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■オープニング本文 その村は、賑やかさからは少し離れた場所にぽつねんと存在する。最低限の物資の供給はあり、何かあれば近くの町から警備兵が飛んでくる。逆に言えばただ、それだけの村だ。 それでもその村は、シャロンが生まれ育った愛すべき村だった。もちろん暮らしには不満もあって、父親が村で小さな診療所の真似事などをしているのでその手伝いを強制的にさせられるのが時々不満だったりもするけれど、それでも。 けれどもその日、シャロンの愛すべき平凡な日常は終了する。 「‥‥俺を匿え」 息も絶えだえに、だが吐き捨てるようにぶっきらぼうな口調で、突然シャロンの家に踏み込んできた傭兵。ダズと、明らかな偽名を名乗った彼はシャロンの家族に、彼を匿い、食料を提供するよう抜き身の剣を突きつけ要求したのだ。 どうして、と喘いだのは意味なんかなかった。目の前に抜き身の剣がある恐怖と、それを突きつけているダズへの恐怖。そして何が起こっているのか判らない混乱が、そんな言葉を紡がせたに過ぎない。 けれどもダズは、シャロンの言葉に応えた。ニヤリと唇の端を引き上げて。 「脱走だよ‥‥逃げ出してきたんだ、雇い主からな」 「‥‥ッ」 息を飲んだのは、シャロンではなく父親だ。多くの軍隊で、脱走は重罪だ。金で契約する傭兵ならばなおさら、期日も待たずに逃げ出すのは重大な契約違反になる。 もしかしたらこの男には、追尾兵が出されているかも知れない。もしそうならば、匿った家族も同罪と見なされる可能性もあるだろう。父親はそれを恐れたのだ。 だが、意を決して断ろうとした父の言葉は、シャロンの小さな悲鳴で遮られた。 「まぁダズ、あなた‥‥ッ! 怪我をしているじゃないの」 「ぁ‥‥? ああ、これか。アヤカシにな」 ダズはシャロンの言葉に、右腕にきつく巻いた布を押さえて自嘲を浮かべる。すぐにそれに気付けなかったのは、じっとり血を吸った布は赤を通り越してどす黒く、ダズの上着と殆ど色が変わらなかったからだ。 よく見れば顔色も白い。それが判った瞬間、父親は出ていってくれと言いかけた言葉を飲み込み、代わりに「見せてみろ」とダズに命じた。 「チ‥‥ッ、よけいな、事を‥‥‥ッ」 「怪我人は放っておけない性分でね。シャロン、血止めの薬草はまだあったかな」 「多分‥‥取ってくるわ!」 抜き身の剣など見えてない様子でダズを押さえつけ、止血した布をほどきながらそう言った父親に、大きく頷いてシャロンも納屋へと駆け出した。 時々はうっとうしいと思う事もあるけれど、シャロンは幼い頃から父親が村人の怪我の手当をしてやるのを見ていた。ダズが怪我人だと判ったとたん、恐怖よりも助けなきゃと言う気持ちが沸き起こってきたのは、だから当然のことだった。 ◆ ダズの怪我はどうやってこの腕で剣を握っていたのかと危ぶむほどだったが、幸い半月ほどでどうにか腕を動かせる程度には回復した。自分の事は何一つ話そうとはしなかったものの、恐れていた追っ手がやってくる事もない。 とはいえ事情が事情なので、納屋に隠れさせたダズに食事を運ぶのが、シャロンの新しい日課になって。もう少し腕が動くようになったらもっと遠くまで逃げなけりゃな、と自嘲してダズが言うのに、ほんの少し寂しさを感じるようにもなった。 契約違反の前科がある傭兵を、好んで雇う人間はいない。だから彼がそれでも傭兵として生きていくのなら、少なくともそういった事情の伝わらない遠方に向かう必要がある。 それは理解していたけれど、でもその日が遠ければいいとぼんやり考えていた、そんなある日の事だ。 「‥‥ぇ、私達も避難を‥‥‥?」 「ああ。少し前から、反乱がどうとか言っていただろう。いよいよ収まらなくなってきたらしい」 だから村を上げて、安全な場所まで避難する。そう言った父の言葉は理解出来た。理解出来たけれど。 知らず、シャロンは納屋を振り返った。そこにはまだダズが居る。