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■オープニング本文 この頃はずいぶんと暑くなってきたけれども、朝晩はまだまだ涼しい風が吹く。そんな時間帯に、日の出や日の入りでゆっくりと空の色が変わってくるのを見るともなく見上げながら、町をのんびりお散歩するのが最近の小夜乃(さよの)の日課だ。 今日も暑い昼間を通り過ぎて日が翳りはじめ、そろそろお散歩に出かけようと小夜乃は共に暮らす祖母に断って、家の裏木戸へと足を向けた。表は祖父が営む商家の店先に繋がっていて、小夜乃は少し気後れしてしまうので、出入りはいつも裏木戸からだ。 だが、きぃ、と小さくきしむ木戸を開けたところにちょうど、顔見知りが居た。 「小夜乃ちゃん、ちょうど良かった。おじいさんかおばあさんは居るかしら?」 「ぁ‥‥はい。ちょっと、待ってて下さい」 姿を見せた小夜乃にほっとした笑顔を見せたのは、日頃から祖父母と仲が良くて、祖父の店にもよく買い物に来ているご近所の奥さんだった。小夜乃も何度かお店と、あとはお散歩中によく顔を合わせたことがある。 小夜乃は一旦家に戻って、縁側に居た祖母に来客を告げる。あらお通しして、と祖母が言うのに頷いて奥さんを招き入れ、じゃあお散歩に行ってくる、と改めて小夜乃は町に出る。 のんびりと目的もなく町を歩く、この時間が小夜乃は好きだ。少し行くと先ほどの奥さんの家があって、塀や屋根や玄関の前に猫がごろりと寝そべったり、のんびり毛づくろいをしていたりする。 「今日も暑かったね」 話しかけると、んなぁ、と同意するように三毛猫が鳴いた。向こうの方で白猫が伸びをする。 この家はいつ見ても猫が多くて、ご近所ではちょっと有名だ。小夜乃が通りかかっても、いつも何匹もの猫がいる。 お世話をするのも大変そうだと、思いながら小夜乃は三毛猫に手を振って、お散歩を再開した。 ◆ 家に帰るとすでに奥さんは帰っていて、祖母だけが変わらず縁側で小夜乃の帰りを待っていた。小夜乃が出かけるといつも祖母は、帰って来るまでそこに居る。 ただいま、と挨拶すると、祖母はほっと安心したように「お帰りなさい」と言った。そうして小夜乃が履物を脱ぎ、縁側に上がるのを待って声をかける。 「小夜乃。さっきいらしていた奥さんなのだけれどね」 「うん、どうしたの?」 「隣町に住んでる娘さんの所に、数日お泊りに行くそうなんですよ。それでその間、猫の世話を見てくれないかと頼みに来られたのだけれど――小夜乃、お願い出来る?」 祖母の言葉に、先ほども見たご近所の様子を思い返しながら小夜乃は「うん」とこっくり頷いた。大変そうだとは思ったけれども、猫の世話と言っても餌をあげたりする程度だろうし。 そう、と頷いた祖母にけれども何か不安を感じ、小夜乃は念の為確認した。 「おばあさん。餌をあげるだけで良いのよね?」 「そうねぇ。奥さんはそう仰ってたわねぇ。あとはそう、暇がある時には遊んであげて、とも仰っていたけれど」 「へぇ‥‥でもおばあさん、あそこ、どのくらい猫が居るの?」 「えぇと‥‥この春にも子供が生まれたけれど、まだ100匹にはなってないと思う、と仰ってたかしら?」 「‥‥‥‥‥へぇ」 おっとり言った祖母の言葉に、小夜乃はひくり、と口の端が引きつるのを感じた。猫は嫌いじゃないけれど、その数はちょっと、かなり大変そうな。 孫娘の様子を敏感に感じ取り、祖母が心配そうな眼差しになった。小夜乃の機嫌を損ねてしまったか、無理強いをしてしまっているのではないか、と心配しているのだろう。 そんな風に祖母を心配させてしまった事を、小夜乃はちょっと後悔した。そうして務めて明るい笑顔を浮かべる。 「大丈夫よ、おばあさん。猫の世話くらい何とかなると思うわ――でも誰かに手伝ってもらって良い?」 最後に気弱に付け加えた言葉に、勿論、と祖母は安心した顔で頷いたのだった。 |
■参加者一覧 / 雪ノ下・悪食丸(ia0074) / 葛葉・アキラ(ia0255) / 奈々月纏(ia0456) / 鷹来 雪(ia0736) / 蘭 志狼(ia0805) / 巳斗(ia0966) / 霧葉紫蓮(ia0982) / 礼野 真夢紀(ia1144) / ルオウ(ia2445) / 倉城 紬(ia5229) / からす(ia6525) / 九条 乙女(ia6990) / 一心(ia8409) / クララ(ia9800) / 尾花 紫乃(ia9951) / エシェ・レン・ジェネス(ib0056) / アルーシュ・リトナ(ib0119) / 玄間 北斗(ib0342) / グリムバルド(ib0608) / アリスト・ローディル(ib0918) / 无(ib1198) / 天笠 涼裡(ib3033) / 紅珠(ib3070) / 鹿角 結(ib3119) / イリヤ・ヴィユノーク(ib3123) / リヴォルヴァー・グラン(ib3125) / 月見里 神楽(ib3178) / 泡音(ib3212) / エルフェン(ib3231) / あるふぁ(ib3271) / 輝龍 炎雷(ib3275) / 唐辛子(ib3276) / 律斗(ib3329) / 咲埜(ib3346) / チビタ(ib3347) / 朝倉五月(ib3363) / 龍神 紫苑(ib3366) |
