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■オープニング本文 春来たる。 段々と日差しが柔らかくぬくもって来て、そよぐ風が身を切り裂く冷たさを和らげ優しく頬を撫でるように吹き抜ける。 ふと見上げた木々の枝に、小さな小さな緑が宿るのを見つける。 見下ろした大地からひょっこり芽を出す春の息吹に、思わず微笑がこぼれる。 春来たる。 暖かな、始まりを予感させる季節が。 ◆ 綾(あや)は春が好きだ。夏も秋も冬もそれぞれに美しいが、そのどれよりも春が好きだ。 時期に本格的に春めいてくるこの季節、衣替えを前に綾が勤めるお屋敷では使用人達が一斉に、この辺りの冬の衣装である綿入れから綿を抜き、縫い合わせて袷に仕立てる。その作業も綾は好きだ。やがて来る春を、これ以上に身近に感じられる仕事はないと思う。 だから今日も綾は綿を抜く。抜いて、一針一針丁寧に着物を縫い合わせて袷に仕立てる。ついでに綻んだ所や、体の丈にあわなくなってきた所は袖を伸ばしたり、逆に縫い縮めたり。 それは重労働ではないが、結構根気と時間の掛かる仕事だ。おまけに、綾のような庶民は綿入れなんて2〜3枚もあれば一冬困らないものだけれど、お屋敷のお嬢様や奥様、だんな様ともなれば人と会ったりする為に仕立てた衣装だけでも何枚にもなるし、そうではない普段遣いの綿入れも結構ある。 ゆえに何日もかけて綾達は、ちくちくと針を動かし、綿を抜き、抜いた綿を干して冬が着たらまた袷に綿を入れるために取っておくのだが。 「え‥‥起き上がれなくなった‥‥ですか?」 「そうなのよ、いえ、起き上がれるんだけどすぐに眩暈がしてしまって――どうも、お医師が言うにはこのところ、ずっと針仕事をしてたでしょう? 疲れが溜まっているのじゃないかって」 ごめんなさいねぇ、と床に伏せたまま謝る使用人仲間の菊(きく)に、とんでもない、と綾は首を振った。 確かに細かな針作業は、綾も時々疲れて目がかすんだり、肩がこってどうにも辛い時もある。ましてここ数日は菊も綾も、お屋敷の方達の身の回りのお世話以外はずっと針を動かしていたのだから。 「ゆっくり休んでくださいね」 「ありがとう。奥様もしばらく休んで良いと仰ってくださったのだけど‥‥でも綾、まだ綿を抜き終えてないでしょう?」 「それは‥‥」 菊の事を聞いた奥様は気の毒にとすぐにお医師を呼んでくださって、しばらくゆっくり休むように言ってくださった。それはとてもありがたいし、実際そうするべきなのだが、自分が抜けたら衣替えまでに綿抜きが終わらないのでは、と菊は心配しているのだ。 そんな菊の言葉に、綾も続く言葉が見出せない。実際、まだお屋敷のお嬢様の分の綿入れは全く手付かずで、お嬢様自身は『いつでも良いのよ』とおっとり笑っていたけれど、使用人の立場からすればそうもいかないわけで。 だがしかし、綾はきっぱり首を振り、申し訳なさそうに床の中から自分を見上げる菊の手をしっかり握った。 「大丈夫です。何とかしてみますから」 「そう‥‥? 本当にごめんなさいね」 申し訳なさそうな菊に、こんな時はお互い様ですよと笑って綾は使用人部屋を出る。出て、まずは奥様の所に行こうと歩き出す。 菊がしばらく休む代わりに、お嬢様の綿入れの綿を抜くのを手伝ってくれる人を頼みたいと、願い出るつもりだった。 |
■参加者一覧
鷹来 雪(ia0736)
21歳・女・巫
秋霜夜(ia0979)
14歳・女・泰
銀 真白(ia1328)
16歳・女・志
劉 厳靖(ia2423)
33歳・男・志
