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■オープニング本文 それは古来、神々の代弁者たる神官達が独立し、氏族をなして成立した国である。現在の国の主たる双子の神官長を筆頭に、国は代々の神官達によって治められ、朝廷祭祀を担い続けてきた。 それゆえに、この国はあちらこちらで巫女の姿を見られる事が多い。そうして人々の暮らしの中に、根付いている。 それがこの国、石鏡の現在のあり様だった。 ◆ もうすぐ、村にはお祭がやって来る。 「おじさん! これはどこに持って行けばいいの?」 「ん? ああ、それなら神社の隅にだな‥‥」 「ねぇねぇ、お祭の衣装はどんなのにするか決まった?」 「もちろん! この日の為に新しい着物を仕立てて、ずっと楽しみにしてたんだから!」 村を歩けばそこかしこで、うきうきした表情でそんな会話が交わされている。年に1度、旅の舞巫女達がやってきて神社で巫女舞を奉納していく事から始まったとされるこの行事が、村の人々が心待ちにする、夏の訪れを告げる村祭となって久しい。 舞台もすっかり準備を終えて、村中がすっかりお祭気分で浮かれ切って、村の老人達が「畑仕事もしっかりせんか!」と小言を言うのに「はーい」と明るく返事する娘たちの、華やかな衣装に年頃の若者が見惚れたりして。そんな風にワクワク準備を整えて、後は舞巫女達がやって来るのを待つばかり、と言うのが例年の流れ、なのだが―― 今年は、ちょっとばかり違う。 「‥‥今年も巫女舞はあるのかしら?」 「ないと、お祭にならないじゃない」 「でもなぁ‥‥」 そう、華やかな衣装を見せ合う最中にも不安そうに言葉を交わすのは、この頃、村の周りでアヤカシが見られているからだ。 幸い、まだ村の中への被害はないけれど、旅から旅へ巫女舞を奉納して歩く舞巫女達は果たして、アヤカシが側にいるような村にやって来てくれるのだろうか? 巫女舞がなければまさに画竜点睛、村祭の楽しみは半分以上が失われた、といっても過言じゃない。それに何より、村の側にアヤカシが居たままでは村人達自身、いつ襲われるかという不安もある。 「村長が、開拓者にアヤカシ退治を頼みに行ったんでしょ? ならきっと大丈夫よ」 「そう、だよね。きっと大丈夫、だよね」 年頃の男女にとって、村祭は同時に伴侶を見つける絶好の機会でもある。そういう意味でも、村祭が無くなってしまうなんて考えられない。 だから祈るようにそう言って、準備した華やかな衣装に意識を向けた娘達だったが、やっぱりその表情は暗かった。 |
■参加者一覧
天青 晶(ia0657)
17歳・女・志
貴水・七瀬(ia0710)
18歳・女・志
榊 祭(ia0729)
11歳・男・陰
白拍子青楼(ia0730)
19歳・女・巫
神宮 静(ia0791)
25歳・女・巫
酒々井 統真(ia0893)
19歳・男・泰
ミル ユーリア(ia1088)
17歳・女・泰
悪逆堂 偽善(ia1324)
20歳・女・陰 |
■リプレイ本文 アヤカシに脅かされる小さな村は、依頼を受けた開拓者達の訪れを今は遅しと待っていた。 「良くぞ来て下さいました‥‥ッ」 出迎えた村長に、まずは一歩進み出たのは神宮 静(ia0791)。 「せっかくの祭を邪魔されるなんてたまったものじゃないわね。そのアヤカシについて詳しく聞かせてくれるかしら」 「キヒヒッ! リーダー格のアヤカシとかは居ましたかねぇ?」 「そうですな‥‥群を率いている様に見えるアヤカシは、目撃した者が居るようですが」 今回赴いた開拓者の中では一番年長なので、しっかりしなくちゃ、という内心は押し隠し、落ち着き払った様子で尋ねた静と、付け加えた悪逆堂 偽善(ia1324)を見比べながら、村長は考え考え言葉を紡ぐ。うんうん、と村長の言葉に村人達が頷いた。 