■リプレイ本文 その屋敷の前で待っていたのは、両手にしっかりと2匹の猫を抱えた少女だった。足下にも何匹かの猫が転がっていて、時々後ろ足で立っては少女の膝の辺りを甘えるようにカリカリ引っかいている。 どこか呆然と立ち尽くしている少女に、ルオウ(ia2445)は大きく手を振りながら呼びかける。 「小夜乃、久しぶりー! 元気そうだな!」 にかっ、と全開の明るい笑顔を浮かべたルオウを振り返って、あ、と小夜乃はほっとした顔になった。誰か手伝いを、とお願いはしていたけれども、その中に顔見知りが居て思いの外、安心出来たらしい。 ぞろぞろと現れた人間達を見て、だが猫達はまったく臆する事なく興味深そうに瞳を動かし、髭や鼻をピクピクさせた。む、と難しい顔をした蘭 志狼(ia0805)は、そちらの方からわずかに視線を逸らして、小夜乃の顔をまっすぐ見、生真面目に頭を下げる。 「友人の名を見つけたので手伝いをすべく参加した。小夜乃は宜しくお願いする」 「ぁ、いえ、こちらこそ‥‥」 つられてぺこ、と頭を下げた小夜乃の腕の中から、身をよじらせて猫がするり、と逃げ出した。そうしてふんふんと鼻を動かし寄ってくるのを、つい身構えるようにじ、と凝視してしまう志狼である。 飼い主が愛情をかけて育てているからか、或いは単に人に慣れているのか、あちらこちらで猫達は思い思いにくつろぎ、或いは互いに毛繕いしあっていた。志狼とじっと見つめ合う(?)猫からそれらの猫達へと視線を移した霧葉紫蓮(ia0982)と礼野 真夢紀(ia1144)は、ついに呆然とため息混じりの呟きを漏らす。 「ほぇ。ほんっとうに‥‥多いですのぉ‥‥」 「すごい数の猫だな‥‥あいつらの世話は戦いになるぞ、きっと」 餌だけで果たしてどれほどの量が必要になるのか、まったく想像もつかない。生憎、本来の飼い主である屋敷の奥方は夫と共に今朝方出かけてしまったらしいが、小夜乃に寄れば特に力仕事が得意とも思えない女性だとか。 日頃の慣れもあるのだろうけれども、開拓者達ですら呆然とする猫の群と日々を共に暮らす奥方が一体どうやって世話をしていたのか、ちょっと知りたくも思う。 「こちらの奥様はよほど、猫のことがお好きな方なのでしょう‥‥悲しませないよう、元気なままお返しせねば」 そんな奥方の事を思い、鹿角 結(ib3119)は何としてもこの子達の世話を全うしなければ、と決意も新たに頷いた。んな? と結の言葉が聞こえた猫達が、不思議そうに顔を見合わせてこくりと首を傾げたけれども、その仕草はただ愛らしい。 私も頑張らなきゃ、とぐっと拳を握って呟いた小夜乃に、倉城 紬(ia5229)と藤村纏(ia0456)が小さくにっこり会釈した。 「初めてお目にかかりますね。倉城です。宜しくお願いしますね♪」 「ウチ、藤村ゆーねん。がんばろなぁ〜♪」 「小夜乃です‥‥あの、助かります」 ペコン、と勢いよく頭を下げて、それからちらりとルオウの方を見た小夜乃に、ビッ、と指を立てて応える友人。ほっと微笑んだ少女は改めて開拓者達に、ありがとうございます、と頭を下げたのだった。 ◆ ぽぉん、と鰹節粉をわずかにまぶした毬を放ったら、たちまち数匹の猫が走り寄ってきた。そうして転がる毬に飛びかかり、ぺぺぺぺぺッと前足で戦いを挑んだり、ごろりとお腹に抱えてがじがじ噛み始めたり、そんな猫の上にさらに猫が積み重なったりと、あっという間に大騒ぎになってしまう。 くす、と泉宮 紫乃(ia9951)はその光景に笑みを漏らした。彼女の実家の孤児院でも、こういう光景は良く見られたもので。 「さ、もう1つ」 ころん、とこちらは転がすように毬を別の方へと放り投げると、キランと目を光らせた黒猫が体を低くして獲物を狙う体勢だ。くすくす、くすくすと懐かしさの滲んだ笑いが毀れ落ちる。 和みますね、とそんな光景に天笠 涼裡(ib3033)が頷いた。そんな涼裡の膝の上には、先ほど油揚げのご相伴に預かった猫がどっしりと居座って「ここ自分の餌場ですから!」と周りに威嚇の視線を放っている。 鼻先でゆらゆら猫じゃらしを揺らしてやると、む、と猫の鼻にしわが寄った。さらに悩ましく揺らめかせると、そのうち尻尾が動き出して、涼裡の膝に置いた両足にぐっ、ぐっ、と力が籠ってくる。 「猫、痛いですよ」 「うなぅ」 黙ってろ、と言わんばかりの鋭い鳴き声である。ほむ、と考えた涼裡はさらに、猫の鼻先をくすぐるように猫じゃらしを動かし始め、ますます力のこもった猫の前足からピンと伸びた爪が飛び出して。 えぇと、とその光景を前に輝龍 炎雷(ib3275)は目を丸くした。 「大丈夫、なのですか?」 「何これしき」 ぷす、と思いきり爪が刺さっているものの、涼しい顔で涼裡は炎雷に頷いた。そうなんですか? と思わずじっと猫の足元を凝視する炎雷である。見た感じ、ものすごく痛そうな気がするが、これが開拓者の底力と言うことか。 そんな炎雷の隣には、いつの間にか茶色い子猫が座って「みゅぅ」と期待に満ちたまなざしで見上げ、自分も猫じゃらしで遊んで、とワクワクしている。