|
■オープニング本文 夏の声を聞く頃になると、あちらこちらで夏の祭の準備が始まる。それは老夫婦が暮らす村でも変わらない。 村の隅にちょこんと申し訳程度にあるお社を綺麗に掃除して、古びた所は新しい木を接いで修繕する。境内も綺麗に掃き清めて雑草を抜き、境内の入り口には太く大きな2本の柱を建てて、その間に大きな茅の輪を括り。 「今年の茅くぐりはどうでしょうねぇ」 「さぁ‥‥便りは出してみるが、きっと今年も店が忙しいだろうて」 着々と進む夏の祭の準備の傍らで、ほぅ、と老夫婦が息を吐きながら口の端に上らせたのは、町でお茶屋を営む息子夫婦のことである。毎年この時期がくると、祭に帰ってきてはどうかと手紙で知らせてみるのだけれど、忙しいからと帰ってきた事はない。 息子が町で立派に店を切り盛りしている事は、老夫婦にとっては誇らしいことだ。けれどもそんなあんばいだから、可愛い盛りの孫娘の顔も、老夫婦は数えるほどしか見た事がない。 去年には孫息子も生まれ、老夫婦は手を取り合って息子の家まで孫を見に行った。その折にも息子と嫁は、そちらまで足が伸ばせなくて申し訳ない、と頭を下げ通しで、けれどもすぐに店のほうに戻って行ってしまった。 そうして忙しく働いているのは良い事だけれども、老夫婦はほんの少しだけ寂しい。 「せめて瀬奈(せな)と藤也(とうや)だけでも‥‥と言っても、まだ小さいですものねぇ」 「何、茅くぐりが終わったらまた会いに行けばいいだろうて。若い者の邪魔をしてはいかんからな」 そう慰め合いながらも、着々と夏の祭の準備が整う社を見つめる老夫婦の背中は、ほんの少しだけ寂しそうだった。 ◆ このお手紙なんだけれどどう思う? と亜季(あき)がお手伝いをするお茶屋の奥さんに呼ばれて見せられたのは、お茶屋の旦那さんの両親から届いた、夏祭りの季節になりましたが今年は来れそうですか、という手紙だった。それは実を言えば毎年、この時期になるとお茶屋に届けられるものだ。 町の小さなお茶屋さんは、こう見えて案外忙しい。なかなか実家に帰る余裕もないと、毎年旦那さんが辛そうに返事を返している姿を、亜季は良く覚えている。 最後まできっちり読み終わって、へぇ、と亜季は小さく頭を下げた。 「あっし1人では流石に、瀬奈お嬢さんと藤也坊ちゃんをお連れする事は出来ませんで。藤也坊ちゃんはまだお乳が必要ですし‥‥瀬奈お嬢さんだけでも、お連れ出来れば」 「そうね、やっぱり、瀬奈だけでもね‥‥」 奥さんが何を困っているのかと言えば、いつも不義理をして心苦しい夫の実家に、何とか孫の顔だけでも見せてやれないかと思いあぐねている訳で。それを察した亜季の言葉に、何度も奥さんはこくこく頷く。 とはいえ数えで6歳の子供と、年頃の若い娘の2人旅ではいかにも危ない。まして瀬奈を行かせるのなら、仲良しのブチ猫のみゃぁやも一緒でなければ、みゃぁやの方が納得しない。 そうねぇ、と奥さんは頬に手を当て考えた。考え、藤也と一緒に遊んでいた瀬奈に声をかけた。 「瀬奈。瀬奈は、お父さんの方のおじいちゃんとおばあちゃんを覚えてる?」 「うん」 「そう。そのおじいちゃんとおばあちゃんがね、夏のお祭に遊びに来ませんか、って仰ってるの。お父さんとお母さんはお店があるから一緒に行けないのだけれど、瀬奈、亜季とみゃぁやと、それから一緒に行ってくれるお兄ちゃんやお姉ちゃん達を探すから、その人達とおじいちゃん達のところに遊びに行けるかしら?」 「うん、ママ。せな、ちゃぁんとおじいちゃんたちにごあいさつだって出来るわ」 おしゃまに瀬奈はそう言って、それからこっくり首を傾げて、でも夏のお祭ってなぁに? と母に問いかけた。瀬奈が生まれ育った小さな町では、周りに夏祭りを行う小さな村が幾つかあるので逆に、夏祭りは行われないのだ。 楽しみにしてらっしゃい、と奥さんは小さな瀬奈の頭を撫でた。忙しくて夏のお祭に連れて行ってやったことのない娘にとっても、いい機会だと考えたのだった。 |
