蛍、愛づる娘。
マスター名:蓮華・水無月
シナリオ形態: イベント
無料
難易度: 普通
参加人数: 50人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2009/08/20 00:05



■オープニング本文

 夏、夕下がり。ジリジリと照りつけていた日が沈み、一涼の風が吹き抜ける。チリン、と揺れる風鈴の音色。蝉の声の残滓。
 ふわり、髪を弄ぶ風に惹かれるように、和佳(わか)は振り返った。そこには、何もない。だが和佳はただ、里の様子をじっと見つめる。
 不意に、ポツリ、呟いた。

「‥‥蛍、見てないな」

 あのはかない輝きを、無意識に求めた。もちろん居ない。今はもう盛夏。蛍はとっくに時期が過ぎて、季節外れの迷い蛍すら見られなくなる頃合だ。
 そんな事は、和佳にも判っていた。でも。

「‥‥見たいな、蛍」

 初夏、蛍がふわり、ふわりと飛び交う頃、和佳の父が畑仕事中に怪我をした。だから、父の代わりに畑に出っぱなしだった母を支えて、和佳は初夏からこっち、ずっと家の切り盛りをしていたのだ。
 きっとだから、蛍が飛んでいるのに気がつかなかった、のだろう。里では毎年、初夏には蛍が見られるのだから。
 見てないな、そう思ったら、ますます見たくなった。

「蛍‥‥沢には、居るかな」

 里から二刻も行った所にある沢の辺りでも、蛍が見られると言う。あの辺りは夏でも涼しいから、もしかしたら季節外れの今でも蛍が居るかもしれない。
 見たいな、また呟いた。
 父の怪我は殆ど治ったけれど、まだ痛むと言って、畑に出ようとしない。普段が丈夫な人だから、きっと怪我で寝込んだのがショックだったんだろう、と母は言うけれど。
 あのはかなく、それでいて一生懸命な小さな輝きを、きっと父も見ていない。だから見せてあげたいと思った。そうすればもしかして、父も畑に出る気力を取り戻してくれるのじゃないだろうか。
 そう思い、和佳は空を見上げた。少しずつ夕闇に染まりつつある、薄紫色の空。この空にあの小さな光があればどんなにか美しいだろう――そう思い、和佳はそっと溜息を吐いたのだった。


■参加者一覧
/ 万木・朱璃(ia0029) / 月夜魅(ia0030) / 柄土 仁一郎(ia0058) / 北條 黯羽(ia0072) / 無月 幻十郎(ia0102) / 野乃宮・涼霞(ia0176) / 六条 雪巳(ia0179) / 当摩 彰人(ia0214) / 犬神・彼方(ia0218) / 紫夾院 麗羽(ia0290) / 朱璃阿(ia0464) / 橘 琉璃(ia0472) / 那木 照日(ia0623) / 柄土 神威(ia0633) / 吾妻 颯(ia0677) / 鷹来 雪(ia0736) / 国広 光拿(ia0738) / 京極堂(ia0758) / 真田空也(ia0777) / 鴇ノ宮 風葉(ia0799) / 蘭 志狼(ia0805) / 江崎・美鈴(ia0838) / 虚祁 祀(ia0870) / 尾鷲 アスマ(ia0892) / 酒々井 統真(ia0893) / 福幸 喜寿(ia0924) / 巳斗(ia0966) / 天雲 結月(ia1000) / 氷海 威(ia1004) / 林堂 一(ia1029) / 王禄丸(ia1236) / 衛島 雫(ia1241) / 上杉 莉緒(ia1251) / 白姫 涙(ia1287) / 露草(ia1350) / 瑪瑙 嘉里(ia1703) / 嵩山 薫(ia1747) / 千王寺 焔(ia1839) / 錐丸(ia2150) / 水津(ia2177) / 星風 珠光(ia2391) / 熊蔵醍醐(ia2422) / 細越(ia2522) / 蒼零(ia3027) / 幻斗(ia3320) / 柏木 くるみ(ia3836) / 祥乃(ia3886) / 伎助(ia3980) / 祐(ia4271) / 柏木 佑(ia4311