自分で運んできたのだろう、足元にきちんと置いてある猫じゃらしがいじましい。 む、と猫じゃらしを取り上げて振り始めた炎雷の視界の隅に、同じくゆらゆらと揺れる物が映った。おや、とそちらを見てみればたれたぬきが‥‥ではなく、その着ぐるみを着た玄間 北斗(ib0342)がたらんと揺れている。 その不規則な動きがどうやら猫心に訴えかけるらしく、先ほどから何匹かが尻尾に噛み付いたり、激しい猫パンチを繰り出したりしている。中にはちょうど良いもこもこ具合と、たらんとたれた上にぺしょりと伸びてくつろいでいる猫も居るようで。 暑くないのかなぁ、という視線があちらこちらから向けられているけれども、当の北斗は動じない。 「猫さん達は涼しい場所を知っているのだぁ〜〜」 ‥‥だがしかし、その顔がほんのり暑そうだったのはきっと、気のせいじゃない。うりゃ、とたれたぬきさんの頭に着地した猫が容赦なく北斗を踏み潰していく。 とは言え、猫が過ごしやすい場所を探すのが得意だ、と言うのは事実。からす(ia6525)も別の部屋の隅の方で、皆で寝そべっている猫達の中に座ってのんびり周りを眺めながら、時折『ねこのて』でてしてし球『友だち』を転がして。 ころん、と転がった猫の腹を『ねこのて』で掻いてやると、うにー、と大きく伸びをする。そうしてころん、ころんと転がって上目遣いに「もっとやって」とおねだりしてくる猫を、今度はつんつん突付いてみたり。 そんな上目遣いにふらりと心動かされ、朝倉五月(ib3363)がつい無防備に手を出した。何しろもふもふのお腹が「撫でて。ねぇ、撫でて」と誘ってくるのである。この誘惑に抗える鉄の心の持ち主が果たしてこの世に居るだろうか。 ちら、と五月の行動を見たからすが、何気ない口調で忠告した。 「だが気をつけないと、寝転び状態の時に手を出すとパンチしてくるぞ」 「‥‥‥ッ!? いたたた‥‥ッ!!」 だがしかし、その頃にはすでに五月の右手はお腹を撫でようとした白猫の両手両足にがっしり捕まえられている。それもしっかり爪を立て、がじがじがじとかぶりついていて。 あれは痛そうだ、とこっくり頷くからすの見守る中、五月の悲鳴がこだまする。あくまで親愛の情という事なのか、噛み付かれた手に穴は開いていないようだがそれも時間の問題だ。 あぅ、と涙目の五月にだから、からすは止血剤と包帯を差し出す。 「使うと良い。消毒用にヴォトカも要るかね?」 「い、いえ‥‥ありがとうございます」 五月は自由な左手で受け取って、どうしたものかと右手に齧り付く白猫を涙目で見下ろした。振り払いたいけれど、開拓者の腕力でそれをやるとちょっと、かなり大変な事になりそう。 うぅぅ、と悩む五月の救世主は、別の場所から現れた。 「さーみんな、ご飯やでー♪」 両手にどっさりと猫飯のお皿を抱えてやってきた葛葉・アキラ(ia0255)と、その手伝いで皿を運ぶアリスト・ローディル(ib0918)だ。ご飯、という言葉を聞きつけた猫たちが、ぴくん、と一斉に背筋を伸ばしてダッシュを開始する。 適当な感覚でごとん、ごとん、と皿を置いていくと、あっという間に皿の周りに猫達が群がってはむはむ顔を突っ込み始めた。その光景は弱肉強食。に見えて案外、譲り合ってる猫たちも居る。 「しかし凄い量だ、非力な俺には少々辛いぞ‥‥」 その光景を眺めながらしみじみアリストが呟き、ぷらぷら腕を動かした。何しろ大皿に文字通り山盛り一杯の、いわゆるご飯に鰹節や魚の崩し身を混ぜたものに薄いだし汁をかけた物は、重量的に結構来る。 最初は普段からやっている物を、と言う事で小夜乃が聞いていたご飯をそのまま作ったのだけれども、やはり食べてくれる姿を見るまではドキドキするものだ。ホッ、と胸を撫で下ろしたアキラはクルリとアリストを振り返った。そうして小さく胸を張る。 「ふふっ。アリストちゃん、見直した?」 「あぁ、案外器用なんだな。見直した。人間の料理も得意なのか?」 聞き様によっては少し失礼な発言だが、言ったアリストはまったく気付いていないようだ。言われたアキラも『見直した』の部分に全意識が集中して、その直前の発言はそのままどこかへ消えてしまった様子。 勿論や! と何だか力を込めて反応するアキラの姿に、こくりと首をかしげるアリストである。以前に依頼で一緒になって以来、よく喋り掛けて来るな、と思っているのだけれど‥‥ (俺と話して何か面白いのか?) 心の底からの本気でそう思い、むしろほんのり上気したアキラの顔を見て発熱してるのかと考える青年は、鈍感を突き抜けた何かがあるようだ。ぽむ、と猫達が何やら膝の辺りを尻尾で叩いていく。 そんな様子をぼんやり眺めながら、餌の様子を見守るイリヤ・ヴィユノーク(ib3123)である。パタリ、パタリと自身の尻尾を揺らしながら頬杖突いて見下ろし、たまに喧嘩になったらひょいひょいと摘み上げて強引に仲裁して。 彼にしてみればまぁ、お金も手に入って暇つぶしも出来て、と言う程度の仕事。だがその隣でハラハラと、イリヤに摘み上げられた猫を見ている紅珠(ib3070)はといえば、他の誰もがそうであるように猫と戯れる事が主目的のようだ。 