■参加者一覧 / 柄土 仁一郎(ia0058) / 六条 雪巳(ia0179) / 水鏡 絵梨乃(ia0191) / 井伊 貴政(ia0213) / 柄土 神威(ia0633) / 玖堂 柚李葉(ia0859) / 玖堂 羽郁(ia0862) / 酒々井 統真(ia0893) / 天河 ふしぎ(ia1037) / 玲璃(ia1114) / 礼野 真夢紀(ia1144) / 喪越(ia1670) / 菊池 志郎(ia5584) / からす(ia6525) / 雪切・透夜(ib0135) / 琥龍 蒼羅(ib0214) / 明王院 未楡(ib0349) / レヴェリー・L(ib1958) / 鹿角 結(ib3119) / 月見里 神楽(ib3178) / 観那(ib3188) / イヴン(ib3245) / 秋 雄太郎(ib3372) / 将大(ib3378) / ╋麗羅╋(ib3379) |
■リプレイ本文 町の小さなお茶屋の前で、瀬奈と亜季とぶち猫みゃぁやは開拓者達を待っていた。みゃぁやはお出かけ用の籠に入れられて、ちょっぴり不機嫌そうだけど。 低い声で唸るみゃぁやに「メッ」と言い聞かせていた瀬奈は、ふと近付いてきた人影を見てぱっと顔を明るくする。 「よっ! 瀬奈ちゃんにみゃぁや、今回もよろしくな♪」 「瀬奈ちゃん久しぶり‥‥また大きくなった?」 「お兄ちゃん、お姉ちゃん」 ひょいと手を振った玖堂 羽郁(ia0862)と、にこっと笑ってぎゅっと瀬奈を抱きしめた佐伯 柚李葉(ia0859)に、こんにちわ、と瀬奈は良い子で挨拶した。それからさらに顔見知りを見つけ、パタパタと大きく手を振って。 六条 雪巳(ia0179)はそんな瀬奈に、微笑み「お久しぶりです」と小さく手を振り返した。そうして見送りに出てきた母の抱く幼子に目を細める。 「藤也さんも大きくなりましたねぇ」 「本当に‥‥瀬奈さんも。子供はすぐに大きくなりますね」 雪巳の言葉に、菊池 志郎(ia5584)も目を細める。前に会ってから半年ほどしか経っていないのに、顔つきも前よりもお姉さんらしくなったようだ。 志郎の隣で、ひょい、と屈んで瀬奈と視線を合わせた天河 ふしぎ(ia1037)が尋ねた。 「瀬奈、みゃぁや、一緒に夏祭りに遊びに行こうね! 楽しみ?」 その言葉に、うん! と大きくこっくりした瀬奈に、良かった、とふしぎはにっこり笑ってぽむぽむ頭を撫でる。ふしぎも夏祭りは凄く楽しいから好きだし――夏祭りに毎年便りを寄越すという祖父母だって、瀬奈に凄く会いたいんだろうと思う。 もしかしてそれは、ふしぎ自身が祖父母には滅多に会えないから、なのかも知れないけれど。それでもたまに会う祖父母の様子を思い起こせば、お爺さんお婆さん孝行って大事だよね、と思うのだ。 そんな瀬奈の格好と、亜季が背中に括りつけた荷物を見比べて、鹿角 結(ib3119)が念の為にと確認した。 「瀬奈ちゃんに浴衣は着せてあげるんですか?」 「へぇ。