さらに目撃された数や場所を詳細に尋ね、特によく見られる場所やその共通点はないか、なども確認する。村人達は開拓者の到着を心待ちにして居た様で、誰もがほっとした顔をしながら、知る限りの事を口々に語り出す。 その中で、ミル ユーリア(ia1088)が言った。 「お願いがあるわ。あたし達が村の外でアヤカシと戦ってる間、狼煙を焚き続けてくれる?」 「もしアヤカシが村まで来たら、狼煙を消してどっか頑丈な建物の中に隠れててくれ」 酒々井 統真(ia0893)も付け加える。この辺りで見られるアヤカシは大体10体程度の様だが、それらが総て一緒に行動しているとは限らない。そして人数上、村に護衛を残していく事は開拓者自身をも危うくし、結果としてアヤカシの跳梁を許してしまう事にもなりかねず、考えた末に狼煙による合図をして貰えれば、と思ったのだ。 その言葉に、判りました、と頷いた村長が、村人達に合図する。巫女舞の準備で、元々薪はいつもより多く用意してあった。それを少し流用すれば良い。 他の者にも知らせに走る村人の背に、天青 晶(ia0657)が釘をさした。 「‥‥伝言ゲームの要領で、内容が変わってしまわないよう、注意、してください」 勿論です、と頷いた村人達の顔には、明るい笑みが戻っていた。 ◆ この辺りで見られる狼様のアヤカシは、村を取り囲む草原の何処からともなく現れて、獲物をグルリと取り巻き喰らうと言う。もちろん、一般人に過ぎない村人がその後を追った事はなく、村にはやって来ない事を祈りながら見つめていたのみだ。 「ま、仕方ねーよな。何にせよ、村護んねーと」 何の力も持たない一般人の身ではそれが限度だろう、と想像して貴水・七瀬(ia0710)は青々茂る草原を見遥かした。奉納舞の舞巫女達は、開拓者がアヤカシ退治に来るのであれば、と旅路を変えず草原の向こうで待機してくれていると言う。 ならば彼らがやるべき事は唯一つ、アヤカシを駆逐し、舞巫女達を村に辿り着かせる事だけだ。 「オ、オわ、わたくし、初めてですけれども頑張りますわねッ!」 「‥‥ええ、頑張りましょう」 あたふたと口篭りながら白拍子青楼(ia0730)がグッと小さく拳を握るのに、小さな笑みで頷いた榊 祭(ia0729)。たちまち「男のかた!」と真っ赤になった青楼に小さく首を傾げたが、まずは目の前のアヤカシ退治、と意識を切り替える。 今回、誰もが初依頼。勿論開拓者として相応の訓練は積んできたが、実務経験としてはまったくない。 だがそれでも、それだからこそ。 「村の為にも、あたしのこれからのためにも、こんな所で躓いてなんてられないんだから!」 気迫を込めたミルの言葉は、その場に居る誰もの心情だ。一番余裕を見せている静ですら、内心の緊張を完全に消す事はできない。 特にアヤカシが現れる特定ポイントと言うものは存在しないようなので、村の周辺で比較的遮蔽物が多そうな場所を選んで罠を仕掛ける事にする。振り返れば、頼み通り村からは狼煙が細く絶え間なく上がっている。それに、安堵の息を吐き。 村から提供された、鶏の足を縄で近くの木に繋ぐ。アヤカシ退治に向かう開拓者達に、村長が「せめて囮に鶏でも」と差し出したのだ。アヤカシは基本的に人間をはじめとする有機物や、それが発する恐怖を喰らって力をたくわえようとする。故に当初は開拓者自身が囮になる事も考えたのだが、不意打ちの事を考えればありがたい申し出だった。 コケーッ、クエッ、キエッ、と暴れまわる鶏に胸の中で感謝を捧げ、七瀬は手近な岩に身を隠しながら心眼を発動した。すぐに引っかかってくるのは位置からして、身を隠して周囲を警戒する仲間のもの、そして鶏のもの。 そして、そのどれでもない反応が複数。 「――気配までは消せねぇっての! そこ! 茂みの向こう!」 七瀬の叫びに、瞬時に統真と晶が反応した。