ようやく自分で匙を握って食事が出来るようになったばかりの、雇い主から逃げ出してきた傭兵が。 なぜダズが契約を違え、雇い主から逃げ出してきたのかは知らない。だがダズが語らなくとも、見ていれば判る事もある。なぜ逃げたのかは判らなくとも、どこから逃げ出してきたのか位は。 どうするの、とすがるように父を見た。それに返って来るのは苦い表情。ダズは手当てを終えた後、この村が反乱に協力しているかどうかを父に確かめ、そうではないと知ってほっとしていた。 きっと彼は、反乱軍から逃げてきたのだ。だから反乱軍には戻れないし――といって領主軍にそれと知れれば、よほど重要な情報を握ってでもいない限り反乱に協力したと罰せられる事だろう。そして彼を追ってくる兵がいないと言う事は、重要な情報は知らないと見ていい。 つまり、見つかれば、反乱軍から逃げてきた傭兵と知れればダズの身は危うい。けれども一人で逃げられるほど、彼の腕は回復していない。 「お父さん‥‥」 「何とか‥‥誰かに頼んでダズを逃がしてもらうしかないが‥‥」 彼とて、怪我人を引き渡すのは嫌だ。だが状況は驚くほどに手詰まりで。 どうすれば良いのだろう、と父娘は小さな家の中で額を寄せ合い考えていた。言い渡された避難の期日は、それほど猶予はなかった。 |
■参加者一覧
玖堂 羽郁(ia0862)
22歳・男・サ
八嶋 双伍(ia2195)
23歳・男・陰
平野 拾(ia3527)
19歳・女・志
千羽夜(ia7831)
17歳・女・シ
陽乃宮 沙姫(ib0006)
21歳・女・魔
アグネス・ユーリ(ib0058)
23歳・女・吟
シャンテ・ラインハルト(ib0069)
16歳・女・吟
尾上 葵(ib0143)
22歳・男・騎 |
■リプレイ本文 避難援助依頼は村長からだ。言い渡された期日まではあまりに短く、移動中にアヤカシに襲われないとも限らない。戻れるのはいつになるとも知れないので、荷造りも簡単には済まない。 だから手伝って欲しいと言う依頼を受けた、玖堂 羽郁(ia0862)の表情は険しかった。 「戦に巻込まれるのは、いつも非戦闘の人‥‥だよな‥‥」 どんな大義名分があってもその事実は変わらない。やるせなさを感じながら雪に閉ざされた道の向こうを眺めやる。 ‥‥と。 「‥‥? あんな所に女の子だわ?」 ようやく見えた村を囲む柵にもたれ、ぼんやりと積もった雪を眺めている少女の姿に、千羽夜(ia7831)は首を傾げた。何というわけではないが、妙に何かが引っかかる。 故に声をかけた千羽夜に、少女はぱっと顔を上げ、驚いた様子で千羽夜を見た。それからこっくり首を傾げ、旅の方ですか? と尋ねる。 「ううん。私達は避難を手伝いに来た開拓者なの♪」 「開拓者‥‥?」 ますます驚き顔になった少女は『開拓者』ともう一度口の中で呟いた。あの、と何かを言いかけて、一度言葉を切って足りを見回す。見回して、誰も居ない事を確かめて。 「どうか、私のお願いを聞いてもらえませんか?」 実は、と思い詰めた眼差しで祈るように少女、シャロンは村にいる逃亡中の傭兵を遠方に逃がして欲しい、と言った。兵士にはもちろん村人にも内密に。 それに拾(ia3527)が頷いたのは、シャロンの眼差しがとても真剣で、ダズという傭兵を心から案じていると解ったからだった。 「なんとかしてあげたいのですっ」 「可愛い女の子の頼みは断れないわぁ♪」 ぐっと両手を握る拾の言葉に、アグネス・ユーリ(ib0058)もクスクス笑いながら頷く。ほんのり淡い恋の匂いに、もちろん千羽夜も異論はない。 だがふと八嶋 双伍(ia2195)はシャロンの言葉に、契約を重んじるはずの傭兵が仕事を放り出して逃げ出すなんて、と思いを巡らせた。傭兵稼業は信用商売。契約違反など、信用を損なう最たるもののはず――そう考えかけて、ふと頭を振って思考を止めた。 誰にだって言いたくない事の1つや2つは存在する。それをことさらに暴き立てるのは、あまり良い趣味とは言えない。 だから彼が言ったのは、まったく別の事だった。 「2手に分かれた方が良いでしょうね。