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■オープニング本文 ●武闘大会 天儀最大を誇る武天の都、此隅。 その地に巨勢王の城はある。 城の天守閣で巨勢王は臣下の一人と将棋を指していた。 勝負がほぼ決まると巨勢王は立ち上がって眼下の此隅に目をやる。続いて振り向いた方角を巨勢王は見つめ続けた。 あまりにも遠く、志体を持つ巨勢王ですら見えるはずもないが、その先には神楽の都が存在する。 もうすぐ神楽の都で開催される武闘大会は巨勢王が主催したものだ。 基本はチーム戦。 ルールは様々に用意されていた。 「殿、参りました」 配下の者が投了して将棋は巨勢王の勝ちで終わる。 「よい将棋であったぞ。せっかくだ、もうしばらくつき合うがよい。先頃、品評会で銘を授けたあの酒を持って参れ!」 巨勢王の求めに応じ、侍女が今年一番の天儀酒を運んでくる。 「武芸振興を図るこの度の武闘大会。滞る事なく進んでおるか?」 「様々な仕掛けの用意など万全で御座います」 巨勢王は配下の者と天儀酒を酌み交わしながら武闘大会についてを話し合う。 「開催は開拓者ギルドを通じて各地で宣伝済み。武闘大会の参加者だけでなく、多くの観客も神楽の都を訪れるでしょう。元よりある商店のみならず、噂を聞きつけて各地から商売人も駆けつける様子。観客が集まれば大会参加者達も発憤してより戦いも盛り上がること必定」 「そうでなければな。各地の旅泰も様々な商材を用意して神楽の都に集まっているようだぞ。何より勇猛果敢な姿が観られるのが楽しみでならん」 巨勢王は膝を叩き、大いに笑う。 四月の十五日は巨勢王の誕生日。武闘大会はそれを祝う意味も込められていた。 ●朋友対戦 神楽・開拓者ギルド。 あなたは壁に貼られた大会要項に目を通していた。 『◆朋友対戦 参加者募集◆ 朋友達の晴れ舞台! いつもは街中を連れ歩けない大型朋友、珍しい希少朋友はもちろん、もふらさまも参戦。 巨勢王の御前で、ぱぁとなぁの雄姿を見せつけよう!』 (‥‥‥‥) 御前試合にも色々あるらしいが、この試合は朋友同士を戦わせるもののようだ。六体でひとつの組を作り、他の参加組と対戦させるという趣向らしい。 戦うのは朋友、一対一の入れ替え戦。開拓者は指示兼観客だ。 特定の場所で対戦相手を待ち受けて一戦、此方から出向いて一戦。単に強さを競うだけでなく、朋友達のお披露目的な催しでもある。勝っても負けても、祭りの雰囲気を楽しめるだろう。 ギルド内を見渡してみた。他にも参加しようと考えている開拓者がいるかもしれぬ。 (‥‥‥‥) 目が合った。 ギルド内には対戦相手もいるようだが、ひとまずあなたは自分以外の五名の同士を見つけ出したのだった。 ●森の中で そこは神楽から程近い場所にある、そこそこに生い茂った森である。無論、試合を観戦する観客のための最低限の視界は確保されているけれども、それ以外はほぼ手付かずといっても過言ではない。 下草は生え放題。降り積もった落ち葉も処理されているわけではない。だが木々はまっすぐに伸びているものが多く、良く見ればきちんと枝打ちされているのが判るだろう。 「だからこそ、最低限の視界の確保が出来ている訳なのですが」 「はぁ‥‥でも良いんですか? 枝打ちしてるって事は何かに使うつもりなんじゃ」 この会場を用意した男の得々とした説明に、説明された参加者の1人が当然の疑問を向けた。だがきっぱりと男は首を振り、良いんです、とぐっと拳を握る。 「せっかくのお祭事です。それにこれで、うちの森の木が良質だと観客の皆様にもアピールできれば‥‥ッ」 「ぇ、あの‥‥どうやって?」 「その為にも皆さんの活躍に期待してますよッ! 朋友同士の戦い、いやぁ楽しみですなッ!!」 おずおずとした突っ込みは完全にスルーし、ばしばし参加者の背中を叩いて豪快に笑った男。他に何やら企んでいるようだが、その方向性が完全にずれているように見えるのは気のせいか。 だが確かに木は良質で、まっすぐ伸びていて、ちょっとやそっとでは倒れそうにないほど太く、根をしっかり大地に張っている。この森を舞台に、果たして朋友をどのように戦わせれば良いのだろう――柔らかな腐葉土の積もった地面や、頭上から降り注ぐ木漏れ日などを見回しながら、早速参加者達は相談を始めたのだった。 |