抜刀する少女の背後で、ふ、と口元に笑みを浮かべた静の神楽舞・攻が艶やかに披露される。うっかりその様を目の端に止めそうになった統真が慌てて正面に向き直り拳を構えたのが、こんな場面であっても笑みを誘った。 同時に茂みからザザッ! と飛び出してきた10体のアヤカシ達が、グルル、と低く唸って開拓者達をねめつける。相変わらず鶏はうるさく喚き暴れていたが、目の前に現れた人間が居る以上、アヤカシ達の注意が開拓者へと向けられるのは当然だ。 キヒヒッ、と偽善が笑った。 「第一のお楽しみタァーイム! さァ、どんどん掛かってきてくださいねェ」 「アォー‥‥ッ!」 言いながら抜いた刀を振りかぶり、すでにアヤカシに向かって突っ込んでいる。迎え撃つアヤカシ側も、一回り大きなアヤカシの咆哮と同時に一気に駆け出した。連係のような行動も取ると聞いていたが、群らしきものを形成しているようだ。 生意気じゃねぇの、と統真が唇の端を吊り上げる。疾風脚で一気に距離を詰め、ぞろりと生えた牙を剥き出して涎を垂らす1頭の鼻面をガツンと一発! 「気合入れていくぜ!」 怯んだ所にさらに距離を詰め、骨法起承拳を叩き込む。命中率が落ちるなら、それを補う数を叩き込めば良い、とばかりに連打する。 ギャイン! とたまらずアヤカシが跳ね上がった所に、回り込んでいるのはミルだ。「お邪魔者はさっさと消えなさい!」と掛け声も勇ましく一発、反撃で噛み付こうとしたアヤカシを素早く引いてかわし、カウンターでさらに一発。 大切なのは一体一体、確実に相手を潰していく事だ。相手は群と言っても結局は本能で動くアヤカシ、連係攻撃なら開拓者の方が格段に上のはず。 「一匹残らず、薙ぎ払います」 口調はあくまで静かに、だが決然と晶はアヤカシの群れを見据えた。巻き打ちの構え。祭が呪縛符でアヤカシのうちの一体の動きを止める、その一瞬の隙を伺って素早く技を放つ。その威力は静のお陰で増している。 ありがとうございます、と目で礼を言い、再び巻き打ちの構え。かすかに頷いた祭が新たな符を構える。 思わぬ反撃を喰らい、一瞬足を止めたアヤカシにすかさず七瀬が駆け寄った。「黙ってオネンネしときなッ!」と気迫と共に、持ち替えた刀で炎魂縛武。さらに流れるように切り、払い、突き‥‥ 村から昇る、狼煙はまだ消えていない。ならば此処に居るアヤカシが総てか。 「グルゥ‥‥ッ」 「‥‥っとォ、これは少し油断しましたかねェ?」 「す‥‥すぐに治療しますわ‥‥ッ」 最前線に突っ込み続ける偽善の腕を、アヤカシの爪が抉った。パッと咲く鮮血。それを見てなお飄々とした女に、青楼がてとてと駆け寄って。 血の赤に、う、と一瞬怯みかける気力を奮い立たせる。代わろうか? と気付いた静に首を振った。彼女は仲間の攻撃力を補助するのに力を使っている。それに――自分も、開拓者だ。 自分なりの精神集中、小さく歌を口ずさみながら怪我に手を当てる青楼を他所に、偽善は懐から陰陽符を取り出した。 「今働かずにいつ働くんだよってんだ!」 使役する式を叱咤し、己の怪我も気にせず前のめりに攻撃を仕掛ける彼女に、気付いた晶が「あっちゃん‥‥」と呆れた表情を見せたが、前のめりなのは何も彼女だけではない。 (ふ、振り返れねェ‥‥ッ) 静の悩まし過ぎる膨らみから意識して気を逸らす為、ひたすら前だけを見つめてアヤカシに挑む青年・統真。共に動くミルが戦いの最中にもかかわらず溜息を吐いたのも、致し方ないことだった、かも知れない。 ◆ シャン、と鈴の音がした。閃く繊手が優雅に拍手を一度、二度。パーンッ、パーンッ、と音は澄みやかに空気を震わせ、集まった人々の鼓膜を打つ。シュルリ、袴を捌く衣擦れすら大きく響き。 シャンッ! 鈴の音が高く和を奏でる――奉納舞の、開始を告げる。 ◆ アヤカシを倒し切り、周辺に他の群れらしきものが居ない事を確かめた開拓者達は、村に戻って村長に退治完了の報告をした。