ニノン(ia9578)
16歳・女・巫
ネネ(ib0892)
15歳・女・陰 |
■リプレイ本文 春の準備にパタパタと慌しいその屋敷の表に立って、ごめん下さい、と白野威 雪(ia0736)はそこに居た少女に声をかけた。身につけているふっくらした着物は綿入れだ。 なるほどまだ終わってないのか、と思いながらぺこりと頭を下げる。 「お手伝いに参りました、白野威と申します」 「あら、綾、綾、お手伝いの方がお見えよ?」 「お嬢様! 良いからその綿入れも脱いで下さいまし!」 おっとり声を上げた少女に、慌てて走り出てきた綾が妹を叱り付けるような口調でそう言った。まぁ、と頬に手を当てた少女がこのお屋敷のお嬢様らしい。 お嬢様を奥に引っ込ませた綾は、改めて開拓者達の前に深々と頭を下げる。 「よろしくお願い致します」 「いえ‥‥至らぬ点もあるかとは思いますけれど、よろしくお願い致します」 「あたしも頑張りますね。今日は綿抜きの日なんですね‥‥」 同じく頭を下げた秋霜夜(ia0979)がそう言った。この辺りでは昔から、4月1日は綿抜きの日とされている。この日を境に綿入れから袷へと衣替えを済ませて、5月の節句を過ぎれば単を纏い、十五夜には絽を纏って、9月1日になればまた単へ。重陽の頃に袷を出して、10月1日に綿を入れる。 来る道すがらにそう聞いた霜夜の言葉にこくりと綾は頷いた。日が決まっているから、お屋敷ではその準備で毎年大わらわ。 ほぅ、とジルベリア出身の2人が感心の声を上げた。 「これが噂に聞く『ころもがえ』という年中行事ですね!」 「同じ着物に綿を出し入れして使いまわすとは、天儀の人々の知恵には感心させられるのぅ」 わくわく瞳を輝かせるネネ(ib0892)に、ニノン・サジュマン(ia9578)もこくこく頷いた。あちらでは重ね着をしたり、夏用の衣装と冬用の衣装を取り替えたりはするけれども、同じ着物に手を加えはしない。 故に、どんなだろう、と楽しみなネネである。ニノンも「次の冬から、わしもお気に入りの着物に綿を入れて使うことにしようかの」と興味津々の様子。 こちらへ、と綾に案内されて歩く屋敷のあちらこちらに満ちる春の気配に、春の準備か、と銀 真白(ia1328)が呟いた。 「春は好きだぞ。暖かいし、昼寝も気持ち良い季節だからな」 「確かに良い昼寝日よりだな。たまにはこういう仕事もいいかねぇ」 こっくり頷いた真白に、多少さぼってても大丈夫そうだしな、と笑う劉 厳靖(ia2423)である。いやもちろんちゃんと仕事もするが、内容が内容だけに同行のお嬢さん達の方が得意そうだし。 若干向けられた白い目に、戦ってばっかじゃ疲れちまうからな、とからりと笑う厳靖の隣を歩きながら、霜夜がほむりと腕を組む。 「お針仕事は‥‥少し前、依頼でキルトラグを作ってきました。そこで手ほどき受けましたから、少しはお役に立てるかなぁ‥‥」 「他にも綿を乾かしたり‥‥ちょっと重くて大変で」 「力仕事? なら、そちらは任せて下さい!」 ほぅ、と息を吐いた綾の言葉に、霜夜はぱっと明るい笑顔で胸を叩いた。幸い、今日はお昼寝日和であると同時に、良いお洗濯日和だ。 ◆ 見舞いにと、訪れた人達に菊は慌てて床から起き上がった。だがすぐにくらりと揺れた頭を支えるように額に手をあてた彼女に、無理をするでない、とニノンは携えてきた菜の花を膝の上に置きながら言う。 恐らく、臥せっていると言う菊は綾以上に、仕事の進み具合を気にしているのではないか。だから安心させる為にも、と見舞いに訪れた開拓者達だったが―― 「とんだご迷惑をおかけして‥‥」 「菊さん。