■参加者一覧
玖堂 真影(ia0490)
22歳・女・陰
紙木城 遥平(ia0562)
19歳・男・巫
花脊 義忠(ia0776)
24歳・男・サ
乃木亜(ia1245)
20歳・女・志
アルネイス(ia6104)
15歳・女・陰
ニクス・ソル(ib0444)
21歳・男・騎 |
■リプレイ本文 やれやれ、と零れた笑みは、苦くも暖かかった。 「‥‥割と好戦的なんだよな。お前も‥‥」 言いながら、ニクス(ib0444)が見つめるのは龍のシックザール。本来はニクス自身が御前試合に出る為にやってきたのだが、いつの間にやら催されていた朋友同士の試合にすっかり興味を惹かれたらしい相棒は、嬉しそうに鼻をひくひくさせている。 まぁたまには暴れるのも良いだろう、と肩を竦めてニクスは参加の手続きをした。そうして、他の参加者の元へと向かう。 「ニクスという。よろしく頼む」 「よろしくですよ〜」 明るく応えたのはアルネイス(ia6104)だった。相棒は、今は召喚していないジライヤのムロンだという。一風変わった御前試合だが、彼女達にとってはこれが初めての戦闘だし、果たしてムロンはどれほどの戦闘能力を秘めているだろうか。 そう、そわそわするアルネイスに紙木城 遥平(ia0562)が笑みをこぼす。そうして傍らにひっそりと寄り添う龍の韻姫の鱗を撫でた。 どうせ戦うなら、もちろん負けるよりも勝てた方が良い。それになにより御前試合は一種の見せ物でもあるのだから、観客を魅せる試合を心がけたいものだが。 「対戦予定の相手は人妖ですね‥‥手数の差をどう埋めましょうか」 「そう、ね‥‥うちの泉理も人妖だし」 遥平の言葉に玖堂 真影(ia0490)も、少年の姿の朋友の頭を撫でながら思いを巡らせた。 異なる種族の朋友となるとそれぞれに特徴があって予想がつきにくい。だからこそ、色々と戦術を巡らせる事が出来るのだが‥‥ほぅ、と泉理がため息を吐いてぼやく。 「‥‥あーあ、正直今回は素直に不安を覚えるよ‥‥」 「大丈夫よ、怪我したら治癒符で治したげるし。何事も経験よ、経験」 「‥‥ん、判った。頑張るから、見ててね?」 真影の言葉に、こっくり頷いてそう言った泉理である。よし良い子ね、とまた真影は撫でて。 微笑ましい光景に、花脊 義忠(ia0776)と乃木亜(ia1245)は顔を見合わせて笑った。 「さて、俺も松風に頑張ってもらわんとな。最後の戦いのために盛り上げんといかん」 「勝ち負けよりも、観客の方が満足する試合を心掛けましょう」 ねぇ藍玉、と振り返った乃木亜の言葉に、ミヅチはすり、と顔を寄せる。龍の方は自分が話題になったのに、ひょい、としっぽを振って応えて。 試合場は森の中。はしてどんな戦いになるのだろうか。 ◆ 初戦。遥平・韻姫組。 「さて‥‥あちらはやる気十分、のようですが」 見やりながら呟いた先では、少女の人妖がぐっと拳を握りしめている。それを見ながら、ぽん、と遥平が韻姫の鱗を励ますように撫でると、韻姫は応えて高い声で細く鳴いた。 良いですね、と穏やかに説いて聞かせる。 「あちらを振り回してからきっちり当てていきましょう」 「キュィ!」 主の言葉に、韻姫は大きく頷いた。頷き、試合場の中央へと進みながら、一度だけ確かめるように遥平を振り返る。 辺りの木立は枝打ちされて視界はそう悪くないが、あちらこちらに太い幹がうっそりと生えていた。