「‥‥ほい」 「わ、わわッ!」 ぽと、と紅珠の膝の上に落とすと、わたわたしながら受け止めた。そうして間近で目をぱちぱちさせる猫と顔を見合わせて、ほぅ、と息を吐く。 こくりとイリヤが首をかしげた。 「‥‥好きなのか?」 「そらもう! 動物好きなあたしにとっては至福や‥‥」 ほわん、と嬉しそうに猫の毛に顔をうずめた後、はっと我に返る紅珠である。どんなに至福の一時でも、彼女がここに居るのはれっきとしたお仕事。例え目的が個人的に癒されたかったからだとしても、それに浸ってばかりではいけない。 ゆえに持ってきた鼠の玩具を猫の前でゆらゆら揺らし始めた紅珠に、咲埜(ib3346)もそっと手を出し鞠を転がしてみる。どうかな、とじっと見つめた咲埜の前で、猫達はほんの少し顔を見合わせた後、たたたっ、と全力で鞠に向かって走り出して。 ほッ、と微笑んだ咲埜はにこにこと嬉しそうにその光景を見守った。お留守番1日目は、こうして過ぎていったのだった。 ◆ 2日目。 元々人見知りなんて言葉は知らないような猫達は、見知らぬ開拓者達の存在にもすっかり慣れたらしい。今日も今日とてグリムバルド(ib0608)がぺちぺち動かす荒縄に、全力で取っ組みかかって奪い取る勢いでぐいぐいくわえて引っ張っている。 「げ‥‥力強いな、案外」 「にゃふっ!」 無論開拓者の力に勝てるものではないが、予想よりもしっかり引っ張ってくる猫に、思わず呟いたグリムバルドの言葉に縄をくわえたまま誇らしげに胸を張る猫。見上げてくる眼差しがまた、どうだ凄いだろう、と言わんばかりに誇らしげ。 何だか逆に力の加減が難しくて、ふ、と力を緩めた瞬間、猫がずるずるずるッと荒縄を奪い去る。そうして少し離れた所で全身に縄を巻きつけるように暴れた後、ひょいとくわえて、てこてこてこと男との足元にやってきて、さぁ遊びやがれ、と眼差しだけで訴えてくる。 「‥‥‥うりゃ」 受け取ってペシリと荒縄を動かすと、また猫は嬉しそうにじゃれかかって遊び始めた。それを見ているうちに他の猫も寄ってきて、ちょっとした綱引き大会だ。 ぐぬぬぬぬ、と微妙な力バランスに苦心している男を、少し離れた所でクスクス見ていた女性が1人。ゆったりとしたお下げを揺らしながらやってきた彼女は、手に捧げ持った盆の上に山盛り載せた、魚のピロシキを幾つか取り分けて「はい」と奮闘するグリムバルドの傍に置いた。 「猫さんに取られない様に気をつけて下さいね」 「あぁ」 相変わらず猫達との綱引きに全神経を集中しながら、半分以上は上の空で頷いた男に「それじゃ」と声をかけてそそくさと柱の影に引っ込んだ女性は、伊達眼鏡の下でまたクスクスと笑う。猫の世話にとやって来た恋人の様子を見てみたいと、悪戯心を発揮しているアルーシュ・リトナ(ib0119)なのだった。 とはいえあそこまで接近し、意識して声色を変えていたとはいえ、全く気付いた素振りもないのはほんのり寂しい。ちら、と柱の影から覗き込むと、綱引きチームとは別の猫達がピロシキを狙っているのに気付き、慌てて必死の攻防戦に走っているところだ。 寂しいけれどやっぱり可愛いです、とクスクス笑うアルーシュの前を通りがかった无(ib1198)が、ちょうど良い所に、と声をかけた。 「この辺で黒ブチの子猫を見ませんでした?」 「さぁ‥‥見たような、見なかったような?」 何しろあまりに数が多すぎて、居たと言われれば居たような気がするし、居なかったと言われれば居なかった気がするし、と言う状態。そう答えると、ですよね、とがっくり无は肩を落とした。 実は昨日からも何度か、一体この屋敷には何匹の猫が居るんだろう、と数えてみようとしているのだけれども、多すぎる上に数えている間に入れ替わり立ち替わりするので、未だに正確な数が掴めていないのだ。だが昨日は良く見かけた(気がする)子猫が居ないので、ちょっと探してみようと歩き回っていたらしい。 そう言って、ひょい、とまた別の部屋の中の猫達に視線を向けた。 「あの子達、お互いを皆で呼び合ってるみたいですよね」 「名前がついてるのでしょうか?」 その言葉を聞いた巳斗(ia0966)がこくりと首を傾げ、手の中の虎猫に視線を落とす。実家で飼っている猫にそっくりだという事で昨日からお気に入りのこの虎猫を、巳斗は今日もしっかり膝に抱えて撫で撫でしている所だ。 とはいえ確かめようにも飼い主は不在だし、便宜上『トラ』と呼んでもしっかり返事をするので特に支障はない。ほわんと笑み崩れてまた虎猫を撫で始めた巳斗の頭を、白野威 雪(ia0736)がさらに撫で撫でした。 「どの子も皆、可愛いですね‥‥♪ 蘭様もご一緒に如何ですか?」 「む‥‥」 話を振られ、共通の友人でもある紫蓮の隣に座っていた志狼は難しい顔で眉を寄せた。猫は大変繊細な動物で、慣れぬ者には牙を剥くと言う。それを思えば自分のような無骨ものはあまり好かれないだろうし、下手に手を出して猫を傷つけてしまってはいけない、と思うのだ。 ゆえにジッ、とまた睨むように雪の傍の猫を見下ろす。ジッ、と猫もまた志狼を見上げる。そうして僅かに身体を引いて、伺うようにぽし、ぽし、と前足で志狼の膝の辺りに猫パンチを仕掛けている。 