あたし達、菊さんの穴埋めじゃなく、春のお支度のための増援なのです♪ だから申し訳無いとか言わず、ゆっくり養生して下さいな」 「焦らずとも春は始まったばかり。ゆっくり体を労るのじゃぞ」 思った通り、ずいぶん気にしていた様子で頭を下げた菊の手を取り、霜夜はにっこりそう言った。ニノンもこっくり大きく頷く。 疲れが溜まって倒れたと言うのであれば、気を病んでいては治るものも治るまい。部屋の窓は開け放たれていて、春の暖かな柔らかい風がそよりと吹いてくる。だが菊が気にしているのはそれよりも、外から聞こえてくる春の準備の進み具合のようで。 その窓から見える春咲きの花が群れている辺りを眺めながら、本当はのんびりあの辺りを散歩して休養した方が、とネネは思いを巡らせた。綺麗な景色を見て、穏やかにのんびりと過ごせば疲れも吹っ飛んでいくだろう。 けれども、半身を起こしただけでも眩暈がする今の菊を連れ出すのは無茶だし、何より本人が気になって屋敷を離れたがるまい。また終わったらご報告に来ますね、と微笑むと、菊はお願いしますとまた深々と頭を下げ。 「桜餅をお持ちしました。置いておきますので召し上がってください‥‥疲れた時には、甘いものと言いますものね?」 「‥‥無理はしないほうが良い」 微笑んで枕元に桜餅を入れた箱を置いた雪の傍で、真白もこっくりそう言った。手に握っていた花をニノンの置いた菜の花の上に置く。置いて、じっと菊を見る。 あまり人付き合いが得意ではない事を自覚している真白は、だから菊の見舞いにも来たものの、見舞いなら花だな、と携えてきたのが精一杯で。これで役に立つのかは解らないが、と無表情の下で少し心配しているのだが、どうやら菊には通じたようだ。 ありがとうございます、と菊は2人からの花を抱いて嬉しそうに微笑んだ。それは、優しい春の香りがした。 ◆ まず、お嬢様が綿入れ姿でふらふらしていた事から判るように、綿抜き作業はまだまだ山盛り残っていた。それらを確認した上で、どの位の速さで進めれば期間中に作業が終わりそうかを、真白はじっと考える。 「闇雲に進めても無用な労力を使うだけだからな」 手付かずで残っている綿入れの枚数や、綾から聞いたおおよその作業時間もあわせて考えながら、こんなものだろうかと簡単に計画を立ててみて。 一から仕立てるのではないし、手直しなども不要な綿入れは、何箇所か解いて中から綿を抜き、縫い合わせるだけで済む。とは言え使っている生地自体が上等なものだから無理やり手を突っ込んで引っ張り出すわけには行かないし、縫い合わせるのも縫い目に気を使わなければならないので、やっぱり普通よりは時間がかかる。 その辺りも考慮して、だが人手があって分担作業が出来ることを思えば、と考え考え告げた真白に、それで良いだろ、とあっさり頷く厳靖だ。 「俺に出来そうな事って言ったら、とりあえず、糸解きくらいかな。それをやらせて貰おうか」 「では私も糸解きと、綿の抜き取りを」 「私も、あまり手先が器用ではないので‥‥終わったら綿干しを手伝いますね」 積み重ねられた綿入れの前にちょこんと座り、さっそく雪とネネもそれぞれ綿入れを手にとって細かな縫い目に目を凝らし始める。だいたいこの辺りを解くんです、と綾から教えられた辺りの結び目を探しては、そっと鋏で端を切って丁寧に解いていく。 もし糸が切れるようなのがあったら、全部解いて下さいね。 綾は自身も綿入れを手にしながら、開拓者達にそう言った。抜いている間に切れるような糸は、弱くなっているので新しい糸で縫い直す必要がある。