瀬奈お嬢さんの分はちゃんとご用意してありますさ」 結の言葉に頷いた亜季は、ぽん、と背中の荷物を叩く。そこに入っている、という事らしい。 良かった、と結は微笑んだ。微笑み、瀬奈の頭を撫でた――何となく、見ていると彼女の弟分を思い出して、放っておけない気分になった。とはいえあちらは瀬奈のような素直な良い子ではなくて、意地っ張りなのだけれども。 そうしてお茶屋の夫婦に手を振って、彼らは祖父母の村へと出発した。みゃぁやは不機嫌そうに籠の中で唸っていたけれど、いいこじゃないと行かれないのよ、と瀬奈がお姉さんぶって言い聞かせると、うなぅ、と現状に甘んじる事にしたようだ。 クス、と月見里 神楽(ib3178)は笑いを漏らした。彼女には何となくみゃぁやが言いたい事が判る気がしたのだ――瀬奈がとっても好きで、喜んでくれるのが嬉しいのだと。 だから我慢するんだよね、と籠の中に話しかけてみると、ぶなぅ、といっそう低い鳴き声が返ってくる。それを聞いて、あらあら、と明王院 未楡(ib0349)も口元を押さえて忍び笑った。 それからふと思い出し、荷物の中からお土産を取り出す。 「瀬奈ちゃん、どうぞ。お近づきの印に、ね」 そうして渡したのはもふらのぬいぐるみ。うわぁ、と目を丸くした瀬奈は、両手で受け取って「ありがとう、お姉ちゃん」とお礼を言って。 亜季が心配そうに籠をじっと見下ろした。次に籠を開けた時、最高潮に不機嫌だろうみゃぁやをどうやり過ごすか、真剣に思案していたのだった。 ◆ はっきり言って、水鏡 絵梨乃(ia0191)の中でも屈指の出来映えだった。うんうん、と満足そうに腕を組み、ぐるり、と回って前後左右から確認して、うん、とまた大きく頷く。 「絵梨乃‥‥?」 「思った通り、可愛いぞ、レン」 注視され、恥ずかしそうに身をよじったレヴェリー・L(ib1958)の姿は、紺の染地に1つ、2つと蛍が飛んでいる意匠。足元の辺りには露草がちらほらと咲いていて、いかにも可憐な風情である。 そうしてうんうん頷いている絵梨乃に、良かった、とレヴェリーは細い安堵の息を吐いて、自分でも絵梨乃が着付けてくれた浴衣を見下ろした。この柄は酒々井 統真(ia0893)が一緒に選んでくれたものだ――レンには華やかな柄より可憐な方が似合うだろう、と言ってくれた。 (天儀に来て‥‥初めての夏‥‥だから‥‥) せっかくだから忘れられない思い出を残したい、と思う。初めて着る浴衣で、大好きな人達と一緒に。 着替えに使わせて貰った民家を出ると、統真と雪切・透夜(ib0135)が待っていた。そうしてレヴェリーを見て、良く似合っていると誉めてくれる。 「良かったね、レヴェリー。折角ですし、パンっと楽しんじゃいましょう♪」 「着付けた腕も良いんだ」 また満足そうにこっくりした絵梨乃が、それからじっと透夜を見た。それに釣られるようにレヴェリーの視線も透夜に釘付けになる。 そうして、こくり、と首が傾げられるに至って、突っ込まれる前にと透夜はすかさず先手を打った。 「‥‥服装は、気にしないでください。色々あるのですよ」 「それが‥‥透夜お兄ちゃんが‥‥考えてくれた事‥‥?」 「違うよ‥‥」 無垢な一言に、結局遠い瞳になった透夜の姿は、なぜか巫女装束。似合ってないかと言われれば似合っているが、気にするなと言われてもちょっと、困るというか。 努めて気にしない素振りで、そろそろ行くか、と統真が言った。そうですね、とほっとした素振りで大きく頷いた透夜の手を、ぐい、と絵梨乃が引っ張る。 