それは人妖の姿も隠すけれども、韻姫の姿も程々に紛れられている、ように見える。 「‥‥ッ」 開始の合図と同時に、人妖の姿が消えた。前のめりに身体を低くして、素早く駆け出したのだ。 韻姫もあわせて木立の間を動き始める。辺りに注意を払いながら進むと、不意に木の陰から飛び出してきた、人妖の拳が向けられる。 それを韻姫は受け止めた。受け止め、衝撃を逃がすように後ろへと自ら下がって、ファングでの反撃を試みる。 あまりにも大きさの対照的な朋友同士。小柄な体躯を活かして次々と拳を叩き込む人妖に、韻姫は後ろに飛んだり、身体をよじって衝撃を逃がしながら爪や牙で反撃し。 だがそろそろ頃合だろうか――重そうな攻撃以外は受け止め続けている韻姫は少し辛そうだ。 「韻姫‥‥ファングで決めますよ!」 「キュィ!」 遥平の言葉に、韻姫が応えた。人妖が韻姫に向かって全力で駆けて来るのを見据え、ぱっかりと大きく口を開ける。 ぞろりと並んだ牙が、瞬間、人妖の上に襲い掛かった。だが、決まったと思った瞬間、人妖の姿が再び消えて。 きょとんと目を瞬いた韻姫に、その瞬間を見ていた遥平が「下です!」と叫んだ。人妖が小さな鼠へと変化したのだ。 はッ、と韻姫が足元を見つめた。鼠が落ち葉の上を駆けり去るのを、慌てて押さえようとするが間に合わない。 「これで‥‥終わりッ!」 「キュィ!」 腹の下に潜り込んだ鼠が、次の瞬間再び人妖の姿へと変じた。そうしてぐっと強く拳を握り、まっすぐに腹へと突き入れる。 韻姫が高く悲鳴を上げた。同時に遥平が降参の手を上げる。 「韻姫‥‥良く、頑張りましたね」 「キュゥ」 傷付いた鱗をそっと撫でる主に、韻姫が鼻面をそっと寄せた。次は頑張りますね、と言っているようだった。 ◆ 次戦。アルネイス・ムロン組。 「えぇと、ムロンちゃん‥‥アレも舐めたいんですか?」 「味見だけで良いのだ〜」 彼女の相棒ムロンは、いかに思いきり小さき朋友を味わうか、と夢想している。だから対戦相手を見て思わずそう問いかけたアルネイスに、大きく頷いて舌なめずりするムロン。えぇー? と対戦相手へと視線を戻した。 鬼火玉、である。 アルネイスはちょっとだけ目を瞑ってその光景を想像してみた。想像して、後悔した。 「絶対、絶対に食べたら駄目ですからね〜!」 「舐めるだけで良いのだ。美味そうなのだ〜♪」 「そのままパクッといきそうです!」 両手をぎゅっと握って切々とムロンに訴える、アルネイスの本気の心配もむなしくムロンはそのまま、試合場へと足を踏み入れた。森の地形は事前にアルネイスと把握してある。どちらかと言えばでこぼことした、ごくごく普通の森の中だ。 「ひとまず‥‥やるのだ〜♪」 開始の合図と共に、ムロンは大きな体でどーんと大きく蝦蟇見栄を切った。まずは先手を打ちたい所。 ぎょ、と鬼火玉の動きが一瞬止まった。だがすぐに鬼火玉は我を取り戻し、全力でムロンに向かって突っ込んでくる。 「おっと〜」 「‥‥ッ」 口調はお気軽だが、動き自体はごく真剣に鬼火玉の突進を回避したムロンである。かわされた鬼火玉は慌てて方向を転換し、再びムロンへと突進してきた。 擬態で周囲の景色に溶け込んで姿が見えにくいが、突進で向かってきた相手を至近距離でとらえれば大丈夫だ。ムロンはぐるぐる目を動かしながらタイミングを計る。計り、再び突進してきた鬼火玉をげしりと大きく踏みつける。 「くぅ‥‥ッ」 「さて、それでは頂きますのだ〜♪」 「ムロンちゃんーッ!!」 踏みつけた鬼火玉を嬉しそうに見つめて、ベロン、と長い舌を出したムロンに、外野のアルネイスの悲鳴が降り注いだ。だが止まらず、ムロンは鬼火玉を大きく一舐め。 鬼火玉の声にならない恐怖の叫びが聞こえた、気がした。ついでに鬼火玉の主が相棒を助けるべく炎を出そうとしているのを、周りの仲間が全力で押さえつけたのも見えた。 