その間もじっと不動で猫を見つめている志狼に、込み上げてくる苦笑を噛み殺しながら、紫蓮がそっと気配を消して動いた。ぁ、と巳斗が気付いて声を上げかけた時には、すでに彼は雪の背後を取っている。 「‥‥キャッ!?」 「うん、似合ってるぞ」 「紫蓮‥‥」 次の瞬間、友人の頭にスポッとお手製の白猫耳を被せてご満悦の紫蓮に、見ていた志狼が大きな嘆息を吐いた。だがそんな友人の冷たい視線も何のその、「仲間だと認識されれば懐かれる筈だ」と真面目らしい顔を作って頷く紫蓮の目だけが、悪戯を企む子供のように輝いているのを見た雪は、悔しいやら恥ずかしいやら。 うぅ、とほんのり涙目で頭を抑えていると、すかさず懐から今度は虎猫耳を出した紫蓮がにじり、にじりと巳斗に寄っていく。う、と半分身体を引きかけた巳斗を止めたのは、膝で信頼しきってくつろぐ虎猫の姿。 この信頼を裏切って己の保身に走る事が、一体どうして出来るだろう? 巳斗はついに覚悟を決めて、虎猫耳の着用を受け入れた。よし、と大きく頷き満足そうにその姿を見た紫蓮を、背後からガッシと志狼が捕まえる。 「‥‥ッ!?」 「紫蓮様‥‥ここに『まるごともふら』がございますが‥‥?」 志狼に捕まって動けない紫蓮に、にっこりと良い笑顔で雪が近付いていく。その光景に、あれはあれで大変そうですねぇ、と一心(ia8409)はのんびり頷いた。もうそろそろ夕飯の準備を始めなければいけない時間なので、厨まで手伝いに向かうところだ。 何でも良く食べる猫達、と言う事は事前に聞いていたけれども、ふとした瞬間に気付けば厨を襲撃して食べれるものを探したり、庭の草花を食べていたりするのでなかなか気が抜けない。食べて良いものならば構わないけれども、 「葱とか玉葱とかも食べようとしてましたし、ね」 正確には葱や玉葱を使った開拓者向けの料理を奪い取ろうとしていた、のだが。人間のふとした隙を狙って忍び寄る姿はまさに、狩人の名を冠するに相応しい野生の気合を放っていた(ような気がする)。 そんな事を考えながら厨に辿り着くと、ひたすらご飯炊きに専念している真夢紀がひょい、と視線だけで振り返った。自分が知ってる猫飯を作る、と言う開拓者が多かったのを見た彼女は、だがその分のご飯は誰が炊くのだろう? とふと疑問に思い、自らその分のご飯炊きを買って出たのである。 猫飯の分だけではなく、せっかくだから開拓者達のご飯の分も、と合間に煮干の下拵えをして出汁を取ったりとか、鰹節を削ったりとか。菜物を簡単に塩で揉んで香の物を作ったり、アルーシュが譲り受けてきた魚のあらを炊いたり、ししゃもの干物を焼いたり。 すっかり皆のお母さん状態の真夢紀に、ぺこりと頭を下げて一心は雪ノ下・悪食丸(ia0074)と2人、手分けして猫達の餌皿を抱えて配り始めた。 「この辺りも後で雑巾がけしないとな」 ふと、悪食丸が足の下の床の感触を確かめながら頷く。彼は彼でやって来てからこっち、猫も人間も快適に過ごせるようにと屋敷中をせっせと雑巾掛けしたり、致される猫の下の始末をこまめにして回ったりと、すっかり縁の下の力持ち状態だ。 幸いしつけはされているようで、家の中で匂いをつけて回ったりする猫はいない。だが庭で致したものに関しては、本猫達も一応隠したりはしているけれども、これだけの数になれば尚更しっかり後始末しておかなければあっという間に匂いが酷い事になる。 ゆえに頭の中に、食後の掃除の箇所を叩き込みながら歩く悪食丸だ。お手伝いしましょう、と一心もこっくり頷いて。 お留守番2日目の夕暮れは、こんな風に過ぎていったのだった。 ◆ さて、3日目。 「相変わらず、すげー数の猫だな‥‥」 うりゃ、と鞠を投げてやりながら、ルオウがしみじみ感心したように呟いた。当然ながら、この屋敷の猫達は完全な家猫と言うわけではなく、気ままにお出かけをしたり、時にはお泊りをしてきたり、逆にご近所からお泊りに来る猫も居たりする。 飼い主の奥方が「100匹は越えていないと思う」と言う曖昧な表現をしたのも、だからだ。出たり入ったりする猫達は最早、個体認識は出来ても、正確な数の把握は奥方ですら難しいらしい。 相棒も連れて来れれば良かったんだが、ときっと家で怒っているに違いない猫又を思い浮かべるルオウである。そうしたら翻訳でもして貰えたのだろうけれども。 「ほんと、すごい数だよね☆」 だがこっくり頷くクララ(ia9800)は全力で嬉しそうだ。自前のエプロンをしっかり締めて、猫じゃらしを揺らしながら「並んでく〜ださい☆」とにっこり笑顔で猫達に呼びかけている姿はまさにお母さん。 流石に並びはしなかったものの、なにごと、遊んでくれるの、とわらわら寄ってきた猫達を見てクララはご満悦に猫じゃらしをゆさゆさ振る。両手に握って変則的にふったりと、色々猫達を翻弄(?)して楽しんでいた彼女の視界にふと、リヴォルヴァー・グラン(ib3125)の姿が目に入った。 ぁ、とそちらを振り返ると、リヴォルヴァーはごろりと腹を見せて寝転がった猫を相手に、そっと手を伸ばしている。 「あまりできる事はないのだが‥‥触らせてくれるのなら、少しだけ」 うに? と髭を動かしてじっとその手つきを見守る猫が、触れても逃げない事を確認してほっと息を吐きながら、さわさわと毛皮を掻き分けて触りだしたのはツボ。