そうしてじっと親友を見た絵梨乃に、見られた統真は気まずそうに口をへの字に曲げた後、きょと、としているレヴェリーを促して歩きだした。どうやら親友の事が気になっているらしい義妹への『ちょっとしたお節介』がひとまずうまく行ったと、見届けた絵梨乃は満足そうに透夜の手を引き、少し離れて歩き出す。 小さな神社にはすでに人が集まり始めていて、入り口に据えた茅の輪を囲む人垣は意外なほど多かった。それをじっと見上げた志郎が、なるほど、と得心の笑みを漏らし。 「これが茅ですか‥‥野鳥の観察会じゃなかったんですね」 「そうだな。茅の輪くぐりは夏祭りの風物詩だ。穢れを払って、この夏も無事に過ごすとしよう」 柄土 仁一郎(ia0058)が頷きながら、恋人の巫 神威(ia0633)と手をつないで仲良く茅をくぐった。そうしてそのまま、仲良く祭見物の人混みの中へと消えていく。 ほぅ、と観察していた志郎に、からす(ia6525)が簡単に説明した。 「輪をくぐる時は、右側は右回り左側は左回りだ。茅の輪をくぐったり、触ったりする事で流行り病を防ぐことができると信じられている」 「なるほど‥‥作法があるんですね」 からすの言葉にも感心して、大きく頷く志郎である。そもそも、茅くぐりというものを全く知らなかった志郎は、夏祭りなのにカヤクグリとかいう鳥を観察するとは不思議な、と首を傾げながらやってきたのだ。 故に、先の言葉である。なるほどなるほど、と村人達もくぐっていく様子を見ながら何度も頷く志郎の横に、どーん、と腕を組んだ喪越(ia1670)が立った。 「‥‥これは見るからにアレだな。この輪っかに火を点けて」 「やめておくと良い」 最後まで言い切るまでに、ひょい、とくぐりながらからすにさっくり釘をさされて、ガーン、と頭を抱える喪越である。まだその先何も言ってないのに、別におねーさんに追い立てられながらくぐるなんて言ってないのに。 なんだか見透かされたような気がしたけれど、とはいえ喪越だって本気でやるつもりはない。 (八の字にくぐるだけで笑いは取れるだろう) 自分が必死に八に字を描きながら「せい! や! ほッ! とうッ!」と輪をくぐる様子を想像しただけでも、まぁ十分に面白いわけで。そう思ったらすかさず実行、と楽しそうな足取りで茅の輪に向かって歩き始めた喪越に、クスクス笑う子供達の注意を引き戻すべく、秋 雄太郎(ib3372)は少し声を大きくした。 「さぁ、しっかり見てないと見落とすよ〜。世にも奇妙な増えるお手玉だよ〜」 その言葉に、あっ、と子供達が慌てて雄太郎の手元に集注する。さっきから、いつの間にか増えているお手玉の秘密を見抜こうと、何度も「もう1回!」とおねだりしていたのだった。 そんな中には浴衣を着せて貰って、祖父母と両手をつないで生まれて初めてのお祭りを物珍しそうに見て回っていた瀬奈とみゃぁやの姿もある。じっと真剣に雄太郎の手元を見つめる瀬奈の足下で、みゃぁやはのんびり毛繕いだ。 楽しそうで良かったと、その様子に結はほっと息を吐いた。行き道では祭というものが判らず、久々に会う祖父母の前で良い子にしてなくちゃ、と言っていた瀬奈だったけれども、ちゃんとお祭りも楽しめているようだ。 食べ物の屋台もそろそろ揃い始めている。あちらをそぞろ歩くのも楽しそうだと、結はぼんやり考えながら、雄太郎のお手玉を見つめていたのだった。 ◆ 村の神社には巫女が居ない。