うぅぅ、と肩を落としたアルネイスである。完全に戦意を喪失してしまった鬼火玉を残し、意気揚々と嬉しそうに帰ってきたムロンをちろり、と見上げた。 「‥‥どうでしたか?」 「‥‥‥♪」 味の感想を聞く事は叶わなかったが、どうやら満足したようだった。 ◆ 3戦目、真影・泉理組。直前の戦いを見て青くなった泉理を、真影が一生懸命励ましている。 「大丈夫よ! 次はほら、土偶だから!」 「‥‥本当に?」 またあんなんだったらどうしよう、と思いながら振り返る泉理である。あの大きさに舐められたら、本当にぺろりと飲まれるかもしれない。 だがしかし、真影が指さした先にいるのは確かに土偶で。 「あぁん、グッドルッキングボーイ☆」 「‥‥ッ」 確かに泉理を見てそう言った土偶の言葉に、ぐるん、と泉理は勢いよく真影を見上げた。そうして声にならない言葉で身振り手振り、必死に訴える。 真影は、泉理が体中で必死に訴えるのを見下ろした。見下ろし、土偶に視線を戻して、それからもう一度泉理を見下ろして。 「‥‥本当に危ないと思ったら退きなさい。貴方の無事には代えられないから」 そっと視線を逸らしながら告げる。泉理には護身術などの手ほどきをしているが、それはあくまで身内相手。この試合は色々な意味で、泉理自身の役にも立つだろう。 折しも審判が選手の入場を告げた。ものすごく乗り気な土偶と、げんなりした表情の泉理が進み出て。 (泉理、頑張って‥‥っ) すかさず人魂で小鳥を作った。せめて近い場所から見守ってやりたい。 戦闘よりは別の目的で泉理をターゲッティングしているのかもしれない、土偶の前で顔をひきつらせている泉理の姿が見えた。戦闘開始の合図が出ると共に、とにかくさっさと確実に、と泉理は人魂で虫に変化する。 あら、と土偶が首を傾げたのを見ながら、そっと土偶の近くに飛んで行った。ゆっくりと、辺りを見回しながら歩いている土偶をしばし、隙を見つけようと観察して。 「よし、今‥‥ッ!?」 「せっかちですわね☆」 瞬間、人魂を解除して仕掛けようとした泉理の腹目掛けて、土偶が蹴りを放った。げ、と慌てて回避し、距離を取った泉理への追撃は届かなかったけれど。 たらり、と冷や汗を垂らして土偶を見ると、重い蹴りを放った土偶は上半身だけは優雅な仕草で振り返った。振り返り、再び足を大きく振り上げた。 「ちょ‥‥ッ!」 鍛錬は十分に積んでいるし、冷静に対処すればそう不利な相手ではない。だがしかし、ただでさえ不安だったところに精神的ダメージが重なっている。 故に、幾撃かを打ち込みはしたものの、ついに土偶を前に泉理は降参を申し出た。彼の最大の不幸は、彼がたいそうグッドルッキングなボーイだったことだろうか。 ◆ 4戦目、ニクス・シックダール組。 「いけるか?」 背中を撫でて落ち着かせていたシックダールに声をかけると、龍は力強く鳴いた。鳴いて、体が冷えぬようかけていた毛布を落として立ち上がった。 見やればあちらは甲龍。駿龍のシックダールとは対照的な能力の龍は、さながら騎士の如き姿で。 「‥‥落ち着いてやれば、お前ならできる」 「くぅ」 何故か苦いものが混じった主の言葉に、気付いたものかシックダールは大きく頷き、主に鼻面を寄せた。それに微笑んで、「GO!」と背を叩き送り出す。 ニクスは向こうから進み出てきた甲龍を、ほんの少しの動きも逃さぬように見つめた。龍同士なら互いの手の内はある程度わかっているから、後は戦術が大きく勝敗を左右する。 開始の合図と共に、シックダールは空へと飛び上がった。力強い翼の羽ばたきに、あたりの枝が打たれて激しく揺れ、小枝が雨のように降ってくる。 そのまま、木々に少しばかり間隔が空いている辺りを旋回し始めたシックダールの後を追うように、甲龍もバサリと大きく翼をふるわせ宙に浮いた。