依頼主にも会わなければなりませんし」 「私は避難のお手伝いを――ダズさんはご心配ですけれど」 ポソリ、陽乃宮 沙姫(ib0006)が呟く。あくまで村から受けた依頼は住民の避難援助。まずはそちらの算段をつけない事には、と言う沙姫に、シャンテ・ラインハルト(ib0069)もまずは村人のほうへ行くと手を上げた。 家を、村を、一時とはいえ捨てていかなければならないと言うのは、とても悲しい事だ。生まれた時から暮らし、これからも暮らしていく場所から、戦と言う理不尽な暴力で追われる。だがせめてその心の拠り所までが失われる事のないように、彼女は全力を尽くしたい。 逆に張り切ってダズに会いに行くと言う拾に、尾上 葵(ib0143)は同行する事にする。「頑張りましょうっ」と気合を入れる少女の頭を、ぽむぽむ叩いて苦笑い。 (何が運命なのかなんて、誰にも分からないよな‥‥) 普通、シャロンがどうやらダズに抱いているらしい淡い想いは、実るはずもないものだ。だがだからこそ、せめて今だけは悔いを残さないように。葵は少女にそう願い、その手伝いができたら悪くはない、と思う。 開拓者達の応えに、シャロンはぱっと顔を輝かせて頭を下げたのだった。 ◆ 村の中程の、見た限りでは他の家と大差ない石造りの小さな家を訪ねた開拓者達に、依頼人は「わざわざ遠いところをありがとうございます」と頭を下げた。 「何かご不便があれば言って下さい。それでは‥‥」 「あ、あの。特に避難の準備に手間取っている家とか、皆さんの様子も聞かせて貰って良いですか?」 簡単な挨拶だけで話を終えようとした依頼人に、千羽夜は慌てて声をかけた。 今、依頼人に会いに来ているのは千羽夜の他、羽郁とシャンテ、沙姫だけだ。アグネスは一足先に村人に会いに行き、積極的に話しかけてダズや、ダズに会いに行った双伍や拾、葵に注意が向かないようにすると言っていた。 故に、ダズに会いに行った仲間が戻ってくるまでの時間を稼ごうと、質問したり、ジルベリアの気候について他愛のない話を振る千羽夜に、協力して羽郁やシャンテも話を振る。一応、ダズは開拓者達が雇った案内人と言い通すつもりだが、それはダズ本人とコンタクトが取れてからの方が良い。 仲間達がそんな風に時間を稼いでくれている頃、ダズの隠れる納屋に向かった3人は、警戒心剥き出しの手負いの傭兵と対峙していた。 「‥‥‥」 「あ、あのっ! ひろいたちは味方ですっ!」 無言で鋭く睨みつけて剣に手を伸ばしたダズに、びくりと跳ね上がりながら拾は必死に訴える。その言葉に、ダズは剣を不器用に構えながら「味方?」と不審そうに繰り返した。 念のため、葵はいつでも拾を庇える位置に立つ。いっぱしの開拓者である拾にこんな事を言うと気を悪くされそうだが、彼にとって女性はどうしても護る対象、という認識だ。だがやっぱりそれは失礼な話なので、努めて気づかせないようにしようと考えながら、いつでも抜けるよう剣の柄に手をかけておく。 実は、と双伍がダズに言った。 「私達はシャロンさんに、あなたを逃がして欲しいと頼まれたんです」 「シャロンに‥‥」 「えぇ。あなたを『此処に来る時に頼んだ案内人』という事にしようと思うのですが」 どうでしょうか、と確認する双伍の言葉に、ダズは難しい顔になって真偽を確かめようと双伍を、次いで拾と葵をしげしげと頭のてっぺんからつま先まで眺め回した。その眼差しにまた拾がびくりと肩を揺らす。 逃亡兵が疑り深くなるのは当然の事だ。双伍は気にした様子もなく微笑み、符を取り出してダズの前に、ヒラリ、と置く。 「術で治癒してみましょうか。その腕で逃げるのは大変でしょう」 「‥‥‥なぜだ?」 「シャロンさんに頼まれましたからね」 引き受けた以上は全力を尽くすまで、と当然のように言い切った双伍に、ぽかん、とダズは呆れ顔になった。そうして、バカばっかりか、と毒吐き抜き身の剣を放す。無理に剣を握ったせいだろう、腕に巻かれた包帯には赤い色が滲んでいる。 他にも仲間が居てダズを逃がすために動いていると説明すると、ますます傭兵は呆れた顔になった。