そう聞いて、じゃあ自分達が巫女の代わりに神社に奉納舞を納めよう、と思いついたのはごく自然な流れだ。 きちんとした舞台はないから、掃き清めた境内の一角を区切って。行き道はもちろん、辿り着いてからも題目やら何やらを打ち合わせて。 せっかくだから三味線で協力したいと、手を挙げた琥龍 蒼羅(ib0214)が弦を調整しながらちら、と玲璃(ia1114)を見た。舞手の1人である彼は、先程まではあちこち回って氷を必要とする夜店がないか尋ねて回っていたのだ。 いけるか、と尋ねれば大丈夫と応えが返る。せっかくだから2人舞を、と頼まれ共に舞台を踏む事になった羽郁は巫女袴に着替えて、髪を高く結い上げている所だ。 雪巳や蒼羅と音を合わせていた柚李葉が、その衣装を見てほぅ、と感嘆の息を吐いた。何度か羽郁の舞に楽を合わせた事はあるけれど、そういう時の彼の衣装はきりりと綺麗で、引き締まった心地がして。 やがてすっかり日が落ちて、神社の境内のあちらこちらで篝火が燃え始めた頃、神楽舞は幕を開けた。舞台の脇に控えた楽士宜しく、ゆるゆると雪巳の笛の音が滑り出し、蒼羅が三味線を撥でぶつ。そこにさらに、柚李葉の笛の音が絡む。 その中で、羽郁と玲璃はそれぞれに、仮舞台の両側から現れた。そうしてゆったりとした曲に合わせて、ゆったりと舞を踏み始める。 ほぅ、と人々の間から感心の息が漏れた。たまに旅の巫女がやってきて舞ってくれる事はあるけれども、こう言うのは何度見ても良いもので。まるで対のように舞う羽郁と玲璃は勿論の事、目立たぬ程度に途切れなく楽を奏で続ける3人にも感心の眼差しが集まった。 芸舞台とはまた違うしめやかで厳かな神楽舞は、やがて静かに、だがどこか賑々しく幕を閉じた。舞手の動きが止まって数拍、ゆるゆる頭を下げた2人にあわせて、楽士役の3人も被いていた薄布をはらりと落とし、笑顔でふわりと頭を下げる。 仮舞台の賑わいは、夜店の方にも伝わってきた。夜店の並びの端の方で、あちらは賑やかそうだなぁ、と井伊 貴政(ia0213)はきなこを振りながらのんびり考える。 大きめに切ったわらび餅は、甘くて食べごたえがあって先程からちらり、ほらりと子供達がやって来ては、わずかなお金をハイと渡して買っていく。「ありがとう」と受け取り放り込んだ銭入れには、お金は殆ど入っていない。 貴政自身は特に商売で儲けてやろうという気はなくて、瀬奈や祖父母や他の村の人達を喜ばせられれば、それで十分満足だ。けれども、1人だけ無料で提供するのもしっかり商売をしている人達のご迷惑になるかと、安めにお代を決めてみた。 柔らかな甘いわらび餅もヒヤリと冷たくて好評だけれど、キーンと思い切り冷たさを味わいたければ少し離れた所に、礼野 真夢紀(ia1144)と未楡が営むかき氷の屋台がある。色々の味がする、甘く煮詰めたタレを削った氷にかけて、好みで白玉や餡、砂糖付けの果物や練乳を添えて。 先日仕事で行った先で色々学んできたとかで、しっかりタレを用意して竹筒に取り揃えてきた真夢紀は、井戸水を組んできては氷霊結で氷を作り、鰹節削りに使っている鉋でかしかし削っていく。同じ屋台で未楡も一緒に、かしかし氷を削ったり、別の竹筒で冷やした麦茶を行き交う人々に振る舞ったり。 「貴政さんも如何ですか?」 「や、これはありがたいです」 「カキ氷も良ければどうぞですの」 先日世話になったからと、未楡が声をかけた側から真夢紀も頷き、ずらりと並べた小皿を示した。上には色々なタレが乗っていて、小指にちょっとつけて味見をして貰うのだ。 