だがこちらは宙に浮いてシックダールの出方を観察している。 頭上を取るのは難しいようだ。そう判断し、シックダールにそのまま回り込んで攻撃を仕掛けるよう指示を出した。もし飛ばない相手ならば、頭上からのキックで、と思っていたのだが。 主の意を受けて、シックダールは甲龍へと向かっていった。まずは様子を見るように、鋭い爪を閃かせた一撃はだが、堅くなった鱗と鎧に弾かれる。 とどまらず、すぐに離れたシックダールを、追うように甲龍が動いた。守りに入るかと思っていたが、どうやら攻め気らしい。 ニクスは冷静に動きを観察しながら、都度シックダールに声をかけた。 「下から来るぞ、シックダール!」 甲龍の方はシックダールの動きに合わせて、仕掛けつつのカウンターを狙ってくる。だんだん激しくなる空中戦に、もはやニクスの声は届いていないかもしれない。 ‥‥やがて。 「よし、スカルクラッシュ!」 「‥‥ッ!」 相手の叫びと共に、甲龍がシックダールにぴたりと合わせた一撃を加えた。一瞬の静止の後、シックダールが失速して枝を鳴らしながら地上へ降り始める。 舞い降りた愛龍は首をそっと地上に伏せた。そうして詫びるように主に眼差しを向ける。 試合終了の声。ニクスはシックダールに駆け寄って、よくやった、と背中を撫でてやったのだった。 ◆ 5戦目、義忠・松風組。 先の4戦をじっと眺めていた男、義忠はニヤリと笑って相手を眺めやった。彼の、というか松風の対戦相手の姿はまだ見えない。 よし、と振り返った先に、相棒は居なかった。だが。 「来ぉぉぉぉぉぉぉぉいっっ!! 松風ぇぇぇぇぇぇぇっ!!!」 大きく指を鳴らし、腹の底からの大音声で叫んだ義忠に応えて、松風は漆黒の体躯を輝かせて主の元に飛んできた。これも、義忠と松風が日頃行っている訓練の賜物だろう。 ふわりと試合場に舞い降りた松風を見て、対戦相手の少女もどこからか巻物を取り出した。普通ジライヤは符で召還するが、その符を巻物状にしたのだろうか。 双方揃った試合場に、開始の声が響きわたった。動き出した松風が選んだのは、ジライヤへの接近。甲龍の防御力を頼みに、ある程度の攻撃は受け流して接近戦に持ち込みたい。 近づいてくる松風を見て、ムーッ! と少女がなぜか巻物をくわえたまま叫んだ。こっくり大きく頷いたジライヤが、大きく芝居がかった仕草で松風を威嚇するようなポーズになる。 「あれは‥‥挨拶か?」 ピコピコ動いている前足を見ながら首をひねった義忠である。松風に視線を移したら、よく訓練された龍はぴしりと尻尾を鳴らして応えていた。 そうして再び、のそりと動き始めた松風。全身の鱗は堅く強化され、ちょっとやそっとでは傷つかないだろう。 ぴょーん、と跳ねていったん距離を置いたジライヤに松風はまっすぐに近づいていく。何とか逃げにくい、木々が密集した辺りに追い込もうとするのだが、身軽なジライヤはそれを察してピョンピョン飛び回った。 そうしながら、松風に向かって隙を見て張り手を繰り出してくる。 「‥‥ッ」 激しいジライヤの張り手を、松風は一番ダメージが少なそうな場所で受け止めた。受け止めながら、身を捩じらせてジライヤに頭突きしようとする。 「よぉぉぉしっ、一気に片を付けろ!!」 「ムーッ!!」 見ていた義忠と少女の声が、同時に試合場に響いた。ジライヤが慌てて離脱しようとしたが、松風の方が僅かに早い。 べちょッ、と大きな音がして、ジライヤが宙を舞った。おっしゃぁッ! とガッツポーズになった義忠はふと、周りの立派な木々を見回して呟く。 「‥‥丈夫そうだし、松風に蹴っ飛ばさせて三角飛びしたかったんだが」 聞いていた会場提供者がとっても複雑な表情になったのは、誰も知らない話である。 ◆ 最終戦、乃木亜・藍玉組。 対戦相手の猫又の様子に、2人はそっと顔を見合わせた。