そんなダズにまた来ると言って3人が本来の依頼人の元へ戻ると、ちょうど話も終わる頃だった。不思議顔の依頼人に双伍と千羽夜は「怪我をした案内人の治療のため」遅れたのだと説明する。 無言でコクコク頷く拾と葵も見ながら依頼人は、疑った様子もなく頷いて今度こそ話を切り上げる。ほぅ、と胸をなで下ろし、開拓者達は手分けして村人の避難準備の手伝いに取りかかった。 先に村人達とお喋りしながら荷造り手伝いや話し相手などをしていたアグネスが、やってきた仲間達の様子を見て、どうやらうまく行っているようだと予想をつけた。だがもちろん避難準備の状況を伝えるのみで、ダズのことはいっさい口にしない。 そんなアグネスの足下にまとわりついて離れようとしない子供達が、新しく増えた開拓者達をじっと見て、この人達も一緒に行くの? と尋ねた。 「そうよぉ。だから安心してね、みんな、伊達に開拓者はやってないわよ?」 「すごぉい!」 クスクス笑い合う子供達の頭を軽く撫でるアグネスだ。こんな風に笑ってくれるようになるまでに、口笛で気持ちを和ませたりと、色々心を配っている。 羽郁や沙姫も安心して、依頼人から特に手伝って欲しいと頼まれた家を訪ねては荷物を纏める手伝い始めた。 シャンテもアグネスと一緒に、特に周囲の変化に敏感な子供や赤ん坊、そして生まれ育った場所を離れるのに抵抗が人一倍強い老人の話し相手をする。ことに老人の中には、幾ら危険だからと言っても避難そのものに難色を示す者もいて。 「『故郷』は、場所でなく、人と思い出、です」 そんな老人達を、シャンテはそんな風に説得に努めた。 本当に大切なのは、暮らしてきた場所ではなく、そこで培われた大切な誰かとの思い出で、共に笑い合う誰かだ。それがある限り、故郷は彼らと共にある。だから他の皆と一緒に生きていくために。その『本当の故郷』を失わないために、どうかここは一緒に避難して欲しい。 シャンテはそう説得し、荷物を作る時には思い出の品を優先して詰め込んだ。多少荷が多くなろうとも、極力持ち出せるように工夫する。 小さな村の大避難は、ようやく準備が整い始めていた。 ◆ 村人達の慰問の為、村の広場ではささやかな開拓者の演奏会が催された。村人や兵士の注意を引いてダズを逃がす隙を作るため、だが村人達を力付けたいと願っているのも本当だ。 まだジルベリアの多くは雪に閉ざされている。だがすぐそこにある春を待つ希望の歌に、願いを込めてアグネスは高らかに歌う。歌いながら伸びやかに手足を伸ばし、リズムに合わせて軽やかに踊る。 伴奏を奏でるのは沙姫のラフォーレリュートとシャンテのオカリナ。羽郁や村人が手拍子を打ち始めたのににっこり微笑んで、アグネスはますます高らかに希望を歌い上げる。 楽しげな歌と踊りが終わると、踊り手と2人の奏者に惜しみのない拍手が送られた。その1人である沙姫は、ほんの少し恥ずかしさを感じながら「仕方ないわね」と1人ごちる。普段は地味で目立たない(と思っている)彼女だが、こういう場所では注目されるのは避けられない。 入れ替わるように舞台の際にやって来た羽郁の姿を見て、アグネスはキラキラと瞳を輝かせた。 「天儀の舞を披露されるの? 楽しみだわぁ」 「ええ、行ってきます」 頷いた彼の姿は巫女袴。青い髪を高く結い上げ、扇子を持って立つ姿は雪景色にも凛と映える。沙姫に横笛で天儀風の曲を依頼して、謡を添えて舞い始めた羽郁に村人や兵士の注目が集まった。 その賑やかな音色を聞きながら、納屋の中で葵はシャンテを助手に、ダズの身なりを整える。 「シャロンの話からすると、ろくに風呂も入ってないんか?」 その言葉にダズは顔をしかめ、シャロンは困った顔になった。人が居ないはずの納屋に毎日お湯を運んでは人目に付くので、食事だけでもかなり苦労したのだ。 それでも、不潔が傷を腐らせる事は父も、シャロンも知っている。だから最低限、身体を拭く事だけは欠かさなかった。 シャロンの言葉に、よし、と葵は少女の頭をぐりぐり撫でて褒める。それから、何はともあれまずは着替えだ、とダズの方を振り返った。 