貴政は頷いて、夏みかんを煮詰めたタレをとお願いした。そうして自分のわらび餅をお裾分けして、また屋台へと戻っていく。 行き交う人々の顔が楽しそうに明るい理由は、いつになく豊富な屋台や神楽舞の他にも、様々な出し物のおかげもあるだろう。神楽も自分に出来る事でと、お祭を盛り上げるべく頑張っている1人で。 「お兄さんやお姉さん達に負けてられないもんね♪」 色々な出し物を一緒に見て楽しんだ神楽だけれど、そればかりでは終わりませんよと神楽舞の仮舞台を借りて、自己流の演武を披露した。小さな体で緩やかに動いてはピシリと型を決めて止まるのが、どうやら子供達には珍しかった様子。 一通りの型を終えて、よし、と両手を握りしめた神楽の耳が、ピクピク満足そうに動いた。それに視線が向けられたのを見て、にこ、と笑う。 「しっぽと耳、触ってみる? 順番にね♪」 「うん!」 嬉しそうに頷いた子供達に、引っ張らないでね、と念押しした。誰だって自分の耳やしっぽを引っ張られたら、そりゃぁもの凄く痛いものだ。 それにもこっくり頷いて並び始めた子供達を、ほわんとした笑顔で観那(ib3188)が見守った。 (お祭りはいつでもたのしいですね〜) 茅くぐりに夜店の食べ歩き、珍しい出し物に賑やかな人混み。観那も先程くぐってきたけれど、すでにたくさんの人がくぐり抜けていったのだろう、輪はちょっぴりくたびれた様子だった。 それでも何度も楽しそうにくぐる人達が居て、或いはたった1度と願いを定めてくぐる人も居て、そういうのを見ているのも楽しいもので。冷やしあめを飲みながら瀬奈や亜季の様子も見ていた観那は、もう何度目かになるイヴン(ib3245)の姿に、思わず苦笑した。 気付いたイヴンが少し照れた様子で肩をすくめる。 「またふられてしまいました」 先程から可愛らしい女の子と見ると積極的に声をかけ、一緒に茅くぐりをしようと口説いているのだけれど、またね、と笑って軽くあしらわれてばかりで。やれやれと嘆息を漏らしたイヴンの肩を、ぽむ、と観那が励ますように叩いた。 そんな祭の喧噪の中を、仁一郎と神威は仲良く手を繋いでのんびりそぞろ歩く。そうしてはにかみながら神威は、淡いピンクの髪紐で高く結わえた髪を揺らした。 「夏祭りって心が自然と浮かれてしまうわね」 何でもないものが特別に見えたり、他愛のないものが特別に美味しく感じたり。だからまるではしゃぐ子供の気分で2人、あちらこちらの屋台を冷やかして歩く。 途中、射的屋の前を通りがかったら、神威が賞品の一つのぬいぐるみに目を留めて「あ、可愛い‥‥」と呟いた。ならば仁一郎がそれに挑戦しない理由はどこにもなくて、本気の全力で的を射抜き、屋台のおやじを真っ青にしながら見事、ぬいぐるみを獲得する。 そんな仁一郎のご褒美はもちろん、神威の嬉しそうな満面の笑み。ぎゅっとぬいぐるみを抱きしめて恋人に礼を言った彼女は、また元通りぎゅっと手を繋いで、けれども次の瞬間ふと不安そうに瞳を揺らした。 (こんな風に‥‥来年もまた大切な人と来れますように‥‥未来を諦めることがありませんように) 幼い頃から自分を付け狙う存在の事を、ふと思い出す。けれどもこの手の中のぬくもりを諦めたくないから、負けないように強くなりたいと、願う。 そうして2人、今度は茶道具でも探してみようと歩き始めた恋人達とは逆方向へ、蒼羅ものんびりそぞろ歩く。神楽舞が終わった後、人ごみを楽しみながら屋台を覗き込んでいたのだ。 