場合によっては生地も弱くなっているかもしれないし、そうなったら仕立て直す事になるし。 そう簡単に言われはしたものの、絹糸を解いて抜くのは案外コツが居る。プツリ、と切れるのも果たして糸が弱いのか、力の加減が上手くいっていないのか。 うーん、と悩むネネの横で、意外な事にするすると糸を抜き解いていく男、厳靖。その鮮やかな手つきに思わずじっと見つめる雪とネネの前で、一先ず一枚解き終わって、抜いた糸を軽く束ねると、2人の前にほれ、と置いた。 「綿抜きは頼んだぜ」 「あ‥‥はい」 「わ、解りました」 こくこく頷いて綿入れのあちらこちらから手分けして綿を抜き始める雪とネネ。ついでだから2人が持っていた綿入れの糸も抜いてやり、その分もまとめて一緒に置いておくと、さてそれじゃあちょっと休憩、と素早く席を立ってどこかにふらりと消えていく。 意外な才能を見せ付けた厳靖に、ポカン、と口を開けて見送る一同だ。だがいつまでもそうしている訳にも行かず、ふと我にかえって顔を見合わせると、そそくさと目の前の仕事に戻っていく。 基本的には気を散らして失敗したりしないように、黙々と。前日までに綿を抜いて、まだ縫い合わせが終わっていないものもあったので、ニノンや霜夜はそちらからまず取り掛かって。 「さすがに上流家庭の着物は上等じゃのう。どうじゃ、この美しい色と柄。わしも春物を新調したくなってきたわ」 黙々と針を動かしていたニノンが、ほう、と手の中の着物を眺めて誰へともなく声をかけた。年中通して着るものだから、季節の図柄は極力取り入れられては居ない。だがそれでも織りで小花をあしらったり、染めや刺繍で鮮やかに描かれた動物や風景、或いは色とりどりの花の模様は、目を見張るものがあって。 春物を仕立てるならば桜か、蝶か。少し季節を先取りして、凛と咲き誇る菖蒲の立ち姿も良いだろうか。 そんな事を呟くニノンに、ふと手を止めて好みの柄や、この着物ならこの帯を、意外にこういう組み合わせも、だったら帯止めはこんなのが、と手持ちの着物や小物、店先や街中で見た気になる着こなしなどを話し始める女性達だ。真白はその間も黙々と針を動かしながら、楽しそうな話に耳を傾けるのみだったが。 手伝いに来たこちらが疲れて倒れては元も子もないし、程ほどの息抜きは必要だと思いながら、ふと見れば綾も手だけは動かしつつ、女性達の話に耳を傾けては時折頷いて紙に書き付けている。お嬢様の着物の参考になりそうだと、彼女は彼女でこんな時でも気が休まらないようだ。 やがて抜いた綿がある程度溜まってきたら、霜夜とネネは手分けして綿を縁側へと運び出す。冬の間に湿気を含んだ綿は、纏まれば結構ずしりとくる重さで。ヨロリ、と一瞬よろけたりしながら縁側に積み上げ、ふと見ればごろりと転がっている男が1人。 「これで酒があれば‥‥てのは流石にまずいわな」 「ダメです。おサボリはいけません!」 苦笑いを零した厳靖の言葉に、両手を腰にメッと怖い顔で睨むネネである。だが当の厳靖はと言えば、のんびり寝転がって春の日差しを存分に堪能しながら「わっはっは、ちと休憩してるだけだ」と豪快に笑って取り合わない。 むぅ、と唇を尖らせ、ネネは厳靖の脇腹辺りに狙いを定めた。 「ていッ!」 「うわッ!? とと、わかった、わかったから落ち着け‥‥と、綿を天日干しするのか?」 激しい突っ込みにたまらず起き上がった厳靖は、縁側に積み上がった綿の山と、その傍らの霜夜とネネを見比べた。こくこくと頷く2人に、じゃあ手伝うかと腰を上げる。綿の天日干しが力仕事と言うのは事前にも聞いているし、たまには手伝っておかないと屋敷の中から注がれる視線が痛い。 