■リプレイ本文

 さてその日、里には些か奇妙な集団が出現していた。

「あ〜、やっぱ結構草生えちまってるねぇ」

 言いながら揃いの麦藁帽子を頭に載せて、賑やかに畑で草を引く連中。何だ何だ、と里の者の目を引く中、畑の側で戸惑い顔の女が『いや何だか開拓者さんがね』と説明する。
 季節外れの蛍狩りに集まってきた、開拓者の有志だ。林堂 一(ia1029)を中心に、時折日差しに負けてふらりと倒れたり、どつき合いを始めたりしながらも、さすがは開拓者の並ならぬ膂力でガシガシ草を引く。引いた草を、手頃な麻袋を用意した福幸 喜寿(ia0924)が、些か心配そうに見守る女に後の始末を聞きながら集めて回る。
 初夏の頃から、畑は和佳の母が1人で手入れしていた。だが人手が居るような事は里の者に頼めても、草引きや虫取りといった地道な作業はそれぞれの畑の事で皆手一杯で、中々細部まで行き届かないだろう――そう、考えた一らが助力を申し出たのだ。
 実際、大きな雑草を抜いて回るのが精一杯だったので有難かったらしい。こんな事までして貰って良いのかしら、と戸惑う様子ながら、女の顔はどこかほっとしている。
 その様子を眺め渡しながら、木陰では北條 黯羽(ia0072)と犬神・彼方(ia0218)が、捕まえた蛍を入れておく為の蛍籠を鋭意作成中だった。藁を譲り受けて器用に籠を編む彼方の傍らで、かなり頑張って藁と格闘する黯羽だ。
 あまり工作は得意ではないと、自覚はあるので彼方に教えて貰いながらの作成だが、時に触れ折に触れ、こうやるんだと手を取られたり、故意か偶然かそれ以外の部分に手が当たったりする度、ドキリと胸を高鳴らせる黯羽に、果たして夫(?)は気付いていたものか。時々向けられる伺う様な眼差しは、まぁ確信犯らしい。
 周囲には他にも、ぽかりと煙管をふかす連れ合いの側で恥ずかしそうにせっせと蛍籠を編む者やら、この辺りに蛍袋の花がまだ咲いている場所はないかと尋ねるものやら。蛍袋も蛍と同じく初夏の花だが、もしかしたら沢の方にはまだ咲いているかもしれない、という。
 里は、太陽が今日もジリジリと照りつけている。この暑さだと或いは沢の方でも蛍がもう居ないのでは、と和佳は些か心配顔だったが、沢までの道のりはそう遠くはないと豆の筋を取りながら教えてくれた。
 その傍らで、穏やかな空気で恋人と向き合いながら「藁を編むだけだから、それほど難しくはないだろう」と静かに蛍籠を編む開拓者なども居て。どうやら彼ら自身も、季節外れの蛍狩り、依頼抜きに楽しみにしているようだった。





 沢までの道のりは単純だ。里からまっすぐ山の方へと歩き、しばらく登ればやがて沢に辿り着く。
 その道すがら、朱璃阿(ia0464)が友人達に「私はこの時期になると蛍を捕まえて灯りにしていたわ‥‥客からは風情があると言われてある程度は稼いだものよ‥‥」などと話しているのを聞くともなく聞きながら歩く、開拓者の中にはちらほら涼しげな浴衣も見られ。友人同士で蛍袋を探したり、或いはのんびり楽しみながら辺りを眺め渡したり。

「蛍の淡い光‥‥私も好きよ。見るのが楽しみ」
「まるで星の欠片が舞っているようですしね」

 昼間、皆と一緒に作ってきた蛍籠を見ながら野乃宮・涼霞(ia0176)が呟けば、隣を歩きながら答えた露草(ia1350)は夏らしい朝顔柄の浴衣。素敵な表現ね、と微笑んだ涼霞の流水と蛍火柄の浴衣もまた涼しげ。
 沢についた頃にはすでに夕闇が辺りを支配している頃合だったが、昼間のうちに下見に来ていた伎助(ia3980)と錐丸(ia2150)が、ここだ、と仲間達に手を振った。蛍がよく居そうな林の傍、沢の流れの緩やかな辺りで程ほどに岩場になっている辺りを探し、仲間を待つ間どうせだからと釣りなど楽しんでいたようだ。釣果はそれなり。
 気配に、木の上にいた柏木 佑(ia4311)も顔を出す。彼もまた別方面、蛍の幼生の好む食べ物の居る場所から蛍の居そうな場所に見当を付け、岩清水を撒いて待機していたらしい。
 だが生憎どちらもまだ、蛍発見には至っていないようだ。故に祥乃(ia3886)はこの辺りを歩き回って、さらに蛍が居そうな場所を探しているという。動きやすい浴衣を来て着て良かった、と心から思って居るに違いない。
 合流した開拓者達も、それぞれ沢のあちこちに散って蛍の姿を探し始めた。どちらかと言えば森の方が怪しそうだ、と踏み入っていく夫婦の傍の茂みにしゃがみ、蛍を驚かせないよう丁寧に葉の裏などを探す巫女が居て。辺りの草葉に岩清水を振り掛け、誘き出そうとするものも居り。
 「甘い水が好きだと言うし」と水飴を沢に垂らそうとしたのは全力で止めたものの、概ね捜索範囲は沢の流れの緩やかな辺りに集中する。ましてだんだん暗くなってくると、松明や提灯などで辺りを照らしていても、避けられないハプニングも起こる訳で。