「その団子、貰おうか」 焼き団子の屋台を見つけ、親父に声をかけて幾らか包んでもらう。うち1本をはも、と頬張りながらまたのんびりと人ごみを歩き始めた。どうせならお茶が欲しいものだが、用意していそうな心当たりは1人ばかり。 が、その心当たりことからすもまた、今日ばかりは夜店をそぞろ歩きながら、はも、と団子を食べていた。そうして時折、酒に酔ったり祭の熱気で興奮して血気盛んになったものを見かけると、ペシリ、と花札を投げて仲裁する。 竹串の方が効果的とはいえ、当たり所によっては危ないし、それでなくとも開拓者が投げれば十分凶器だ。ゆえにその辺りは少し不便だと思いながら、あわや乱闘になりかけた若者の熱に水をさす。 そうして戻ってきた神社で、小さな社に呼びかけた。 「楽しんでいるか?」 例え社が小さく、巫女が居らず、世話が村人の持ち回りでも、これほどに賑々しく祭られる社には立派な精霊が居る、と彼女は思う。村人達の楽しげな顔を見てもそれは明らかなのではないか。 故に呼びかけ、社の階にちょこんと腰をかけたからすの前に、ほら、と焼き団子が差し出された。おや、と思って目を上げれば、蒼羅が「茶は用意してなかったか」と当てが外れたように嘯く。 ちょうどやってきた未楡が、ならこれをどうぞご一緒に、と竹筒に詰めた麦茶を差し出した。蒼羅にも先日世話になったからと、姿を見かけて追いかけてきたのである。 ありがたく受け取って、口を付けた麦茶は良く冷えていて、ほんのり焦げた匂いがのど一杯に広がった。どことなく、夏の香りがした。 ◆ 幾ら小さな村とは言え、祭騒ぎの中で知り合いに会える確率はそう高くはない。まして示し合わせて来たのでなければ尚更だ。 「絵梨乃に統真、レヴェリー、透夜も来てたんだね! ‥‥透夜、透夜も舞って来たの?」 あちらこちらで買い求めた屋台の食べ物を両手にしっかり握り締めたふしぎが、連れ立って歩く友人達を見かけて目を丸くしたのはだから当然で。一緒にてこてこ歩いていた瀬奈が、きょとん、と目を丸くして小首を傾げ、4人とふしぎを見比べた。 喪越が広げた屋台の前だ。氷と井戸水で良く冷やしたスイカを三角に切って、しゃくしゃく食べて種を飛ばして。あれはお行儀悪いから覚えちゃ駄目ですよ、と結が尻尾と耳をピクピク動かしながら瀬奈に言い聞かせた所。 ふしぎの言葉に一瞬ぴしりと笑顔を凍らせた透夜は、あくまで巫女服姿は気にしないようにと何だか真剣に訴えた。きょとんとしながらふしぎが頷くと、ほっと胸を撫で下ろす。 そうして、気を取り直してふしぎに言った。 「お祭りはいいですよね〜。人の遊行の最たるものです」 「これから皆で花火をしに行くんだ‥‥けど、それ全部食べるのか?」 「別に、食いしんぼなわけじゃ、ないんだからなッ」 絵梨乃も軽く手を上げ言葉を添えて、それからこくりとふしぎの両手を見比べたのに、ふしぎは顔を真っ赤にして力説する。その様子に、透夜と絵梨乃は目を合わせて忍び笑いを零した。 村の傍を流れる川に蛍が居れば良かったのだけれど、生憎この辺りではほんの少し時期が早かったようで。けれども統真が屋台で花火を買ってくれたから、祭騒ぎから少し離れてのんびり楽しんでくるのだと。 花火、と聞いた瀬奈が目を輝かせた。けれども次の瞬間、ふわぁ、と大きな欠伸が零れ落ちる。ごしごし一生懸命に目をこすっても、なかなか眠気は去らないようだ。 やむなく「また今度ね」と約束し、その場で手を振って別れて、4人は祭から少し離れた広場にやってきた。