マッサージが得意というわけではないし、猫相手では完全に手探り状態だが、頭頂部や膝らしき場所の後ろ、その内側などを優しく揉み解すように、そっと触れていく。 うっとりと目を閉じた猫はどうやら気持ちが良いようだ。ぐるぐると喉を鳴らしているのも確認して、またほっとしながら指を動かし続けていると、興味を持ったらしい猫達がいつの間にかぐるりと周りを取り囲んで、何やってるの、と尋ねる様に気持ち良さそうな猫に顔を近づけていたりして。 「‥‥で、何をやっている?」 「あれれ〜ッ?? いつの間にか体が勝手にぃ」 おっかし〜な〜、と笑顔で頬をかきながら、いつの間にか猫達の間に混じってマッサージしてもらおうと順番待ちしていたクララが起き上がった。もちろん確信犯である。丸わかりの言い訳にリヴォルヴァーの口から漏れたため息は、だがほんのり温かく。 マッサージを手伝うね☆ と悪びれない笑顔でリヴォルヴァーの手付きを見ていたクララがふと、気持ち良さそうな猫の顔と真面目なリヴォルヴァーの顔を見比べて、にっこりと頷いた。 「うんうん。グランちゃん、さすが猫さんだけあって猫さんのつぼは心得てるね☆」 「‥‥や、虎であって猫じゃ‥‥」 虎獣人であるリヴォルヴァーの心に、無邪気な一言はちょっと突き刺さったようだ。がくぅ、と肩を落とすと同時に、機嫌よく動いていた彼の尻尾もしょんぼりしてしまったので、尻尾を追いかけていた子猫が「うに?」と首を傾げてペシペシしている。 そんな子猫と一緒になって、ペシペシと尻尾を叩いている泡音(ib3212)も居た。おやぁ? と首をかしげて子猫と顔を見合わせていたのだけれど、ジッ、と向けられる視線に気付いて「あはは」と照れ隠しの笑みを浮かべて立ち上がる。 「おやつ! おやつもってきたんだよ、ねこの!」 おやつ、と言う言葉を聞いてピクリと耳を動かす猫一同。ほら、と泡音が軽く振って見せた煮干の存在に、キラン、と鋭く瞳が光った。 四方八方からの狙う視線を受けて、にこ、と泡音は笑顔を浮かべ。 「すぐにはあげないよー♪ おいで!」 「ぅなッ!」 煮干を持ってそのままクルリと背を向けた泡音を、狙いをつけていた猫たちが追いかけ始める。常に足音を忍ばせて移動すると言うのは嘘だと言う事を多くの開拓者達に教えながら、屋敷の中をズドドドドッ、と床を鳴らして疾走する猫達に、追いかけられる泡音は上機嫌で速度を上げた。 「あたし負けないもんねッ」 きりっと真剣な口調で煮干を握り締め、走り出した泡音とすれ違った結はぼんやりと、元気ですね、と見送って。 その勢いについていけず、残ってまたそれぞれに寝そべり始めた猫達に、改めておやつの煮干を配って回る。おやくれるんですか、とのっそり起き上がって嬉しそうにかぶりつき始めた猫達を見ながら、パタリ、パタリと尻尾を動かし、にこにこ笑いながら見守る結だ。 遠くから泡音の歓声が聞こえた気がした。と思ったらもう少し近くでも、ふっふっふっ、と笑う少女の声が聞こえる。 (猫のことなら猫獣人にお任せあれ! です) ぐっ、と拳を握りながら庭で子猫たちに木登りを教えている月見里 神楽(ib3178)だ。お世話係、と言うよりはお友達になりたいとやってきた神楽は初日から、子猫達を集めては一緒になって転げまわって遊んだり、ちょっぴりお姉さんらしく危ない時の逃げ方や、屋根への上り方なんかを教えていたりして。 猫獣人と猫とでは姿かたちは違うけれども、同じ猫の要素を持っているからにはやっぱり、同じ子猫だと神楽は思うのだ。そうして子猫の一番大事なお仕事は、元気一杯遊んで、力一杯お昼寝して、精一杯食べる事。そうして立派に丈夫に大きくなる事なのだ。 「大丈夫だよ、怖くないよ! どうしても駄目なら神楽が降ろしてあげるからね!」 だから、生まれて初めて登った高い木に、ちょっと腰が引けてがくがくしている子猫を必死で励ます垂れ猫耳の神楽の姿を見て、うお、とイリヤが目を丸くした。 (‥‥猫が、猫の世話してやがる) しかも大きさは違えど子猫同士だ。それは何と言うか、ほのぼのすると言うか、ちょっと和む光景だな、とぼんやり思いながらイリヤは、パタリ、パタリと尻尾を振ってじゃれかかろうとする猫達を追い払いつつ、布をつけた球をポン、と放ってやる。 ポン、ポン、と弾んだ球にあわせて、ひらひらと不規則に動く布が面白いらしく、たちまち何匹かが球を捕まえようと走り出した。それを見ながらまたぱた、と尻尾を振ったイリヤがふいに、うげっ、と顔を引きつらせる。 「‥‥ち、っきしょ。何しやがる」 言いながらちょっぴり涙目で振り返った先には、イリヤの尻尾にかぷりと噛み付いてじゃれる猫が1匹。さらにその猫の尻尾にじゃれ付く猫がもう1匹。 「君らだって尻尾弄られたら嫌だろーよ?」 痛みを堪えながらそう言い聞かせると、うな? と噛み付いた猫は噛み付いたまま首を傾げた。と、もう1匹が同じく尻尾に噛み付いて、フギャッ! と大声で悲鳴を上げたかと思うとたちまち取っ組み合いの大喧嘩を始める。 どうやらイリヤの言いたい事は、身を持って理解してもらえたようだ。