「ゆづきっ! 走ると危ない!」
「え‥‥ひゃあぁッ!?」
「う、上杉さんは見ちゃだ‥‥きゃッ!?」
「う、うわ‥‥」

 闇に落ちつつある沢に、蛍どころか周囲で眠りに落ちかけている獣もビクッ! と目を覚ましそうな、にぎやかな悲鳴が響いた。続く、バッシャーンッ!! と派手な水飛沫。
 ギョッ、と目を剥いた幾人かが松明や提灯を取り落として振り返った。慌てて拾ったおかげで燃える事も、火事になる事もなかったようだ。
 蛍探しも念頭に置きつつ、『瑠璃屋出張店』と称して用意してきたお茶やお弁当を売り回っていた万木・朱璃(ia0029)がびっくり顔で騒ぎの中心を覗き込む。

「‥‥大丈夫ですかー?」

 躓いたのか転んだのか、はたまたただのドジっ子なのか、そこに居たのは色々なものが見えつつ地に転がっている天雲 結月(ia1000)とその下敷きになっている江崎・美鈴(ia0838)、さらにその傍で真っ赤になっている上杉 莉緒(ia1251)にしがみつく様に倒れかけた身体を支えている月夜魅(ia0030)。‥‥うん、本当に何があったんだか。
 声をかけたは良いが次の句に困った朱璃の見守る中で、へろへろになりながら互いに助け合って起き上がり、「さっ、蛍を探すぞ!」と気合新たに動き出した4人組だ。またどこかでこけてない事を祈る。
 そんな騒ぎはさて置いて、心眼を使ったり、藁に火を燈して蛍の光を真似たり、提灯に上着をかけて素早く開閉したりと、蛍を誘き出そうとする開拓者の創意工夫が、ちらほら実り始めたようだ。

「あ‥‥」
「居た‥‥」

 吐息で囁き合うのは、蒼零(ia3027)と幻斗(ia3320)の兄弟。実はあまり暗い所が得意ではない蒼零、風の音やら獣の声など、何か音がするたびにビクリと身を強張らせては幻斗に励まされていたのだが、そんな事も蛍の光を見つけた瞬間、一片に吹っ飛んでしまった。
 ゆらり、と漂うような蛍の光を、そっと両手で捕まえて、お手製の籠にそっと放す。しばし、警戒するようにジッとしてた蛍がやがてそっと光を放ち出したのに、顔を見合わせてにっこりした。
 それが合図だったかの様に、ふと見ればあちら、こちらと蛍の光が瞬き出す。

「夏の夜の 蛍は夢の 現かな――」
「綺麗ですね。蛍も綺麗‥‥」

 半分は自分も蛍を見たくてやって来た嵩山 薫(ia1747)が、目を細めて優雅に一句。気ままに夜歩きを楽しむ風情の女性に、舞うような光にぼんやり見とれていた白姫 涙(ia1287)が微笑んだ。
 捕まえるのはもう少しこの眺めを楽しんでから、とまた蛍を眺めながらそぞろ歩きなど始めた者が居る一方で、蛍を捕えるのに中々苦労をしている者も居る。