霜夜が日当たりの良い辺りを見繕ってムシロを広げ、その上にせっせと縁側から3人で綿を運ぶ。そうしてよく日に当たるように平らに並べたり、猫の手でモソモソほぐしたり。 そうしている間にも部屋の中ではどんどん綿が抜かれて、縁側に積み上げられる。それをどんどんムシロを広げて天日の下に並べ、ほぐし、ひっくり返し―― 「‥‥で、劉殿は何をやっているのじゃ?」 「‥‥休憩ばかりしているようなのは、ダメだぞ?」 「少しくらいなら、見逃して差し上げたく思いますけれど‥‥」 「ああ、分った分った、手伝うって」 いつの間にかまた縁側でほっこりサボり体勢に入っていた厳靖に向けられる、冷たい突っ込みの嵐にまた肩をすくめて立ち上がり動き出す男である。あやつにはこれはやらぬ、と苦い顔をするニノンが盆に乗せているのは甘酒を牛乳で割った飲み物だ。 意外と疲労回復に効くとかで、気分転換がてら作ったものを振舞いみんなで休憩しようと縁側まで足を伸ばしたのである。綾は綿抜きの進み具合が気になるようだが、休むのも仕事と言われて大人しく針を置いた。 クスクス笑いながら雪が出したのは、先ほど菊にも見舞いにと渡した桜餅。みんなで休憩する時にもと、余分に作って持ってきた。 「ありがとうございます〜。大分片が付いたので、後はお日様にお任せして、他のご奉公の皆さんのお手伝いもしたいと思うのですよ」 「せっかく来たんですから菊さんが起き上がってきてもしばらく休み休み仕事ができる‥‥いえいえ、もうちょっと大きく、他の人たちも休み休み仕事ができるくらい、お手伝いしたいですね!」 嬉しそうに甘酒牛乳と桜餅を頂きながら笑顔で頷きあう力仕事2人組に、真白はこっくり頷いた。彼女達の方はそろそろ縫い合わせがメインになってきていて、自分のものではないのだからと急ぎつつも手を抜いて縫い目が不揃いにならないように、と気を使いながら針を動かすのはなかなか精神的な疲労が溜まる。 こんな作業を毎日毎日根を詰めてやっていればそりゃ倒れもするだろうと、縫い合わせ組はしみじみ納得して頷きあったのだった。 ◆ それからちょっとした大荷物を動かしたり、せっせと針を動かしたりとまた忙しく働いて、夕方、流石に少し肌寒くなってきたなと感じた頃に綿を取り込んだ。忙しい合間にも誰かしらがやってきてほぐしたりひっくり返したりしたので、綿はすっかり湿気も飛んでふんわり柔らかそう。 同じく天日に干してあった綿を仕舞う用の大きな袋にせっせと詰め込み、湿気が飛んだとは言えやっぱりそれなりに重い綿を手分けしてせっせと蔵に運び込む。 「ん、ほれ、足元気をつけろよ?」 「ああ、すまない」 ようやく縫い合わせのほうも今日の作業は一段落ついて、どうせだから仕舞う作業は手伝おう、とやってきた真白の後ろからひょいと支えた厳靖に、支えられた真白は礼を言いながら見えない足元を確かめた。ぎゅっ、と両手で抱きしめるように持ち上げた綿の袋からは、暖かなお日様の匂いがする。 そんな中、隅から少しずつ詰め込んだ綿の袋を見て、きょろ、と辺りを見回した少女が1人。 「ちょっとだけ‥‥わぁい☆」 ほかほかの暖かな綿がたっぷり詰まった袋の上に、こっそり飛び乗って全身でお日様の匂いを楽しむ霜夜。もし実りの季節を過ぎた頃、綿入れのお手伝いに来る事が出来たなら、その時までこの綿が春の陽だまりの匂いを守っていてくれれば良いなぁ――ほんわり考える少女の姿を、他の者達もこっそり微笑ましく見守っていたのだった。 春の衣替えのお手伝いは、どうやら数日中には無事に終わりそうである。 |