「着替えはブリオーを持ってきたんだが、サイズは合うか?」 「ああ」 ダズは癒えたた右手をぎこちなく動かしながらブリオーに着替えた。見た目は一応そこらの村人らしくなったが、傭兵特有の剣呑な空気ばかりは気付かれない事を祈るのみだ。 土産代わりのヴォトカも受け取って懐に納めて、ダズは不安そうに小屋の入り口を眺めやった。そこには拾が居て、心眼で外に人が居ないか伺っている。双伍も人魂を放ち、辺りを確認して。 「どうや、拾、双伍」 「‥‥だいじょうぶです、まわりにはだれもいません!」 葵の言葉に拾はこっくり頷いた。かぶっておいたほうがいいですっ、と貸した皮帽子を指差す。頷いたダズが被ったのを確認して、一行はそろりと納屋を抜け出した。 怪我は治っても、長く動いていなかったので動きがぎこちない。双伍と葵が両側から支えるように歩く先を、拾が辺りを見回しながら進み。 「ん? あれは‥‥」 「ねぇ、兵隊さん! 兵隊さんは演奏会、行かないの?」 「ああ、だが‥‥」 「あの人は次の避難先に新しい開拓者を案内する事になっているんだけど、怪我をしてるしお世話になったから、仲間が次に案内する開拓者と落ち合う場所まで付き添う事になったの」 声をかけようとした警備兵に、千羽夜がにっこり声をかけた。その手にある天儀風のお菓子に警備兵の意識がそれる。そのまま世間話を始めた千羽夜に感謝の眼差しを送り、彼らはまた歩き出した。 背後から追いかけてくる曲目は、シャンテの奏でる旅立ちの歌。追われて逃げるのではなく、自ら未来へと進む勇壮な曲――それは村人への応援であると同時に、まるでダズへのエールのようだった。 ◆ 村を出るまでには何度か、危険な場面があった。時には演奏の休憩中だった沙姫が問答無用でサンダーで黙らせたり、葵がオーラを纏って「アヤカシが!」とあらぬ方へ走り出したりして。 だからようやく村から出た時、全員が深い安堵の息を吐いた。村からはまだ楽の音が続いている。だがダズがそちらを振り返ったのは、そのせいではないだろう。 だが葵があえて触れず、辛いならお姫様抱っこしてやろうか? と言うと嫌そうなしかめっ面が返ってきた。それに苦笑して村に背を向けようとした彼らは、だが再び足を止めた――聞こえてきた少女の声に。 「ダズーッ!」 それは偽名だが、他に呼ぶ名を知らない彼女にとっては真の名に等しい。ハッと顔を上げた男の表情から察するに、彼にとっても真の名となりつつあるのだろう。 シャロンは全力で駆けてきて、ダズの前で止まって大きく肩で息をした。戸惑い顔の傭兵に、荒い息の下から必死で「私‥‥ッ、またあなたに会えるかしら!?」と言う。 ぼんやりと村の入り口の方を見ていた彼女に、アグネスは言った。また会いたい? と。偽名で手負いで逃亡兵、と来ればどう考えてもこの先再会する事は難しい。例え会いたいと願っていても、追われる身では迷惑がかかると考えられるかもしれない。 けれども『縁はね、時にはがしっと掴んでおかないと、なんない時もあるものよ』とからりと笑った女性の言葉は、シャロンの心を揺さぶって。1歩も引かない少女に拾は「なにかもちものをこうかんしては」提案する。演奏会の準備の合間にも、拾と千羽夜はそんな事を話していた。 シャロンは少し考えて、胸元から小さなペンダントを引っ張り出した。ダズに差し出し、大事なものだから返しに来てね、と言う。彼女のお守りで、ダズが無事逃げられるよう貸してあげるだけだと。 しばしの沈黙の後、ダズはそれを受け取った。そうして、いつか取りに行くまで置いてきた剣を預かってて欲しい、とぶっきらぼうに告げた男の言葉に、顔を輝かせて大きく何度も頷いて。見送り、戻った村で開拓者達が出迎えてくれる。 「俺が渡したメモ、不要になれば良いって心から祈ってるけどな」 「想い続けていれば絶対にまた会えるわよ。乙女の一途な想いは最強なんだから♪」 「あとは避難ですね」 「必ず戻れます、から」 開拓者達の言葉に少女は何度も頷いた。そうして、やがて来る再会を強く願ったのだった。 |