「あそこにも蛍が‥‥」
「ってまた、あんな上か‥‥」

 ぞろぞろ連れ立って歩きながら、ふいと指をさしては蛍の居場所を知らせる氷海 威(ia1004)に、仲間ががっくり肩を落とす。蛍の居場所を教えてくれるのは嬉しいが、悉く手の届きにくい場所ばかりと言うのはどうなんだろう。
 だがそうも言っていられない、と尾鷲 アスマ(ia0892)が肩車を申し出る。もはや責任は自分で取れ状態で、強引に威を担ぎ上げようとするアスマを、ニヤニヤ笑いの仲間が囃し立てた。
 渋々、押し切られて担がれた男が蛍に手を伸ばし。グッと身を乗り出した男を夜闇の足場の悪さに支え切れず、グラリ、と肩車が大きく揺れて。

「うっわ、おっちゃ、こっち来んな‥‥ッ」
「‥‥っと。大丈夫さね?」

 他人事のように見ていた男が巻き込まれ、沢に盛大に転落した激しい水音で飛び立った蛍を、絹の扇で舞うように捕った娘も飛沫を浴びてずぶ濡れ状態。
 蛍の儚い光を眺め、美しいものを見る余裕のあった幼い頃に想いを馳せていた蘭 志狼(ia0805)がついに「‥‥貴様らは静かにしておれんのか」と静かにため息を吐いた。おかげでせっかくの蛍が全部飛び立ってしまった。
 と思えばその少し離れた所には、友人同士、蛍を驚かさないようそうっと蛍袋を手に蛍を誘い込み、内側から光るほのかな灯りにそっと目を合わせる姿も見える。それをしばらく楽しんで、籠の中に放した後は蛍袋の花も一緒に和佳へお土産に。
 そんな中、六条 雪巳(ia0179)の傍らにあるのは隙間を塞ぎ、蝋燭も外してしまった小さな提灯。この中に蛍を入れようと思っているらしいが、その割に本人は沢に手を入れて涼を楽しんでいる様子。積極的に蛍を捕まえようと言うよりは、機会があればと言うスタンスの様だ。
 昔は兄弟子と一緒に探したものだ、と懐かしみながら細い葉の裏などを丹念に覗いていた国広 光拿(ia0738)が、そんな連れの様子に苦笑した。

「六条は‥‥水遊びか」

 頷く雪巳の隣に座り、今しがた見つけた蛍を手のひらに、こうすれば面白いぞと蛍袋を覆い被せる。それに目を細めると、ふわり、と飛んできた別の蛍が彼の前で漂うように揺れ。

「少しだけ、お付き合い願えますか?」

 指をそっと差し出しながらそう問えば、応えるように蛍が止まる。それをそっと提灯の中に放して蓋を閉めれば、中からかすかに漏れてくる光。
 優しい光だと見つめる彼らとは対照的に、熱く蛍を追い求める御仁も居た。

「全力で蛍狩りだぁぁ!!」

 むしろ周りで見ている人間の方が半歩引いて見守ってしまいそうな、雄叫びを上げて沢を駆け抜ける熊蔵醍醐(ia2422)。虫籠と虫取り網を手に、アレが蛍かと見定めるや全力で突進し、豪快に虫取り網を振り切っている。
 依頼を受けたからには全力で完遂せねば、と言う気合はとても感じられるのだが、あまり風情と言う事に興味がなく、蛍の知識も乏しいのが仇となったか。時折、蛍を誘う藁火や火花(?)にも突進し、開拓者達の悲鳴も誘っている。
 が、まだまだぁッ! と熱く燃える男がふと、知り合いを見つけた。