ほっと胸を撫で下ろし、傷付いていないか尻尾を確かめるイリヤの背後に、まだじりじりと近付いている猫の影が居たことに気付くのはそれからほんの数秒後。 こうしてお留守番3日目は、ますます賑やかに過ぎて行ったのだった。 ◆ 4日目。猫達は相変わらず全力で元気だが、人間の方はそろそろ疲れが見えてきている。 「これらを日々1人でこなしていると言う奥方はたいしたものだ‥‥出来ればこちらが助けに呼びたいくらいだが」 「‥‥‥」 今日も今日とて大皿に山盛りの猫飯を運びながら、ついため息を吐いた志狼の言葉に、からすが無言ですっと差し出したのは『ねこのて』。つい志狼も無言になってじっと見つめ、それから確かめる様にからすを見ると、ごくごく真剣な眼差しが返ってくる。 そうして見つめ合うこと数秒。 「‥‥‥それは違う、と思う」 かなり精一杯の気持ちで突っ込んだ志狼に、こっくりとからすは『ねこのて』をしまい、元通り猫達とまったり過ごし始めた。相手がハイテンションでボケてるならともかく、真剣に突っ込みを期待されると志狼としても色々気を使うようだ。 そうして紫蓮が作った猫飯に、ふ、と視線を落とす。 (‥‥紫蓮は何故沢庵を入れるのだ?) 細かく刻んだ黄色い野菜は紫蓮が自宅で漬けた沢庵。あまり塩分を取らせてはいけないからと、ごく少量の沢庵と鰹節を混ぜ込んだご飯を用意した紫蓮に、志狼は「指摘するのも無粋かとは思うが‥‥それは猫ではなく貴様の好物ではないのか?」と苦言を呈したのだけれど、「そっ、そんな事はないぞッ! 猫は野菜も少し食べた方が良いんだっ!」と力説された。 ゆえに黙って運んできた志狼なのだけれども、少量なら構わないのか、だがしかし、うむむ、と胸のうちの疑問は消えない。「美味しかったから大丈夫です!」とつまみ食いした巳斗が力説していたが、そういう問題でもなかろうと思う。 何はともあれ、何でも食べる猫達は、ここでも何でも食べる特技を発揮した。ことに1匹の黒猫は沢庵の風味がお気に召したものか、無心に貪り続けている。その真剣さときたら、何かあれば吐き出させようと思っていた紫乃でもちょっと腰が引ける位だ――多少ならばきゅうりの古漬けだろうとぽりぽり食べて長生きできる猫もいるのだが。 これには紫蓮も感動して「旨かったか、たくあん?」と黒猫を抱き上げ、鼻先に接吻した。ぶみゃ、と満足そうに頷く黒猫。塩加減が良かったのか、僅かな歯ごたえがお気に召したものか。 お腹が一杯になったら、ごろり、とお昼寝タイムに突入した猫達を、1匹1匹丁寧に纏と紬は梳る。猫の毛も引っかかるような細かい目の櫛で何度もゆっくり丁寧に。 「少し居心地悪いかもしれへんけど、堪忍な〜?」 ちょっと身じろぎをした猫には、そんな風に言葉を掛けてあやしながら、時折櫛に絡んだ毛を取った。生え変わりの時期と言うこともあって、ところどころ毛玉のようにぽっこり膨らんで冬毛が残っているところは、櫛を通すとぼろぼろぼろと落ちてくる。それでも追いつかない時は固まりだけを手で取って、その後を櫛で綺麗に整えて。 「あらあら♪ 動くと手元が‥‥♪」 紬もクスクス笑って猫を膝に乗せて梳りながら、ふ、とこの数日間何度も考えた事をまた思った。彼女がほんのり気になっている相手も、実はこの依頼には参加する予定だったのだけれども、急な用事でどうにも来れなかった様で。 ご用事なら仕方ないです、と思う反面、でもせっかくご一緒できる機会だったのに、とちょっと落ち込みもする紬である。それを思うとつい手が止まってしまう紬の方を、ぽみ、と纏が小さく叩いた。 そうしてまた2人静かに、クスクスと笑いを零したりしながら、ゆっくり、ゆっくり櫛を動かす。梳ってもらうと多少は涼しくなるのか、猫達は目を細めてのんびり寝そべりしたいようにさせていて。 僅かなお昼寝タイムが終わったら、また猫達との遊びの時間だ。アキラは人魂で鼠を作って、ちょろり、と走らせた。 「捕まえんの上手いなぁ?」 人魂の鼠は、ぺし、と猫が前足で叩いただけでもすぐに掻き消えてしまう。そうすると不思議そうにその辺りをうろうろし、匂いをかぎまわって、それから「どうしましょ?」と伺うようにアキラの方を振り返るのだ。 可愛エエなぁ、とほっこりしながら幾度目かに鼠を作ってやったアキラはふと、傍らのアリストの様子に目を見張った。 「アリストちゃんが微笑んで‥‥ッ!」 「いや、彼らが興味深いだけだ! 実は可愛いもの好き、とかそんな事はないぞ!」 「またまたそんなこと言うてー! ホンマは好きなんやろ?」 「そんな事はない!!」 顔を真っ赤にして力説し、叡智に通じると教えられた生き物である猫の暮らしぶりを観察するのが興味深いんだ、と怒るアリストである。だが傍から言わせて貰えばどう見ても、猫可愛いよ猫、とほっこりしていたのは明らかで。 そんなアリストちゃんも同じ位好きやけどな、と心の中だけでぐっと拳を握るアキラの様子に、よく判らないながらも不本意な理解をされたらしいとますます顔を赤くしたアリストに、ぽむ、と涼裡が肩を叩いた。今日も今日とて購入してきた油揚げをアリストにすっと差し出す――どうやら同情されたらしい。 