人で並べられるよう妻がせっせとメモも取り終えた頃、買出しから戻った柾鷹が包みを広げて菱餅や紅白の餅、白酒を取り出した。近所から分けて貰った白梅と紅梅の枝もある。
 桃の花や甘酒は水波が用意していたので、彼が買ってきたのはそれ以外の足りないもの。華やかになるね、と折々はそれらも雛壇に並べた。
 見事飾りつけられた雛壇を眺める纏に、やっぱりこういうのが好きなのかな、とふと視線を注ぐ琉央である。これほど立派なものを揃えるのは難しいだろうが、纏が喜ぶなら頑張ってみても良いかもしれない。
 そう考えていた彼は、続く会話に目を見張った。

「もし良かったら、いっしょにひな祭りのお料理を作れたら」
「手伝おうか‥‥酒のツマミはあらかた出来たが」
「‥‥牛さん、料理するのか!」

 割と酷い驚き方に、気にした様子もなく頷く牛さんこと王禄丸。彼もまた雛飾りの手法には詳しくない1人だったので、その後の酒肴を用意する事に努めていたのだ。
 じゃあわたしはちらし寿司とお吸い物を作るから、と折々は妻を伴い台所へ向かう。節句にちなんだ料理とは言え、豪華な食材で豪勢な料理を作る必要はどこにもない。大切なのは無理せず、出来る限りの中でそれを楽しむ事だ。
 何から何までありがとうございます、と微笑む妻に首を振る。

(何かの縁でこうしてお呼ばれしたんだから、やることは全部やらなくちゃ嘘かなってね)

 そうして彼女に出来ることは、今は雛料理を教える事である。





 最後に雛人形の手入れや仕舞い方を教えてもらっていた妻に、水波がそっと差し出したのは紙で作った、犬の姿を模した一対の張子だった。

「義妹様と生まれてこられるお子様にこれを‥‥赤ちゃんの護り神なんですよ」

 場所によっては犬の張子はそう言われている。だからとてもささやかだけれど、やがて子が生まれると聞き、思いついたのが犬の張子を作って贈る事だった。
 優しい気遣いに、大切に張子を受け取った妻は嬉しそうに微笑んだ。まだ月が浅いせいか子が居る兆しの見えない腹にそっと手をそえ『良かったわねぇ』と語りかけている。
 その言葉を聞きながら、氷は「ま、女の子でも男の子でも、健やかに育ってくれって願いは親共通だしな」と呟き、あくび交じりで雛道具に興味津々の子供の相手をしてやった。幼い子からすれば、貴重な道具もただの新しい玩具だ。
 暖かい縁側では、時々雛飾りを眺めやりながらの宴会が始まっている。

「さて、片方は甘酒、もう片方はにごり酒。どちらがそうだと思う?」
「こっちが甘酒‥‥かなぁ?」
「正解だ」

 2つの酒盃を差し出して、戯れに問いかける王禄丸に真剣な顔で指差す纏。見事正解を言い当てた娘に「ご褒美だ」と手渡すと、コクリと口を付けた纏は甘酒のなんとも言えない風味に目を細めた。
 それから、はい、と隣の恋人に手渡す。

「琉央ちゃんも飲んでみる? 甘酒美味しいで♪」

 無邪気な言葉に思わず、差し出された酒盃を見つめる琉央である。その沈黙にきょとんと首を傾げた纏は、次の瞬間自分の行動の意味に気付いてボンッと顔を真っ赤にした。自分が口をつけた酒盃に琉央が口をつけたらつまり――
 「ち、ちゃうねん!」と必死に言い訳するが、顔が真っ赤に染まったままなので説得力はあまりない。それに小さく苦笑して、琉央は酒盃を受け取り甘酒を飲み干した。あぅ、と動きを止めた纏の手を握る。
 この頃は合戦やら何やら、色々物騒な話が多い。仕事とは言えこういう時間を持つのも、たまには和んでいいものだ。だから今日の所は纏と一緒にまったりと‥‥と微笑む琉央の空の酒盃に甘酒を注ぎながら、確かに、と頷く王禄丸だ。

「久しぶりにのんびりできた、かな。最近、どこも殺伐としておるしな。気もほぐせて調度良かった――おや、ユガは酒は良いのか?」
「ああ、アタシは料理を堪能させて貰うからな」

 酒盃の一つもないのに気付いた問いかけに、ユガはちらし寿司を手に首を振った。そうして雛飾りを眺めやる。

「仲間に聞いたが、雛人形の元は身代わりの穢れ祓いなんだってな」
「うん。だから買い直せなんて言われることもあるけど‥‥こういうご家族で代々受け継がれていくやり方もアリだと思うんだよね」

 ユガの言葉に折々は頷いた。地方によっては雛人形に穢れを込めて、川に流す事もある。だがこうして母から子へ、想いを込めて大切に伝えてゆくのも一つの形だろう。
 それには柾鷹も同意見だ。お吸い物の椀を持つ手を下ろし、一家に「こうして受け継がれていくのはとても尊き事。どうか御子にも伝えてやってくれ」と頷いて。
 ふと、呟く。

「しかし‥‥長く置いておくと婚期が遅れると聞いたが、本当なのだろうか?」
「そうなのか。それとも、アタシゃガキの頃に雛祭りを祝って貰わなかったから男運がねぇのか?」

 アタシの代わりに男運の無さを持ってってくれねぇかな、と真剣な顔で雛人形を見るユガに苦笑して、のんびり時を重ねていく。その様子に王禄丸は皆の顔を嬉しそうに眺めやり。
 一家の元を去る時に、折々は雛の一句を家族に手渡した。もしかしたら来年、雛道具と一緒に飾られるのかもしれない。

『縁繋ぎ 微笑み湛え 譲り雛』