幸い、村から狼煙が絶える事は一度もなく、報告を受けた村長は何度も頭を下げて礼を言い、草原の向こうで待機する舞巫女達へと使いを出した。 その間、村では急ピッチで村祭の最終準備が進められた。協力と、出来れば村祭にも参加したい、という開拓者の申し出は、是非とも、と受け入れられ。 「キヒヒッ、静様も青楼様もやるじゃねェの」 「お、おお‥‥ッ」 「ん? 何だ統真、ハタチって言ってもあーいうのには弱いんだなー」 「歩く時は服に躓くのに、舞う時は平気っていうのが凄いわね」 道は異なれど同じ巫女、是非自分達も奉納舞を、と申し出た静と青楼は、どうやらこういう事には慣れているらしい舞巫女達とそれぞれの収めた舞を確認し、構成を練った上で共に舞台に立っていた。穏やかな動作で見る者を安心させる青楼の舞と、時折際どい角度で主に若者たちの視線を釘付けにする静の舞。異なる2者が同じ舞台で違和感なく共演出来るのは、今回はフォローに回った舞巫女達のお陰だろう。 それを眺めやる開拓者の手には、七瀬が祭りにと提供した天儀酒。一旦神社に納められた後、再び神社から人々に振舞われた酒を呑む偽善は、時折ふよんと揺れる静のイケナイ膨らみに視線を固定されて真っ赤になった統真と、固定して「うりゃうりゃ」と楽しんでいる七瀬をニヤニヤ眺めている。 舞台は第一幕が終わり、第二幕へ。厳かな空気からいささか緩んだ空気へと舞台が変容する。静はここで舞台を降り、ヴォドカを引っさげて若者を誘って呑む気満々。その光景に、着飾った村娘達が何かを言いたそうにして、イケナイ2つの膨らみを前に、グッ、と言葉を飲み込んでいる。 「屋台も、見て回りたいな」 「あ、じゃあ俺も」 すっと席を立ったミルの言葉に、七瀬が統真を開放して後に続いた。が、青年の視線はすでに、固定されなくともイケナイ場所に釘付けの模様。キヒヒッ、と偽善が笑い。 舞巫女達と今一指し、と白拍子衣装を優雅に捌く青楼にチラリと視線をやって、屋台が出されている方へと連れ立って足を向けた。 「何が見たいんだ?」 「色々‥‥あたしの故郷には、こういうのなかったからさ」 「ふぅん。俺は簪があればな、と思ったんだけどさ」 小さな村の事、出されている屋台も多くはない。それを一つ一つ冷やかして回りながら見たものの、簪を売っている屋台はない様だった。残念、と肩をすくめる七瀬に、あ、とミルが指を指す。 そこに居たのは、かなり早い段階から甘味の屋台制覇に走っている晶。こちらも仲間達の姿を見つけ、あ、と小さな声を上げ。 「‥‥みなさん、お団子、食べますか」 手に持っていた木皿から差し出された、とろとろのタレたっぷりのみたらし団子に、ミルと七瀬は顔を見合わせて頷く。よかった、とほっとした笑顔の晶からくしを受け取り、タレを零さないように注意しながら3人、並んで一緒に団子を頬張って。 「んまいな、コレ」 「‥‥この辺りが甘味の屋台のようです」 「他にはどんなのがあるの?」 村祭の空気に中てられたのか、いつもよりも数倍美味しいみたらし団子に、これは甘味を食べまくらなきゃねッ! と燃える3人は、だがふと顔を見合わせて、華やかな空気をかもし出す神社を振り仰ぎ。 村祭準備の間に姿を消した、仲間の事を思う。 ◆ 「‥‥綺麗な舞ですね」 村を見下ろせる小高い丘の上で、祭はそっと息を吐いた。その生い立ちから祭と名のつくものには参加しない彼だったが、小さな村祭を助けようと思ったのはどこか、惹かれるものがあったからか。 見下ろした神社の境内に据えられた舞台の上で、舞い踊る幾人もの姿をただ、見つめる。境内の華やかな喧騒、酒を呑んで楽しそうに笑う人々、そっと辺りを伺って消えていく男女、そんなものを見つめる。 穏やかで賑やかな村祭、それこそが今日、彼らが守ったものだった。 |