「よぉ、楽しんでるかァ?」
「ダ‥‥ッ!?」
「焔君‥‥ッ」

 バシンッ! と挨拶代わりに背中をぶっ叩いていった男に、叩かれた千王寺 焔(ia1839)が思いっきりつんのめった。隣に居た星風 珠光(ia2391)が慌てた声を上げる。
 先刻も2人、沢の側を互いの趣味だとか、今回が一緒に受ける初めての依頼だとか、里からずっとそんな話をしながら歩き通しだったので、疲れた珠光がふらりと沢に落ちかけたのを危うく防いだばかり。ほっとしたような残念なような、甘酸っぱい空気を漂わせながら「気をつけろよ」「次は大丈夫、大丈夫」などと言い合っていた所に、豪快な男がやってきたわけで。
 ぐらり、と揺れた焔の身体を、支えようとした珠光が再び足を滑らせる。夜闇のせいか、水辺のせいか、どうも今夜は足元の覚束ない方が多い模様。それに、何とか持ち直した男が女に手を伸ばし。触れてはいけない所に触れてしまったものか、落下は免れたもののそのまま沈黙した2人の周りを、蛍が不思議そうにふわり、と飛び交う。
 それを遠目で見ていた柏木 くるみ(ia3836)は、礼儀正しく目を逸らした。蛍を捜し求めて月明かりを頼りに歩いてきたら、気まずい場面に出くわしてしまったものだ。
 だがこの辺りに居るのは間違いない、と岩清水を辺りに振り掛けてじっと待つ。周囲に耳を澄ませ、何か言い争いを始めた男女の声は意識して聞かないフリをして居ると、ストン、と誰かが横に座った気配だ。
 チラ、と見ると吾妻 颯(ia0677)がにっこり笑う。だが何を言うでもなく、そのままくるみの隣でじっとして、蛍がやって来るのを待っている。
 しばしの、沈黙。沢の流れる音。

「‥‥まだチビの頃」

 こっそり見に来たなぁ、と呟く颯の脳裏にあるのが誰なのか、くるみには判らない。だが懐かしい相手なのだろう、と言う事は判る。
 やがて一つ、二つと飛んできた蛍を、2人はそのまましばし眺め。くるみが網でそっと取った蛍を、自分の籠と、颯の籠にそれぞれ入れた。

「これで和佳さんの気持ちが伝わると良いですね」

 にっこり微笑むくるみに、頷いた颯が籠の中で静かに明滅を始めた蛍を見て『美しいな』と呟く。かつて見た蛍も――世界も、美しかった。それだけではない事を今は知っているけれど。
 守りたいと静かな決意を胸に抱く、その間にもちらほら蛍は活動を始めている。あちらこちらに見え隠れするその中には、蛍ではなく蛍を誘き寄せんとする偽の灯火もまだまだ多い。

「ククク‥‥蛍の光も炎の光には敵わないです‥‥」

 何かダークな事を良い笑顔で仰りながら、空中に数多の火種を生み出して笑う水津(ia2177)。元々、火種を使っている時には性格がかなり攻撃的になってしまう彼女だったが、夜闇に舞い踊る炎の光にかなり酔い痴れている様だ。
 見ていた細越(ia2522)達が、間違って蛍を焼いてないだろうか、とちょっと心配そうに見守った。元々、蛍を誘き寄せる為に火種を使う、という事になっていたはずだが、目的変わってないだろうか。
 だんだん高笑いが大きくなってきて、これは危険そうだと判断した細越と朱璃阿は真剣に瞳を凝らし、蛍が居ないか探し始めた。上手く誘き寄せられているか、或いはこの騒ぎに隠れてしまったか。
 幸い、火種から少し離れた所に逃げ遅れた蛍が数匹居るのを発見し、素早く両手と網を使って捕まえた。籠の中にそっと放し、同時に細越が水津を止めにかかる。放っておくと、辺り一帯延焼しかねない。
 ハッ、と正気づいた途端におどおどと友人達を見回す火種娘に、友人達は好意的な苦笑を漏らす。後は自然をゆっくり楽しもう、と足元に気をつけながら沢沿いに歩き始めた3人を、残念そうに見送る瑪瑙 嘉里(ia1703)の姿があった。