何しろ、試合場として大きく辺りを囲っている柵の上に立ち、見るからにやる気に満ちている主とは対照的に、柵の下でごろりと寝転がってやる気なく2本の尻尾を揺らしているのだから。 「‥‥藍玉、あまり当てちゃ駄目よ?」 故に乃木亜はそっとミズチに囁いた。解ってる、と言いたげにこっくり頷くミズチ――彼女達の間で、この御前試合は真剣勝負というよりは息抜きめいた、見る人を楽しませる為のパフォーマンスだという認識がある。まして相手がやる気がなければなおさら。 審判の声に、双方の相棒が進み出た。その瞬間、目の輝きが変わった様に見えた猫又に、はっと乃木亜は気付く。 面倒がってはいても、勝負自体は本気のようだ。 「藍玉、木の陰に隠れて!」 だから、まずは試合開始と同時に別の指示を出す。藍玉もそれは感じ取っていたのだろう、素直にぴゃっと動き、手近な木の陰から陰へと移動し始めた。 だが猫又も、後を追って走り始める。向こうの方で主が何か言って居るが尻尾でひょいと応えるのみだ。 追いつこうとする猫又に、藍玉は水柱を放った。パフォーマンスではなく本気の一撃。猫又を水柱が包み込む。にゃふ、とマトモに水を喰らった猫又が流石に動きを止めてブルルと全身を震わせた。 その隙に近寄り、灼熱棘でべしべしと一生懸命キックする。そしてまた木の陰に隠れて逃げようとした後ろから、猫又が黒い炎を吐き出した。 「藍玉、避けて!」 いつしか必死に相棒を見つめ、手を振り回して叫ぶ乃木亜である。辛くもその攻撃を藍玉は避け、逃げる事は諦めて再び水柱を放って。 猫又の方も、同時に閃光を放っていた。一瞬棒立ちになる朋友達。だが藍玉の方が回復が早い。 「‥‥‥ッ」 藍玉はすかさず、猫又を蹴りつけた。ギャッ、と猫又が悲鳴を上げる。上げて、悔しそうに藍玉を見上げる。 必死に、足を振り回して藍玉は戦った。傷が増えたら癒しの水で回復して、また必死に猫又に喰らいつき。 「もー、面倒にゃ〜」 ついに、音を上げたのはあちらの方だった。ごろん、と試合場に転がって傷を舐め始めた猫又に、試合終了の合図が出る。 ほぅ、と乃木亜は胸を撫で下ろして、朋友達の元へ走り出した。まずは猫又の傷を癒してあげて、それから力一杯藍玉を褒めてあげなくちゃ。 ◆ 朋友同士の戦い、森会場での試合は盛況のうちに幕を閉じた。朋友達の激しく、時に愛らしい戦いに見ていた観客からは拍手が沸き起こり、勝った者も負けた者もそれに嬉しそうな照れた笑いを滲ませて。 「よい試合でした、ありがとう」 「ごめんなさい、痛かったですか?」 対戦相手に微笑んで手を差し出した遥平の横で、まだ心配そうに乃木亜は猫又を見つめている。他にも戦いで傷付いた朋友達は、支障がない程度まで真影や遥平が回復をしていたのだけれど。 ニクスは少し離れたところで、丁寧にシックダールの鱗を磨いていた。泉理はすっかりご機嫌斜めで、真影の後ろに隠れてしまっている。その背中を韻姫がそっと鼻の先で押して、まぁまぁ、と慰めている様子。 アルネイスが、両手一杯のお団子を抱えて戻ってきた。 「ご一緒に食べませんか〜。お店のおじさんがおまけしてくれたのです!」 「おぉッ、良いな! 松風ぇッ、団子を頂くぞぉぉッ!」 義忠がその言葉に豪快に笑って、試合後の身体のほぐしに飛んで行ったらしい相棒の名を呼んだ。途端、漆黒の体躯の龍が舞い戻ってくる。 ムロンちゃんもどうぞ、とアルネイスがほっこり微笑み手渡した。色々とあったけれども、こうして無事に全てを終えてまったりする事が出来て良かった。 乃木亜もお団子を受け取って、1個とって藍玉の口に放り込んであげる。そうしてそっと微笑んだ。 「頑張ったから、帰ったら好きなもの沢山あげるからね」 主の言葉に、藍玉が手足をパタパタ振り回して喜びを表現した。それをちょっとだけ羨ましそうに見ている韻姫とシックダールに、主たちは互いの顔を見合わせ苦笑したのだった。 |