うみゃぅ、と初日に油揚げを貰って以来お気に入りの猫が、その光景に抗議の声をあげた。「あぁすみません、猫」ともう1枚油揚げを取り出し、ぽいッ、と与えるとはもはも大人しく食べ始める。 その少し離れた縁側では数匹の猫と一心が、のんびり庭を眺めてくつろいでいた。そうしてポツリ、ポツリと何ということはない言葉を向けたり、ずず、とお茶を啜る一身の傍らで猫達もまったりと日向ぼっこを楽しんでいるのだけれど。 ズシッ、と肩に重みを感じ、前のめりになりながら一心は嘆息した。 「‥‥突然肩に飛び乗るのは止めて下さい」 「みゃみゃッ」 「爪とぎを始めるのも止めて下さい」 「うみゃッ、みゃッ」 「あの、髪紐で遊ぶのも止めて下さい‥‥」 ずずずずず、とどんどん重みで前のめりになりながら苦笑交じりに懇願する一心に、みゅぅ、と鳴いた猫はすとんと一心の膝へと着地した。そうしてひょいと顔を見上げて「ちょうがないわね、もう! ちっかりあたちの相手をちなちゃいよ!」と言わんばかりの眼差しを向けてくる。 ぽふ、とそれにまた苦笑して頭を撫でて、ふと気付けば縁側の片隅でごろんと転がり、くぅくぅ寝息を立てている泡音が居た。どうやら今日も全力で遊ぶうち、すっかり疲れて日向ぼっこがお昼寝になってしまったらしい。 この日よりなら風邪を引く事はないでしょうけれど、と少し思案した一心は、通りがかった紅珠に念のためかけ布を持ってきてくれるように頼んだ。その言葉に不思議そうに首を傾げた紅珠も、 猫達と一緒にことんと寝息を立てる泡音の姿を見てクスクス笑いを零す。 お留守番4日目も、こうして過ぎ去ろうとしていた。 ◆ さてその夕方、開拓者達の分の夕飯を運んできた真夢紀はふと、部屋のすみでぐってりしている狸に気付いてため息を吐いた。 「‥‥狸さん、また狸で茹だってますですの‥‥」 「す、すまないのだ〜‥‥」 連日、暑さも堪えて頑張ってたれたぬきの着ぐるみを通した結果、ついに体力が尽きた北斗のたれたぬきを強引に脱がして救出した真夢紀に、北斗はのほんと感謝を告げる。そうしていそいそと狸柄の甚平に着替えて、ぱたぱた団扇で扇ぎながら、今日の夕飯は何だろう、と首を伸ばす。 今日の料理は、お疲れ気味の開拓者の胃にも優しい素麺。それらを食卓――は全員で囲むには小さすぎるので床にどーんと置いた真夢紀は、取られないように注意して下さいですの、と言い置いて再び厨へと戻っていく。 ちょうど買出しから帰ってきた无が、素麺の横に買って来た冷やし飴や果物などをごろりと並べた。つい先ほどまで井戸水で冷やしてあったとかで、いかにも冷たくて美味しそうだ。 「皆さん、どうぞ」 「ありがとうございます」 「いただきまーす!」 无の言葉に口々に礼を言いながら、早速手を伸ばした開拓者達もどうやら、暑くてぐったりしていた様子。厨から帰ってきた真夢紀が盆に乗せている、氷霊結の氷で作ったカキ氷に白玉を添え、甘くして冷やした緑茶をかけたおやつにも歓声が上がって。 何だか美味しそうと狙いを定め始めた猫達との戦いも繰り広げながら、賑やかに食事をする人々の中で、ふとルオウが小夜乃の隣に座って尋ねる。 「小夜乃、最近は上手くやってるのか?」 「うん‥‥まだ、手探りだと思う、けれど」 小さく苦い笑みを零した小夜乃はかつて、祖父母と折り合いが合わずに家出をし、ルオウを始めとする開拓者達に助けてもらった事があった。あれから祖父母は小夜乃がお散歩に出かけるのには何も言わなくなって、代わりにじっと小夜乃が帰ってくるのを縁側で待っている。 そんな事をポツリ、ポツリと話す小夜乃だけれども、こういう他愛のない頼みごとを聞いている位だからきっと、祖父母の方も、小夜乃の方も随分心の垣根は低くなってきたのかな、と思うルオウだ。心の垣根が高いうちは、なかなか相手に頼む事も、相手の頼みを聞くことも難しかったりするものだから。 だからニカッと明るく笑って「仲がいいのが一番だよな!」と頷き素麺をすすり上げた友人に、うん、とこっくり小夜乃は頷いた。そうして「ぁ」と目を丸くして、部屋のすみでぷるぷるしている紫乃を見つける。 「あ、あの‥‥大丈夫ですか?」 「つい‥‥」 そう言いながら涙目で膝の上を見下ろせば、実に気持ち良さそうに眠る子猫が居る。それも膝の上に置いた手や腕の上にまで何匹かがどっしり腰を下ろしていて、足はもちろん、ずっと同じ体勢になっている腕まで痺れているようだ。 慌てて下ろそうとした小夜乃に、良いんです、と紫乃は小さく首を振った。昔もこんな風に、膝の上に載せていた子猫が眠り込んでしまって、起こすのも可哀想だと我慢しているうちにすっかり足が痺れて動けなくなってしまったもので。そんな風になるんだろな、と思いながら覚悟を決めて眠る子猫を撫でていたら、そのうち数が増えてきてしまったのだ。 でもあの頃と同じ様に、痺れて辛いけれども気持ちはとても暖かい。だから良いんです、と言った紫乃に小夜乃は「そっか」と微笑んだ。 ◆ 翌日、帰宅した屋敷の奥方は出立前と変わらず元気な愛猫達の姿を見て、良かったと嬉しそうに猫達を抱き締めた後、ありがとうございましたと開拓者達に頭を下げた。その幸せそうな笑顔こそ、彼らが無事に彼らの役目を果たした証なのだった。 |