「あ‥‥あれは蛍ではないのですね‥‥」

 少し本気の響きで残念そうに呟く嘉里にクスクス笑う煙管の男。京極堂(ia0758)自身はかなり早い段階で、幾らか逃げられたりもしながら蛍を捕まえ、嘉里の作った蛍籠に入れてある。だが彼女の方はなかなか蛍を捕まえられずに居て。
 せっかくだから彼女の肩を抱いて幻想的な雰囲気を楽しみたいと思ったり、じっと蛍を目で追う彼女をまだしばらく眺めて居たいと思ったり。その視線に気付いた嘉里が、恥ずかしそうに頬を赤らめた。まだまだ、互いの距離感の変化に馴染めずに居るようだ。
 まだ時間はあるしなぁ、と煙管を燻らせクスクス笑う男を、赤い顔で軽く睨んだ女は再び、蛍を目で探し始めた。通りがかった、歩けばカップルに当たる状態に何だか悲しくなってきた瑠璃屋こと朱璃から、2人分のお茶をもらう。
 他にも蛍が居る位置を木に矢印を彫って仲間に知らせるものが居たかと思えば、ちょっと遅い七夕と洒落込んで持参の笹を持ち込み、団子とお茶でのんびり夕涼みを始めたものが居たり。ひらり、と翻った短冊に書かれた言葉は、見なかった事にしたほうが良いのだろう。
 だが、そろそろ殆どの開拓者が蛍を捕まえられた様だ、と虚祁 祀(ia0870)の肩をそっと抱いて蛍を眺めていた那木 照日(ia0623)は考えた。彼ら自身、捕まえた蛍は手に持った袋の中に入れてある。
 蛍の光を見つけやすいように灯りを持って来なかった2人は、夜闇は危ないからとしっかり手を繋いでここまで来た。まぁ簡単に言えば手を繋ぐ口実が欲しかったのだが、実際、落ちかけたり盛大に落ちたりした者が居たので、計らずして事故予防にもなっている。
 そうして2人、月明かりを頼りに早々と蛍を見つけ、捕まえた後はこうして季節外れの蛍を楽しんでいたのだけれど、どうやらそろそろ時間切れのようだ、と名残惜しそうな溜息を吐いた照日の手を、ギュッと祀が再び握って。

「また虫が居たら追い払ってあげる」
「う‥‥すみません‥‥」

 恋人の言葉に、申し訳なさそうに俯いた。蛍は何とか大丈夫なのだが、それ以外の虫は見ただけで飛び上がってしまうほど苦手。故にここまでの道中、存外虫の豊富な夏山にビクビクしっぱなしで、時折は驚きの余り沢に落ちかけた照日を、そのたび祀が支えたのだ。
 仲間達の元に戻ると、真田空也(ia0777)がスイカを抱え、幾人かの開拓者に囲まれて冷や汗を流していた。

「だからこれは、スイカで蛍がちょっち長生きするって話もあるから、だね」

 必死に弁解(?)しているのを聞けば、どうやら里まで蛍を連れて帰るのに、弱らないように色々知恵を絞って持ってきたスイカの玉を、程よく歩き回ったり騒ぎ回ったりした食いしん坊達が狙っているらしい。どうなる事かと見守る開拓者の中で、帰り道に蛍にやる様に持ってきた岩清水も飲んでしまった、と目を逸らす者も居たりして。
 だがこれは、蛍の為にと事情を話して里の人間から譲り受けたスイカである。どうせ見せるなら元気の良い蛍が良いはずだ。ならばこれは蛍の為に使われるべきで、決して空腹の為に使ってはならないだろう、多分。
 何とか説き伏せ、希望者にスイカの欠片を配っていく。人数も多いし、籠でずっと飼うと言うわけでもないから、それほど大きくなくて良いのだが、それでもやっぱり希望者全員に配ってギリギリだった。
 余り多く捕り過ぎては良くないだろうと、大体1人1匹を目安に捕まえた蛍達が、蛍籠に虫籠、空っぽの提灯、蛍袋や麦藁帽の中などで儚い光を瞬かせる。もし月が雲に隠れても、灯りの心配はなさそうだった。





 里までの帰り道を、一緒にしりとりをしながら歩いたり、時折足を止めて蛍の様子を確認しては、岩清水を振り掛けたり。
 自分達の籠だけでなく、回りの仲間達の籠なども覗いて様子を確かめ、そぅっと慎重な手つきで岩清水を振り掛ける巳斗(ia0966)の隣を歩いていた当摩 彰人(ia0214)が、不意に明るい調子で手を振った。やほ〜♪ と笑う男の視線の先には友人達。
 どうやら、この人数の多さで気付かなかった顔見知りの存在に、帰りの今になって気が付いたらしい。だがそれだけで、近くに行って話しかける様子はない。
 そんな彰人に、白野威 雪(ia0736)が首をかしげた。