広場、と言ってもぽっかり空間が開いているだけの空き地で、片隅に井戸がある。 水を汲んで用意して、統真が買った線香花火に火をつけると、パチパチ、とほのかな火花の音がした。経験のないレヴェリーにいきなり持たせるのも問題だろうし、ここは持つのが甲斐性か、とじっと線香花火を持つ統真の傍らで、レヴェリーは初めて見る花火に目を輝かせている。 そうして次は自分で持ってみようと、統真に火をつけてもらった線香花火をおっかなびっくり持つレヴェリーの、けれども楽しそうな笑顔に絵梨乃も、レンが楽しそうで良かった、と息を吐いた。今日1日、多少わざとらしすぎる位に2人を隣同士にして歩いてみたり、何か欲しがっている素振りを見せたら統真の脇を突いてみたりしていたのである。 お疲れ様でした、と頷きながら透夜はスケッチブックに2人の様子を写し取った。それが終わったら次は絵梨乃も一緒に。他にも夜店を巡った様子を思い起こしながら。 描き上がったらもう一度見直して、レヴェリー、と名を呼んだ。そうして今日の思い出にと、手渡したスケッチを見たレヴェリーはまた目を輝かせ。 「絵梨乃、統真、透夜お兄ちゃん‥‥」 天儀での初めての夏を迎える彼女の為にという、色々の心づくしが伝わってきて、レヴェリーは3人にぎゅっと抱きついた。ありがとう、の気持ちと、大好き、の気持ちを込めて。 そしてまた、花火のほのかな火花がパチパチ鳴り始めた頃、村ではそろそろ夏祭も終わりに近付いていた。色々見て回ったり、持参した暑気祓のお菓子を配って回っていた羽郁と柚李葉も、揃って茅くぐりにやってくる。 本当は瀬奈と一緒にくぐれたらと思ったのだけれど、沢山のお兄ちゃんお姉ちゃんに遊んでもらったり、初めてのお祭の空気にお疲れの様子で、ついに眠り込んでしまったのだという。それでも雪巳とはちゃぁんと一緒に茅をくぐったのだけれど。 今年1年健康でありますようにと、呟いたら瀬奈もおしゃまな口調で同じ言葉を繰り返していた。雪巳のそんな言葉を聞いて、瀬奈の姿が目に浮かぶようでつい、羽郁と柚李葉も目を合わせてくすり、と笑ってしまう。 そうしてせーので輪をくぐった、2人の様子を見ながら貴政も、後でこっそりやってみようと思いながら屋台の売上金を全部賽銭箱に放り込んだ。皆の喜ぶ顔が見れればそれで良かったのだから、考えようによってはそれを見せてくれた小さなお社の精霊への感謝の印とも取れる。 それを見た雄太郎も、少し考えて同じく賽銭箱へと稼いだお金を投げ込んだ。ちなみに放り込むまでもなく、喪越は子供や可愛い娘さんと見ると商売以上におまけをつけたりと大盤振る舞いで、売り上げが全部飛んで行ったのだとか。 「楽しかったね♪」 「‥‥ですね」 結局引っ張られたらしい耳をそっと撫でながら、それでも満面の笑みで尻尾を振った神楽にこっくり頷いた雄太郎だ。んー、と考えた神楽はそんな雄太郎のほっぺを「ぷに」と引っ張った。耳を引っ張った子供にもお仕置きで同じ様にしたのだけれど、これはそう言うのとは違ってこう、気分転換になれば良いな、と言うか。 そんな楽しそうな仲間達と、こてんと眠ってしまった瀬奈を思いながら、志郎は小さく微笑んだ。 (瀬奈さんには夏祭りは初めてのことばかりですから、帰ったらご家族にたくさん今日の話をしてあげてくださいね) きっと両親達も瀬奈の『初めての夏祭』を聞くのを、楽しみに首を長くしているに違いないのだから。 村の小さな夏祭は、老夫婦と小さなお嬢さんと猫の楽しい一時と共に、こうして幕を閉じたのだった。 |