「お話しにならないのですか?」
「ん〜♪ だって今日はみ〜くんと雪ちゃんと一緒に楽しむんだしね〜☆」

 ねぇ、と人好きのする笑顔で両手を伸ばし、2人の手をギュッと握った彼の真意は、笑顔の面からは判らない。好意を寄せられているような、とは感じられるし、良い人だとは思うけれど。
 繋がれた手を振り解く事も出来ず、といってどうしたものかと少し困り顔の雪を、巳斗が見上げて微笑んだ。兄と思う人と、ひそかに憧れる人。2人が進展するようであれば遠慮するつもりだったけれど、今はまだ一緒に居た方が良いみたいだ。
 そんな風に、心地よい疲労の余韻を残しながら、開拓者達が里に帰り着いたのは夜も更けてからのことだった。和佳とその家族はいつもならもう寝入ろうかという頃合いだったが、今日ばかりは母子が家の外で並んで座り、月を見上げながら帰りを待っていた様子。
 開拓者達が手に持つ籠や巾着を見て目を輝かせた和佳は、父親を呼んで来て欲しいと頼まれ、頷いた。家の中に入り、何か言った和佳の声に被さる、傷が痛むという怒声。
 それでも、いささか大仰に和佳に寄りかかって出て来た父親に、母親が控え目な様子で「蛍ですよ」と微笑んで。

「馬鹿か。蛍なんざ、この季節に――」
「本当ですよ」

 にこりと微笑んだ巫 神威(ia0633)が、父親に示すように蛍籠を軽く掲げた。そこから漏れる光に目を丸くした男を見て、柄土 仁一郎(ia0058)が仲間達を振り返る。

「それじゃ、せーの、で放そう」

 頷いた仲間達が、続く合図で一斉に籠を、閉じ込めていた手を開け放った。飛び立つ光が、1つ、2つ。優しく囁きかけたり、促すようにすっと高く持ち上げると、少しずつ光が増えていく。
 ふわりと宙を舞い、あるいは手頃な草や、時には開拓者達の蛍火や百合の華やかな浴衣などにも止まって羽を休め、静かに明滅する蛍に和佳が目を見張り、それから伺うように父親を見た。どうか蛍を見て父親がやる気を取り戻してくれれば――それが少女の願い。
 紫夾院 麗羽(ia0290)が少女の名を呼んだ。

「蛍は1週間ほどで寿命を迎えるらしい。短い期間を懸命に生きているのだ」

 後は解るな、と優しく微笑んだ開拓者に、和佳は大きく頷いた。和佳にすがるように立っている父親の身体が、びくりと強ばる。
 彼女の言葉が、父親の心のどこかに響いたのか。和佳の願いを、感じたのか。
 娘の気持ちに応えてあげて欲しいと、開拓者達の祈るような眼差しが、立ち尽くし、儚く懸命に輝く蛍の光を見つめる父親に注がれた。無言でただそうしている、横顔からは胸の中は伺えない。
 祐(ia4271)が静かに言った、その言葉は己の父を思ってのもの。

「父たるもの、子へ見せる背中は誇れるものであるべきでしょう」

 今のその背中は、娘に見せても何一つ恥じる所のないものなのか、と言外に厳しい助言にも、返る言葉はなかった。だが代わりに、彼はぎこちなく娘に縋る手を放し。
 ポン、ポン、と。
 軽く2度、何も言わずに娘の小さな頭を撫でた、その仕草にクシャリと歪んだ顔を慌てて隠すように、ギュッと父の寝巻きに顔を押し付ける少女。息を呑んで見守っていた母親が、そっと視線を逸らして目元を拭う。
 しばし、そこで動くものといえば小さくしゃくり上げる少女の背と、ゆっくりと儚く明滅しながら飛び交う蛍のみだった。





 季節外れの蛍の光を、眺めながらの夜更けの宴会が始まった。と言ってもっぱら、和佳の父親を相手に酒を呑み交わすものやら、親しい者同士で向き合ってさしつさされつ、儚い光に目を細めるものやら。
 頑張って起きていた和佳は、貰ったお手玉に喜んで一緒に童歌を歌って遊んだりもしたのだが、やがてこっくり大きな船をこぎ始めたので見かねた母親が寝床に連れて行った。その母親も欠伸を噛み殺していたのは、蛍の興奮が通り過ぎて、昼間の仕事の疲れが出たのだろう。
 胡坐をかいて欠けた茶碗で酒を飲む、父親の膝元で揺れているのは蛍袋。和佳が喜ぶだろうと蛍と一緒に持ち帰ったそれを、和佳は嬉しそうにためつすがめつした後で『父ちゃん、あげる』と手渡した。

「ここまでやられちゃぁ親としては、寝てる場合じゃぁあるまいよ」

 夜風に揺れる花を見ながらの無月 幻十郎(ia0102)の言葉に、全くだ、と頷く。彼だけではない、先ほどから白騎士と名乗る娘や、他にも多数の開拓者が同じように、彼に発破をかけていく。
 胸によぎる複雑な気持ち。娘にここまでさせてしまった不甲斐なさと、ここまでしてくれる娘を持てた幸いと。
 そして何より娘の願いに応えてくれた開拓者に、有難い、と静かに頭を下げれば、こっちも楽しんでる、とニヤリと笑う。実際、辺りで蛍を楽しんでいる者の中には完全にこちらが目当て、と言うものもいないではない。
 そのうちの1人が鴇ノ宮 風葉(ia0799)だ。依頼前に買っておいたお団子と、用意したお茶を並べてご満悦の笑みで蛍を鑑賞している、傍らにはため息をつきながらも今日1日を一緒に行動した酒々井 統真(ia0893)。
 沢の方でも簡単に飾っていた、彼が持ち込んだ笹を改めて手頃な場所に立て、夜風にさやぐ笹の葉の音と周囲を飛び交う蛍を楽しもう、という趣向。季節外れの七夕、第2弾だ。
 もちろん笹には短冊もしっかり括りつけられていて、風葉と統真の他、依頼人親子のものも枝に揺れている。蛍鑑賞の人々にお茶を配って回っていた橘 琉璃(ia0472)が、ひらり、と翻って目の前にやってきた短冊を見るともなく眺め。

「『世界征服』‥‥?」
「アタシは本気よ?」

 胸を張って言う娘に、そうですか、と曖昧に頷いた。夢があるのは良い事だ。やっぱりそれだけは外した方が、と傍らの少年が片手で顔を覆った。
 その彼が書いた短冊は『もっと多くを背負えるように、強く』。大事なものを支えたくて開拓者になった彼は、だが開拓者になってからよりいっそう支え、守りたいものが増えた。その総てを支えられるだけの強さを、と季節外れの短冊に願うのも、季節外れの蛍と共になら良いだろう。
 親子の短冊もそっと見た琉璃は、あったばかりながらそれぞれの、それぞれらしい願いに微笑んだ。
『父ちゃんが元気になります様に』
『家内安全』
『復』
 言葉を連ねた素直な願いと、ありきたりだが穏やかな願いと、一文字に込めた強い願い。それを引き出したのはこの蛍達なのだろう、と琉璃の視線が宙を舞う光を見つめた。

「ふふ、良い思い出が、できると良いですね」

 そう呟いて、またお茶を配りに歩いて回る琉璃の側を、本当に綺麗ね、とうっとり蛍の光を見つめながらそぞろ歩く少女達が通り過ぎる。それを見ていた衛島 雫(ia1241)が眉を潜めた。

「あれでは足元が疎かになって危ない」
「それもまた良い思い出だろう」

 口調はぶっきらぼうながら、義理の娘を心配しているのが良くわかる雫の手の杯に天儀酒を注ぎながら、王禄丸(ia1236)がそう言った。それはそうだが、と夫にも酒を注ぎ返す視線はやっぱり、娘の方に向けられていて。
 危険がないのは判っているが、それでも心配してしまうものなんだろう。そう理解する夫の顔は、普段被っている牛の頭骨の面を外した素顔だ。そのせいだろうか、たまに「あんな仲間が居ただろうか」と首を傾げている者も居たりするのだが、当の本人は涼しい顔だ。
 何れにせよせっかく久しぶりの蛍鑑賞、夫婦水入らずで酒を楽しもうと杯をかかげると、雫は照れた様に顔をふにゃりと蕩けさせた。はっと気付いて引き締めようとするものの、愛する家族の前ではなかなかそれも上手くは行かず。
 向こうの方では「一緒に見れて良かった」と微笑みあい、寄り添いあう恋人達がいる。かと思えば美しい眺めにそれぞれに決意を固めるものが居て、その少し離れた所で「蛍が放してもらえて良かったです」と笑いあう兄弟がいて。
 友人同士で、夫婦で、恋人で、或いはただ共にここに在る仲間として、それぞれに蛍を見つめる人々を、少し離れた所から見守る男が小さく、胸に浮かぶ大切な人の面影に報告した。「やり遂げられたよ」と。





 その小さな儚い光は、依頼人一家のみならず、数々の開拓者達の胸にも確かな光を灯したようである。